【完結】ヤンデレセイバー   作:冬月之雪猫

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第二話『運命の夜、再び』

第二話『運命の夜、再び』

 

 ……頭痛がする。瞼を開くと、見慣れた風景が目に映った。

 

「……廊下? なんだって、こんな場所で……」

 

 こんがらがった思考を鎮めようと深呼吸をした途端、咳き込んだ。口に当てた手を見下ろすと、赤黒い血がベットリと付着している。

 それで漸く思い出した。この場所で己が殺された事実を。

 

「アイツ……」

 

 友人に頼まれた弓道場の掃除を終えて帰ろうとした矢先に校庭で殺し合いを演じる二人の男を目撃した。

 剣と槍。まるで映画の世界から飛び出してきたかのような時代遅れな戦い方に興じる不審人物達。さっさと逃げればいいものを、そのあまりにも異常な光景に圧倒され、立ち尽くし、気づかれた。

 唐突に止んだ剣戟。一対の瞳が真っ直ぐに睨みつけてきた。

 殺される。わけのわからない状況の中でもそれだけは理解出来た。だから、必死になって逃げた。ただ、必死過ぎたのだろう。よりにもよって、校舎の中へ逃げ込んでしまった。

 逃げ場の少ない場所で瞬く間に追い詰められ、青い装いの男が持つ真紅の槍を胸に突き刺された。

 

「……なんで、生きてるんだ?」

 

 純粋な疑問。貫かれた筈の場所は心臓のある場所。どんなに頑丈な人間でも、心臓を破られれば生きてはいられない。それなのに、鈍痛こそあるものの、まるで死ぬ気配がない。

 別に死にたいわけでもないけれど、尋常ならざる違和感に不快感が募る。

 

「ックソ、なんだってんだ」

 

 魔術師としての性か、律儀に痕跡を消して、校舎の外に出る。

 校舎にはもはや誰もいなかった。見上げれば、雲の隙間から眩しい程に美しい月が常と変わらぬ顔を見せる。まるで、さっきまで起きていた出来事が夢幻だったかのように。

 

「帰ろう」

 

 考えても分からない事に執着していても仕方がない。普段と何も変わらない帰路を歩き始めた。

 

 ◆

 

 家に着いた。明かりが灯っている。

 

「藤ねえか?」

 

 家には俺以外にも二人の人間が出入りしている。藤ねえはその内の一人だ。

 きっと、帰りが遅くなった事に怒っているのだろう。放課後はすぐに帰るようにキツく言われていたからな。

 少し憂鬱な気分になりながら玄関の扉を開いた。

 

「……あれ?」

 

 玄関には藤ねえの靴が無かった。

 

「庭から入ったのかな?」

 

 藤ねえは人にあれこれ言う癖に時々ズボラな所がある。

 さすがに血塗れの服を見せるわけにはいかない。気づかれないように自室へ移動して服を着替える。

 服の下の状態を確認するのは少し怖かったけれど、そこには何も無かった。穴どころか、傷跡一つない。

 

「貫かれた筈……、だよな?」

 

 首を傾げながら居間へ向かう。

 

「おーい、藤ねえ。家に入る時は玄関から――――」

 

 居間に入った途端、無視出来ない違和感に襲われた。

 

「あれ……?」

「どうしました?」

 

 いつも通りの筈の空間の中で、まるでいつも通りの事のように見知らぬ少女が居座っていた。

 金色の髪、緑の瞳、白い肌……。

 どれもこれもが和風の室内に似つかわしくない筈なのに、どうしてか彼女の存在はこの空間に溶け込んでいる。

 

「……おかえりなさい、シロウ」

「えっ、うん。ただいま」

 

 咄嗟に返事をしたものの頭の中はごちゃごちゃになっている。

 どうして彼女が自分の名前を知っているのか、そもそも彼女は何者なのか、疑問が山のように湧いてくる。

 

「シロウ」

 

 いつの間にか見知らぬ少女は目の前に移動していた。見れば見るほど綺麗な女の子だ。

 まだ、俺は夢の中を漂っているのかもしれない。そう思うほど、彼女の美しさは浮世離れしている。

 

「ああ、シロウ」

 

 思わず見惚れていると、彼女は大胆にも抱きついてきた。

 

「ちょっ!?」

 

 慌てて引き剥がそうとしたけれど、思いの外力が強い。まるで少女の形をした岩のようだ。

 

「ああ、シロウ……」

 

 見上げてくる顔があまりにも嬉しそうで、まるで幸せの絶頂のような笑顔を浮かべるものだから、何も出来なくなった。

 

「……お前、いったい」

 

 疑問を口にしようとした途端、唐突に明かりが切れた。次いで、カラカラと奇妙な音が鳴り響く。

 

「シロウ!」

 

 急に少女の装いが変化した。青いドレスの上に銀色の甲冑が現れて、俺を抱いたまま窓を突き破った。

 突然の事に驚いていると、金属のぶつかり合う音が響き渡る。

 何事かと目を剥くと、そこには槍を構える男の姿があった。

 

「お前は……」

 

 胸に痛みが走る。あの男は間違いなく、俺を槍で貫いたヤツだ。

 

「……よう、また会ったな」

 

 男は少女を睨みつける。

 

「ここまでにしておけよ」

 

 獰猛な表情を浮かべ、男は大地を蹴る。

 すぐに理解する事が出来た。

 あの男が人の理解の埒外にある存在である事、そして――――、

 

「なっ……」

 

 俺に『おかえりなさい』と言った見知らぬ少女がそれ以上の規格外である事を。

 男の繰り出す槍は正に迅雷。視認する事さえ出来ない神速の槍捌きだ。仮に俺があの槍の前に立ったとしても一秒と持たずに全身を貫かれた筈だ。

 その常識はずれの攻撃を少女は見えざる剣で的確に捌いている。

 否、圧倒さえしている。

 

「嘘だろ……」

 

 片方は見えないが、二人の持つ武器が交差する度に光が走る。あれが視認出来る程の魔力の猛りである事に気付いた時、勝負は決した。男の片腕が飛んだのだ。

 降り注ぐ鮮血を浴びながら、少女が更なる一撃を加えようとした瞬間、男の姿が忽然と消えた。

 

「えっ……?」

 

 辺りを見回してみても男の気配は欠片も残っていない。

 

「どうなってるんだ?」

「シロウ!」

「え?」

 

 少女に手を引かれた。その瞬間、光が降り注いだ。それは確かな質量と膨大な魔力を含む死の豪雨だった。

 まるで爆撃を受けているかのようだ。大地が止め処なく震え続けている。音と光の奔流によって耳は既に機能を停止させ、まともに目を開けている事さえ出来ない。

 死を間近に感じながら、せめて少女の盾ぐらいにはなろうとした。出会ったばかりで、何処の誰かも分からないけれど、俺が『ただいま』と言った時の彼女の表情が脳裏に焼き付いて離れない。

 

「……大丈夫ですよ、シロウ」

 

 聞こえない筈の声が聞こえた。

 おかしい。動こうとした体が微動だにしない。

 おかしい。直後に迫る死がいつまで待っても訪れない。

 

「いったい……」

 

 瞼を開く。そこには硝煙が燻る穴だらけの庭と彼女の笑顔があった。

 一体、どのような神業を持ってすれば可能なのか分からないけれど、彼女はあの魔弾の豪雨を全て凌ぎきったようだ。俺を守りながら……。 

 

「大丈夫ですよ、シロウ」

 

 月の明かりが彼女を照らす。その姿はまるで……、まるで御伽噺にでも出て来る女神のようで、思わず見惚れてしまった。

 

「……君は誰なんだ?」

 

 知らない筈だ。だけど、どうしてだろう。彼女は何者か聞いた俺に悲しそうな表情を向ける。

 まるで、とても酷い事を言ってしまったかのような……、深い罪悪感を覚える。

 

「アルトリア」

 

 彼女は言った。

 

「アルトリアと申します」

「アルトリア……」

 

 口の中で彼女の名前を反芻する。

 

「……聞きたいことが山ほどある」

「ええ、お答えします」

「……けど、その前に言わなきゃいけない事がある」

 

 不安そうな表情を浮かべるアルトリアに俺は言った。

 

「ありがとう。助けてくれたんだよな?」

「……いえ、当然の事をしたまでです」

 

 頬を赤らめる彼女はやはり美しかった。


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