【完結】ヤンデレセイバー   作:冬月之雪猫

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第十四話『誰そ彼』

第十四話『誰そ彼』

 

「……お前、あの小僧か?」

 

 ランサーは突如現れた敵方の七体目のサーヴァントに問う。

 黄泉帰った少年。どうせ、まともな手段ではあるまいと思っていた。死者の冒涜などと青臭い事を言う趣味は無いが、これは悪趣味が過ぎる。

 

「だったら?」

「あの小娘はどうした?」

「アルトリアの事か? 驚いたな。君はアレを気にかけているのか」

 

 男は嗤った。

 

「大方、本物だと信じ込んでいた恋人が偽物だった事に絶望して、打ち拉がれている最中じゃないか?」

 

 男の口は滑らかに動いた。風貌が変わっても、精神性が変わっても、在り方自体は変わっていない。

 相手の力が上なら技術で、相手の技術が上なら力で、技術も力も上なら卑劣な手段に手を染める事も厭わない。

 人質を取る事も、命乞いをする弱者を殺す事も、下劣な言葉で相手を嬲る事も、最終的に目的を達成する事さえ出来れば是とする。

 それが『エミヤ』という男。正義の味方という名の殺人鬼。あの無銘を名乗るアーチャーのサーヴァントも本質的にはこの男と変わらない。

 

「なんなら優しい言葉の一つでも掛けてみるといい。今のアレなら喜んで股を開く筈だ。そのまま君の玩具にでもしてみればいい。気になっているのだろう?」

「……見てられねぇな」

 

 ランサーは安い挑発で心を乱すほど、軟な精神を持ち合わせていない。

 ただ、哀れだった。

 青臭くも純粋だった少年が幾度も繰り返した絶望の果てに腐り落ちる。

 そんな話、酒の肴にもなりはしない。

 

「……とりあえず、お前さんは死んどけ」

 

 遊んでみる気も起きなかった。瞬時に槍へ魔力を溜め、神速をもって堕ちた正義の味方に肉薄する。

 双銃が変化して双剣に変わった。アーチャーのモノとは形状が異なっている。

 

 ――――どうでもいい。これで終わりだ。

 

 ランサーは相手の懐に飛び込んだ。

 同時に双剣が元の双銃へ戻った。

 

「――――刺し穿つ(ゲイ)

 

 今更、何をしても遅い。

 

死棘の槍(ボルグ)――――!」

 

 クランの猛犬が持つ槍は因果逆転の呪詛を纏う必殺の槍。

 心臓を穿つ結果が先に生じ、過程が後に続く。

 故に発動した時は既に手遅れだ。結果が定まった後に何をしても槍の穂先を回避する事は出来ない。

 にも関わらず、男は嗤った。

 

“■■■―――unlimited lost works.”

 

 男は己の心臓を穿つ槍に見向きもせず、銃弾を撃ち放っていた。

 

「……テメェ、ハナから」

「これでオレとお前の聖杯戦争は終了だ。ご苦労様」

 

 ランサーの肉体は無数の剣に内側から突き破られて四散した。

 

 アルトリアを騙すという役割を終えたアヴェンジャーにアンリ・マユが与えた命令は一つ。

 命を代価にランサーを確実に道連れにする事。

 令呪に逆らう力も、そもそも意志さえ持たない彼は命令に殉じた。

 

「実に下らない座興に付き合わされたな。まあ、この体が崩れる感覚は悪くない」

 

 空を見上げる。時刻は黄昏時。沈みかけた太陽の光が彼にはやけに眩しく映った。

 

 ◇

 

 アヴェンジャーが消滅した瞬間、アーチャーは上空に悍ましい魔力を感じた。

 見上げた先には天馬が浮かび、その上で女が変貌を遂げようとしていた。

 即座に弓を構えるが、直後に冬木市の方角から龍を象る魔弾が現れた。

 

「――――ここで決着をつけるつもりか!」

 

 降り注ぐ龍弾の数は九。その全てが対軍宝具に匹敵する破壊力を秘め、不規則な軌道で迫ってくる。

 全て撃ち落とす事は不可能と判断して、アーチャーは三つを撃ち落とした時点で弓を破棄した。

 

“I am the bone of my sword.”

 

「――――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

 展開する7つの花弁に龍弾が激突した瞬間、極大の魔力が破裂した。

 射殺す百頭(ナインライブズ)――――。

 それはかの大英雄がヒュドラを殺した時に編み出した極技。その本質は複数回の攻撃が一つに重なる程の高速連撃。

 六枚の花弁が刹那の内に消滅。最期の花弁を渾身の魔力で維持したアーチャーは疲弊し、上から降ってくる怪物に対して完全に無防備を晒した。

 

 ◇

 

 興味のない事に対して行動を起こす時、彼女は感情を停止させる。実行すると決めた事を行うだけの機械と化す。

 アンリ・マユがイリヤスフィールを手に入れるまで、彼女に命じていた擬似・小聖杯の護衛をしていた時は違った。どういうわけか、出会った時からやたらと親しみを持って接してきた少女にライダーは困惑しながらも悪くない気分だった。彼女の境遇を聞いた時は殺気を漏らして彼女を怖がらせてしまったほど、入れ込んでいた。

 その命令を解かれた時、失望にも似た感情を抱いた。それから先の命令は彼女にとって、面白くもなければ詰まらなくもない作業に変わった。

 

 ――――ああ、ツマラナイ。

 

 冷め切った心にラインを通じて魔力(あくい)が流れ込んでくる。

 セイバーやランサーは狂った。アサシンとフェイカーは身を委ねた。アーチャーは……、わからない。

 間桐桜(かのじょ)と居た時は邪魔としか感じなかった。悪意に塗れた彼女にこれ以上の悪意など無用だと、撥ね退けた。

 だが、今は悪意が心地良い。

 

 ――――悪いのはワタシじゃない。

 

 悪意を流し込んでくるアンリ・マユ。

 殺し合いの舞台に望んで上がった敵対者達。

 引き金を引いたアルトリア。

 

 ――――ワタシはナニもノゾンデイナイノニ。

 

 勝手に召喚して、勝手に殺されに来る。

 召喚されたかったわけでも、殺したいわけでもないのに……。

 放っておいてほしいのに、愚か者達の相手をしなくてはならなくなる。

 

『メデューサ……。アナタ……』

 

 誰かの声が脳裏に響く。ノイズ混じりの懐かしい光景が浮かび上がる。

 うずくまって、生き血を啜る怪物。恐怖に怯え、白くなった乙女。

 

「アハッ、アハハハハハハハハハハ!!」

 

 笑い声を上げながら、ギアを上げていく。ロー、ミドル、ハイの順で流れるように。

 際限なく引き上げられていく。その回転数はやがて彼女の外殻の限界を超える。

 人を恨み、殺人を愉しむ怪物へ堕ちていく。

 

 丁度良く、怪物の為の席が空いた。

 アレは本来、キャスターを名乗っているモノの為の席。

 これは椅子取りゲームだ。相応しい席に座りたければ、奪えばいい。

 壊れた外殻(クラス)を捨て、空いた席に我が物顔で腰を下ろす。

 

 ――――アア、ヨウヤクタノシクナッテキタ。

 

 出来ない事はない。元より、命じているのは聖杯自身。

 

《敵を殺せ。仲間を殺せ。己を殺せ》

 

 分かりやすい。これ以上なくシンプルだ。

 ただ、目の前の有象無象を己共々殺し尽くせばいい。

 散々繰り返してきた事だ。

 人間を殺したくてたまらない。その本心を剥き出しにする。

 口が裂けるほどの笑顔を浮かべる。

 

『……ライダー、ありがとう』

 

 一瞬だけ、少女の顔が浮かんだ。何に対しての感謝なのか、聞いても教えてくれなかった。それが妙に気になった。

 だけど、その思考も一秒の後に消失した。

 カタチが変わっていく。呼吸が乱れ、命が急速に萎んでいく。

 

『――――これで、私達は最期まで純潔だったわね』

 

 恐怖を感じながら、愛する妹を安心させる為に微笑を浮かべる乙女達。

 逃げ出したくなる体を互いに押さえつけて、生贄達は最期まで守ってくれた妹に優しく語りかけた。

 

『私達は最期までアナタに守られた。だけど、私達を守ったメデューサはもういない。それなら……ええ、私達も同じようにいなくなりましょう』

 

 そして、ソレは生まれ変わった。

 約束された破滅。人の血を啜った時に決定づけられていた終わり。体が崩れ、心が崩れ、やがて在り方も崩れ去った異形。

 守ると誓った姉すら――――、その手にかけた。

 怪物の名は――――、蛇神ゴルゴーン。

 

「――――強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)

 

 ◇

 

 愛した姉すら生きたまま己の一部とした怪物。

 生きるために殺すのではない。殺すために生きるモノ。人間社会を真っ向から否定する殺戮機構。

 ソレが降ってくる。アーチャーは自身の生存を諦めた。代わりに、呪文を唱え始める。

 

“I am the bone of my sword”

 

“Unknown to Death. Nor known to Life”

               

“■■■―――unlimited blade works.”

 

 炎の結界内に怪物を閉じ込める。

 後は任せると主に告げ、無銘の正義の味方は剣の墓標で怪物を見つめる。

 女神であったモノの成れの果て……。

 領域内の生命を尽く溶解する生きた災厄。既に現界の限界を迎えたアーチャーは結界内の全ての剣に命じた。

 

 ――――幻想を解き放て。

 

 眩い光が視界を染め上げる。怪物も、人も、死は平等に訪れる。

 怪物の脳裏に最期に浮かんだモノはやはり疑問だった。

 

『ありがとう』

 

 どうして、こんな怪物にそんな言葉を掛けてくれたのだろう?

 

 ◇

 

 アーチャーが切り札を使った直後、他の者の理解が追いつく前にルヴィアのサーヴァントであるキャスターは宝具を発動した。

 

「精霊よ、太陽よ! その大いなる悪戯(ちから)を――――、大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)!」

 

 周囲の住宅街は協会の協力によって無人になっている。それでもなお、キャスターの行いは暴挙と言えた。

 現れる巨大なコヨーテと、降り注ぐ太陽の光。何もかも燃やし尽くす熱線によって、コヨーテに守られているルヴィア達を除き、全てが焦土と化した。

 

「キャスター! 一体、何を!?」

「ライダー!! 全速力でマスター達を連れ、離脱を!!」

 

 ルヴィアの声に応えず、キャスターはライダーに向かって叫ぶ。

 

「心得た!」

 

 ライダーは既に召喚を終えたチャリオットにマスター達を放り込んでいく。

 

「小僧! 令呪を使え!」

 

 ウェイバーはキャスターとライダーの様子に意を決し、セイバーがフィーネを抱えてチャリオットに飛び乗った瞬間、令呪を発動した。

 

「キャスター!?」

 

 キャスターはチャリオットに乗らなかった。

 アーチャーの消滅は即ち、ヘラクレスのナインライブズを抑える者の不在を意味する。

 

「征くぞ!!」

 

 コヨーテの加護を受けたキャスターが向かう先は射手の座する山の頂上。

 

「――――マスター。どうか、力を!」

 

 ラインを通じて、主の悲しみが伝わる。

 令呪の発動と共に彼の足は音を置き去りにする。

 辿り着いた山頂に大英雄は立っていた。

 

「征くぞ、大英雄よ!」

 

 元より勝てるなどとは露ほども考えていない。

 相手もほとんどの戦力を喪っているが、彼我の戦力差はもはや絶望的。

 かくなる上はフィーネの語る策に全てを委ねる他に道はなく、その為には彼らを生かさねばならない。

 

「――――命を賭けて、我が弓を降ろさせるか」

 

 大英雄は遥か異国の英雄に賛辞を述べ、弓を降ろして拳を振るう。

 

射殺す百頭(ナインライブズ)の真髄をお見せしよう」

 

 一矢報いる事すら出来ず、キャスターはヘラクレスの拳によって消滅した。

 

「これで八体。そろそろか……」


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