PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
何とか大晦日に更新することが出来ました。ここまで心身共に疲れて布団から起きれない状況でしたが、FGOで超人オリオンを引くことが出来たので、元気いっぱいになりました(笑)。アトランティスのストーリーは本当に面白かった。
皆さん、今年もありがとうございました。今年も色々ありましたが、ここまで続けられたのは読者の皆様の応援のお陰です。今後就活など忙しくなると思いますが、完結まで頑張って行きたいと思ってますので、来年もよろしくお願いいたします。
改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった、感想を書いて下さった方々、本当にありがとうございます!
それでは本編をどうぞ!
<ロマンキャッスル>
楽屋セーフルームを出てから、穂乃果たちは急いで先へ続く道を進んでいた。だが、その雰囲気は重苦しくなっていた。というのも、原因は集団の先頭を一人陣取っているりせにあった。
「ああああああっ! もうっ!! 腹立つっ!! 落水さんのバアアアアアアカッ!!」
楽屋を出てから、このようにりせは終始不機嫌だった。地団駄を踏み、何もない場所を意味もなく睨みつけては怒声を飛ばしている。詳しくここには書いてないので言えないが、先ほど楽屋で落水に相変わらず冷たい態度を取られたのが癪に障ったらしい。
そして、今まで落水にされてきた仕打ちが蓄積されて今爆発したようだ。
「うわぁ、あんなりせちゃん初めて見たよ」
「アイドルとして言ってはいけない発言までしてるし……」
「さながら蓄積が産んだモンスターだよね…」
「まるでエンジン全開の石上くんみたいに荒れてるにゃ」
「放っておいたら? そのうち収まるでしょ」
荒れに荒れてるりせに対して穂乃果たちは傍観を決めた。自分たちもあの落水に思うところがないわけではないが、今のりせを止める自信もないし逆に巻き込まれそうなので、どうしたものかと頭を悩ませる。
「落ち着いて下さい久慈川さん。先輩たちと離れてる今、実質あなたがリーダーなんですから。リーダーが冷静さを失ってはチームの士気にも関わりますよ」
「……っ」
ここでタイミングを見計らっていた直斗のフォローに何か気づいたのか、りせは痛いところを突かれたように顔を歪めた。それに加わるように、クマが満悦な笑顔でりせに近寄った。
「そうクマよ? クマはいつでもリセちゃんの味方ですたい! 辛い時は遠慮せずクマの胸に飛び込んで泣きんしゃーい! ほれほれ~!」
「クマさん、それは思いっきりセクハラだよ」
「ハレンチなことは……」
「ぎゃあっす! ウミちゃん、ごめんクマー! 反省するから鉄拳はご勘弁を~~!!」
さらっとセクハラ発言をしたので鉄拳を落とそうとする海未を見てクマが慌てて土下座をする。そんな2人のやりとりが可笑しかったのか、不機嫌だったりせはクスッと笑った。
「ごめん、私がどうかしてた。じゃあ気を取り直してセンパイたちと合流しよっか。今から通信であっちの状況を聞いてみるから」
りせは落ち着きを取り戻し、冷静に判断できる状態になっていた。特捜隊2年組のその一連のやり取りに穂乃果たちは羨ましいと思った。やはり同じ事件を追ってきた仲間ということもあるのだろう。いつかあのような関係を自分たちも築けるのだろうか。
「あれ? 完二さん、どうしたんですか?」
今度はそんなりせとは対照的にずっと黙り込んでどこか上の空だった完二に花陽が声を掛けた。
「……ああ?」
「もしかして、過労死になったまま年越しになったから不機嫌になってるのかにゃ?」
「ちげえよ、誰の話だ。あと俺は過労死なんてしねえよ」
訳の分からないことを宣った凛にそうツッコミを入れる完二。
「いやよ……ここっておめえらがいう噂になってる世界ってことだよな?」
「ああ、絆フェスの噂ですね。確か“午前0時にサイトを見ると見知らぬ動画が流れて、そこでは死んだアイドルが躍っている。そして、その動画を見た者は『向こう側』へ引きずり込まれて、二度と目覚める事はない”……でしたっけ?」
「でも、それがどうしたの?」
「けどよ、俺らがここに来るまでに会った連中って言やあ、あの変な声のヤツと妙なリボンに巻かれたシャドウだけじゃねえか。てすりゃ、ここに引きずり込まれてた連中はどこにいんだよ? 助けねえとやばいんじゃねえか?」
完二から思いつかなかったことを告げられて皆はあっと声を上げた。
かなみんキッチンとA-RISEを助けることで頭がいっぱいで考えもしなかったが、言われてみればあの噂で昏睡状態に陥っている人はどこにいるのだろうか。
「……そうか、そういうことだったのか」
「直斗くん?」
「これで確信が持てました。今の巽くんの疑問を解消するためにも、僕の話を聞いて下さい」
完二の発言に何か閃きを感じたらしい直斗の顔つきは探偵王子と言うに相応しいものになっていた。そんな直斗の話を一語一句聞き逃さまいと穂乃果たちは耳を研ぎ寸ませる。
「久慈川さん・南さん、僕らが最初にここを訪れた……いや、正確には連れ去らわれた時のことを覚えていますか?」
「えっ? あーうん。あの時は例の動画がホントに映って……」
「突然あのリボンが現れて、この世界に引きずり込まれたんだよね……あっ」
「気づいたようですね。そうなんです、僕らは他の被害者たちとは違って昏睡状態にはならなかった。でなければ、雛乃さんがあんなに怒ったりはしないはずです」
その時のことを思い出しのか、直斗の身体が一瞬ブルッと震えた。余程恐ろしかったのか、一緒に怒られたことりとりせも身体が同じく震える。
「そして、それはかなみんキッチンとA-RISEのみなさんも同じです。だからこそ、見逃していたんだ」
「あ? 何をだよ」
一体直斗が何を見落としていたのかと問いただすと、直斗は被っている帽子の位置を直して意味深に答えた。
「"無気力症"という症状を知ってますか? 数年前、辰巳ポートアイランドを中心に発生した、発症すればほとんどの自我を失い、言葉すら満足に話すことが出来なくなる奇病です」
「えっ? 無気力症?」
「あっ! それ聞いたことある。あまりにそうなる人が多かったから、あまり辰巳ポートアイランドに近づくなって学校から言われたことが……でも、何でそれが出てくるの?」
「……今回の事件のことで鳴上先輩と桐条さんたちを訪ねた時に聞いたんです。最も、僕はその前から知ってましたけどね」
「ん?」
確かに悠と直斗は新学期が始まってすぐにシャドウワーカーの美鶴たちに挨拶に行ってそこで事件のことを耳にしたと聞いていた。だが、直斗が最後に何か気になることを呟いた気がする。
「桐条さんによると、その無気力症の原因は
「えっ?」
「ひ、人の身体からシャドウって……そんなことあり得るの!?」
「ええ、僕らの心とシャドウには密接な関係があります。自らのシャドウに向き合い、それをペルソナとして力に変えた僕らと違って、もしペルソナ能力を持たない人間から無理にシャドウを抜き出した場合、どうなるか?」
いきなり直斗にそう問いかけられて戸惑ってしまったが、そんな中ことりが何となく答えてみた。
「む、無気力症になる……じゃないかな?」
「それも作用の一環です。しかし、今回の事件では違った。これは推察に過ぎませんが、恐らく今回の事件の被害者たちは……何者かによって"シャドウを抜き取らせた"事で昏睡状態に陥ったと考えられます」
直斗の説明を聞いて穂乃果たちは内心絶句していた。正直情報があまりに衝撃過ぎて頭で処理しきれない。シャドウが抜き取られたことで昏睡状態に陥ってしまうなんて、そんなこと聞いたこともないしにわかに信じがたいことだったからだ。
「……僕は勘違いをしていました。"噂"と真実に隔たりがあるのは当然だと思っていた。でも……本当は噂が間違ってたんじゃない。僕らが特別だったんです」
「わ、私たちが特別って……あっ、ペルソナ」
「もしかして、のぞみさんたちにも?」
「いえ、彼女たちは違った意味で特別なんです。これまでの出来事を振り返ってみると、あの声は妙にすももさんやのぞみさん、それにあんじゅさんやツバサさんのことを知りすぎていました」
言われてみれば、確かにあの謎の声はツバサたちのことを知りすぎていた。メンバーにも言っていないことや己の趣味趣向などを熟知していたし、今思えばストーカーのようで気味が悪い。
「じゃあ、あの声は最初から彼女たちを狙ってこの世界に引きずり込んだってこと?」
「よく考えればあの日、僕らがこちら側へ引きずり込まれたのがちょうど午前0時頃。彼女たちが行方不明になったのはそれより前、僕らと挨拶を終えてから、事件発覚の間です」
「それって、あの人達だけが噂の条件に合ってないじゃない! どういうこと?」
真姫の指摘する通り、噂では午前0時に向こう側へ引き込まれるとなっているのに、かなみんキッチンとA-RISEたちが連れ去られた時間は全然違う。何故このような例外が発生したのか、直斗にはそれも見当がついていた。
「それは、彼女たちこそがこのマヨナカステージの
「メインゲスト?」
「……考えてみて下さい。ここはマヨナカステージとあの声は言っていた。当然ステージには舞台に立つ者と見る観客が必要だ。かなみんキッチンとA-RISEは最初から、舞台の上に立つゲストとしてこの世界に呼ばれていたんです。それは久慈川さんや穂乃果さんたちμ‘sも一緒だった」
「えっ!?」
「私たちも……あっ、まさか」
「最初引きずり込まれた時に見たあの久慈川さんとμ‘s専用のステージが用意されていたのがその証拠ですよ」
思い返せば確かにその通りだ。この世界に引きずり込まれた時、自分たちが居たのはあたかもりせと穂乃果たちのために作られたような豪華なステージだった。バックボードにデカデカとりせの名前とμ‘sのロゴが入っていたのだから、間違いない。
「ちょっとまった!」
だが、そこにずっと黙って話を聞いていたクマが待ったを掛けた。
「じゃ、じゃあ! この世界はりせちゃんやモモちゃんたちの為に作られたっちゅー事クマ? だとすれば、あのシャドウたちは」
「そこが本題です。ここで先ほどのぞみさんのステージであの声が言っていたことを思い出して下さい。何か引っかかってることがありませんでしたか?」
そう言われてこれまでの謎の声による発言を思い返してみる。だが、急に思い出そうとしても中々思いつかなかったが、そんな中あの言葉が穂乃果の頭の中を過った。
"絆を求めてこの世界にやってくる"
「ま……まさか……」
「穂乃果ちゃん?」
その言葉を思い出した瞬間、穂乃果は気付いてしまったことの重大さに慄いてしまった。
「だって、今直斗くんが言ってたことはよく分からなかったけど、要するに穂乃果たちがペルソナを持ってるからこの世界を自由に動けるってことだよね? それじゃあ…ペルソナを持ってない人がこの世界に引きずり込まれたとしたら…シャドウになっちゃうってことじゃ……」
ー!!ー
「じゃあ、あのシャドウたちは
「ええ、まさかことりさんの仮説が的を得ているとは思いませんでしたよ。流石、あの人の親戚です。しかし同時に動画を見た人間の中でも昏睡した方とそうでない方が居る事から……何らかの法則性を持って選別されていると考えてもいいでしょうね」
分かり始めたとんでもない事実に皆の頭が再び真っ白になった。だが、元の状態に戻ったと同時にまずいとも思った。何故なら、今この時にも絆フェスのサイトは公開されている。まだ現実にも噂を試そうとしている人間はいるはずだ。もし直斗の言う通りであれば、その人間が居る限りこの世界にシャドウが増え続けるということになる。
「まずいよ……早く現実に戻らないと状況が……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
その時、辺りから地鳴りが響き、地面が揺れ始めた。突然のことに思わず足がすくんでしまうが、しばらくして地震は止み、辺りに静けさが戻った。
「今のって、地震っ!?」
「急ぎましょうっ!!」
何かあったのかもしれない。最悪な事態を予感しつつも皆は急いで先へ続く道を走って行った。
急いで先へ続く道を走って行く。段々と景色が変わっていき、光が差したところを見た。
見ると、そこにはまたも奇妙な光景が広がっており、先に着いていたらしい7人の団体が呆然としている姿が確認できた。その団体は言うまでもない、特捜隊&μ‘s3年組の面々だ。
「あっ! りせちゃんたち来たよ! 穂乃果ちゃんも一緒だ!」
「センセーイ! ユキチャーン……ぐっほおおお!!」
「お兄ちゃあんっ!!」
3年組の姿を確認した途端、一時の事とはいえやっと再会できた悠たちに喜びを分け合おうとしたクマだったが、それよりも感情が高ぶっていることりに突き飛ばされてしまった。クマを突き飛ばしたことに気づかないことりはそのまま悠に抱き着いた。
「お兄ちゃん! 大丈夫!? けがはない? 希ちゃんに何かされなかった!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。何で最後に希が出てきたかは分からないけど……」
「だって、お兄ちゃんが希ちゃんと一緒にステージに立つ予感がして……それで何かされたのかなって……」
「ウフフ……さあてね、何かしたかもしれへんなぁ?」
バチッ!
再会して早々に視線で火花を散らす乙女2人。間に挟まれている悠にとっては溜まった者ではないが、関わると面倒なので周りはスルーを決めた。
「うっス! 先輩ら早いっすね。俺らもかなり急いだんすけど」
「へへっ、まだお前らには負けねえよ。ま、なんだかんだでそっちは4人助けてんだし、上出来じゃね?」
「絵里ちゃんや雪子さんたちも無事でよかったよ」
「うん。穂乃果ちゃんたちもね」
完二と陽介が軽く拳を合わせて挨拶する。他のメンバーも皆、一部火花を散らしている者たちは除いて無事を確認するように互いに笑顔を見合わせていた。
「それより、みんな無事か? さっきかなり大きく揺れたけど」
「大丈夫、驚いたけどあれって何だったの?」
「分かんないけど、あたしたちがここに来たら景色がこんなんなっててさ」
「今まさに完成したって感じやったんやけどね」
そう、悠たちがここに辿り着いたのはちょうどあの地震が収まる直前だった。今、目に映る奇妙な景色は到着した瞬間にはまだ収まるべき場所に収まりきっておらず、軋み歪みを繰り返した後、現在の景色に落ち着いたのだ。
天井にはチラチラと輝く星にどこか街の夏祭りのような古風な雰囲気が辺りを包んでいる。一体何故このようなことが起こったのか。
「フフフ……全員そろったみたいね。ようこそ、私が新しく用意したステージへ」
その時、まるで待ち受けていたようにあの声が天から聞こえてきた。いきなり現れた敵の声に皆は一斉に警戒態勢を取る。
「ムムムっ、出たクマね!」
「へっ、残念だったな! お前が攫った7人は俺らが全員助けたぜ」
「そうです! こんなことしても、もう意味がありません! なのに、次は一体何をするつもりですか!?」
陽介から海未と順に謎の声を追求するが、謎の声はいつもの調子でこう答えた。
「……あなたたちには関係ないよ。ともえやツバサたちには悪いけど、あなた達もあの子たちもこの世界にはもう必要ないんだから」
「ど、どういう意味!?」
「言葉の通りよ。可哀想だけど、あの子たちはあなたたちに毒されて私たちとの絆を捨ててしまった……そんな子たちならもう要らないの。私が望むのは皆の望むあの子たちだけだから」
「……っ」
「私は……痛みも苦しみもない永遠の絆が欲しいのよ」
毎度のことながら、この声の絆に対する執心さは異常だ。そんなものはないと叫んでやりたいが、そんなことを言ったところであの声は分かってくれないだろう。
「ここは新しく用意したステージだと言ってたな。次は誰を引き込むつもりだ!」
「フフフ……私は何もしてないよ。私と繋がりたいって人がいたから、その人の希望をかなえてあげるだけ」
「嘘言わないでよ! そんな人、いるわけないじゃない!」
「信じてもらえないの? じゃあ、本人に聞いてみたらいいよ」
謎の声の挑発に悠たちは振り返った。絵里の言う通り、そんな人物など居るはずがない。
だが、そんな願いも虚しく足音と共に近づいてきたのは見知った人物だった。
「落水さん!? 何でここに? まさか……」
「答える必要はないわ。見て分かるでしょ?」
そう、現れたのは紛れもない落水本人だった。あまりに唐突なことに状況が呑み込めずに混乱する悠たちを他所に落水は淡々と話を進める。
「すももたちは無事よ。あの子たちを連れてサッサと元の世界に帰りないさい。今なら絆フェスに間に合う。死ぬほど練習しなさい、失敗は許さないわ」
「ど、どういうこと!?」
「ちょっ! んな事言ってる場合じゃねえだろ!? アンタ、何を考えて」
「陽介くん、下がって!!」
陽介が落水を引き留めようとしたその時、行く手を阻むように黒い靄が発生した。それに嫌な予感を感じた希の警告に陽介が動きを止めたと同時にリボンに繋がれたシャドウが出現する。
「見苦しいわね……狼狽えるなっ!!」
シャドウの出現に慄く陽介たちを見かねたのか、落水は鋭い声色で叱責する。この状況だというのに、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「どれだけ愚かな子たちなの……あなた達もステージに立つなら自覚しなさい。プロの世界に万が一はない! 全ての可能性を想定して“上手く行く”道以外は潰すのよ。どんな手段を使ってもね」
「そ、それとこれとは話が違うでしょ!」
ここに来て現実での絆フェスの話をし始める落水の真意が分からない。一体彼女はこの状況で何を言いだすのか。すると、
「もしかして落水さん、凛たちをここから出すために自分を犠牲にする気じゃないのかにゃ?」
「………………………」
瞬間、顔から血の気が引いていくのが分かった。そうだ、それなら合点がいく。道理であの謎の声が自分たちを襲うことはしないはずだ。それに当人も否定しないところを見ると、当たりのようだ。
落水の真意が分かった途端、穂乃果たちは落水を引き留めようと猛抗議する。
「そんなのダメだよ! そんなことしたって……何も変わらないよ!」
「高坂さんの言う通りです! 犠牲になるのはあなただけじゃありません! そこにいるシャドウたちは絆フェスのサイトを見て、ここに引き込まれた観客たちそのものなんですよ!! それでもあなたは! その人達を救わずに、あなたの巻き添えにしようというんですか!?」
「うええっ!? な、なんだそりゃあ……!」
「そんなの初めて聞いたわよ! 悠、アンタは知ってたの!?」
「俺だって今初めて聞いたぞ!」
驚愕の新事実を聞いて動揺する3年組だったが、今はそれどころではない。目の前で犠牲になろうとしている落水を引き留めなければ。だが、
「フン、若いわね。そんな事とっくに聞いてるわ」
「なっ……!?」
直斗の言ったことは既に知っていたのか、あくまで落水は冷静に斬り返す。これには流石の直斗も面を喰らった。
「生憎、お客の失望には慣れているの。全員を満足させるなんて最初から不可能よ。"痛みを伴わずに何かを得ることは出来ない"。あなたたちの言葉でしょう?」
「……っ」
「最小の犠牲で、最大の効果を得る。これはビジネスの鉄則よ、覚えておきなさい」
淡々と冷たく、まるで未熟な生徒を説教するような態度で発せられた落水の言葉に皆は黙り込む。だが、その中で悠は落水の言葉に内心自分でも驚くほどの悔しい想いが込み上げてきた。
足りないながらもこの数ヶ月、絵里やりせたちの指導の下で本気でダンスに挑んできた。堂島家で受験勉強も並行してやり、血反吐を吐くような練習メニューを必死にこなした。
だからこそ、舞台に立つ自分たちに“半端は許さない”とあのレッスンスタジオで言い切った落水に悠はどこか厳しいプロ意識を感じながらも、自信の矜持を貫き通す強い大人だと思っていた。
そして、その落水が今、妥協を口にすることがどうしてもショックで許せない。反目はあるが、挫折や試練を乗り越えてでも最高のステージが実現するのだと、この世界に来てから精一杯伝えてきたつもりだった。それをプロデューサーである落水が諦めるというのだから、なおさらだ。
悠は居ても立っても居られなくなり、気が付けば皆より一歩前に足が出ていた。
「落水さん、貴女は全て自分で背負い込もうとしているだけだ。俺たちはそんな犠牲を認めない! 認められるか!!」
彼にしては珍しい荒げた声で落水にそう訴えかける。その叫びに落水は一瞬怯んだものの、すぐに冷やかな視線を戻した。
「……伝わらないわね、あなたの心」
「えっ?」
「私が良いと言っているのよ、放っておきなさい。言ったでしょ。私はあなたが思っているほど、良い人じゃないと」
「……っ。違う! あなたは」
「分かったら、サッサと戻りなさい。後のことは井上か武内が上手くやってくれるはずだから」
落水はそう言い捨てると言葉通りサッサとステージの奥へと言ってしまった。思わず引き留めようと後を追おうとするが、行く手を阻むシャドウたちが邪魔して足を止めてしまう。
「フフフ……さあ、落水さんとの約束通り、貴方たちを現実に返してあげるわ」
あの声が落水を追わせまいと悠たちをシャドウの群れで取り囲む。あの不気味な歌が聞こえず、シャドウたちも襲う様子が見当たらないところから察するに、本当に自分たちを現実に返そうとしているようだ。
「クソっ! 相棒、どうすんだよ!」
「悠さん、どうするの?」
この状況をどするべきか、リーダーである悠に陽介と穂乃果は意見を求める。しかし、その表情は切羽詰まっているようには見えなかった。それは他のメンバーも同様でジッと悠の回答を待っている。
もちろん、言われずとも悠は己の答えを提示した。
「残念だが、その申し出はお断りだっ! 落水さんたちを置いて、俺たちだけで現実に帰る訳にはいかない!」
悠が出した決断に特捜隊&μ‘sのメンバー全員は同意と言わんばかりにニヤリと口角を上げた。そうだ、自分たちはこの世界を訪れた際に誓ったのだ。全員で現実に帰ると。それを今更覆すようではここまで来た意味がない。
「そう……? 残念ね、折角あなたたちを帰してあげられるチャンスだったのに……じゃあ好きにすると良いわ」
「な、なに? 随分聞き分けがいいじゃねえか」
謎の声の予想外の反応に拍子抜けしてしまった。今までのパターンを振り返ってみれば、ここでシャドウと不気味な歌を使って襲い掛かってもおかしくないのに。
「フフフ……でも忘れないで、ここは皆と繋がる為の場所だよ。さあ……あなたたちも仲間に入れてあげる」
瞬間、何度も耳を襲ってきた不気味な音楽の音量が上がり、シャドウたちが一斉にリズムを取るように動き始めた。前言撤回、全然拍子抜けじゃなかった。
「うわああっ!? やっぱり襲ってきたぁっ!!」
「このバカンジ! ちっとも聞き分けなんて良くないじゃない!」
「ええっ!? 俺のせいじゃないっすよ!」
「結局こうなっちゃうんだね。でも……このまま私たちだけで逃げ出すなんて絶対に出来ない!」
「全く同感ね。私たちが伝えたいのがそんな事じゃない……あの人に絶対分からせてやるんだから」
ここまで戦い抜いてきて、目的であるツバサやたまみたちに自分の気持ちは伝わった。だが、落水に届かなかったということにショックを受けなかったと言えば嘘になる。
しかし、自分たちはここで諦めるつもりはない。伝わらないのであれば、何度でも伝えればいい。自分たちは今までそうやって戦ってきたのだ。
新たなる壁が立ちはだかるが、仲間と共に何度でもぶつかっていこう。新たな心意気を胸に、悠たちはまたも襲い来るシャドウたちに心を伝えに掛かった。
…………
……………
………………
♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~
「あら……ようこそ、ベルベットルームへ」
目が覚めると、あの不思議な群青色の狭い部屋の椅子に座っていた。その向かいには秘書を模した群青色の衣装を身に纏い、分厚い書物を膝に置いたプラチナ髪の女性が鎮座している。どうやらここで物語は小休憩のようだ。
「フフ……"彼ら"の饗宴を垣間見た気分はどうかしら?」
女性は微笑ましくそう尋ねるが、どうと言われても分からないと回答した。そんな自分に女性はクスッと艶めかしい笑みを浮かべていた。
「不思議な話でしょう? 自らが傷つき血を流して、想いを"伝えて"も、彼らの得るものは何もない……他人から見れば、彼らの姿はそんな風に見えたかも知れないわね。でも、彼らはそんな事も考えもしなかった。一体何故かしら……?」
またも問いかけるようにそう言う女性に首を傾げてしまう。
「前にも言ったけれど、この部屋では何も意味もないことは決して起こらない。私があなたに"彼"の話をしようと思い立ったことにも、何か意味があるのかもしれないわね」
女性はそう言うと、またも膝に置いていた分厚い本を開いた。そのページから青白い光が輝き始めて辺りを包んでいく。
「さて、続きを見てみましょうか。最後まで目を離さないで見て頂戴、彼らの命を懸けた物語を……」
To be continuded Next Year.
皆さん、良いお年をっ!