PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
更新は遅くなってすみません。最近上手く行かないことが多くて気が重い日々が続いてました。そんなときはFGOACで敵をオーバーキルするまでボコボコにしたり、逆転裁判でとことん犯人を追い詰めまくったり、面白い本を読んで気を紛らわせたりしてて…………最近面白いなと思ったのは真島ヒロ先生の『EDENS ZERO』です。
改めて、お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけて下さった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らなかった点が多い故か最近低迷気味でありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。
それでは本編をどうぞ!
〈佐々木サーカス エントランス〉
「ぐっ………は……」
「お兄ちゃんっ!!」
鳴上悠は一方的に蹂躙されていた。何しろ今の悠は佐々木の策略で襲われた交通事故によるケガと極度の空腹、そして霧が充満するテレビの世界には必須であるクマ特製メガネを掛けていない状態だ。
普段の悠なら目の前で自身を弄んでいることりシャドウを倒すことは容易であろう。そんなハンデを埋めるべくことりシャドウと相性が良いペルソナを召喚してはチェンジしていくが、どれも簡単に尻退けられてしまう。このままではやられる。ここは一旦対策を練るために撤退するのが得策である。だが、
「お兄ちゃんっ!もうやめてっ!!」
傍から戦う自分を止めさせようとする守るべき妹の声が聞こえる。悠がこの場から離れないのはことりの存在にあった。自分が逃げ出したら誰がことりを守るのか。その確固たる使命感が悠を奮い立たせて、どんなに状況が悪くても悠は立ち向かっていた。
『お兄ちゃん、もう諦めなよ。そんなボロボロな状態で勝てると思う?』
そんな一方的な抗戦の中、ことりシャドウが更に悠の戦意を削ごうと冷たい言葉を投げかけてきた。どうやら物理攻撃では飽き足らず、精神攻撃も加えるつもりのようだ。
『こんなことりを助けても無駄だよ?だって、その子はお兄ちゃんのことが煩わしいんだって』
「………………」
『ことりはパリに行きたいのに、それをお兄ちゃんの存在が邪魔するんだもん。だから、死んで。ことりの夢のために。きっとそっちの私もそう望んでるよ』
「………………」
攻撃を加えながら言刃を突きつけて行くことりシャドウ。そして、がら空きになったペルソナのボディに会心の一撃が入った。フィードバックで伝わるダメージに悠はとうとううつ伏せに倒れてしまった。物理的にも精神的にも相当なダメージを受けて立ち上がれない悠。だが、
「そうか……だとしても、俺がことりを見捨てる理由にはならないな」
『えっ?』
まだ彼の目は死んでいなかった。そして、よろよろと立ち上がりながらことりシャドウにこう言った。
「お前はことりの影だ。心の底では…俺のことをそんな風に思ってたんだろう…………だが、それがことりの本当の想いとは限らない。俺は……ことりの家族だ。ことりが自分の影と向き合えるようになるまで……とことん戦ってやる。俺は……ことりを信じてるからな」
悠はそう啖呵を切ると、再びペルソナをイザナギにチェンジしてことりシャドウへ突撃する。だが、ことりシャドウは話が通じないと言うように深い溜息を吐いていた。
『ハァ……またそんな青臭いこと言うんだ。お兄ちゃんがそう言うんだったら、もう楽にしてあげるね』
刹那、突撃したイザナギと召喚者である悠に衝撃が走った。
バアアアアアアアアンッ!
「がっ………………」
先ほどとは違う強烈な痛みが悠の身体を襲い、気づいた時には悠の身体は壁に勢いよく激突していた。余程の衝撃故か悠の口から血が垂れ流れてきた。
「い、いやああああああああああああああっ!!」
あまりの光景に耐え切れず、ことりは絶叫した。
一瞬でよく分からなかったが、どうやらペルソナ自身が受けたダメージがフィードバックするに加えて悠自身もがら空きになったところを容赦なしに攻撃されたらしい。あまりの痛みに意識が途切れ掛けてペルソナがタロットに戻って消滅してしまう。立ち上がろうにも身体があまり言うことを聞かない。どこか視界も白黒に点滅し始め意識も朦朧としてきた。
(まずい………このままじゃ)
「終わりよ、さよなら…お兄ちゃんっ!!」
ことりシャドウはトドメの一撃を放とうとする。このままでは悠が本当に死んでしまう。だが、足がすくんで前に進むことができなかった。
「だっせーなあああっ!これが僕を倒した男なのかよっ!鳴上ぃぃっ!!」
刹那どこからか現れた短刀がことりシャドウの顔をかすめた。虚を突かれたことりシャドウは体勢を崩し、悠に放とうとした攻撃が不発に終わった。
『だ、誰っ!』
悠にトドメをさそうとして邪魔されたことりシャドウは忌々し気に短刀を投げた人物に目を向けた。そこに居たのは一人の少年だった。赤い目に後ろが逆立った赤髪、顔の中央にある痛々しい傷、そしてカーキ色のシャツ。そして、腰には月光館学園のものと思わしきブレザーを巻いている。その姿に悠に駆け寄ったことりは驚愕した。
「あ、あなたは……皆月…さん。何で……」
そこに現れたのは皆月翔であった。P-1Grand Prixの黒幕であり、あの時自分たちを苦しめたあの少年。シャドウワーカーに捕まり更生の一環で辰巳ポートアイランドで監視を受けながら滞在していることは悠から聞いてはいたが、敵対していたはずの皆月が何故ここにいるのか?
「ああ?別に来たくて来た訳じゃねえよ。あのクソアマとポンコツが無理やり連れてこなけりゃな」
「??」
「それに勘違いするなよ。僕はお前やそいつを助けに来たんじゃない。あの佐々木ってクソ野郎に用があってきたんだ」
皆月はことりに向かってそう言うと、両腰の刀を抜刀してことりシャドウと対峙した。
「僕は鳴上にあの時の仕返しをたっぷりしてやるって決めてるんだ。それを………あいつに横取りされんのは我慢ならねぇんだよぉっ!!」
高らかに雄叫びを上げた皆月は勢いよくことりシャドウに斬りかかる。ことりシャドウも舐めるなというように斬りかかる皆月に尻尾で攻撃した。
ガキイイイイイイイイイイイイッ!!
『こ、こいつっ!!』
「ちっ」
驚くべきことに皆月の斬撃とことりシャドウの攻撃の威力は互角。両者一歩も引かずにぶつかり合い数分後、またも皆月はことりシャドウに斬りかかった。それに反応して再び迎え撃とうとすることりシャドウだったが、寸でのところで皆月がそれをヒラリと躱す。まるで空間を自由に移動するかのようにことりシャドウの攻撃を躱し、一気に懐に入り込み斬る。その姿はまさに某兵長のようだ。
「嘘……あの人、ペルソナを持ってないのに……シャドウと互角に戦ってる………」
これにはことりも驚愕してしまった。信じがたいことだが、皆月はペルソナを所持していないにも関わらず大型シャドウと対等にやりあっている。
以前シャドウワーカーの美鶴に聞いた話だが、皆月はかつて桐条の研究者が秘密裏に行っていた”人工的にペルソナ使いを造り出す”実験の被験者であり、結果的にペルソナは発現しなかったものの対シャドウ兵器であるアイギスやラビリスに匹敵する驚異的な身体能力を有しているのだそうだ。その力を持ってP-1Grand Prixで陽介たちを圧倒していたそうだが、今目の前で見ても信じがたい話だ。
「…ちょうど、退屈な日々に飽き飽きしてたんだ。クソ野郎と戦う前に僕の遊び相手になってもらうぜっ!!この雑魚シャドウがぁっ!!」
耳鳴りがしてしまいそうな叫び声を上げて再び皆月はことりシャドウに斬りかかった。目の前の敵に臆せず身一つで立ち向かうその姿勢はまるで血気盛んな獣のようだった。
<???>
「っ、あの子どこ行ったんやっ!まさかあの子……鳴上くんたちを」
「ラビリス!!そろそろ時間だ。早くしろ」
「くっ……しゃーない。あの子、鳴上くんたちに何かあったらタダじゃおかんからなっ!」
違う………
『穂乃果ちゃんっ!落ち着いてっ!アレは』
違う違う違う違う違う
『穂乃果ちゃんっ!ウチの声が聞こえる?穂乃果ちゃんっ!!あのシャドウは』
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
激しい戦闘が繰り広げられるコロシアムの中で穂乃果の頭の中はその3文字のみに支配されていた。今まで信じていたものが全て覆された気分だった。これまで仲間たちが自分の影に向き合う場面を見てきたが、こんな気持ちになるなんて思ってなかった。皆はこれを乗り越えて成長してきたのだろうが、正直穂乃果は乗り越えられる気がしなかった。
(違うっ!あんなの……あんなの私じゃない……………でも……私は………私……………)
「穂乃果っ!!」
バチンッ!
頬に強い衝撃が走った。その衝撃で我に返った穂乃果は痛む頬を抑えて平手打ちをした張本人の方を向く。そこには海未が怒っている様子で穂乃果を見降ろしていた。
「う……海未…ちゃん?」
「穂乃果っ!しっかりしなさいっ!!貴女はここで蹲ったままでいいのですか!?」
今まで似見たことがない形相で穂乃果を叱りつける海未。その姿はGWで黒幕に本気で怒った悠に似ていた。だが、海未が何故自分を叩いたのかが分からない穂乃果はそれに取り合わず下を向いたままでいた。
「…だって……アレが私なんだよ…………あの私も言ってたじゃん……私は自分勝手で我儘で……何もなくて…………こんな迷惑かけてばっかりの私…………」
「今更何言ってるんですか?穂乃果には昔ずっと迷惑かけられっぱなしですよ」
「えっ?」
意外な返しをしてきた海未に穂乃果は思わず振り返った。
「ことりと一緒に話してました。穂乃果はずっと昔から自分勝手で我儘で、誰が何を言っても聞こうとしません。それこそまさにあのシャドウが言っていた通りに。スクールアイドルのことだってそうです。いくら嫌だって言っても聞いてくれなくて……正直あの時、本気で穂乃果のことを嫌いになりかけたんですよ」
「……………」
そう言われて穂乃果はふと海未の影のことを思い出した。初めてこのテレビの世界に迷い込んだ時、海未の影に遭遇し自分のことが大嫌いだと面向かって言われた。親友だと思っていた海未にそう言われたのはショックだったし、暴走して襲い掛かれた時はもう駄目かと思った。やはり海未はまだ自分のことを……
「でも、あの日自分の影と向き合えた時、私は悠さんと穂乃果に助けられました。それからファーストライブは3人しか来なかったり、稲羽で幻覚とは言え悠さんにムッツリって言われたり…………様々な修羅場に遭いましたが、不思議と私は……悠さんやことり、そして穂乃果たちと一緒にスクールアイドルをするのが楽しいと思えるようになったんです」
「えっ?」
「そんなあなただから私は今ここにいる。あなたとスクールアイドルをやるのが楽しいから………前の私では行けなかった世界を知ることが出来たんです。だから、あんな怪物の言葉に惑わされないでください。アレは穂乃果のシャドウ……悠さんの言葉を借りれば、抑圧された欲望と願望が具現化した存在ですが、それが穂乃果の全てという訳ではありませんから」
思っていたことと違い、力強く海未にそう諭された穂乃果は目を見開いた。まさか海未がそんなことを言われるだなんて思わなかったからだ。海未のその言葉が響いたのか、少しではあるが穂乃果の心に光が差し込んできた。
「わ、私は………」
「アンタっ!スクールアイドルのことをなんて思ってたのよ!!」
瞬間、隙をついて接近していたにこのエラトーが穂乃果シャドウの腕にハンマーを勢いよく撃ち込んでいた。
「にこちゃんっ!!」
『ぐっ!…お前っ!!』
腕に多少のダメージを負った穂乃果シャドウはエラトーに再び攻撃を仕掛けるが、エラトーは紙一重に躱す。少し穂乃果シャドウの火に当てられて火傷の痛みがフィードバックで返っきたにこは痛そうな表情になったが、何とか我慢して穂乃果の方を向く。
「私はねっ!好きだからアイドルやってんのよっ!!」
「えっ?」
「皆の前で歌って踊って一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって気持ちにさせてくれるアイドルが大好きなのっ!!それこそ、あのりせちゃ………りせちーやカナミンのように。アンタみたいな中途半端な"好き"とは違うのよ」
「ち、違うっ!私だって………………」
にこにそう言われて思わず反論しようとした穂乃果だったが、途中で自信がなくなってしまったのか思わず口籠ってしまう。そんなウジウジする穂乃果にイラっときたのか、更に顔を険しくしたにこは穂乃果に叱りつけるように怒鳴った。
「だったら今すぐ証明してみなさいよっ!!アンタの本気が嘘じゃなかったってことをっ!!」
「わ、私の……本気?」
「最初は甘っちょろい考えてやってると思ってたけど……私はアンタが本気だったから付いてこれたのっ!!悠のことは関係なしにっ!!私にそんな啖呵を切れる元気があるんだったら……めそめそするんじゃないわよっ!!」
しっかりと穂乃果の目を見てそう言い切ったにこは再び穂乃果シャドウに立ち向かう。すると、誰かの手が穂乃果の頭を優しく撫でてきた。
「ふふふ、2人とも私と考えが同じだったのね」
頭を撫でていたのはいつの間にか傍にいた絵里だった。
「貴女には海未やにこ、悠みたいにあなたを心から想ってる仲間がいる。それに、自分が思ってたことを臆することなく素直に言える。私はそんな穂乃果が羨ましいと思ってたわ」
「……絵里ちゃん」
「私はあの時、穂乃果と悠に教わった。自分が変わることを恐れない勇気を。誰に何を言われようと己の信念を突き通す強さを。私は……貴方たちと出会って救われたの。本当に感謝してるわ………
絵里から掛けられた言葉に穂乃果は思わず涙が出てしまった。絵里からそんなことを言われるなんて思ってなかった。絵里を救ったのは結果的に悠のはずなのに。
ふと見ると、戦闘中にも関わらず花陽や凛、真姫と希がこちらを見ているのに気づいた。4人とも絵里と同じ目をしている。まるで"自分も同じだ"と言っているように。そう思うと涙腺が緩んでしまい大粒の涙が溢れきた。
「それに、気付いてないかもしれないけど穂乃果があのシャドウの言葉で否定してないのがあるわよ」
「えっ?……」
涙を必死に堪えていると絵里がそんな不思議なことを告げた。シャドウの言葉で否定していないことがある?そんなことあっただろうか。思い当たる節がなくキョトンとしていると、やれやれと肩をすくめて絵里は正解を口にした。
「決まってるじゃない。
「えっ………………ええええええええええええええええええっ!!」
絵里からの衝撃発言に穂乃果は一瞬ポカンとしたものの言われたことの内容に素っ頓狂を上げてしまう。心なしか顔がタコのように真っ赤になっていた。
「ななななななな何いってるの絵里ちゃん!?わ、私が……悠さんのこと……って、もってことは絵里ちゃんも!?」
あたふたとしている辺りどうやら図星らしい。カマかけのつもりだったのだが、まさかこんなにも素直に反応するとは思わなかった。そんな穂乃果を面白いと思った絵里は少しからかってやろうと些細な悪戯心が芽生えてしまった。
「ふふふ……さあ?どうかしらね。そう言えば言ってなかったけど、昔悠に”絵里が俺のことを好きになってもらえるように頑張らなきゃな”って言われたことあるの。あの時のことは今でも忘れられないわ」
「えええっ!ずるいよ!!絵里ちゃん!!私、絵里ちゃんよりずっと前から悠さんと一緒だったのにそんなこと……あっ」
「ほらね」
絵里に言質を取られた穂乃果は再び顔を真っ赤にして悶えてしまう。これは少しやり過ぎたかと絵里は少し反省した。
『エリチ。今のは流石に度が過ぎてへん?』
「………そうね。こんなこと言っていい状況じゃないってことは分かってるわ。だから」
通信越しに聞こえる希の低い声に少しヒヤリとしながらも絵里は微笑みを浮かべてそう言った途端、絵里の元に熱く燃え上がる炎玉が飛来する。それを絵里はテレプシコーラを使役して瞬く間にガードした。
「ここからは全力よ。決して穂乃果には指一本触れさせはしないわっ!」
(わ、私が……悠さんのこと…………)
一方、死闘を繰り広げている絵里の後ろでは穂乃果が未だに顔を真っ赤にして悶えていた。改めて考えてみると信じられないと思うのだが、思い返せば今までそう取られてもおかしくないような行動をしてきた気がする。ファーストライブの後に抱き着いたり、裸を見られて恥ずかしかったけど少し満更でもないと思ったり………。
―――――鳴上……先輩?
―――――ふっ
今でも思い出す。初めて悠と出会ったあの時、初めて自分を救ってくれたことを。あんなにも強くて優しくて、まるで幼い時にTVで見たヒーローみたいな人物は初めて見た。そして、初めて男の人を心からカッコいいと思って、もっとこの人のことを知りたいと思った。
――――悠さん!頑張って!ファイトだよっ!!
――――ペルソナっ!!
――――これからもよろしくな、穂乃果
――――こちらこそよろしくね、悠センパイ
――――死ぬなんて言わないでよっ!!
――――…すまなかった、高坂。
次々と今までの思い出が走馬燈のように流れてくる。これまで一緒に過ごしてきて"鳴上悠"という人物を知った。
父親のように頼もしくて、料理がとても美味しくて、仲間想いで他人のことは放っておけないくせに、自分のピンチには鈍感なお兄さんみたいな人。でも、心は真っすぐで誰にでも好かれる天然タラシ。稲羽の陽介たち特捜隊メンバーと仲良くしているのを見て、穂乃果もああいう風になりたいと思った。ただことりや希、絵里など悠に好意を寄せているメンバーと仲睦まじい様子を見ると何故かイラっとくることもあった。
それを思い出した時、ようやく穂乃果は気付いた。
(私は………悠さんのことが…………)
『みんな、大丈夫!?』
穂乃果シャドウの激しい猛攻を受け傷つきながらも一時後退する海未たち。一撃一撃が重い上に隙が全く見当たらないので攻略の手が見つからない状態が続いていた。
「ええ……何とか」
「でも、このままじゃあの下種が言ってた通りになるわよ。何とかしないと……………えっ?」
その時、さっきまで蹲っていた穂乃果は立ち上がるとスタスタと歩いて悠の日本刀を拾い上げる姿が見えた。そして、海未たちより一歩前に出て身体を燃やし続けている自分のシャドウと対峙した。
「穂乃果っ!?」
「穂乃果っ!待ちなさいっ!!」
「何するつもりなのっ!」
海未たちは穂乃果に戻るように声を掛けるが穂乃果は聞く耳を持たなかった。
『何?私と戦うつもり?無駄なことはやめなさい。武器もろくに扱えなくてペルソナを持っていないアンタに何が出来るっていうのよ』
「………………」
自分と対峙する穂乃果にシャドウはそう聞くが穂乃果はそれを無視する。すると、穂乃果は大きく息を吸った。そして、
「私はぁっ!μ‘sの皆がぁっ!悠さんのことが、大好きだああああああっ!!」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………………………………………」
「………えっ」
「「「「「えええええええええええええええええええっ!!」」」」」
何をするかと思いきやまさかの衝撃的な告白。これに海未たちは思わずド肝を抜かれてしまった。あまりのことに全員の表情が顔面蒼白になっている。ここに本人がいなかったら良かったものの一体何を考えているのか。
「ふう~スッキリしたぁ」
だが、本人はまるで胸のつっかえが取れたかのようにスッキリした顔をしていた。
「穂乃果っ!あ、あなたは一体何を言ってるんですか!?」
「えっ?いや、μ‘sと悠さんが好きって叫びたいなあって思って」
「おかしいでしょ!これにどんな意味が」
『あああああああああああっ!!あ、あなた……何を…………』
どうやら今の発言が一番効いたのは穂乃果シャドウようだった。まるで刃物がグサリと刺さったように苦しんでいる。これを好機と穂乃果は呆けている海未たちを放っておいて再び自分のシャドウの方を向いた。
「言った通りだよ。私はμ‘sの皆が…悠さんが大好き!あなたもそうだよね。だって、"大好きな悠さん"って言ってたもん」
『ぐっ……お前ええええっ!!』
シャドウはまくしたてる穂乃果を黙らせようと雄叫びを上げて威嚇する。だが、不思議と穂乃果は何も動じることなくそのまま表情を変えず話を続けた。
「悠さんは頼りになるし強いしカッコいいし、お兄ちゃんみたいで正直従妹のことりちゃんと菜々子ちゃんが羨ましいって思った。あなたもそうだよね。だって、あなたは私。元々私の中にいたもう一人の私だから」
『だ、黙れえええええええええええええっ!!』
予想外のダメージを喰らった穂乃果シャドウのは穂乃果を物理的に黙らせようと穂乃果に片手剣を振り落とそうとする。
ーカッ!ー
「させませんっ!ポリュムニアっ!!」
穂乃果シャドウの動きを止まったのを好機に、海未は空中に数本の矢を放った。すると、突如穂乃果シャドウの周囲に多数の矢は豪雨の如く降り注いだ。
『ぐっ!………鬱陶しい……』
全身を炎で纏っているためダメージはさほどないようだがこの矢の豪雨が鬱陶しく感じいるようだ。すぐさまその場から離れようと動き出す穂乃果シャドウだが、それを見た海未はニヤリと笑った。
ーカッ!ー
「がら空きよっ!喰らいなさいっ!!」
今度はいつの間にか穂乃果シャドウの背後に回っていたにこのエラトーがハンマーを叩きこむ。流石に不意を突かれたか穂乃果シャドウは何も出来ずうつ伏せに倒れてしまった。
「ナイスですっ!にこっ!!」
『よしっ!にこっちの一撃であのシャドウも沈んどる。総攻撃やっ!』
「了解っ!アンタたち、行くわよっ!!」
ー!!ー
「「「「やあああああああああああっ!!」」」」
希の合図で一気に穂乃果シャドウに総攻撃を仕掛けた海未たち。これでもかというほど一斉に攻撃を叩きこむ。だが、ダメージは受けたものの穂乃果シャドウはまだ元気なのか再び立ち上がった。
「くっ!しぶといわね」
「……こうなったら、もっと力を溜めて一撃を喰らわせるしかないわ。皆、悪いけど時間を稼いで!」
「じ、時間を稼ぐってどうやって」
「よーしっ!それなら凛たちの新必殺技でにこちゃんの時間を稼ぐにゃ~!」
「えっ?」
凛の"新必殺技"という言葉に驚く一同。そんな皆を尻目に凛と花陽は各々のペルソナを呼び寄せて体勢を整えていた。
「かよちん、いっくよ~!!」
「うんっ!!」
凛と花陽はそう言うと、タレイアとクレイオーは互いの剣を掲げるように重ねた。すると、突如空から大量のおにぎりが姿を現し穂乃果シャドウに向かって飛来する。
『ぐああああああああっ!か、身体が……痺れて………』
効果はテキメン。おにぎりに当たった穂乃果シャドウは追加ダメージを喰らっただけでなく動きが麻痺したように停止した。
「すごい……2人ともいつの間にこんな技を……」
「いや~凛ちゃんの思い付きなんですけど、上手く行って良かったです」
「これぞ、かよちんと凛の合体技"おにぎりボンバー"だにゃっ!」
『ぐっ……うおおおおおおっ!!』
穂乃果シャドウは舐めるなと言わんばかりに炎玉を技が決まって浮かれている花陽たちに向かって放つ。だが、それはいつの間には2人の前に立ちはだかっていた真姫のメルポメネーと絵里のテレプシコーラに阻まれた。
「もうその手は通じないわよ」
「私たちが居る限り、友達を傷一つつけさせはしない」
『!!っ』
またも攻撃を防がれて驚愕する穂乃果シャドウ。そう宣言して再び自分に立ち向かう彼女たちの顔にもう絶望の色はなかった。
(な…何故だ…………何でこんなことになる…………)
まさかの展開に高みの見物をしている佐々木の表情に動揺が見え始めていた。さっきまで彼女たちが振り回されて勝ち目などなかったはずなのに。鳴上悠という男がいなければ烏合の衆のはずなのに。さっきまで絶望に染まっていたはずなのに。その彼女たちが形勢を逆転させている。
(聞いてた話と違うじゃないかっ!何で……何でなんだよぉっ!!)
心の中でそう喚く佐々木は更に信じられない光景を目にすることになる。
『今やっ!にこっち!!』
「よくやったわ、みんな!これで思いっきり行ける」
皆で穂乃果シャドウを牽制して十分時間を稼いだ頃合いに希の合図で今まで"チャージ"状態に入っていたにこはエラトーのリミッターを一気に解除する。そして、にこのエラトーはありったけの力を溜め込んだ一撃を穂乃果シャドウのどてっ腹に叩きこんだ。
「吹っ飛べえええっ!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
その一撃はまさに大砲の如く。これをまともに受けた穂乃果シャドウは巨体にも関わらずコロシアムの端まで飛ばされて壁に激突し、そのままのびてしまった。
「ふう……何かスッキリしたわね」
「「「「…………………………」」」」
その光景に穂乃果たちは空いた口が塞がらないと言っていいほど呆然としてしまった。あの穂乃果シャドウをあそこまで吹き飛ばすとは。あの威力は同じパワータイプの千枝と完二に匹敵、いやもはや2人を超えているのではなかろうか。
「……何よ?」
「い、いや!何もっ!!」
「??」
皆はこの瞬間からこれからはなるべくにこを怒らせないようにしよう、じゃないと殺されると心から思った。
『ま、まあ何はともあれこれで………えっ!?』
『う…………うおおおおおおおおおおおっ!!』
「「「「!!っ」」」」
だが、倒れたはずの穂乃果シャドウが突然雄叫びを上げて起き上がってきた。あのにこの渾身の一撃をまともに喰らって立ち上がるのは信じられなかったので思わず驚愕してしまう。
「嘘………あいつ、あの一撃を喰らって倒れないなんて」
穂乃果シャドウは海未たち驚愕する。だが、希はその穂乃果シャドウの様子に違和感を感じ取っていた。チャージ状態のエラトーの一撃を喰らって立っているにしてはどこかおかしい。まるで誰かに
『うおおおおおおおおおおおっ!!』
そして、穂乃果シャドウは驚く海未たちの不意を突いて最後の力を振り絞るかのように穂乃果に襲い掛かった。
「しまったっ!あいつ」
「穂乃果っ!!」
「穂乃果ちゃんっ!!」
迫る炎を纏った穂乃果シャドウの腕。あまりのことに海未たちは瞬時に動けない。穂乃果は迫りくる死の恐怖に足がすくんでしまい、成す術もなく目を瞑ってしまった。
その時、穂乃果の手に持つ悠の刀が青白く輝いた。
「えっ?」
気づいた時には来るべき痛みや衝撃は無かった。どういうことだろうかと見てみると、穂乃果シャドウの腕は寸でのところで止まっていた。
「これは……ウサギ?」
すると、穂乃果に振り落とされようとしていた腕が何かに止められているのが見えた。その何かは穂乃果たちにとって見たこともない存在だった。十二単のようなものに囲まれ、まるでウサギを模した姿をしたもの。だが、どこか見たことがあるような感じがした。
「な、なによアレは………」
『あれは……ペルソナ?』
「うそっ!じゃあ、アレが穂乃果のペルソナなの?」
『違う。あれは穂乃果ちゃんのペルソナやない。まだ穂乃果ちゃんのシャドウは目の前にいるんやから、それはありえへん。アレは……もしかして』
穂乃果シャドウの腕を止めているペルソナを解析した希はその雰囲気にどこか懐かしさを感じていた。
『う……うおおおおおおおおおおおっ!!』
またもや邪魔された穂乃果シャドウは怒り、それを力に変えるように止められた手の火力を増す。だが、目の前のペルソナは何事もないようにその姿勢を崩さなかった。このままでは埒が明かない。穂乃果シャドウはならばと反対の手も使って押し返そうとした瞬間、決着は着いた。
「穂乃果っ!死にたくなかったら伏せなさい!!」
「えっ!?」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
ふと背後からそんな声が聞こえたと同時に日本刀から手を離し地に伏すと、刹那穂乃果シャドウを大きな爆発が襲った。気づいた時には、穂乃果シャドウの身体に大きな穴が空いていた。
『う…………み…………………』
穂乃果シャドウはそう言い残すと力尽きたように仰向けに倒れ赤黒い霧に包まれた。そして、霧が晴れた頃には元の姿に戻って倒れていた。
『…敵シャドウ戦闘不能。これでもう心配ないで。皆、お疲れさん』
改めて穂乃果シャドウの状態を確認した希は労うように皆にそう伝えた。厳しい戦いを乗り切った皆は脱力感に襲われたが、それを我慢して今回の戦闘のMVPである海未の元へと駆け寄った。
「海未ちゃん……凄かったよっ!」
「最後の一撃は凄かったわ」
「……何かアンタが全部持っていったって感じね」
「ちょっとみんな……そんなことは…」
「まるでアーチャーみたいだったにゃ~!」
「あ、あーちゃー?確かに私のポリュムニアは弓兵ですが……」
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
どうやら凛はさっきの海未の戦闘を見て某アニメの名シーンを連想したらしい。もちろんそれを知らない海未は何のことだか分からず困惑している。あれだけの戦いを後にしてこう呑気にしていられるのはこんな状況には慣れてきたと言ったところだろう。もしくは悠の影響もあるかもしれない。
「しかし、先ほど穂乃果の前に現れたあのペルソナは何だったのでしょう?」
「う~ん…さっき悠さんの日本刀が光ってたのが見えたけど」
「……さあな。それよりもほら」
皆は穂乃果を守ったウサギのペルソナが気になるようだが、それよりも見るべきものがあるだろうと希は皆を穂乃果の方を向くようにと促した。ちょうどその時、穂乃果が元に戻った自分の影に向き合おうとするところだった。
「ねえ、私の話聞いてくれる?」
『………………………』
「確かに私がスクールアイドルを始めたのって学校を守るためとかラブライブのためとか、そんなんじゃない。あなたの言う通り自分に何もないってことを誤魔化すためでもあったのかもしれない。でも…………私は、歌うのが大好きなの」
「………………」
「初めて講堂で悠さんとファーストライブやって、海未ちゃんとことりちゃんと歌うたった時ね、もっと歌いたいって思った。スクールアイドルを続けたいって思った。今思いだして気づいたの。これだけは……これだけは嘘じゃない確かな気持ち。だから、私はこれからもみんなとスクールアイドルを続けたいっ!」
新たに固めた穂乃果の決意に影は思わず目を見開いた。
「これからもきっと迷惑を掛ける。夢中になって誰かが嫌がっているのに気づかなかったり、自分勝手に無理して空回りすると思う。私……不器用だし、これと言ったものもない」
「…………………」
「でも、追いかけていたいもん。海未ちゃんやことりちゃん、花陽ちゃんに凛ちゃん、真姫ちゃんと絵里ちゃんとにこちゃんと希ちゃんみたいに……そして、何より悠さんみたいに皆に好かれて尊敬されるような人になりたいもんっ!!おこがましいなのは分かってるけど……
『!!っ』
「だから、あなたの力を貸してほしい。あなたがいれば、この先どんなことがあっても乗り越えられると思う。もし挫けそうになっても……一人じゃないもん。私たちにはμ‘sの皆がいるから」
穂乃果は影にそう言うと、手を握って真摯な目で告げた。
「あなたは私で……私はあなただね」
穂乃果の言葉に影は終始驚いた顔をしていたが、コクンと頷いた途端ニコッと笑顔を見せた。そして、眩い光に包まれていき、神々しい女神へと姿を変えた。
「我は汝、汝は我。我が名は【カリオペイア】。汝、世界を救いし者と共に、世界に光を」
そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方はどこかに向かって消えていき、もう一方は【魔術師】のタロットカードに姿を変え、穂乃果の身体の中に入っていった。
――――穂乃果は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【カリオペイア】を手に入れた。
「わあ…これが……ペルソナかぁ………」
穂乃果は新たに自分の中に芽生えた存在にどこか感服していた。まるで今まで気づいてなかった存在が改めて自分の中にいるのを再認識した感じだ。その感覚を噛みしめた穂乃果は改めて海未たちの方を向いた。
「みんな、ありがとう!!それと……これからもよろしくね!!」
皆に向かってそう宣言すると、話を聞き終えた海未たちはクスッと笑った。
「ちょっと皆!何で笑うの!?私変なこと言った?」
「ふふっ、やっといつもの穂乃果に戻ったなって思って」
「えっ?」
海未がそう言うと、皆を代表するように穂乃果の前に行って手を差し出した。
「こちらこそお願いします。これからも……悠さんと一緒に私たちを見たこともない世界に連れて行って下さい」
「………うんっ!」
穂乃果も海未の言葉に応じて手をだし固い握手を交わした。
――――μ‘sの皆との絆が今まで以上に深まったのを感じる。
(良かったね……コーハイ)
「えっ?」
ふと透き通った女性の声が穂乃果の耳に聞こえた気がした。振り返ってみるが当然誰もいない。一体何だったのだろうかと思っていると、突如コテンと首を傾げた海未がこんなことを言ってきた。
「ところで穂乃果、さっきの悠さんへの告白について後で話がありますので、覚えておいてくださいね」
「えっ?」
怖い笑顔でそう告げられた穂乃果は思わず悪寒を感じてしまった。その海未の一言を皮切りに花陽・真姫・にこの視線が一気に鋭くなる。希はニコニコと笑ったままだが、その瞳はハイライトが消えていた。
「そうやねえ…まさか穂乃果ちゃんがあんな大胆な宣戦布告するとは思わんかったわぁ」
「えっ?えっ?」
「ハァ……自分と向き合わせるためとはいえ、強力なライバルを出現させちゃったかもしれないわねぇ」
「ええええっ!?何この雰囲気!?さっきまで大円団みたいな感じだったのにっ!?というか、悠さんは!?早く悠さんとことりちゃんを助けにいこうよ!!こんなぐだぐだしてる場合じゃないよねっ!」
穂乃果の盛大なツッコミに皆が我に返った。穂乃果シャドウという強敵を倒したはいいが、これで終わりではない。穂乃果が悠への好意を自覚したのは見過ごせないが、それをどうこう言っている時間はない。一刻も早くことりシャドウと戦っている悠を助けに行かなくては。
パチンッ!
「おいおい、この僕がみすみす逃がすと思うかい?」
「えっ?」
ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォ
先ほどまで自分たちの戦いを観戦していたシャドウたちが観客席からこちらに向かってくるのが見えた。これには穂乃果たちも驚かずにはいられなかった。
「ど、どういうこと!?」
「さっきから黙ってみてりゃ僕の存在を無い物にしやがって。ここは絶望と恐怖が売りの佐々木サーカス。今みたいな希望と夢に溢れた展開なんてこっちは望んでないんだよ。お客の期待に応えられなかったピエロはここで消えろ」
「「「なっ!!」」」
まさかこの男、自分の思い描いていたシナリオ通りに行かなかった腹いせに自分たちをここで葬り去るつもりなのか。忘れていたが、ここは佐々木竜次が造り出した世界。先ほどの戦いであまり余力も残っていない状態でこれだけのシャドウと戦うのは無理がある。だが、このままでは全員この場でゲームオーバーだ。無理をしてもシャドウたちに立ち向かおうと、穂乃果たちは己のタロットカードを顕現しようとしたその時
「おやおや、感心しませんね。自らの思い通りにならなかったからと言って、可愛いお嬢様たちにこんな横暴をするとは」
「えっ?」
ーカッ!ー
刹那、穂乃果たちを襲い掛かろうとしたシャドウたちが一瞬で消し飛んでしまった。これは穂乃果たちだけでなく佐々木本人も驚愕していた。爆塵が晴れると、そこには見たことがない男が本を開いて立っていた。まるでホテルのベルボーイを彷彿とさせる群青色の衣装を身に纏った不思議な雰囲気を持つ男。心なしか、雰囲気が最近自分たちのライブに現れるエリザベスとよく似ていた。
「あ、あなたは?」
花陽が呆気にとられながらも尋ねると、男は穂乃果たちの方を向いて丁寧にお辞儀した。
「初めまして。私の名は"テオドア"と申します。どうぞ親しみを込めてテオとお呼び下さい」
「はあ………テオ…さん」
「姉上の命で貴女方の助太刀に参りました。ここは私に任せて彼の元へお急ぎください」
テオドアと名乗った男はそう言うと穂乃果たちに向けて本を開いた。そして指をパチンと鳴らして愛らしい妖精を思わせる使い魔を召喚すると、眩くも優しい光が穂乃果たちを包んだ。
「おおっ!身体が軽くなったにゃ~!」
「さっきの戦闘の疲れが…取れてる?」
「これって、私と悠さんが使ってる回復魔法と同じ……もしかして、あの人もペルソナ使い?」
「さあ急いで!彼に何かあっては私が姉上たちに何をされるか分かったものではありませんから」
「は、はいっ!!ありがとうございます!テオさん!!」
テオドアの切羽詰まった様子に若干引きながらもお言葉にに甘えて穂乃果たちはサーカス会場から脱出する。背後から壮絶な爆発音が聞こえるがきっとあのテオドアという男が穂乃果たちを逃すために戦っているのだろう。
「しかし…あの人は一体何者なのでしょうか?どことなくエリザベスさんと同じ雰囲気を感じるのですが……」
「服装もかなり似ているしね」
「でも、テオさんって完二くんに似てない?何というか……不良っぽくない完二さんみたいな?」
「「「………………」」」
そんな疑問はさておき、激しい戦いを乗り切った穂乃果たちはエントランスへと急ぐ。そこで戦っている悠とことりを助けるために。
(………………………!っ)
朦朧とする意識の中、自身の中にまた何かの存在が入ってくるのを感じた。だが、今の悠は起き上がることができずにただただそこに這いつくばることしか出来なかった。先ほどの強烈な一撃のせいで、身体がまともに言うことを聞かないのだ。回復魔法が使えるペルソナを召喚しようにもカードを砕くほどの力すら残っていない。
(……誰かが代わりに戦っているのか…………)
今すぐにでも自分も立ち上がりたいところだが、結局はこうだ。自分は負けた。無様に負けて、ことりに更なる絶望を与えてしまった。自分は結局助けることができなかった。こんな状態で一人で戦うなど無謀にも程があると分かっていたはずなのに。このままでは……
『ったく、何やってんのさ』
ふと聞こえてくる聞き覚えのある声。このだるそうで人を食ったような声色は……
(!!っ、あなたは……)
『この前僕にあんな啖呵切っておいてさ、このまま何もせずにおねんねするわけ?ハハッ、笑えるね…………………立てよ、君は僕とは違うんだろ。あの時みたいに証明してみせろよ』
(……………………)
『ハァ……もう君のことなんて助けてやるもんかって思ってたけど………放っておいたら堂島さんに何か言われそうだし、菜々子ちゃんもグレちゃいそうだから力を貸してあげるよ。ちょうど僕もあの妹さんにはキレてたところだからね』
(えっ?)
『アハハハ、もう終わり?お兄ちゃんより楽しめそうって思ってたけど、がっかりだわ』
「ぐっ、くそがっ!!このガラクタっ!!」
ついに皆月もことりシャドウに追い詰められてしまった。何とか善戦したはいいが、ことりシャドウの背中を覆う固い甲羅を攻略することが出来ず、両手の刀が限界を迎えてしまったのだ。武器無しではシャドウには対抗できない。皆月はまさに無防備であった。
(くそっ!……くそっ!くそっ!……結局俺は……あいつがいないとダメなのかよっ!!)
皆月は前述の通り”人工的ペルソナ使い”としての実験で驚異的な戦闘力を得た訳であるが、悠たちのように数多くの大型シャドウや人外の存在と戦ったことがある訳でない。P-1Grand Prixでのあのチカラはヒノカグツチの借り物に過ぎず、自分の力で戦ったことがない皆月がことりシャドウに勝てるわけでもなかった。それに今まで自分の中にいたもう一人の人格"ミナヅキショウ"は……………
『思わぬ邪魔は入ったけど……これで心置きなく…………えっ?』
ーカッ!ー
ことりシャドウが再び悠を葬り去ろうとした瞬間、カードが砕かれる音が聞こえた。まさかと思い悠の方を振り返ってみると、そこには信じがたい光景があった。
『ッ!なんなの………こいつは…』
そこには倒れた悠とその傍で蹲っていることりを守るかのように陣取っているペルソナの姿があった。力尽きたと思った悠が新たに召喚したであろうペルソナを見て、ことりシャドウは慄いてしまった。
そこに現れたペルソナは悠がいつも使役している”イザナギ”に似ていた。しかし、イザナギには似つかず全身赤黒く禍々しい雰囲気を醸し出し、全ての悪を象徴するかのように立つその姿はまさに"悪魔"。だが、悪魔というにはあまりにも似合わない真っすぐな目を宿していた。そのペルソナを見た皆月は目を見開き恨めしそうに呟いた。
「足立ぃ……」
かつて、稲羽の連続殺人事件を引き起こした犯人が使役していたペルソナ。イザナギと対になっているように見えるそのペルソナの名は……"マガツイザナギ"。悠が皆月と微かな絆を結んだことで再び召喚可能となったペルソナだった。
『さあ、お仕置きの時間だよ。お嬢さん』
佐々木竜次の凶行によって火蓋を切られ、2日間かけて行われていた短いようで長い戦い。その決着はすくそこまで迫っていた。
ーto be continuded
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