まだ幻想郷にスペルカードルールというものが存在しなかった頃、博麗神社でくつろげる妖怪は八雲家の住人だけでした。
これは、博麗霊奈が巫女だった頃の話。
◆◆◆
その日も私八雲紫は、博麗神社でスキマを使って、外の世界を物色していた。
「なあ紫、もうそろそろやめたらどうだ?」
「え〜、まだやる〜。」
「はぁ。」
なんだか霊奈に呆れられてる気がするけど、気にしない気にしない。
あっ、この湯のみ可愛い。もらっちゃおうっと。
「あ、またそうやって勝手にものを取ってくる。」
「バレなきゃ犯罪じゃないんだよってどこかの誰かが言ってたわ〜。」
「ったく、紫はこれだから....。」
ん〜、そろそろ霊奈がキレそうね〜。
しかたない、やめましょうか。
でも、もうちょっとだけ。
あっちの方へ行きたいわ。
...ん?
「あれ?」
「どうした?」
私は、霊奈の近くにスキマを移動させた。
「ねえ、あなたも感じない?」
「...確かに感じるな。この先って本当に...?」
「ええ。確実に外の世界よ。なのに、おかしいわよね?」
「うん。外の世界にはこれの持ち主はいないはずだ。だとしたらいったい...」
「探してみましょうか。」
私たちが感じたもの、それは"霊気"と呼ばれるエネルギーだった。
少なくとも私は外の世界に霊気を持っている生き物はいないと聞いている。
だから、外の世界で霊気を感じるというのはありえない話だ。
ということは、結界のどこかが緩んで妖怪とかが外に出てしまったってことかしら。
私は、スキマを操って霊気の持ち主を探した。
妖怪だとしたら、意外と簡単に近づけたわ。
なぜ逃げないのかしら。
私も少し妖気を出してみてるのに、なぜ気づかないんだろう。
まあでも、今はそいつを捕まえる方が先。
「霊奈、この先にいるはずよ!一緒に行きましょう。」
「ほんとに?」
「2人で確認しましょう。」
私たちはスキマに入り、外の世界へ足を踏み入れた。
スキマから出て少し歩く。
霊気はどんどん強くなっている。
「このエネルギーの強さ、あなたが巫女の修行を始めた頃にそっくりね。」
「もう忘れたさ。」
霊奈が巫女の修行を始めたのは寺子屋に入学してすぐの6歳。
霊奈も最初は意味もなく霊気を放出してたわ。ああ、懐かしい。
彼女はもう、霊気の放出をセーブすることが出来るようになっている。
あの頃は霊奈もかわいかったわ〜。
神社で修行をしに人里の家から来る姿が愛らしくてね〜。
...ちょっと逸れたわね。
さぁ、この霊気はどこの妖怪のものかなーっと。
...!?
見つけた!?
うそでしょ!?
えーーーーーーーーーー!?!?
ほんとにびっくり。
だって、私たちの前に現れた霊気の持ち主は、妖怪なんかではなく、ダンボールの中で眠っている赤ちゃんだったんですもの。
私は霊奈の方を見た。
普段感情を出さない霊奈からもびっくりしている様子が伝わってきた。
私は妖気を出すのをやめて、赤ちゃんを抱き上げた。
このからだのかたちや顔は、紛れもなく人間の子だ。
なのに小さな体からは、霊気が溢れるように出てきている。
「あなたも、ほら。首だけ気をつけてね。」
私は霊奈に赤ちゃんを渡した。
霊奈は恐る恐る、赤ちゃんを抱いた。
「うん、確かに人間の子だな…。」
霊奈のがたいが良いせいか、この絵面は赤ちゃんを襲ってるようにしか見えないわ。
それにしてもこの赤ちゃん、こんなダンボールに入れられてたのね。
ん?紙が入ってるわ。何か書いてある。
「霊奈、紙が入ってたから読みあげるわ。」
『この子を拾ってくれた方へ
私は訳あってこの子を育てられなくなりました。
誕生日は〇月×日です。
名前はつけていません。
どうかこの子をかわいがってあげてください。』
え、この子まだ生まれて2週間しかたってないの?
それより、いつから捨てられてたの?
もしかしてさっきから泣かないで眠ってるのは単に弱ってるだけ?
この子をどうしましょうか。
私があれこれ考えているとき、さっきから黙っていた霊奈が口を開いた。
「紫、私この子を育てようと思う。私はこの子の親になろうと思う。この子がこれほどの霊気を持っているから博麗の巫女にぴったりだって言うのもある。でも、それ以上に思うのは、家族がいないなんて、そんなバカな話ないじゃないか。」
「ええ、私もその通りだと思う。でも、親になるには相当の覚悟が必要だと思うわ。」
「そんなのわかってる。でも、親は私だったとしても、この子の育児を一緒にしてくれる家族のような存在はたくさんいるんじゃないかな。」
「確かにそうね。私だってあなたをサポートするつもりだし。いいわ、この子を育てましょう。」
「それでこそ紫だ。ありがとう!」
「いいえ。」
霊奈は嬉しそうに笑ったあと、赤ちゃんを見つめた。
そしてボソッと「幸せにしてやるからな」と呟いた。
「名前どうするの?この子まだ名前ないみたいじゃない。」
「え、ああ。そうだな。」
私たちはスキマに入った。
神社に無事ついた時、霊奈が言った。
「そうだ、"霊夢"にしよう。私の"霊"の字と、"夢"だと疑いたくなる出会いだったってことで。」
「あら、あなたにしてはいい名前ね。霊夢、いいじゃない。」
「紫、ひと言余計だとは思わないか?」
「さぁね〜。」
「は?」
◆◆◆
このようにして博麗霊夢は誕生しました。
このあとの育児が本当に大変だったのは、また別のお話。
八雲紫