PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
更新が遅くなってすみませんでした。12月に入ってから忘年会やら合宿の班長やらで色々と忙しく中々時間が取れなかったのですが、何とか執筆できました。
また休憩がてらに先日購入したPQ2をプレイしています。まだ『A・I・G・I・S』のところまでしかやっていませんが、もう面白い面白い。ジュネシックランドで久しぶりにゲームで泣いてしまいました。
そんなことはさておき、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。
それでは本編をどうぞ。
…………………………
目が覚めるといつものリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。いつものピアノとソプラノの音色が聞こえず、静寂がこの場を包んでいた。そして、出迎えてくれる奇怪な老人とその従者たちの姿も見えない。彼らも彼らでまた休暇を満喫しているようだ。
周りを見渡していると、床に一枚の便せんが落ちていた。見覚えのある可愛らしい字で何かが書かれてあったので拾い上げて見てみると、次のようなことが書いてあった。
「…………………」
これは……この読んでいるだけで何故か寒気を感じる痛々しい文章はまさか。一応まだ続きはあるので、読み進めてみようとしたその時、
「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
どこからか奇声が聞こえてきたかと思うと、突然視界に顔を真っ赤にしたマリーが現れて自分の手から便せんをひったくった。
「よ、読んだ?…読んだでしょ!?」
涙目で震えた声でそう尋ねるマリー。誤魔化しようがないので、素直にイエスと首を縦に振った。
「ちょっ、これ見られたらヤバいやつ………ち、違うの!これは…その………勝手に言葉が溢れてくるっていうか………悠にああ言えてスッキリして、いつも以上にパトスが迸って……」
「………………………………」
「うううううう……ばかきらいさいていテンネンジゴロヤロー!!次やったら、おぼえといて!!」
そう大きな声でまくしたてて掌にバチバチと雷を発生させたマリーがとても怖かったので、思わず首を何度も縦に振ってしまった。
「ううう………何で落ちてるんだろう……ちゃんとしまったはずなのに……何かインボーを感じる……」
何かブツブツと呟いてしゃがみ込んだマリーを確認した途端、視界が真っ暗になった。
チュンチュンチュンチュン
「う……う~ん………」
目が覚めると、見覚えのある天井が見えた。堂島家にある自室の部屋の天井だ。身体を起こしてみると、少しだるさと疲れを感じる。久しぶりの稲羽とあってはしゃぎ過ぎたかと悠はやれやれと額に手を当てた。
それに、先ほどのベルベットルームのマリーとのやり取り以外に何かとんでもない夢を見た気がする。うろ覚えだが、見たこともない映画館に連れ込まれて、誰かに超電磁砲のような最大出力の電撃を喰らったかのような。そして隣では誰かがホラー映画並みの恐怖を味わっていたような……
(……これ以上考えるのはやめよう。更に恐ろしいことを思い出すかもしれない)
「「お兄ちゃ~ん!ごはん出来たよ~!!」」
考えないようにと額に頭を当てて唸っていると、下から2つの可愛らしい声が聞こえてくる。愛しの従妹であることりと菜々子の声だ。
「分かった、今行く」
ドアに向かってそう言うと、悠は重たい足取りで寝間着からいつも私服に着替えて自室を出た。
<堂島家 居間>
「「「いただきまーす」」」
堂島家の居間で、先に起きていたことりと菜々子、そして雛乃と一緒に朝食を取る。この稲羽に帰ってから、このような光景が日常となりつつあった。朝起きて菜々子とことり、雛乃に囲まれて朝食。もう出勤していていないが非番の時は堂島も一緒だ。
見ての通り、この堂島家には悠の他にことりと雛乃も滞在している。GWのように天城屋に滞在しても良かったのだが、雛乃が堂島に別に親戚だから問題ないしこっちの方が菜々子ちゃんも喜ぶのではないかなどの完璧な理論武装で看破したらしい。
ちなみに、穂乃果たちは天城屋旅館で寝泊まりしている。旅館のお手伝いをするという条件で長期間で格安で滞在しているようだ。旅館の仕事は色々あるらしく、メンバーの数人がキツイと早々に弱音を吐いていたが、これも社会勉強だと絵里に諭されながらも励んでいるらしい。
「あら悠くん、どうしたの?顔色が悪いわよ」
「ええ…ちょっと悪い夢を見てしまって」
「悪い夢?」
「何か…映画館に連れ去られて酷い目にあったような……」
「「「???」」」
何の脈録のない言葉を並べる悠に3人は頭にハテナマークを浮かべた。意味が分からないが、それほど怖い夢を見たのだろうか。
「そ、それはともかく、この魚、美味しいですね」
「そりゃそうよ。だって悠くんが昨日釣って来てくれた魚だもの」
今日見た夢のことを話すのは何故かマズイと直感した悠は食卓に並べてある魚の塩焼きで話題を逸らすことにした。
先日、皆がちょうど稲羽に馴染んでいる間に久しぶりに釣りをしようと思い立って、鮫川で釣りをしに行ったのだ。餌もその前の日に辰姫神社で取ってきてあったし、押し入れに去年時価ネットたなかで買った爆釣セットも置いてあったので装備に問題はなかった。
「…それにしても、あの川でたくさん釣れるとは思わなかったな」
「昨日のお兄ちゃん凄かったね、ことりお姉ちゃん」
「そうだね。なんたって面白いように釣れるから、ことりも興奮しちゃった」
今回は慣らし程度で済ませようとした予定だったのだが、ことりと菜々子が見守っていたこともあって張り切りすぎてしまった。それでにて、昨日の成果は紅金が5匹と源氏鮎が4匹、稲羽マスが4匹とオオミズウオが2匹という慣らしとしては上々といったものだった。
流石に全部は持って帰れないので、帰宅途中に会った陽介と完二、雪子たちにおすそ分けした。だが、雪子があの魚たちを料理の試作に使ってみると言いだしたときは、しまったと思った。自分が釣った魚たちが物体Xの材料に使われるとなると不憫に思ってしまったからだ。出来ればちゃんと天城屋の板長さんにきちんと使われたことを祈ろう。
「でも、悠くんも釣りが趣味なのね」
「えっ?"も"ってことは……」
「そうよ。兄さんも釣りが趣味だったの。よく釣る度にフィッシュって叫んでたから恥ずかしかったわ。そんなんだから、よく近くのお兄さんに煙たがれたし」
「はあ……」
「それそうと、今日は陽介くんたちと河川敷で集合なんでしょ」
「はい、今日は練習ですから」
「頑張ってね!お兄ちゃん!ことりお姉ちゃん!」
「ありがとう、菜々子ちゃん」
何だか家族の団らんみたいで少し楽しい気分になってくる。自分は両親が共働きで常に忙しく、こういう時間を共有したことがあまりなかったので、こういう稲羽での空間はいつも新鮮に感じた。普通の家族はこういうものなのだろうかと悠は密かに思って、ご飯をかき込んだ。
<鮫川 河川敷>
「それじゃあ、一旦休憩しましょう」
「「「「はーい」」」」
鮫川に河川敷。今日はμ‘sの練習日だ。夏休みの間も練習を怠ってはいけないとの絵里の提案で定期的にこうしてステップや基礎錬などして練習していた。今はちょうど休憩時間で木陰などに入って身体を休めている。
「はあ…疲れた~絵里ちゃん、こっちでも容赦なしだよ~」
「まさか…稲羽に来てまで練習するとは思わなかったわ」
世間は夏休みの真っ只中。稲羽でダラダラしたかった穂乃果たちは来てまで練習するとは思わず、早速そんな愚痴をこぼしていた。いつチャンスが自分たちに訪れるか分からないからという理由でやっていることだが、こんな炎天下の中ではたまったものではない。
「はい、冷たい麦茶だよ。ねっちゅうしょうには気を付けてね」
「あ、ありがとう!菜々子ちゃん」
「菜々子ちゃん、良い子だ……」
そんな愚痴をこぼしていると、手伝いに来てくれた菜々子が麦茶を運んできてくれた。悠たちが練習すると聞いてお手伝いしたいと言ってきたそうで、小学生とは思えない気配りに思わず感動してしまった。
「ねえ絢瀬センパイ、さっきのステップなんだけど、どうだった?」
「う~ん……悪くもないけど、よくもないといった感じね。それと、私のことは絵里で良いわよ」
「うん!絵里センパイ!」
ちなみに、この練習にはりせも参加している。
本人曰く今のままでは復帰するには全然足りない、何か掴めるかもしれないから自分もμ‘sの練習に参加させてくれと穂乃果たちに直談判したのだ。これには穂乃果たちも面を喰らったが、こちらも現役のアイドルと一緒に練習できるのは光栄だから大丈夫とのことでOKした。
最初のうちは皆ぎこちない感じで、昔からのファンである花陽やにこに至ってはもうガチガチになるくらい固まっていたが、時間が経つにつれて、りせもメンバーの一員であるかのように馴染んでいた。
「りせのやつも気合入ってんな」
「あいつも凄いっすよねえ……あいつらの練習に交じって絢瀬先輩のシゴキに真面目に食らいついて……」
「ああ……あの真摯な姿勢が本当のアイドルなんだなって改めて痛感させられるよ」
「てか、何で俺らもちゃっかし練習に参加してるんだよ…」
そう、何故かりせだけでなく陽介たちも穂乃果たちの練習に参加させられていた。りせも参加するのだから、陽介たちもやってみないかと絵里に誘われたのだ。軽はずみで承諾した陽介たちだったが、絵里の容赦ない指導で地獄を見た。
「はあ…はあ………私、普段千枝みたいに運動してないから…バテちゃったかな」
「あはは…絵里ちゃんのレッスン初めて受けたら大抵こうなるよ」
へたり込む雪子を見て苦笑いしながら穂乃果はそう言った。絵里は相手が誰だろうが手抜きは一切しないので、こうなるのは必然だった。
「く、クマも…しんどくなったクマ~」
「てっ、お前は何で着ぐるみのまま練習してんだよ!」
そして、陽介の言う通り、クマも参加していたのだが、何故かいつもの美少年ではなく着ぐるみで参加していた。
「だってぇ~こっちの方がプリティーだから、お客さんウケすると思って~」
「ウケねえよ!そんなん動きづらいだけだろっ!てか、俺ら以外見ている人いねえからっ!」
「まあまあ陽介くん、クマさんもこれがいいって言ってるからええやない。それに踊れる着ぐるみっていうものありやと思うで。ジュネスの宣伝に貢献できるかもしれへんよ」
「あっ、確かに。その発想はなかったな……でも、踊れる着ぐるみってもうどっかにいたような……」
希の言葉にそう思案顔になる陽介。何事も商売のことを考えてしまうあたり、陽介も刑事の堂島同様に職業病である。
「それにしても、陽介くんも中々だけど完二くんはとても良いセンスを持ってるわ。背も高いし手足も長いからダイナミックなダンスとか出来そう。穂乃果たちとは別の意味で教え甲斐があるわ」
りせとの講評を終えた絵里が会話に割って入ってきた。りせのみならず、新たな教え甲斐のある生徒を見つけた故か、絵里の表情が生き生きとしていた。完二は意外なところで絵里に褒められたので、とても嬉しそうに興奮した。
「そ、そうっすか!じゃあ絢瀬先輩、次からもビシバシお願いしますっ!」
「うわあ~、お前がビシバシとか言うとアッチの話にしか聞こえねぇ………」
「だから違うって言ってんだろっ!!何べん言やあ分かるんすかアンタは!!」
「あ、あっち?……」
特捜隊メンバーにしか分からないネタを出されて困惑する絵里だが知らない方がいいだろう。
そんなこんなで休憩時間は終わり、再び特捜隊&μ‘sたちは練習に励んだのであった。
「「「「「ごちそうさまでしたー!」」」」」
「「お粗末様でした」」
練習が終わって昼食の時間になった頃、皆は悠が用意していたご飯を頂いていた。
今日の献立は【おにぎりサンド】。握るのではなくサンドイッチのようにご飯同士を具材と挟んで作ったものだ。具材として余ったいた魚の白身フライやスパム玉子、梅干しなどの色んな種類がある。
河川敷で練習するので何か手軽に食べられるものはないかと愛読している料理漫画を引っ張り出したところ、これにしようと出発する前に作ったのだ。結果は見ての通り大絶賛で、陽介たちは満悦な笑みを浮かべていた。
「はあ~やっぱり悠さんの料理は美味しいですね」
「菜々子とことりと一緒に作ったからな」
「そうなんだ。菜々子ちゃんもことりちゃんもやるじゃん」
「「えへへへ」」
皆が喜ぶ様子を見て、一緒に作ったことりも菜々子も嬉しそうだった。
「いや~、やっぱり悠たちの料理にハズレはないぜ。誰かさんたちみたいなものとは全然」
「「「(ジイィ~)」」」
「いっ!」
陽介の言葉に雪子・千枝・りせが陽介にジト目を向ける。そんな特捜隊女性陣のきつい視線に陽介はあたふたとしてしまった。
「と、ところでさ!今度みんなで海に行こうって話だけど、水着の準備は大丈夫か?」
「水着ねえ…」
「水着かぁ……」
水着と聞いて、顔をしかめる女性陣。先日ジュネスで集まった時に海水浴は数日後辺りに行こうということが決まったのだが、その話題になると何故か女性陣は浮かない顔になる。
「う~ん、どうしよう。やっぱり悠センパイを悩殺できるやつがいいから、フリルがたっぷりなのとかギンガムチェックとか良いのかな~」
「りせちゃん……」
りせはりせで違うベクトルで暴走している。あのマリーの電波告白を受けて、このままでは負けてしまうと思ったのか、言動までもが積極的になっている。これが今後のアイドル活動に支障が出なければいいのだが、些か不安になってきた。それよりも
「ウチ、合宿で着たやつが窮屈になっとったから、新調した方がええかもしれんな」
希が自分の身体に手を当ててそう言うと、他の者から視線が一気に集中した。そう、これが原因なのだ。何とは言わないが、身体の一部の大きさの戦闘力が桁違いなので、比較されると辛い。すると、
ーカッ!ー
(イエスっ!)
希の言葉を聞いた陽介の心の中で閃きが走った。
「なあなあ希ちゃん!後でジュネスで水着見てみねえ?今、ちょうど新作のやつ出てるとこなんだよ。もちろん、悠も一緒に」
「え?俺?」
「いや、希ちゃんだって、俺なんかより悠に選んでもらった方が嬉しいだろ?そこは、幼馴染水入らずでさ」
陽介のみならず、他の特捜隊メンバーも悠と希が実は小学校からの幼馴染であることは知っている。正直そのことを知った時は羨ましすぎて爆発しろと思ったものだが、そんなことは今はどうでもいい。
「うふふ、陽介くん分かってるやん♪。悠くん、練習終わったら一緒に水着買いに行こう」
「えっ?……ああ、俺で良ければ構わないが」
「ま、待った!ことりもちょうど水着新調したいって思ってたから一緒に行く!!」
「えっ?」
希が悠と一緒に水着を選びに行くと言った途端、自分もとことりが名乗りを上げた。
「ああっ!ことりちゃん、ず~るい!悠センパイが選んでくれるなら私も行く!」
「わ、私も!!」
「えっ?えっ?」
そして、連鎖していくように次々と悠と一緒に水着を選びに行くよいう者が続出した。これに悠は困惑するのだが、反対に陽介はしめしめと言うような笑みを浮かべていた。
(よしっ!狙い通り。これで希ちゃん以外も水着を買ってくれて、売り上げアップ!おまけに希ちゃんたちの可愛い水着姿も見れて、一石二鳥!へへっ、我ながら良い作戦だぜ)
相変わらず下心満載の思惑だったので本人は気付いていないがもろに表情が出ている。そんな陽介の様子を察したメンバーは冷たい目で見ていた。
「先輩……こういうことにマジ過ぎっしょ」
「陽介くん……」
「陽介さん……」
「花村……」
そんな感じで賑やかなお昼は過ぎていった。
「あっ!菜々子、そろそろ時間だ」
しばらく雑談していたところ、菜々子が時計を見てそんなことを言った。時刻はちょうどお昼時を過ぎたころだった。
「ん?ピアノの時間か?」
「ううん、これからミワちゃんとチヨちゃんと一緒にタケヨシくんのおうちに行く」
「なっ!?」
「だ、男子の家に!?」
菜々子からの衝撃発言。これに陽介や穂乃果たちはもちろんだが、一番驚いていたのはその家族である悠とことりだった。
「そうなのか!?菜々子!!」
「そ、そうなの!?菜々子ちゃん!!」
「うん。これからみんなと夏休みの自由研究を一緒にやるの」
菜々子から理由を聞いた悠とことりはそんなことだったかと安堵した。夏休みの宿題の定番である自由研究のテーマというものは中々一人では思いつかない。どうやら菜々子もそのテーマを何にするのか友達と相談する予定だったらしい。小学生なら夏休みによくあることなので、何も問題はない。
「そうか。良かったな、ことり」
「本当だね。もしそのタケヨシって子が菜々子ちゃんに手を出そうとしたら、ことりのおやつにしてたところだよ♡」
「怖えよ!お前らのありあまる家族愛が怖えよ!」
「あははは……シスコンとブラコンが合わさると怖い……」
悠とことりのシスコンぶりに周りはドン引きした。まさか2人合わさるとこんな風になるとは思わなかった。これには流石のクマも思わずオヨヨと転げそうになってしまった。
「なら、俺たちが近くまで送っていこう。最近は昼間でも変な人がウロウロしてるからな」
「そうだね!何が起こるか分からないから、ことりたちがちゃんと送らないと」
「過保護かっ!!」
自分たちのシスコンぶりにドン引きしている周りの気を知らず、そんなことを言いだした2人。これには陽介もそんなツッコミを入れてしまうが、菜々子はむしろ大喜びしていた。
「やったー!お兄ちゃん・ことりお姉ちゃん、一緒に行こう」
「ええ……」
そうして、悠とことりは菜々子を友達の家へと送りに行ってしまった。相変わらず本当の家族みたいな仲の良さだが、どうかあの2人がタケヨシという男子に会って何かしでかさないかと陽介たちは心から願った。
「あっ!そう言えば」
悠たちが去った後、何か思い出したのか雪子は背後をチラっと見てながらそんなことを言いだした。
「雪子さん、どうしたんですか?」
その様子が気になったのか、海未は思わず雪子にそう尋ねると、雪子は背後から大きなバスケットを取り出した。
「実はね、穂乃果ちゃんたちにって思って、クッキーを作ったの。ちょうど食後だし自信作だから食べてみて」
「「!?っ」」
雪子からクッキーという単語を聞いて陽介たちは顔が青ざめた。何故かは知っている皆さまはもうご察しだろう。そう、去年陽介たちに多々なる苦しみを与えた物体Xだ。
「えっ?クッキー!やった!」
「雪子さんのクッキー!美味しそうですね!」
「これは期待が持てそうね」
「当然にゃ!だって雪子さんは天城屋の次期女将なんだよ。美味しいに決まってるにゃ」
しかし、雪子からクッキーという単語を聞いて、キラキラと目を輝かせて期待に満ちた表情になる穂乃果たち。何も知らない彼女たちは呑気にそんなことを言っているがそれは大間違いだ。何も知らない穂乃果たちには変哲もないバスケットに見えるだろうが、陽介たちにはそれが開けてはいけないパンドラの箱にしか見えない。
「お、おい!天城!!マジで作っちまったのか!?あの生物兵器を」
「ちょっと花村、そんな言い方はないんじゃない。一応あたしも一緒だったから問題ないって」
「余計問題だわっ!!」
ここでまさかの千枝も参加していたという事実発覚。これに対して、陽介たち特捜男子陣は更に青ざめる。雪子だけでも手に負えないというのに、千枝まで加わってしまってはその被害は計り知れたものではない。
「おいおい、どうすんだよ!あいつら、穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちにまでトラウマを植え付ける気か!?」
「ど、どうしようヨースケ~……このままじゃ、ホノちゃんたちにバッドな思い出を与えてしまうクマ~」
「まあ、安心しろ。いざとなった完二が全部食べるから」
「ちょっ!何さらっと俺を犠牲にしようとしてんすか!?アンタが犠牲になれば良いだろうが!」
「うっせー!俺だって死にたくないんだよ!!」
穂乃果たちに聞こえないようにとひそひそと会話している特捜隊男子メンバー。そんな陽介たちの切羽詰まった表情に穂乃果たちはポカンとしていたが、以前悠に料理指導をしてもらった真姫はあることを思い出した。
「ああ……そう言えば悠さんが前に雪子さんたちに料理の相談をしちゃだめって言ってたわ。それって、今陽介さんたちが恐れるほど、雪子さんたちの料理が壊滅的ってことじゃ…」
「(ギクッ!)ま、真姫ちゃん!そんなことないよ!!去年はまだ知識がない状態だったから失敗しただけで、今回は大丈夫だから!!」
「そ、そうだよ!今回は大丈夫だって!!」
真姫の指摘に慌ててそう弁明する雪子と千枝。それを見た特捜隊男子陣の心の不安が倍増する。レシピを見たと断言していないところを見るに、これは絶対何かやらかしているに違いない。
「大丈夫の根拠が一つも見当たらねえよ……お前ら、ちゃんとレシピを」
「う、うっさいなぁ!!つべこべ言わずに、食べてみろっての!!」
「うごっ!!」
未だに心配そうにグチグチいう陽介に腹が立ったのか、千枝はそう言ってバスケットからクッキーを一枚取り出して陽介の口に無理やりねじ込んだ。唐突だったので吐き出すことは出来ずに、そのまま呑み込んでしまった。物体Xを口に含んでしまったことに陽介は顔面蒼白になる。果たして……
「…………………………………………………
「「えっ!?」」
陽介の反応が信じられないのか、完二とクマは驚愕した。あの雪子と千枝が作ったものが普通?全く信じられなかった2人は必殺料理人たちからクッキーを受け取ってマジマジと観察した。
形はいびつだが、見た目は普通のクッキーだ。では味はどうかと思い、毒見するかのような心境で恐る恐る口に入れた。
「あ、普通だ」
「普通クマ」
口に含んで味わってみると、確かに普通だった。去年みたいに普通に不味かったり不毛な味などしない。いたって普通のクッキーだった。
「ちょっ、普通ってなに!?どういうことよ!?」
「千枝、陽介くんたちは普通に美味しいって言いたいんじゃないかな?男の子って結構シャイだし」
「あっ、そういうことか。なんだ~、そういうことなら素直に言いなよ」
陽介たちの様子を見た雪子と千枝はどうだと言わんばかりにドヤ顔になった。その表情を見てクッキーくらいでと少々腹が立ったが彼女たちも多少料理の腕を上げたのは認めざる負えないようだ。
「ま、まあ…少し味に違和感あるけど、食えねえことないな。本当に普通だ」
「普通っすね」
「普通クマ」
「しつこいな!素直に美味しいって言えばいいじゃん!!」
本人たちは会心の出来だと思っているのか、陽介たちの反応が気に食わないようだが、何はともあれ、このクッキーは問題ないということは判明した。これなら穂乃果たちが食べても惨劇になることはないだろう。
「じゃあ、はい。穂乃果ちゃんたちもどうぞ」
「わ~い!クッキーだ!美味しそう」
「うんうん!ずっと待ちきれなかったもん!」
雪子は陽介たちからそんな講評をもらったと同時に穂乃果たちにもクッキーを手渡した。よほど待ちきれなかったのか、穂乃果や凛は貰ってすぐに口の中に入れている。
「全く、陽介さんたちも失礼ですよ。確かに形は歪ですが、こんなにも美味しそうなのに」
「ウチも流石に失礼やと思うよ」
「そうよ。そんなんだからモテないのよ」
海未たちにそう文句を言われる陽介たちだったが、去年のトラウマはそう消えそうにないので仕方なかった。これは安全に関わることなのだから。
「いや……矢澤たちはあいつらの今までの所業を知らないからそんなことが言えんだよ……あと一言余計だわ」
「クマー!クマはヨースケやカンジと違ってちゃんとプリティちゃんたちにモテてるクマよ!」
「嘘つけ。お前がモテてんのは買い物に来るおばちゃんたちだろうが」
「シドイ……」
「「「あははははははははははっ!!」」」
さっきのシリアスな雰囲気が嘘のように盛り上がる一同。こうして皆は雪子たちのクッキーを食べながら穏やかな時間を過ごしたのだった。
「あれ?……何かお腹が…………」
だが、悪夢は遅れてやってきた。
「あれ?陽介からメールだ」
「あっ、穂乃果ちゃんからメールが来てる」
菜々子を友達の家まで送って河川敷に戻ろうとした時、メールが届いていた。どうしたのだろうと思い、2人はメールの内容を確認した。
"たすけて"
「「えっ?」」
<鮫川 河川敷>
「な…なんでクッキー食っただけで」
「く…くそう……なんで……」
「ううう……お腹が…痛い………」
「何で…クッキーでこんなことが………」
謎のメールを受けて急いで皆がいる河川敷に戻ると、練習場所の近くのお手洗いから陽介と完二の悲痛な声が聞こえていた。しかし、それだけではない。河原では腹を抱えて蹲っている穂乃果たち女性陣の姿もあった。その中には雪子や千枝、りせも含まれている。あまりに不可解な事態に悠とことりは混乱してしまった。
「な、鳴上先輩…………」
すると、近くから悠を呼ぶ声が聞こえた。見てみると、そこには同じ被害を受けたのか腹を抱えている直斗の姿があった。
「な、直斗!これは一体…」
「………天城先輩たちが作ったクッキーを食べたらこんなことに」
直斗が指さした方を見ると、そこには一つのバスケットが置かれていた。急いで中身を確認してみるとそこには複数のクッキーがあった。一見ただのクッキーに見えたが、悠とことりの第六感は危険だと告げていた。周りの穂乃果たちの反応を鏡見るに、その威力は尋常ではない。
「………とうとう天城たちもポイズンクッキングの域まで行ってしまったのか……」
作った本人たちまでも腹を抱えているところから察するにまた味見しなかったのだろう。後でどうやって作ったのかを問いただす必要があるが、今はそれどころではない。
「や、やべえ!もう紙がねえ!!」
「えええっ!は、花村先輩!何やってんすか!!」
「俺のせいじゃねえよ!元からなかったんだよ!」
「クマ……もうここで漏らしちゃいそう……」
「うわ!バカ!!しっかりしろ!クマ―――――――!」
「ぎゃああっ!こっちも紙がなくなった――――!!完二!アンタ紙持ってきなさい!」
「む、無理っすよ!こっからこの調子でジュネスに行けねえって!!」
お手洗いから再び陽介たちの悲痛な声、河原では腹を抱えて倒れる女子高生たち。もはやカオスと称するのが相応しい状況だった。もうこれでは今日の練習は続行できないだろう。
「お兄ちゃん、ことりたちは菜々子ちゃんを送りに行って良かったね」
「そうだな」
「「「誰かああああっ!!紙を下さああああああいっ!!」」」
こうして、またも必殺料理人たちは更なるトラウマをメンバーたちに植え付けたのであった。
<稲羽商店街 マル久豆腐店 りせの自室>
「はあ~…ひどい目にあった~……雪子センパイたちの必殺料理っぷりはまだ治ってなかったなんて……私も人のこと言えないけど……」
日が暮れて辺りが真っ暗になった商店街の一角にあるりせの祖母が切り盛りしている豆腐店"マル久"。りせは今日の出来事を振り返りながら自室の布団に転がって天井を仰いでいた。
今日は色々と散々な目にあった。その証拠に未だにお腹の調子が悪い。だが、それ以上に自分に今足りないところを見つけれたことが大きな収穫だった。あの絵里の指導は的確で、そんな彼女の指導をいつも受けている穂乃果たちが正直羨ましいと心から思った。もちろん毎日悠と一緒にいるということも含めてだが…。
思わず憂鬱な気分に浸っていると、机に置きっぱなしにしていた携帯の着メロが鳴り響いた。こんな時間に誰だろうと思い、りせは電話を手に取った。
『もしもし、りせちゃん今いいかな?』
「井上さん?どうしたの、こんな時間に」
誰かと思えばマネージャーの井上だった。一体何の用だろうか。稲羽で休むと事務所には事前に言ってあるし、何も問題は起こしていないはずだ。
『はは、そう身構えなくていいよ。りせちゃんが稲羽で休みを取ってるのは事務所の耳に入ってるし、ここ最近りせちゃんも根詰めてたから、それくらいいいだろうってさ』
「そ、そうなんだ……」
どうやらこちらが考えていたことはお見通しらしい。もう何年もの付き合いになるが、相変わらず優しくも抜け目がない人だなとりせは思った。りせが呆然としていると、井上はゆっくりと話を進めた。
『話っていうのは、りせちゃんがこの間社長に頼んだ例の件のことを報告しようって思って』
「えっ?」
『さっき社長から連絡があってね。りせちゃんの提案を受け入れるって正式にOKが出たんだ』
井上からそんな言葉を聞いたと同時に、りせの時が一瞬フリーズした。
「えっ…………嘘!マジでっ!?」
耳に飛び込んできた朗報にりせは思わず素っ頓狂を上げてしまった。そんなりせの反応は予想通りだったのか、電話の向こうにいる井上は落ち着いた様子だった。
『社長も最初は訝し気だったよ。でも、音ノ木坂のオープンキャンパスと学園祭のライブ映像を見せたのが効いたらしいね。社長も彼らには逸材な何かを感じたって言ってたんだ』
「……」
『だから、こうなったら早く彼らに話をした方がいいだろうし、僕も明後日くらいには暇があるから、その時に稲羽に説明にしに行こうかと思ってるんだけど、良いかな?』
「………………」
『り、りせちゃん?どうしたんだい?』
「えっ?………う、ううん!大丈夫!でも、その時ってセンパイたちと海水浴に行く予定になってるから、その次の日くらいにしてもらえないかな?」
『……ああ、いいよ。りせちゃんも鳴上くんたちと遊びたいだろうしね。そこはりせちゃんも意思を尊重するよ。でも、少しでいいから彼らにこのことを伝えてもらえると助かるかな』
「……うん、分かった。ありがとう、井上さん」
『どういたしまして。じゃあ、鳴上くんたちとの休暇を楽しんでおいで』
井上との通話を切ると、りせは一息ついて布団に転がり込んだ。
まだ実感が沸かない。りせが芸能界に復帰するにあたってどうしてもやりたいことで正直通してももらえないと思っていたが、ダメもとで社長に頼んだあの件がまさかのOKが出た。それはとても嬉しくて今すぐにでも舞い上がって喜びたいくらいだ。だが、
「………………………………」
そんな嬉しいことを何故か迷っている自分がいる。大方の理由は分かっているのだが、それを解消させる術が見つからない。そんなときはあの人物に相談しよう。明日はちょうど何も予定がないし、ちょうどいいかもしれない。りせはそう思い立つと、再び携帯を手に取ってあるところに電話を掛けた。すると、僅か数コールで相手は電話に出てくれた。
『もしもし』
電話から聞こえてくる落ち着いた優しい声。数時間前までずっと一緒だったのに、声が聞けてときめいている自分がいるのをりせは感じた。りせは心を落ち着けさせながら、用件を簡潔に伝えた。
「ねえセンパイ、明日ちょっと付き合ってくれない?」
ーto be continuded
Next #64「Stealth date.」