PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

先日久しぶりに38.6℃の熱が出ました。おそらく教室の冷房の効き過ぎによる夏風邪だと思いますが、頭はボウっとしたり、お腹もゆるくなって何度もトイレに行ったりと辛いことこの上なかったです。幸い数日で治りましたが、読者の皆様も夏風邪には気を付けてください。対策としては冷房が効いたところに居る時は羽織るものを持っておくのがおすすめです。

改めてお気に入り登録して下さった方・最高評価を付けて下さった方・感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。これからも応援よろしくお願いします。

それでは、本編をどうぞ!


#78「Pursuing My True Self (ATLUS Kozuka Remix)」

『アハハッ!! 最高の気分よ!! これがみんなの望む私……! 愛される私! いいじゃない! これで皆、私を認めてくれるんだから! 自分を捨てれば、こんな簡単なことじゃない!』

 

 

 

「おいおい、どうすんだよこれ……マジでヤバそうだぞ!」

 

「ど、どうしよう……一体どうしたら……」

 

「くそっ!」

 

 

 シャドウ化して暴走するたまみに成すすべなく膝をつく悠たち。辺りにはこちらを取り込もうと不気味な歌に合わせて踊りながら迫ってくる。それに、たまみシャドウの負の感情が強すぎるのか、歌の音量が先ほどまでの比ではないほど大きく、逃げようともその場から動けない状態に追いやられている。何とかならないかと思ったその時、

 

 

「自分を捨てるなんて……そんなのダメだよ!!

 

 

 そう声を上げて叫んだと思うと、千枝はダンと地面を踏みしめて歯を食い縛って立ち上がった。

 

「自分を捨ててまで相手に合わせて……そんなんで好きになってもらったって意味ないじゃん!!」

 

「里中……」

 

 やはりというべきか、性格的に誰よりも真面目で誰よりも努力家である千枝が一番怒っていた。日々自主練を怠らず真面目に取り組んで頑張る努力家の千枝にとって、今の暴走しているたまみはかつての自分と重なってしまったのだろう。

 

「あたしもそうだった。あたしって嫌なところばっかで、それを雪子やみんなに見られるのが嫌だった。でも、あの時みんなにそれを見てもらって、受けいれてもらったから……今のあたしがいる! あの時貰ったみんなの大事なことを私が伝えて見せる!」

 

 

 力強い言葉の裏に千枝の確固たる覚悟が伝わってくる。先ほどまで踊ることを敬遠していた彼女からそれを感じ取った悠は思わず口角を上げた。

 

 

『よーし! 千枝ちゃんの気持ち、聞こえてもろうたで。千枝ちゃんの課題曲の【Pursuing My True Self】は準備できとるよ。とびっきりの音を届けるから、あのたまみちゃんに千枝ちゃんの思うとることを存分に伝えてやってや♪』

 

 

 またもタイミングよく希から通信が入った。希から激励を言葉を貰った千枝は照れ臭そうに笑いながらダンスの姿勢を取る。

 

「希ちゃん! へへっ、なーんか恥ずかしいけどさ、そういう事だからよろしく頼むぜよってね!」

 

「良いぞぉ里中! やってやれ!!」

 

「頑張ってね、千枝!」

 

「里中、こと……たまみのことを頼んだ!」

 

 そして、仲間からの声援を貰った千枝は奮い立つ気持ちを噛みしめながら、シャドウたちに向かって宣言した。

 

 

「おっしゃ! 行くぞぉ! μジック スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ……私は何で一番なんて目指してたんだろう……

 

 

 前の見えない真っ暗な空間で私はそう考えていた。

 一番なんて目指さなくていい。だって、私以上にすごい人なんてごまんといる。同じメンバーのかなみにパスパレの千聖ちゃん、それに鳴上サンやさっきの天城サンがそうだ。一番になるために寝る間も惜しんで自主トレに励んで、誰よりもボイストレーニングやダンスレッスンも頑張ったのに…………

 

 

 そうだ。これが私だ。何を頑張っても一番になれない、道化がお似合いな私…………これが本当の…………私…………

 

 

 

 

 

 

────本当の自分? 結構じゃん! 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた。ここは自分だけで誰もいるはずないのに……。この声は……確か、里中サン? 

 

 

 

 

 

 

────それでも、一番になりたいんだよね? 

 

 

 

 

 

 

 そして、その里中サンの言葉が不思議と突き刺さり、私を昔へと誘った。

 

 そうだ、自分が何故一番にこだわったのか、思い出した気がする。確か、最初に自分が一番になったのは母親に勧められて参加したダンスコンテストだった。初めてコンテストで、本番はガチガチに緊張したけど、女優の母親が仕事の合間を縫って付きっきりで練習してくれた成果を無駄にしたくなかったから、私は全てを出し切って踊り切った。結果、私はそのコンテストで優勝した。

 あの時は本当に嬉しかった。あの時の一番になったという高揚感、今まで違って見えた頂点という世界観。その感覚が当時の私の心に大きな愉悦を与えてくれた。確かに一番にこだわっていたのはお父さんやお母さんにずっと言われ続けたからかもしれない。でも、本当は頑張って一番になれたあの感覚をもう一度味わいたかったからだ。

 

 あの時のことを思い出した途端、私の心が熱くなってくるのを感じた。ああ、やっぱり私はバカだ。自分より一番に相応しい人なんていっぱいいるのに、その人達に打ち勝って自分が一番になりたいって未だに思ってる。

 

 

 でも、それがどんなに愚かなことであっても、今気づいたこの自分の気持ちに嘘はつけない。

 

 

 

 

 

「また、あの感覚を味わいたい。例えどんなに先が見えない道のりになったとしても、私はもう一度……一番になりたい!!

 

 

 

 

 

 そのことに気づいた瞬間、たまみの心に光が差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごい……流石は千枝」

 

「ああ」

 

 たまみを救うべく懸命にステージに踊る千枝のダンスに悠たちは感嘆の声を上げた。得意のカンフーアクションをそのままダンスに反映し、鍛えた筋力と体幹、力強さを武器にしてシャドウたちを魅了している。そして、普段男勝りと揶揄される雰囲気はなく、これが本来の千枝の魅力と言わんばかりに、所々思わずドキッとしてしまう1人の女子高生らしい可愛らしさが垣間見えた。恥ずかしながら、悠も思わず千枝の魅力的な仕草にドキッとしてしまった。

 

「これは、一条も惚れるよな」

 

「違いない」

 

 どうやら悠だけでなく陽介もそう思ったらしい。雪子に気づかれないようにひっそりと男2人が共感していると、ついに千枝のダンスがフィニッシュを迎えた。

 

 

ーカッ!ー

「来て! ハラエドノオオカミ!!」

 

 

 千枝は回し蹴りでタロットを砕いて、ペルソナ【ハラエドノオオカミ】を召喚。彼女のペルソナの持つ楽器は金色に光り輝くトランペット。ハラエドノオオカミがトランペットに口を付けた瞬間、まるで天まで届けと言わんばかりに耳にスッと届く心地よい高音が鳴り響き、一気に周囲を虜にする。人を勇気づけるその音色はシャドウたちだけでなく、千枝のダンスを見守っていた悠たちにも感じた。

 

 

 

ワアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 ピエロの怪物が苦しみの声を上げてのたうち回る。悠と千枝のダンスに目を覚ましたであろうその声はシャドウ化したものではなく、元のたまみの声に徐々に戻りつつあった。やがて、シャドウたちが宙に溶けて霧散していくにつれて、ピエロの怪物が跡形もなく消えていき、たまみの身体が戻っていった。

 

「きゃあっ!」

 

「よっと」

 

 宙から落ちるたまみを悠は手馴れたように受け止める。まるでお姫様抱っこする形になってしまい、受け止められたたまみは驚きや恥ずかしさが出ると思われたが、それとは別の感情が心の中に溢れていた。

 

「私……凄くカッコ悪い…………悔しいなあ……今まですっごい頑張ってきたのに、まだまだ全然なんだ…………」

 

 千枝と悠のダンスを見たのか、たまみは本当に悔しそうに唇を噛みしめている。おそらく自分たちの想像もつかないような努力を続けてきたのに違いない。それが今、目の前で否定されたような形で突きつけられたのだから、悔しくて涙が溢れるのも当然だろう。

 

「なーにがカッコ悪いだよ。カッコイイとかカッコ悪いとか、そんなの関係ねえって」

 

「そうだよ。たまみちゃんはもう分かってるんだよね? 千枝のダンスを見て」

 

 陽介と雪子の励ましの言葉にたまみは深く頷くと、顔を上げてそこから見える強い眼差しで悠たちを見据えた。

 

 

「……私、ボイストレーニングもダンスレッスンも全部続ける! みんながどう思ってたって、ここでいいやって思わない! 必ず頑張って一番になって、それでいつかさっきの声の人達にもちゃんと分かってもらうよ! これが本当のなりたい私なんだって!」

 

 

「うん! それが良いと思うよ」

 

 たまみの新たな決意に千枝たちは賛同するように強く頷いた。

 

「それに気づかせてくれて、ありがとう! 里中サン! それに、鳴上サンと花村さん、天城さんも」

 

「ああ、たまみなら、きっとなれるさ」

 

 悠は満足げにそう言うと、頑張ったなと言うようにポンポンと頭を撫でた。それに恥ずかしくなったのか、たまみは顔を真っ赤にして悠の手を振り払った。

 

「ちょっ! いつまで私のことを妹と勘違いしてるの!? そんなに妹さんが可愛いの?」

 

「ああ、ことりも菜々子も世界一可愛いぞ」

 

「うううう…………こ、これからよ! これから頑張って絶対その2人を追い抜いてみせるんだから! 逆にそのことりって人を私と間違わせてやる!! それこそ、愛人が本妻から旦那をかっさらうように、私がその可愛いポジションを奪ってやるー!」

 

 瞬間、大円団ムードだった空気が一気に凍り付いた。たまみはおそらくいつものように天然で言ったのだろうが、これは陽介たちにとって笑いごとでは済まされない。

 

「おいおい……大丈夫か? 何か別の修羅場を作っちまった気がするぞ」

 

「これ、ことりちゃんが聞いたらまずいよね……?」

 

「良いんじゃないかな、鳴上くんだし。どうせこの後、希ちゃんとかに締め上げられるから、大して変わらないよ」

 

「雪子、あっさりし過ぎて怖いよ……」

 

 そうしてたまみを含めていつもの特捜隊の雰囲気が流れたかけた瞬間、少し離れたところに光の幕が降りた。見ればそこには空間からにじみ出るかのように重厚な金属製のドアが出現していた。

 

「ちょっ!? なにこれ?」

 

「扉みたいだけど……どこかに繋がってるのかな?」

 

 突然出現した扉に困惑する悠たち。まるでRPGでボスを倒した後に出てくる展開みたいだし、今までそんなことは起こらなかったので一体何なのだろうか。

 

「これ……楽屋のドア?」

 

「楽屋?」

 

「うん、これタクラプロの楽屋のドアだよ。収録とかあるときに私たちが良く使ってるから。ここの傷とか見覚えあるし、間違いないよ」

 

 言われてみれば、確かに悠にも覚えがあった。たまみの言う通り、これはタクラプロの楽屋のドアそのもので、夏休みが終わってから穂乃果たちとレッスンしに来ていたので覚えている。だが、そうと言ってもタクラプロに通い出したのはごく最近のことで、これが本当にタクラプロのものだと断定はできないが、何年もタクラプロに在籍するたまみがそう言うのだから間違いないだろう。

 

「これがタクラプロの楽屋のドアって……何でそんなものがこの世界に?」

 

「何か分かるかもしれない……とりあえず注意しながら中をみてみよう」

 

 もしかしたら、シャドウがいるかもしれないと警戒しながら悠は先陣を切って扉のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お……お邪魔しま~す」

 

 

 中に入ると、そこには今までの空間と違う雰囲気の部屋があった。何やら休憩するための椅子やテーブルが置いてあり、更には大きな鏡がある化粧台もいくつか設置されている。まさに楽屋というにふさわしい空間だった。

 

「やっぱりだよ。ちょっと違うけど、これ、タクラプロの楽屋だもん」

 

「……シャドウやあの声の気配はないな。ここは安全みたいだ」

 

 悠がそう断定すると共に、全員の肩から緊張が向けるのが分かった。こちらに来てからずっと気を張っていた状態だったので疲れていたのだろう。皆部屋にあった椅子に座りこんだ。

 

「何だか……この部屋だけ今までの場所とは雰囲気が全然違うな」

 

「ああ、ゲームでいうところのセーフルームってやつ? こうゆっくりしてると、異世界に来てるの忘れちまうよな……」

 

「ねえ花村~、お茶持ってない? 喉乾いちゃって……ついでにお菓子も」

 

「私も~。花村サン、何か持ってない?」

 

「お茶は紅茶とかが良いかな? 花村くん」

 

「お前ら……俺は執事じゃねえんだよ……。おい悠、何か持ってねえか?」

 

「一応ことりが持たせてくれた紅茶とほむまんなら」

 

「準備いいなっ!?」

 

 自分がこうしておいてなんだが、本当に異世界にいるのは忘れているのではなかろうか? これではまるでジュネスや部室でだらっとしている時と変わらないじゃないか。とりあえず、女子たちの要望に応えようかと辺りにコップと皿らしきものがないか探そうとすると、たまみが何か気づいたように声を上げた。

 

「あれ? あそこに何かはってあるよ」

 

 たまみが指さした方を見てみると、鏡にメモらしき紙が一枚貼られているのが見られた。気になった悠はその紙を剥がして見てみると、何か文章のようなものが書かれてあった。

 

「何だそれ? 悠、読んでみてくれるか?」

 

「ああ」

 

 陽介に促されるがまま、悠はその紙に記されてあった文章を皆に聞こえるように読み上げる。

 

 

 

 

 

“プレッシャーに押しつぶされる”

 

“誰も私を知らない、私に絆なんかない”

 

“自分じゃ立っていられない、私は弱いんだ”

 

“強く誰かと繋がる、支えてくれる絆が欲しい”

 

 

 

 

 

「…………………」

 

「何だろう……すごく苦しんでる。誰かがここに書き留めたのかな?」

 

「うっ……さっきの私みたいで、他人事じゃないって感じ……」

 

 悠がその文章を読み終えたと同時に雪子はそんなことを言った。確かに文面から見ても苦しんでいるのがよく分かるし、先ほどのたまみのような感じになっている。だが、問題はそこではない。

 

「でも、ここは現実じゃないだろ? 誰が書いたんだってんだよ」

 

 この世界には自分たち以外の人間は見当たらないし、それ以前に誰かがこの世界に迷い込んだ人物がいたのなら、りせや希がリサーチしているはずだ。そんな謎に陽介たちが頭を悩ます中、悠は別のことを考えていた。

 

 

(これ……どこかで)

 

 

 何故かこの文章を見て、悠はこれをどこかで聞いたことあるような気がした。しかし、それがどこで見たのかは靄がかかったように思い出せない。まるで、その記憶が白昼の夢であったような……

 

 

『みんな、大丈夫!?』

 

 

 記憶を呼び覚まそうとしていると、脳内に誰かから通信が入った。今度は希ではなくりせからの通信だ。りせからという事はあちらにも何か進展があったのだろう。

 

「りせか。こっちは無事だ。今こと……たまみさんを助けたところだ。そっちは?」

 

「えっ? ええっ!? 何これ!? あ、頭の中でりせ先輩の声がする! 幻聴!?」

 

「「「「あっ……」」」」

 

 たまみの反応を見て自分たちが置かれている状況について忘れていた。たまみはペルソナやシャドウのことを知らないので、頭の中で突然りせの声が聞こえることに驚かない訳がない。どう説明したものかと戸惑ったが、ここで雪子があっさりと白状した。

 

「安心していいよ、電話みたいなものだから。特に害がないし大丈夫」

 

「えっ? ああ、そうか。メ○ルギアのナノマシンとか○AOのオーグマーみたいなものかな?」

 

「ちょっと違うかな……てかたまみん、今の技術じゃそれらはまだ実用化されてねえよ……」

 

 流石雪子、ナイスフォローだ。ただ、例えが他作品な上、まだ実用化されていないものなのは色々とまずいがそっとしておこう。たまみが納得してくれたところでお互いのも状況を把握する。

 

 

 どうやらりせたち特捜隊2年組もかなみんキッチンのメンバー【右島すもも】の救出に成功したらしい。あちらも数多くのシャドウに遭遇したり、すももがシャドウ化して暴走したりと苦難に見舞われたようだが、完二やクマ、直斗の活躍があって解決したらしい。その報告を聞いて、あっちも上手く行っているようだ。

 

『あと、希センパイからも連絡あったけど、あっちも大丈夫らしいよ。もしかしたら穂乃果ちゃんたちがA-RISEをみんな救出したかも』

 

「なるほど、それは良かった」

 

 どうやらμ‘s組の方も順調らしい。多少不安があったが、各々のグループに海未や真姫、絵里としっかりしたメンバーもいるし、皆ダンスのレベルも上がっているので問題なかったようだ。

 

「そうか、すもも……無事だったんだね。それに、A-RISEのみんなも」

 

 たまみも自分以外のメンバーが無事だったと知って安堵した表情を浮かべていた。たまみも同じグループの仲間であるすももが心配だったようだ。

 

「あれ? そう言えば、たまみんたちはA-RISEとも交流あったのか?」

 

「うん。絆フェスでトリを務める者同士だったし、それなりに。まあ主にかなみがツバサって子とよく喋ってたし、他の子も私の方がかなり上だったけど」

 

「たまみ……その癖はそろそろ治した方がいいな」

 

 どうやら自分と向き合って決意を新たにしても根本は変わらないらしい。このままでやっていけるのかと悠は若干たまみのことが心配になってきた。

 

『それでね、本題なんだけど、センパイたちが今いる場所って楽屋みたいな部屋でしょ?』

 

「それがどうかしたのか?」

 

『先に進むなら、たまみはその場所に残して休ませてあげた方がいいと思う。この世界は』

 

「ええっ!? やだよ! 私だけこんな場所になんて……あっ」

 

 すると、たまみは立ち上がったかと思うと、突然ふらっとよろめいて倒れそうになってしまった。慌てて悠がそれを受け止めると、たまみは苦悩の表情を露わにしていた。

 

『やっぱり……すもももそうだったんだけど、テレビの世界と同じで普通の人はこの世界にいるだけで体力を奪われちゃうみたい……だから、無理に連れまわす方が危険なの』

 

「確かに、そうかもしれないな」

 

 さっき無理やりこの世界に突入した自分たちとは違って、たまみたちが一日前にこの世界に落ちている。ペルソナを持つ悠たちでさえ体力を消耗しているのに、たまみたちはこの比ではないだろう。りせの言う通り、このままの状態のたまみを連れて行くのはまずいかもしれない。

 

『それから、落水さんの事なんだけど……って、やば! もう行かなきゃ!?』

 

「りせ?」

 

『と、とりあえずたまみはそこで休ませて進んでね。それじゃあ』

 

 りせとの通信が終わり再び沈黙が楽屋を支配した。何か最後に落水のことで言いたげなことがあったようだが、また改めて連絡がくるだろう。一番問題なのは

 

「い、嫌だよぉ……私だけでこんな場所に残るなんて……な、鳴上サンだけでもここに残ってよぉ……」

 

 たまみはよほど一人になるのが嫌なのか、悠に一緒に残ってとせがんでくる。腕を引っ張って駄々をこねてくるところ、何故かことりの姿がダブって見える。

 

「どうする? ぶっちゃけて言うと、鳴上くんがここに残るのはまずくない?」

 

「ああ、この状況で戦力が減るのは正直困るし、それに……この2人を一緒にしとくと、何かあぶねえ気がするし」

 

 

 

 

「私がたまみと残るわ」

 

 

 

 

 その時、誰かのそんな声を上げた。この聞き覚えのある鋭い声は……

 

 

「落水さん!?」

 

 思わず仰天するしかなかった。何故なら、そこに居たのはかなみを庇ってこの世界に引きずり込まれた落水だったからだ。たまみたちのことで頭いっぱいで落水のことを忘れていたが、どうやら無事だったらしい。

 

「貴方たちが先へ進むにはここに残るための人材がいるのでしょう? だから、私が残ると言ってるのよ」

 

「や、やっぱりあれ、落水さんだよな?」

 

「スタジオで会ったよね。すごく感じ悪かったけど」

 

「雪子! ストップストップ! てか、あの人かなみちゃんを庇って、こっちに引きずり込まれたのに、どうして普通にここにいんの?」

 

 落水の登場に陽介たちは困惑している。もしや偽物かと思われたが、あのサバサバとした言動や毅然とした態度は落水そのものだ。りせの言いかけていたことはこのことではなかろうか。そんなことを思っていると、落水が千枝の質問が聞こえたのかその質問に回答した。

 

「あの状況なら誰でも庇うわよ。他に方法はなかったでしょうから」

 

「そ……そんな言い方は……」

 

 落水の辛辣な言葉に雪子は語気を強める。これはまずい、悠はこの落水の態度には慣れているが初めて会うであろう雪子たちは違う。日々ジュネスで接客している陽介はまだしも相手の反応を真に受けてしまう雪子では衝突しかねない。そうなる前に、悠は雪子と落水の間に割って入って仲裁に入った。

 

「落水さん、無事で何よりです。でも、どうやってここまで来たんですか?」

 

「……あなたもいたのね……鳴上悠」

 

「えっ?」

 

「何でもないわ。それよりも、どうして私がここに来たのかだったわね。久慈川りせたちにも話したけど、歩いてきたの。気づいたら道ばたに寝かされてて、道中変な仮面をしたやつらに出くわしたけど、何もしてこなかったわ。よっぽど嫌われているのかしら? 貴方たちと違って」

 

「しゃ、シャドウに好き嫌いってあんのかよ……? てか、好かれたくねえし」

 

「でもさ、何でシャドウはこの人を襲わなかったんだろう? ここのシャドウって、何振り構わず人を襲いそうな感じだったんだけど」

 

 言われてみれば確かにそうだ。自分たちの経験した世界のシャドウは霧が出る日以外はペルソナを持つ人間しか襲わないが、この世界のシャドウは見境なくこちらを取り込もうと襲ってくる。そんなシャドウが落水を襲わなかったのは疑問が湧く。

 

「……失礼ですけど、あなたはあまり驚いてないんですね。こんな状況になっているのに……何故?」

 

 そんな疑問を他所に、雪子が毅然とした態度で落水にそう問いかける。一般人からしたらこの状況はありえない光景であるはずなのに、それに混乱せず冷静に行動する落水が気になったのだろう。そして、さっきのやり取りが癪に障ったのか、声に少し棘がある。

 

「私だって馬鹿じゃない。ここがどこかは知らないけど、あんなことがあれば常識じゃ考えられないことが起きてるって事くらい想像つくわ。でも、それで慌てたってどうなるものでもないでしょ?」

 

「…………」

 

「察するに、貴方たちは今何が起きているのかを知っている。そして、そこにいるたまみたちを助ける為に行動している。間違いないわね?」

 

 落水の鋭い指摘に悠は思わず舌を巻いた。発言はほぼ真実を言い当てているし、もしこれが雛乃や堂島だったらと思うとゾッとしてしまう。しかし、ここまで言っておきながら落水の真意が掴めない。一体この人物は何を考えているのだろうかと思っていると、落水の口から驚きの一言が告げられた。

 

 

「……ありがとう、絆フェスのプロデューサーとしてお礼を言うわ」

 

 

「えっ!? いや……その……」

 

 突然頭を下げて礼を言ってきた落水に陽介たちは面を喰らった。正直罵倒か叱責の言葉が来ると思ったが、予想外の対応だったので、先ほどまで冷酷だの感じが悪いなどと思ってしまったことに対して謝罪がしたくなる。

 

「すももにたまみ、そしてA-RISEの3人……少なくとも5人は貴方たちのお陰で助かったようね」

 

「あ、あたしたちは出来ることをしただけで……ていうか、落水さんは何でそれを?」

 

「ここに来る前に久慈川りせたちにも会ってきたわ。すももや綺羅ツバサを助けてもらった後だったけどね。他はもう一人が向かったから私は知らないけど、あの調子なら大丈夫でしょ」

 

「どんだけ行動力あるんだよ。それに、()()()()?」

 

 陽介の驚愕と疑問を他所に、落水はいつも通り涼しい視線を巡らせて、その正面に悠の後ろにいたたまみを見据えた。途端、たまみは直膣不動になり、まるで蛇に睨まれた蛙のように動きを止めてしまった。

 

「たまみ、あなたもプロなら覚悟を決めなさい。あなたは私とここに残るの。いいわね?」

 

「は、はいぃっ!!」

 

 異を言わさないほどの迫力にたまみはそう返事せざる負えなかった。あんな調子で言われては断ることも出来ないだろう。業界で女帝と恐れられるのも頷ける。たまみの返事を聞いた落水はすかさず悠たちの方を向いてこう言った。

 

「話はそれだけよ。用が済んだらサッサと行きなさい。残りのメンバーのことをよろしく頼むわ」

 

 つっけんどんに命令口調でそう言った落水の態度に怒りを感じたのか、またも雪子が抗議しようと一歩前にでようとするが悠がそれを軽く制した。

 

「言ってましたね、“失敗は許さない”って。頑張ります、残りの人達のことも任せてください」

 

 悠の言葉を聞いた落水は軽く鼻を鳴らして、“話は済んだ”と言わんばかりに視線を逸らして近くの椅子に座った。

 

「すっごいね鳴上くん。あんなこと言われて気にならないの? あたしはちょっと苦手だな」

 

 重苦しい雰囲気から解放された故か、千枝が小声でそんなことを聞いてきた。

 

「えっ? 別に。お礼も言ってくれたし、良い人だと思うけど」

 

「すっげえ……流石今期でロードやってるだけはあるね」

 

「……出来れば、Ⅱ世をつけて頂けると」

 

「里中、それ別作品だし悠も誰かに乗り移ってるからやめろ」

 

 話が逸れて脱線しそうな2人に陽介はすかさず修正する。すると、この手の話にのってきそうな雪子はムスッとしながら口を開いた。

 

「鳴上くんはそうかもしれないけど、私は千枝に同感。どうしてあんな言い方しちゃうんだろう? あれじゃ頼まれている方も気分悪いし、この先の子たちを助ける気持ちもなくなっちゃうよ」

 

「確かに、天城の言うことも一理あるな。テレビの女帝の癖がついてんのかもしれねえけど、わざわざ嫌われる言い方選んでる節もあるし……何か裏がありそうだ」

 

 陽介は雪子の言い分を聞くと、落水を一瞥して訝しげにそう言った。日頃ジュネスのバイトで数多の接客やクレームをこなしてきた故か、そういうのには敏感なのだろう。実際陽介の言う通り、落水はああ言って何もないように振舞っているが、多少疲れているのが悠からも見て分かる。あの様子から何か隠しているのは間違いない。

 

「でもあの人、悠のこと知ってみるみたいだけど、どこかで会ったことあるのか?」

 

「いや、昨日が初対面だ」

 

 悠は“落水鏡花”という人物には今まで会ったこともないし繋がりもない。あちらが一方的に知っているということは今までの経験から叔母の雛乃かバイト先のネコさんの知り合いで、いつぞやに自分の話を聞いたというところだろう。雛乃はまだしも、あの人脈の広いネコさんならあり得そうだ。あるいは……

 

「……………今は先に進もう。落水さんや落水さんの言ってた“もう一人”のことは気になるけど、俺たちは攫われた人たちを助けに来たんだ。そっちを優先した方がいい」

 

「了解」

 

 誰に望まれようが望まれまいが、自分たちはかなみんキッチンやA-RISEの人達を助けにここにきた。残りのメンバーの早く助けに行かないとタイムリミットになるかもしれない。早々にここを出ようと悠は楽屋のドアに手を掛けた。

 

「りせちゃんや穂乃果ちゃんたちは大丈夫かな? さっきはああ言ってたけど……」

 

 雪子がボソッと呟いたその言葉に、別ルートにいる穂乃果たちのことが気になった。落水の話から察するに順調に救出は進んでいるようだが、あの謎の声がこのまま何もしてこないはずがない。

 

 

 シャドウが反応を示さなかった落水の謎・楽屋に貼られた不気味なメモ・もう一人の迷い人など新たな謎が浮上したが、この先に進めばそれらの謎を解くヒントを得られるのだろうか。そう言えば、またも雛乃や堂島に何も言わずに迷い込んでしまったわけだが、あっちはどうしているのだろうか。悠の頭の中はそんなことでいっぱいになりつつも、先へ進むため楽屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<楽屋セーフルーム>

 

 悠たちが出発して10分後、楽屋は張り詰めた静寂に包まれていた。原因はあの椅子に佇む落水だ。普段からそうなのか、黙っているだけで周りを畏怖させる雰囲気を醸し出している。その対面に座っているたまみはガチガチに緊張して身体を震わせていた。

 

「……………………」

 

 だが、勇気を出してよく見てみると、落水は先ほどの意味深な文章が書かれてあったメモを見つめていた。何かその文章に心当たりがあるような面持ちだったので、気になって思い切って尋ねてみようとすると、落水が突然たまみの方を向いてこんなことを言ってきた。

 

「……あなた、絆フェスでソロあったわよね?」

 

「は、はいっ……! あります!」

 

「……疲れはどう? 回復したの?」

 

「はいっ! さっきは辛かったですけど、今は多分……鳴上サンがお茶淹れてくれたし、ほむまんってお菓子も美味しかったので……」

 

「そう…………あの子がね……」

 

 “鳴上”という言葉をたまみが嬉しそうに口にした途端、落水はそう呟くとまた神妙な表情で黙り込んでしまった。それを見たたまみは少し頭を傾ける。先ほどから思ったことだったが、落水は鳴上を知っているようだが、どういった関係なのだろうか? 気になってそのことについて尋ねようとすると、またも唐突に落水がこんなことを言ってきた。

 

「……ちょっと踊って見てくれないかしら?」

 

「い、今ですか!?」

 

「……無理はしなくていいけど」

 

「い、いえ! やります! やらせてください!!」

 

 何かはぐらかされた感じだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。自分はさっき鳴上たちに助けられて、また諦めずに一番を目指すと決心したのだ。その目標の為になることならなんだってチャレンジする。例え相手が怖い落水であっても食らいついていくべきだろう。そう思ったたまみは無茶ぶりながらも、楽屋の広いスペースに立って絆フェスで披露する予定のステップを踊った。

 

 

「ストップ……ダメよ、全然なってない。いい? そこの振りのニュアンスはね……」

 

 

 少ししてたまみのダンスを見た落水はたまみを制止させる。そして、

 

 

 

ーカッ!ー

「親を亡くした大家族の長男が、大切に冷蔵庫に隠していた自分のプリンを兄妹に食べられて、“そこに絆はあるのかい!?”って、思うような怒りの感情を爆発させるのよ!」

 

 

 

「うえええ!? 全然分かんないんですけど!? 鳴上サン、タスケテ──────!!」

 

 

 

 

 

 たまみの受難は続く……

 

 

 

 

 

To be continuded μ‘s part.


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