PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

ありきたりの表現ですが、ついに令和最初の新章【DANCING ALL NIGHT IN MAYONAKA STAGE】がスタートです!予め言っておくと、この章は前々から匂わせていた通り、色んなキャラクターが登場するものとなっていますが、それを含めて楽しんでもらえたら幸いです。

改めてお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・高評価を付けて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

現実ではレポートやら部活廃部の危機やらと色々大変ですが、新章も頑張って執筆していくつもりなので、応援よろしくお願いします。


それでは、新章にして令和最初の本編をどうぞ!






【DANCING All NIGHT IN MAYONAKA STAGE】
#73「To the beginning」


 今でも夢に見る……あの光景を

 

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

 

 あの人を追って入った暗い部屋。

 あの人に会うためにこの部屋のどこかで何かしているのかとあきらめきれなった自分はもう少し辺りを見渡して探してみた。

 すると、何処かから音がした。

 何かが倒れたような音だった。気になってその音がした方に視線を向ける。

 

 

 そこにあった光景を目のあたりにして、息ができなかった。

 

 

 

 

 

 

窓を叩きつける激しい雨音

 

 

 

暗い部屋を照らす大きな雷鳴と光

 

 

 

そこに映った黄色いリボンで作られた輪っか

 

 

 

 

その輪っかで吊られた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思えば、この日から始まったのかもしれない。あの日、自分に降りかかったあの怪事件は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ皆、最近こんな噂が流行ってるの知ってる?」

 

 東京のとあるライブハウスにて、バンドの練習を終えた少女たちがそんな会話をしていた。

 

「噂?」

 

「何かね、午前零時に友希奈さんたちが出る絆フェスのサイトを見ると、勝手に変な動画が流れるんだって」

 

「はあ?」

 

「最初はよく見えないんだけど、その動画の中で死んだはずのアイドルが踊ってて、その動画を最後まで見ると向こう側に連れて行かれて、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええっ!? 怖―い!」

 

「何それ? そんなの、ただの噂でしょ」

 

「ああ、そう言えばあこも言ってたっけ? 実際どうなんだろうな」

 

「じゃ~さぁ、今夜試してみる? 面白そうだし~」

 

「ええっつ!? もし本当に連れて行かれたらどうするの?」

 

「まあ、試す分にはいいんじゃないか? 噂ってそういうもんだろ?」

 

「……まあ、やってはみようかな」

 

「けってーい! じゃあ、今日の零時に試してみるんだよ~」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 

 

 結果的にその少女の予感は当たった。その日、その少女たちのうち数名が意識不明の重体で入院した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 目を覚ますと、そこには不可思議な景色が広がっていた。床も壁も、天井に至るまで全てが群青に染め上げられた不思議な空間。普通ではありえない光景に思わず唖然としてしまった。

 

 

 

「あら……こんなところに珍しい来客ね」

 

 

 

 ふと見ると、こちらの存在に気づいたのか、目の前に見覚えのない一人の女性が鋭く見極めるような視線を向けていた。プラチナ色の特徴的な髪に秘書を想像させる群青色の服装。まるでモデルみたいな雰囲気を醸し出す女性はこちらを見ると、艶っぽい笑みを浮かべて話しかけた。

 

 

「安心なさい、現実のあなたは夢の中よ。ふここは夢と現実、精神と物質の狭間にある部屋。本来なら"契約"を果たされた方のみが訪れることができる場所であるのだけど……あなたは差し詰め、ここへ偶然迷い込んだ迷い人とでもいうべきかしら?」

 

 

 女性は困惑する自分にそう解説してくれたが、意味が分からないことが多すぎて頭が付いていけなかった。

 

 

「この部屋では意味のないことは決して起こらない。ふふふふ…………折角だから少し彼らの物語を話して差し上げるわ。私が知る限り大きな力を秘めたあの客人…………“彼”の話をね」

 

 

 彼女はそう言って手に持っていた本を開く。そして、彼女が言っていたその物語とやらが映像としてあなたの視界に映り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「これは彼とその仲間たちが巻き込まれた"事件"……というより、"饗宴"といったところかしら? これで私の妹たちが各々の客人たちに失礼を働くことになるのだけど……まあ、それは別の話ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 目が覚めると、どこか知らないベンチで座って寝ていた。意識が覚醒した途端、溜まっていたであろう疲労と眠気が一気に襲ってきたので思わず欠伸をしながら伸びをしてしまう。一体どれだけ寝ていただろう。毎度のことだが、よくこんな場所でも眠れるものだなと思う。

 時計を見ると眠ってから結構時間が経っていた。早く戻らねば絵里に怒られてしまう。

 

 

「お目覚めかしら?」

 

 

 腰を上げようとすると、誰かの声が聞こえてきた。身に覚えのない声だったので見てみると、いつの間にか自分の隣にどこか見覚えのある少女が座っていた。茶髪で勝気な目をしているおでこがチャームポイントな可愛らしい女の子だ。この子は確かどこかで見たことがあるのが、一体何用だろう? 

 

「やっと会えたわね、鳴上悠。突然だけど、貴方にお話が」

 

「あっ! 鳴上さん、み~つけた♪」

 

 突如、誰かが2人の間に割り込んできた。そして、その少女は探していたおもちゃを見つけたかのように悠の手をぎゅっと握って頬を緩ませる。この少女を見た悠はまたかとげんなりしながらため息をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<芸能プロダクション"タクラプロ" レッスンスタジオ>

 

 

「遅いね、りせちゃんと悠さん」

 

「そうだね。りせちゃんはともかく、トイレに行った悠が遅いってどういうことかしら?」

 

「さあ? 僕からは何とも」

 

 

 夏休みも終わり残暑が厳しくなった日々の休日、東京に戻ってきた穂乃果たちはりせが所属する芸能プロダクション“タクラプロ”のレッスンスタジオに訪れていた。目的はもちろん、近々開催される【愛meet絆フェスティバル】、通称【絆フェス】に向けての最後の追い込みのためである。

 新学期が始まって新たな学校生活が始まったばかりにも関わらず、その日のために彼女たちはその練習に明け暮れているのだ。普段は学校の屋上で練習する彼女たちだが、りせの都合に合わせてもらうとのことで、今はりせが所属する事務所のレッスンスタジオを借りて練習している。まさかスクールアイドルの自分たちがこんなところで練習できるだなんて思いもよらなかったので、最初こそ穂乃果たちは緊張のあまりにカチコチになってしまったものだ。にこと花陽に至っては驚きのあまりに過呼吸になってしまった。

 

「まありせちゃんも色々やることがあるのよ。ただでさえ忙しいのに、私たちの練習に付き合ってくれてるんだから、しょうがないと思うわ」

 

「まあ……最も僕が主に足を引っ張ってるわけですけどね」

 

 もちろん、東京で探偵活動している直斗も一緒である。夏休みの練習でもそうだったが、社交ダンスの経験が足を引っ張っている故に中々納得のいく演技に到達出来ていない。と、本人は言っているが、絵里たちから見れば最初の時に比べれば随分成長している。ただただ直斗にそういう自覚がないだけだ。

 

「そう言えば、先日鳴上先輩とシャドウワーカーにお邪魔する時に見たんですが、音ノ木坂学院の校舎に凄い垂れ幕が張ってありましたね。あれはもしかして、雛乃さんが?」

 

「ああ、あれかぁ……」

 

「理事長、余程悠さんとことりちゃんが絆フェスに出るのが嬉しかったのかな? 夏休み中、業者にあれこれ注文してたし」

 

 直斗の言う通り、現在音ノ木坂学院では理事長の雛乃によって校舎に大きな弾幕が張ってある。そこには【アイドル研究部"μ's" 愛meets絆フェスティバル出演‼】と書かれている。腕のいい業者に注文したのか見栄えが良く、遠目から見てもかなり目立つものだったので周りからも注目されてしまっている。まあ八十神高校の方もかなり宣伝しているので、あちらにいる陽介たちも現地で騒がれていることだろう。

 

「ふふふ、この絆フェスのために考えたキャッチフレーズがあるの! 特と見なさい!」

 

 見ると、にこが花陽と凛に何か見せるのかそんなことを宣っていた。何かキャッチフレーズという単語が聞こえた気がする。嫌な予感がして思わずにこの方を振り返ってしまった。

 

「にっこにっこにー あなたのハートににっこにっこにー 笑顔届ける矢澤にこにこー。 ダメダメ! にこにーはみんなのも・の♡」

 

 あざとくやり切ったにこの姿に、皆は凍り付いたようにフリーズした。気まずい雰囲気がスタジオ中を支配する。そして、

 

「気持ち悪い」

 

「ちょっと! 何でそんなこと言うのよ! 昨日寝ないで考えたのに~~~~!!」

 

「徹夜のテンションじゃない……」

 

 凍り付く雰囲気の中、迷わずにこが考えたキャッチフレーズを一刀両断した真姫。相変わらずと言うか、相変わらず誰に対しても容赦のないキレ具合に感服してしまった。

 

 

「やっばい! チョー遅れちゃった! みんなごめんね!!」

 

 

 その時、勢いよく入り口のドアが開いて慌てた様子のりせが入ってきた。ここまで全速力で走ってきたのか相当息が上がっている。

 

「前の打ち合わせが終わんなくてさ。ごめんね!かなり待った?」

 

「仕方ないですよ。本番も近いし、久慈川さんはやることだらけでしょうから」

 

「そうよ。それに、私たちだけじゃなくて陽介くんや雪子ちゃんたちにもレッスンつけてるんでしょ?」

 

 確かに、夏休みが終わってからりせは絆フェスに向けての打ち合わせや各地への宣伝活動に明け暮れて目まぐるしく忙しい日々を送っていた。しかも、その合間を縫って稲羽までわざわざ出向いて陽介たちにもレッスンをしているらしい。

 

「せっかくみんなに参加してもらうんだし、サイコーのパフォーマンスにしたいじゃない。こっちにいるセンパイや直斗くんたちだけじゃなくて、稲羽のみんなとも連帯取りたいっていうかさ」

 

「りせちゃん!」

 

「……なのに、フェスのプロデューサーがあの厄介な落水さんなの! さっきだって、“素人を、ましてやスクールアイドルなんて使うから無駄なコストがかかる”とか“ここは学芸会じゃない”とか好き放題言ってさ…………ああもう! 思い出しただけで頭にくる! こうなったら意地でもやり切って、みんなの凄さを見せつけてやるんだから!!」

 

「りせちゃん…………」

 

 良い感じのことを言ったのに、先の会議のことを根に持っているのか、りせは不機嫌な顔で地団駄を踏んでそう怒る。何と言うか、大したプロ意識だと感心してしまう。まあ余程そのプロデューサーの言葉が癪に障ったのかもしれないが。

 

「ところで、悠センパイはどうしたの?」

 

「いや、それが」

 

 すると、解答を待たずにレッスンスタジオのドアが開いて誰かが入ってきた。もしや悠が帰ってきたのではないかと思ったが、それは違った。

 

「りせちゃん、練習中悪いけどちょっと良いかな?」

 

「井上さん? どうしたの? てか、たまみたちも一緒じゃん! うわー、何か久しぶり!」

 

 入ってきたのはりせのマネージャーでタクラプロ内でも敏腕マネージャーと称されている井上だった。井上だけでなく、何名かの少女も一緒にようだ。

 

「うん、実は」

 

 

「「きゃ、きゃあああああああああ!!」」

 

 

 井上が何か言いかけた時に、突然にこと花陽が素っ頓狂を上げて腰を抜かした。その表情は何か信じられないものを見たかのように青ざめていた。

 

「ど、どうしたのよ? 2人とも」

 

「な、何って! あ、あああああああれって! かなみんキッチンの4人じゃない!?」

 

「えっ?」

 

「そ、そうですよ! 中原のぞみ、上杉たまみ、右鳥すもも、左山ともえ! 4人とも全員かなみんキッチンのメンバーです!」

 

「「「ええええええええええっ!?」」」

 

 突然のカミングアウトに穂乃果たちはまるでチュートリアルでラスボスと遭遇してしまった冒険者のように驚愕してしまった。

 それもそのはずだ。今回自分たちが出る絆フェスの大トリを務めるという人気アイドルグループのメンバーが目の前にいるのだから、そうなるのも無理はない。

 

「あははは、また2人に解説してもらっちゃったね。彼女たちがどうしても君たちに会ってみたいって言うから、連れてきたんだけど……大丈夫だったかな?」

 

「ま、まあにこちゃんと花陽ちゃん以外は大丈夫だと思うけど……ところで、かなみは?」

 

「かなみちゃんは今度出すソロ写真集のPR中だよ」

 

 なるほど。まあこの場にかなみが居たならば、花陽とにこが更に喜びと驚きのあまりに卒倒したかもしれないので、ここにいなくて良かったのかもしれない。そのことを受けて、井上の隣で佇んでいた少女が口を開いた。

 

「そうね、井上さん。最近かなみだけ働かせすぎだから。来ているお仕事を全部やらせればいいってものじゃないと思うわ?」

 

「はは、手厳しいな。ともえちゃん」

 

「当たり前でしょう? もうすぐ絆フェスだもの。今でさえ練習時間足りないって事、本当に分かっているのかしら?」

 

「分かってるよ。あのイベントはかなり注目されてるからね」

 

「ねー! すももも写真集のお仕事欲しいよ! 可愛い水着とか、い~ぱい着たいもん!」

 

 大人っぽい仕草で井上に苦言するともえと子供のようにせがみ始めたすもも。何と言うか、りせの後輩なのに各々の年齢が全く分からずに困惑した。実際幾つなのだろうか。直接話すことになったら、敬語を使った方が良いのだろうかと穂乃果たちは見てて悩んでしまった。それよりも

 

「凄いね……」

 

「ええ、久慈川さんがいっぱいいるみたいですね」

 

「えー!? 私そんなキャラ被ってる? 何か心外だな~、先輩として」

 

「あ、いや! 決してそういう意図じゃなくて」

 

「ねえ! りせ先輩! この子たちがあの話題になってたμ‘s?」

 

 すると、先ほどの紹介で"たまみ"と紹介された少女が突然穂乃果たちに歩み寄って、品定めをするかのように観察してきた。身体の隅から隅まで見るようにジロジロとされたので、穂乃果たちは困惑する。すると、

 

「うん! 全員私の方が勝ってる!」

 

「はっ?」

 

「まあ、私より胸とかお尻とか大きい子がいるけど、全体的なバランスを考えたら私が上だね」

 

「「ええっ!?」」

 

 出会い頭に観察してきたと思いきや、そんなことを宣ってきた。初対面の人に言うことにしては失礼なのだが、それよりも穂乃果たちは状況が読み込めずに混乱していた。

 

「もう……たまみ、またやってるよ。ごめんね、みんな。その子誰にでもこうやってすぐ絡んじゃうから」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「何だか、声のせいか嫌なことりって感じですね」

 

「こ、ことりはこんな感じじゃないよ!嫌なことりって……お兄ちゃんに嫌われちゃうよ……」

 

 呆れたりせがそうフォローしてくれたが、いまいち納得がいかない。確かに芸能界は厳しい世界で他人との競争が激しいものであるとは分かるが、いくら何でもこうあからさまに挑発するように比べれることはないだろう。更に何か言いたそうな様子のたまみに何か注意しようとしたその時、

 

 

「すまない! 遅れた……あっ、井上さん。こんにちは」

 

 

 噂をすればと言うべきか、ドアが開いてかなり焦った表情をした悠が入ってきた。どうやら長いトイレから帰ってきたようである。

 

「ああ、鳴上くん。お疲れ様」

 

「悠さん、お帰り!」

 

「遅いよ、お兄ちゃん! 何してたの!?」

 

「あ、ああ……トイレを出た後に眠くなって少しベンチで横になってたら、氷川さんに見つかって。偶々近くにいた丸山さんと大和さんが何とかしてくれたから助かったが、あのままだったらヤバかった」

 

「「「「………………」」」」

 

 やけに長いトイレだと思っていたらそんなことだったらしい。そうだ、この男はこういう男だった。

 先日の絆フェスのCM収録のために撮影スタジオを訪れた時、この男は何人かの女性に絡まれていた。特にその氷川というかなみんキッチンのライブで出会った女性に何かと絡まれているらしい。それに加えて他の女性にも連絡先を教えてくれと頼まれていたので、あまりのモテ具合に常時不機嫌になったことをりせたちは思い出した。

 

「ああ……やっぱり日菜ちゃんか。あの子、最近センパイの話ばっかりするんだよね。イヴちゃんもセンパイを武士みたいでカッコイイとか言ってくるし、センパイがナチュラルに女の子を落としていくから嫌になっちゃうよ」

 

「えっ? 別に俺は何もしてないけど」

 

「はあ…………」

 

「???」

 

 そして、この天然ぶりである。一体この男の主人公のような習性はどうやったら治るのだろうか。いや、既に手遅れか。

 

「あ、あれが噂の鳴上サン……何だか……負けた…………」

 

 たまみは悠の様子を見て何を思ったのかショックを受けたように撃沈していた。格の差を見せつけられたように項垂れているが、悠にはそれが分からないかった。

 

「ん? ことり、どうしたんだ。そんなに落ち込んで……て、あれ?」

 

「ことりじゃないよ! たまみだよ! 何で間違える訳!?」

 

「お兄ちゃん! それはことりも見過ごせないかも!」

 

「いや、何かことりと声が似てたから」

 

「はあ!?…………うううううう……!」

 

 声だけでなく恰好もことりに似ていたせいか、たまみをことりと町が得てしまった悠。まあ他人から聞いても、この2人は何故か声が同じように聞こえるので、悠が間違えるのも無理はないと思うのだが、一体何故だろう? どこか負けた上に名前まで間違われたたまみは悔しいのか地団駄を踏んだかと思うと、ビシッと悠を指さして宣言した。

 

「見てなさい! 鳴上サン! 次に会う時、私はあなたよりずっと素敵な男子をいっぱい引き連れて来るわ!」

 

「はっ?」

 

「それこそ金魚のアレみたいにもう後ろが見えないほどずらーッとね!」

 

 たまみの微妙な例えに場の空気が凍り付いた。これには流石の悠も唖然としてしまう。これはわざとやっているのだろうか。だが、本人の顔色を見ると何が起こったのか分からずキョトンとしているのが見えたのでこれは素だ。

 

「ごめんなさいね。たまみちゃん、例え話がちょっと上手じゃないのよ」

 

「てゆーか、何でアレなの? 金魚のフンでも良くない?」

 

「そうね、"フン"でも別にアイドルのイメージは崩れないわよね。言い換えた分、逆に強調されちゃってるし」

 

「うるさーい!!」

 

 すももの指摘にたまみは激昂して追いかける。そして呆れた様子で傍観を決め込んでいるともえ。この様子はさながら喜劇だ。まあこんな状況はμ‘sの練習でもよく見かけるので驚きはしないが、りせが随分と困惑している。これはフォローすべきかと思っていると、今までダンマリしていたもう一人の少女が進み出て笑顔を向けてきた。

 

「ダメじゃないか、みんな。レディはおしとやかにしなくちゃね」

 

「は、はあ……貴方は……中原のぞみさん、でしたっけ?」

 

「ふふ、お目に書かれて光栄です。ボクの顔、しっかり覚えて下さいね?」

 

「よ、宜しくお願いします……」

 

 なるほど、流石あの3人と同じグループだけはある。一見してこの中原が話ができそうな感じだったが、一筋縄ではいかなかったようだ。相手をしている直斗がたじろいでいるのがなによりの証拠だ。しかし、この間も同じような女性と出会ったような気がするのだが、このタイプの人は皆こうなのだろうか。

 すると、困惑する悠たちを心配してくれたのか、彼女たちのマネージャーである井上がそう制止をかけてくれた。

 

「はいはい、みんなそこまで。あんまり鳴上くんたちを困らせないようにね」

 

「お、お構いなく! 僕らは全然平気ですから……」

 

「ええ、私たちのことは気にせずに……ねえ、悠」

 

「ああ、その通りだな」

 

「まあ、大人な対応。貴方たち好感が持てそうね」

 

「「「………………」」」

 

 顔色変えずにそんな対応を取った悠にともえは嬉しそうに色っぽい目でそう言った。その発言に何名かは悠に鋭い視線を向ける。

 

「はい! そこまで! もう、先輩たちもちゃんと止めないとダメだよ。この子たちずっとこの調子なんだから」

 

「ああ、すまない。穂乃果たちもいつもこんな調子だから大丈夫かなって思って」

 

「ちょっと! 穂乃果たちはいつもこんなんじゃないよ!!」

 

「そうだにゃ!」

 

 悠の言葉に穂乃果と凛は全力で抗議するが、事実は事実なので否定のしようがない。

 

「ところでさ、このμ‘sの子たちと鳴上さんたちってりせ先輩の何? まだ他にも来るんだよね? 友達とは聞いてるけど、全員カレシとか?」

 

「ちがうっつーの……てか、そんなワケないでしょ!」

 

 りせと悠たちが気の知れた相手を話しているのを疑問に思ったのか、たまみはそんなことを尋ねてきた。最後に余計なことを入れてきたが、それはそっとしておこう。

 

 

「みんなはね、私の大事な、かけがえのない大切な仲間なの」

 

 

 りせの言葉に、たまみのみならずかなみんキッチンのメンバー全員が一瞬言葉を失って、妙な静けさが場を包んだ。その様子を見て悠は不思議に思った。りせは何も変なことを言ったはずではないのだが一体どういうことだろうか。

 

「仲間……ですか」

 

「フフ、素敵な響きね」

 

「まあ、でも~……センパイだけは私の特別かな♡」

 

 小悪魔のように微笑むとりせは流れるように悠の腕を仲睦まじそうに組んで来た。これを見たかなみんキッチンの一同は黄色い歓声を上げる。

 

「久慈川さん!?」

 

 まずい、これはまずい。これでは完全に悠とりせがそういう関係であると彼女たちに勘違いされてしまう。りせはそう仕向けるようにわざとやったことなのだろうが、後輩たちの前とはいえ、アイドルがそんなことをしていいのだろうか。証拠に井上の表情が戸惑いで溢れている。

 

「りせちゃん! 離れて!! アイドルがそんなことやっちゃだめだよ!!」

 

「ちょっ! ことりちゃんも!」

 

 井上が止める前にことりはそう抗議すると、対抗するように反対側の腕を組んで来た。まさに男を奪い合う女たちのような光景になり、4人から黄色い歓声が更に上がる。

 

「わあ! あの人モテモテだぁ。すごーい!」

 

「ま、また負けた……何か勝てそうにないかも……」

 

「あらあら、これは大変ね」

 

「ふふふ」

 

「じゃ、じゃあ……そろそろ僕らは行こうか。そろそろ時間だし。ともえちゃんたちは夕方まで休憩だから各々楽屋か何かで待機しててね」

 

「「「「はーい」」」」

 

「えっ? あの、ちょっ」

 

 この場にいるのが気まずくなったのか、そろそろ時間だというので井上とかなみんキッチンたちは悠たちのことを勘違いしたままレッスンスタジオから去ってしまった。そして、

 

「りせさん、今さっきのことについてお話がありますので、覚悟は良いですね?」

 

「あっ……やばっ」

 

「ついでに、悠くんとことりちゃんもな」

 

「ええっ!? ことりは何も悪くないよ!!」

 

「お、俺も?」

 

 結局、この一件について海未を初めてとする面々からお説教を食らってしまった。その後、かなみんキッチンとの会合を終えた悠たちは日が暮れるまで練習に励んだが、当人たちのメニューがいつもより一層厳しかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「ああ……大丈夫さ」

 

「さっきの海未ちゃんたち、凄く怖かったね……」

 

「ああ……」

 

 束の間の休憩時間、悠は近くの自販機でコーヒーを買っていた。昼のことがあってからぶっ通しで練習をしていたため、今やっと休憩に入ったところだった。1人だとまた誰かに絡まれるかもしれないからという理由でことりも一緒である。悠にとってもことりを毒牙に掛けようとしている輩から守れるので一石二鳥だったりもする。

 

「やあ、鳴上くん。それに、ことりちゃんも。調子はどうだい?」

 

 一息ついていると、先ほど昼にも会った井上がこちらに歩いて来るのが見えた。

 

「ええ、おかげさまで」

 

「はい! りせちゃんや絵里ちゃんのお陰でバッチリです!」

 

「そうか。それは良かったよ」

 

「井上さんこそ大丈夫ですか? どこか疲れてる様に見えますけど」

 

「ハハ……堂島さんと同じで鋭いね。まあ、今回の絆フェスはタクラプロにとっても一大イベントだからね。それに、りせちゃんにとっても大事なイベントでもある。彼女のマネージャーとして手は抜けないよ」

 

 朗らかに笑ってそう言う井上だが、顔から今まで溜まっているであろう疲れが見え隠れしているのを悠とことりは見た。改めて自分たちはこのタクラプロがこのように全力を捧げるイベントに関わるのだと思うと、少し怖気づいてしまった。

 

「ああ、ごめんね、プレッシャー掛けるようなこと言っちゃって。でも、大丈夫だよ。練習を見ている限り、君たちもりせちゃんに負けないくらいの才能を持ってるし期待もしてる。それに、僕らもプロだ。君たちが自分の力を出し切ってくれれば、それを何倍にも増やして、お客さんを必ず喜ばせてみせる。全力でサポートするよ」

 

 いつもどこかつかみどころのない井上だが、りせの話をする時は本当に嬉しそうな顔をしている。りせの才能にはそれほど魅力があるということだろう。悠は仲間が褒められた様な嬉しさと、身の引き締まる思いを感じて思わず頷いた。

 

「ところで鳴上くん……かなみんキッチンのメンバー、見てないよね? 似た人がいた、とかでも良いんだけど」

 

「いえ、見てませんが」

 

「確か、昼間に紹介して貰った時だけだったよね?」

 

「それならいいんだ。ごめんね、変なこと聞いちゃって。練習室は僕が口利きしているから好きなだけ使って良いけど、あまり遅くならないようにね。最近巷で物騒な噂が広まってるらしいし。じゃあ僕、これから会議あるから」

 

 井上はそう言うと急ぎ足でその場を去っていった。井上が去っていく様子を見て、悠とことりはどこか違和感を感じ取っていた。

 

「お兄ちゃん、今の井上さんの様子、おかしくなかった?」

 

「……ああ」

 

 ことりにそう言われて、悠は昼間に出会ったばかりの4人の顔を思い出しながら状況を推察する。こう言うのは失礼だが、りせや真下かなみほどではないにしろ、彼女たち……かなみんキッチンのメンバーはタクラプロの抱える大切なタレントだ。その行方をマネージャーである井上が悠とことりに尋ねたこと自体奇妙である。それに井上のあの様子はどこか焦っているように見えた。

 

「何かあったのかな?」

 

「どうだろうな…………ん?」

 

 思考を巡らせていた刹那、2人の前を誰かが横切った。そして、

 

 

 

「ぎゃっ!!」

 

 

 

ズザザザザザザザザッ!!

 

 

 何かに躓いたのか、思いっきり転んだ。まるで野球のスライディングの如く磨き上げられた廊下を滑っていった。その光景を目にした2人は困惑した。うちの穂乃果や凛、にこでもやらないような派手な転び方をしたのだ。これはあまり声を掛けらないのではないか? 

 

((……そっとしておこう))

 

「……か、顔から行きました。痛てえです…………はっ! み、見られてた────!!」

 

 相手の女性もこちらの視線に気づいたのか、オーバーなリアクションを見せたと思うと急に頭を下げ始めた。

 

「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 何でもないです! 平気ですから! 急がず、騒がず、すぐに退散しますから!」

 

「えっ? ……いや、あの」

 

「という訳で、いざサラバーっ!」

 

 女性はひとしきり勝手に喋ると、悠たちの言葉を聞くことなく全速力で2人の視界から消えていった。まるで台風が過ぎ去ったような出来事に思わず唖然としてしまう。自分が言えたことではないが、変わった人だった。

 しかし、先ほどの女性を目にした途端、悠はどこか女性に覚えのある既視感を感じていた。それが何故だかは分からないが、時計を見ると、そろそろ休憩時間も終わる頃合いだったので、2人は急いでスタジオに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――あれから更に数時間後………

 

 

「うわあ! みんなとっても上手くなったよね」

 

 

 本番のダンスを一通り通して見終えた後、あまりの完成度にりせはそう歓声を上げた。プロのアイドルであるりせからの称賛に穂乃果たちは照れてしまう。

 

「そ、そうかな?」

 

「うん! これなら本番も絶対大丈夫だよ。ねっ、絵里センパイ」

 

「そうね。明日こっちに来る陽介くんや千枝たちとリハーサルで合わせるのが楽しみね」

 

 タオルで汗を拭いてドリンクを飲みながら絵里はそう答える。

 確かに2人の言う通り、夏休み中の特訓が実を結んだのか、絆フェス出演が決まったばかりの頃とは比べようがない程上達している。それに、明日はリハーサルということで稲羽にいる陽介たちもこっちに来る。夏休みが終わってからしばらく合わせてないので、どれほどのものになったのかを試すのは確かに楽しそうだ。

 その時、

 

 

 

パチパチパチパチ

 

 

 

 どこからか拍手が聞こえた。誰だろうと思って音がする方を見てみると、そこには知らない女性が1人いた。その姿を目にしたりせは声を詰まらせた。

 

「お、落水プロデューサーっ!?」

 

 りせの"プロデューサー"という言葉に、悠々とこちらに近づいて来るその女性の姿を改めて確認した。張りのあるスーツに強い意志を表す瞳、自信と実力を感じさせる力強く早足な歩幅。まさに姉御、もしくは女帝と称すべきオーラを纏った女性だった。この人がもしかして、りせが苦手と言っていた落水というプロデューサーだろうか。

 

 

「見事なものね。わざわざ会議を中座してまで様子を見に来た甲斐はあったかしら」

 

 

 先ほどの練習を見ていたのか、そう称賛の言葉を掛けてくれた落水。しかし、その言葉にそのような意味が込められていないことは何となく分かった。しかし、そんなプロデューサーを目の前にいるのに関わらず、嫌そうな顔をしながらりせは落水に応対した。

 

「何か用ですか? 私たちまだ練習中ですけど」

 

「用がなければ来ないわ。それにしても、タクラプロも落ちたものね。井上がどうしてもっていうから許可したけど…………久慈川りせ、まさかこんな子たちを舞台に上げる気じゃないわよね? こんな学芸会レベルの、ましてや部活動でアイドルごっこしているようなお子様たちを」

 

 随分な言い様にりせはカチンときた。自分のことはともかく大切な先輩と友達たちをそう貶されて言葉では表せないほどの怒りが湧いてくるが、ギリッと奥歯を食い縛りながら溢れる感情を抑えて、りせはおもむろに落水に反論を開始する。

 

「……前にも言いましたけど、先輩たちの出演は主催者さん側のOKも貰っています。ファンのみんなも応援してくれてるし、事務所も私の“売り”になるって、ちゃんと判断してくれてますから」

 

「そうね、"あなたのファン"はそう言うでしょうね。じゃあ、例えば久慈川りせに興味のない他のアイドルのお客はどう思うかしら?」

 

「それは……」

 

 落水の鋭い指摘にりせは言葉を詰まらせた。そのりせのその反応に落水はガッカリしたのか溜息を吐いて更に追撃する。

 

「失礼、取り消しましょう。()()()()()()()でしかない貴方にこんな事を言うだけ無駄だったわ」

 

「ただのって……そ」

 

「そんなの失礼だよっ!!」

 

「そうですよ!りせさんを何だと思ってるんですか!!」

 

「……プロデューサーだからって、その言い方はないんじゃない?」

 

 これには穂乃果と花陽、真姫が抗議の声を出した。穂乃果は友人として花陽はりせのファンとしてなので分かるが、あの真姫がこうしてりせのために怒りを見せるのは驚きだ。だが、落水はそんな3人の抗議に怯まず何食わぬ顔で更に言葉を続けた。

 

「……大したお友達ね。お飾りの人形に文句を言ってどうなる訳でもないしょう? わきまえるべきは作り手よ。貴女たちの場合は井上……いえ、タクラプロって事になるかしら?」

 

「なっ!?」

 

「り、りせちゃんだけじゃなく……い、井上さんまで……」

 

「この……」

 

 落水プロデューサーのこの言葉に悠を除くその場にいる全員の表情に怒りが滲み、場に緊張が走った。自分たちのことだけでなく、井上まで悪く言われて怒る気持ちは分かるがこれは非常にマズイ情況だ。確かに落水の言葉は正しい所もあるが、それは悠とて容易に受け入れられるものではなかった。だが、怒りに任せてもこの場が解決できるわけではない。怒りに任せてアクションを起こそうとしたりせたちの前に立って、落水の目を悠は静かに見据えた。

 

「センパイ!?」

 

「悠さん!?」

 

 悠と落水の対峙に更に緊張が走る。身体が勝手に動いて互いに睨み合うような形になってしまったが、悠は臆さず落水に向かって言葉を投げた。

 

 

「頑張りますよ、俺たち全員で。見ていてください」

 

「…………ええ、楽しみにしているわ。私は素人でも妥協するつもりはないわよ。私のプロデュースするイベントで、半端なステージは絶対に許容しない。特に、ステージを理由なく放棄するなんてことはもってのほかよ」

 

 

 先ほどの言葉が自分も気に障ったのか怒気を含んだ声色になってしまったが、落水はそれに動じず平然とそう返した。最後に心当たりがあることに触れられて顔をしかめてしまったが、落水はお構いなしに厳しい言葉を浴びせた。

 

「死ぬほど練習しなさい。恥を晒すのは自由だけど、失敗は許さないわ」

 

 トーンの変わらない声でそう言い放つと、落水は用は済んだと言わんばかりに踵を返してスタジオの扉へと向かった。その姿勢に流石は芸能界に立つプロフェッショナルという事だけはあると痛感する。

 あれが落水鏡花……この芸能界で"女帝"と恐れられる敏腕プロデューサー。今まで相当な修羅場をくぐり抜けてきたのか、何事にも動じない強い大人の風格というものを肌を持って感じた。

 すると、落水は突如立ち止まると、悠たちの方を向かずにこんなことを言ってきた。

 

 

「でも、貴方たちの舞台はなくなるかもしれないわね」

 

 

「は?」

 

 突然言われた言葉に悠たちは訳が分からずフリーズしてしまった。今なんと言った? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 一体何故? そんな疑問が渦巻く悠たちを他所に落水はりせの方を向いて話を続けた。

 

「久慈川りせ、場合によってはあなたとかなみに本番でデュオを組んで貰うわ。新しいセットリストは明日出る。どちらになるか、後で井上に連絡しておくわ」

 

「は、はあっ!? 何ですか、それ! よく分からないんですけど!」

 

「分かる必要はない。あなたは指示に従うだけよ。タクラプロにも話は通ってるはずだから。その場合、そこのあなたたちのステージは無しね」

 

「なっ!? 待ってください! どうしてそうなるんですか!?」

 

「そうですよ! 明日、僕らの仲間が来るんです! みんな今回の絆フェスに出演する為に、わざわざこちらまで来るのに! 突然無しだって言われても」

 

「それは申し訳ないわね。ちゃんと席は用意しておくわ、楽しんで行きなさい」

 

 直斗たちの抗議に悪びれることなくそう言うと、話は終わりだと言わんばかりにさっさとドアを開けて立ち去って行ってしまった。

 取り残された悠たちは状況が呑み込めずにただ呆然としてしまった。たった今落水から告げられたステージが無くなるかもしれないという信じられない事実を突きつけられて、ただ身体が動かない。だが、

 

「何よ今の……! 私、ちょっと井上さんに確認してくる!」

 

「あっ! りせちゃん!?」

 

「ちょっ! 穂乃果! 待ちなさい!!」

 

 衝動的に飛び出していったりせを追って穂乃果たちも出て行ってしまった。その場に取り残された者たちはただただ突然置かれた状況に困惑するしかなかった。

 

「一体……どうなってるの?」

 

「私たちのステージが無くなるって……そんなの…………学園祭の時と同じじゃないですか…………」

 

「「「……………………………」」」

 

 海未たちの記憶に蘇るのはあの学園祭ライブの事件。あの佐々木竜次に学園祭でのステージを邪魔した挙句に、自分たちを殺そうとした今でも思い出したくない忌々しい出来事だった。またあの時と同じ、誰かに自分たちのステージを奪われようとしている。

 しかし、それは悠とて同じだった。学園祭ライブと同じようにまたも自分たちのライブが中止されようとしているのだ。夏休みの間、絵里とりせの厳しい練習に耐えながらあれだけ頑張ったのに、それが無為になってしまう。そんなことは悠でも許容できなかった。今すぐにでも何か行動を起こしたいのだが、

 

「みんな、落ち着け。今はとりあえず待つしかない」

 

「そうですね。ここで慌ててもしょうがないですし……しかし、何でこんなことになったんでしょう」

 

「普通何も前触れの無しにこんなことなんて……」

 

 すると、ドアからノックする音が聞こえた。そして、返事を待つことなく誰かが入ってきた。一瞬りせではないかと思ったが、そうであればノックなどしないはずだ。

 

 

「あは~、すみません……落水さんは、そのお……」

 

 

 入ってきたのは濃緑色のジャージに"人生"と大きく漢字で書かれたTシャツを着て、地味なメガネを掛けている如何にも地味という印象を持った女性だった。そんな見知らぬ女性がいきなり空気を読まずに入ってきたのでぎょっとしたが、とりあえず直斗が対応してくれた。

 

「落水さんなら……先ほど出て行かれましたが」

 

 同意を求める直斗の視線を確認し、目の前の少女に頷き開けしてその言葉を保証する。女性はしまったと言うように頭をぺチンと叩いて愛想笑いを浮かべた。

 

「ですよね~、あはは」

 

「失礼ですが、あなたは?」

 

 当然のように直斗はこの謎の女性にそう尋ねる。その時、複数のドタドタと響く足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。

 

「大変! センパイ!! って、かなみ!? 何でここにいるの!?」

 

「ほうあっ! りせ先輩だー! おひさしぶりでーす!」

 

「もう、相変わらずパッとしないなあ。いくらプライベートでも、ちょっとはその冴えない服装を何とかしたら?」

 

「え~、私これじゃないとダメなんですよねえ。麻弥さんだってそうじゃないですかぁ」

 

「全く……千聖ちゃんの気持ちが分かった気がするよ……」

 

 慌てて戻ってきたりせが女性を見るや否や、驚いた表情になっていた。どうやら相手の反応からして知り合いらしい。しかし、ここが芸能事務所であることを考えれば、りせの知り合いがいるのは当たり前だが、今の悠たちには状況が読み込めなかった。何故なら

 

「かなみ……?」

 

「もしかして……」

 

 そう、りせはこの女性のことを()()()と言った。同姓同名という可能性もあるが、もしやと思い、悠は思い切ってりせに質問した。

 

「りせ、悪いが俺たちにも分かるように説明してくれないか?」

 

「あ、うん……良いのかなぁ」

 

「えっ?」

 

 一瞬何故か花陽とにこの方をチラッと見て難しそうな表情を浮かべたりせ。しかし、気まずそうに思い悩んだ末に、思い切るようにして皆にこの謎の女性を紹介することにした。

 

 

 

「まあ……いっか。じゃあ、紹介するね。この子がかなみんキッチンのセンターのかなみ。皆のよく知ってる()()()()()だよ」

 

 

 

「「「……………………………………………」」」

 

 

「ん?」

 

 

 驚きのあまりに声が出なかった。この地味な少女が真下かなみ? あのテレビやライブで人を惹きつける笑顔や圧倒的なオーラを見せたりせの後輩ポジションと噂される人気アイドルの? そんなまさか、あの大人気アイドルがこの女性であるはずがない。何かの聞き間違いだと一部の者はそう思ったが、

 

 

 

「どーも! ご紹介されたかなみんキッチンの【真下かなみ】です! よろしくお願いします!!」

 

 

 

 そんな願いはご本人の言葉で打ち砕かれた。

 

 

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええっ!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 衝撃的な事実に仰天してしまった一同。ファンである花陽とにこは今度は失神しかけて倒れそうになる事態になって、スタジオが慌ただしいカオスな状況になってしまった。

 しかし、そんな中、悠だけは別のことで驚きを感じていた。やはりこの女性に感じていた既視感は夏休みにかなみんキッチンのライブを観に行った時に感じたものと同じだったのだ。しかし、何故自分が真下かなみに既視感を感じるのか? その謎を解く答えを悠はまだ分からなかった。

 

 

 

ーto be continuded




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