色々考えた末、私は難しく考えるのは止めた。何時あるか分からない募集を待っていられるほど我慢強くもない。であるなら、もう直接黄昏の館に赴き入団したいと言うのが一番現実的な手段だろう。
「これは、また立派な」
黄昏の館は近くで見るとより一層大きく見えた。実際の大きさに加え、色合いと言い構造と言いインパクトの大きさも関係しているのだろう。それに加え遠くからでは見えなかった豪奢な門があったことには驚いた。
その門にの男女二人の門番が立っていた。冒険者はダンジョン探索ばかりしていると思っていた私は、門番もやっていることを意外に感じた。私が入団したら、何時かそういう仕事もすることになるのかもしれない。
私は意を決して門へと近付く。近付いてくる私に気が付いた門番の片方、女性の冒険者が私に視線を向けた。私はそれを真正面から見返した。
「こんにちは」
「こんにちは、【ロキ・ファミリア】に何か用ですか?」
目についたのは肩口まで伸びた黒い髪、そして頭の上に生えた猫の耳だった。ややつり上がった大きな目は大人しいというよりは好奇心旺盛で活発な人柄を表しているようだ。年頃は私と同じくらいか、少し上といったくらいだ。
じっくりと見えたわけではないが、彼女の臀部からは猫の尻尾も生えていた。言わずもがな、その女性は獣人だった。その中でも猫の要素を持つ
「【ロキ・ファミリア】に入りたいんです」
回りくどいのは面倒だったので、要件を分かり易く短く簡潔に伝える。
私の用を聞いた途端、門番の二人は「またか」と言った風な表情になった。私のような訪問客は多いのかもしれない。
「【ロキ・ファミリア】は不定期に入団者の募集をしています」
「知ってます」
「なので、募集があるまで待ってください」
「そこを何とか」
「できません」
予想をしていた対応に、予想をしていた返し。
「今すぐ冒険者になりたいなら、【ロキ・ファミリア】以外の【ファミリア】に入団した後に改宗するという手段もります」
「いえ、【ロキ・ファミリア】に入りたいんです」
「……今は募集してないわ」
髪色に良く似た黒い瞳を見つめる。募集していようがしていまいが、私はここから引き下がるつもりはないという意志を見せる。
「…………」
「…………」
見つめること数秒、相手も視線を外さない。相手の瞳に自分が映っているのが分かるほど見つめる。普段であれば女性と見つめ合っていたら照れて視線を逸らしていただろうが、この時ばかりは私は意地でも逸らさないようにした。
もう一人いる門番は私と相手を交互に見て、どこか所在なさげだ。
「あの、平伏した方が良いですか?」
「…………はぁ」
相手が何も言わないので、もしかしてもっと誠意を見せろという意思表示なのかもしれないと思い私は提案した。沈黙の後、相手は大きく息を吐き、諦めと呆れの混じった声でもう一人の門番に言った。
「ラウル、ロキに次の募集を何時にするのか聞いてきて」
「え、でも」
「前回からそろそろ一年だし、最近入団希望者もたくさん訪問してきてるって聞くし。それにロキが暇だ暇だってぼやいてた」
「うぅ、何で俺が」
「行くの、行かないの?」
「……行ってくるっす」
そう言って男の門番、ラウルさんは門の中へと歩いていった。
「えっと、ありがとうございます」
「こんなところで土下座なんてされたら堪ったもんじゃないわ」
「土下座?」
「こっちではそういうの」
「はあ、で、その土下座というのが冗談だとは思わなかったんですか?」
普通、平伏しましょうかなどと言われたら冗談と受け取るだろう。勿論、私はしろと言われればするくらいの気持ちだった。まあ、これはする方もさせる方も問題しかないと思うが。
「ふーん、冗談だったの?」
そして、そんな私の気持ちを目の前の女性は察したのだろう。質問に質問で返され、答えられなかった私に彼女は上品に小さく笑った。沈黙こそ是だ。
「そう言えば、申し遅れました。私はアゼル・バーナムと言います」
「ご丁寧にどうも。私はアナキティ・オータム、さっきのはラウル・ノールド、【ロキ・ファミリア】の冒険者よ」
そう言ってアナキティさんは手を差し出した。私はそれに応えて握手を交わし、お互いの自己紹介は終わった。それからはアナキティさんも少しだけ砕けた口調になってくれた。
「アゼルはいつこっちに?」
「昨日ですよ。出身が辺鄙な田舎なので、オラリオでは驚くことばかりです」
「そうなるわよねえ……あれ、でも【ロキ・ファミリア】のことはどこで?」
その問に、私はどう答えるべきか少し悩んだ。当然、私が【ロキ・ファミリア】にどうしても入りたい理由はアイズだ。だが、ここで彼女の名前を出すことは、つまり彼女の力を借りて入団するということになる。
ギルドでローズさんにも言ったように、それはあまり良くない。どうしようもなくなったら、力を借りることに躊躇はしないが、現状自分の力でどうにかできるかもしれない。
だが、嘘を吐くのは寛大な対応をしてくれたアナキティさんに不義だ。
「知り合いがいるんです」
「あの、それなら最初に言ってくれれば」
「元々彼女の力を借りずに入団するつもりだったので、敢えて言いませんでした」
それから彼女はオラリオに来たばかりの私に料理の美味しいお店や主要な施設を親切に教えてくれた。もしかしたら世話焼きな人なのかもしれない。
数分もすると主神へと報告に行った少年、ラウルさんが帰ってきた。少し腑に落ちない表情をしながらも、彼はアナキティさんに主神からの伝言を伝えた。
「入団試験の日程が決まったっす……でも、何と言うか」
「どうかしたの?」
ラウルさんの言葉にアナキティさんが安堵したが、その続きを言うことに戸惑っているのを見て何か問題があったと察した。
「み、三日後だそうっす」
「はい!?」
アナキティさんは思わずと言った風に声をあげた。落ち着いた見た目なだけに、その驚き様が理解できた。試験が決まったということが、その前に応募期間がなければいけないし、試験の準備にも時間はかかるだろう。
三日後、というのはあまりにも無理難題だったのだろう。
「ほ、本当にそう言ったんです。自分もそれは無理ですって言ったっす」
「それで?」
続きを促した彼女から視線を外し、ラウルさんは私を見た。
「一般の応募じゃなくて、
「三日後って言うと、団長達が帰った次の日だから分かるけど……アゼルだけ?」
「はい、確かにそう言ってたっす。だから、また三日後来るように伝えろ、と」
ラウルだけでなくアナキティさんも私を訝しげに眺めた。だが、自分でも何故こんなことになったのか理解できていないのだ。
「アゼル、もしかしてロキと知り合いだったりする?」
「いえ、神様の知り合いは――」
いない、と答えようと思ったが、一瞬ジャガ丸くんの屋台で出会った一柱の女神のことを思い出した。黄昏色の髪の毛に薄く開けられているのか開けられていないのか分からない目。
だが、あの女神は知り合いではない。少なくとも、私はあの女神のことを何も知らない。
「――神様の知り合いはいません」
「今の間は何ですか?」
「気にしないでください」
だが、あの女神は私のことを知っていた。少なくとも名乗ってもいないのに彼女は私の名前を知っていた。辺鄙な田舎から来たばかりの私の名前を知っている人など、それこそアイズくらいしかいないだろう。
ああ、そうかとここに来て私はあの女神がロキなのではないかという結論に至った。だが、それを言っても状況は何も変わらないし、変える必要もない。
「試験は三日後、昼頃に来れば良いですか?」
「ちょっとびっくりな結果になったけど、そうね」
「分かりました」
人生何が起こるか分からない、とは陳腐な言い方だが的を射た言葉だ。
「アナキティさん、ラウルさん、本当にありがとうございました。アナキティさんが真剣に取り合ってくれたおかげです」
「ロキをその気にさせたのは私じゃないわよ。後、アナキティは長いからアキでいいわ」
そう言われて、私はアキさんと呼ぶことにした。
「結果はどうなるか、そもそもどんな試験かも知らないけど、頑張ってね」
「頑張るっす」
「はい」
一度お辞儀をしてから私はその場から去ることにした。次来るのは三日後の昼、その時に私の今後が決まる。オラリオに来るまでの半年間、毎日の鍛錬は欠かさなかったが老師との稽古がなくなり剣の腕は横ばいだ。
少し、否、大いにやる気を出さないといけない。
そう思った私は、次の予定を決めた――いざ行かん、オラリオの地下数多の怪物共が跋扈する
今より千年程昔の話、当時は神なんていうとんでもない存在は地上にいなかった。しかし、ダンジョンはその時からあった。今でこそダンジョンにはバベルの塔という蓋がされていてモンスターは地上に進出できなくなったが、その昔は違った。
怪物は地上を荒らした、弱き者を殺した、人の肉を貪り力を付けた。それは正に弱肉強食の世界だったに違いない。
だが、そんな時代でも人々は生きていた。人々は自分達より遥かに強靭な肉体を持ち、時には火を吹いたり毒液を吐きかけてきたりと文字通り人外の能力を有する化け物たちと真正面から戦った。長い長い戦いの時代の終止符を打ったのが神々だった。
それまでは数少ない英雄が精霊という超自然的な存在から力を授かり一騎当千の力を発揮していたが、それでも人々は勝てなかった。神々はそんな英雄を量産することを可能とした。モンスター達の大部分を彼等の生まれ落ちる穴へと押し戻し、そして蓋をした。
それ以来、その蓋となった塔を中心に街ができ、地上に溢れないようモンスターを狩る冒険者達が現れた、ということだ。
つまり、何が言いたいかと言うと――そういうことだ。
『グギャギャギャ!!』
「シッ!」
踏み込みながら剣を片手で横に薙ぐ。寸分違わず刃は相手の首へと到達、そして斬り捨てる――と思いきや半ばで止まってしまった。それでも首を半分斬られた相手は、数秒間痙攣した後小さな呻き声と共に絶命した。
「うーむ……」
その屍を見下ろす。子供のような体躯、毛むくじゃらな身体、そして犬のような頭部。私が斬り殺したのは
「肉が硬いのか、それとも皮が断ちにくいのか」
ダンジョンの中では
モンスターを狩ることを生業とする冒険者達は自分達の主神から『
そして、モンスターの強弱は冒険者基準なのだろう。単純に力が強ければ断てなかった皮と肉、そして骨を砕き、剣は『コボルト』の首を斬り落としただろう。
「まあ、やりようはなくはないですね」
しばらく次はどう倒すか思案しながら歩くと都合の良いことに一匹の『コボルト』に出会った。背後から近付こうとしたが、その鋭い嗅覚で私を察知した相手は警戒状態になり私は奇襲を失敗した。
「さて、では――」
私は剣を両手で握って構えた。それは当たり前のことだ。片手で構えることもあるが、やはり未だに筋肉が発達しきっていない私が安定性を求めると両手で持たざるを得ない。剣はそれなりに重いのだ。
「――死合ましょうか」
そして一気に踏み込む、剣はそのまま両手で握る。
『ギャウウウウゥ!!』
鋭い爪と敵意を剥き出しにして『コボルト』は接近する私に襲い掛かってくる。今までそれなりに獣相手に実戦はしてきたつもりだったが、モンスターとの戦闘は根本からして違う。
獣との戦いは生存をかけた戦いだ。生きるために戦うのであって、その過程で敵を殺すこともあるだろうが退かせることもある。だが、モンスターは違う
殺す、そんな声が聞こえてきそうなほどの殺意。彼等は生きために戦っているのではなく、殺すために戦っている。まるで恨みでもあるかのように、憎悪と言ってもいいほどの殺意が向けられる。
それだけで冷や汗をかいてしまった。
「ッ」
突き出された爪を回避するも、僅かに頬に掠り痛みが走った。だが、そんなことで止まっている暇はない。『コボルド』の伸び切った腕を逆袈裟に斬りつけて斬り落とす。
『ギャアアウウウゥッッ!!』
腕を斬り落とされた痛みで『コボルト』が絶叫を上げる。その隙を見逃さず、私は再び『コボルト』の首目掛けて剣を走らせる。
太い毛に覆われた皮膚を斬り裂き、硬い肉に刃が食い込む感覚が腕に伝わる。何度やっても嫌な感覚だが、それを振り切って一思いに剣を振り抜いた。硬い骨を砕き、そして刃は首の反対側へと突き抜けた。
『ゥ――――』
断末魔を上げることなく『コボルト』は亡骸となった。
「ふぅ……生きた心地がしませんね」
先程まで斬れなかった首を斬る方法、それは単純に剣を片手で振るうのではなく両手で振るうだけのことだ。片手と両手、勿論より力を出しやすいのは両手で持ったときだ。二本の腕で振るうのだから当たり前のことだ。しかし、その分リーチが短くなる。
そして、『コボルト』相手にリーチの差というのは圧倒的有利に働く。子供くらいの体躯の『コボルト』は武器でも持たない限り極狭い間合いの中でしか攻撃できない。片手で剣を振るうのであれば、その間合いの外から攻撃することができた。
だが両手で剣を握って戦う場合、その間合いに入ることになる。それだけリスクを負わないといけないということになる。
「今日はこれくらいにしておきますか……」
初めてのダンジョンでの戦闘に大きく集中力を割き、既に疲労を感じていた。稽古であればまだまだ行けるくらいしか動いていないのに、実戦ではそう上手くは行かない。
三日後には入団試験もあるので、それまで怪我をするわけにもいかない。実戦で刺激を受けやる気を出そうと思っていたが、それ以上に学ぶことが多かった。今まで感じたことのないほど濃密な殺気と向き合う精神力、そしてその危険をどこか楽しく感じている自分、本当に多くのことが分かる。
「強くなる、か」
納めた剣の柄を握る。早く、早くアイズと剣を交えたい、そう強く思った。
因みに、その後また違う冒険者に聞いたのだが、別に生物的に殺さずともモンスターには弱点である『魔石』があり、それを砕くことで即死させることができるらしい。『コボルト』であれば人間でいう心臓部に『魔石』があるので、心臓を突けば楽に倒せるのだとか。
もっと早く聞いていれば良かったと思う反面、殺し合いなのだからそんな楽な方法で良いのだろうかと思う自分がいた。
閲覧ありがとうございます。
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本当は門番にアリシアさん出してお姉さん感出したかったんですが、アリシアはアキとラウルより入団時期が遅いので断念。この時期にアキとラウルがいたかどうかも分からないんですが……。
この時期下っ端であるアキとラウルがロキに何かしら進言できるかどうかは、ちょっと分からないですけど、できるということにしておいてください。ロキってばフレンドリーな神だから!!