【完結】ヤンデレセイバー   作:冬月之雪猫

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第六話『少女』

第六話『少女』

 

 ――――その国には暗黒に閉ざされた時代があった。

 

 覇王亡き後、ブリテンは混乱の極みにあった。

 諸侯達は我こそが王者であると主張し、相争うばかり。

 その一方で、分裂し、急激に力を失っていくブリテンの地を我が物にせんと、諸外国の異民族達は今が好機とばかりに狙っていた。

 人々は導き手たる王を求めた。 

 人々の求めに応じ、選定の剣を引き抜いた王の名は――――、アーサー・ペンドラゴン。

 騎士の誉れと礼節、勇者の勇気と誠実さを併せ持つ清廉なる王はその手に握る輝きの剣によって、乱世の闇を祓い照らした。

 十の歳月をして不屈。

 十二の会戦を経て尚不敗。

 その勲は無双にして、その誉れは時を越えて尚不朽。

 あの戦場でアルトリアが掲げた剣こそ、彼の王が戦場にて掲げし旗印。

 過去から現在、そして、未来を通じて戦場に散っていく、全ての(つわもの)達が今際の際に抱く『栄光』という名の哀しくも尊きユメ。

 清廉潔白の王。騎士の理想の体現。常勝無敗の覇者。

 それがアルトリアの正体。

 

「……どうしてなんだ?」

「シロウ?」

 

 彼女の正体が分かると同時に湧き起こった疑問。

 家に戻ってきて、他のなによりも先に俺はその疑問を口にしていた。

 

「どうして、俺なんだ?」

「……どういう意味ですか?」

 

 首を傾げる彼女に俺は言った。

 

「……君は俺に『愛してる』って言ったよな?」

 

 自分で言っておきながら、現実味がない。そんな言葉を誰かから掛けられたのは初めての事だった。

 その相手が伝説に名を馳せる王だったのだから、ひとしおだ。

 

「ええ、言いましたよ。そして、その言葉に嘘偽りはありません。私はアナタを愛しています。無論、一人の男性として」

「……分からない」

 

 情けない事を言っている。酷い言葉を口にしている。

 だけど、俺には分からない。彼女の思いを侮辱している事は分かっていても、彼女の気持ちが分からない。

 

「どうしてなんだ? 俺は別にイケメンってわけでもないし、アーサー王にそんな言葉を掛けてもらえるような人間じゃ……」

 

 そこまで言って、二の句を告げなくなった。

 アルトリアが泣きそうな顔で睨んできたからだ。

 

「……私は確かに王として国を治めていた」

 

 押し殺すような口調で彼女は言った。

 

「民を守る為に戦って……、戦って……、戦って……」

 

 声が弱々しくなっていく。

 

「アルトリア……」

 

 彼女は涙を零した。

 

「その事に後悔なんてしていない。それでも……、滅びた祖国を救いたくて、聖杯を求めた……。求めてしまった……」

「アルトリア……?」

 

 その悔やむような言葉に俺はなんて声を掛ければいいのか分からなかった。

 

「……間違えた。……間違っていた。分からせてくれたのに……、分かっていたのに……」

 

 ゆらりと彼女は立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「アルトリア……」

 

 俺の横に座り直して、体を預けてくる。甘い香りが鼻孔を擽った。

 

「アーサー王は死んだのです、シロウ」

「それは……」

「あの戦いで王は国と共に滅びた。だから、ここにいるのはただのアルトリアです」

 

 腕に腕を絡めてくる。振り解く事なんて出来なくて、されるがままに抱き締められた。

 

「私はアナタが欲しい。アナタだけでいい。他には何もいらない」

 

 押し付けられた胸の感触に脳が痺れる。

 より強まった彼女の香りにクラクラする。

 

「……なんで」

 

 だけど、頭の隅にこびりついている疑問が頭の靄を晴らす。

 

「なんで、俺なんだ? 俺は魔術師って言っても未熟者だし、他に大した取り柄も無いような男だぞ」

「アナタの心……」

「心……?」

「その心に私は惹かれた……。一人の女として、生まれて初めて恋をした」

 

 分からない。

 

「なんでなんだよ……。俺は昨日お前と出会ったばかりなんだぞ!?」

「……私はアナタと前にも会っています」

「それはいつの事なんだ!? 俺はお前の事を何も覚えていないんだ! 俺には……、俺にはお前の心が分からない!」

 

 言い過ぎた。頭の中がこんがらがっていて歯止めが効かなかったなんて言い訳にならない。

 

「……ええ、分かっています」

 

 泣きながら、彼女は言った。

 

「『王は人の心がわからない』。私に仕えてくれた騎士に言われた言葉です。ええ、人の心を分からない者の心など、誰にも分かってもらえる筈がない……」

「ちっ、違う! 俺はそんなつもりじゃ……」

 

 俺は大馬鹿野郎だ。理由が分からなくても、自分を愛してくれている少女に向けていい言葉じゃなかった。そんな事、考えるまでもなく分かる事なのに、彼女を酷く傷つけてしまった。

 

「……だけど、信じて欲しい」

「アルトリア……」

「私はアナタを愛しています。心の底から……。どうか、それだけは……」

「……ああ」

 

 彼女が嘘や冗談で口にしているわけじゃない事は分かっていた。だけど、理由が分からなくて……、彼女の愛にどう報いていいのかが分からなくて……。

 

「……アルトリア。君の事をもっと教えて欲しい。アーサー王だった頃の君の事、今の君の事……。もっと、もっと知りたい」

 

 顔が綺麗だから。愛してくれているから。そんな理由じゃなくて、ちゃんと彼女を知って、俺も彼女を愛したい。

 

「……はい、シロウ」

 

 ◇

 ◆

 

「……本当にいい子ね。こんなわけの分からない状況でも、貴女に対して誠実であろうとしているわ」

 

 魔女の言葉にアルトリアは頷いた。

 

「かの騎士王をここまで狂わせる理由も分かる気がする。……私にとっての()が貴女にとっての坊やなのね」

「……キャスター」

「ええ、これは契約。貴女と私は同じ祈りを掲げてここにいる。厄介な連中が妨害の為に動いているけれど、私と貴女が手を組んで、出来ない事なんて何一つ無いわ」

 

 空に幾筋もの糸が広がっている。その糸は冬木市の全体を覆い尽くし、全ての人間と繋がっている。

 その糸から伝わる魔力は魔女とアルトリアを囲む五つの影に降ろされている。

 

「始めましょう、マスター(・・・・)。私達の聖杯戦争を……」

「……ええ、始めましょう。たとえ、相手が誰であろうと関係ない」

 

 アルトリアの視線の先には雷を轟かせるチャリオットとその上に乗る7つの騎影。

 

「掛かってくるなら構わない、相手になろう。リン!」

 

 ◇

 

 届くはずの無い声が聞こえた。

 

 ――――掛かってくるなら構わない、相手になろう。リン!

 

「……バカ」

 

 泣きそうな声で遠坂凛は呟いた。

 

「一人で抱え込んで……。挙句の果てにこんなバカな事をして……」

 

 気付くべきだった。気付ける機会があった。

 あの日……。一人で帰ってきたセイバー(アルトリア)

 

「はっ倒してやるから、覚悟してなさい」


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