PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

P3Dに待望の荒垣さんが登場!!真田さんと一緒にダンスしているところは見ていて感慨深かったです。

お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


それでは本編をどうぞ!


#51「Wonder Zone ~another story~ 2/2」

<鳴上宅>

 

 

「ハァ、そうだったの。それはロリコンって勘違いされる訳ね」

 

「何度も言うが俺はロリコンじゃない、フェミニストだ」

 

「今更って感じやけど、それにしても激動の一週間やったね」

 

 女子小学生との約束を交わしてから翌日。再びネコさんからおつかいを頼まれて、店に帰ったらことりたちと遭遇し、にこから邪拳を喰らって今に至るまでの話を聞いた絵里と希は深い溜息をついた。何というか色々とテンコ盛りで付いていくだけで頭がパンクしそうになった。それらをこなすだけでも大変だろうに、そんなことなら自分たちに相談すれば良かったのにと思う。全てを語って意気消沈している悠に絵里はそっと語り掛けた。

 

「事情は分かったわ。でも、次からは私たちに相談しなさい」

 

「えっ?」

 

「いくら何でもオーバーワークよ。去年似たようなことがあったからって、聞いてたこっちが心配になったわ」

 

「みんなに心配かけたくないからって気持ちは分かるんやけど、悠くんは少し自分の悩みごとに皆を巻き込んでもいいんやない?何も悠くんだけが背負い込むことはないんよ」

 

 

 話を聞いた絵里と希から貰ったそのコメントは悠の心に染みた。以前にも陽介に言われた言葉だが、まさか同じことをこの2人に言われるとは思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 そしてその数日後、ことりとの仲違いが発生して日々落ち込んでいたところを絵里と希、にこに助けられ、改めて仲間のありがたさを実感した悠であった。

 

 

 

 だが、2人が知らぬ場所でも事件は起きていた。それは、秋葉原ライブの準備期間に起こったことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野家>

 

 

another view(真姫)

 

 

トントントンッ

 

 

 

「真姫~、朝だぞ」

 

 

 

 食材を包丁で切る音と私を呼ぶとある人の声で意識が覚醒した。そう、今この家にはパパもママもいなくて……鳴上さんが泊まりに来てるんだった。最初はどんなことかと思ったけど、朝起きてご飯作ってくれる人がいるって……ありがたいわね。そんなことを思いながら、私はパジャマから制服に着替えてリビングに向かった。

 

 

「「おはよう」」

 

 

 キッチンには鳴上さんの他に、親友の花陽と凛がいた。………朝起きてご飯作ってくれる人が大勢いると……身構えるわね。

 

 

another view(真姫)out

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でこんな朝からうちに来たのよ?」

 

「えっ?」

 

 悠の朝食を食べながら真姫が2人にそう問うと、花陽はしどろもどろに口をもごもごさせた。その反応に大体の察しがついた真姫は溜息をつく。悠はその反応の意味が分からないのかポカンとしていた。

 

「かよちんが真姫ちゃんとと鳴上先輩に何かあったのか気になるって言ってて」

 

「ちょっ!凛ちゃん!!」

 

 凛がそう言った時、花陽は顔を赤らめて凛の口を塞ぎにかかった。予想通りの答えと相変わらず仲の良さを示すその光景に更に溜息をはくと真姫は儚げにこう呟いた。

 

 

「あるわけないでしょ……」

 

「本当かにゃ~?」

 

「!!っ」

 

 

 真姫の言葉にホッと胸を撫で下ろした花陽だが、凛の探るような視線にビクッと反応したのを見た途端、瞬時に豆鉄砲を食ったように仰天した。

 

「ま、真姫ちゃん!何かあったの!?まさか………実はお風呂覗かれたりとか一緒に寝たとか………」

 

「ちょっ!そんなことある訳ないでしょ!!お風呂は天城屋で一緒に覗かれたじゃない!」

 

「おい、アレはお前たちが男子風呂に…」

 

 何だか自分で言ってて悲しくなってきたが、真姫はふと昨日の出来事を振り返った。悠のあの天城屋旅館であった事件での弁明を無視して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~先日~

 

 

「真姫、一発キメてきなさい!」

 

「何かあったらお父さんに連絡するんだぞ。もしその彼が真姫に粗相したら、今まで磨き上げてきたメス捌きをその場で披露してやる……」

 

 

 両親がそう言い残して学会に向かった後、真姫は家で一人そわそわしていた。母は良い笑顔でサムズアップしてきたので少々イラっときたが、父は怖い顔でそんなことを言ってきたので別の意味で心配になった。

 

 

「ハァ……全くパパは大袈裟なんだから。ママはちょっとアレだけど……」

 

 

 確かに一人娘が男と一緒に家で過ごすとなればそれは心配になるのは分かる。だが、その相手がよく知っている悠なので、そんな心配しなくていいだろうに。正直両親が学会に行く間は悠が世話してくれると聞いた時は一瞬心臓が飛び出そうになったくらいびっくりしてしまった。おそらく母の差し金だと思うが、憧れの人がこの家に来るというのは素直に喜ばしいことなので、今はそんな悠の到着をそわそわしながら真姫は部屋で待っていた。緊張しているのか時間が経つのが遅く感じてしまう。一体いつ来るのだろうと思っていると、携帯の着信音が鳴り響いた。着信相手はその悠だった。

 

「もしもし、鳴上さん?」

 

『ああ、西木野か。悪いがちょっと予定より来るのが遅れそうだ』

 

「それは良いですけど……何かあったんですか?」

 

『いや…実は』

 

お兄さーん、ここはどうすれば

 

 突然悠の他に知らない女の子の声が聞こえてきた。それを聞いた途端、真姫の顔から一切の感情が無くなった。

 

『ああ、梨子。それはだな…………あっ』

 

「………………鳴上さん?今女の子の声が聞こえましたけど?小学生くらいの」

 

『えっと……その……………』

 

 

「この………ロリコン!!

 

 

『待て!俺はロリコンじゃなくてフェ』

 

 悠が何か言いかける前に真姫は怒りに任せて通話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

<巌戸台商店街>

 

 とりあえず事情を説明しに西木野家へダッシュで訪れたところ、【言霊遣い】級の伝達力のお陰か真姫は納得してくれたようだった。しかし、真姫は自分よりもその梨子という女子小学生を優先したことに不服なのか、不機嫌そうに頬を膨らませていた。このまま何も会話がないままでは気まずいので悠は気晴らしに買い物に行こうと真姫を連れて巌戸台商店街を訪れていた。

 

 

「「……………………………」」

 

 

 だが、先ほどのことをまだ根に持っているのかまだ話しかけるなオーラを展開していた。ここは何か一つ話題を出してみるかと、悠は何気に話題を一つ振ってみた。

 

「そう言えば、この商店街って西木野のお母さんとお父さんが学生時代よくデートしてたって言ってたな」

 

「へえ…そうなんですか………って、ヴェエエっ!!」

 

 悠の何気ない言葉に真姫は遅れて素っ頓狂を上げた。自分の両親が学生時代にここでよくデートしていた。今の自分たちの状況を見てみると、まさにその通りではないのか。これはもしや…今自分は悠とデートしているのではないか。真姫は何故かそう考えてしまい、頭が沸騰してしまいそうになる。悠は真姫がいきなり素っ頓狂を上げたと思えば、顔が赤くなったので思わず困惑してしまう。すると、

 

 

「おおっ!君はあの時の少年じゃないか。こんにちは」

 

 

 真姫を何とかしようしたとき、後ろから声を掛けられた。

 

「あっ、文吉爺さん。こんにちは」

 

「こ、こんにちは」

 

 思わぬところでこの間顔見知りになった文吉爺さんに出会った。そう言えばネコさんの手伝いやことりとの仲違いなど色々あって会えてなかったなと今更ながら思った。悠は改めて文吉爺さんに挨拶し、真姫も遅れて挨拶した。

 

「おや?この可愛らしい子は?もしかして所謂…()()()()()()()っちゅうやつかい?」

 

 文吉爺さんが真姫をマジマジと見てそう聞いてきたので真姫は思わず顔を紅潮させた。ガールフレンド…つまり彼女と聞かれると何故か心臓がまたバクバクしてしまう。別に付き合っている訳ではないが、周りからそう見えるのかと思うと気持ちが高ぶって思わず頬が緩んでしまう。しかし、

 

「この子は俺の大事な後輩ですよ。今日の夕飯何にしようかって一緒に買い物に来たんです」

 

 悠はそれを平然とした表情で返答する。流石は天然フラグクラッシャー。その反応に真姫は少々気に障ったのか、顔が不機嫌になった。すると、

 

「どれ、この間のお礼も兼ねてこれをぷれぜんとふぉーゆーしようかの。そこのがーるふれんどちゃんにも、お近づきの印じゃ」

 

 文吉爺さんは真姫の表情を見てそう言うと手に提げていた袋からパンを取り出して2人に差し出した。

 

「えっ?これって……パン?」

 

「とろけるクリームパンじゃぞ。これを食べると元気が出るってちびっこたちに大人気でのぉ。お嬢ちゃんもこれ食べて元気出しておくれ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 どうやら今の自分の表情を見て元気がないと思われていたらしい。少々複雑だが、心配してくれたのは確かなので真姫は戸惑いながらもお礼を言った。

 

「すみません、こんなイイものもらっちゃって」

 

「な~に、このくらい良いんじゃよ。この間風花ちゃんと一緒に助けてもらったからのう。ついこの間もお前さんに似た少年に助けられてな」

 

「へぇ」

 

 その後も悠と文吉爺さんの他愛ない話は続いていった。その際、真姫が何気なく文吉爺さんと楽しく話す姿を羨ましそうに見ていたのを悠は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文吉爺さんと別れた後、悠と真姫はポロニアンモールのスーパーにやってきた。西木野家にお邪魔するにあたって、夕飯や朝食の準備のするため買い物目的でやってきたのである。

 

「さてと……今日はどうしよっかなぁ……やっぱりここは」

 

「あ、あの!鳴上さん、私に食材を選ばせてくれませんか?」

 

「えっ?」

 

 突然の真姫からの申し出に悠は戸惑った。

 

「私も……鳴上さんみたいに料理上手になりたいんです………今度、林間学校で花陽たちと料理するし……普段カッコつけてる分足引っ張りたくないから」

 

 実際、秋葉原ライブが終わった後に一年生を対象とした林間学校があるのだが、それは建て前。本音としては悠の周りはことりや希など悠を本気で狙っているメンバーは皆料理が上手なので自分も対抗するためにそれぐらいは得意としないといけないと思ったからだ。一方で悠は真姫も料理に目覚めたかと心の中で歓心した。

 

「分かった。じゃあ、今日はカレーだな。手始めに西木野が食材を選んできてくれ」

 

「は、はい!」

 

 悠に買い物かごを託された真姫は心を引き締める。たかが買い物だと思うが、これは悠との距離を縮める絶好の機会。母の計らいとはいえ少しでも成果を出したいところだ。そうと決まればと早速真姫は売り場へと足を運んだ。

 

「ええっと………確か、雪子さんの話によると」

 

 だが、初っ端から打つ手を間違えているようだった。

 

 

 

 

~数分後~

 

 

 

 

「………何だこれは?」

 

 真姫が選んできた食材に悠は顔をしかめていた。自分はカレーの材料を持ってきてと伝えたはずなのに、真姫が持ってきたのは片栗粉・小麦粉・強力粉・胡椒・キムチ・唐辛子・コーヒー牛乳・ナマコ………カレーには全く関係のないものたち、というか何だか見ただけで寒気がするもののオンパレードだった。更には一方のカゴには大量のトマトが積まれていた。

 

「えっと……雪子さんに話を聞いたら、カレーにはこれらが必須だって」

 

「…………………このトマトは?」

 

「私の大好物です」

 

 なるほど、情報源はあの必殺料理人だったらしい。大量に積まれたトマトはスルーしておくとしてそれ以外のものは全て没収しておくことにした。もう二度とメンバーから必殺料理人を出したくない。誤った情報を真姫に送った雪子には今度説教してやろうと悠は固く誓った。そして、今後のためにもと思い、悠は真姫に宣言した。

 

 

「西木野、今日は俺と一緒に特訓だ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西木野家>

 

 

「これで特製ハヤシライスの完成だ。我ながらいい出来具合だ」

 

「お、美味しい………一手間加えるだけでハヤシライスがこんなに美味しくなるなんて………」

 

 家に帰ると早速悠は真姫に料理の手ほどきを教え込んだ。本来は林間学校で作るであろうカレーを教えようかと思ったのだが、大量のトマトを消費するためにハヤシライスに変更したのだ。普段インスタントや冷凍食品、早紀の作り置きで済ませている真姫も初めての料理に少々戸惑っていたが、悠の教え方が上手かったのか初めてにしては中々の上達を見せている。

 

「……雪子さんの言ってたことが間違ってたなんて」

 

「いや、西木野は知らないのかもしれないが今後天城に料理のアドバイスを求めるなよ。下手すれば命に関わる………」

 

「えっ?」

 

 去年の八高での林間学校を思い出すと気分が沈んでしまった。物体X・完二の暴走・モロキンの○○。思い返せば散々だった思い出しかないが、あの時の悲劇は二度と繰り返してはいけない。真姫は最初はあの大袈裟なと思ったが、悠の表情を察するにそれが真実なのだと悟ってしまった。この男も色々と苦労したのだなと少し同情してしまう。とりあえず完成したハヤシライスを美味しく頂きながら、林間学校のことや今度行う秋葉のライブの話に花を咲かせた悠と真姫であった。

 

 

 

 食事も終わって皿洗いをしていると、悠の携帯の着信音が鳴り響いた。携帯を開いて見ると、相手はネコさんとなっていた。

 

「はい、ネコさんですか………えっ?………はい、分かりました」

 

「どうしたんですか?」

 

「明日ネコさんのところでバイトが入った」

 

「えっ?今穂乃果さんたちが期間限定で働いているから問題ないんじゃ」

 

「……また料理担当の人が休みを取ったらしい。それで申し訳ないけど俺に入ってほしいって。まあ悪くない話であるけど」

 

 本当は例の件が完遂した時点で終わるつもりだったが、何やかんやでネコさんに気に入られたのと雰囲気が良いというので『穂むら』のバイト同様に不定期であるが続けることにしたのだ。それなりの給料も入るし、何より順平と真田の件はもうないと思うが、ことりに粗相しようとする輩を速攻で粛清できる。まさに悠にとっては一石二鳥なのだ。しかし、

 

「………鳴上さんもNOって言えばいいのに」

 

「えっ?」

 

 真姫はその話を聞いてそんなことを言った。見ると、その顔は少し怒っているように見える。

 

「鳴上さんはいつもずっと一人で抱え込んで、自分だけ傷ついて………この間の絵里先輩たちの事件も時……目覚めないから私……鳴上さんが二度と戻ってこないかもって怖くなったんですよ。だから……」

 

 真姫が作業をしながらもそっぽを向いているが、悠のことを心配してくれているのが凄く伝わった。先日絵里と希に言われたことを思い出して苦笑いしてしまう。

 

「そう言う西木野だって、もっと素直になって良いんじゃないか?」

 

「ヴぇっ?」

 

「この間、希が言ってたんだよ。本当はみんなと仲良く話したいのに心がストップをかけてるみたいだって」

 

 先日の絵里との食戟の後、希からそんな話を聞いたのだ。普段真姫は大事な話の時は積極的に自分の意見をズバッと言うが、穂乃果たちが他愛ない話をする時は交わろうとせずに読書に走っている傾向にある。そのことは薄々悠も気づいていたが、希も同じように気にしていたらしい。だが、

 

「何で……鳴上さんも希さんも………雪子さんみたいなこと言うんですか?」

 

 指摘された内容がアレだったのか、真姫はムスッとした雰囲気を崩さずにそう尋ねてくる。雪子も気づいていたのかと苦笑した悠はそれに対してこう返した。

 

「天城もそうなのかもしれないが…昔の直斗に似てたからな」

 

「な、直斗さん?」

 

 出会っていた頃から思っていたが、真姫はどうも直斗と似ているところが多々ある。直斗も出会った当初は生い立ちや深く考えすぎる性格故か、上手くコミュニケーションが取れずに八高に転校してきた頃も周りから避けられて孤立していた。悠たちと関わるようになってからは素直に自分の感情を表してくれるようにはなったが、そんな当時の直斗の姿が今の真姫と重なって見えたのだ。おそらく雪子も真姫に対してそう思っていたのだろう。

 

「……………………」

 

 真姫は悠から直斗の話を聞くと、神妙な顔になった。

 

「別に俺は今すぐ素直になれって言うつもりはない。少しずつで良い。今は無理でも少しずつでも素直になりたいって気持ちに向き合えばいい。俺も協力するぞ」

 

「………………………」

 

「さてと、皿洗いはこれで終わりだな。じゃあ、湯でも沸かしてコーヒーでも淹れるか」

 

 悠は予め用意していたやかんに水を注いで火にかける。やかんに湯気が出始めると、インスタントコーヒーをセットしてコーヒーを2つ作る。真姫はブラックか砂糖かどうするのかと聞こうとすると、

 

「な、鳴上さん!!」

 

「??」

 

「そういうんだったら………私のことを……名前で呼んでください」

 

「えっ?」

 

 モジモジしながらそう言った真姫に悠は呆気に取られていた。

 

「わ、私は鳴上さんの後輩で仲間だし……素直になれって言うんだったら、別に問題はないでしょ」

 

 悠の反応に真姫は気に障ったのではないかと慌てながら理由をまくしたてる。本音は家族のことりはともかく穂乃果や凛、希のことを名前呼びしているのに自分はまだ名字呼び。いつまでも受け身がちな自分が悪いのだが、何だかそれでは負けてしまうと思ったからだ。しかし、悠は真姫の言うことにも一理あると思ったのか、ポンと手を叩いてこう言った。

 

 

「そうだな。それじゃあ………()()

 

 

 不意打ちに名前呼びされて、真姫の顔は急速に真っ赤になった。まさか憧れの人に名前で呼んでもらうことがこんな心臓が飛び出そうなくらいバクバクしてしまうとは思わなかったからだ。

 

「!!っ………もう!何で鳴上さんはそう年下に」

 

「あっ、それは」

 

「熱っ!?」

 

 いきなり名前で呼ばれてドキッとしてしまった真姫は淹れたて熱々のコーヒーを勢いで口にしてしまったので舌がやけどしそうになってしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「………すみません」

 

「砂糖かミルクはいるか?」

 

「………お願いします」

 

 こうして、西木野家に楽し気な2人の笑い声が響き渡り、夜は更けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうした?口がへの字になってるぞ」

 

「へっ!?」

 

 時間は戻って現在。一通り真姫の話を聞いた花陽と凛。花陽は前半辺りの甘々なところから口がへの字にして聞いていた。どうやら本人は気づいていなかったようだが。実はあの後西木野家へ帰った悠にちょっとしたハプニングがあったのだが、それを話すのは今は止めておいた。すると、

 

「あっ!時計もかよちんみたいにへの字になってるにゃ」

 

 凛の言葉にふと時計を見てみると、凛の言う通り時計の針はへの字……8:20を指していた。

 

 

 

「「「遅刻だ―――――!!」」」

 

 

 

 その後、4人は全力疾走で登校したが思いっきり遅刻してしまい、校門で待ち構えていた雛乃に説教を喰らいました。その光景を目撃したことりは放課後に取り調べを行い、明るみにでた事実に不機嫌になったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう一つの事件はこの後に起こっていた。

 

 

 

 

 

 結局ネコさんの手伝いは日が暮れた時間まで続き、手伝いを終えた悠は急いで帰路を走っていた。時刻はちょうど夕飯時を指している。家には腹を空かせているであろうことりがいるので、早く帰らなければ。そう思っていると、誰かにポンと肩を掴まれた。誰だと思って振り返ろうとしたその時、

 

 

 

 

久しぶりだなぁ……鳴上ぃぃ………

 

 

 

 

「!!っ」

 

 聞いたことのある寒気がする声に悠は思わず後ずさって臨戦態勢を取った。声の主を探すと、その人物はすぐ近くにいた。

 

 

「お前は……み、皆月!」

 

 

 そこにいたのは忘れようもない赤髪に顔の傷、腰にブレザーの制服を巻いた少年……自分たちをP-1Grand Prixに巻き込んだ張本人である【皆月翔】がそこにいた。

 

 

「ハハハ、なんだよ?面食らった顔しやがって。この間のシケた面は何処に行ったんだよ?シッケイだなあ、なんてな。ハハハ」

 

「………………」

 

 

 間違いない。人をバカにした言動に意味が分からないギャグ。まさしくあの皆月が今自分の目の前にいるのだ。一体何故?あの時、美鶴たちに拘束されたのではなかったのか。

 

 

「何で……お前がここにいる」

 

 

 悠の疑問を見透かしたように、皆月はニヤリと笑って答えた。

 

 

「お前のせいで桐条のやつらに捕まったのは知ってるよな?元々あの計画が失敗した時点で俺に行き場なんてなかった。逃げ出そうにもカグツチの力はもう使えねえし、武器も没収された。だが、あの桐条のクソアマ、そんな俺になんて言ったと思う?」

 

 桐条の……つまり美鶴のことだろう。皆月曰く、美鶴はそんな皆月にこう言ったらしい。

 

 

 

―――――自分が壊そうとしたこの世界を我々の元で生きろ。それが私たちがお前に科す罰であり………償いだ。

 

 

 

 なるほど、如何にも美鶴が言いそうなことだった。自身が壊そうとしたこの現実を仇の元で生きる。武器も力も失った皆月にとって究極の罰だと言えるだろう。最も美鶴にとっては過去に桐条が皆月にしてきたことに対する償いでもあると考えているのだろうが。

 

「それから俺はずっと勉強とか奉仕活動って言う名の苦痛を味合わされたぜ。おまけにあいつ、僕を学校なんて狭苦しいところに通わせようとしてんだぜ?そんなの…俺が受け入れると思うか?」

 

 だから、美鶴たちのところから逃げ出したのか。確かに皆月ならどんなことをしてもやりかねないだろう。そして、このタイミングで悠に姿を現したということは……

 

「今こう話してる時だって、お前に仕返ししたくてたまらないんだよ。武器はなくても………素手でもお前をぶっ殺すことは出来るよなぁ?」

 

 皆月がそう言った途端、全身に寒気が走った。あの目は本気だ。やはり皆月はこの場であの時の仕返しをするつもりなのか。ならばと悠は応戦するために拳を構える。だが、その時に皆月はいつの間にか間合いを詰めており、拳を悠に繰り出そうとしていた。その時、

 

 

「アンタ!!こんなところで何してんの!!」

 

 

 皆月が悠に何か仕掛けようとした途端、遠くから2人を制止する声が聞こえてきた。皆月も寸で繰り出そうとした拳を止め、声がした方を振り返る。悠もそちらも方を見てみると全速力でこちらに向かってくる人物を確認できた。水色のポニーテールに八高の夏服。それに合致するのは一人しかいない。

 

「ラビリス!」

 

「ちっ、ポンコツかよ」

 

 突然のラビリスの登場に悠は驚愕、皆月はまたかと言わんばかりに毒ついた。ラビリスは急行したところに皆月のみならず悠がいることに仰天した。

 

「な、鳴上くん!?アンタ!ようやく見つけたと思ったら、鳴上くんにカツアゲしようとしたんやなかろうね!?」

 

「…………カツアゲ?何だよ、お前トンカツ屋か?毎日カツ揚げてるって言いてえの?」

 

 ラビリスの言葉に皆月は一瞬顔を歪めたが、瞬時に寒いギャグで誤魔化そうとする。自分をバカにした態度にラビリスはカチンときて皆月に掴みかかろうとしたが、悠がそれを制止する。

 

「ラビリス、カツアゲってどういうことだ?」

 

「最近辰巳ポートアイランド付近で老若男女問わずにカツアゲしとる人がおるって話があってな。それがそこの皆月やないかってシャドウワーカーは考えとるんや」

 

 ラビリスからそんな情報を聞いた悠は改めて皆月の方を見る。皆月は相駆らわず人をバカにした顔をしているが、悠は些か疑問を感じた。こいつはそんなことができるのかと。

 

「……本当にお前なのか?」

 

「…………………へっ、だとしたらどうするよ?」

 

「…………………」

 

 悠は皆月の言葉に無言を貫いた。その反応が気に食わなかったのか、皆月は地面に唾を吐いて背を向けた。

 

 

「ふん、まあ今はそいつの監視が厳しいから自由に動けねえが………いつかお前にあの時の仕返しをたっぷりしてやるからな。精々暗い夜道には気を付けろよ。ハハハ」

 

 

 皆月は堂々とそう宣言すると路地裏に姿を消そうとする。

 

 

「あっ!ちょい待ちぃ!」

 

 

 ラビリスの制止も虚しく、皆月は路地裏へと消えていった。皆月が去ったのを確認すると、悠は今も身体を震わせているラビリスに声を掛けた。

 

「ラビリス、大丈夫か?」

 

「…………うん、もう大丈夫や。ごめんな、みっともないところ見せて」

 

 どうやら何とか落ち着きを取り戻したらしい。冷静になったラビリスを見て安堵すると、話を聞くために噴水広場のベンチに座ることにした。話によると、どうやら美鶴が皆月を学校に通わせようとしていたことは本当らしい。だが、それを察した皆月はそんなのはまっぴらごめんだと言わんばかりに暴れ回ったとか。

 

「…………なんだが学校嫌いの駄々っ子みたいだな」

 

「まあ美鶴さんも鬼やないからな。嫌々言いながらも勉強も奉仕活動も頑張っとったから、様子見で辰巳ポートアイランドを限定で自由にさせとるんやけど…………その判断は甘かったんか、あそこの路地裏に屯しとったり、その付近でカツアゲが勃発しとるって話を聞いたらな」

 

 なるほど。期間限定で外に出した途端にそのような話が出たら、真っ先に疑われるはずだ。

 

「美鶴たちはあの子の監視はこっちでするから気に病むなって言ってくれるんやけど………ウチがお節介焼きやけんか、あの子をことを放っておけないんよ」

 

 GWではあの黒幕の手によって良い様に利用されたが、元を辿ればラビリスと皆月は2人ともかつて桐条グループに非人道的な実験を強いられた者同士。そう考えると、皆月のことを放っておけないのだという。

 

「ラビリスはあいつのお姉さん……いや、お母さんみたいだな」

 

「フフフ、そうやもしれんね。まあ今はアイギスっちゅう妹もおるけどな。鳴上くんやて、穂乃果ちゃんたちのお兄さん……お父さんやもんな」

 

「良く言われる」

 

「でも……鳴上くんはウチの恩人や。もしあの子が鳴上くんに手を出そうとしたら………ウチが絶対に守ってみせる。どんなことがあってもな」

 

 ラビリスから並々ならぬ覚悟を感じる。しかし、それは杞憂ではないかと悠は思った。皆月もそんな考えなしじゃないだろうし、自ら外に出づらくなるようなことはするとは思えない。それに、皆月が本気で悠に仕返しをするつもりだったのならば、悠に肩を叩いて話しかけたりはせず、有無を言わさず不意打ちしてきたはずなのに。まあこれは悠の想像であって根拠はないので本当のところは分からない。

 

「さあ、鳴上くんも早く帰ろうか。またあの子が襲ってくるか分からんし、家で家族の人が待っとるんやろ」

 

「あっ……まずい!ことりが腹を空かせて待っている!すまん!ラビリス!」

 

 ラビリスにそう言われて、ことりのことをすっかり忘れていた。皆月のことは気にかかるが、今はことりのことが重要だ。悠は急いで自宅へと向かうため、駅へとダッシュで走っていった。その後ろ姿にラビリスは唖然としてしまったが、何となく悠らしいと微笑ましく笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後………秋葉原ライブ本番後

 

 

 秋葉原でのライブの最中にことりが放った爆弾発言について絵里たちが尋問している最中のこと。悠は先ほどことりの"大好き"発言に喜びを噛みしめながらことりが説教されている様子を見守っていた。すると、

 

 

「ん?」

 

「どうしたんですか?鳴上さん」

 

「ああ、何か向こうから言い争ってる声が聞こえた気が」

 

 

 よくよく耳を澄ませてみると、その声は近くの路地裏から聞こえてくる。ただ事ではない予感を感じた悠は真姫と様子を見に行ってみることにした。歩みを進めて行くと段々言い争う声が聞こえてくる。

 

 

「お前さんら!こんなちびっこにたかろうなんてなんて、恥ずかしいとは思わんのか!!」

 

「うっせんだよ!ジジイ!!」

 

 

 

ガシャン!!

 

 

 何か言い争う声と嫌な予感を感じさせる鈍い音が聞こえてきた。その予感が当たらないようにと願いながら急いで現場に急行する。現場に到着して見えたその光景に悠と真姫は絶句した。そこにいたのは、数人の不良らしき青年たちと怯えてへたり込んでいる小学生、そして横たわる老人の姿だったのだから。

 

 

「おい!何やってるんだ!!」

 

 

「やべっ!逃げるぞ!!」

 

 

 悠の声に気づいたのか、そこにいた男たちは慌ててその場から逃げていった。追いたいのは山々だが、まずはその場に残された小学生と老人を保護しなくては。

 

 

「だ、大丈夫?って、えっ!?」

 

「ぶ、文吉爺さん!!それに、梨子!」

 

 

 怯えている女子小学生は約束で折り紙を教えている梨子、頭から血を流している老人は文吉爺さんだった。2人とも自分のよく知っている人物だったので、更に驚愕してしまう。

 

「お、お兄さん………」

 

「梨子、一体何があったんだ!?」

 

 話を聞くと、カツアゲ犯に絡まれてしまった梨子を文吉爺さんが助けてくれたのだという。だが、文吉爺さんの説教にキレてしまったカツアゲ犯の一人が文吉爺さんを蹴り倒してケガさせたのだという。さっきの鈍い音はそれだったのか。それにしても、こんな小学生にカツアゲとは…………もしやあの男たちは先日ラビリスが言っていたカツアゲ犯たちか。だが、今はそれよりも

 

 

「文吉爺さん!!文吉爺さん!!」

 

 

 真姫が大声で文吉爺さんに呼びかけるが反応はなかった。頭を強く打ったのか、文吉爺さんは気絶しているようだ。頭から血が流れているのも見ると、これは非常にまずい状態だ。

 

 

「お兄さん……お姉さん……お爺さんを助けて!」

 

 

 梨子が目に涙を溜めて2人にそう訴えかけた。梨子の叫びを受けて、悠と真姫は顔を見合わせる。勿論、これに対する自分たちの答えは決まっていた。

 

 

 

「「ああ(ええ)!任せろ(て)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし…どうしたの?真姫』

 

「ママ!!今すぐ秋葉に救急車を寄越して!!」

 

『えっ?』

 

「文吉さんが頭から血を流してるの!!お願い!早く!!」

 

『わ、分かったわ!今すぐ救急車を寄越すから、出来るなら応急処置を施して!』

 

 早紀は突然言われた事態に頭が追い付かず混乱してしまったが、普段聞かない娘の切羽詰まった声に緊急事態なのだと察した。この調子ならすぐに救急車は来るだろう。しかし、

 

「応急処置って……どうすれば」

 

 真姫は母からの言葉に困惑してしまった。今までたくさんして勉強してきたが、いざ現場に立って見ると応急措置はどうやるのかパッと思いつかず、頭が真っ白になる。しかし、悠は手馴れた手つきで文吉爺さんを楽な姿勢にしていた。

 

「真姫、とりあえず文吉爺さんを楽な姿勢にした。まずは止血するぞ。何か長い布はないか?」

 

「えっ?…………あっ!これを!!」

 

 ながいものと言われ、真姫はまだ身に着けていたメイド服のエプロンを差し出した。悠はそれを破いて一枚の長い布にする。ネコさんに借りたものを破くのはアレだが、今は緊急事態だ。そうして文吉爺さんに支障がないように破いたエプロンを巻いて止血する。

 

「次は……冷やすものを………」

 

「冷やすものって………ここにそんなもの」

 

 

 

「お~い!ナルや~~~ん!!」

「悠センパーイ!!」

 

 

 

 すると、タイミングを見計らったようにクーラーボックスを抱えたネコさんと大量の袋を手に提げた穂乃果と凛たちが駆けつけてきた。

 

「悠先輩!ネコさんが持ってきてくれたよ!」

 

「超特急で持ってきたよ。これを使いな」

 

 真姫が病院に通報している間、悠がすぐに穂乃果に氷を持ってきてくれと連絡したのだ。ネコさんは偶々その場にいたらしく、文吉爺さんが緊急事態と聞いて血相を変えて駆け付けてくれたとか。この量の氷なら応急処置に申し分ない。

 

「よし!これで何とか……」

 

 携帯していたハンカチでネコさんが持ってきた氷を包んで患部に当てる。あとは意識が戻るのを待つだけだ。穂乃果たちは文吉爺さんが戻るように必死に呼びかける。そして数十秒後……

 

 

「ううう……」

 

 

 幽かな呻き声が聞こえてきた。見ると、朧気ながらも文吉爺さんが目を開けていた。

 

「文吉爺さん!!」

 

お……おお………君は………

 

 悠たちの必死の応急措置と呼びかけで文吉爺さんの意識が戻ったようだ。その様子を見て悠は安堵した。去年の経験が役に立って良かった。皆も文吉爺さんの意識が戻ったことに緊張の糸が切れたようにへたりこんだ。

 

「真姫!!患者さんは!!」

 

「ま、ママ!ここよ!!」

 

 ちょうど西木野総合病院の救急車が到着したようである。悠と真姫の必死の応急措置を受けた文吉爺さんはトレーラーに運ばれてそのまま西木野総合病院へと搬送された。

 

「た、助かったな………」

 

「そ、そうですね」

 

 去年のあのバイト漬けの夏休みの経験が役に立って良かった。あの時も突然のことだったので正直内心は焦りまくっていたが、知り合いのナースが手早く教えてくれたのと周りの人の協力があって何とか成しえた。今回も真姫や穂乃果、ネコさんの助けがなければだめだったのかもしれない。

 

 

「お兄さん!お姉さん!ありがとう!!」

 

 

 先ほどまでの様子を固唾を飲んで見守っていた梨子が涙を流して悠と真姫に抱き着いてきた。2人は突然抱き着かれて戸惑ったものの、次第に嬉しくなってお互いに微笑みあった。

 

 

「お疲れさまです、鳴上さん」

 

「ああ。そっちこそお疲れ」

 

 

 一時そんな風に笑いあっていると、肩をポンと叩かれる。振り返ってみると、そこには良い笑顔で微笑む希の姿があった。

 

 

「悠くん、良い雰囲気のところ悪いけど、あのお爺さん怪我させた人ら通報せんでええの?」

 

「「あっ」」

 

 

 

 

 

 

「ははは、やっぱりナルやんは凄いねえ。()()にそっくりでさ」

 

 先ほどまでの救出劇を見ていたネコさんは悠と穂乃果たちの行動力に感嘆していた。すると、

 

「そうですね。困っている人を放っておけないところや何事にも懸命に取り組むところは良くも悪くも()()()にそっくりです」

 

 そんなネコさんの称賛に同意する女性が一人。いつの間に現れたのかぎょっとなったが、ネコさんは懐かしい友人に語り掛けるように女性にこう言った。

 

「やっぱりナルやんの保護者はアンタだったか。ひなのん」

 

「お久しぶりですね、おとこさん?」

 

「………再会初っ端から喧嘩売ってんの?」

 

 雛乃の言葉に眉間に青筋を浮かべるネコさん。そんなネコさんの態度にも臆さず雛乃は余裕の笑みを浮かべていた。

 何を隠そうこの2人は学生時代からの知り合いである。雛乃の兄、つまり悠の父親とネコさんは同級生で同じクラスということもあってそこそこ仲が良かった。決して恋仲であったわけでないが、当時ブラコン全盛期だった雛乃に目を付けられて、色々あったとかなかったとか。

 

「知ってたのかい?娘と甥っ子がアタシんとこで働いてたの」

 

「当然です。私だって母親なんですから」

 

 どうやら雛乃はことりと悠が密かにネコさんの店でバイトしていたことは知っていたらしい。知っておきながら止めなかったというのは、おそらく2人の自主性を重んじてのことだろう。あるいはその店の店主である昔馴染みのネコさんを信用してのことだったからのかもしれない。

 

「……流石は学生時代に兄貴にべったりだったことはあるよ」

 

「なっ!?」

 

 ネコさんの返しに雛乃は不意打ちを喰らったかのように狼狽した。

 

「事実だろうに。アンタが私と兄貴を恋仲だって勘違いして、商店街のど真ん中で尋問したこと忘れたの?アンタの親友たちが止めてくれたから大事に至らなかったけど、お陰で兄貴が学校のみならずあそこら一帯でシスコン番長ってあだ名付けられたの知ってるだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「まっ、ナルやんはアンタの兄貴に似て中々いい男だったよ。いっそこのままアタシ好みのバーテンダーに育てても」

 

「だ、ダメです!悠くんはちゃんと大学に進学させて真っ当な道を進んでもらうんですから!ネコさんみたいな裏街道まっしぐらな道は歩かせません!」

 

「ふん、アンタも学習能力ないね。ナルやんみたいな男は学歴なんて無駄するって分かんないの?アンタの兄貴がいい例だろう?アンタの兄貴が」

 

「兄さんと悠くんは違うんです!兄さんは偶々外資系の会社にヘッドハンティングされたから良かったけど……大体、兄さんたちの中でも一番頭良かったのにバイト中毒で何もかも棒に振った人にとやかく言われたくありません!」

 

「ハンッ!大学生になってまでブラコンこじらせてたアンタに言われたくないね。聞いたよ。確か、アンタ酔った勢いで兄貴をお」

 

「そ、その話は止めて下さい!!思い出すだけで恥ずかしい………」

 

 雛乃が顔を赤くして慌てふためく姿にネコさんはしてやったりとニヤリと笑った。だが、すぐさま雛乃はネコさんにカウンターを放つ。

 

「……未だにネコさんは独身なんですよね?出会いが無いんですか?」

 

「くっ……言わせておけば……もとはと言えば、アンタがわたしの名前を商店街で変な発音で呼びまくってたせいで、私の青春は男っ気が無くなったんだよ!」

 

「人のせいにしないでください。それは私のせいじゃなくて大河さんのせいでしょ!ネコさんだって、兄さんに私がひっそり集めてたコレクションの存在を暴露したじゃないですか!」

 

「知らないね。それはひなのんの自業自得だろ?」

 

「何ですってぇ!」

 

 その後も2人の舌戦は子供には聞かせられない話まで発展して一時間は続いたという。一方、大人たちが壮絶な舌戦を繰り広げている中、悠たちはそれとは疎遠な明るい雰囲気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって辰巳ポートアイランドのとある路地裏。そこを訪れたラビリスは目的の人物と邂逅していた。

 

「何の用だよ、ポンコツ。俺を捕まえに来たのか?」

 

 そこには不機嫌そうな目で睨む皆月であった。だが、それに臆さずラビリスは伝えるべきことを伝えた。

 

「アンタ……カツアゲ犯やなかったんやね………ごめんな、証拠もないのに疑ってもうて。アンタなんやろ?あのカツアゲ犯たちを懲らしめたの」

 

 数時間前、悠の通報により辰巳ポートアイランド付近で老若男女問わずカツアゲを行いかつ先ほど文吉爺さんに軽傷を負わせた本当のカツアゲ犯たちは逮捕された。逮捕と言っても、商店街で誰かにボコボコにされていた状態でラビリスたちに発見されたのである。そして、逮捕された後の事情聴取によると、文吉爺さんをケガさせたあとに巌戸台商店街に逃げ帰ったは良いが、いつも屯している路地裏に入った途端、()()()()にボコボコにされたと証言しているのだ。その赤髪の男と言うのは……この皆月のことだろう。

 

「………………何をしようと僕の勝手だ。ポンコツには関係ないだろ」

 

 本人は何のことか分からないといった態度を取っているが、明らかにその件に関わっていることは表情で分かった。普段あんなに人をバカにした態度を取っているが、嘘をつくことは苦手らしい。ラビリスはそんな皆月の様子にクスッと笑みを浮かべたが、皆月はその反応が気に障ったのか、そそくさとその場を去ろうとする。

 

「でも、何であんなことしたん?アンタにとってあの人らは関係ないはずなのに」

 

 ラビリスがふとそんなことを皆月に尋ねてみる。確かに皆月にとって彼らは何も関りもなく、皆月自身が彼らの被害に遭った訳でもない。自分のことしか考えない皆月にしては不自然な行動だ。すると、当の本人はラビリスの問いを聞くと路地裏へ行こうとする足を止めた。

 

「ふん……」

 

 皆月は不貞腐れながらそう言うと路地裏に去っていった。だが、その直前に皆月が"とろけるクリームパン"と書いてあった菓子パンを手にしていたのをラビリスは見逃さなかった。どういうことなのかは追及しないでおくが、何はともあれ近日辰巳ポートアイランドを脅かしていたカツアゲグループも全員捕まって、辰巳ポートアイランドに再び平和が戻ったのだ。自分が気にしなくても、もう皆月は大丈夫ではなかろうか。ラビリスはそんなことを思いながら、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談、というか今回のオチ

 

 

「いや~、わざわざ皆さんでお見舞いに来てもらってすまんのう。この間は本当にありがとうよ」

 

 病院に搬送された文吉爺さんは数日の入院を経て退院した。改めてμ`sの皆でお見舞いに行ったところ、凄く感謝されてお礼としてたくさんの菓子パンを貰ってしまった。腹が減っていたのか、穂乃果と凛ははすぐさま菓子パンを平らげてしまって海未に行儀が悪いと怒られたが、文吉爺さんは孫娘を見るかのように微笑ましそうにしていた。

 

 

 

 

その後、学会に行っていた間のことや今回の文吉爺さんの件で娘に色々と世話になったので早紀に改めてお礼を言われた。

 

「この間もことや今回の件で色々とお世話になったわね。ありがとう」

 

「いえ、俺も真姫に料理を教えられたので良かったです」

 

「あらあら、うちの娘を名前呼びするくらい仲が進展したのね」

 

「えっ?」

 

 反応を見るにどうやら距離は前よりかは縮まったらしいので、早紀は満足気な笑みを浮かべた。近くにいた夫は少々複雑な気分になっているのか、悠を仇を見るように睨みつけているが……さて、次はどのようにしようかと早紀は密かに新たな作戦を立てていた。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

<鳴上宅>

 

「あれ?お兄ちゃん宛の荷物が届いてる」

 

 文吉爺さんのお見舞いに行った後、疲れ気味だった悠を部屋に寝かしつけたことりは届いていたらしい荷物を確認する。

 

 

「えっ?わあぁ!これって」

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 少しの熟睡の末、悠は布団から覚醒した。時刻は夕飯時を過ぎている。さて、今日の献立はどうするかと思っていると、

 

「お兄ちゃん!」

 

 部屋にことりが扉を開けて入ってきた。それに目に飛び込んできたのは制服姿のことりではない。それは新品同様の純白のワンピースを身に纏ったことりだった。あまりのことに驚愕していると、ことりは一回転して悠に尋ねる。

 

「どうかな?変じゃない?」

 

「ああ!良く似合っている。パーフェクトだ」

 

 自分で何気なく選んでおいて言うのもなんだが、我ながら良いものをチョイスしたものだと思った。爽やかなイメージを彩る純白のワンピースはことりが放つ魅力にベストマッチしていた。これから夏が到来するこの時期に、それも海岸などではその魅力は更に増すことだろう。そうなった場合、群がるであろう男どもをどう対処しようかとシスコン全開なことを考えているとことりがあることを聞いてきた。

 

「これ、お兄ちゃんが買ってくれたんだよね?このワンピース」

 

 そう、このワンピースは悠がことりに詫びの品として考えていたもので、先日美鶴に頼んで購入したものなのだ。あの時もう店にはその一着しかなかったので、足りない分は後日美鶴に支払うという条件で。受け取りは郵送にしてもらったので、どうやら悠が寝ている間に届いたらしい。まさか中身を確認されたどころか、早々試着して一番に自分に見せてくれるとは思ってもみなかった。

 

「この間……ことりの胸を触ったお詫び?」

 

「………ああ」

 

 どうやら何故悠がこんな服を自分にプレゼントしようとしたのか、察しはついていたようだ。

 

「ここまでしなくても良かったのに………」

 

 ことりは悠の回答を聞いてしょんぼりとする。自分はあの平手打ちのお詫びをまだしていないと思っているからだ。だが、そんなことりに悠は微笑みながら頭を撫でた。

 

「気にしなくていい。ことりだってコペンハーゲンで接待してくれただろう?それで十分だ」

 

「………希先輩と絵里先輩から聞いたけど、お兄ちゃん……ことりのためにネコさんのお手伝いしたり、ことりの生写真回収したりしてくれたんでしょ。それじゃあコペンハーゲンのアレだけじゃ割に合わないよ」

 

頭を撫でられつつ上目遣いでそう言われては、流石の悠も抗えない。ここで断っては更にことりをしょんぼりさせてしまうからだ。

 

「そ、そう言われても………すぐには思いつかないな。別にことりがこれって思えるものなら何でも良いんだけど」

 

「!!っ…………じゃあお兄ちゃん、目を閉じて」

 

「えっ?」

 

「いいから!あと、少ししゃがんでくれたら嬉しいなぁ」

 

 ことりは悠の"何でも"というワードに反応し、少し考え込んでから悠にそうせがんだ。悠ははてと思いながらもことりに言われるがまま目を閉じる。何だがこんなことは前にもあった気がするのだが。そう思っていながらも悠は目を瞑ってしゃがみ込む。

 

 

 

「……お兄ちゃん、いつもありがとう。ことりはそんなお兄ちゃんが……()()()!」

 

 

 

 

 刹那、悠の頬に柔らかい感触が伝わった。

 

「こ、ことり……」

 

「おやすみ!」

 

 ことりは悠が狼狽している隙を狙ってそそくさと部屋の中へ入っていった。一体どういうことだと思って追いかけてみると、ことりはすでに布団の中に入って寝息を立てていた。

 

「そこ……俺もベッドなんだけどな」    

 

 悠は苦笑いしながらもベッドで眠ることりの頭を優しく撫でる。どうやら本当に眠っているようだ。相変わらずこういうところが愛おしい。悠はさっきのお返しと言わんばかりに寝ていることりの耳元にそっと囁いた。

 

 

「俺も……ことりが大好きだぞ」

 

 

 悠はことりに微笑んでそう言うと、パタンと自室のドアを閉めた。さて、今日はリビングのソファで寝るかと悠は布団を取り出すために押し入れへと向かった。

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~!!」

 

 

 ことりは顔を今までにないくらい真っ赤にして足をバタつかせていた。原因は先ほどの"大好き"という言葉。自分もついさっき悠の頬にキスをして恥ずかしがったが、悠にそう言われた時はとても心臓がバクバクした。おそらく悠の言った"大好き"の意味は家族としてとのこと。自分が思っていた意味とは違う。だが、今はそれでいい。今自分が悠の彼女と名乗るにはまだ未熟過ぎる。これからも色んなライバルと取り合うことになるだろう。最近だって真姫とお泊りイベントがあったらしいし、希も油断ならない。それでも……

 

 

「きっと、ことりが一番だって言わせて見せるからね、お兄ちゃん…………」

 

 

 新たな決意を固めたことりは静かに本当の眠りについた。きっと明日も兄と楽しく過ごす日常に想いを馳せて。

 

 

 

 

 改めて家族として絆を深めた悠とことり。だが、近いうちに2人の絆が試される試練が訪れることになるとはこの時誰も思ってもみなかった。それはともかく

 

 

 

 

『キラッと解決☆』

 

 

 

 

 

ーto be continuded




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「合宿行こうよ!」

「これが特訓のメニューです!」

「俺もここで寝るのか………」

「原付はダメ!」

「こ、これはっ!!」


「100km行軍だ!」


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