PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
季節の変わり目なのか、風邪を引いてしまって数日間寝込んでました。それも部活の合宿中だったので、更に辛かったです。今は大分回復しましたが、皆さんも風邪には十分気を付けて下さい。
改めて、お気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
これからも応援よろしくお願いします。
それでは、本編をどうぞ。
<セクシーラウンジ・メインステージ>
ともえと千枝、にこが攫われた方向へ進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。眩いばかりのネオンに彩られた怪しげなフロア……棚には酒瓶が並び、周囲には見るも怪しげなオブジェが乱立していた。
「何だろう、ここ……夜にお酒飲んだりするお店とか、そんな感じ……」
「でも何か、あまり現代的じゃねえよな。年代古めっつーか……辰巳ポートランドのあのバーよりなんか……」
「見て、ともえちゃんがっ!」
空間の中央、ネオンやオブジェに囲まれたステージ状の場所に宙空を見上げ何かを叫んでいるともえの姿があった。
「違うわ! 私だって、好きでそんなのやってるわけじゃない! それより、里中さんと矢澤さんをどこに……」
「フフフ……そうね、あなたはお色気担当じゃない。本当は気が小さくて男の子と遊んだことがない。それどころか趣味だって……フフフフっ!」
「あ、あなた誰なの……何で、そんなことを……」
「でもね、ともえ……そんなあなたは誰も要らないの。失望されれば、皆の心は離れて行くわ。可哀想に……あなたはリーダーなのに、誰も守ってあげないのね」
「わっ……私……す、すもも……のぞみ、たまみ……かなみ……」
「まずい……!」
「早く何とかしないと…!」
案の定、謎の声は手馴れたようにともえの心をえぐりに来ている。これ以上はまずいと悠たちは急いでともえの元へと向かった。ともえは悠たちの存在を確認すると、まるですがるものを見つけたようにこちらに向かおうとするが、謎の声はそれを許さなかった。
「本当の自分なんて捨てなさい、ともえ……誰よりもセクシーに、誰よりも優位に立って大人びたリーダー……それがみんなが望むあなたよ」
「!!っ……」
「ほら、聞かせてあげるわ……皆の声を」
瞬間、またも空間が歪んだ感覚に襲われた。そして、
『あの遊び慣れた雰囲気がいいんだよな』
『食肉系アイドルって売り込みなのに、逆に男を食い物にしてる感じがさ!』
『あの上から目線、ゾクゾクするよなー。色んな男を知り尽くしてるって色気がたまんねーわ!』
「また、この声か……」
「私たちの時もあったけど、聞いてて良いものじゃないわね……」
またもペルソナ通信とは違う、傍観者の声が空から周囲に……否、ともえに聞かせるかのように響き渡る。止めようにもこの無責任な声を止める術を持たない悠たちには何も出来ることはなく、またも容赦なく傍観者の無責任な声が響いて来る。
『ともちんがいなきゃお色気ゼロだもんね……ご褒美ナシじゃ、ちょっと貢ぐ気にもなんないなー』
『何だかんだ言ってもセクシーな女性には憧れるね。あの色気が、ともちんの魅力の全てでしょ?』
「う……うう……」
「……分かるでしょ、ともえ。皆が望むのは異性を手玉に取るセクシーなあなた。さあ、受け入れなさい。本当のあなたなんて、どこにも居場所はないのよ」
謎の声が聞かせた無責任の声にともえは絶望したように膝を折った。そして、
「ダメだ、ともえさん! あの声のことを真に受けては……」
「いいの……皆が幸せなんだもの。本当の私なんか、最初からいらなかったのよ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
リボンに巻き取られたともえは悲しく笑い、その身体がどす黒いもやに包まれていく。たまみや英玲奈と同じ、いや、それよりも深い禍々しい闇が辺りを覆い尽くしてともえを飲み込んだ。
「クソっ! 何でこうなっちまうんだよ!」
「油断するな、来るぞ!!」
闇が晴れて現れたのは夜の女王という言葉がしっくりくる怪物だった。赤いSM嬢のような衣装を身に包み、蝶を模した巨大な仮面に光る二つの目が怪しくこちらを見定めている。その迫力と禍々しさに皆は思わず身体をぶるっと震わせてしまった。
「ああ……身体が熱いわ……! 私は夜の蝶……それでいいのよ! ホントの自分なんてどうせ伝わりはしない。分かって貰うなんてできやしないんだから」
湧き上がる不気味な歓声が聞こえたので振り向くと、やはり空席だった客席にリボンに繋がれたシャドウたちが密集して身体を揺らしていた。あの声の言うともえのステージがついに始まってしまったのだ。
「ねえ、私と繋がってこの火照りを静めてよ。私に任せれば、全部気持ちよくしてア・ゲ・ル。フフフ、あなたたちだって痛いより気持ちいい方が好きでしょう? 傷ついてまで自分を伝えたって、何の得もありゃしないんだから」
その時、未だかつてないほどの音量と音質の不気味な歌が各々の脳に襲ってくる。ここまでは想定通りなのでそれに対する備えて身構えていたが、何かおかしい。
どんなに強い意志で歌に耐えようとしても、強烈なGが掛かってくるように頭が重くなる。今まで散々聞かされ続けて耐性ができていた頃だと思ったのに、これはおかしい。それに、どこか
「なっ!? あれって、里中と矢澤かっ!?」
「ええっ!?」
「しかもペルソナまで召喚してるっ!?あの人、まさか……」
そう、よく見るとあのシャドウの群れの中に攫われた千枝とにこがリボンに繋がれて混じっていた。更に2人ともペルソナを召喚しており、各々楽器を持ってあの不気味な歌に合わせて演奏していた。
その光景に悠たちは思わず目を見開いた。そして、その表情を見たのか、愉快そうに笑う謎の声が天から降り注ぐ。
「フフフフフ……言ったでしょ? 繋がったこの子たちを見たら、考えを改めてくれるかもって」
「て、テメェ!!」
謎の声が言ったことの意味が分かった途端、陽介は激昂する。
そう、あの声は千枝とにこを繋げたを良いことに、彼女たちのペルソナを自分の不気味な歌の威力を上げるのに利用したのだ。仲間を洗脳した挙句、その仲間の力を持って悠たちを繋げようとする謎の声の思惑に思わず怒りが頂点に達した。だが、そんな陽介たちの意識を千枝のトランペットとにこのティンパニーが容赦なく刈り取っていく。
「ぐ……」
「こ……こんなところで……」
「い、意識が……」
不気味な歌が2人のペルソナによる力故なのか、今までよりストレートに伝わってくる。更に、千枝とにこが“繋がろう”と亡霊の囁きのように聞こえてくる。まるで滝に打たれるように体力も限界に近付いているのか、視界が白黒に点滅して意識も切れかけてきた。
(ここまで……なのか……)
薄れゆく意識の中、そんな考えが頭を過る。だが、ここで諦めてしまったらもう終わりだ。しかし、どんなに策を思案しようとも無駄に終わるペルソナによる実力行使しか浮かび上がらない。そうこうしている間にも仲間がどんどん膝を折って倒れて行く。
(くそっ、ペルソナが使えたら……この世界のルールさえなければ……
『ルールって言葉に縛られてるから、君は"ここのルール"にもバカ正直に従っちゃってるんじゃないの?』
ふと、“ルール”という単語を浮かんだ瞬間、いつか誰かにそのことを言われたことを思い出した。そうだ、これはGWのP-1Grand Prixであの人物……足立透に言われた言葉だ。
そしてその瞬間、悠は微かな秘策を思いついた。正直あまり成功するとは思えないが、打つ手がないこの状況でやらなければ全滅だ。
(やるしかないっ!)
「…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
意識をハッキリさせるために悠はありったけの雄叫びを上げる。大声を出ていることを認識できたということは意識がハッキリしているということだ。そして、意識がハッキリとしている間に、ありったけの気力を振り絞って悠はタロットカードを顕現した。
「フフフ……これで鳴上悠たちは繋がった。あとは久慈川りせたちを……えっ!?」
謎の声が勝ちを確信したその時、眩い青い光がステージに広がった。その瞬間、
「……はっ!?」
「これは……」
「い、意識が戻った!?」
ペルソナ能力を悪用した不気味な歌で暗くなりかけた意識が戻った。不気味な歌はまだ鳴り止まっておらず絶え間なく頭の中に響いては来るが、それでもさっきまで消えかけた意識は戻って全滅のピンチだった状況が一変した。
一体、何が起こったのか。その理由はハッキリしていた。
「な、鳴上悠!? 貴様……!」
「言ってたな。この世界では傷つけないし傷つけ合わないって。なら、傷つけない……
ハッキリとした声でそう告げる悠の背後にいるものに皆は驚愕した。なんと悠はペルソナを召喚したのだ。召喚されたペルソナの名は【イシス】。希との再会と困難を経て解放された新たな【女帝】のペルソナである。
確かにあの声は言っていた。“ここでは傷つかないし、誰と傷つけ合わない“と。ならばと、悠はこの世界のルールを逆手に取ってイシスのスキル“メシアライザー”を発動。体力も異常状態も全快するこのスキルにより、失いかけていた仲間の意識を回復することに成功した。
悠の読み通りこの世界は攻撃行為は無効とするが、回復行為は例外だったようである。まさかあの人物の言葉に救われるとは思わなかった。
「悠、お前……」
「……里中とにこには効かないか……やはり完全に取り込まれたら洗脳を解くのは無理なようだな」
何とか全滅の危機は免れたが、それは一時的なもの。この行為を続けても完全に取り込まれてしまったともえと千枝、にこは救えない。3人を救う唯一の手段はダンスで気持ちを伝えることだけだ。
「鳴上くん! ここは私がやっておくから。鳴上くんは踊ってきて!」
「ああ、行ってくる」
察してくれた雪子にバトンタッチして悠はともえシャドウと対峙する。自分の思惑を邪魔されて不愉快そうにしているともえシャドウの冷ややかな目が悠に向けられたのを機に、ここぞとばかりに悠はこう言った。
「……ともえさん、キミは伝えることから逃げてるだけだ。だから、必ず俺が伝えて見せる。自分を表現することの素晴らしさをっ!」
悠の力強い言葉が周囲の空気を一変させる。これから始まるのは特別捜査隊&μ‘sのリーダー【鳴上悠】によるダンスパフォーマンスだ。悠が躍るとなって仲間たちの期待も一気に高まった。
「待った、それやったらウチも一緒に踊るよ」
「えっ?」
すると、悠の近くにいた回復したばかりの希が自分も踊るぞというようにステージに上がってきた。
「悠くんだけに負担は掛からせへんし、ウチもともえちゃんに伝えたいことがあるもん。それに、せっかくりせちゃんもことりちゃんもおらへんし、この機に悠くんをメロメロにさせるチャンスやしな♡」
そう言ってニヤリと不敵に笑みを浮かべる希。先ほどまでピンチだったのに余裕があるとは恐れ入る。これをりせやことりが聞いたらどうなることか……
『もしも~し希センパイ、聞こえてるんですけど~』
噂をすればというべきか、タイミング良く希を咎めるような口調でりせからの通信が入ってきた。どうやらさっきまでの会話は向こうに筒抜けだったらしい。
「り、りせ……?」
『全く、油断も隙もありゃしないよ。本当なら邪魔するところだけど、今非常事態っぽいし、希センパイが躍るっていうなら私が代わりに音響やるから。その代わり、悠センパイと一緒に最高のパフォーマンス決めちゃってよね』
「ありがとな、りせちゃん。やっぱりりせちゃんはこういう後輩キャラが似合っとるな。どんな、とは言わんけど☆」
『ムキィィッ! 運よく一緒になったからって調子乗ってぇ!! 後で覚えておいてよね!!』
「お前ら……今が非常時ってこと本当に分かってんのかよ……」
「あはは……」
今が緊急事態だというのにいつものように言い争う2人を見て陽介たちは呆れ、悠は思わず苦笑してしまった。だが、こういうやり取りができていることからして、自分を保てているということを実感する。この状態であれば、必ずやれるとそう確信した。
「悠・希! 頼んだわよ!」
「幼馴染コンビの力、見せてやれ!」
「頑張ってね! 2人とも」
仲間の声援を受けて、悠と希は手を取り合うようにしてステージでスタンバイする。その姿に通信越しのりせは羨ましさに声を荒げそうになったが、グッとその気持ちを飲み込んだ。
『それじゃあ、悠センパイと希センパイの【Sign Of Love】は準備OKだから、いつでも始めちゃって』
「さあ行こう、希」
「うんっ!」
「「μ‘sic スタート!!」」
四方から聞こえる綺麗で大人びた音色をバックに華麗に踊る悠と希のパフォーマンスは圧巻だった。まさにこの2人のためにあるのではないかと思わせるほどの表現力、そして阿吽の呼吸というべき息の良さ。誰も入り込む余地もない悠と希の2人だけの世界が展開されていた。
「……すごいね、2人とも」
「そうね……って、どうしたの? 花村くん」
「羨ましくねえ……羨ましくねえぞ…………」
まるで互いのことを良く知るカップルのようにステージで舞う2人を見て、陽介は下唇を噛んで悔し気にそう呟いていた。まあ確かに陽介の言うことも分かる。あんな見せつけるように仲良さげに踊っていればそれは誰でも羨ましいし嫉妬にも駆られる。現に陽介のように素直に出してはないが、同じ悠に想いを寄せている絵里も内心はそんな風に思っていた。
不思議な感覚だと希は思った。
英玲奈の時も感じたが、シャドウの前で踊っているというのに、まるで大勢の人たちに見られているような感覚だ。自分がりせと同じ探知型ペルソナ持ち故かは分からないが、あのシャドウたちから人間特有の視線と感情の高ぶりを感じるのだ。
「希、最後まで楽しんで行こう!」
「……うんっ!」
だが、今だけは隣で一緒に踊っている悠とのダンスに意識を向けるとしよう。
表情には出していないが、希の心はあのシャドウたちと同じく高揚していた。小学生の時から惹かれていた悠と2人っきりでダンスしている。こんな誰も邪魔されない空間で悠とダンスできるなんて、心が躍らない訳がない。
前の自分では考えられないことだった。昔、悠を神社に閉じ込めたことを悟られたくなくて偽りの自分を見せていたあの頃。正直真実を知られた時は悠に嫌われてしまうと絶望した。でも、悠はそんな自分を嫌うことなく、むしろ真実を知れてよかったと笑顔で受け入れてくれた。親友の絵里も後輩の穂乃果たちも同じく受け入れてくれた。本当の自分を受け入れてくれたあの時の感動は今でも忘れたことはない。
(ともえちゃんにも、ウチや悠くんみたいに本当の自分のことを分かってくれる人がいるはずや。だから、戻ってきて!)
ありったけの想いを乗せて、悠と希のダンスは更に勢いを増す。そして、
ーカッ!ー
「「ペルソナッ!!」」
ともえの心を掴まんとする悠と希は声をそろえてペルソナを召喚した。イザナギは漆黒のベース、ウーラニアは艶な光沢のあるチェロを手にしてセッションをスタートした。美しくも力強い、まるで今の2人を象徴するような音色がともえのシャドウたちの鼓膜に響き渡る。
どうか、ともえに届いてほしい。そう願って悠と希は瞳を閉じた。
「ああ……熱い……身体がっ……!」
怪物の姿が消えて、変わりに身体に手を当てて悶えている。どうやら無事ともえの心を懐柔するのに成功したらしい。その証拠に周囲にいたシャドウたちは空に溶けて行くように消えており、ともえの傍らには洗脳が解けた千枝とにこが頭に手を当てていた。
「ともえちゃん!?」
「千枝! にこちゃん! 大丈夫!?」
「うう……だ、大丈夫……ちょっと身体がだるいけど……」
「何とか……ね」
千枝とにこの言葉はたどたどしいが何とか話せている。どうやら悠と希のパフォーマンスは成功して、3人の意識を取り戻したらしい。
「良かった……無事だったんだね」
「ううう……やっぱり直斗くんが言ってた通りだね。あのリボンに捕まると“自分を捨てよう”って思っちゃうって」
「正直……今思うとゾッとするわね」
リボンから解放されてその時のことを呟く2人。やはり最初に取り込まれた直斗が言っていた通り、あのリボンに取りつかれてると考えを押し付けられるようだ。それはともかく、悠には2人に言うべきことがある。
「ありがとうな、里中・にこ。俺を庇ってくれて」
改まってお礼を言う悠に千枝とにこは面を喰らったが、すぐにニコッと笑ってこう言った。
「あはは、良いって。鳴上くんにはたくさん助けてもらったんだからさ」
「千枝の言う通りよ。でも、その代わり今度コペンハーゲンで奢んなさいよ。アンタ特製のパンケーキスペシャル盛り」
「ああっ! あたしもっ! あたしは肉丼10杯ね!」
「お前ら、ちょっとは遠慮しろよ……」
「ああ、約束する。その時は存分に食べてくれ」
にこと千枝に思わぬ約束を取り付けられてしまったが、それくらいなら安いものだ。もし2人が庇ってくれなかったらあの謎の声の策に嵌ってこんなやり取りをしていなかっただろう。ネコさんに迷惑を掛けてしまうかもしれないが、そのお礼というならばいくらでも奢ってやると悠は固く誓った。
「私……何てことを……自分を捨てて、あんな姿を見られて……」
さて、千枝とにこに謝ることはできたし、次はともえのフォローだ。1人で悶えるともえに駆け寄り、悠と希は優しく声を掛けた。
「そんなん気にせんでええよ。いいとこも恥ずかしいことも含めて、ともえちゃんなんやからな」
「ああ、俺たちだって変わらない。それでも受け入れてくれる人たちが、ともえさんにも必ずいるはずだ」
悠と希の言葉に、ともえは黙ったまま何かを思案するかのように俯いていたが、やがて顔を上げて俺たち1人1人と目を見合わせた。その目には決意の光が宿っている。
「私……学生の頃一度だけ、友達に自分の、その……趣味の事を打ち明けたことがあったの。そしたら、その友達にすごく笑われてしまって……怖くなって、友達になるのをやめちゃった」
「えっ? それ、マジな話で……?」
「それからかな? どうしても他人と距離を置いちゃって……“自分”が怖くなっちゃった」
まさか、ともえにそんな過去があるとは思わなかった。確かにそんなことがあったら自分を曝け出すのは怖くなるだろう。去年の事件で自分のシャドウと対峙してそういう思いをしたことがある陽介たちはともえの言うことを重く感じてしまった。
「参考までに聞かせて欲しい。どんな趣味なんだ?」
「それ聞いちゃう!? 今笑われたっつったばっかなのに、キツくね!?」
だが、それにも関わず悠はストレートにともえに問題の趣味のことを聞いてきた。相棒の不謹慎な発言に思わず陽介はツッコミを入れるが、件のともえの反応は違った。
「ううん、いいの。これが一歩目だし、これからはそういうのも言えるようにならないと。ありがとうね、鳴上くん」
悠の発言を気にすることなく、むしろ好感を持ったらしいともえは悠に微笑んでそう言った。そんな光景に希はむうとジト目で頬を膨らませていた。
「わっ、私! 変な子なんだーっ! 漫画大っ好きだし、家だと朝から晩までテレビばっかり見てるし、お炬燵大好きだし……! 休みの日はずっとゴロゴロしてお菓子とか食べて! 食べカス落として、パソコンばっかりいじってる! おっ、男の子となんて手を繋ぐのも怖いし、しゃべるのも苦手だし、お正月はもちろん一人で鍋だし! 好きなマンガすぐ買っちゃって、気づいたら2冊あったりして、まあいいやって思ったりして! ……ほんとダメだ、私」
一息に言い放ち、最後は失速して、ともえの一世一代の告白はおわりを告げた。この場合、どういう言葉を掛ければいいのだろうかと、流石の悠でもすぐに言葉が出なかった。隣の陽介に助けを求めるが、陽介は別の意味で困惑していた。
「え……今の……マジ? いや、そういう趣味があるってことは否定しねえけど、何というか……ギャップが……」
「ぷ……ふふふふふっ! アハハハハハハッ! マンガ、2冊って……私もある……ウフフフフフフフっ!」
「天城さん!? そこ笑っちゃダメですよね!?」
「そうよ! ともえさんがまたトラウマになったら、どうするの?」
陽介と絵里でツボに入ってしまった雪子を止めに掛かる。だが、当の本人はそう思っていないようで……
「ぷ……フフフフっ! ううん、おかしいよね? だって要らないよね、2冊! アハハ!」
「あーこの子そっち系かー、2倍めんどくせー……」
「いや、ファンでは観賞用と保存用とで礼儀として買う人も」
「真面目に解説しなくていいから、鳴上くん!!」
天然に天然が交わり、途轍もないカオスな空間が生まれてしまった。ただ得さえ雪子だけでも面倒くさいのにそれが2人もいるとなると流石の千枝でも手を付けられない。
「ねえねえ、それでどんな漫画が好きなの?」
「そうだな~、最近は【○ンダム00】とか【ふたりは○リキュア】かな?」
「ああ、いいね! 私は【明日の○ージャ】とか【○ーラームーン】とか」
「おおいっ!? やめろおぉぉぉぉっ!! それ全部ご本人様の代表作だろぉぉぉぉぉっ!」
陽介の決死のツッコミが炸裂するかと思ったその時、少し離れた場所から見覚えのある光の幕が下りた。すると案の定、たまみの時と同じ楽屋セーフルームのドアが出現した。
「またか。たまみと同じだな」
「これ……事務所の楽屋のドア? 何でこんな場所に?」
「とにかく入ってみない? 一応安全か分かんないし、慎重にね」
<楽屋セーフルーム>
「やっぱりだな、前とほとんど変わんねぇ」
中に入ってみると、そこはたまみや英玲奈の時と同じ楽屋を模したセーフルームだった。特に変化はないようだが、念のためということで希がペルソナを使って状況を確認する。
「うん……この楽屋からは敵の気配もあらへんし、あの不気味な歌も聞こえへん。ここは安全やね」
「よし、とにかく休もう。今は休息が必要だ」
「ふ~助かった~。もう足がパンパンで……」
ここが安全だと確認できたところで、全員が思い思いに肩の力を抜いて疲れた体を休め始めた。先ほどのステージで悠や雪子のメシアライザーで体力を回復したとはいえ、この世界に落ちてからずっと動きっぱなしだったので、それによる疲労が出始めたらしい。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったけどなんとかなんたわね」
「ホントだよ。それにしても、りせと穂乃果ちゃんたちの方はどうなってんだろうな?」
「大丈夫じゃない? あの子たちがそう簡単にやられるとは思えないわ」
「そうだよね。それより鳴上くん、まだ紅茶とほむまん残ってる? あたし喉乾いちゃって」
「ああ、あるぞ」
「どんだけ持ってんだよ。よくそんなんで今のダンスができたな」
向こうを見てみると、ともえと雪子はまた2人だけの世界に入って他愛ないトークを楽しんでいた。やっと自分の趣味を分かち合える相手が出来たのか、表情が生き生きとしている。よくよく聞いてみると、ここには書けないようなことを喋っているので何もいうまい。
そんな2人は放っておいて、悠たちも各々談笑したり眠ったりして疲労回復に努めた。
~しばらくして~
「あれ? あそこに何かあるよ?」
雪子との談笑も一段落してふと化粧台の鏡を見てみたともえがそう言ったので見てみると、案の定そこに一枚のメモのようなものが貼りつけられているのが見えた。
「ねえ……これ、たまみさんの時と同じ……」
「うう……またそれかー。勘弁してくれ……」
「こ、今度は何が書いてるのかしら……」
まるで怖い怪談を思い出したかのように身体を震わせる千枝と絵里をよそに、悠は淡々と鏡に貼りつけられたメモをひっぺ返した。全員が周囲に集まったのを確認した悠はメモの内容を確認する。
“ヒルガオは咲かない、こんなにも願っているのに”
“本当の私の顔なんて、もう忘れてしまった”
“あんなに憧れていた『歌』にもう何も感じない”
“歌うのが怖い、舞台が怖い、ファンの期待が怖い”
“私がいなくなったら、あの人はどう思うだろう? ”
“悲しませたくないけど、心はもう枯れ果てた”
「何か、前の文章より追い詰められてねぇか? 幽霊とかそんなんじゃなくても、聞いてて怖えって感じたぜ」
「こ、怖すぎでしょ……」
陽介とにこの反応は正しい。たまみの楽屋セーフルームで見たメモとは打って変わって、まるで自殺する寸前の者が書き記した遺書のような内容になっている。それは不気味に感じるのも無理はないだろう。
「この事件の犯人って本当にお化けなのかな? あの“自殺したアイドル”っていう話」
「雪子ちゃん、まだその話引っ張ってたんやね……」
「これだけじゃ分からないわ。本当にそんなことがあり得るの?」
「せめてこれを書いた人が分かれば、こんな怖い思いせずに済むのに……」
不気味なメモの内容を聞いて各々考察を述べるが、やはりこのメモを書いたのが何者なのかが分からない。おそらくこのメモを書いた者がこの事件に深く関わりがあるのだろうが現状それを特定する材料がないのでどうしたものかと頭を悩ませる。
「自殺したアイドル……ヒルガオ……
だが、ただ一人……ともえは何か思い当たる節があるような顔をしていた。
「ともえさん、何か知ってることが?」
「知ってるわけじゃないけど、絆フェスの出演が決まった時に井上さんに聞いた話があるの」
「井上さん?」
「タクラプロの先輩に昔亡くなった人がいて、トップアイドルだったから当時は騒がれてたって。その人が亡くなる直前に書いた曲の名前が“カリステギア”……ヒルガオって意味の言葉なの。そして、“カリステギア”は……」
「今度の絆フェスで、私たち【かなみんキッチン】が発表するはずの新曲よ」
ー!!ー
ともえが告げた事実に沈黙が下りた。それほどともえが告げた事実が悠たちに衝撃を与えたということだろう。
「マジか……」
「繋がったな。タクラプロ所属のアイドルでたまみとともえさんにも関係がある。俺たちの予想に一致する」
「な、何か話がヤバい方向に進んでない!? それってホントに犯人はその人の……お化けって事!?」
「落ち着いて千枝ちゃん、まだ結論を出すのは早いわよ。まあ……色んなことが怖いほど繋がってきてるってことは事実だけど……」
「フォローになってないし! 絵里ちゃんもガタガタ震えてるじゃん!?」
色めき立つ、というより不気味過ぎて恐怖で身体を震わせている千枝たちを放っておいて悠は更なる手がかりを得るためにともえに更に話を詳しく聞くことにした。
「なぜともえさんたちがどの曲を?」
「……
「落水さん?」
「ええ、カリステギアは未発表のまま終わった“幻の新譜”。あんなことがあって、ずっとお蔵入りしてたけど、私たちの売りになるからって……」
まさかの事実に衝撃を受けて悠と陽介は天を仰いだ。この場であの落水が関わってくるとなると、繋がりすぎて怖くなってくる。
「……ともえちゃん、その亡くなったアイドルの名前って聞いてるん?」
「ええ、それは……」
「
「えっ? 誰……って、落水さんっ!?」
噂をすれば影と言うべきか、またもタイミングを見計らったように落水がこの楽屋セーフルームに入ってきた。一体どこから話を聞いていたのか分からないが、己の登場に驚く悠たちを気にせず、表情を硬くしていた。
「下世話な話ね。この事件が有羽子の呪い? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」
「……どうしてそう言い切れるんですか?」
「あ、天城さん?」
落水の斬り捨てるような発言に雪子は怒気を含んだ声色で抗議する。あまりみたことがない雪子のその表情に陽介は少したじろいでしまった。
「もしかしたら、あなたが“売れる”という理由で有羽子さんの歌を歌わせようとしたせいで……ともえさんやたまみさんが、こんな事に巻き込まれてるかも知れないのに……!」
「ええ、それはね……こんな場所にいれば、お化けも怪物もいるかも知れないと思うわよ。でもね、これが有羽子の呪いだなんて、そんなことはあり得ないのよ。絶対にね」
「絶対って……そんなの分かんないじゃん!!」
「いいえ、分かるわ。とにかくこの話は終わりよ。ともえも現場を混乱させることは口にしないことね」
「あなたね……! ともえちゃんは関係ないでしょ!!」
「もう……我慢できないわ……」
「お、お前ら!落ち着けって!」
落水の発言に腹が立ったのか、雪子と千枝、絵里の怒りが頂点に達するのを感じた。希も表情を保っているものの、内なる怒りが溢れ返っている。
この状況はまずい。雪子たちだって本当は分かっているはずなのに、ここに至るまでの戦いによるストレスや落水の敵を作るような言動を引き金に感情をコントロールできなくなっている。慌てて落ち着けさせようと陽介が必死にフォローするが、もう遅い。
「みんな、落ち着け」
「鳴上くん!? 何で怒んないの! この人」
「落ち着けっ!」
悠の口から発せられた静かな、それでいて迫力のある声に皆は一気に押し黙った。
「たまみや英玲奈さん、ともえさんが心配でムキになることは分かる。でも、まだ何も確信もないこの状況で落水さんを責めるのは違うだろ。落水さんが悪いわけじゃない」
「…………」
冷静に皆をそう窘める悠にやっと我に返ったのか、雪子たちはバツが悪そうな顔を作った。だが、予想外だったのはあの落水までも悠の怒りの声に呆然としていたことだ。
「お、落水さん?」
「……いえ、私も悪かったわ。ムキになるようなことじゃなかった……とにかく、ここは私が引き受けましょう。ともえ、疲れが取れるまで私とここに残りなさい」
「は、はい!」
素直な謝罪の言葉を口にした落水を見て、千枝と雪子たちも我を取り戻した。だが、双方共に気まずい雰囲気が包み、そんな重たい空気を取り持とうとしたのか、陽介があえて別の話題を切り出した。
「そういや、落水さんはなんでここに? たまみんは大丈夫なんすか?」
「……たまみが落ち着いたのを見計らってあなたたちを追いかけてきたの。せっかくともえを助けてもらってもあなたたちが先に進めないんじゃ、ね。それに、アイドルはそんなに弱くないわよ」
「そうですか」
「とにかく、あなたたちはよくたまみとともえ、そしてA-RISEを助けてくれたわ。お礼を言いたいところだけれど全てが終わってからにしておくわね」
「はい、全員でここを出れたら是非よろしくお願いします」
「ええ、悪いけどもう一働きしてもらうわ。私やともえは何の役にも立てないから。いつだってそう……何かある度に、こうして自分の無力を思い知らされるのよ」
「えっ……?」
「それから、探偵ゴッコもいいけれどこれ以上の邪推はやめておくことね。私は貴方が思っているほど良い人じゃないのよ」
落水は最後にそう言うと、再びそっぽを向いて椅子に腰を掛けた。最後の言葉はどうも自分に向けらたような気がするが、そんな落水に悠は疑問を拭いきれないでいた。
"自分の無力さを思い知らされる"
そう言い放った落水の言葉には、やはりほんのすこしとは違う、自嘲のようなものが混ざっていたように感じたからだ。そう考えれば、陽介が考察した通り落水がわざと攻撃的な口調を選ぶ理由があるような気がして、悠はその事実を飲み下す事が出来ないでいた。
「私、やっぱり駄目かも。あの人の事、どうしても好きになれないよ……」
「あんだけの態度取られりゃな。俺も大好きってやつの方が珍しいと思うわ」
「まあ、あの人なりの理由があるかもしれへんかもな」
落水から距離を取った途端、まだ思うところがあるのか口々にそう言うが、陽介と希が何とか抑えようとフォローする。すると、陽介が雪子たちに聞こえないようにこっそりと耳打ちしてきた。
「なあ、気づいたか?」
「ああ…あの人、
やはり陽介も薄々感じていたらしいが、あの落水の行動はどうも引っかかる。長田有羽子の話を無理やり終わらせようとした節があるし、何よりこれ以上詮索は止めろと言ってきたのだ。あの態度からして、落水と長田有羽子の間に何かあったことは明白だ。
それを自ら悟らせてしまうとはあの人物らしくない。それほど現実離れしたこの状況に混乱しているのだろうか。
「それと、あの人やっぱり悠くんのことを知っとるんちゃう? 最後の言葉、何か悠くんに向けて言った風に聞こえたんやけど」
「………今はとにかく急ごう。りせたちと合流して、ここから出る方法を探すんだ」
「おうっ、そうだな」
「了解や」
今はそれよりもりせたちを合流することを優先しよう。落水の謎やこの世界のことに関してはその後だ。そう心に決めた悠たちは少し休息を取ってから楽屋セーフルームを出発した。
~悠たちが出発して数分後…~
「……あなた、ちょっと老廃物溜まってる?」
「あっ、その…昨日はここにいて何も出来なかったので……」
「そう…そうよね」
「………………………」
「………………………」
悠たちが去ってからも楽屋セーフルームの空気は緊張に包まれていた。時たま落水の方から話しかけてくれるが、このように会話は続かず途切れ途切れになっている。メンバーの皆と一緒に居ると気だってガチガチに緊張していたのに、いきなり2人っきりになると更に緊張してしまったので、ともえの心の中はパニックだった。
「あなた、かなみんキッチンで一番年上よね。あと、絆フェスの本番もすぐね」
「はっ、えっ? あ、はい…!」
「知ってる? 運動は老廃物を……」
「運動します! 運動させて下さい! 今すぐ! ここでぇ……!」
「そう、じゃあ始めて」
老廃物云々と思わず気にしてしまうワードを言われたともえは必死にそう訴えて絆フェスで踊る予定の振り付けを落水に踊って見せた。すると、
「ああ、ダメ。全然なってない。聞きなさい、ともえ。そこの振りのニュアンスわね…」
ーカッ!ー
「"会社の掃きだめ"と虐げられた部署に所属する女性先輩社員が女性新入社員に向かって、"男の数こそ女の価値よ!"と説く、そんな強気な女の悲壮を描くのよっ!!」
「だっ、ダメ!私…まったくイメージに付いてってない! 雪子ちゃーん! 鳴上くーん!」
ともえの災難もまだまだ続く……
To be continuded Next Scene