PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

とうとう今回からずっと書きたかった稲羽の夏休み編がスタートです。今の季節は冬ですが、特捜隊&μ‘sの楽しい夏休みを楽しんでいただけたら幸いです。

そして、お気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


【Let`s summer vacation in Yasoinaba.】
#62「Start summer vacation in Yasoinaba.」


………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるといつものリムジンの車内を模した群青色の空間にいた。だが、いつものピアノとソプラノの音色が聞こえず、静寂がこの場を包んでいた。それに出迎えてくれる奇怪な老人とその従者たちの姿も見えない。どうしたのだろうと思うと、テーブルに数枚のメッセージカードが置かれていた。そのうち一枚を見てみると、こんなことが書かれてあった。

 

 

 

 

 

『休暇中』

 

 

 

 

 

(…………………次を見てみよう)

 

 

 

 

 

『ついに女神の加護を全て揃えたようですね。おめでとうございます。これを機に彼の地でのバカンスを思いっきり楽しんで下さい。M』

 

 

 

 

 

 

(……………………)

 

 

 

 

 

 

 どうもベルベットルームの住人も皆、バカンスの真っ只中のようだ。では、何故自分はここに来てしまったのだろう。それが不思議でしょうがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<八十稲羽駅>

 

 

 

 

『次は~八十稲羽~八十稲羽~…終点です』

 

 

 

 

 山梨県のとあるところにある稲羽市。その玄関口である八十稲羽駅に一台の電車が到着した。停車した電車のドアが開き、大きな黒いボストンバッグを肩にかけた青年が駅に降り立つ。その青年の名は【鳴上悠】。去年の親の都合で一年を過ごし、この地で起こった奇妙な連続殺人事件を解決に導いた自称特別捜査隊のリーダーである。今住んでいる都会とは違うこの自然豊かな閑散とした雰囲気に彼は懐かしさを感じていた。

 

 

「やっと着いた」

 

 

 学校が夏休みに入って学園祭事件の後始末などを終えた悠は前から決めていた稲羽での夏休みを過ごすため、再びこの地を訪れたのだ。以前から夏休みにここに戻ることは決めていたし、GWで陽介と穂乃果たちと一緒に過ごすことを約束していた。それがようやく訪れたのだから悠はワクワクと心が躍っていた。

 しかし、同じくここで夏休みを過ごそうと意気込んでいた穂乃果たちは一緒ではなかった。

 

 

「まさか、叔母さんたちより出発が遅れるなんてな………」

 

 

 何故このようになったのか。それは昨日のこと。

 

 出発する直前、改札前で悠のファンだという女子中学生たちに捕まって写真撮影をせがまれてしまった。当然女子の頼みを断れない悠は背後から誰かさんたちの鋭い視線に冷や汗を掻きながらもそれを承諾。しかし、気がつけば穂乃果たちと乗るはずの電車は出発してしまっていた。

 既に出発していた穂乃果たちとは乗り換えの駅で合流しようと、次の電車を待っていたところ、腰を痛めて倒れていた文吉爺さんを駅内で発見して辰巳ポートアイランドまで送ろうとしたら、迷子で泣いている男の子を発見。その上、陣痛が始まりそうで倒れている妊婦さんとも遭遇してしまったので、救急車を呼んだり男の子の親を探したり、文吉爺さんを辰巳ポートアイランドまで送ったりとして、気づけば夕方になっていた。そんなことがあったため、穂乃果たちより出発が一日遅れてしまったのである。

 

 一応そのことを先に稲羽に到着した穂乃果たちに連絡したところ、そんなことなら仕方ないと笑って許してくれたが、女子中学生たちの件は後で話があるとワントーン低い声で言われた時は思わず悪寒を感じた。

 

 

 

 昨日のことを回想しながら改札を出て辺りを見渡すと、相変わらずの稲羽の景色が広がっていた。一応稲羽に着いたと仲間たちに連絡しようとするが、誰も繋がらない。とりあえず、荷物を置きに去年もお世話になった堂島家に向かおうと悠は歩みを進めた。

 すると、駅を離れた悠と入れ替わるように何かの箱を抱えた男性が駅前に現れた。その男性はふと見た悠の横顔をチラッと見てぎょっとした。

 

「あ、あの子は………」

 

 その男……【生田目(なまため)太郎(たろう)】は何か言いたかったことがあるのか悠を呼び止めようとしたが、心のどこかでストップがかかったように声を掛けるのを止めて、ただその背中を呆然と見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 久しぶりに帰ってきた堂島家だが、玄関には鍵が掛かっていた。どうやら留守のようだ。しかし、今日ここに自分が来ることは伝えてあるはずなのにどういうことだろう。一応堂島に連絡しようと悠は携帯に堂島の番号をプッシュした。

 

『……もしもし』

 

 そして、電話を掛けてから数コールで堂島が出てきた。

 

「叔父さんですか?俺です」

 

『んん?……ああ、悠か。そう言えば、今日帰ってくるんだったな』

 

「はい。ところで、叔父さんはどこに?」

 

『あ…ああ……今ちょっと野暮用でな……悪いが、誰か友達に連絡して上手くやってくれ』

 

「えっ?」

 

 堂島はそう言うと、すぐに電話を切ってしまった。どうやら何か忙しい時にかけてしまったみたいだが、それにしては不自然な気がする。その後に陽介たちの番号にも掛けてみたのだが、誰一人繋がらなかった。一体どういうことだろう。まさか、また誰かが事件に巻き込まれたのだろうか。

 

(……考え過ぎか)

 

 とりあえず、皆がいそうなジュネスに行ってみようと悠は重いボストンバッグをしょって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ジュネス稲羽支店 フードコート>

 

 自分たちの溜まり場だったジュネスのフードコートに着いた。夏休みシーズンのある故か、お客がいつもより多く賑やかさを増していた。先ほど通った商店街も以前より活気が出ていた様子だったが、ここも賑やかさや活気は負けていなかった。

 それはともかく、特捜隊メンバーはおろか先に到着しているはずの穂乃果たちの姿も見当たらなかった。ここでバイトしているはずの陽介とクマならいるのではないかと思ったが、従業員に聞き込みをしたところ、今日は2人ともシフトは入っていないので、ここには来ていないとのことだった。

 

(…何か事件でも起こったのか)

 

 最近事件に巻き込まれることが多くなった悠はそう考えてしまった。もしや、P-1Grand Prixの時のように自分に知らせる前に巻き込まれたではなかろうか。考えれば考えるほど最悪の状況が頭に浮かんでしまう。思わず頭を抱えそうになったその時、

 

 

ガサガサっ!

 

「お、おいおい。あいつ大丈夫か?」

「もう行った方が良いクマ?」

「いや待て。もう少し接近して」

 

 

 近くの茂みからそんな怪しげな声が聞こえてきた。もしやと思いつつ、悠は声がする茂みに目を向けた。やはりそこから人の気配がする。まさかと思った悠はその方を向き、

 

ーカッ!ー

「そこだっ!!」

 

「「うぎゃあああああああああっ!!」」

 

 以前の佐々木竜次にした時と同じく大声で茂みに向かって指を突きつけると、悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった者たちの姿が露わになった。その正体は……

 

 

「あれ?陽介とクマ?」

 

 

 その正体は探していた陽介とクマだった。シフトに入っていないはずなのに何故ここにいるのだろうか。すると、近くの物陰から一斉に人が現れてこちらに向かってきた。それは…

 

 

「ちょっとちょっと、何やってんの!?打ち合わせと全然違うじゃん!それに何でそっちがやられてんのさ!?」

 

「ううう………まさか指付けられて仰け反ってしまうとは思わなくてな……面目ない」

 

「メンボクマ……」

 

「そう上手く行くとは思ってませんでしたけどね……花村先輩ですから」

 

「そうだね、花村くんだからね」

 

「花村先輩っすからね」

 

「俺だから失敗したみたいに言うんじゃねえよ!!」

 

 

 いつも通りの特捜隊のやり取りが展開されていた。続々と現れた特捜隊メンバーに悠は驚いて唖然としてしまったが、同時に皆の姿を確認して事件に巻き込まれたわけではなかったとホッとしている自分がいる。どうやらさっきまで考えていた事件云々ということではなかったようだ。

 

「あれ?そう言えば、りせちゃんは?さっきまで近くにいたのに」

 

「えっ?」

 

「そう言えば」

 

 今になって気が付いたが、特捜隊メンバーのうち、前回の事件で活躍したりせがその場にいなかった。どこに行ったのかと辺りをキョロキョロしていると、

 

 

「せんぱ~い♡とうっ!」

 

「うおっ!」

 

 

 刹那、この瞬間を待っていたと言わんばかりに背後から誰かが抱き着いてきた。その誰かというのは言うまでもなく、りせだった。

 

「り、りせ……いつの間に……」

 

「うっふふ~♡バックアタック大成功!!センパイ、久しぶり~!元気してた?あたしのこと恋しかった?」

 

 甘えるようにすりすりと身体を密着させて質問するりせ。いないと思ったらまさかバックアタックをしに行こうと狙っていたとは。全く聞いてなかった展開に一同は唖然としていたが、当人は違った。

 

「ああ、恋しかった」

 

「ふぇっ!?」

 

 そう言って悠は怯んだ隙にりせの頭をポンポンと撫でると、りせの目を見てこう言った。

 

「俺もりせに会いたかったよ」

 

「はっ!…あわわわわわわわわわわわわわっ!!あひゅ~~~……」

 

 悠から甘い言葉という思わぬカウンターを喰らって、りせは顔が茹蛸のように赤くなったかと思うと、そのままバタンと気絶してしまった。バックアタックを決めたのにこのありさまとは。策士、策に溺れるとはこのことだろう。

 

「……鳴上くんもりせちゃんの扱い上手くなったね……」

 

「まあ、あっちでもことりとか希とかにこういうことされてるからな」

 

「あははは……苦労してるんだね」

 

「それ、聞きようによってはハーレム野郎の台詞みたいだけど……」

 

「そうかもな」

 

「自分で言うのかよ」

 

 陽介の絶妙なツッコミに周りは笑いに包まれた。まありせのことはさておき、これは一体どういうことだろう。まああらかたのことは察しているので説明はいらないのだが、陽介は一応説明しておこうと悠に申し訳なさそうに事情を話した。

 

「いや、お前と穂乃果ちゃんたちが来るって言うからサプライズしようって思ってさ。GWはほら……色々あって楽しいことあんましなかっただろ?」

 

「そうそう、それに誰も連絡つかなかったら少しは寂しがると思ってさ」

 

「最初は穂乃果ちゃんたちと一緒に驚かそうって思ったけど、まさか鳴上くんが人助けで遅れるとは想定外で……」

 

「結果はこのザマで、先輩に余計な心配かけちゃいましたけどね。とにかく先輩、お久しぶりです!」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 どうやら皆、自分にサプライズとしてドッキリを計画していたらしい。まあ結果はグダグダな上、逆にこちらがドッキリを与えてしまったので大失敗になった訳だが、自分のことを思って仕掛けてくれたのだと分かって、悠は嬉しくなった。

 

「それにしても、みんな変わったな」

 

 改めて陽介たちを見て悠はそう思った。夏休みということもあって私服であることもだが、髪型や雰囲気もGWで再会したとと比べて結構変わったところが見受けられた。

 陽介はまた一段と爽やかさが増し、千枝は服装といい髪型といい女性らしさが一段と浮き立っている。雪子は流石というべきか女将の風格が板につき始めた感が感じられ、直斗はコンプレックスだった自身が女性であることを乗り越えた故か、女性服を着こなしていてどこぞの麗人かと連想してしまうほど美しくなっていた。クマは相変わらずの爽やか美少年のままだったが…。

 

「どうどう?センパイ!私って、かな~り変わったって思わない?」

 

「復活はやっ!?」

 

「見違えた?ハートに刺さっちゃった?」

 

 気絶から早くも復活したりせはグイグイと近づいて悠にそう尋ねてきた。変装の技術を上げたせいかは分からないが、りせもりせで変わっている。しかし、さっきのバックアタックといい、以前よりヤケに積極的になっていないだろうか。その様子をジト目で見ていた千枝はボソッとツッコミを入れた。

 

「いや、見違えるどころか、この間のライブで思いっきり別人になってたじゃん。穂乃果ちゃんたちに嘘ついて鳴上性名乗ってたし」

 

「ぐっ………い、いいじゃん!!あれくらいしないとことりちゃんたちとのハンデ埋められないだもん!」

 

「何のハンデですか……」

 

 千枝のツッコミに狼狽しながらもそう言い訳するりせ。それを見た直斗はいつか現役復帰して早々、ドームでのライブで衝撃発言をするのではないかと心配になってしまった。

 

「いやあ、外見変わったって言ったら、ナンバーワンはこいつだろ」

 

 陽介の言葉に一同は一斉にある人物に視線を向ける。それは……

 

 

「っ!だ――――っ!なんなんすかっ!失礼っしょっ!!いい加減!!」

 

 

 言うまでもなく完二だ。特徴だった銀髪とオールバックの髪型ではなく、黒髪に七三分けとなっている。その上、メガネも掛けているので、率直に言うとヒロアカの飯田くんにように見える。他のメンバーとは一段違う、不良が突然更生したみたいなビフォーアフターぶりに流石の悠も思わず唖然としてしまった。

 

「まあ……みんな少しは変わりましたね。いつまでも同じ場所で足踏みという訳にはいきませんから」

 

「まあ、"あの時が一番楽しかった"って言いたくないからな。見守ってくれる奴さえいれば、俺らは変わって行けるんだ。穂乃果ちゃんたちみたいにな」

 

 陽介の言葉に皆は同意と言わんばかりに深く頷いた。だが、そんな雰囲気を台無しにするかもようにクマが茶々を入れる。

 

「ヨースケはいつまでもカッコマンのままね。クマは~変わったね。もうパワーアップしてヒグマになっちゃったね」

 

「ほう…そりゃいいな。なら、これからバンバン力仕事振っていくから、よろしく頼むな」

 

「ぐふっ…言わなきゃよかったクマ………」

 

 ジュネス凸凹コンビの漫才じみた会話に皆に再び笑いが生じた。やはりこういう特捜隊ならではのやり取りは心地よく感じる。外見は変われど皆相変わらずだ。そう思っていると、悠の携帯に着信が入った。見てみると、相手は堂島だった。

 

『おう…いや、その………ドッキリだかビックリっていうやつは終わったのか?』

 

「終わりました」

 

『そ、そうか………いやスマン、あいつらに協力を頼まれちまってな。さっきは居留守を決め込んでいた訳だ。見破る方は得意だが、自分が芝居ってなると俺もてんで素人だな』

 

「叔父さんはその方が良い気がしますけどね」

 

『ったく、言うじゃねえか。とりあえず早く家に帰ってこい。雛乃が料理を作って待ってるぞ』

 

「えっ?叔母さんがですか?」

 

『ああ…寿司でも取るからって言ったんだが、作りたいから作るんですって言い負かされてな……』

 

 どうやら早くも雛乃に頭が上がらないらしい。流石は我が叔母だと心の底から思った。しかし、堂島はさっき雛乃のことを名前呼びしなかっただろうか。

 

「そう言えば、ことりたちは?」

 

『ん?ああ、あいつなら友達と一緒に愛家に行くからいらないんだと。どうやらお前とあいつらと水入らずで話してこって気遣ったんだろ。とにかく早く帰ってこい、雛乃にドヤされちまうぞ』

 

 堂島との電話を終えて確認すると、穂乃果たちからメールが届いていた。内容は堂島から聞いた内容と同じ今日のご飯は久しぶりに陽介たちと水入らずで過ごしてねという内容だった。どうやら色々と気遣ってくれたようで申し訳なくなったが、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「なにっ!?雛乃さんの手料理!!」

 

「わあっ!楽しみだなあ!」

 

「うん!とっても家庭的で美味しんだろうね」

 

「だって悠センパイの叔母さんだからね♪」

 

 女性陣は雛乃の手料理と聞いてテンションが上がっていた。同じ女性の料理と聞いて、どんな料理を作るのか気になるのだろう。だが、それに対して男性陣は違った。

 

「なあ…一応確認するけど、雛乃さんって料理大丈夫なのか?いや……お前の叔母さんが必殺料理人って疑ってる訳じゃあ………」

 

 陽介は恐る恐るそんなことを聞いてきた。見ると、完二やクマも同意見なのか確認するかのようにこっちを見ていた。どうやら陽介たちは未だに去年女子が錬成した必殺料理にトラウマがあるらしい。悠はμ‘sに料理上手が多いお陰でそんな心配をすることがなくなってきたが、思えば雛乃の手料理なんて食べたことなかった。しかし、

 

「安心しろ。叔母さんだって母親だ」

 

「どんな理由だよ……」

 

 そんな軽口を叩きながら一同は堂島家へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 中華料理店【愛家】>

 

 ここは稲羽市中央通り商店街にある中華料理店【愛家】。地元の人たちの行きつけ場所にもなっている料理店だ。名物は千枝が絶品だと評する肉丼に、雨の日にしか出さないと言われるスペシャル肉丼などがある。このスペシャル肉丼を制覇した者は一人だけいるとかいないとか。

 

「陽介くんから連絡よ。悠に仕掛けようとしたドッキリだけど、失敗したらしいわ」

 

「ああ…やっぱりそうだったかあ。まあ悠さんにドッキリなんて相当手が込んでないと無理とは思ったけど」

 

 この場所で悠よりも先に到着していた穂乃果たちμ‘sは昼食を取っていた。本当は自分たちも堂島家で昼食を取る予定だったのだが、悠は久しぶりに陽介たちと会うので積もる話もあるだろう思い、堂島の言ってた通り気を遣ったという訳だ。

 

「まあ、所詮陽介が考えた企画だもの」

 

「そうだね、陽介さんだもん」

 

「陽介さんだし」

 

「みんな…陽介くんに対して酷すぎやない?」

 

「陽介さんがこれ聞いたら泣きますよね、絶対」

 

「すみませ~ん、肉丼おかわり~!」

 

「凛も肉丼おかわりだにゃ~!」

 

 それにしても、皆の陽介に対する扱いが千枝や雪子並みに酷い。まあそれほど特捜隊&μ‘sに馴染んだということか、後にこのことを知る陽介は複雑な気持ちになることになる。

 

 

「は~い、肉丼おかわり、おまたせ」

 

「あっ!あいかさん、ありがとうだにゃ~」

 

 

 このおかわりを注文した花陽と凛に颯爽と肉丼を運んできてくれたこの少女の名は【中村あいか】。この愛家の看板娘であり、出前をすれば、いつどこで何をしていようとも何でも運んでくれる出前の子として有名な人物である。容姿がどこかの声優さんに似ていると凛は言っていたが、それは触れてはならない。触れてはいけないのだ。

 

「ありがとうございます。わあ!さっきより大盛り!美味しそう」

 

「あの…いいんですか?こんなサービスして頂いて」

 

「アイヤー、鳴上くんのお友達ならいつでもサービスするアルよ~。去年ウチもあいかも鳴上くんに随分お世話になったから当然アルネ」

 

 この気さくにそう言う男性はこの愛屋の店主、つまりあいかの父親だ。この怪しい語尾を付けて中国人風に話すので穂乃果たちは中国人なのかと思ったが、あいかは違うと言っている。曰く、本物の中国人はアルなんて言わないからだとか。

 それに、去年妻が腰を痛めた際に代理でバイトしてくれたことや娘のあいかが以前より生き生きとし始めたこともあって、ここの店主は悠のことを随分と気に入っているらしい。悠の東京の友人だと言うと、これでもかというくらいサービスしてくれたので、改めて絵里たちは悠の人脈の広さを再認識した。

 

「すみませ~ん、食後のかき氷お願いしま~す!イチゴ味で」

 

 すると、肉丼を完食した穂乃果が調子に乗ってそんな注文をし出した。これに対して海未がツッコミを入れる。

 

「穂乃果、ここは中華料理店ですよ。そんなのがある訳」

 

「……あるよ」

 

「「えっ!?」」

 

 穂乃果の無茶な注文にあいかはボソッとそう言うと、いそいそと店内の奥に行った。すると、ゴゴゴっと氷が削られる音が聞こえてきた。そして

 

「は~い、かき氷イチゴ味、おまたせ」

 

「えええっ!?本当にあったんですか!?」

 

「わ~い、かき氷だ!いただきま~す!」

 

 あいかが本当にかき氷を出してきたので海未は本当にあったのかと驚愕した。注文した穂乃果は気にせず喜々として食べ始めているが、その様子に他のメンバーは呆然としてしまった。

 

「こ、ここって…中華料理店よね?かき氷って……あったかしら?」

 

 よく見ると、肉丼の他にきつねうどんやカツ丼などと中華には関係ないものがメニュー欄に書かれてあった。ここは本当に中華料理店なのだろうか。

 

「普通ある訳ないでしょ……HEROのバーやのだめの裏軒じゃあるまいし」

 

「真姫ちゃん、よく知ってるね」

 

「………別にいいでしょ…面白いんだから」

 

「すみませ~ん!私はレモン味をお願いします」

 

「わ、私はハワイアンブルーで」

 

「ことりはメロンで」

 

「何でアンタたちも流れるように注文してんのよ!にこはイチゴで!」

 

「にこっちもさらっと注文しとるやん……ウチは抹茶で」

 

「希っ!?」

 

 こうしてちょっと変わった愛家の雰囲気を楽しみながら、穂乃果たちは昼食を食していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 一方その頃堂島家では……

 

 

「おう、やっと来たか。ささっと入れ。飯が冷めちまうぞ」

 

「は~い、みんな。ご飯出来てるわよ」

 

「「「「「おおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

 

 堂島家に着くと、そこでは豪華絢爛な手料理が悠たちを待っていた。テーブルに並べられた料理はまさに和洋折衷。色んな料理が食欲をそそる匂いを漂わせて待機していた。

 

「叔父さん、長テーブル買ったんですね」

 

「まあな。ここに帰ってくる家族も増えたし、お前のあっちの友達も来るとなっちゃ、今のテーブルじゃあ狭いからな。少し奮発してジュネスのやつを買ったんだよ」

 

「だから堂島さん、この間珍しく家具のコーナーにいたんですね。ていうか、俺らだけ先に食べてますけど、菜々子ちゃんの分は?」

 

「ああ…あいつ今習い事に行っててな。もうじき帰ってくるだろう。悠が今日帰ってくるって聞いてから、ずっとその話ばっかだったからな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 なるほど、道理で菜々子がいなかったわけである。それにしても習い事とは一体何なのだろうか。そんな疑問はさておき、料理が冷めては勿体ないので皆は食事を開始した。

 

 

 

 

 

 

「ああっ!里中センパイ、それ俺のっスよ!!」

 

「ええ?いいじゃん、まだいっぱいあるんだからさ」

 

「ううん!美味しい!!」

 

「私も…これくらい作れるように頑張らないと。もっと改良を……」

 

「天城っ!?絶対やめろよ!!」

 

「ったく、騒がしいな……気になって酒も飲めやしねえ」

 

「堂島さん!お酒はダメって言ったでしょ。没収です」

 

「ぐっ……」

 

 

――――雛乃の手料理に皆は舌鼓を打っている。

 

 

 そして、食事をしながら互いの近況を報告し合った。堂島からは以下のような話を聞いた。

 

 

 去年の連続殺人事件で菜々子誘拐の容疑者として逮捕された【生田目太郎】が嫌疑不十分で釈放された。自供した内容を警察だけでなく本人も再現できなかった上に、証拠となった世迷言を綴った手帳だけでは立件は難しいとのことだったのだが、本人は納得していなかったのか頑なに己の罪を最後まで主張していたらしい。

 堂島のところにも謝罪にきたが、堂島はそれに対して自分にできる償いを自分で考えろと一喝したらしい。その際、市議に立候補すると言いだして、駅前で街頭演説を始めたようだが、どこまで本気か分からないとのことだった。

 

 また、あの事件の犯人であった足立の起訴がようやく決まり、それに合わせて面会に行ったらしい。拘留中の態度は模範的で、面会の際に塀の中の方が堂島のシゴキより楽だと言われたとか。今度の差し入れは特売のキャベツにしてやると嬉しそうに語る堂島を見て、悠も思わず嬉しいと思った。

 

 

「それにしても、お前らもこの間とんだ無茶をしたんだってな。雛乃の学校から相当怒られたって聞いたぞ」

 

「あ……」

 

「ったく、若気の至りだか知んねえが、危なっかしいことはするんじゃねえぞ」

 

 突如として放たれた言葉に悠のみならず陽介たちもうっと唸った。堂島が言った"無茶"とはおそらくあの学園祭の代行ライブのことだろう。事件に巻き込まれた悠のためとはいえ、突然のヘリからリぺリング降下からのライブは確かに無茶したと思っている。

 

「まあ……その………らぶらいぶ?ってやつのことは残念だったな……」

 

「え……ええ………」

 

 結果としてあの代行ライブのお陰で穂乃果たちは振替ライブを講堂で行うことができたのだが、結局ラブライブへの出場は逃してしまった。不手際があったとか誰かが途中で大失敗したのもない今まで以上に最高のライブをすることはできたのだが、上には上がいたのか、μ‘sのランキングは19位から21位に下がってしまったのである。

 このことを聞いてりせは悠に自分たちの力が足りなくて申し訳ないと謝り倒されたのだが、悠と穂乃果たちは仕方ないと気にしていなかった。りせたちのお陰で代行ライブができたし、良いライブができて悔いはないからだ。

 

「そ、そういや…堂島さんも穂乃果ちゃんたちのこと応援してたんですよね?」

 

「ま、まあ……菜々子も見てたから……気になってな……」

 

「そ、そうなんすねえ…………」

 

「「「「……………………」」」」

 

 陽介が何か話題を変えようと、堂島が密かにμ‘sを応援してたことについて聞いたが、話が続かず沈黙が食卓を支配してしまった。誰か早く何か話題を振ってくれ。そんなことを一同が思い始めたその時、

 

 

「ただいま―――っ!!」

 

 

 

 水を打ったかのように静かになった空気の中、幼げで可愛らしい声が一同の耳に聞こえてきた。その声はトタトタと足音を鳴らしながら近づいて来る。そして、リビングに現れたのはGWより一掃可愛らしくなった菜々子だった。

 

 

「お父さん、ひなのおばさん。お兄ちゃんは…………お兄ちゃん!!お兄ちゃんだっ!!」

 

 

 菜々子は悠の姿を目にすると、一目散に悠の胸に飛び込んできた。悠は少し驚きながらも菜々子を受け止めた。

 

「ただいま、菜々子」

 

「お兄ちゃん!菜々子ね、ピアノを習ってるんだよ。あとね、いい子にしてた」

 

「そうか。偉いぞ、菜々子」

 

「うんっ!今度おにいちゃんにもひいてあげるね」

 

 菜々子が笑顔で嬉しいことを言ってくれたので悠の心は更に踊った。菜々子がピアノを弾いている姿を想像すると口元が緩んでしまう。そんな悠と菜々子の様子を見て、やれやれと肩を竦めながら堂島は言った。

 

「まさかピアノって言いだすとは思わなかったんだがな。まあ千里はピアノを教えてたから、やっぱり娘なんだなって思ったよ」

 

 どうやら母親と似てピアノに興味を持ったそうだ。妻が亡くなった交通事故のこともあって、そのことに引け目に感じていた堂島だったが、自分も変わらなければならないと自信を奮い立たせて、習わせることを決心したらしい。今度同じピアノを嗜んでいる真姫にも見てもらおうかと思っていると、

 

「あっ!お父さん、てんきよほう始まるよ」

 

「おう、そうだったな。じゃあテレビつけてくれ」

 

 菜々子が思い出したかのように時計を見て堂島にそう言うと、トタトタと急いでテレビを付けた。どうしたのだろうかと思っていると、それはテレビに映った人物に答えがあった。

 

『続いて気象情報です。今日は一日気持ちよく晴れていますが、明日以降の天気はどうでしょうか?現場の久須見さん?』

 

 スタジオから切り替わってどこかの現場の光景と共に画面に映ったお天気アナウンサーの姿に悠は仰天した。

 

 

 

『どうもどうも!久須見(くすみ)鞠子(まりこ)でっす!』

 

 

 

 そこにいたのは自分がよく知っている人物……マリーだった。青いハンチング帽や特徴的なゴスパンク風の衣装ではなく、メガネを掛けて如何にもお天気お姉さんっぽい服装に身を包んではいるが、どこからどう見てもマリーだった。

 

「わあっ!マリーちゃんだ!菜々子、マリーちゃん大好き!」

 

「ああ、これ…鳴上くんに言ってなかったね………」

 

 マリーが登場するやいなや、菜々子は嬉しそうに歓声を上げて、千枝は微妙そうな表情で悠にそう言った。

 

「最近の菜々子のお気に入りでな。俺も最初は驚いて心配したが、今日も元気でやっているようで何よりだ」

 

 堂島もマリーのことは顔見知りなので少し嬉しそうに画面を見つめていた。だが、マリーの登場に陽介たちは額に手を当てたり微妙な表情になったりしていた。どうしたのだろうかと思ってテレビに目を移すと、ちょどマリーが今日の天気予報を始めている頃だった。

 

『昨日までは雨でしたが、今日からずっと晴れにしました。まあ、こんだけ雨降ったしこの夏は水、困んないでしょう。つーか、"彼"が来てるのに雨とかあり得ないんで、この先はずっと晴れにします』

 

『く、久須見さん!久須見さ~ん!!落ち着いて!!』

 

『あ、でも暑かったら雨にします。テキトーにすぐ言ってくれたらそうします。"彼"なら』

 

「「「「………………」」」」

 

 何だこの自由過ぎる天気予報は。見ているこっちはハラハラするのだが、それが知り合いだとより一層ハラハラしてしまう。それに、何故か“彼”という度に頬が赤くなっているように見えるのだが何故だろう。見ているのが耐えられなくなったのか、珍しく完二が困惑している悠にこうなった経緯を説明してくれた。

 

「あいつ、あれからちょくちょく来てるんですよ。しまいにこんなに有名になっちまって」

 

 なるほど。どうやらあのGWの事件を境にこちらの世界を出入りしているようだが、その最中にスカウトされたらしい。というか、マリーは今人気なのか。あの予報を見る限りそうなのかと首を傾げてしまうが、その真実は隣で何かブツブツ言っているりせが物語っていた。

 

「てか、短期間で人気出過ぎなのよ。てか、局の扱いどうなってんのよ。てか、【久須見鞠子】ってヒネリなさすぎなのよ」

 

「…………………………」

 

 マリーの姿を見た途端、性格が180度変わったように愚痴りだすりせ。相変わらず悠を狙う天敵と見なしているようだが、あまりに変わりすぎではなかろうか。心なしか、希が時折見せる黒いオーラが背後から出ているように見える。

 

「これは矢澤と花陽ちゃんには見せられねえな」

 

「なんかりせちゃんがこんな調子だと、同じ属性のことりちゃんとか希ちゃんとかにマリーちゃんを会わせたら大変なことになりそうなんだけど……」

 

「修羅場だね、修羅場」

 

「シュラバクマ~☆」

 

「そこ!楽しそうにすんな!それ止めるの、あたしたちになるんだからね」

 

 そんなりせの様子を見て陽介たちはそんなことをヒソヒソと言っていたが、千枝に同感だと悠は思った。そんな悠たちの心情を知らずか、菜々子が陽介たちにこんなことを聞いてきた。

 

「マリーちゃんが明日のお天気を決めるんでしょ?マリーちゃんが晴れって言ったら、晴れるよ」

 

「こ、この子の場合は…どうなんだろう………それ」

 

 菜々子は純粋な目でそんなことを聞いて来るが、マリーの正体を知っている陽介たちにとって答えづらい質問だ。まあ当たらずも遠からずというべきか。

 

「あら?……この子、どこかで見たことあるような……」

 

 画面で好き放題やっているマリーを見て雛乃は見覚えがあるのか、まじまじとマリーを見ていた。

 

 

『あっ、そうそう。今日は私信があります』

 

 

 天気予報が終わったかと思うと、マリーがそんな意味深なことを言って姿勢を正した。そして、爽やかな笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

「私、元気でやってます。悠、大好きだよ!」

 

 

 

 

 

 

 その時、菜々子を除く堂島家の時が一時停止した。

 

 

「えっ?………はああああああっ!?」

 

「い、今のって!?」

 

「こ、()()()()()()……()()()()ッ!!!!」

 

 

 前代未聞。お天気お姉さんが生放送中に愛の告白。衝撃的な出来事を目のあたりにして、堂島家のリビングは驚愕に包まれた。あまりのことに呆然としている者もいれば、頬を赤めている者もいる。

 

「こいつは苦情殺到だな。全く、近頃の若者はやりやがるぜ」

 

「あらあら、もしかして"ゆう"って、ウチの悠くんのことかしら?本当にそうだったらどうしようかしら?もう悠くんったら、本当に兄さんと似てモテるわねぇ」

 

 そんなことを言って笑みを浮かべている雛乃は目が笑っていなかった。どこかの誰かさんを彷彿とさせる冷たい雰囲気を醸し出す雛乃に陽介たちはおろか堂島までも悪寒を感じてしまった。

 

 

(ううう………悠センパイを落とす前にこの人を倒さなきゃいけないなんて………勝てる気がしないよぉ……)

 

(まさにラスボスだよね。イザナミみたいな)

 

(いや、DIOじゃない?……もしくはディアボロ?)

 

(何で後半ジョジョなんだよ!全然違うだろっ!)

 

(じゃあ、虚っスかねぇ)

 

(作品変えりゃいいってもんじゃねえよっ!!)

 

(…義兄さんが言ってた通りだったな……)

 

 

 各々がそんなことを思っているのを露知らず、雛乃は皆の様子にキョトンとしたいたが、そっとしておいた。

 

『く、久須見さんありがとうございました!それでは、い、いつものを宜しくお願いします!』

 

 テレビからアナウンサーの焦った声が聞こえてくる。どうやらあちらもさっきの告白は予想外だったのか、相当困惑しているのが分かる。この後が大変だなと悠は密かに局の皆様に同情してしまった。

 

 

『それじゃあ……明日も~、が~んばってねっと』

 

 

「が~んばってねっと!」

 

 テレビのマリーが両手の人差し指を両頬に当てて気の抜けたようにそう言って中継が終わった。何故だろう、マリーがさっきの決め台詞を耳にした途端、妙に元気になった気がする。それに、マリーの台詞を菜々子が嬉しそうに真似したところを見ると、菜々子もこのフレーズをジュネスのテーマソングと同じように気に入っているのが見受けられた。

 

「菜々子ちゃんだけじゃなくて、最近このフレーズ流行ってるらしいっスよ」

 

「応援されると不思議とやる気が出るというか、そんな感じらしいです」

 

 マリーのフレーズについて首を傾げていた悠に完二と直斗が解説を入れてくれた。なるほど、確かに先ほどあのセリフを聞いた時に元気が出るような気がしたが、自分だけではないらしい。それは雛乃も同じだった。

 

「確かに、あの子からそう言われたら不思議に元気が出る気がするわね」

 

「そうそう、それで最近凄いんだよ。町の人たちがみんなやる気に満ち溢れてるって感じでね。商店街に活気が戻ってきたの」

 

「ああ、署の若い連中もそう言ってやがったな。まあ、さっきの……アレを見て立ち直れるかは分からんがな」

 

 堂島のコメントに皆は押し黙ってしまう。確かにアレはファンからしたら相当なダメージを喰らったものだろう。もしその“悠”が自分であると知られた場合どうなるか……想像もしたくなにので、これはみんなの秘密ということにしてもらおうと悠は思った。

 だが、それは手遅れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<稲羽商店街 愛家>

 

 

「「「「「「「「…………………」」」」」」」」

 

 

 一方こちらの愛屋店内は先ほどの楽し気な雰囲気が嘘のように静まり返っていた。原因はもちろん、先ほどテレビで生放送された天気予報士の愛の告白である。前代未聞の衝撃的な出来事を目のあたりにして、穂乃果たちはがあんぐりとしていた。

 

「アイヤー…最近の若い人は凄いねぇ。ウチのあいかじゃ無理アルよ~」

 

「そだね~」

 

 同じく同じテレビを見ていた店主も驚いてキャベツの千切りを途中で止めてしまい、あいかも出前に行く直前に足を止めて呆然とテレビを見ていた。

 

「ん?………もしかして、あの子が言ってた"ゆう"って、()()()()()()()アルか?」

 

 

ー!!ー

 

 

 店主の言葉を耳にした穂乃果たちは一斉にTVに映る天気予報士の姿を睨みつけた。以前悠からこの稲羽にマリーという特捜隊の友人がいるので仲良くしてやってくれと聞かされたことがあるが、もしやこの予報士がそのマリーなのか。久須見鞠子でマリー……十分考えられることだ。そのことに思い至った瞬間、穂乃果たちのテレビに向ける表情がより一層険しくなる。

 

「アイヤー!あの子たち、何か怖いよ――!あいか!何としてくれないアルか!?」

 

「今からでまえ行ってくるから、お父さんよろしく~」

 

「あ、あいか――――!」

 

 商店街の愛家店内に店主の悲痛な叫び声が響き渡ったと共に、あいかは原付に乗って出前に出かけていった。この時、あいかはこのタイミングで出前が入って良かったと店から聞こえてくる店主の悲鳴を聞いて、心の底から思った。

 

 

「鳴上くんもたーいへん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<堂島家>

 

 天気予報の告白騒動が落ち着いて一段落したところで、堂島が雛乃の手料理をパクパクと頬張る菜々子にこんなことを言ってきた。

 

「そう言えば、菜々子。悠が帰ってきたら、言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

「あっ!そういえば………ねえねえ、陽介お兄ちゃん、耳かして」

 

「ん??」

 

 堂島に言われて何か思い出した菜々子は陽介に何か耳打ちした。

 

 

「ああ……なるほどな。OK、菜々子ちゃん。おい、お前らもちょっと耳貸せ」

 

 

 菜々子の提案に何かニヤリとした陽介は同じように他のメンバーにもこそっと耳打ちする。すると、皆も菜々子の提案に頷いたかと思うと、悠の方をじ~と見つめてきた。皆の意味深な視線を受けて悠はたじろいでしまう。一体何が起こるのかと思っていると、

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 

「では、せ~の!」

 

 

 

 

「「「「「「「お帰り(ご無沙汰っス、先輩)!」」」」」」

 

 

 

「えっ?………」

 

 

「完二!【お帰り】だってば!何でそこで間違えるのよ!」

 

「うっせ!緊張してんだよ!緊張!!」

 

「やっぱり、完二くんは完二くんだったね」

 

「完二だな」

 

「バ完二クマね」

 

「うっせ――!しめんぞゴラァ!」

 

 フレーズを間違えた完二に皆が一斉にいじっていつもの光景が広がった。一方で、不意に菜々子たちに"お帰り"と言われて悠はとても驚いていた。というよりも、何だか身体が熱くなって心がじんわりとした温かい気持ちに包まれているのを感じる。

 こうやってお帰りと言われてこんな気持ちになったのはもしかしたら、今が初めてなのかもしれない。改めて未だに完二のことをいじり倒しているみんなの方に目を向ける。

 ここに帰ってくるといつもそうだ。ここを離れてしまった自分をこうして暖かく迎えてくれる家族と仲間がいる。この自分を包み込んでくれる雰囲気と心優しさに悠は思わず笑ってしまった。

 

 すると、玄関のチャイムが鳴った。ここは自分が出ようと玄関のドアを開けると、そこには意外な人物がいた。

 

 

 

「お帰り、悠」

 

 

 

 そこにいたのはさきほど前代未聞の告白をしたマリーがいた。生中継が終わって真っすぐにここに来たのだろう。後からディレクターやスポンサーなどに怒られるのだろうが、わざわざここに来てくれたマリーのために、悠は笑顔で一言述べた。

 

 

 

「ただいま、マリー」

 

 

 

 

 

 その後、先ほどの電波告白の件で怒りに怒ったりせと張本人のマリーがキャットファイトを始め、その場に愛家に行っていた穂乃果たちも乱入して騒ぎが大きくなったのは別の話である。

 

 

 

 

 

 それにしても。今年の夏は良い夏になりそうだ。悠は心の中でそう思った。

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next #63「Sudden encounter.」

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