剣が君の為に在るのは間違っているだろうか   作:REDOX

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いざ、君に会いに

『待っていてください』

 

 その時、私に恥じらいという感情はなかった。別段人と話すことが得意だった訳でもなく、気の利く台詞で女性を口説いた経験も勿論なかった。しかし、思い返してみると、やはりあの時の自分は少しおかしかった。

 それだけ、必死だった。

 

『戻ったらすぐに向かいます』

 

 あの美しさを、忘れることなどできはしない。だから、追い求めることにした。自分の都合、そして彼女の都合を考えると、どうしても自分が追う立場になった。だが、それで良い、それが良い。私はきっと、追われるより追う方が性に合っている。

 求道とは本来、そういうものだ。

 

『君の元に、向かいます。だから待っていて――――』

 

 剣への求道が、あの邂逅で変わった。ある人、一人の少女に対する衝動――剣を振るうとどうしたって彼女の姿がちらついた。私の行動は、結果としては変わらなかった。剣を振るうという日常、その生き方は変えようがなかった。

 しかし、剣を求めるその過程、剣を振るうその中身、剣を志すその心は変わった。

 

『――うん』

 

 彼女の答えに、私は思わず綻んだ。何時まで経っても、きっと自分はその時の彼女を忘れはしないだろう。朝焼けに染まったあの変哲もない村で見た、自分が恋をした彼女の私を見る金色の双眸。表情に変化はなかったが、その瞳が確かに私を捉えていた。

 

 

 

 

「おい兄ちゃん」

「……はい」

「そろそろ着くから用意しときな」

「やっと、ですか」

「おうよ、長旅ご苦労さんだ。しかし、その甲斐があることは俺が保証するぜ」

 

 髭面の男の顔を寝起きに見るというのは慣れたものだ。老師に気絶するまで稽古を付けてもらった時など、起きたら大抵老師が覗き込んでいた。時折、老師の孫である白髪赤目の少年が覗き込んでいたが、どちらにしろ髭面の男に対して嫌悪は感じなかった。

 まあ、見るなら美女の方が良いと思ってしまうのは男の性というものだろう。髭面の男に言っても同意してくれるに違いない。

 

「あれが、オラリオ」

「はっはっは、驚いたか?」

「ええ……あんなに大きい壁は初めて見ますから」

「中に入ったらもっと驚くぜ? まず、滅茶苦茶人が多いからな。田舎から来た奴は大抵それで参っちまう。早めに宿を取ることだ」

「ご忠告ありがとうございます」

 

 髭面の男、と何時までも呼ぶのは失礼だろう。彼は私が乗せてもらっていた行商人の荷馬車の御者だ。とは言っても、故郷からずっと乗せてもらっていたわけではない。行商人は村から村、街から街へと移動するが、滞在日数もそれなりにある。できるだけ急いでいた私は村や街に着く度にそこを発つ行商人と交渉をして最短日数でここまで来た。

 目の前にいる御者とはここから程よく近い街からの付き合いだった。それでも、オラリオ出身だったからか私に親切にもオラリオに関する様々な事を教えてくれた。

 料理が美味い酒場、居心地が良い宿屋、行ってみるべき観光名所、本当に話題は多岐にわたりそれを私に語る御者の男は聞いているだけでオラリオが好きなのだと理解できた。

 

 世界で最も熱い街、人々を魅了して止まない世界の中心――迷宮都市『オラリオ』。

 

 都市全域を囲む巨大な壁は今まで人より家畜の方が多い田舎で育った私にとっては人の造った建造物には見えなかった。それが丸っと都市を囲んでいるというのだから驚きだ。一体どれほどの労力を必要としたのか、考えるだけで途方もない。

 そして、その中心に聳える白亜の塔。ここ数日間、見晴らしが良ければそれはずっと見えていた。遠くからではその大きさを実感することはできなかったが、近くまで来るとその巨大さが分かる。ありえない、あれは人の手だけで作れるものじゃない。

 

白亜の塔(バベル)はなぁ……ありゃ別格だな。オラリオくらいの壁なら他にも見たことはあるが、ありゃここにしかない。下から見上げると首が痛くなるくらい高いぞ」

「神々が初めて落ちてきた場所、【崩落の塔】バベル……」

 

 オラリオに来るにあたって、老師がまず私に説明したのは神々についてだった。

 千年前、そんな途方もないくらい昔の話だ。神々は天界での生活に飽き、私達の住む下界へと降りてきた。その最初の場所がバベルだったらしい。元々あった建物は木っ端微塵、今ある白亜の塔(バベル)はその後再建されたものらしい。

 なにはともあれ、神々が地上へと降り立って娯楽を探した。超越存在(デウスデア)である神々は永遠の時間を生きる存在だ、大抵の娯楽は堪能し尽くしていた。だが、彼等は見つけた。下界にしか存在しない、極上の娯楽――それこそが、下界に住まう存在達だった。

 

 神々は子供と呼び、まるで親が子を愛するように私達に接した。神々は自分の【ファミリア(家族)】を作り、眷属(子供)を受け入れていった。加わった眷属に今まで下界に存在しなかった神々の奇跡『神の恩恵(ファルナ)』を与えた。

 それは、人々の可能性を無限大に広げる奇跡だった。人々の経験を【経験値(エクセリア)】として可視することができる神々はそれを使い眷属を強化できる。重い物を持てば筋力が、走れば敏捷が、殴られれば耐久が、そんな風にして人は人の限界を越える術を得た。

 

 それから千年、神々はまだ下界に飽くことなく住んでいる。無限の成長、無限の可能性、無限の挑戦に挑む眷属達を見守り、それを至上の娯楽としている。永遠であるが故に、命ある私達を神々は愛した。

 『神の恩恵』を得た者を、私達はこう呼ぶ――冒険者、と。

 

 冒険をしろ、この世界を――未知がある限り人々は歩み続ける、未開がある限り人々は進み続ける。冒険者達よ、常に最前線(フロンティア)を往け。それが、神々からの最初にして最後、そして究極の挑戦だ。

 とは御者の談であった。随分熱の入った説明だったので、もしかしたら昔は冒険者に憧れていたのかもしれない。

 

「兄ちゃんは冒険者になりに来たんだろ? どこの【ファミリア】に入るか決めたのか?」

「そうですね、決めたというか……元々、その【ファミリア】にいる知人に会いに来たんです」

「ほう、どの【ファミリア】だ? 俺は大抵の【ファミリア】なら分かるぞ?」

 

 やはり御者のオラリオ愛は留まるところ知らないようだ。彼等自身が有名だと言っていたので、着いてから探そうと思っていたが、ここで情報を得られるのであればそれに越したことはない。私は御者にその【ファミリア】の名前を告げた。

 

「【ロキ・ファミリア】」

「おお! 凄えじゃねえか兄ちゃん、あの【ファミリア】に知り合いがいるなんて」

「まあ、偶々ですよ」

「だが【ロキ・ファミリア】ならすぐ分かるはずだ。黄昏の館って場所に行けば知り合いにも会えるだろうぜ!」

「黄昏の館ですか。何から何までありがとうございます」

「良いってことよ! ま、兄ちゃんがもし有名になったら俺が連れてきたって自慢するからな!」

 

 調子の良いことを言う御者に私は笑ってしまった。自分が有名になる、そんなことは全く想像できなかった。確かに故郷では腫れ物のように扱われることもあったし、気味が悪いと思われることもあった。そういう意味では有名だったかもしれないが、オラリオで有名になることは難しいだろう。

 なにせ、冒険者達の生活は戦闘の上に成り立っている。剣の腕が少しばかり立つ私ではそこまで目立たないだろう。

 

 オラリオが迷宮都市と言われるその所以は、その地下に存在する広大な迷宮(ダンジョン)にある。無限に怪物(モンスター)を産み出す宝の山、というのが冒険者達の認識だ。とにもかくにもダンジョンは金になる。それ相応の危険はあるが、それはそれ、富と名誉のためなら冒険者達は命を懸ける。

 ちょうどバベルの下に入口があるらしい。

 

「その時は遠慮なく宣伝にでも使ってください」

「お、言質は取ったぜ?」

 

 豪快に笑う御者とそれからも他愛もない、しかし私にとっては大変ためになるオラリオの話をしながら数十分後には壁の目の前に到着していた。オラリオに入ろうと並ぶ行商人や旅人の長蛇の列に加わり待つこと三十分ほど、私の乗っている荷馬車の番がきた。

 

「次の者!」

「はいよ、通行許可証です。後、こっちは一緒に連れてきた冒険者志望の少年です」

「確認した、行ってよし。そちらの少年は待ってくれ」

 

 御者は門の前に待機していた黒い制服を来た男性――おそらく御者が言っていた都市管理機関(ギルド)の人間――に通行許可証なる物を見せていた。私のことを簡単に説明してくれたのはありがたかった。

 

「じゃあな兄ちゃん」

「はい、ここまでありがとうございました。話もたくさん聞けてよかったです」

「はっはっは! 何、俺も話し相手には飢えているのさ!」

「それは、よかった。では、お元気で」

「おうよ! 兄ちゃんも頑張れよ! ほどほどにな!」

 

 御者は荷馬車を連れてオラリオの中へと消えていった。あまり剣以外に楽しみがない私が、オラリオを楽しみに思えたのは髭面の御者のおかげだろう。感謝してもしきれない。

 

「さて、冒険者志望で間違いないな?」

「はい。何か手続きが必要ですか?」

「いや、少年みたいなのは日に何百何千と来るからそんなことしてたら日が暮れちまう。背中を見せてくれるだけで良い」

 

 そう言って男は露出させた私の背中にランプのようなものをかざした。なんでも『神の恩恵』に使われる『神の血(イコル)』に反応するらしいと御者が言っていた。オラリオは冒険者の出入りに関しては厳しいのだと言う。そのための検査だろう。

 

「反応なし、入ってよし!」

「ありがとうございます」

「冒険者志望にしては礼儀正しい! 頑張れよ!」

 

 想像通りというか、当然のことなのかもしれないが、冒険者という連中は荒くれ者が多いようだ。男の発言からもそれは分かる。しかし、礼儀には礼儀をもって接するのが当たり前だ。老師は剣だけではなく、剣士としてどうあるべきかも私に教えてくれた。

 何事にも真摯で向き合う、それが大事だと言っていた。その分野に関して老師はあまり教えることがないと言っていたが、私は子供である私に対しても真摯に修行を付けてくれる老師を見てこう育ったのだと思っている。

 

「また随分と若いのが来たな」

 

 門を通り抜けようとすると、街の中から外へと向かう人物に声をかけられた。褐色の肌に無精髭を生やした男性だった。肩の部分に象の顔を象った紋章を付けていた。なんとも個性的(ユニーク)な見た目だ。

 

「ん? ああ、これはうちの【ファミリア】のエンブレムでな。俺の趣味じゃないぞ?」

「なるほど、納得です」

「なかなか肝が座ってるな坊主」

 

 男は笑いながら私の肩を叩いた。本人もあまり格好の良いものとは思っていないのだろう、私の発言を咎めることはなかった。そして私は男の発言で確信する。目の前の褐色の男は冒険者に違いない。

 男は私を上から下までじっくりと見て、一つ疑問を発した。

 

「剣を挿してるが、体格にあってなくないか?」

「ああ、これはお守りみたいなものですよ」

 

 私の腰には一本の剣(サーベル)が携えられている。半年前、彼女と別れる時に貰ったものだ。私も彼女に持っていた剣を渡した。彼女の方が私より年下だった上、体格は男の私の方が幾分か大きい。彼女の剣が今の私にとって小さいのは、仕方のないことだ。

 

「剣をお守りってのは、まあ、いいのか?」

 

 確かに剣とは本来何かを斬るための武器だ。お守りとして持っているだけというのはその本来の用途とはかけ離れていて、剣の本懐を遂げられていないと言えるだろう。

 

「勿論使えますよ。でも、大切なものなので」

「……女から貰ったのか?」

「……ええ、まあ」

「ほほう!」

 

 何故かその部分に食いついたその男に近くにいたギルドの職員が「ハシャーナ、新人にちょっかいかける暇があったら働け」と苦言を呈した。男、ハシャーナさんはそれを笑い飛ばし私と会話を続けた。職員はうなだれたが、いつものことなのか気にしていない様子だった。

 

「その女、どこに行けば会えるか分かってるのか?」

「ええ。黄昏の館に行けば会えると、ここまで連れてきてくれた御者に教えてもらいました」

「黄昏の館って言うと【ロキ・ファミリア】か。案内してやろうか?」

 

 流石にそれは許せなかったのか職員は機敏な動きでハシャーナさんの腕を掴んで引き止めた。笑いながら私はその光景を眺めていたが、流石にそこまでしてもらう訳にはいかない。

 

「いえ、大丈夫ですよ。道行く人に聞けば分かるでしょう、有名らしいですし」

「それもそうだな。ま、頑張れよ!」

 

 何を頑張れと言ったのか分からないが、私は応援してくれたハシャーナさんに向けて手を振りながら今度こそオラリオへと足を踏み入れた。




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