PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

「この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説」を観に行きました。思わず爆笑してしまうくらい笑えてとっても面白かったです。

FGOで水着ガチャPU2を引いたら沖田さんがやってきました。今年は去年ほどではないにしろ、水着の武蔵ちゃんやカーミラさん、ジークフリートなど色々サーヴァントと引けたので良かったです。
更に、最近ダンまちにハマってメモリアフレーゼの方も始めました。いきなりアウトローのベルくんやアミッドさんが出てきたりしてテンションが上がってポンポンとストーリーを進めています。

改めてお気に入り登録して下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・最高評価を付けて下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


#81「Shadow World.」

<楽屋セーフルーム>

 

 

「な、何で落水さんがここに? 貴女はあのリボンに攫われて……」

 

「それに、何故マリーちゃんまで……」

 

 

 突然現れた落水とマリーに驚きを隠せない海未とことり。自分たち同様にあのリボンに連れ去られたというのに行方不明だった落水に、稲羽でお天気お姉さんをやっているはずのマリーが同時に出てきたのだから当然だろう。驚きで硬直している穂乃果たちに目を向けて、落水は毅然として態度で口を開いた。

 

「攫われたのわね。そして、気づいたら道ばたに寝かされてたの。それで、ここまで状況を見ながら歩いてきたわ」

 

「あ、歩いてきた!? そんなことをすればシャドウに」

 

「それは大丈夫。私が近くにいたからシャドウは寄ってこなかったよ。まあ、理由はそれだけじゃなさそうだけど」

 

 そう答えたのはマリーだ。なるほど、彼女が一緒についてきたということならその疑問は解消される。だが、それよりも気になることがある。

 

「そ、そうなんだ……? ところで、マリーちゃんはなんでここに? 悠さんが言ってたけど、確かマリーちゃんは稲羽から出られないんじゃ?」

 

「……悠たちが帰ってから稲羽に変な影響が出てきてね。その原因がこの世界だって気づいたから。悠たちの身に何かあったんじゃないかと思って、長鼻に頼んで何とかしてもらった。稲羽のことはテオに押し付けてきたから問題はないよ」

 

「「「…………………………」」」

 

 意味がよく分からなかったが、マリーが離れたことで起こった面倒事をテオに押し付けてきたということは分かった。学園祭で助けてもらって以来会っていないが、あのベルボーイが普段どういう扱いを受けているのかが垣間見えた気がする。

 

 

 

「ンンッ! 話を戻してもいいかしら?」

 

「は、はい!!」

 

「貴女たちは何故私が動じていないのか気になってるみたいけど、私だって馬鹿じゃない。これだけ非現実的な光景を見せられれば、普通じゃないことが起きてる事くらいは察せるわ。でも、私に出来ることは何もない。つまり“慌てるだけ無駄”だということね」

 

 淡々と現状を把握する落水に穂乃果たちは唖然としていた。この何事にも動じずに冷たく、どこか見下している感じはりせならいつもの落水と言うだろう。だが、いくらそうであってもこんな非現実的なことが起きれば慌てても不思議ではないのに、この落ち着いた態度には疑問が残る。

 

「貴女たちは綺羅ツバサたちを助ける為にわざわざここに来たのよね?」

 

「は……はい! そうです!! だって」

 

「ありがとう、礼を言うわ。少なくてもここにいる綺羅ツバサはあなたたちのお陰で助かったようだしね」

 

 あの落水に頭を下げられて思わず動揺してしまった。先日まで冷たい態度で接せられた穂乃果たちにとって、今丁寧に感謝されるとは思わなかったからだ。

 

「い、いえ……そんな……」

 

「わ、私たちは当然のことをしたまでで…………」

 

「そう……じゃあ、私はここでお暇するわ。かなみんキッチンのメンバーを急いで探さなきゃいけないから、A-RISEのことは任せたわよ」

 

「えっ!? あ、ちょっと!?」

 

 お礼を言ったかと思うと、落水は踵を返してすぐに楽屋セーフルームから出て行ってしまった。まるで嵐のように去っていった落水に今まで溜まっていた感情が爆発する。

 

「……何なんですか、あの人!! お礼を言ったかと思えばすぐに出て行って! ツバサさんが心配じゃないんですか!!」

 

「本当失礼だよ! 人をモノをみたいに扱って!! 穂乃果ちゃんもそう思うよね!?」

 

「あ、ああ……うん、そうだよ!」

 

 先日も見せた落水の冷酷な態度と行動を目のあたりにしてきた海未とことりは怒りはもう抑えきれない。それは穂乃果も同じだが、何かあの落水の態度に違和感を感じていた。言葉ではしてなかったが、話している最中チラチラとツバサを気にするように見ていたし、自分たちにお礼を言った時のちゃんと心から感謝していたことは間違いない。

 

 

 

「落ち着いて」

 

 

 

 その時、いつも悠が自分たちを落ち着けさせるように、マリーがそう声を掛けた。

 

「マリーちゃん! でも……」

 

「コーハイ、ここでグダグダやっても意味がないよ。それに、先に進むんだったらその子を置いていった方がいい。この世界の影響か分かんないけど、今その子に体力はあんまりなさそうだから」

 

 マリーの言葉に思わずツバサの顔を覗き込んでみると、確かに青白い顔をしていた。このような状況に慣れてしまった忘れていたが、この世界はペルソナをもっていない一般人にとっては過酷な環境だ。落水のあまりの行動に我を忘れてしまったので、マリーが指摘してくれなければ気づかなかっただろう。

 

「そ、そうだよね。ツバサさんがついていけないんじゃここに置いていくしか……」

 

「でも、それだと誰かがここに残らなきゃいけませんよ。ここが絶対安全とは限りませんし、この状況で私たちの誰かが残るのはちょっと……」

 

「だから、私がここに残る。コーハイたちは先に進んで」

 

「えっ……でも」

 

 確かにマリーが残ってくれるのは有難いが、マリーこそ何か目的があってここに来たというのに、そこまでしてもらうのは抵抗がある。だが、マリーはそんなことはお見通しというように穂乃果たちの目を見てこう言った。

 

「大丈夫。今の私にはこれくらいしかできないから。コーハイは自分たちができることをやって」

 

 マリーのその言葉は穂乃果たちを納得させるのに十分だった。そうだ、効率的に救出しに行くために悠たちと分かれたとはいえ、まだ助けるべき人達はいるのだ。あの落水の言葉を借りるようで癪だが、手遅れになる前に早く残りの人達を助けなくては。

 

「……分かった。じゃあマリーちゃん、ツバサさんのことよろしくね」

 

「うん、任された」

 

 マリーと短いやり取りを終えると、穂乃果たちはツバサに事情を説明して納得してもらうと、先へ進むために楽屋セーフルームのドアノブに手を掛けて外へ出た。

 

 

 今もなお、様々な謎が残ったままだ。あの謎の声の正体に楽屋の鏡に貼りつけられた謎のメモ。果たしてこのまま進めばその謎は解けるのだろうか。そう言えば、現実はどれだけ時間が経っているだろうか。母と雪穂は怒っていないだろうかと穂乃果は心の中で汗を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 このマヨナカステージに存在する楽屋に似たセーフルームにて、ツバサとマリーは気まずい雰囲気で待機していた。本当はツバサも穂乃果たちに付いていきたかったが、いきなり訳の分からない世界に放り込まれて彷徨っていたせいなのか、先ほどあの黒い影に取り込まれたせいなのか、身体がふらついてしまって自由に動けない状態だったので仕方がない。

 だが、今気になっているのは自分の目の前でぼおとしているマリーのことだった。

 

 

「…………………………」

 

 

 穂乃果たちの話によると、稲羽という街では有名なお天気お姉さんらしい。何故この世界に来たのかということを穂乃果たちに話してはいたが、その話の内容も訳が分からなさ過ぎて頭がパンクした。

 しかし、それを抜きにしてツバサの目からすれば、マリーはお天気お姉さんには勿体ないと思うほど美人だった。モデルとかアイドルとかになれば、かなり人気が出るだろう。年も自分と同じくらいだろうからスクールアイドルをやったら、すぐに人気が出るかもしれない。今日は色々と現実をぶつけられる日だなとツバサは深い溜息をついた。

 

「ねえ、キミが悠とコーハイたちのライバルなんだっけ?」

 

「えっ……? ど、どうなんだろ……」

 

 いきなりのマリーの問いにツバサは言葉を詰まらせた。世間が出しているスクールアイドルランキングではA-RISEが1位でμ‘sが21位というということになっているが、先ほどの穂乃果のダンスを見せつけられるとそうと言い切れない。もしかしたら既に追い抜かれている可能性も……

 

「そう。オデッコはそんな感じなんだね」

 

「お、おでっこ?」

 

 突然脈録もないあだ名で呼ばれたのでツバサは困惑した。確かに何故か自分のチャームポイントはおでこだと言われてはいるが、そんなあだ名を付けられるほどのことだろうか。

 

「嫌だった? なら”ドラマー”か”櫻川”がいい? それとも”めぐちぃ”?」

 

「ちょっと!? 何かまずくない!?」

 

 何かまずいことが起こると直感したツバサはマリーを止めようと慌てて立ち上がる。その時、床に何か鏡に貼りつけられていたものとは別の便箋が落ちてあるのを見つけた。ツバサはそれが気になって拾ってみると、こんなことが書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人ならざる者たちへ』

 

 

ピンチがチャンス!(MA・JI・DA・YO!)

 

無理? だからこそ挑戦!(KOREMOHONTO!)

 

遠慮? なんのため? だれのため? 

 

やっておしまいッ! やらなきゃおしまいッ! 

(YAROUDOMO~!)

 

でもね……

 

からだ、だいじ、だから。

ね?(SU・KI・DA・YO)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 なんだこれ、とツバサは読み終えた時そう思った。この可愛らしい便箋と丸っぽい文字は女ものだろう。もしかして、このポエムを書いたのは……

 

 

「ふわああああああああああああああっ!!」

 

 

 ツバサに便箋を読まれたことに気が付いたマリーが奇声を上げると慌ててひったくる。

 

「よ、読んだ? 読んだでしょ!?」

 

 目を血走らせてそう尋ねるマリーの剣幕に慄きながらもツバサはイエスと言うように首を縦に振った。

 

「MA・JI・DE…………? うわああああああああっ!! 悠以外の人に見られたああああああああああああああああっ!! ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 子供のような奇声を上げながらテーブルの下で悶えるマリー。初見のイメージとはかけ離れた行動にドン引きしてしまったツバサだが、内心はこう思っていた。

 

 

(あのポエム……新曲に使えないかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~現実世界~

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 タクラプロで起こった立て籠もり事件解決から数時間経って、かなみは今置かれている状況に困惑していた。

 あの後、かなみは何とか堂島に撮影スタジオで起こった奇妙な出来事を説明したが、当然のことながら堂島は訝し気だった。断られると悟ったかなみは慌てて本当だと訴えると、堂島は井上たちとは違って一蹴することはなく、手がかりがあるのなら調べられると言ってくれた。手がかりと言われて戸惑ってしまいすぐに出てこず、最終的には娘の菜々子と亜里沙たちの懇願もあって、堂島は調査を承諾してくれた。

 初めて自分の話を信じてくれる人に出会えた気がして、かなみは嬉しくて舞い上がってしまった。その後、堂島が雛乃に呼ばれて何か話していたが、かなみは傍にいた菜々子や雪穂、亜里沙と仲良くなって一緒に手伝うとも言ってくれたこともあって、今日の疲れが吹っ飛ぶくらい嬉しくなった。

 

 そして……

 

 

「はあ……本当に良かったのか?」

 

「いいじゃなりませんか。事件の後のケアも重要でしょうし、ここからなら事務所にも近いじゃないですか」

 

「わーい! かなみんとお泊りだぁ~!」

 

「あははは……」

 

 

 現在、かなみは南家の食卓にお邪魔していた。

 

(どうして、こうなったんだろう?)

 

 後から聞くことになるのだが、どうやら雛乃が井上に掛け合ったらしい。立て籠もり事件に巻き込まれた少女を1人でいるのは教育者の観点から如何なものかとか、井上たちも忙しいだろうからそのケアくらいはだの、甥と娘が世話になってるからこれくらいはさせてくれなど、有無を言わさない完璧な理論武装で井上を看破したのだから流石だと言いようがない。

 そういうことで、雛乃の説得により、かなみは絆フェスまでこの南家に滞在することにもなったのだ。普段一人暮らしのかなみにとって今の状況で一人でいるのは正直キツかったので、雛乃の提案は有難かった。

 

「かなみちゃんも気にしなくていいからね。あんな事件が遭った後だし、絆フェスが終わるまでここを家だと思いなさい」

 

「は、はあ……恐縮です」

 

 雛乃に笑顔でそう言われるが、思わず気を遣ってしまってカチコチになってしまう。だが、テーブルに並べられた雛乃の手製料理にお腹が鳴ってしまった。そう言えばここ最近は事務所からの差し入れやコンビニ弁当で済ませていたし、こんな家庭的な料理は久しぶりだ。空腹に我慢できなくなったかなみは雛乃に礼を言って手を合わせると、箸を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ!美味しかったです~!雛乃さん、ごちそうさまでしたっ!!」

 

「お粗末様、かなみちゃん。菜々子ちゃんもよく食べたわね」

 

「うん。ひなのおばさんの料理が凄く美味しかったから」

 

 並べられた料理を完食してご満悦なかなみと菜々子。そんな2人の満足そうな表情を見て、雛乃も嬉しそうだった。

 

「堂島さん! 明日は何をするのですか? こう刑事さんっぽく尾行したり、張り込んだりするのですか?」

 

 雛乃の食事を終えて落ち着いたところ、かなみは食後のお茶を啜る堂島に話を振った。これから刑事ドラマであるような容疑者を尾行したり、その者の家を張り込んだりするのだと思っているのかテンションが上がっている。だが、そんなかなみの幻想をぶった切るように堂島は重い息を吐いた。

 

「誰をだ? そんなことせん、明日図書館で調べものだ」

 

「はえっ? 図書館? 何故です!? そんなことより早く鳴上さんたちを探さないと!」

 

「確かに悠たちと連絡がつかんのは事実だが、年頃の連中が一日いないくらいで行方不明とは決めつけられんさ」

 

「そ……そんな~! 堂島さん、信じてくれないんですか? 本当に、本当なんですよう……!」

 

 かなみは信じていた堂島にそんなことを言われて裏切られたと思ったのか、思わず立ち上がってしまった。その勢いでテーブルのコップが揺れる。

 

「落ち着け。せっかく雛乃が淹れてくれたお茶が零れちまうだろ」

 

「あっ……すみません…………」

 

「別にお前のことを疑ってるわけじゃない。お前の語った悠たちがリボンに巻かれて連れて行かれたって化け物話や死んだアイドルが人を呪い殺すなんて噂話は信じ難いが、俺の経験じゃ大体そういうヤマの裏には実際に“そう見える”仕掛けがあるんだよ」

 

「仕掛け……? それって、手品でいうタネとかいうやつですか?」

 

「そうだ、確かにお前が見たものは実際にお前の言った通りかもしれん。だが、それが本当に化け物話かどうかなんざ、話を聞いただけじゃ分からねえんだよ。まあ……世の中にはどうにも説明の付かんこともある様だがな」

 

 そう言って堂島は菜々子の方をチラッとみた。何やらその視線から堂島は菜々子絡みで“説明の付かないこと”を経験したのだろうかと察したが、それを追求するのは憚られた。

 

「んむ~……にしたって、図書館じゃなくてもスマホとかパソコンとかで調べれば早いんじゃないですか? 今は情報化社会ですよ」

 

 かなみはそう言ってテーブルの隅に置いていたスマホを見せる。だが、堂島はそれにやれやれと言うように首を横に振った。

 

「そっちは本業に任せときゃいい。大体、ネットの情報ってのは不特定多数の“要らん善意”の集まりみたいなモンだ。何が正しいのかきっちり分かんねえ限り、こっちの欲しい情報は掴めんからな。結局自分の足で稼ぐのが一番早いって事さ」

 

「ふうむ……そういうものですか」

 

「まあ安心しろ。さっきも言ったが、そっちの方面は本業の知り合いに頼んでおいたから、そのうち情報は来るだろう」

 

「そ、その知り合いって……警察の方ですか!? ハァ~やっぱり刑事さんなのだな~」

 

「まあ……そうだな。そのうちの奴らは悠の知り合いらしいし、雛乃が助っ人に使ってくれって言ってきたから頼んじまったが……あの連中、妙にきな臭えがな」

 

 堂島に“臭い”と言われて、かなみは思わず自分の手首をかいだ。

 

「臭いですか?」

 

「お前のことじゃない……。まあ、この話は後だ。今日は真下も色々あったんだから、ちゃんと休め」

 

 堂島のいう事にはあまり納得がいかなかったが、確かに今日は奇妙なことに遭遇したり人質になったりと心身ともに疲れたし、雛乃のお手製料理を食べて満腹になったので休みたい気分だ。

 

「は、はい……じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。改めて、しばらくよろしくお願いします!」

 

「かなみん、一緒にお風呂入ろう!」

 

「おおっ! いいですね、じゃあ先にお風呂一緒に入っちゃいましょうか?」

 

 菜々子からの提案に沈んだ気分が嘘のようにテンションが上がるかなみ。それから少し菜々子と戯れた後に一緒にお風呂に入って十分リラックスした。これなら明日のダンスレッスンも堂島の手伝いも頑張れるだろう。明日から頑張ろうと意気込んだかなみは菜々子と静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今更だが、悪いな雛乃。ここに泊めてくれて」

 

「良いですよ。堂島さんだって稲羽で私たちを泊めて下さったんですから。それに、かなみちゃんの方は大丈夫そうですね。菜々子ちゃんと上手くやっているようで何よりです」

 

「ああ、そうだな」

 

 かなみと菜々子が一緒に風呂に入って寝室で寝静まっている最中、堂島は雛乃とリビングで話をしていた。かなみのことは心配だったが、雛乃の言う通り菜々子のお陰かどうにか馴染めているようで良かった。互いにコーヒーを飲みながら談笑に浸っているが、堂島は時折額に手を当てながら重い溜息をついていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ……受けちまったとは言え、とんでもねえ話に関わっちまったと思ってな。悠たちは連絡つかねえし、訳分からん化け物話を聞かされるし……いっぱいいっぱいだ」

 

 重々しくそう語る堂島に雛乃は思わず同情してしまった。雛乃もあらかたかなみの話を堂島から聞いたが、にわかに信じられない話であるのでそれを調べるとなると頭も痛くなるだろう。

 

「それなら、どうしてかなみちゃんのお願いを聞いたんですか? もしかして、菜々子ちゃんや雪穂ちゃんたちにお願いされたからじゃないですよね?」

 

「馬鹿言うな。確かにそれもあるのは否定せんが、俺が気になってるのはそこじゃねえ」

 

「えっ?」

 

「さっき調べものを頼んだ知り合いから電話で聞いたんだよ。俺が今調べようとしていることに、“桐条”が絡んでるかもしれねえってな」

 

 “桐条”と聞いて雛乃は目を見開いた。桐条と言えば数々の分野に傘下企業を持ち、日本の就労人口の2%を担っているとされる日本人なら大抵の者は知っている大企業である。それ故に今もなお黒い噂が絶えず、曲がりなりにも音ノ木坂学院の理事長である雛乃もそれに関する噂は聞いている。

 

「桐条が絡んでるって……どういうことですか?」

 

「何も俺が依頼した内容を警察に繋がってる桐条の奴らが先に調べてたってことらしい。それも、真下が言ってたリボンに巻かれて連れて行かれたって話についても色々聞きまわってるともな」

 

「それって……どういうことですか?」

 

「分からん。だが、思い当たる節はある。GWに本庁で警視庁の奴に足立の事件のことを聞かれたが、今思えばの刑事も“桐条”の息がかかったやつだったかもな」

 

「足立の事件……? まさか……」

 

 その先の言葉を口にするのは躊躇われた。何故ならその事件は今ここにはいない悠と菜々子が酷い目に遭ったという去年の事件だ。当時一番辛い思いをしたであろう堂島の前でそれを言うのは憚れた。だが、今の堂島の話を聞き、これまでのことを思い返していた甥っ子想いの雛乃は気付いてしまった。

 

「……その事件にしろ今回のことにしろ……悠くんが関わってる事件に桐条が関わってる……? もしかして」

 

「ああ、あいつはまたとんでもないヤマに首を突っ込んでるかもしれねえってことだ。それも、桐条が関わってる怪しげなものにな」

 

「………………」

 

「確証があるわけじゃねえが、そうだとしたら俺も引き下がる訳にも行かねえんだよ」

 

 堂島は一息つくと、テーブルに置いた手を握り締める。

 

 

「俺たちとあいつは家族だ。家族が何かに巻き込まれてるんだってんなら、俺はどんなことしてても助けてやる」

 

 

 拳を握り締めてそう語る堂島の顔は刑事のものではなく、家族を想う父親の顔をしていた。それなら自分も同じだと、雛乃もスッと息を吐いて堂島に言葉を投げかける。

 

 

「私も同じです。ことりはもちろん、悠くんのことを家族と思っています。あの子たちが危険な目に逢ってるというのなら、私もどんなことをしても助け出します。例え……“桐条”を敵に回しても」

 

 

 雛乃の目から確固たる意志を感じる。否、何としててもやると覚悟に似た執念を感じたのか、思わず堂島は少し身体をビクッと震わせてしまった。ここまで来ると本当にこの雛乃のブラコン……いや家族愛は怖い。これが全盛期じゃないというのだから、義兄さんも相当苦労しただろうと堂島は密かに悠の父親に同情した。

 

 そう言った後、お風呂いただきますと風呂場に向かった雛乃を見送ると、堂島はまたも重い溜息をついて窓に映る夜空を見上げた。

 

 

「……悠のことといい、真下の化け物話……桐条のことといい……一体この街で何が起こってるんだ……?」

 

 

 長年培った刑事の勘が働いているのか、嫌な予感を感じた堂島はジッと空に浮かぶ月を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃

 

 

「……鳴上たちがまた事件に巻き込まれた?」

 

「はい。正直信じがたいですけど」

 

 

 暗い部屋の一室、シャドウワーカーの作戦室にて部隊長の美鶴がラビリスから報告を受けていた。報告の内容は本日タクラプロの芸能事務所にて発生した立て籠もり事件。

 偶々真田の警備のバイトに付き合っていたラビリスはその一部始終を見ていた。更に、その犯人が取り押さえたのは稲羽でお世話になった堂島で、その連れに雛乃と菜々子もいたので一応挨拶をしようと楽屋を訪れようとしたら、中から被害者と堂島の会話が聞こえてこんな話が耳に入ってきた。

 

 

 

――――絆フェスの総合プロデューサーの落水鏡花が突然謎のリボンに巻かれて、知らない場所へ連れて行かれた。

 

 

――――さらに、鳴上悠を始めとする複数の少年少女がそれを追って消えてしまった。

 

 

 

 あまりに衝撃的な内容に耳を疑ったラビリスは思わず楽屋のドアに耳を澄ませて盗み聞きしまった。食い入るように聞き入っていると、どこかに行って戻ってきた雛乃に見つかってしまい……

 

 

「それで、そこで思わず自ら鳴上の叔母様と叔父様に協力を志願したと?」

 

「は、はい………美鶴さんに何も言わずに、勝手に申し出たのは悪かったと思うてますけど………でも、鳴上くんや穂乃果ちゃんが危ない目に遭ってると思うと………」

 

「…………………」

 

 

 今の桐条が世間でどんな立場にあるのかはラビリスも承知している。そして、今自分たちが解決しなければならない事案もあるし、美鶴への承諾も無しに勝手なことをしたとは思ってはいるが、どうしても自分を助けてくれた悠たちが行方不明だと知ってしまったからには動かずにはいられなかった。

 これは怒られると思わず目をジッと閉じてワナワナと震えていると、美鶴の口から沙汰が下された。

 

 

「………分かった、許可する。もし鳴上たちの身に何かあったら小母様に顔向け出来ないからな。任せたぞ」

 

「あ、ありがとうございます! 美鶴さん!!」

 

 

 ただし調査の過程で何があったのか、何か手がかりを掴んだのなら逐一報告することを約束させた美鶴はラビリスが作戦室から去った後に、窓に映る夜景を見つめた。

 

 

「……まさか鳴上たちが巻き込まれるとはな。集団虚脱症といい、鳴上たちのこといい………一体この街で今何が起きてるんだ?」

 

 

 何か嫌な予感を感じた美鶴は空に浮かぶ月をジッと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

<東京某所 総合図書館>

 

「うっぷ……もう無理。私の頭は活字のサンドストームです……」

 

「何だ、まだ半分だろ。お前が助けてくれっていったんだぞ」

 

「……すみません…………あまり活字を読まないほうなので……ガク……」

 

「全く……アイドルってんのは皆こんなんなのか……?」

 

 翌日、昼のダンスレッスンまで時間が空いていたかなみは早速図書館にて堂島の調べものを手伝っていた。だが、普段活字などあまり目にしないかなみは大量の雑誌や新聞などを目にして頭がパンクしてしまい、数分後にグロッキーになってしまった。あんなに啖呵を切っておいてこの有り様とは恥ずかしい。

 

「堂島さん、頼まれてた資料はここに置いておきます」

 

「ああ、すまんな。しかも綺麗に整理してもらって」

 

「いえいえ、ウチに出来ることがあったら何でも言って下さい」

 

 そんなかなみとは反対にテキパキと作業をこなすのは雛乃に頼まれて助っ人に来たというラビリスという人物だった。水色の長髪に赤い碧眼でどこかのセーラー服という風貌なので、外国人かハーフの人なのだろうかと思ったが、日本語はペラペラでそつなく作業をこなすので、もしや仕事のできるOLさんなのかとかなみは思わず呆然としてしまった。

 

「あの……ラビリスさん、ここって分かりますか?」

 

「ああ、それはね」

 

「ラビリスさーん!こっちも教えてー!」

 

 他にも受験生だというのに、悠の為にと手伝いに来てくれた雪穂と亜里沙のサポートまでこなしている。ここまでくれば、もうスーパーウーマンなのではないかと更にかなみを撃沈させる。そんなラビリスに比べて自分は半分の資料で根を上げている。何とも情けないと更に劣等感に苛まれてしまった。だが、

 

「ラビリスお姉ちゃん、こっちのお本も持ってきたよ」

 

「おおっ! ありがとうな、菜々子ちゃん」

 

「えへへ~」

 

 ちょうど欲しかった資料を菜々子が持ってきてくれたので、ラビリスは感謝の言葉と共に菜々子の頭を撫でる。菜々子もラビリスに撫でられてとても気持ち良さそうだった。

 

(ムムっ……)

 

 この光景を見た途端、かなみは頬を膨らませた。そうだ、ここには菜々子もいるのだ。昨日お風呂で散々できるお姉ちゃんぶってしまったので、これ以上ダメなところを見せられない。

 

「よーし! 行くぞっ!!」

 

 かなみは気合を入れ直して心構えを新たにすると、目の前の大量の資料を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

“ウナギ危ない! 安さに潜む罠”

 

 

「ウナギさんかー、いいなー。本人も良いですけどタレの甘さがたまらんっ! ええっ!? 外国産のウナギさんはこんなギラギラの川で養殖するですか!?」

 

「ええっ!? ウナギって……」

 

「あの……それ関係あらへんのちゃう?」

 

「あっ!? これは今は関係ないですね」

 

 

 

 

 

 

“イチオシ! アイドル図鑑”

 

 

「イチオシアイドル……? んん~……Pastel*Palletsが8位……あ、かなみんキッチン6位だ。はあ……て、りせ先輩3位!? ダメだ~まだまだ勝てぬですなー。あっ、スクールアイドル部門でツバサちゃんのA-RISEが1位!? そして、鳴上さんたちμ‘sが21位!?」

 

「そんな!? これ間違いだよ! お姉ちゃんや鳴上さんたちがそんなわけ」

 

「おい真下・亜里沙、うるさいぞ」

 

「「あっ……! すみません」」

 

 

 

 

 

 

“恋する乙女必見! 天然ジゴロを落とす指南講座”

 

 

「んん? なんですかこれ……? 天然ジゴロを落とすためには、普段知らない貴女を見せること。女はいくらでも化けるので、これで悩殺です?」

 

「化ける……! 悩殺……! これを読めば、亜里沙も鳴上さんを誘惑……」

 

「亜里沙、その話詳しく」

 

「お前ら、手伝う気がないんだったら帰っても良いんだぞ」

 

「「「す……すみません……」」」

 

 

 

 

 

 

 

“電子テロ? 集団虚脱症の恐怖”

 

 

「電子テロ……ウイルスさんのお話……? 人気フェスサイトの視聴者が意識不明の重体。患者急増も原因分からず、呪いが囁かれる……って! 堂島さん、これ……!」

 

 

 ようやく目当ての記事を見つけたかなみはくらえと言わんばかりの勢いで堂島に突きつけるように記事を見せつけた。

 

「お、おおう……集団虚脱症、か。まさかここで出るとは思わなかったが」

 

「堂島さん、何かご存知なんですか?」

 

「今朝方、こっちの知り合いに聞いたんだが……こりゃ調べてみる価値がありそうだな……改めて探りを入れてみるか。ちょうどこの方面の伝手が雛乃にあった気がする」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 少し堂島の役に立ったようなのでかなみはやったと密かにガッツポーズを取った。それにしても、久しぶりにたくさん活字を目にしたせいか、目がぐるぐると回っている。お昼ごろなのか、ちょうど甘いものが食べたくなった気がして………昼?

 

 

「し、しまったあぁぁぁ!!」

 

 

 図書館の壁時計をチラッと見た途端、かなみは思わず素っ頓狂を上げてしまった。それ故か、図書館中の視線が一気にかなみたちに集中する。

 

「真下、大声を出すなと何度言ったら分かる。どうしたんだ?」

 

「もう行かなきゃです。午後はダンスのレッスンが入ってて」

 

 そう、堂島のためにと活字のサンドストームに集中していて忘れていたが、もうすぐダンスレッスンの時間なのだ。慌てるかなみに対して堂島はそんなことかとフッと一息ついた。

 

「こっちはいい。雛乃から聞いてるぞ、絆フェスまで時間がないんだろ? どのみち、こっちは俺の領分だ。お前は自分のやるべきことをやれ」

 

「す、すみませんです……」

 

 自分から頼んだことなのに堂島に気を遣わせて申し訳ないと思いながらも、かなみはその言葉に甘えることにした。自分の本分はアイドルで今集中しなくてはいけないのは絆フェス。そこを忘れてはいけない。

 

「かなみん……行っちゃうの?」

 

 菜々子はもうかなみが行ってしまうと分かったのか、少し寂しそうな表情を見せた。そんな顔をする菜々子を悲しませないようにと、かなみは菜々子に視線を合わせて微笑みかけた。

 

「またすぐ会えますよ。それとも菜々子ちゃんも一緒に行きますか? スタジオでレッスンするだけですけど」

 

「いいの!? 行きたい!」

 

「ええっ!? いいなあ菜々子ちゃん、私も行きたーい!!」

 

「ちょっと亜里沙……静かに」

 

「菜々子、あまり困らせるんじゃない。お前らも無茶なこと言うんじゃねえ」

 

 かなみの突然の提案に菜々子、更には亜里沙までも飛びついて便乗しようとするが雪穂と堂島が制止する。

 

「……だ、ダメですか? 私も菜々子ちゃんともう少し」

 

「そうは言ってもな……お前も未成年だし、色々責任の所在とかもあるだろ」

 

「う~む、分かりました。では井上さんに確認してきます!」

 

 言われてみればそうなので、諦めきれないかなみは急いでマネージャーの井上に電話する。そんな慌ただしいかなみは見て、堂島は若い者にはついていけんと溜息をついた。そして、その数分後……

 

「OKです! 行き帰りは井上さんが車で送ってくれることになりました! ついでに雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんもラビリスさんも良いそうです!」

 

「まあいい……何でそこまでお前が必死になのかは知らんが、だったら菜々子を頼むよ。その子たちのこともな」

 

「「やったー!!」」

 

「あっ……うちはええです。堂島さんだけじゃ大変そうやから」

 

 何か事情がありそうなラビリスを除いて菜々子と亜里沙、そして雪穂がかなみのダンスレッスンを見学することになった。堂島の言う通り何故菜々子たちに必死になのかというのは疑問だったが、それはかなみの中に答えはあった。

 正直、たまみたち他のメンバーが行方不明の今、心のどこかで一人で踊ることに抵抗があったのかもしれない。だから、菜々子や雪穂、亜里沙と一緒に居られるのはかなみにとって心の支えであったのだ。そんな彼女たちがまた自分についてくれるのが嬉しくなって、かなみは彼女たちと一緒に井上の待つ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ レッスンスタジオ>

 

 事務所に着くと、図書館から迎えに来てくれた井上は先にダンスの先生に挨拶に行くと言って先にスタジオに向かった。そして、かなみは菜々子たちと一緒に楽屋に荷物を置いて、レッスンの準備をしてからスタジオに向かった。

 

「おはようございまーす!」

 

「こ、こんにちは……」

 

「お邪魔します……」

 

「お邪魔しまーす!」

 

「やあ、よく来たね。菜々子ちゃんたちの事、改めて先生に伝えといたから安心していいよ」

 

 スタジオに入ると、笑顔の井上が4人を迎えてくれた。そして、このスタジオに4人を待っている者がもう一人。

 

 

「はあ~い。今日は幼女とJC2人が見学って聞いてたけど、これまた飛び切りのカワイイコちゃんたちじゃない」

 

 

 その人物の容姿を見て、菜々子と雪穂は絶句した。いわゆるニューハーフという人だろうか、男性に見えるが女口調で喋る上にド派手な衣装の人物がそこにいた。いきなりダンスの先生の洗礼に菜々子はかなみの後ろに隠れてしまった。雪穂は隠れはしないものの、インパクトが強すぎたのか顔を引きつらせている。しかし、

 

「こんにちは! よろしくお願いします」

 

「あ、亜里沙? 平気なの?」

 

「うん、ロシアでもこういう人見たよ。お姉ちゃんは未だに慣れてないけど、私は慣れちゃったのかな?」

 

 意外にも亜里沙はダンスの先生の姿を見ても絶句せず、先生に失礼だが知り合いと普通に接するように会話していた。そんな亜里沙の対応力に驚きはするが、このままでは菜々子と雪穂が怯えたままので、かなみは自分の後ろに隠れる菜々子の方を向いた。

 

「菜々子ちゃん、大丈夫です! この人はダンスの先生ですよ」

 

「せ、せんせい?」

 

「そうです! すっごく良い人! 見た目は怖いけど、良い人なのです!」

 

「かなみその意見シビア~ッ! まあ、菜々子ちゃんや雪穂ちゃんたちも楽しんでって!」

 

「わーい!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 どうにかニューカマーの先生に馴染むことができたらしい。そんな様子を見せた菜々子たちを見て、井上はそっとスタジオを出て行こうとする。

 

「じゃあ僕は一回出るから、終わる頃にまた迎えに来るよ」

 

「あら、何? ミノル、忙しそうじゃない」

 

「そうですね、まだ例の件が解決してないので……」

 

「んもー、放ってといてあげなさいよ。思春期の家でなんてよくあることよ? そのうち戻ってくるから、心の整理付ける時間くらいあげなさいって」

 

「はは……先生、かなみちゃんたちもいるんで、その辺で」

 

「そーだわ、ごめんねかなみ。ナーバスな話題なのに、アタシちょっと無神経……」

 

「あ、いえ……大丈夫です!」

 

「かなみちゃん、本当にごめんね。でもこっちでたまみちゃんたちのことはフォローしてるから、かなみちゃんは心配しなくていいよ」

 

 井上はかなみにそう謝ってスタジオから出て行った途端、かなみの周りに微妙な空気が流れてしまった。その発生源が自分であると察したかなみは慌てて場を明るくしようと笑顔を取り繕った。

 

「さてー! やりますか練習! あはは~……」

 

「あーダメよ、かなみ。アンタ気持ちがついて来てない」

 

「えっ?」

 

 から元気に練習をしようと無理やり笑顔でそう言うかなみに先生はストップを掛けた。何を言われたのか分からずポカンとするかなみに先生は言葉を続けた。

 

「アンタ、さっきの話気にしてるのが顔に出てるわ。そういう時はね、一旦でもホントに吹っ切れなきゃ、ダンスにも出るの」

 

「出ちゃう……ですか?」

 

「確かに! 先生の言ってた通り、かなみさん……ちょっと暗かったかも」

 

「その通りよ、亜里沙。かなみにはいつも言ってるんだけどね、ダンスは悲しいとか嬉しいって気持ちを表現して、見てる人に“伝える”ものなの。当然、本人が心の中で寂しいって考えてるとそれが相手に伝わっちゃうのよ」

 

「へえ~そうなんだ。じゃ……じゃあ、私が鳴上さんに」

 

「あら? 亜里沙、もしかして好きな人がいたりするの?」

 

「へっ? い、いやいやいやっ! ななな、鳴上さんは……」

 

「あら~、亜里沙はその鳴上って子に夢中なの。あらやだ、甘酸っぱいわ~」

 

「ち、違うよ~! もうっ!!」

 

 一体幾つなのかは不明だが、こういう少女の恋愛に目がないのか、愉快そうに亜里沙をおちょくる先生。

 

「“伝える”……うっ」

 

 だがその時、かなみの頭に痛みが走った。あまりに鋭い痛みだったので、かなみは思わず床に蹲ってしまった。恋バナに花を咲かせていた先生と亜里沙もかなみの様子に気づく。

 

「かなみ、大丈夫?」

 

「かなみお姉さん、頭痛いの?」

 

「ううん……大丈夫です!」

 

 いきなりの頭痛とはいえ、菜々子たちに心配をかけてしまった。これではいけないとかなみは両手でほっぺたをビシッと叩いて気持ちを入れ替える。

 

「よし、今度こそ準備できました!」

 

「OKよ、かなみ。早速だけど、この間の振りはもう覚えた?」

 

「はい! バッチリです!!」

 

「それじゃ、始めるわヨ!」

 

 かなみが万全の状態になったことを察したと同時に、先生によるダンスレッスンがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 ダンスするのはやっぱり楽しいとかなみは思った。

 余計な事を考えないで無我夢中で踊っていると、何か見てくれている人と繋がっている気分になるからだ。レッスンが終了間際になって息を整えていると、側で見ていた菜々子たちが笑顔で駆け寄ってきた。

 

「かなみん、すごいね! 本物のかなみんだった!」

 

「はいっ! 私も、思わず興奮しちゃいました」

 

「かなみさんが凄く楽しそうだったから亜里沙も楽しくなった! これが“伝える”ってやつなんですね」

 

 3人から称賛の声を聞いて、かなみは更に嬉しくなった。今心の支えになっている菜々子たちから褒められたのだから、そうなってるの当然だ。

 

「私も嬉しいです! 菜々子ちゃんたちに“ダンス楽しいよ”って踊ったですよ! 見てる人に伝わってると頑張れるなー。誰でもそうです! きっとあの人も……」

 

「あの人? あら、かなみ。まさか貴女……うふふっ」

 

「へっ? ぎゃっ! 私ってば何言ってんでしょう!? あの人って……そそそそ、そんな人いませんよ!?」

 

「フフフ! いいのよ、かなみ。恋は女をビューティーに変える……ミノルには内緒にしていてあ・げ・る」

 

「だ、だから……」

 

 ふと出た言葉に勘違いしたのか、先生が煽りに煽ってくる。デビューしてから仕事一筋でそんな浮ついた話などないのに、何故そんな言葉が出てきたのだろうかと自分でも思う。まあ、そんな浮ついた話がないと自分で言うのもなんだが……

 

「も……ももももしかして、かなみさんも鳴上さんに……」

 

「へあっ!? 亜里沙ちゃん、違いますよ! 鳴上さんなんて会ったばっかりだし」

 

 あらぬ疑いをかけられて更に慌てるかなみ。亜里沙は涙目で訴えかけてくるし、先生ももしかして三角関係なのかとニヤニヤしてくるし、誰かこの状況をどうにかして欲しいとかなみは切実に願う。すると、その願いが通じたのかスタジオのドアが開いて、マネージャーの井上が入ってきた。

 

 

「かなみちゃん、堂島さん来てるよ? 何か話があるみたいだったから空いている楽屋に通しちゃったけど、大丈夫かな?」

 

「堂島さんが? 分かりました、すぐ行きます」

 

 

 堂島から話があると言われたかなみは少しながら胸を高鳴らせた。このタイミングで堂島から話があるということは悠たちのことで何か進展があったのだろう。しかし、そんなかなみに釘を刺すように井上がかなみに警告した。

 

「あとかなみちゃん、堂島さんに変な話してないよね?」

 

「えっ?」

 

 いきなりそんなここを聞かれてかなみは言葉を詰まらせた。“変な話”とはおそらく昨日取り合ってもらえなかった奇妙な出来事や行方不明のかなみんキッチンたちのことだろう。何とかしたいと思っていたが故に全部包み隠さず話してしまったかなみは申し訳なさそうな表情になる。

 

「……そういうことなら分かった。でも、根も葉もないことは言わないように」

 

「へっ? 良いんですか?」

 

「僕はかなみちゃんの監視役じゃないからね。まあ、堂島さんは僕も信用してるし、りせちゃんの担当しているとこういうことが日常茶飯事って言うところもあるのかな。はは……」

 

「あは~、りせ先輩に感謝です! ではっ!」

 

 井上にそう言われたかなみは安堵するとそのまま踵を返してスタジオを出た。その後ろ姿に恋愛脳が働いたのか、先生がニヤニヤとし始めた。

 

「若い恋ってイイわあ。亜里沙と同じで何か背中から甘い匂いがするわね、アレ」

 

「そんなんじゃありませんから……」

 

「かなみんがこいしてるの? 誰に?」

 

「「あはははは……」」

 

 菜々子の素朴な疑問に雪穂と井上は思わず苦笑いしてしまう。亜里沙に至っては敵いそうにない恋敵が出現したと思い込んでいるのか、顔面蒼白でかなみが出て行ったドアを見つめている。この状況を見てどういうことなのかを察した先生はまたニヤニヤしながら菜々子の疑問に応えた。

 

「まあそれは置いといて、菜々子もそのうち分かるわよ。痺れる恋のカ・イ・カ・ン♡」

 

「へっ? 菜々子、しびれるのやだよ。いたいもん」

 

「痛いかどうかはアンタ次第よ。苦い思い出も、時には人生をふくよかにするの。痛みや苦しみを乗り越えた先にこそ、めくるめくバラ色の世界が広がってるんだから」

 

「えっと、難しいのは分かんないけど、菜々子はお花は好きだよ?」

 

「あらアンタ、なかなか渋い返しするわね~」

 

 どうやら中々癖のある先生も菜々子の純粋さには形無しのようだった。すると、先生は菜々子と雪穂、亜里沙を一瞥すると思いついたかのようにこんなことを言った。

 

「そうだアンタたち、折角だしちょっとアタシのレッスン受けてみる? しかも無料にしとくわよ、アンタたち、半年分のラッキー使ったわね」

 

「いいの? やったー! 菜々子も“だんす”やるー!」

 

「い、良いんですか?」

 

「やった~!!」

 

「ははは、それは良いですね、僕も見てみたいな、君たちのダンス」

 

 菜々子たちに何か光るものでも感じたのか、先生のその一声で急遽見学に来た菜々子たちのダンスレッスンがスタートする。

 しかし、この後、先生は思い知らされることになる。半年分のラッキーを使ったのは自分の方であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<タクラプロ 楽屋>

 

 教えてもらった楽屋に入ると、堂島は楽屋の椅子に居心地が良くなさそうに座って待っていた。もちろん助っ人に来ていたラビリスも一緒だった。正直ダンスレッスンの後なので随分と汗臭いままなので、この状態で話すのは申し訳ないが今は目を瞑ってもらおう。

 

「堂島さん……! ラビリスさん……! すみません、待たせちゃいました!」

 

「構わんさ、こっちこそ悪いな。レッスン中だったろ。それにしてもお前、アイドル姿だと結構印象変わるんだな……」

 

「えへへへ。大丈夫です! 先生には断って来ましたので。堂島さん、何かあったんですか?」

 

「……ああ、ちょうどお前に聴きたいことがあってな」

 

 堂島のその言葉にかなみはハテナマークを浮かべた。自分に聞きたいことって何だろうか。そんなことを思っていると、ラビリスが開口一番にかなみに質問をぶつけた。

 

 

 

 

「かなみちゃん、“()()()()()()()”について何か知ってる?」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

To be continuded Next Scene


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