PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
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至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。
運命のオープンキャンパス。果たしてどうなるのか!?
それでは本編をどうぞ!
♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~
………美しいピアノのメロディーが聞こえてくる。
聞き慣れたそのメロディーで目を覚ますと、あの場所にいた。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模したかのようなこの場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある選ばれた者しか入れない空間。あの熾烈な戦いの後なのか、ここを訪れるのは随分久しぶりのように感じた。
「ようこそ、我がベルベットルームへ」
見ると、そこにはこのベルベットルームの主である老人【イゴール】がいた。相変わらず特徴的な長い鼻とギョロッとした大きな目でこちらを見ている。そして、今日もその傍らには従者であるマーガレットとエリザベスも座っている。こういう構図にはすっかり慣れてしまった。
「ここにおいでになられたということは、どうやらお客人は新たなる試練を無事乗り越えられたようでございますな。いやはや、実に喜ばしい」
フフフと笑ってそう語るイゴール。今までのことを考えれば、悠が今回の試練を乗り越えることなど予想していただろうと思ったが、どうやら本気でそのことを喜んでいる様子だった。すると、傍らにいるマーガレットが手に持っているペルソナ全書を開いた。
「厳しい試練を乗り越えたことでお客様は新たなアルカナを呪いから解放したご様子。【正義】と【女帝】………彼女たちにとって、あなたは欠けてはならない大切な存在となりつつあります。そのことを努々お忘れなきよう。気を付けないと………刺されるわよ?」
フッと笑って縁起でもないことを言ったマーガレットに寒気を感じてしまった。今のは警告と受け取った方が良いのだろう。冗談抜きでいずれ自分の身に起こりそうな気がしたので、本当に忘れないようにしておきたい。すると、ふと思い出したようにマーガレットはこんなことも言ってきた。
「そう言えば、またあの子たちのライブがあるようでございますね。今回は妹とお邪魔させてもらいます。あの時以上の素晴らしい催しを期待していると、そうあの子たちにお伝えください」
マーガレットはそう言うと、自分にお辞儀する。エリザベスも姉に倣ってお辞儀すると、意味深な笑みをこちらに向けてきた。マーガレットだけでなく、エリザベスも来るのか。マーガレットは何も心配はないと思うが、エリザベスが来るとなると少し心配になる。あの自由な性格から考えて、何をしでかすか分かったものではないからだ。自分の様子を察したイゴールは困ったような表情を浮かべている。
「……お客人はエリザベスが大変心配なようでございますな。マーガレットめも同行致しますので心配はないと思われますが、この子がお客人に何か粗相をしてしまったときは………何卒よろしくお願い致します」
完全に丸投げじゃないかとイゴールの言葉に呆れてしまった。どうやら主であるイゴールでもエリザベスの制御は難しいらしい。まあ、今回のライブは自分たちにとって正念場となるものなので、何事もないように祈るしかないのだが。
「それでは、今宵はこれまでといたしましょう。ではまた、お会いする時までご機げ」
「では鳴上様、またライブという催しの時でお会いするときまでご機嫌よう。鳴上様のパフォーマンスを楽しみにしております」
「これ!エリザベス!!お前はまた私の言葉を横取りしおって!」
以前のようにイゴールの言葉を横からすり取ったエリザベス。何というかこのやり取りにも慣れてきた気がする。それにしても、自分はオープンキャンパスで踊る予定などないのだが………。その様子を見届けると、いつものように視界が暗くなる。すると、先ほどまで感じなかった疲れがどっと押し寄せてきた。
「……………………」
目を覚ますと、そこに茶色の天井が見えた。どうやら自分はどこかで眠っていたようだ。それに、自分が今寝ているのはいつものベッドではなくソファであった。この空間には見覚えがある。
「ここは………ことりの家?」
見覚えのあると思っていた部屋は南家のリビング………つまり、ことりと雛乃の家だった。何故自分がここで寝ていたのか?昨日何があったのかを思い出そうとすると、リビングのドアが開いて誰かが入ってきた。
「あら?悠くん起きたのね」
「叔母さん…………」
その正体は叔母の雛乃だった。手には先ほど淹れてきたらしいコーヒーカップがあるが、悠のために持ってきたようだ。
「もう、昨日生徒会室で寝落ちしてたのを偶々見つけたから良かったけど、あのままだったら悠くん、学校で寝てたままになってたわよ」
雛乃にそう言われて、悠は昨日何があったのかを思い出した。
今日は音ノ木坂学院のオープンキャンパス。廃校が決定するか否かの正念場だ。絵里と希が新しく加入したことにより、μ`sのパフォーマンスのレベルは格段に上がっていった。この調子であれば、オープンキャンパスでのステージで中学生たちの心を掴むことができるはずだと絵里も太鼓判を押していた。そして、頑張ってくれた絵里へのお礼にはならないが、悠は生徒会の助っ人として、穂乃果たちのライブの準備をしながらも生徒会の準備も手伝っていた。
そして、昨日。全てやることも終わって一息ついていた時に、あの激闘の残っていた疲れとオープンキャンパスの準備での疲れが合わせて押し寄せてきたのか、そのまま寝落ちしてしまったらしい。何とも情けない話だ。そのせいで雛乃の手を煩わせてしまったらしい。本人は気にしていない様子であるが、申し訳なくなってきた。
「それに、さっき山岸さんって人から悠くんの携帯に電話があったわよ」
「山岸さんが?」
今回はシャドウワーカーの風花にも準備を手伝ってもらっている。今回は今までと違って様々な機材を扱うイベントだったので、機械に詳しい風花の協力がどうしても必要だったのだ。準備期間中、機材に関するトラブルが度々発生し、その度に風花に解決してもらったので感謝してもしきれない。電話に出た雛乃によると、機材の調子は大丈夫なので今日は頑張ってねとのことらしい。今度風花になにかお礼をしなくてはと思っていると、雛乃はコーヒーカップを悠に手渡した。
「今日は音ノ木坂学院の運命が決まる大事な日。それは分かるけど、無理しちゃだめよ。悠くんが頑張ってきたのは私もことりたちも分かってるから、きっと上手く行くわ。私はそう信じてるわよ」
雛乃はニコリと笑って悠にそう言った。悠はその笑顔を見て赤くなりながらも、はいと頷いてコーヒーを一口飲む。やっぱりこの人には敵わないなと心で思いながら。この時のコーヒーはとても温かった。
そんな朝を迎えたオープンキャンパス当日。穂乃果たちと合流してから軽く打ち合わせした後、悠は生徒会の手伝いの一環で誘導をしていた。やはり昨今話題になっている【μ`s】に興味がある人が多いのか、たくさんの中学生たちが訪れていた。そんな中学生たちをオープンキャンパスの会場へ誘導していると
「やあ、鳴上くん」
ふと誰かに声をかけられた。聞き覚えのある男性の声だったので見てみると、そこにいたのは、中学生くらいの女の子を伴っているメガネを掛けたスーツ姿の若めの男性だった。この人物を悠は知っている。
「あなたは…りせのマネージャーの井上さんでしたっけ?」
「ハハハ、覚えててくれたんだね。去年はりせちゃんのことで君には色々と迷惑をかけちゃっから、覚えられてないと思ったけど」
「いえ、そんなことは」
この悠と気さくに話す男性の名は"井上 実"。特捜隊メンバーの一人、久慈川りせの現役マネージャーであり、去年りせの引退問題で色々と関わったことのある人物だ。根が良い人物なのか、りせが引退して他のアイドルのマネージャーに赴任した後もずっとりせのことを気にしていた。悠ともその最中に知り合ったので、一応顔見知りである。りせの復帰後もマネージャーとして支えてくれているようだ。
「ところで井上さん、その子は?」
「ああ、この子は僕の姪っ子でね、今年受験生なんだ。この子もこの学校のスクールアイドルに興味があるらしくてね。りせちゃんから聞いたけど、ここの【μ`s】ってスクールアイドルは何でも鳴上くんがマネージャーをしているんだろ?今世間でも話題沸騰中のスクールアイドルだし、一度見てみたいと思って、この子の付き添いで来たってことさ」
なるほど、姪の付き添いのついでに今話題である【μ`s】の視察に来たらしい。流石はアイドル事務所のマネージャーである。ところで、井上さんがここにいるということはりせも来ているのでは思っていると
「りせちゃんなら今日はレッスンだよ。隙を見て鳴上くんに会いに行こうとしていたけど、防衛線は張っておいたから」
さり気なくすごいことを言う井上。伊達にデビュー当時からりせを見てきただけのことはある。とりあえず、りせがここに来て色々と面倒なことになることは避けられたようだ。手回しをしてくれた井上に今日は楽しんでくださいと軽くそう言って、会場の方へ案内する。そして、それがキッカケだったのか、この次からまた顔見知りと出会うこととなる。
「鳴上く~ん!久しぶりやな~!」
次に耳が拾ったのは京訛りの関西弁の少女。まさかと思って振り返ってみると、予想通りの人物だった。
「ラビリス!それに……アイギスさんも」
次に会ったのは、GWで仲間となったラビリス。そして、その隣にはその妹?にあたるシャドウワーカーのアイギスがいた。彼女たちが現れたことに悠は驚いてしまう。対シャドウ兵器が…桐条グループの重要機密が当然のように公共の場にいる。当の本人たちは悠の心情を知らないのかキョトンとしていた。
「鳴上さん、お久しぶりでございます。GWの時は色々とお世話になったであります」
「そうかしこまらないでください。今日はどうしてこちらに?」
頭を下げるアイギスの対応に困りながらも悠は事情を聞いてみる。すると、アイギスは淡々と悠の質問に答えた。
「はい、本日は姉さんが通う予定である音ノ木坂学院がどのような場所なのかを視察しにまいりました。本来なら美鶴さんがお越しになる予定でしたが、急な会議のため、私が代理で姉さんの付き添いで来たであります」
「えっ?」
アイギスの言葉に耳を疑ってしまった。ラビリスがここに通う?まさかと思うが、あの美鶴のことだからそんなことは可能だろう。こちらとてラビリスがここに通うのは大歓迎だが、桐条の重要機密が一般の学校に通うというのはいかがなものだろうか?
「まあ…鳴上くんが思うとることは分からんでもないけど、今日は穂乃果ちゃんたちのライブをたのしませてもらうわ。ほな、鳴上くんも頑張ってな」
「本日はどうぞよろしくお願いするであります」
一応悠の心情を察してくれたらしいラビリスは笑顔でそう激励してくれた。そんな2人を悠は会場へと誘導する。どうか彼女たちが桐条グループの機密事項であるとバレないことを祈りながら。
その後、ある程度人数を捌いて会場もかなり人が集まってきたと思ったその時、また知り合いと遭遇することとなる。
「「鳴上さ~~ん!」」
後ろから聞き覚えのある少女たちの声が聞こえてくる。この声は……
「雪穂と亜里沙か」
「はい!こんにちは、鳴上さん!」
「わ~い!鳴上さんだ~!」
思った通り、最近会うことが多くなった雪穂と亜里沙がこちらに向かいながら手を振っている姿が見えた。2人とも中学3年生、つまり受験生ということもあるだろうが、姉がライブをするとあってかそれを見に来たようだ。すると、
「ちょっ、ちょっと!僕を置いていかないで下さいよ~!」
後ろから雪穂たちを追ってきたらしい少年の姿も見えた。その少年の姿を見て、悠は驚愕した。爽やかな雰囲気に月光館学園の制服。以前にこと辰巳ポートランドを訪れた時に知り合った"天田乾"だった。
「天田!君まで」
「な、鳴上さん!!って、そうか。音ノ木坂学院って鳴上さんの通ってる学校だから当然か……」
悠は天田の登場に驚いたが、当の本人は悠が音ノ木坂学院の生徒であることを思い出したのか、あまり驚いた様子はなかった。
「あれ?天田くんと鳴上さんは知り合いなんですか?」
悠と乾が知り合いだったのことが意外だったのか、雪穂は思わずそう尋ねてしまった。
「ああ、以前ちょっとな。雪穂と亜里沙こそ天田と知り合いだったのか?」
「いや、今日初めて会ったばっかりですよ。何でも一緒に来た人たちとはぐれちゃったらしくて、それで一緒に探してたんです」
「なるほどな」
「そうなんですよ。全く、あの人たちは自由すぎるんだから……」
雪穂が事情を言った途端、乾はうんざりと言わんばかりに溜息をついた。どうやら乾も友人か知人とでここに来たらしいが、相手が自由な性格なのかはぐれてしまったらしい。乾も苦労しているなと思わず同情していると、亜里沙がこんなことを聞いてきた。
「ねえねえ、鳴上さん!今日は鳴上さんも踊るの?」
「「えっ?」」
「亜里沙、お姉ちゃんのダンスも楽しみだけど……鳴上さんのも見たいなぁ」
キラキラとした目でそんなことを言ってくる亜里沙。こんな純粋な女の子に顔を覗き込まれてそう言われれば、嘘でも彼女を喜ばせたいと大抵の男子は思うのだろうが、そこは様々な耐性を持っている悠。理性を保って亜里沙に申し訳なさそうに正直に言った。
「すまないな亜里沙。今日の主役はお姉ちゃんたちだから、俺は踊らないんだ」
「ええっ!そんな~…………」
亜里沙はこれ見よがしにガッカリといった表情を見せる。事実上悠はマネージャーだし、穂乃果たちを差し置いてステージに上がるなどないだろう。余程のことがない限りは。正直に説明したせいか、亜里沙の表情が寂し気である。それを見かねた悠はお詫びにと亜里沙の頭を優しく撫でた。
「えっ?」
「でも、今日はお姉ちゃんたちのライブを楽しんでくれ。お姉ちゃんも亜里沙が見てくれるのを楽しみにしているはずだぞ」
「は、はいっ!」
悠に撫でられて亜里沙は寂し気なものから一変して嬉しそうに笑顔になった。悠と亜里沙の周りにほんわかな雰囲気が流れ始める。しかし、
「………………」
「あ、あの…どうしたんですか?高坂さ……………ん?」
そんな2人の様子を見た雪穂をジッと見ていたのが気になったのか、乾は声を掛けようとしたが、雪穂の顔を見た途端に絶句してしまった。どこか悠と亜里沙をムスッとした表情で見ていたのだが、何故かそれを見て寒気を感じてしまったのだ。この感じを乾は覚えていた。お陰でここはほんわかではなく、ヒヤリとした空気が流れている。
「ん?どうしたの?天田くん?」
「な、何でもありません……」
笑顔の雪穂の機嫌を損ねまいと曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す乾。そう言えば、こんなやり取りを"あの人たち"ともしたなと数年前の苦い思い出が浮かんでしまった。やはり悠もあの人と同じなのかと乾は思わずげんなりしてしまった。そして、何があったのか知らない悠と亜里沙は2人の様子を見てポカンとしてしまったのは、そっとしておこう。
そんな調子で雪穂と亜里沙、乾を会場へ誘導した悠は。先ほどの亜里沙の言葉を思い返していた。確かに自分もステージで踊れたらいいだろうが、自分がステージに上がって踊るということなんてないだろう。今日の主役は穂乃果たちで自分は裏方なのだから。
この時まではそう思っていた。手伝いが一段落して携帯にあの連絡が来るまでは………
『悠先輩!大変だよ!!花陽ちゃんがお腹壊しちゃった!!』
特別ライブ開始前に穂乃果からそのような連絡を受けた悠は急いで穂乃果たちの元へと向かった。穂乃果たちの控え場所になっているテントに着くと、皆衣装を着てスタンバっていたが、そこには腹を抱えて座っている花陽、そしてその周りであたふたとしている穂乃果たちの姿があった。
「ゆ、悠せんぱ~い!どうしよう……」
「落ち着け。一体何があったんだ?」
とりあえず慌てられても困るので、皆を一旦落ち着けさせて話を聞くことにした。
「じ、実は花陽ちゃん、緊張のあまりにおにぎり食べ過ぎちゃって……」
「はっ?」
話をまとめるとこうだ。ライブは音ノ木坂学院の説明会が終わってからで、ちょうどお昼ごろとなる。それまでの時間、緊張を落ち着けるためにメンバー各々色んな対策をしていたようだが、花陽は家で作ってきたというおにぎりを食していたらしい。それを食べ過ぎてしまい、逆にお腹を下してしまったという。
「これがその証拠写真です」
穂乃果が撮ったらしい携帯の写真を見てみると、そこには見たことがないような大きなおにぎりを持つ笑顔の花陽が写っていた。まさか…これを食べたというのか。緊張している状態でこんなものを食べたら、それはお腹も壊すだろう。だが、不幸中の幸いか危機的な状況になるようなことではなかったので悠は安堵した。
「す…すみません……私のせいで………」
花陽は自分のせいで皆に迷惑がかかってしまったと思っているのか、申し訳なさそうに謝り倒している。しかし、そんな花陽を必死に凛たちが励ました。
「か、かよちんは悪くないにゃ!」
「そうだよ。緊張することなんて誰だってあるんだから」
「花陽が気に病むことじゃないですよ」
「でも…………」
皆にそうフォローされるも花陽は皆に申し訳なさそうに謝る。すると、誰かに頭に手を置かれた。
「自分を責めるな、小泉」
「な、鳴上先輩………」
悠にそう言われて、花陽は思わず涙してしまった。何しろμ`sメンバー全員が人前でライブをするのは初めてなのだ。悠も一度経験したから分かるが、人前でパフォーマンスするとなるとかなり緊張する。ファーストライブの時はお客が数人しかいなかったので、穂乃果・海未・ことりも例外ではない。こんな大勢の前でやるとなると、緊張も計り知れたものではない。理由はちょっとアレだが、どうであれ花陽のことを責めるのはお門違いだ。しかし……
「でも、ライブはどうするのよ」
テントの外を見ると、ライブを今か今かと待っている中学生たちの姿が見受けられた。ふと時計を見ると、もう説明会は終わっている時間だ。ライブの開始時間まであと少ししかない。絵里もそれに気づいたのか、花陽に体調を聞いてみる。
「花陽、確認するけどライブは出来るの?」
「はい……大分治まったのであと少し待っていただければ………」
「そう……なら大丈夫ね」
「でも、もう開始時刻は過ぎてるから、これ以上はお客を待たせられないわよ」
花陽の回復を待つとなると、彼らをかなり待たせることとなる。それは長い時間説明会を耐えた中学生に悪い印象を与えるので流石にまずい。こうなると、花陽はライブを降りなければいけないのだが、それだと今までの練習がふいになってしまう。テント内に悶々とした空気が流れ始める。やはりあの手を使うしかないのかと、悠は苦々し気に皆にあることを提案しようとしたその時だった。
「臆する~ことなく~」
「「「「!?っ」」」」
ステージからそんな明るい女性の声が聞こえてきた。どこか聞いたことがある…というか思いっきり知り合いの声だったので、悠は思わず冷や汗が出た。まさかと思いつつ、悠たちは恐る恐るとステージを見る。
「デスパレードお邪魔いたします」
「「「え、
何とステージに現れたのは、ベルベットルームの住人であるエリザベスだった。しかも、いつの間にか手にマイクを持っている。突然ステージに現れた謎の美少女に会場からは戸惑いの声が上がった。しかし、エリザベスはそれに動じず淡々と話し始めた。
「皆々様方、本日はこの音ノ木坂学院のオープンキャンパスとなる催しに来て下さり、誠にありがとうございます。私は本日の司会進行を勝手ながら担当いたします"エリザベス"という者でございます。どうぞ"エリP"とお呼びください」
(何でアンタが司会者みたいになってんだー!!)
(しかも勝手にやってること自覚してた!)
(それにエリPって何!?)
この切羽詰まっている状況の中でエリザベスが登場。声には出さないものの、皆心の中でツッコミを入れた。観客の方からは更に戸惑いの声が聞こえてくる。一部からは"あっ!エリザベスさんだ"という声も上がったが、誰とは言わない。新しく加入したばかりの絵里と希もエリザベスには初めて会うので、こちらも戸惑いを隠しきれなかった。
「さて、皆々様はこの学び舎のスーパースクールアイドルであらせられる【μ`s】の特別ライブとやらが楽しみなご様子。私も姉様から大変すばらしいものと聞いて、ワクワクと楽しみにしておりました。ですが、先ほど妙なトラブルが発生してしまったようでございます。何でも機械というハイカラなものの調子がよくなかったり、メンバーの一人が緊張のあまりに跳び箱の中に隠れてしまったりと」
(いや!勝手に情報をねつ造しないで下さい!)
(お腹壊したことより恥ずかしいんですけど!?)
(それに跳び箱に隠れるのは栗○くんの方だにゃ)
(それも違うよね!)
中々ライブが始まらない理由を勝手にねつ造して話すエリP…もといエリザベス。色々とツッコミどころが満載だが、エリザベスは止まらない。ふと会場の方を見ると、そこにエリザベスとここにやってきたマーガレットが溜息をついている姿が見受けられた。どうやらこの事態はマーガレットにも予想外のことだったらしく、何とかしてくれと視線でそう送るが、もう愚妹は止まらないと悟ったのか取り合ってくれなかった。
「しかし、心配はありません。先ほど腕利きのマネージャー様が全て解決致しました。なんと機材を手で叩いただけで直したり、メンバーを何とも甘いお言葉で緊張から解放したりと、何とも素晴らしい手際で御座います」
((((……………………………))))
エリザベスのマシンガントークが止まらない。それに一部誤解を招く表現があった気がする。これ以上観客に誤解を生むようなことは止めてもらおうかとステージに上がろうとすると、
「ですが、そのメンバー様はまだ体調が回復するには少々時間がかかるご様子。それまで皆々様を退屈させることがあっては我が音ノ木坂学院の名折れ。そこで、メンバー様が回復なさるそれまでは私がご用意した幕間を皆々様に楽しんで頂こうかと思います」
エリザベスの言葉に会場がザワザワとし始めた。しかし、それに動揺したのは穂乃果たちもだ。エリザベスが言った"幕間"。今回のライブは一曲しか用意していないし、そんなものを用意する暇もなかったはず。一体エリザベスは何を言っているのだろうかと思っていると、エリザベスはその内容を発表した。
「私が皆々様のためにご用意した幕間。それは………………【μ`s】のマネージャーにして、我らスーパースターであらせられる"鳴上悠"様による、ダンスパフォーマンスでございます!!」
「…………………………えっ?」
「「「「えええええええっ!!」」」」
一瞬時が止まったように静かになった後、控えテントから悲鳴、会場の一部から歓喜の声が上がった。
「どういうこと!?鳴上のダンスパフォーマンスって!」
「な、鳴上先輩がダンス………」
エリザベスが発表した幕間の内容に穂乃果たちは大慌てだ。エリザベスの言葉が自分たちの予想をはるかに超えていたので当然と言えば当然である。だが、
「でも…鳴上さんは大丈夫なの?いきなりこんなこと振られて……」
「そうよ!鳴上がダンスの練習をしたところなんて一度も見たことがないわよ」
真姫とにこの言葉に一同は水を打ったかのように沈黙する。確かに今まで自分たちの練習に付き合ったことはあれど、一緒に踊ったことはおろか悠自身がダンスをしているところなど見たことがない。こんなことを言うのはおこがましいが、このぶっつけ本番の状態でダンスが出来るのか?一同がそんな不安を感じていた。すると、
「やってみればええやん」
「「「「えっ?」」」」
その沈黙を破ったのは希の一言だった。
「今はそれしかないんやろ?ここはあのエリPって人の提案に乗るしかないんやない?」
「でも……」
「大丈夫や。悠くんがこの展開を読んでない訳ないやろ?」
希はそう言うと、悠に意味深な笑みを向ける。悠はそれに応じずそっぽを向いた。沈黙はイエスということだろう。そんな悠の反応を見たことりは心当たりがあったのか、何か気づいたような表情になる。
「お兄ちゃん……もしかして、最近寝不足だったのって……あっ…」
「行ってくる」
悠は何か言おうとしたことりの頭を軽く撫でて、ステージへ上がろうとする。悠とてこの状況を予想していた訳ではない。ただ、ベルベットルームでエリザベスが悠のパフォーマンスを楽しみにしていると妙に意味深気味に言ってきたので、もしやと思って備えていただけのことだ。ここは何とか覚悟を決めてやるしかない。
「鳴上くん」
重い足取りでステージへ上がろうとすると、絵里に声を掛けられる。振り返ってみてみると、絵里が真っすぐな目でこちらを見ていた。
「頼んだわよ」
絵里の目から信頼と期待を感じる。穂乃果たちも頑張ってと言うように悠の目をしっかり見ていた。それに倣って穂乃果たちも悠に頑張ってとエールを送る。穂乃果たちのエールを受けて、悠は身体が熱くなるのを感じた。
「ああ、任せろ」
仲間のエールを受けて、悠の心の中にあった不安は消し飛んだ。これで心置きなく踊れる。悠は決意の証にメガネを掛けて、意気揚々とステージへ上がる。だが、
「その前に鳴上くん…………それ八高の学ラン!!着るならこっちを着なさい!!」
いつの間にか着替えていた八高の学ランでステージに上がろうとしていたので、絵里は慌てて止めにかかった。いつの間に着替えたのかは知らないが、それを着て踊るのは流石にまずい。無理やり絵里に八高の学ランを脱がされ、音ノ木坂のブレザーを着せられた悠は何故かバツの悪そうな表情になっている。せっかくの良いシーンが台無しであった。
ステージに上がった瞬間、悠は謎の緊張感に襲われた。去年のりせのライブでも同じだったが、大勢の人の前に立つとやはりどう平静を保っても緊張してしまう。だが、それ以上にこの状況にワクワクしている自分がいた。一旦深呼吸をして観客を見てみる。ほとんどの観客は興味深そうにこちらを見ているが、中にはなんだこいつと不思議そうに見る人、黄色い声を上げて携帯を構える人、"鳴上さ~ん!"と大声でこちらに手を振っている少女、誰かカメラ持ってませんかと必死に教師に尋ねる理事長などと様々な人がいた。後半は自分の知り合いや身内だったということはそっとしておこう。
しかし、悠はまだ自分はステージに上がれるレベルまで達しているとは思っていない。何日か練習しただけの付け焼刃なので、踊り切れるかどうかと言った感じだ。正直人に見せられるものではないかもしれない。しかし、それでもやってみよう。自分を信じてくれたみんなのために、学校のために……そして、己のために。今、この瞬間を楽しもう。準備が完了したとエリザベスに合図を送ると、エリザベスは承知したと笑みを返した。
「それでは参りましょう!鳴上悠様によるダンスパフォーマンス、曲目は【Dance!】でございます!いざ、レッツフィーバーナイト!エンド、パーリーナイト!」
エリザベスが高らかに宣言したと同時に、何度も聞いた冒頭の軽やかなリズムが流れてくる。その瞬間、悠の中のスイッチが入った。
―――よし、挑戦させてもらおう
………………
曲が始まって少し経つと、静かだった会場が湧き立ち始めた。それもそのはず。ステージで踊る悠の姿に皆は見惚れていたのだから。
「おおお~!すご~い!!」
「思わずノッてしまいますね」
「何だか元気になってきました!」
「かよちんがすっかり元気になったにゃ~!」
「これって……やっぱりお兄ちゃん」
「ま、まあ……私の次に上手いわねぇ!」
何の予感があったかは知らないが、悠はこのことを予期して密かに練習したのだろう。独学で必死に練習したのがよく分かった。だが、自分の目から見ても彼はまだ素人。ダンス自体は普通だし、まだまだ基礎がなっていないのが見て分かる。だが、
「すごい……」
思わずリズムを取ってしまう。自然と体が動いてしまう。気づけば、ステージの彼に魅了されていた。ダンスは素人なのに何故こうも人を魅了できるのか。おそらくこれは"表現力"。彼の元から持っている圧倒的な表現力がその素人さをカバーしていた。全く類まれなるペルソナ能力といい、皆に好かれるカリスマ性といい、桁違いな男だと改めて思った。まだダンスの技術がなっていないのは、これから指導していけば更に磨きがかかるだろう。また教え甲斐のある人物に出会えたと心の中でほくそ笑む。そして、こうも思った。
「……負けられないわね」
こんなものを見せられては自分たちも負ける訳にはいかない。彼以上のパフォーマンスを観客に見せつけてやろう。思えば、他人にこんなことを思ったのは久しぶりかもしれない。そう思いながら、またステージの彼に目を向けた。
………………
――――どうだ!
有りっ丈の思いを込めて悠はダンスに集中した。りせの教えを少し受けたとはいえ、自分はりせや穂乃果たちとは違い、何日か練習しただけで踊り切るかどうか心配になる素人だ。いくら幕間とはいえ、そんな自分がこのようなステージに立つことなど本来ならありえない。だからこそ、りせから教えてもらった"気持ちを込める"ということに専念した。例えダンスが素人でも気持ちを込めることだけは負けない。何とかその気持ちを持ちつつ最後まで踊り切った悠は、会場の様子を見てみる。
「「…………………」」
踊り切って曲が流れ終わっても観客はシンと沈黙したままだった。観客のその反応に流石の悠も内心焦ってしまう。何がいけなかったのか、何かまずいことをしてしまったのか。そう思った時……
ワアアアアアァァァ!!
一瞬の沈黙から、会場は喝采の声でいっぱいになった。そして、会場から次々と悠を称賛する声が聞こえてくる。
"カッコイイ!"
"すごかった!"
"あんなダンス見たことない!"
"鳴上さん最高!!"
"カッコいいわよ!悠くん!!"
"見事なものね"
何故か後半は知り合いの声が聞こえてきたが、それを聞いた悠はやり切ったという達成感、そして喜んでもらえてよかったという高揚感に包まれていた。
「ふう……」
上がり切った息を整えて観客の喝采の余韻を残したまま、悠はお辞儀してその場を去って行った。ステージから降りると、先ほどまで感じなかった疲労感と汗がドッと押し寄せてくる。相当アドレナリンが出ていたのか、立っているのがやっとと言った感じだ。すると、
「悠先輩」
おそらく悠をそこで待っていたらしい穂乃果たちが悠の元へ駆け寄ってきた。皆息が上がってフラフラになっている悠を心配そうに見つめていた。そんな彼女たちに悠は心配かけまいと笑顔を作ってサムズアップする。
「さあ、次は穂乃果たちの番だ。思いっきりやってこい!」
悠のその言葉を聞いた穂乃果たちは気分が高揚した。先ほどまで体調を崩していた花陽も回復済みらしく、いつもの笑顔が戻っていた。
「うん!悠先輩以上のパフォーマンスを見せつけてくるよ!」
「それでは皆々様、長らくお待たせいたしました。満を持して、ステージに【μ`s】………歌の女神たちが降臨でございます!どうぞ皆さま、盛大な拍手!拍手を!!」
タイミングを読んでいたかのように、ステージからエリザベスのそんな声が聞こえてきた。待ってましたと言わんばかりに穂乃果たちは身を引き締める。
「よし!みんなアレをやろう!!ほら、悠先輩も!」
そして、彼女たちはピースサインを作ってそれを皆と一つに合わせる。傍からその様子を見守ろうとした悠も穂乃果に急かされて、彼女たちと同じくピースサインを合わせた。そして、
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「10!」
――――μ`sic START!!
掛け声で心を一つにした彼女たちはステージへと上がっていった。
結論を言うと、穂乃果たち【μ`s】のパフォーマンスは今まで以上に素晴らしいものとなった。悠の幕間に影響されてか、今まで以上にダンスに磨きがかかっており、何よりこちらも彼女たちの世界に入ってしまうくらい観客は彼女たちのパフォーマンスに魅了されていた。悠は椅子に座りながらテントで彼女たちのパフォーマンスを見てそう思った。やはりたった何日か練習した程度の自分では比べようもない程、多くの人に感動を与えていた。それは新しく加入した絵里の指導、そして彼女たちの努力の賜物だろう。そして、パフォーマンスが終わると、自分の幕間以上の拍手と歓声が会場を包んでいった。どの声も穂乃果たちを称賛している。可愛かった・元気が出た・興奮が止まらないと。それを聞いた悠は嬉しさでいっぱいになった。自分の仲間たちが皆に認められて嬉しかった。鳴り止まぬ歓声の中で悠は密かにニコッと笑った。
こうして、波乱万丈の音ノ木坂学院オープンキャンパスは訪れた中学生や保護者たちに喜びと感動を与えて終了した。それはスクールアイドル【μ`s】、そしてそのマネージャーの活躍で大成功を収めたのであった。
「叔父さん!あの人のダンス、凄かったね!」
「ああ………そうだね」
音ノ木坂学院のオープンキャンパスからの帰り道、井上は隣にいる姪の言葉に曖昧な返事を返す。井上の頭の中は今日の音ノ木坂学院のライブのことでいっぱいだった。今話題沸騰中のスクールアイドル【μ`s】。彼女たちの演技は間違いなく本物だった。彼女たちなら、あのスクールアイドルNO.1とされている【A-RISE】と並びたつことも夢じゃないだろう。そして、彼女たちと同じくらい幕間の悠のダンスも素晴らしいものだった。何人ものアイドルのマネージャーを務めている井上だが、ここまでのことを感じたのはりせ以来初めてだ。思い返すと、ダンス自体は素人同然だったが、パフォーマンスとして大事な表現力が並みのダンサーに比べて桁違いだった。ふと井上の頭に随分前に先輩に言われた言葉を思い出す。
"一流に対しては歓声が沸く。超一流に対しては人はまず沈黙するもの"
先ほどの観客の反応を見れば、悠たちがどちらかなどは一目瞭然だ。こんなに気持ちが高ぶったのは久しぶりだった。隣で姪が興奮して今日のことを話している最中、井上はふと呟いた。
「彼らは逸材だ……」
<鳴上家>
「それじゃあ、みんな~今日はお疲れ様ー!乾杯!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
穂乃果の音頭で皆は各々が持つグラスを上げて乾杯する。オープンキャンパスの片付けも終わって一段落したところで、μ`sはいつもの如く鳴上家で打ち上げを行っていた。既にテーブルには食欲をそそる匂いがする料理がたくさん並んでいた。疲れている最中に悠が作ってくれたのだ。何もかもやってくれて申し訳ないと思ったが、食べないとそれこそ作ってくれた悠に申し訳ない。今日は余程疲れたのか、穂乃果たちは早速料理に箸をつける。
「いや~今日は色々あったけど楽しかったね!」
「凛もとっても楽しかったにゃ~」
「一時はどうなるかと思いましたけどね………」
「ううっ……今度は気を付けなくちゃ」
「まあ、それはこれからやね」
穂乃果たちは今日のことを振り返りながら楽し気に料理を食べていた。大きなイベントの後なのか、気が緩み切っている。また明日から練習なのにこんな調子ではいけないと絵里は注意を促そうとしたが、今日くらいは良いかと考え直した。自分も久しぶりにステージに立ってパフォーマンスをしたので、正直お腹が減りすぎているのだ。体重は気になるが、悠の手料理はかなり美味なので食べないと勿体ない。
それと、あの時に司会者として現れた"エリザベス"という人物は気になる。ライブが終わってから忽然と姿を消していたので、詳細が掴めていない。悠たちと知り合いらしいが、一体何者だろうか?だが、そんな疑問は料理の美味さにかき消されてしまった。
また一山超えた彼女たちの楽し気な笑い声が鳴上家を溢れかえっている。すると、
「なんと言っても、今日の悠先輩のダンスはすごかったよね〜!」
「うんっ!早くお母さんに焼き増し貰わなくちゃ」
「あれ?そういえば、その鳴上はどうしたの?」
さっきから悠の姿が見えないことに気づいたのか、にこが皆にそう尋ねた。もしや疲れて自室で寝ているのだろうか。だが、その質問に花陽が答えた。
「あっ!鳴上先輩なら、さっき誰かから電話がかかってきたようなんで、お外の方に行きましたよ」
「電話?もしかして、菜々子ちゃんか陽介さんたちからかしら?」
「さあ?そこまでは……でも、嬉しそうな顔をしてたんで多分菜々子ちゃんじゃないですか?」
「ああ……そうかもね」
悠が嬉しそうな表情をしていたとなるとそうかと一同は納得した。悠は自他ともに認めるシスコンなので、菜々子からの電話なら納得だ。そのうち帰ってくるだろうと思いながら、穂乃果たちは食事を続けたのであった。ただ、ことりだけは"私も妹なのに"と密かに愚痴っていた。
「はい………分かりました」
自宅の外にて意外な相手からの通話を終えて、ふうと息を吐く悠。何というか色々あり過ぎて一日が長く感じた気がする。ふと空を見上げると大きな満月があった。今日の月は何故かいつも見ているものより大きく、そして綺麗に見えた。
「ここにいたのね、鳴上くん」
そんな満月をぼんやりと眺めていると、悠を探していたらしい絵里に声を掛けられた。ちょっと長電話になってしまったので、心配になって来てくれたのだろう。
「ああ、心配かけてすまなかったな」
「誰からの電話だったの?」
「ええっと………りせから。今日のライブはどうだったのか気になってたらしくて」
「……そう」
どこか口ごもってそう言った悠を不審に思った絵里。おそらく今の電話相手はりせではないことは容易に想像できた。だが、あまり悠のプライベートに付け込むのは良くないと思ったので、それ以上は深入りせず悠と隣に立って満月を見上げることにした。悠も絵里の対応にありがたいと思いながらも空を見上げる。すると、
「今日はありがとうね、鳴上くん」
「えっ?」
「一時はどうなるかと思ったけど、あなたのお陰でオープンキャンパスは成功したわ」
「俺は何もしてないさ。今日のライブは穂乃果たちのお陰だ」
相変わらず謙遜する悠に絵里はブレないなと思った。おそらく今日のライブでの幕間は自分たちのパフォーマンスより劣っていると思っているのだろう。そんなことないのにと思いつつも、絵里は会話を続けた。
「あのダンス……りせさんに教えてもらったんでしょ?」
「……バレたか」
「ことりが言ってたわよ。やっぱり一緒に暮らしていると気づくものなのかしらね」
絵里の指摘に悠は苦笑いになる。教えてもらったと言っても、何か自分にピッタリな曲とダンスはないかと尋ねただけだ。あとのことは全て悠が独学でやったこと。皆に内緒で密かに練習していただけだ。ことりにはバレていたようだが、それは当然か。
「確かに、初めてにしては上出来だったわ。表現力なら誰にも負けてない。でも、まだ技術的には素人よ。いくら表現力があっても技術が身についてなきゃ、意味がないわ。今回の喝采は偶々だと考えておきなさい」
相変わらずて厳しい評価に悠は苦笑してしまう。だが、今までの絵里と違って指導に熱が入っていたので一言一句聞き逃さまいという気持ちになる。
「だから鳴上くんはもっとステップを………何よ?えらく真剣に聞いてるじゃない」
「いや、絢瀬の指導はちゃんと聞いておかないとって思って」
「だから絵里で良いって言ってるでしょ」
「ツッコむところはそこなのか」
その後も他愛ない話が続いていく。ある話に区切りがつくと、不意に絵里はこんなことを聞いてきた。
「ねえ、鳴上くん。前にあなたに"嫌い"って言ったこと覚えてる?」
「ああ……」
ファーストライブの時、講堂の使用許可を取ろうとした際に言い合いに発展した時に言われたのを思い出す。その時、自分は確か絵里に好きになってもらうように頑張ると言ったはずだ。今から思えば何とも恥ずかしいことを言ったものだなと少し後悔してしまう。だが、そんな悠とは反対に絵里は少し嬉しそうだった。
「今から思えば、あの時から私は貴方に嫉妬してたのよ。私の影が言ってた通りね」
「……………」
「でも……今は違うわ。あなたとこうやって何気なく話せてるのがとても楽しい。あの子たちと一緒にスクールアイドルをやれているのがとても楽しいの。私、あなたたちと出会えてよかったわ」
絵里の声色からそれが心からの本音であることを感じる。自分の影と向き合った影響か、絵里は以前より生き生きしているのが分かった。そう思うと、絵里は自分たちのお陰で救われたのだなと改めて感じた。
「そうか…………」
「鳴上くん」
絵里はそう言うと、悠に近づいて耳にそっと囁いた。
「Я тебя люблю」
「えっ?」
絵里は今何と言ったのだろう。今のは英語ではない、聞いたこともない言葉だった。一体どういう意味なのかと困惑していると、絵里はスッと悠から離れて悪戯が成功した子供のような表情を浮かべた。
「フフフ、これからもよろしくね。鳴上くん」
絵里はそう言いながら微笑んで、さっとその場を去っていった。その時の絵里は秘めていた想いを伝えて喜んでいるように見えた。
絵里が去った後、悠は先ほど絵里に言われた言葉の意味を考えていた。あれは何語だろうか。少なくとも英語ではないし、絵里の故郷はロシアなので、おそらくアレはロシア語だろう。しかし、その言葉の意味は何だったのだろうか。ふと去り際の絵里の笑顔を思い出してみる。何というか、月に照らされていたせいか、いつもの笑顔がより輝いていたように見えた。思わず絵里の笑顔を思い出して呆けていると、
「悠くん、鼻の下が伸びとるよ」
「いてて!」
いつの間にか近くにいた希が頬をつねってきた。希の細い指が頬に食い込んでいるので、とても痛い。ギブアップと言わんばかりに股をバンバンと叩くと反省したと思ったのか、希は手を離してくれた
「の、希……いつの間に………」
「全く悠くんは昔からモテモテやねぇ。ウチも負け取られんなぁ」
「え?モテモテ?えっ?」
「ハァ……」
相変わらずの鈍感であると希はため息をついた。本人は自分の親友を落としたことに気づいていないようだ。まあそれが悠の昔からの性格なので今更なのだが、いつかはこの鈍感を何とかしなければならないだろう。それはともかく…
「今日の悠くんはカッコよかったで。まるで本物アイドルみたいやったわ」
「そうか。希こそ………可愛かったよ」
「ウフフ、嬉しいなぁ。悠くんにそう言われると」
互いに今日のライブでのパフォーマンスを褒め合う悠と希。希が悠のダンスに見惚れていたのは自明の理だが、悠も悠でμ`sのパフォーマンス中は妹のことりの次に希のことを見ていたのだ。普段の大人っぽい雰囲気に加えて、ステージに立って踊っていた希は可愛さが増していたので、すごく綺麗だったと悠は思っている。悠に褒められて照れている希にドキッとしてしまったので、悠は慌ててそっぽを向いた。すると
「あっ!流れ星」
希が突然空を指さしてそう言ったので、悠は思わずその方を見てしまう。
「……………………えっ?」
何もなかったので希の方を振りかえってみると、至近距離に希の顔があった。いつぞや事故とはいえ電車内で壁ドンをしてしまった時と同じだ。希の吸い込まれそうな大きな瞳と透き通った白い肌がよく見える。間近なのか希がいつもより綺麗に見えた。ただ、あの時と違うのは…互いの唇が触れるか触れないかという距離にあったことだった。その距離はおよそ1cmほど………
「の、希!」
「ウフフ」
突然の事に悠は反射的に希から離れてしまう。柄にもなく慌ててたのか顔を朱色に染め、いつものクールな雰囲気はなく、ただの年頃の男子高校生の姿がそこにあった。そんな悠の反応を希は面白そうに微笑んでいた。
「悠くんはやっぱり面白いなぁ♪」
「勘弁してくれ……希、こういうことはあまりしない方が……」
「ウチかてエリチや妹ちゃんたちに負けられへんもん。これからも隙あらば、みんな前でも仕掛けていくつもりやで♪」
「………冗談だろ?」
悪戯っぽくそんなことを言う希に対して、悠は思わず冷や汗が出た。ただでさえことりだけでも怖いというのに、最近は海未や真姫たちもそこのところは厳しくなっているのだから。精神がいくらあってもありない気がする。それに、絵里やことりに負けたくないって何に対してだろうか?そんな悠の心情を知らずか、希はクスクスと笑った。
「さあ?どうやろう?もし、それが嫌やったら」
希はそう言うと、絵里と同じくスッと悠のに近づいてこう囁いた。
「ウチからずっと目を離さんとってや」
綺麗な瞳で見つめられて発せられた希の言葉。それを耳に届いた時、悠はどこか胸がドキッとした。心なしか顔も熱い。あの時と一緒だ。希を冤罪から助けたあの時に希から感謝の言葉を言われた時と一緒の気持ちだった。おそらく希はその言葉を伝えたかったのだろう。だから、悠もそれに応えようと希の両肩に手を置いた。
「ああ、もちろんだ。これからも…希を離したりはしない」
悠がそう言った途端、希はあっけに取られたかのようにポカンとした。どうしたのだろうかと声を掛けようとすると、希は急に踵を返して悠から離れて行った。髪が上手く希の顔を隠しているのでよく見えないが、心なしか顔が真っ赤になっているように見えた。
「…の…希……?」
「悠くんのバーカ…………」
希は悠に聞こえないほどの小さいな声でそう呟くと、悠の胸の中に顔をうずめた。希のその行動に悠は慌ててしまったが、きっと希も疲れたのだろうと思いなおして、しばらくその状態を保つことにした。そんな2人を空に浮かぶ満月の光が暖かく包んでいた。
後日談、というか今回のオチ
オープンキャンパスのアンケートの結果、音ノ木坂学院に入学したいと希望する中学生が多数いたことにより、音ノ木坂学院の廃校は阻止されることになった。つまり、あのオープンキャンパスでの穂乃果たち【μ`s】の活躍のお陰で音ノ木坂学院に廃校の危機を回避させることに成功したのだ。まだ完全にとはいかないが、悠たちは廃校危機だった音ノ木坂学院に希望をもたらしたことになる。このことを知った悠と穂乃果たちは歓喜した。
だが、その日以降μ`sたちに悩みの種が一つ増えてしまった。あのライブのお陰か、道を歩いていると女子中学生に声を掛けられることが多くなった。それは自分たちが有名になった証なので喜ばしいのだが……
「あ、あの!写真撮ってくれますか?鳴上さん!」
「わ、私も!」
「私もいいですか?鳴上さん!」
それが何故か悠の方が多かったりする。あの幕間を見て、悠のパフォーマンスに魅了されたらしい。写真を撮るのは別に構わないのだが、その際周囲から殺気に満ちた視線をチクチク感じることが多くなってしまった。それの発生源が誰とは言わないが、どうしたもんかと悠は頭を悩ませるのであった。とりあえず稲羽の相棒に何か策はないかと電話をする。
「陽介、この状況をどう対処すればいいか知ってるか?」
『知らねェよ!!』
ーto be continuded
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「最近お兄ちゃんの様子がおかしいような……」
「そう言うときはラブリーンだよ!」
「お兄ちゃん………」
「何でクマさんがここに!?」
「子持ちかよ――――!」
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