PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
もうすぐ始まる「PERSONA5 THE ANIMETION」・FGO第二部「永久凍土帝国アナスタシア」。楽しみ過ぎる。それまではバイトと新歓、頑張ります。
お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援が自分の励みになっています。
至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。
いよいよ、決着!希シャドウ戦!結末は如何に!?
それでは本編をどうぞ!
……………………………………………
暗い、暗い暗い暗い暗い
どこを見通しても真っ暗にしか見えなかった。誰もいない、何も見えない。何もない場所に自分はいる。どういうことかは分からないが、これが自分に相応しい罰なのかもしれない。自分は昔、己の我儘で大切な人を神社に閉じ込めた。そして、今…自分の影のせいとはいえ、その彼の大切な記憶をも消し去ってしまった。そんな自分に彼の傍にいる資格などないのだ。誰もいない、この場所で一人嘆いているのがお似合いなのだ。だが………心の中ではこう願っていた。
―――助けて…助けて……悠くん
自分はどこまで勝手でおこがましい人間なのだろう。事の原因は自分、そのせいで彼の大事なものを奪ってしまったというのに。それなのに、また彼に救いを求めてしまう。こんな自分…こんな自分なんて………消えてしまえばいい。あの世界を覆い尽くす霧のように。自分という存在が嫌になり、深い絶望に陥ってしまいそうになったその時、
"大丈夫、悠がきっと助けてくれるよ"
「えっ?」
どこか聞き覚えのある少女の声に希は顔を上げた。その瞬間、視界に眩しい逆光が映って希は思わず目を閉じてしまった。
……………………………………………
「鳴上先輩!」
「鳴上さん!」
「鳴上くん!!」
悠の復活に戦意を失いかけていた海未たちは歓喜した。先ほどまで眠っていた先輩がそこにいる。そして、今までと同じく自分たちがピンチの時に助けてくれた。さっきまで悠を助けようと意気込んでたのに、立場が逆転してしまった。でも、いつもの悠がそこにいる。それだけでも、海未たちは嬉しかった。
「お兄ちゃん……お兄ちゃ~~~~ん!!」
悠が現れて早々、ことりは勢いに乗って悠に抱き着いた。いつもよりも強い勢いで飛び込んできたので僅かながらよろけてしまったが、何とか持ちこたえてことりを受け止める。
「お兄ちゃん!心配したんだよ!!お兄ちゃんはいつもいつも……ことりを心配させて…………」
「ごめんな、ことり」
自分の胸の中で泣きじゃくることりに、悠は愛しく想いながら頭を撫でる。ことりの頭を撫でると自分はここにいると安心感を感じてしまう。自分はつくづくシスコンだなと悠は改めて思った。
「……………………」
「どうした?ことり」
しかし、ことりは改めて悠の姿を見た途端、そのままフリーズしてしまった。今の悠の姿はブレザーとカッターシャツのボタンを全開にしているスタイルだ。つまり、上半身の一部が更け出ている。その姿はいつもの制服姿、私服姿、稲羽での学ラン姿のどれよりもカッコよく見えた。そして、
「あふっ……」
ことりは悠のあまりのカッコよさに気を失いかけてしまった。可愛い従妹が突然倒れたことに悠は慌ててしまう。
「ことり!どうした、ことり!!何があった!ことり―――!」
「いや、それ悠先輩のせいだよね」
慌てる悠に穂乃果は冷静にツッコミを入れる。かくいう穂乃果も若干頬を赤らめていた。しかし、悠の上半身を見て似たような反応をした者は他にもいた。
「うっ……」
「す…すごい……」
「かよちん!真姫ちゃん!どうしたんだにゃ!」
「ぐはっ……」
「にこ先輩まで!!」
「は、は、は……あひゅ~………」
「う、海未ちゃん!どうしたの!?海未ちゃ――ん!」
花陽・真姫・にこと次々と頬を赤らめたり、鼻を抑えたりして悶えている者が続出。海未に至ってはいつもの"ハレンチ"が発音できないほど動揺している。希シャドウとの戦闘で疲れているのか、それとも悠の魅力が凄いのか分からないが、ほぼカオスに近い状況が誕生していた。
「な、鳴上くん…ちゃんとボタンしてくれないかしら……ちょっと…目のやり場に困るのだけど……」
絵里も頬を赤らめながらも悠にそう注意する。絵里も少なからず悠の魅力にやられているようだが、穂乃果と同じく何とか意識を保てているようだった。だが、悠は申し訳なさそうにこう言った。
「すまない、これは俺のアイデンティティなんだ」
「どんなアイデンティティよ!!良いからボタンを閉めなさい!」
「え~……」
「え~……じゃない!」
頑なにボタンをつけようとしない悠に、それを叱る絵里。その様子は不良に説教する委員長、そして無理やりボタンを付けさせようとする姿は反抗期の息子を叱る母親にも見えた。そんな中、
『あなたたち……私を放置するなんていい度胸ね……』
背後から冷たい声が聞こえてくる。その正体は明白だった。
「おっと、まだ終わってなかった」
状況を思い出した悠はふと希シャドウに目を向ける。バカなコントのせいで置いてきぼりにされていた故か、向こうは相当お怒りの様子だった。証拠に一般人なら気絶しそうな殺気が辺りに充満しているが、今の悠にはあまり関係ないと言わんばかりにあっけらかんとしている。
「気を付けて鳴上くん!あのシャドウはおそらく解析タイプ。私たちのことを全て見抜いてるわ。あまり攻撃は通じないと考えた方が良いわよ!」
先ほどまで希シャドウと戦闘を繰り広げていた絵里が希シャドウの情報を伝える。その情報を聞いて、悠はふとあることを思い出した。
「なるほど……タイプはりせの時と同じか……なら、あの時のリベンジができるチャンスだな」
悠は去年の事件で遭遇したりせシャドウのことを思い出す。敵が解析タイプだった故に悠たちのことを全て解析されて窮地に陥った。あの時はクマの必死の一撃のお陰で助かったが、今度は自分がやらなくては。もうあの時の奇跡は起きないだろうが、今度は自分がその奇跡を起こそう。そう心に決意すると、悠は肩に乗せていた日本刀を抜刀した。そして、イザナギを伴って希シャドウと対峙する。
『ウフフフ…まさかあんなことで私の魔法が解かれるなんて思ってなかったわ。でも、またかければいいだけの……えっ?』
希シャドウは悠に先ほどと同じ忘却魔法をかけようとしたが、それは無意味に終わってしまった。いや、効かないどころの話じゃない。今の悠からは何かの凄みを感じたのだ。まるで、悠の周りにたくさんの人間がいるような感覚。ありえないことに希シャドウは思わず身体が震えてしまった。そんなことは露知らず、悠はことりと穂乃果に介抱されている希に目を向ける。
「待っていてくれ。あの時みたいじゃないが、必ず救ってみせる。今度はちゃんと決着を着けよう。この戦いを、俺と君の過去を」
悠は希にそう言うと、穂乃果の方を一瞥して日本刀を握り直した。そして大きく息を吸って今までにないくらい叫びを上げる。
「【特捜隊&μ`s】"鳴上悠"、参る!!」
そう叫んだと同時に、イザナギは地を蹴って高速で希シャドウに突撃した。復活したばかりとは思えない速さに一同は驚愕する。だが、希シャドウはすぐさまカードでイザナギのことを解析して、弱点属性の魔弾を撃ち放つ。高速で撃ち放たれた魔弾は避けきれることはできない。だが、
「チェンジ!」
悠はそれを予測していたかのようにペルソナをチェンジする。イザナギの代わりに現れたペルソナは【リャナンシー】。イザナギの弱点属性である疾風に耐え、希シャドウに接近する。
『なっ!……この!』
希シャドウは悠が他のペルソナ使いと違って、ペルソナをチェンジできることを把握していなかったようだったのか、焦りが見える。すぐに立ち直ってカードでリャナンシーを解析する。そして、接近するリャナンシーにまた魔弾を撃ち放つが
「【ジャックランタン】!」
リャナンシーの弱点属性である"火炎"を吸収するジャックランタンにチェンジされる。魔弾を吸収したジャックランタンはお返しと言わんばかりに自身の火炎魔法を希シャドウへと撃ち放った。だが、希シャドウはそれを無効化する。
『この…ちょこまかと!』
その後も希シャドウは魔弾を撃ち込むが、悠は属性ごとにペルソナをチェンジする。
「チェンジ!【ハリティー】!【ヤマタノオロチ】!【タムリン】!!」
このような接戦が続く中、希シャドウは苛立ちを感じていた。思う通りにいかない。何故悠はそこまで抗って自分のモノにならないのかと。そして、希シャドウに攻撃を防がれるたびに、希シャドウの脳裏に何かの光景が映り始めた。悠が稲羽市で仲間たちと楽しそうに過ごす光景。学校・ジュネス・海・修学旅行。どの光景にも悠は見たことがないくらい生き生きと楽しそうにしていた。しかし、それは希シャドウを激昂させるには十分過ぎたものだった。
『やめろ……それを……それを……私に…見せるな…………見せるなあぁぁぁぁぁ!!』
怒り狂った希シャドウは今まで放った中でも最大数の魔弾を悠へと撃ち放つ。流石にこの数は捌ききれない。悠はそう直感したが、それに動じることはなかった。何故なら
ー!!ー
「「「「鳴上(先輩)!!」」」」
自分は一人ではない。大事な仲間たちがいるからだ。悠に向けて撃ち放たれた魔弾たちは海未のポリュムニアが放った矢たちによって撃ち落される。それでも取りこぼしたものは凛のタレイアと花陽のクレイオー、真姫のメルポメネーがが斬り落とす。希シャドウは戦線復帰した海未たちが戦う光景に目を見開いてしまう。だが、その隙を狙って、にこのエラトーと絵里のテレプシコーラが希シャドウにアタックを仕掛けた。だが、瞬時に希シャドウのカードに読み切られてしまい、アタックは失敗に終わってしまった。しかし、それはどうってことはない。
「鳴上先輩!大丈夫ですか!!」
頼もしい後輩たちが自分の身を心配してかこちらに駆け寄ってくる。悠はそんな後輩に感謝しながら笑顔で返した。
「ああ、ありがとう。お陰で助かった」
悠の感謝の言葉に、海未たちは照れ臭そうになる。だが、そうもしてはいられまい。希シャドウが忌々しそうにこちらを睨んでいる。迫力は今までの比ではない。
「ここからが本番だ、行くぞ!」
必ず助ける。改めてそう覚悟した悠たちは、力強く地を蹴った。
……………………………………………
ドンドンドンドン
気が付くと、希はとある場所に座っていた。だが、ふと目に入ったかなり年季の入った木造の神社が見える。見覚えのある場所だったので、希はここがどこなのかに見当がついた。
「ここは……あの時の神社?」
確かに目の前にある。悠を閉じ込めたあの神社が。しかも、あの時を再現したかのように、当時の状態のままになっていた。
「希ちゃん!開けてよ!希ちゃん!」
ドンドンと扉を必死に叩く音が聞こえてくる。ふと見ると、棒で塞いだ神社の扉の前に座り込んでいる少女がいた。その少女とは言うまでもない。
「あの時の……ウチ?」
そうか、ようやく状況を理解できた。ここはあの時の記憶。悠と離れ離れになりたくないと思った自分が悠を神社に閉じ込めた記憶。今更こんな記憶を見せられるなんて、どういうことだろう。もう思い出したくもないのに。
「離れたくない……悠くんとは……離れたくない」
ドアの前に座り込む希はうわ言のようにそんなことを呟いている。突然告げられた別れに納得できなかった故に悠をこの場所に閉じ込めた。明日まで悠をここに閉じ込めておけば、悠は転校しなくて済む。本気でそう思っていたことを希はそれを見て思い出した。だが、扉の前に座り込む希の目はどこか生気を失っているように虚ろになっていた。
「希ちゃん………僕だっていやだよ……希ちゃんと離れるのは……いやだよ………ずっと居たかったよ。中学に入っても、高校に入っても……希ちゃんと一緒に居たい」
「………………」
扉を叩くのを止めてそう言った悠の言葉に希は頷くことはなかった。それは自分だって同じだ。灰色だった自分の世界に色彩を与えてくれた、身を挺して冤罪から救ってくれた。出来るなら中学も高校もずっとそんな悠と一緒にいたかった。出来れば、その先も。だが、現実はそうしてはくれなかったから、今こうして悠を神社に閉じ込めているのだ。そうすれば一緒に居られるという叶いもしない願望のために。そんなことは分かっているはずなのに………
「でも…今は離れ離れになっちゃうけど…僕は…僕は……
「えっ?」
悠の言葉に希は耳を疑った。自分を探す?……それはどういう………
「離れ離れになっても………僕はずっと希ちゃんを探す。どれだけ時間が経っても、どんなことが起こっても、僕は必ずどこかに居る希ちゃんを探すから!それが叶ったら、どんなことがあっても一緒にいよう!だから………希ちゃん、それまで僕のことを…忘れないで」
希はその言葉に目を見開いた。まるで、ガラスを弾丸で撃ち抜かれたような衝撃を受けたように目から涙がこぼれ落ちた。そうだ、本当にその通りだった。以前、自分は悠に言ったではないか。もし自分が悠のことを忘れても、悠は自分のことを忘れないでほしいと。そうすれば、またいつか会える。一緒に居られる。何故そのような考えに至らなかったのだろう。何故自分はこんな短絡的なことしか考えられなかったのだろう。希は悠の答えに涙してしまい、扉を閉ざしていた棒に手を掛けた。
希への言葉を口にしてからしばらくして、開くことがなかった扉に手を当てると、その扉は難なく開いた。悠は扉が開いたことに歓喜する。そこに希が待っている。面と向かってまた言おう。どれだけ時が経っても君を探すと。そう思って意気揚々と扉を開ける悠。だが、
「あれ?希ちゃんが……いない?」
扉の前に希はいなかった。近くにいるかもしれないと、神社の辺りを探したが、希の姿はなかった。悠は希がそこにいなかったことに寂しそうな表情になった。もしかしたら、戻ってくるのかもしれない。そう思って、悠は神社で待つことにした。
「………………………………」
だが、どれだけ待っても希が戻ってくることはなかった。どれだけ日が傾いても、どれだけ周囲が暗くなっても希が戻ってくることはなかった。そして、そうしているうちに、帰りが遅いので心配で探していた両親に見つかり、そのまま家に連れて帰らされてしまった。あの時ばかりは両親もかなり心配していたので、悠が見つかってとても嬉しそうな顔をしていたが、そうとは露知らずに悠は希のことばかり考えていた。
一体どうしたのだろう。何故姿を消してしまったのだろう。どんなことにしろ、悠が思ったことは一つだった。
「希ちゃんに……ちゃんとお別れ言いたかったなぁ………」
そんなことを思いながら、悠は両親と共に神社から去っていった。ただ一つの心残りを残していった。そして翌日、そのまま希と会わぬまま悠は転校した。その先に待つ己の運命を知らずに。
「そうか……そういうことやったんやな………」
物陰からその様子を見ていた希はそう呟いた。忘れていたのは悠だけじゃない。自分自身も忘れていたのだ。自分を探すと……どれだけ時間が経っても、どこに行っても自分を探してくれると。嬉しかった、こんな自分をどこに行っても探してくれると。だが、そんな嬉しいことを言われたのに、自分は素直に喜ぶことができなかった。そのような考えに至らず、神社に閉じ込めるという短絡的なことしか思いつかなかった。そんな自分では悠に合わせる顔があるはずがない。そう思って、自ら姿を消してしまった。こんな自分は彼に探してもらうには相応しくないから。だから、悠の前に現れるのに相応しくなってから会おうと思い、黙って悠の前からいなくなった。それが、悠を更に孤独にすることになるとは思わなかった。
「ウチは…とんだおバカさんや……あんなこと言われて嬉しかったはずなのに……勝手に合わせる顔がないって思い込んで………忘れてた。やっぱりウチは……鳴上くんにと一緒にいる資格なんて……」
"そうでもないよ"
ふと人の気配がしたので見てみると、そこには一人の少女がいた。ノースリーブのシャツにチェックのスカート、そして青いハンチング帽が特徴的なエメラルド色の目をした少女。
「あなたは………」
その姿、その声に希はどこか聞き覚えがあった。それに、自分を見る目が何時ぞやの悠と同じく暖かく感じる。一体誰なのだろうかと確かめようとすると、その少女が手を差し伸べてきた。
"行こう。過去と向き合った君なら…もう大丈夫だよ"
優しく差し出された手。それを希は戸惑いつつも、手に取った。
……………………………………………
うっすらと目を開けてみる。そこでは戦闘が行われていた。目に映ったのは、先ほど自分に現実を突きつけた自分の影。自分を守るように戦っている親友と後輩たち。そして、ずっと想い続けていた大切な人の大きな背中。だが、彼の傷ついている姿を見て、状況は芳しくないと分かってしまう。だが、そうだとしても、彼の目はまだあきらめていなかった。
『ハァ…ハァ……もういい…………これでおしまいよ』
そう言うと、希シャドウは今まで以上に大きい魔方陣を作り、威力を溜めていく。そして、最大火力の魔弾を悠たちに向けて撃ち放った。それを見た海未たちは直感してしまった。これは避けきれない、防ぎようがない。例え自分の弱点属性でないにしても、ギリギリの自分たちには瀕死のダメージになる。ここまでなのか。だが、焦る海未たちに反して、悠は動揺することなく微動だにしなかった。そして、
「チェンジ」
これを待っていましたと言わんばかりにニヤリとして、悠は再びペルソナをチェンジする。そのアルカナは【星】。悠は決死の覚悟を決めて、カードを砕いた。その瞬間、その一帯に土煙が発生した。
「あ、あれ?これは………」
目を開けてみると、痛みは全く感じなかった。つまり、無傷だ。あの希シャドウの渾身の攻撃はどうなったのだろう。土煙が晴れてふと見た場所に、その答えはあった。
『ぐっ………な、何故………』
そこには何故かダメージを受けたであろう希シャドウの姿があった。それを見て海未たちは信じられないと言った表情になる。ほぼ虫の息になっているところを見ると、相当なダメージを受けたようだった。一体先ほど何が起こったのだろう。だが、その答えは土煙が晴れた悠の場所にあった。そこには見たことがない新たなペルソナがいた。そのペルソナの名は
「【ガネーシャ】」
象の神様を彷彿させる姿をしたペルソナ【ガネーシャ】。花陽と絆を築いたことにより覚醒した悠の新しいペルソナである。ガネーシャの持つスキルの一つである"マカラカーン"はあらゆる魔法を反射する。つまり、希シャドウの魔法攻撃を悠はガネーシャの力で跳ね返したのだ。
『こんなことが……こんなことが………』
まさか自分の攻撃が跳ね返されるとは思ってもみなかったのか、希シャドウは防御をしていなかったようだ。大きいダメージを受けて弱っているので、これはチャンスだ。
「これで、終わりだ!」
間髪入れずに悠はペルソナを【イザナギ】にチェンジして、高速で希シャドウに接近する。トドメの一撃を入れるために。この瞬間、穂乃果たちは自分たちの勝利を確信した。だが、
『まだ……まだよ。悠くんは…私のもの!!』
余程の執念ゆえか、希シャドウは最後の力を振り絞って、数発の魔弾をイザナギに撃ち込んだ。予想もしなかった攻撃に今度は悠も目を見開いてしまい、魔弾はイザナギに直撃してしまった。フィードバックでそのダメージは悠にも伝わり、弱点属性に加えての威力に苦痛の表情を浮かべてしまう。
「そんな!悠先輩!!」
「鳴上さん!!」
「鳴上くん!!」
勝てると思っていた海未たちは悠のその様子を見て思わず悲鳴を上げてしまった。瀕死の一撃は怖いものだということは去年身を持って知っていたはずだが、ここまでとは。意識を手放しそうになる衝撃。本格的にまずい。ここで終わってしまうのか。
(負けて……たまるか!!)
だが、まだ終われない。約束したのだ。必ず助けると、決着をつけると。まだ彼女との約束を果たせていないのに、ここで倒れていいわけがない。ここで終わりではない。
「うおおおおおおおっ!!」
魔弾を受けながらも歯を食いしばってギリギリで意識を保つ。意識を失わぬよう足を踏ん張る。最後の気合でダメージを乗り越えた
『!!っ』
イザナギの会心の一撃が希シャドウにクリーンヒットした。希シャドウはそれに耐えきることなく、その場に倒れて黒いオーラに包まれて霧散する。こうして、希シャドウとの戦いは悠のギリギリの一撃で決着が着いたのであった。
「ハァ……ハァ………くっ」
「悠先輩!」
「お兄ちゃん!」
「鳴上先輩!!」
希シャドウを倒した悠はその場に倒れそうになってしまう。気を失いかけて倒れそうになったその時、寸でのところで穂乃果とことりが悠を受け止めてくれた。絵里シャドウ戦での疲れが残っていたのか、悠の目はあまり焦点が合っていなく、ボロボロだった。
「ハァ…ハァ……すまない………手を煩わせて……」
「何言ってるの!?こんなになるまで戦ったんだから、心配するに決まってるじゃん!」
「と、とにかくお兄ちゃんに何かお薬をあげなきゃ!」
「わ、私は回復魔法を」
疲労困憊の悠を見て急いで手当てしようと、ことりは救急箱を漁り、花陽はクレイオーの回復魔法で治療を開始する。すると、
「の、希!」
「アンタ!その身体じゃ」
よろよろとしながらも希は悠の元へと歩いていった。希に気づいた悠は二カッと笑ってこう言った。
「ハハ、やっぱりこうなってしまったな。昔みたいに……」
悠は無理に笑顔を作って希にそう言うが、それは無駄に終わった。目に涙を溜めてこちらを悲し気に見つめている希にそんなものは通用するはずもないからだ。
「…ウチはあの時の言ったよね?悠くんが傷ついたら、ウチはもっと嫌だって……何で………何でいつも悠くんは………何でそんなこと分かってくれないの!?こんなボロボロになってまで…こんなウチを助けたの!?………何で……」
切羽詰まった表情の希にそう問い詰められて、悠はダンマリとしてしまう。以前も言われた同じ言葉。あの時、希を濡れ衣を着せられそうになったところを助けた時と同じだった。あの時は明確に答えを出せなかったが、今はこの問いに答えることができる。
「大切だからだ」
「えっ?」
「確かに、大切な人が傷ついてほしくないって気持ちは分かる。俺も…自分のために、誰かが傷つくのは…嫌だからな。でも……大切なものだから、傷ついても守り通したいっていうのは……当たり前だろ」
「!!っ………」
「俺は……二度と忘れたくなかったから……戦ったんだ。向こうでの思い出を……ここでの思い出を………東條との思い出を…もう二度と…………何も忘れたくないから」
悠の精一杯の言葉に希は思わず涙を浮かべてしまった。そんなことのために……こんな自分のために……ここまでして戦ってくれたのか。
「それに……東條に神社に閉じ込められたときも…そうだった。俺も…君とは離れ離れになりたくなかった。せっかく繋がりができたのに……それがなくなるのが嫌だった。だから……あんなことを言ったんだ。どんなことがあっても探し出すって言ったのに………俺自身がそれを忘れてしまってた……ごめんな…………」
あの日々のことを希はしっかりと覚えていたのに、自分は忘れていた。こんなことで許されるとは思っていない。でも、この気持ちは伝えておきたかった。もう二度と忘れたくはなかったから。そう思っていると……いつの間にか、悠は希にそっと抱きしめられていた。そして、ポタポタと頭上から涙が落ちてくる。
「鳴上くんは……あの時から変わってへんな…………自分のことは気にしないで…………いつもいつも………本当に…変わってへん」
ポタポタと涙を落としながら希は悠を抱きしめる。たったそれだけのことを言ってくれただけでも、今までのことが無駄じゃなかったように感じられて、抑えていた涙腺と感情が崩壊してしまった。その様子を、話を端から聞いていた穂乃果たちも思わず涙してしまった。いつも希を目の敵にしていることりでさえも泣いていた。
「ウチは…アンタの本当に最低な女やな。我儘で嫉妬深くて………罪深い。こんなウチが……鳴上くんと一緒に居ていいわけない………」
しばらく泣き続けた希は悠から手を放してそう言うと、いつの間にか元に戻っていた己の影と対峙する。その姿に怯えや恐怖はもうなかった。
「リセットできるなんて思わない。あの時のことをなかったことになんて、できない。いや、したくない。だって、ウチは今も昔も………ウチに色彩をくれた鳴上くんが大切だから」
『…………………………』
「
希の言葉に、希シャドウはコクンと頷いくと眩い光に包まれていった。そして、それは姿を変えて、神々しい巫女の姿をした女神へと姿を変えた。
『我は汝…汝は我……我が名は【ウーラニア】。汝…世界を救った者と共に、世界に光を……』
そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方は希へ、もう一方は悠の中へと入っていった。
――――希は己の過去と闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【ウーラニア】を手に入れた。
「うっ」
「鳴上くん!」
希がペルソナを手に入れた途端、悠がその場に膝をついたので希はすぐに駆け寄ろうとする。だが、ペルソナを手に入れたばかり故か思うように身体は動かなかった。だが、意識を失う前にこれだけは伝えておこう。
「…頑張ったな………」
悠は希に向かってそう言うと、糸が切れたように倒れ込んだ。意識が遠くなる中で、”悠くん、ありがとう”と優しい一言が聞こえた気がした。
……………………………………………
また白い空間に自分はそこにいた。今回は希シャドウの幻覚でも、ベルベットルームでもない。だが、悠は前にもここに来たことがあるような気がした。事件が起こる前、今まで培ったペルソナ能力を全て封じられたあの空間。もしやと思い、辺りを警戒すると……
――――星がまわり始めたね。
ふと見ると、そこに誰かがいた。霧がかかってうっすらとしか見えなかったが、自分と年頃が同じくらいの少年に見えた。一体誰なのか。まさか自分に呪いをかけたあの張本人なのかと問いただそうとしたが、タイミングを見計らったように段々と霧が濃くなって見えなくなる。ハッキリと見えなくなる間際、少年は悠に向かってこう呟いた。
――――遠くない未来、………………が訪れる。君が仲間たちとどう抗うのか、楽しみにしているよ。どうか…………のような思いはさせないでね。
……………………………………………
(ここは……?)
目が覚めると、見覚えのない白い天井があった。察するに、ここは自分の部屋でも以前お世話になった音ノ木坂の保健室ではない。どこかの病室に見えるが、ここがどこなのだろうか。
「悠くん……」
「南さん、そろそろ………」
「分かってます……もうちょっとだけ…」
ふと耳に誰かの声が聞こえてきた。誰なのだろうかと思い、起き上がって確認しようとする。
「うっ……」
「「えっ!?」」
起き上がろうとすると全身に痛みが走ったが、我慢して身体を起こす。声がした方を見るとそこには……
「お、叔母さん……それに、西木野のお母さん………」
こちらを見ているのは、驚きながらも目にうっすらと涙を浮かべている叔母の雛乃、信じられないと言った表情の真姫の母親の早紀だった。つまり、ここは…西木野総合病院。
「悠くん!!」
ここがどこなのかが分かった途端、雛乃が歓喜の声を上げて悠を思いっきり抱きしめた。これには抱きつかれた悠はおろか、早紀まで驚いてしまう。
「み、南さん!落ち着いてください!鳴上くんは起きたばっかりなんですよ」
「悠くん……悠くん……悠くん……」
だが、早紀の忠告を無視して雛乃はしばらくその力強い抱擁をやめることはなかった。その後も早紀は注意を促そうとしたが、早紀は諦めることにした。悠をぎゅっと抱きしめるその表情は普段見たことがなかった母性全開の親のものであったのだから。いきなり抱きつかれて戸惑っていた悠だったが、雛乃の抱擁はどこか暖かく、今までの疲れを忘れさせる安らぎを感じるものだったのだから。
―――数分後………
「ハァ…ようやく離れたと思ったら急に飛び出していくなんて………やっぱり南さんも母親ね」
「ええ……」
やっと離してくれたと思ったら、雛乃は急に顔が真っ赤になって飛び出していった。普段の雛乃からは考えられない程の奇行だったので心配なのだが。去り際に"昔の血が~"というのが聞こえた気がしたが、そっとしておこう。飛び出した雛乃はどこに行ったのだろうかと思っていると、おもむろにこんなことを聞いてきた。
「それはそうと、あの子たちがあなたをここへ運んで来た時はびっくりしたわ。過労で倒れたってことらしいけど、それにしては傷だらけだったし、数日も目を覚まさないんだから」
数日も。まさか自分が数日も眠っていたなんて思ってもいなかった。どうやらあそこで気絶した後、現実に戻ってから意識が戻らなかった自分はそのままこの病院に搬送されたらしい。あれだけペルソナを召喚して無茶をしたので、当然と言えば当然かもしれない。表向きはどうやら過労による気絶ということになっているようだが、海未か絵里かがそのように誤魔化してくれたのだろう。
「南さんも、あなたのことが心配だからって、ずっとここに通っていたのよ。学校のこともあるのにね」
「………………」
そう言うと、早紀は探るような視線で悠を見つめてきた。おそらく何が悠の身に遭ったのか、何故そのようなことになったのかを聞き出そうとしているのだろう。事情が事情なだけに、早紀に詳しいことは説明できない。"テレビの世界"・"ペルソナ"・"シャドウ"など現実ではありえないことを説明しても混乱を与えるだけなのだから。どうしたものかと考えていると、早紀はそんな悠の心情を察するかのように溜息をついた。
「まあ…何があったのかは聞かないでおくわ。真姫たちに聞いても何も答えてくれなかったし、きっと複雑な事情が鳴上くんたちにはあるんでしょう。でも、これだけは言っておくわ。あまり家族を心配させることはしないでね」
早紀からの忠告は悠の心にグサッと刺さった。最近こう言われることが多くなってきた気がするが、やはりまだ心に来る。自分だって家族を心配させたくてやってるわけではないが、どうも自分はまだまだのようだ。一体この性格は誰に似たのだろうか。そんなことを考えていると、廊下の方からスタスタと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。この足音はまさかと思っていると、
「ママ~、どうしたの?ここに呼び出して…………」
どこかで連絡を受けてきたらしい真姫がやってきた。だが、すっかり目を覚めしていた悠の姿を見て、真姫はフリーズしてしまう。
「お、おい……西木野…どうし」
悠が何かを言いかけた途端、真姫は再起動したと思いきや、その場でポタポタと涙を零し始めた。
「良かった……鳴上さん………目が覚めて…良かった………」
普段クールに振舞っている真姫が感情を露わにして泣いている。その様子を久しぶりに見た母親の早紀はあることを察してニコニコしていた。しかし、このままでは何とももどかしい。そう思った早紀はニコニコしながら娘にこう言った。
「真姫、そこにいると他の人の邪魔になるでしょ。せっかくだから、このまま鳴上くんに抱き着いちゃいなさい」
「ヴェ、ヴェエエエ!ま、ママ!何言ってるの!?」
「何って、真姫ちゃんがそうしたいって言う心の声が聞こえたからに決まってるじゃない」
「絶対嘘でしょ!だってママ、ニヤニヤしてるもん!」
娘の初々しい姿に微笑む母親と恥ずかしさに顔を真っ赤にする娘。一方的に早紀が真姫をからかっている光景だが、何というかありふれた仲良し親子の様子を見た気がして、悠は微笑ましくなった。
「良いから、あなたはもっとグイグイ行った方がいいのよ!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
早紀は恥ずかしがる娘の背中をドンと押して、悠に密着させる。悠は朧気ながらも受け止めるが、少し体に痛みが走った。一方、真姫は気づけば悠の顔が至近距離にあるので急速に顔が真っ赤になった。しかし、その反面どこか幸福感を感じてしまう。何というか、いつもどこか距離を取っていた悠がこんな近くにいる。いくら従妹とはいえ、いつも腕にしがみついて甘えていることりが羨ましく思ってしまった。出来ることならずっとこのままでいたいと不意に思ってしまう。だが、そんな時間もすぐに終わってしまう。
「「悠せんぱーい(お兄ちゃーん)!」」
「「!!っ」」
ドアが勢いよく開いて入ってきた穂乃果とことりが病室に入ってきた。突然の登場に悠と真姫は驚いてしまう。その勢いで、真姫は思わず悠をベッドから押してしまい、床に叩き落としてしまった。そのせいで背中に更に激痛が走った。
「ああっ!悠先輩が!!」
「お兄ちゃ――――ん!!」
「ヴェエエエ!どどどうしたらいいの!?」
勢いよくぶつかって痛がっている悠を見て慌ててしまう穂乃果とことり、真姫。自身がやらかしてしまった後始末をどうしたらいいのか分からずにパニックになっている。しかし、
「それよりも真姫ちゃん……さっきお兄ちゃんと何やってたのかな?もしかして……」
「なな何言ってんのよ!わ、私は……その……」
「ちょっと!今そんな話をしてる場合じゃないよね!?」
先ほどの光景を不審に思ったことりは真姫を尋問する。それに対して、穂乃果はツッコミを入れるが、2人には聞こえることはなかった。しかし、事態はまた複雑なものへと変わっていく。
「何があったんですか!って、あああ!」
「鳴上先輩が倒れてます!」
「どうするのかにゃ!」
「大変よ!救急車呼ばなきゃ!」
「いや、ここが病院だから!」
「落ち着きなさい!」
海未たちも病室に乱入し、室内は騒々しい雰囲気に包まれる。誰もが悠の異常に慌てて収拾がつかない事態へとなりつつあった。まるで、デパートの子供コーナーのような感じになっていく。だが、
「あなたたち!!静かにしなさい!!」
騒々しい雰囲気は鬼のような形相でこちらを見ていた早紀の怒鳴り声で終結した。
「ハァ……疲れたな」
穂乃果たちと一緒に早紀と叱られた翌日、悠は更に疲れたような表情をしていた。この日、悠の病室にたくさんの人が見舞いにきてくれたのだ。雛乃や両親はもちろん、音ノ木坂のクラスメイトたちや菊花と雪穂に亜里沙、そして仲間のりせや直斗、シャドウワーカーの風花とラビリスと言った面々だ。雛乃や両親、クラスメイトからは色々と心配されて、気遣うことにすごく困ったが、それ以上に大変だったのは他の面子だった。
亜里沙は元気な悠の姿を見て泣き出してしまったため、見回りの看護師さんに奇妙な目で見られ、りせは意気揚々と悠に抱き着いてその場にいたことりと喧嘩に発展して、直斗と一緒に喧嘩を止めるのに苦労した。風花にはあのゴマ団子が今回とても役に立ったので、ありがとうとお礼を行ったのだが、どこか複雑そうに苦笑いしていたのは気にしないでおこう。ラビリスもキョトンとした表情で2人のやり取りを見ていたが、そっとしておいた。
改めて振り返ってみると、自分は本当に果報者だなと改めて思った。ずっと一人だと思っていたのに、今も昔も自分には多くの人がいる。心配してくれる家族や友達がいる。去年、自分は一人だ空っぽだとウジウジしていた自分をぶん殴ってやりたい気分だ。そう感慨に浸って窓から見える夕日を眺めていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼するわ」
入室してきたのは絵里だった。自分の影と向き合った故か、前みたいな敵愾心なく、どこかスッキリしたような表情だった。
「絢瀬……?」
「疲れてる中ごめんなさい。鳴上くんに言い忘れてたことがあったから」
絵里は悠にそう言うと、椅子に座って悠と向き合った。少し緊張しているようだったが、絵里は意を決したように息を吐いてこう言った。
「私、μ`sに入るわ。そして、鳴上くんたちの捜査に協力する」
絵里の宣言に、悠はそうかと静かに頷いた。その表情、姿勢から大体話の内容は想像がついていた。絵里もそのことが分かっていたのか、悠の反応を気にすることなく淡々と理由を説明した。
「事情はあの子たちから聞いたわ。私を……いいえ、あの子たちをあの世界に落とした犯人がいる。そう考えると、生徒会長として放っておくわけにはいかないもの。絶対に捕まえて、罪を償わせてやるわ」
そう言う絵里は決意を固めた目をしていた。これは悠にとっても嬉しい申し出だ。絵里のダンスはこれからのスクールアイドル活動にも役立つだろうし、彼女のペルソナも良い戦力になる。この申し出を断る理由はない。
「それに……あなたたちとアイドルをやってみたいって気持ちに向き合えたことだしね。そこも手抜きなしで精一杯やらせてもらうわ。その代わり、私が知らなかったことを鳴上くんが色々と教えてね」
絵里はそう言うとニコリと眩しい笑顔を悠に見せる。その笑顔を見て、悠は嬉しくなった。やっと絵里が笑ってくれた。心の底から笑ってくれた。去年の事件でもそうだったが、己が助けた人物の心からの笑顔を見ると自分までも嬉しくなる。それだけでも、自分は頑張ったんだなと実感した。
「ああ、勿論だ。これからもよろしくな、絢瀬」
「絵里で良いわよ。これからもよろしく、鳴上くん」
互いにそう言うと、悠と絵里は信頼の証としてガッチリと握手した。
――――絵里から心からの信頼と感謝を感じる。
こうして絵里も悠たち【μ`s】の一員となった。そうとなったら、絵里に仲間の証であるクマ特製メガネを渡さなくては。確かまだ2つ残っていたはずだと思っていると、
「それじゃあ、ここからはあなたたちの時間ね」
「えっ?」
絵里はそう言うと立ち上がって病室の扉を開けた。すると、そこには入ろうか入るまいかと立ち往生していたらしい希がいた。ずっとスタンバってましたと言わんばかりのタイミングだったので、希は思わず面を食らってしまう。
「じゃあ、私はオープンキャンパスに向けてあの子たちの練習を見なきゃいけないから。後はお2人で仲良くね」
「え、エリチ!?ちょっ」
絵里は悠と希にウインクして、病室から去っていった。気遣って2人にしようとしたようだが、逆に気まずい。この前までは普通に話せたのに、自分たちの過去と向き合ってから、どうもぎこちない。これは何とかしなくてはと思っていると、希はおずおずと先ほどまで絵里が座っていた場所に座った。
「鳴上くん……話しておきたいことがあるんやけど……ええ?」
「あ、ああ……」
どこか距離感が掴めず戸惑う2人。だが、希は先手を打つように静かに言った。
「もう穂乃果ちゃんたちには言ったんやけど……実は穂乃果ちゃんのグループに【μ`s】って考えたのはウチなんや」
「えっ?」
突然告げられた衝撃の事実に悠はフリーズしてしまう。一体どういうことなのだろうか。
「占いに出てたんよ。このグループは9人になったとき……道が拓けるって。だから付けたんよ。9人の歌の女神、"μ's"って名前を。だから、ウチもμ`sに入ろうって思うとるんよ」
穂乃果たちとスクールアイドルを結成したての時を思い出す。あの投票箱に【μ`s】と入れてくれたのは希だったのか。しかし、自分たちの輪に入ると言いながらも、希はどこか浮かなそうな顔をしていた。そのことについて追及しようとすると、希はタイミングを見計らったようにその理由を話してくれた。
「だけど……ウチはこのまま鳴上くんたちの仲間に入って良いのか、分からん。自分の影と向き合って知った……嫉妬深くて重いウチ……こんなウチは…」
なるほど、浮かない顔をしていたのはそのせいか。自分の抑圧していた感情と向き合って初めて知った自分。そんな自分が悠たちの輪に入って良いのだろうかと悩んでいるようだ。その原因はおそらく………。
「東條、これは俺の戯言だが……聞いてくれるか?」
「??」
事情を察した悠は俯く希にある話をすることにした。向こうが己の気持ちを包み隠さず話してくれたのだ。ならば、こちらも話すとしよう。
「まだみんなには……陽介や穂乃果たちにも話してないけど、俺も
悠は目を瞑ってあの時のことを思い返して、希に包み隠さず話した。今年の3月、あの連続殺人事件の真の黒幕と激突した際、相手の思惑にのってしまい、自分の影が出現したことがあった。あの時、自分のシャドウが言っていた言葉を悠は今でも覚えている。
"もう一人になりたくない。一人はたくさんだ"
"ずっとみんなといたかった。例えそれが霧の中の偽物でも構わない。誰との繋がりのない人生には戻りたくない。みんなと一緒にいれば、それでいい"
「俺は…みんなとの繋がりがなくなることが怖かったんだ。事件が終わったら、もうみんなと集まることはなくなる……………みんながいない明日が来るのが怖かった」
「…………………………」
悠の話を聞いた希は驚きながらも静かに耳を傾けていた。話では悠は己の影と向き合わずにペルソナを手に入れたと聞いていたが、やはり悠も己の影と向き合っていたのか。どれだけ辛かったのだろう。もしかしたら、その影は自分があの時に姿を消したせいで生まれたのかもしれない。悠はそう思っているのではないかと、希は怖くなってしまった。
「でも、今思い返せば、俺がそう思っていたのは間違いだったな」
「えっ?」
思わぬ悠の言葉に希は思わずそう聞き返してしまった。今のどこに間違いがあったのだろう。悠は特捜隊メンバーと絆を築く前は一人だったはずなのに。その影は自分のせいで生まれたかもしれないのに。だが、答えは単純だった。
「俺は……本当は繋がりがなくなってなんかいなかった。あの時に過ごした時を……どれだけ時間が過ぎても覚えててくれた人が………東條が居たんだ。俺は……それだけでも救われたんだ」
悠は噛みしめるようにそう言うと、希の目を見据えてこう言った。
「俺を覚えてくれて…本当にありがとう、
そう言って見せてくれた笑顔に希は涙を浮かべてしまった。自分を覚えててくれて嬉しいと言ってくれた。それだけで、もうこれ以上望むものなど何もないと思ってしまうくらい、希の心は歓喜と幸福でいっぱいになった。自分が欲しかった未来がここにある。そう思うと、涙が止まらなかった。
「ウチこそ……ウチこそ、ありがとう。こんなウチを思い出してくれて……それだけ…ウチが覚えてたんは、間違いじゃないって気づけたから………ありがとう………
―――――希から今までの感謝、そして変わらぬ好意が伝わってくる
その後も、悠と希は夜が更けるまで延々と楽しそうに語り続けた。忘れていた今までの時間を埋め合わせるかのように。稲羽での女子事情の話に触れた途端、空気が少し冷たくなることもあったが、それでも2人は楽しい時間を過ごしたのだった。これから何があるのか分からない。でも、今度こそ何があっても忘れない。あの時の時間を、そしてこれから一緒に過ごす時間を。もう二度と忘れないと誓おう。
そんな2人を影からこっそり見守る者が1人いた。
「ハァ…もう面会時間過ぎてるって言おうと思ってたけど………あんまり若い子たちの青春を邪魔したら、悪いわね」
その様子を見ていた早紀はフッと笑ってそう言うと、クールにその場を去っていった。あんな楽しそうに語り合っている悠と希の表情を見たら、邪魔するのは野暮だろう。また娘にライバルができてしまったようだが、それはそれ、これはこれだ。さて、未だに足踏みしている娘の背中をどう押そうかと考えながら、早紀は職場へと戻っていった。
こうして悠たち【μ`s】に新たな仲間が2人加わった。そして、【μ`s】……その名の通り、9人の女神がここに揃った。そう、ここまでの物語は序章に過ぎなかった。これからが悠と女神たちが紡ぐ物語の始まりだったのだ。
ーto be continuded
Next Chapter
「いよいよオープンキャンパスか~」
「トラブル発生だと!?」
「どうすんのよ!」
「幕間をするしか」
「さあ、始めよう」
「臆する~ことなく~デスパレードお邪魔いたします」
Next #47「Open Campus.」