剣が君の為に在るのは間違っているだろうか   作:REDOX

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オラリオ初日

 門を通り抜けると、そこはまるで異国のようだった。いや、それ以上だろう。異世界、その言葉が最も相応しいかもしれない。御者の男が忠告していた通り、通りには人が溢れかえっていた。今までも故郷から飛び出てそれなりの数の街を見てきたが、ここは比ではない。

 人の量も、そして人々の活気もオラリオの方が圧倒的だ。

 

 それに加え、まるで祭りのような雰囲気を私に感じさせたのはひしめく人々の様々な見た目だろう。私と同じ一般的に人間と言った時想像する見た目のヒューマン、獣の耳や尻尾が目立つ獣人、長く尖った耳と見目麗しい外見が人の目を引くエルフ、大人でも子供のような体躯の小人族(パルゥム)、ずんぐりした体付きにも関わらず筋肉隆々なドワーフ。

 見渡すだけで、今まで見たことのある種族は全部網羅していた。しかし、そのすべてが一堂に会する光景は世界広しと言えどこのオラリオ周辺だけだろう。

 

「…………」

 

 何も言葉が発せず立ち止まる。そんな私が珍しくとも何ともないのか、私のことなど気にせず通り過ぎていく。行き交う人々は種族もさることながら、職業も様々だ。

 露天を営んでいる男性店主、何かの店の呼び込みをしている獣人の女性、荷物の配達をしている小人族の少年。そして、武器を携えて通りを歩く冒険者達。

 これが、世界で最も熱い街かと柄にもなく私は感動のようなものを覚えた。御者から話を聞いていなければ感動ではなく戸惑いを覚えただろう。

 

――ぐぅぅ

 

 呆けている私の目を覚ましたのは腹の鳴る音だった。考えてみるとオラリオに近付いてから数時間、御者の話をずっと聞いていて何かを食べていた記憶がない。自分の感情とは関係なく身体は正直であると実感した。

 では何か食べようと、私は人の流れに乗って通りへと足を運ぶ。来てすぐに店に入って食事をするというのも何か勿体無い。せっかくなので屋台で何か買って歩きながら食べようと思った。

 

 歩きながら何を食べようかと見渡しているとふと何か、今まで感じたことのない何かを見た。私は、惹かれるようにその何かへと近付いていった。幸いなことに、それは何か揚げ物の屋台で買い物をしていたのでついでに食事もしよう。

 

「らっしゃい、ご注文は?」

「ここは何を売ってるんですか?」

「おや、もしかしてオラリオは初めてかい?」

 

 気の良さそうな小太りな店員が私の言葉から察したのだから、この屋台で売っている揚げ物は有名なのかもしれない。それなら、私の感じた違和感に感謝だ。

 

「はい、今入ってきたばかりで。空腹のところ、この屋台が丁度目に入ったので」

「そりゃあありがてえ。オラリオでの初めての食事だ、適当なもんは出せねえな!」

「それで、ここは?」

「おうよ、ここはオラリオに数多くあるジャガ丸くんの屋台だ! だが、ただのジャガ丸くんと侮るなよ? 門の近くのこの場所を勝ち取るために俺が試行錯誤を重ね、人々に認められた最高のジャガ丸くんだ!」

 

 そう言って店員は私に紙に包まれた『ジャガ丸くん』という揚げ物を手渡してきた。一言お礼を言ってから私はそれを受け取った。

 揚げたてのそれはまだ熱く口を付けることに戸惑いを覚えたが、期待に満ちた店員の目が向けられていたので私は恐る恐るかじりついた。

 

「あっつッ」

「だははははは、んなのあたりめえだろうが!!」

「はふ、はふふ」

 

 口の中で冷ますように空気に触れさせて、私は漸くその食べ物を味わうことができた。潰した芋に衣をつけて揚げた、それは簡単な料理だ。中の芋には香辛料の良くきいていて癖になる味が口の中に広がり、ごろっと入っていた肉が空腹だった腹に満足感を与えた。

 

「どうよ?」

「美味しいです」

「ありがとよ! 何ならもっと食うか?」

「はい、と言いたいところですが、少し味が濃いので一日一個までですね」

「おっちゃん、ウチはもう一個や!」

 

 もう一つ勧められ断った私に続き横にいた何かが声をあげた。店員は元気よく返事をしながら熱せられた油から揚げたてのジャガ丸くんを取って、何度か油を切ると紙に包んで手渡した。

 私の視線は、自然とその手渡された先にいた何かに注がれた。

 

「ん? なんや?」

「あ、いえ……凄く失礼になると思うんですが、一つ聞いてもいいですか?」

「ウチにか? まあ、ええけど」

 

 黄昏時を思わせる朱色の髪を後ろで束ね、細い瞳は少し開かれ質問をしてきた私を見ていた。今まで見たことのない部類の見た目、どこかずる賢そうな顔立ちは彼女を思い出させるほど端麗だ。青と黒の服は、ヘソや脚を大きく露出させている。

 

「貴女は、何ですか?」

「何って、あー、なるほどなあ……オラリオは初めて言うてたし、そかそか」

 

 しかし、そんな見た目とは関係なく私は彼女を目で追ってしまった。圧倒的とも言えるような存在感、今まで感じたことのないほど人を惹き付ける何かを感じた。強いとか弱いとか、美しいとか醜いとかそういった価値観で計れるものではない、何か。

 彼女は私の失礼な質問に、納得して特に嫌悪を抱くこと無く答えてくれた。むしろ、彼女はどこか楽しんでいるようにも見えた。

 

「ウチは神やで」

「神、貴女が……そうか、貴女が神か」

「おお! 今のええな! もっかい言って!」

「え? えっと、貴女が神か」

「うほおお、何かめっちゃええで!! なあおっちゃん!?」

 

 私の言葉に何故か興奮した女神が店員に同意を求めた。店員は笑いながら「良く分からんがそうですね」と返していた。神と人とでは価値観が違うと御者の男も言っていたが、なんとなく彼が言わんとしていたことは理解できた。

 だが、そうか。目の前の彼女が天界からやってきた超越存在(デウスデア)、永遠を生きる神々の一柱か。であるなら、その存在感にも納得がいった。根本からして存在が違うのだから、そこに違和感を覚えてもなんら不思議ではない。

 

「ん? んん?」

 

 目の前の女神が私の腰に挿してある剣を見て首を傾げた。またしても身長に合わないことを指摘されるのかと思ったが、彼女は予想外なことを言った。

 

「その剣、自分の?」

「え、ええ。あ、いや、元は私のではないですけど。貰ったものです」

 

 見ただけでその女神はその剣が私の物ではないと見抜いた。最早それは洞察力とか推理力とかそんな次元のものではないように思えたが、それが神たる彼等の所以なのかもしれない。

 

「……ははーん」

「どうかしましたか?」

「いんや、別に。あ、おっちゃんお代置いとくで。こっちの子の分もついでにな」

「え、いや、あの」

「ええって、ま、ウチからの餞別と思っとき」

 

 餞別とは何に対する餞別なのか、私にはさっぱり理解できなかった。もしやオラリオに初めて訪れた人間にジャガ丸くんを奢るのが習わしなのだろうか。

 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えている内に、細目の女神は屋台から離れようとしていた。

 

「じゃ、またな――」

「あ、あり」

「――()()()

「が……え」

 

 お礼を言うために去っていく彼女の方を向こうとしていた私は、投げかけられた言葉で固まってしまった。彼女との短い会話を振り返り、そして自分が間違っていないことを確かめた。

 私は一度も彼女に名前を告げてはいないのだ。

 

「どうした、坊主?」

「いえ、神って凄いんだなと思っていただけです」

「そりゃ凄えに決まってるだろ。なんたって神だぜ?」

 

 説明になっていない説明に、私は何故か納得してしまった。()()が神か。確かに存在感からして人とは違う。今さっき神という存在を知った私ですら、無意識に彼等を自分より格上の存在であると認識してしまうほどまでに、強大だった。

 

「さて、私も行くとしますか」

「お、どこか行きたい場所でもあるのかい?」

「ええ、ここまで連れてきてくれた御者の方に宿は早めに取っておけと言われたので、今晩の宿を探そうかと」

「なら、俺のおすすめがあるが聞いてくか?」

「是非」

 

 それから屋台の店主は私におすすめの宿を何件か教えてくれた。何故オラリオ在住の店主が宿に詳しいのか疑問ではあったが、聞いてみると私のようにオラリオに初めて来る客が良くやってくる関係でそういった情報に詳しくなったと言っていた。

 オラリオは冒険者の盛んな街であると聞いていたが、商売人達も逞しく熱意を持って仕事していた。

 

 

 

 

 

 

「あれが、黄昏の館か」

 

 その後、屋台の店主に勧められた内最も近かった宿『夕日亭(トワイライト)』へと趣きすんなりと一室を借りることができた私は、宿の女将に【ロキ・ファミリア】の本拠である黄昏の館の大まかな場所と特徴を聞いて散策することにした。

 オラリオの門を通ったのが正午を少し過ぎてくらいだったが、屋台で喋り宿を取り、少しゆっくりした後歩き回っていたらもう夕方になっていた。

 

「大きいですね」

 

 遠目からでもその建造物は認識できた。周辺の建物より頭一つ、否、頭三つくらい突き出ている。幾つもの塔が重なり合い、まるで揺らめく炎を見ているような感覚に陥る。屋根は赤銅色で、最も高い塔の先端は今落ちて行く日を二つに割るかのようにそびえ立っている。

 そのせいだろう、一番高い塔の上ではためく道化師の旗が本当に燃えているようにすら見えた。

 

「まあ、目印が大きいのは良いことですが……さて、どうしますか」

 

 あれだけ目立っていれば道に迷ってもすぐに方向を確認できる。その派手でありながら、どこか美しくもある黄昏の館を眺めながら少し悩む。今は既に夕方と言っていい時間帯だ。勿論、まだまだ人々は活動しているだろうが、果たして【ロキ・ファミリア】に訪問をするのに適している時間かどうかは定かではない。

 

「そう言えば、入団ってどうすればいんですかね……?」

 

 オラリオに来て浮かれていたのか、私は根本的なことを知らなかった。数多くの【ファミリア】があるのだから入団方法なんてものは色々あるだろうが、流石に訪問して主神に直談判するなんてことは一般的ではないだろう。

 となると、行くべき場所は決まった。

 

 

 オラリオは上空から見るとダンジョンとその上に聳え立つバベルを中心とした円形の街だ。中心から東西南北に四本、そしてそれぞれの中間にもう四本のメインストリートが外へと伸びている。それぞれの地域には特色があり、一般人が集まりやすい場所、冒険者が集まりやすい場所、鍛冶師等の職人がたくさんいる場所など色々あるらしい。

 これもここまで乗せてくれた御者の男から聞いた話だ。

 

 そして、こうも言った。オラリオの華である冒険者達が最も利用するメインストリートは北西のメインストリートだ。その通り沿いには武器屋、道具屋、酒場等の冒険者御用達の店が数多く並んでいるかららしい。

 しかし、その中でも一番利用される施設が白い柱で作られた万神殿(パンテオン)――ギルド本部である。

 

 ギルドとはダンジョンの管理機構であり、オラリオの運営を一手に引き受けている機関のことだ。数多の【ファミリア】の冒険者の情報を保存管理し、必要であれば罰則等もギルドが課すことになっている。一応ギルドも一つの【ファミリア】のようなものらしい、と御者は言っていたが説明はあまり聞いていなかった。

 取り敢えず、冒険者のことはギルドに行けば分かる、それが今重要なことだ。

 

 ダンジョンから帰ってきたばかりで装備をそのまま身に付けた冒険者、休みだったのか私服で来ている冒険者、それ以外にも冒険者にギルドを通して依頼をする一般人等、多種多様な人物がそれぞれの用事でギルド本部に訪れる。

 人があまり多くなかった故郷では祭りの日でもこれほど人は集まらない。

 

 私はそんな人混みの中、受付に並ぶ長蛇の列の先頭にいた。数十分は並んでいたので、今は混雑している時間帯なのかもしれない。

 

「次の方どうぞ」

 

 受付担当者に呼ばれたので私は列の先頭から受付へと向かった。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 私の担当をしてくれたのは赤い長髪の狼人(ウェアウルフ)の女性だった。薔薇のような赤色だなと、数回しか見たことのない花の色を想起させる髪色だった。

 他の受付にも少し視線を走らせると受付の殆どが女性、しかも視線を走らせただけで全員が美女美少女であることが分かるほどだった。

 

『オラリオの華が冒険者なら、ギルドの華は受付嬢だ』

 

 と御者が言っていたことを思い出し、納得した。

 

「ギルドのご利用は初めてでしょうか?」

 

 明らかに年下の私にすら敬語で応答されるとどこかむず痒いが、それが彼女の仕事であるなら私が口出しするようなことではない。私くらいの冒険者というのも、それほど珍しくないのかもしれない。

 

「はい、初めてです」

「分かりました、では所属している【ファミリア】とご自身の指名をこちらにご記入ください」

「いえ、まだ冒険者じゃないんです」

 

 冒険者が利用する施設であるからには、冒険者であるという前提で仕事をしていてもおかしくない。ここには入門の時に使っていたような冒険者かどうか判断する便利な道具もないのだ。

 私の言葉を聞いて、受付の女性は私の要件を半ば理解したようだった。

 

「まだ、ということはこれから【ファミリア】をお探しになるということでしょうか?」

「そんな感じです。実は入りたい【ファミリア】は決まってるんですが、入団ってどうすれば良いんですか?」

「入団方法は様々です。主神のスカウトのみの【ファミリア】もあれば、随時入団を受け付けている所もあります。因みにご希望の【ファミリア】をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 

 やはり、予想していた通り入団方法は特にこれといって定められていないらしい。私は自分の入りたい【ファミリア】を彼女に告げた。

 

「【ロキ・ファミリア】です」

「……かしこまりました。只今資料を持ってくるので少々お待ち下さい」

 

 僅かな間が入り、彼女は席を立った。受付の奥、恐らく各【ファミリア】に関しての資料がまとめられている棚へと向かいファイルを一つ持って帰ってきた。

 

「こちらが【ロキ・ファミリア】に関しての資料となります」

 

 ファイルを開いてすぐのページにその情報は載っていた。『頻度:不定期』『募集要項:特になし』『形式:不明』と、たった三行で私の知りたいことがまとめられていた。

 

「えっと、これは?」

「【ロキ・ファミリア】の主神である神ロキの気まぐれ、ということです」

「……」

「実技試験から主神及び幹部陣との面談の時もあれば、順番を逆にした時もありました。面談だけの時もあれば、実技試験に筆記試験まで重ねた時もあったそうです。後は、本当に稀ではありますが宝探し、十人連続じゃんけん勝ち抜け大会等の方法も採用したことがあるとかないとか」

 

 絶句と言うべきか、頻度ならまだしも形式までもが気まぐれということには驚いた。

 まさかいきなり躓くことになるとは思っていなかった私はつい黙り込んでしまった。受付の女性は申し訳無さそうな顔をしながらファイルを閉じた。

 

「一応ではありますが、【ロキ・ファミリア】は主神のスカウト等による入団実績もあります。もし【ロキ・ファミリア】に知人等がいるのならそちらも検討してみてはどうでしょう」

「知り合いですか……いるにはいるんですが」

「何か問題があるのですか」

 

 知人がいると私が口にすると彼女は途端に明るい表情になった。それを演技でやっているのか、それとも素でやっているのかは分からないが、私はつい申し訳なく思えてしまった。

 私は、その知人に頼る気などまったくないのだ。

 

「いえ、その知り合いが女性なんですけどね。流石に最初から頼り切りというのは、その、何と言いますか」

「……」

「あまりに格好悪いでしょう?」

 

 彼女と同じ戦場に立ちたいという想いは強い。しかし、最初の一歩目くらいは、自分の脚で歩かなければ情けないにも程がある。

 

「あ、要件はこれだけです」

「お力になれず申し訳ありません」

「いえ、凄く助かりました。もしかしたらまた来るかもしれないので、お名前聞いてもいいですか? 私はアゼル・バーナムと言います」

「ローズ・スピナと申します、冒険者様」

 

 冒険者様という呼び方に僅かな違和感を覚えながらも、私は一度小さくお辞儀をした。

 

「ありがとうございました、ローズさん」

「いえ、お力になれず申し訳ありませんでした。またのご利用をお待ちしております」

 

 綺麗なお辞儀をして私を見送るローズさんに背を向けて私はその場を去った。特に解決策が思い浮かぶこともなく、『夕日亭』まで戻ってきた。女将がオラリオ初日はどうだったかと聞いてきたので、ぼちぼちと答えておいたのは強がりだった。宿の食堂で夕飯を食べ、私は早々に寝ることにした。

 そして、前途多難なオラリオ初日は終わった。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

 ローズさん、一応原作に登場するキャラクターです。名字は分からなかったので適当に付けました。
 気が付くと未だに原作何年前なのか、アゼルとアイズの年齢とか書いてなかったです。そろそろ文中に出したいですね。

 一応活動報告の方でも言ったのですが、ソード・オラトリア8巻の内容が過去の話みたいなので、その内容によって書き直す可能性が大きいです。でも、投稿欲求が抑えられないので更新します。8巻が出て問題があったら修正ないし書き直します。
 これから投稿する話の話の前書きにもこの旨を書いていくつもりです。

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