PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
お気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方・評価を下さった方・誤字脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!皆さんの応援でここまでやって来れました。
まだまだ至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。
VS絵里シャドウ。その先に待つものとは?………それでは本編をどうぞ!
<音ノ木坂学院 理事長室>
ガシャンッ!
「あっ」
理事長室にモノが割れる音が木霊する。仕事をしていた雛乃がコーヒーを一口飲もうとコーヒーメーカーに手を出そうとしたときに、過って別のカップを地面に落ちてしまったのだ。こういうことには注意深い自分には珍しいミスに雛乃は顔をしかめてしまう。
「もう…このカップ、悠くんにあげようと思ってたものなのに……どういうことかしら」
そう言えばと雛乃は今日の悠のことを思い出した。チラッと見かけた時に声を掛けようとしたが、いつもより神妙な顔をしたので声を掛けられなかったのだ。今思えばどうしたのだろうと不思議に思う。一体悠に何が起こったのだろうか。雛乃は思わず不安を感じてしまった。
<音ノ木坂学院? 絵里劇場>
ーカッ!ー
「イザナギ!!」
悠は己のペルソナ【イザナギ】を召喚して、絵里シャドウに突進する。絵里シャドウに向けて一閃を放つが、それは飛んできた鎖によって防がれてしまう。その隙を狙って、凛のタレイアが攻撃を放つがまたも鎖に弾かれた。
「くっ、またか」
「あの鎖が邪魔して、物理攻撃が通じないにゃ!」
いくら絵里シャドウに向けて攻撃しても辺りに漂う鎖が絵里シャドウを守るように防いでいるのだ。
「こんのぉぉぉぉっ!!」
皆より高い攻撃力を持つにこのエラトーの攻撃も難なく弾かれてしまった。どうやら威力の大小は関係なしに防ぐことができるらしい。全くもって厄介だ。
「ならばっ!」
物理攻撃が通じないならばとまた別方向から海未と真姫、花陽がそれぞれ得意の魔法を放った。だが、
「「「きゃあっ!!」」」
放った魔法は逆に反射して各々に返ってきた。反射してくるとは思っていなかったかガードするのが遅く、海未たちはもろに当たって尻もちをついてしまった。その3人の様子を見た絵里シャドウは吐き捨てるように嘲笑った。
『ふんっ、所詮は紛い物。この程度ね』
絵里シャドウはそう言うと、海未たちにトドメを刺そうと先の尖った鎖を数多く解き放った。尻もちをついてしまった海未たちは防ぐ術なく攻撃を受けてしまう。と思われたその時、
ーカッ!ー
「【ジークフリード】!!」
鎖が海未たちに当たる寸前に、悠がペルソナをジークフリードにチェンジして海未たちに向けて放たれた鎖を次々と斬り落としていった。そして、さっきのお返しと言わんばかりに、瞬時に絵里シャドウの胴体にカウンターを入れ込む。だが、攻撃が当たると思われた瞬間にどこからか出現した鎖に防がれてしまった。そのことに悠は顔をしかめてしまうが、またカウンターを受けないようにと悠はジークフリードを一旦その場から下げさせて、海未たちと合流した。
「ああっ!惜しかったにゃ~!今の鳴上先輩の攻撃が当たってればよかったのに~!」
「あの鎖さえなければ、エラトーの一撃で沈めてたはずなのに~!」
凛とにこはは先ほどの攻撃が当たらなかったのが悔しかったのか、グチグチそう言っているが、他のメンバーは絵里シャドウを分析する。
「物理攻撃はあの鎖に防がれますし、魔法は反射されます……一体どうすれば」
「でも、さっきの鳴上さんの攻撃には少し遅れて反応してたわ」
「もしかしたら、そこが狙い目かもしれませんね」
「なら、スピードで勝負だ。俺と凛、小泉を軸にして牽制していく。気を抜くな」
「「「はいっ!!」」」
作戦は決まり、悠の言葉で身が引き締まった一同は体勢を整えて攻撃していく。作戦通り悠と凛、花陽のスピードに特化したペルソナで牽制して隙を狙う。あまりの連帯の良さに絵里シャドウは内心焦りを感じていた。どれだけ叩き落としても、彼女たちは諦めない。どれだけ心を折ろうとすぐに立ち直って何度も向かってくる。そう直感したのだ。皆を取りまとめて、鼓舞しているあの"鳴上悠"という男がいる限り。ならば、悠を即刻潰せばドミノ倒しのように彼女たちも潰れるだろうと思うが、悠がそう簡単に倒せるとは思えない。悠を狙っている隙をついて、攻撃されるのが目に見えている。ならば……
『そろそろ遊びはおしまいよ。紛い物はここで滅びなさい』
絵里シャドウはそう言うと、くちばしを大きく開け始めた。一体何なのかと思っていると、突然ホール中に風が吹き始めた。そして段々風圧が強くなっていき、ついには台風並みのモノに発達していく。
「きゃあっ!」
「な、何ですか!これは」
「みんな、近くにあるものにしがみつくんだ!」
悠たちは風圧に負けないように客席にしがみついたため、身動きが取れなくなってしまう。そして、絵里シャドウのくちばし一点にエネルギーが集めていく。段々集まっていくそのエネルギーは凄まじくなっていき、それは一つの球体に変化して収束されていった。それを見た悠は顔が真っ青になった。
(アレは…まさか!)
アレには見覚えがある。P-1Grand Prixのときにエリザベスが悠に放とうとしたあの技だ。アレを放たれたら、どうなるか分からない。絵里シャドウはみんなまとめて潰すつもりだ何とか阻止できないのかと足掻こうとしたが、アレを防げるペルソナを悠は持ち合わせていない。
「逃げろっ!!」
悠がそう警告したときには、もう遅かった。
"メギドラオン"
ドオオオオオオンッ!!
その瞬間、ホール一帯を凄まじい衝撃波が襲って悠たちもそれに呑み込まれてしまった。
「うっ…………あ、あれ……一体どうなったんだろう………みんなは?」
衝撃波が収まり辺りが静かになったところで、穂乃果は顔を上げて状況を確認した。見れば、辺りは静かで何の音も聞こえない状況だった。探して見ると近くにいたことりや希、絵里は無事だった。しかし、悠たちは一体どうなったのだろう。恐る恐ると穂乃果は隠れているところから立ち上がって確かめてみた。
「えっ?」
穂乃果は自分が目にしている光景が信じられなかった。目に映るのは絵里シャドウのメギドラオンを食らったせいか、苦しそうに自身のペルソナと横たわる海未たちの姿。辛うじて悠は立っているが、身体はもう限界に近いと言って良いほどボロボロだった。悠のその様子を見た穂乃果の脳裏に、P-1Grand Prixでの記憶がフラッシュバックする。まただ、またあの時と同じだ。また自分は何も出来ずに悠が…みんなが傷ついていく。ただそのれを見ているしかない自分に自己嫌悪に陥りそうになるその時、頭上から恐ろしい声が聞こえてきた。
『チッ、まだ生きているのね』
それは言うまでもなく、絵里シャドウだった。絵里シャドウは悠たちの息の根を止められなかったのが恨めしかったのか、もう一度メギドラオンを放つ体制を取る。それを見た悠は何とか二度目は防ごうとヨロヨロと手を開いてタロットカードを顕現する。あのままではだめだ、もう悠が死にそうな目に遭うのは見たくない。穂乃果は悠を止めようと急いで悠の元へ走ろうとしたその時、
「待って!!」
突然誰かの声がホールに響き渡った。その声の主は絵里だった。絵里はよろよろと立ち上がって、一歩足を出した。何事かと思っていると、絵里は衝撃的なことを宣った。
「私を殺しなさい」
「「「なっ!!」」」
絵里から放たれた言葉に一同は言葉を失った。一体絵里は何を言っているのだろうか。絵里が死んだら元も子もないというのに。皆の疑問に説明するように、絵里は淡々と言葉を発した。
「もういいのよ……もう遅かったのよ…やりたいことに気づくのが。そのせいで、私は貴方たちを危険な目に遭われてしまった……もう、いいのよ」
どこか達観したような口調で話す絵里。だが、希はそれに納得がいかなかったのか普段の穏やかな雰囲気が嘘のように激しく絵里に反論した。
「エリチ!バカなこと言わないで!!」
「!!っ、希……」
「エリチは何でそんなこと言うの!エリチは"やりたいこと"があるんやろ!!それに背を向けたまま死ぬだなんて、ウチは許さへんよ!!」
今まで見たことがない剣幕で怒る希に絵里は思わず慄いてしまった。だが、今の絵里に希の必死の言葉は届くことはなかった。
「希に私の何が分かるって言うのよ!!」
「えっ」
「もう放っておいてよ!もう遅いのよ!!何をしても無駄なのよ!!これ以上私のせいで鳴上くんたちや希が傷つくのを見るなら、死んだ方がマシよ!!」
絵里の斬り返しに、希は言葉を詰まらせてしまった。いつも傍に居た自分は知っている。こうなったら絵里を止めることなど無理であると。しかし、このまま絵里を死ぬのを親友として見過ごすことはできない。何とか反論を出そうとした希だが、頭上の恐ろしいものを無慈悲にもその時間を与えてくれなかった。
『フフフフフ……いい答えね。じゃあ、お望み通り殺してあげるわ。死になさい!』
絵里シャドウは絵里の言葉に満足したのか、絵里に向けてありったけの鎖を一斉に放つ。それを見た絵里は動くことはなかった。そして、誰もその場から動こうとすることはなかった。これでいい、自分はこれでいい。これで悠や希たちは助かるはずだ。そう安心した表情で絵里は目を閉じた。出来れば、一瞬の痛みであの世に行けることを祈って。
「??」
だが、どれだけ待っても来るはずの痛みはやってこない。どういうことだろうと疑問に思って、絵里は目を開けた。
「えっ?」
そこには絵里に向けられたはずの鎖を受けて立ち尽くしている大男の姿があった。数多くの鎖が刺さっていながらも立ち続けるその姿は、まるで武蔵坊弁慶を想像させる。一体、この大男は何なのか?答えはすぐそこにあった。
「ぐっ………」
「な、鳴上くん……」
その正体は絵里を鎖から庇うために悠が召喚したペルソナだった。そのペルソナの名は【トール】。その巨体と筋骨隆々の身体で多数の鎖から絵里を庇っていた。だが、当然フィードバックにより召喚者の悠にもトールが受けたダメージが返ってくる。それは、今の悠が痛みを感じている部分がトールがダメージを受けている箇所と同じであることから明白だった。相当な痛みなのか、悠の表情が今にも死にそうだ。
『そこをどきなさい。その女は死にたがってるのよ』
絵里シャドウが冷たく警告するが、悠は構わず拒否するように絵里シャドウを睨みつける。
「死なせるものか……絢瀬を……死なせるものか………」
痛みに耐えながらも弱々しくそう言う悠だが、その言葉には確固たる意志が感じられた。言っても無駄と判断した絵里シャドウはトールに向けて次々と鎖を突き刺していく。どれだけ苦痛を受けても悠はその場を退こうとはしなかった。だが、あまりに大きなダメージを受けたのか、悠が呻き声を上げるとトールは力尽きたように霧散してタロットカードに戻ってしまった。ペルソナが消えてしまったので丸腰同然になってしまう悠。それにも関わらず、絵里シャドウは容赦なく鎖に向けて解き放った。だが、
『!!っ…何よ……このおぞましいものは』
絵里シャドウは何かに恐れを感じたのか思わず委縮してしまう。その怯えていたものの正体は、悠の前に転がったゴマ団子だった。もちろんそれは風花特製の物体X。この威力は雑魚シャドウだけでなく、絵里シャドウにも効果テキメンだった。
「お兄ちゃんに近づかないで!!」
ゴマ団子を投げつけたのはことりだった。ことりは悠を守るように、両手を広げて絵里シャドウに立ち塞がる。
「こ、ことり……逃げろ……」
「逃げないもん!お兄ちゃんにそう言われても、ことりは絶対に逃げない!」
悠の言葉を振り切ってその場から離れようとしないことり。恐怖のせいか足が子鹿のように震えているが、その目には兄と同じく絶対離れないという確固たる覚悟が秘められていた。兄が危機に瀕しているというのに、自分はそれを見ているだけだなんて我慢ならない。だが、ペルソナを覚醒していないことりがこの行為に及ぶのは無謀に等しい。
『小娘が……邪魔をするな!』
絵里シャドウは怒り狂い、鎖をことりと悠に目掛けて放とうとするが、それもまた防がれることとなる。
「よそ見すんじゃないわよ!」
悠とことりに気を取られている隙に、にこのエラトーが背後からハンマーを振り下ろした。しかし、すくさま気づいた絵里シャドウの鎖に防がれてしまい、奇襲は失敗してしまう。だが、にこだけでなく、"メギドラオン"を受けて動けなくなっていたはずの海未たちもよろけながらも立ち上がって、各々の攻撃を絵里シャドウにぶつけていった。
「まだ…終わりじゃありません!!」
花陽のクレイオーの回復魔法で微力ながらも回復した海未たちは絵里シャドウに食らいつく。海未たちもまた悠とことりと同じように、目に例えどんなことがあっても絶対に守ってやるという覚悟を宿していた。それを目のあたりにした絵里シャドウは更に怒りを爆発させる。
『やめろ………やめろ!その目!その目を私に向けるなぁぁぁ!!』
絵里はもう理解できなかった。傷ついても傷ついても悠たちは自分を守ろうと必死に足掻いている。自分のことを顧みずに、勝手に死のうとしていた自分を守ろうとしている。それが更に、絵里の頭を混乱させることとなった。
「何でよ…何でそんなことするの!私は死にたいのよ!!何で邪魔するのよ!私はもう生きてたって」
絵里は訳が分からず、癇癪を起した子供のように泣き喚く。もう何に向けて言っているのか自分でも分からなくなっていた。だが、
「ふざけるな!!」
悠が今までに見たことがない形相で怒声を上げた。その迫力に絵里のみならず穂乃果たちも戦慄してしまった。
「絢瀬は亜里沙がいるだろう!亜里沙の気持ちも考えずに無責任なことを言うな!!」
悠は先ほどの絵里の言葉が相当頭にきたらしく、以前穂乃果たちに怒った時以上に声に怒気が入っていた。だが、絵里も頭に血が上っているのか、悠の言葉に反撃する。
「何よ!あなたも希のように説教するの!もううんざりなのよ!あなたが私の何を知ってるって」
「お前こそ知っているのか!!」
「!!っ」
「大切な人を失ったときの気持ちをお前は知っているっていうのか!!」
【言霊遣い】級の伝達力のせいか、悠の言葉に込められたモノがストレートに伝わってくる。あまりに直球で来たので、絵里は反論することはなくただただ悠の気迫に慄くしかなかった。まるで小さい頃、父親にこっぴどく怒られた時のように。悠も落ち着きを取り戻したのか、息を整えながらも絵里に言葉を掛けていく。
「ハァ…ハァ………知ってるから…もう味わいたくないんだ……今でも覚えてるさ…菜々子が死んだときのことを……俺は今でも忘れそうにない」
「えっ……菜々子ちゃん?」
悠は知っている。大切な人がいなくなった時の辛い気持ちを。去年の事件、菜々子がテレビの世界に誘拐されて、救出した後に体調が悪くなり入院した。順調に回復すると思われた矢先に危篤状態に陥り、悠の目の前で冷たくなった。だが、奇跡的に蘇生して体調は回復し、今も稲羽市で陽介たちと元気に楽しい日々を過ごしている。GWで菜々子が変わらず元気でいる姿を見ているだけでとても嬉しかった。
しかし、悠はあの時のことを忘れた訳じゃない。あの時味わった心からの悲しみや絶望感、犯人に対する激しい憎しみ、菜々子が死んだと手に伝わったときの感触は今でも覚えている。あんな思いはもう二度と自分にも…他人にもさせたくない。それも大切な家族が何も知らずに死ぬということは、絶対に。
菜々子の話を知った絵里は思わず絶句してしまった。あんな元気で無垢な菜々子がそんな目に遭っていたということが信じられなかった。だが、今はあんなに元気に過ごせているのは、悠たちのお陰なのだろう。そんな酷な体験をした悠にとって、さっきの自分の言葉はとても気に障るものだったのだろう。あまりに自分が無責任だったと後悔していると、そんな自分に悠はこう問いかけてきた。
「それに、東條の言う通り絢瀬はこのままで良いのか?」
「…私は……」
悠の言葉に絵里は揺らいでしまう。己の中では答えは出ているのに、それを口に出すのは躊躇われた。答えは出たと言ってもそれはハッキリと言うには曖昧で、悠たちのような絶対のものと確信しきれなかったからだ。
「もし、それでも分からないっていうのなら……俺たちが一緒に見つけてやる」
「えっ?」
「みんな…初めからハッキリと分かっていた訳じゃない。陽介や里中と天城たち、園田や小泉たちだって………俺だってそうだった」
そう言って悠は稲羽を訪れてからこれまでのことを思い出す。仲間たちはずっと悩んでいた。自分の境遇・友達としての在り方・本当の自分の定義・隠していた自分の趣味……そして、あの事件が終わったら仲間との繋がりが消えてしまうのではないかという心の恐れ。思い出せばキリがない。悩みはそれぞれだったが、一生懸命悩んで考えて、乗り越えていったのだ。最終的に答えを出したのは各々自身だったが、その過程にはその悩みを真摯に受け止めてくれたり、曝け出せあえたりしてくれた仲間がいた。一緒に答えを探してくれた仲間がいたからこそ、今の自分がいると悠たちは思っている。
「だから、1人で見つけられないのなら皆で探せばいい。きっと穂乃果やことり……稲羽にいる陽介や天城たちだって、喜んで協力してくれるはずだ。絢瀬は………一人じゃないからな」
悠がそう言ったのを聞いた絵里は、堅く閉ざされていた心に風穴を開けられた感覚に襲われた。"自分は一人じゃない"。よく聞くありきたりで以前の絵里ならそんなものはただの妄言だと斬り捨てていた言葉だが、今はそうは思わなかった。今の絵里にその言葉は、今まで悩んでいたものを全て打ち砕いてくれたのだから。思わず何で今まで気づかなかったのだろうと、馬鹿らしく思ってしまうくらいに。そんな自分に絵里が気づいたその時、
『小賢しい紛い物共め!今にもう立ち上がれないくらいの絶望を味合わせてやる!これで終わりだ!』
絵里シャドウは海未たちを押しのけて悠と絵里に鎖を解き放ってきた。容赦なく迫りくる鎖。逃げ場はないし体力があまり残ってないが背後の絵里たちを守るために、悠は痛みが蝕む右手に力を振り絞ってタロットカードを発現させる。限界まで気力を振り絞って発現したのは一枚のタロットカードではなく、小さく重なる4枚のタロットカードだった。
(亜里沙…力を貸してくれ!)
それらを一つに合わせて、悠は力いっぱい握り砕いた。
「!!っ」
絵里シャドウは驚愕した。今まで以上に悠に向けて解き放った鎖はあっさり弾かれ、その隙に渾身の一撃を食らわされたのだ。それも、一瞬防御が手薄になった胴体に。
『ぐっ…ぐうっ…………そ、それは………』
目の前に現れて悠と絵里を守ったのは長い銀髪にエメラルド色の鎧、長い槍を持った騎士の青年であった。その名は【タムリン】。亜里沙と絆を結んで解放された新たな悠のペルソナである。その雰囲気と絵里シャドウの攻撃を弾きかつ一撃を食らわした槍捌きに穂乃果たちだけでなく、絵里も呆然としてしまった。すると、
『お姉ちゃん…早く帰ってきてね。亜里沙、ずっと待ってるから』
「亜里沙……」
亜里沙の言葉が絵里の頭に響き渡る。何故だがは分からないが、最愛の妹の言葉が闇に覆われた絵里の心に光を差し込んでくれた。
『絵里、あんまり無理をするんじゃないよ。あなたが元気でいてくれれば、私はそれで良いからね』
今度は違う声が聞こえてきた。ずっと会いたかった懐かしい優しい声。その言葉に、絵里の心を塞いでいた堰は崩され、絵里の中に今まで閉じ込めていた感情が溢れかえってくる。そのせいか目頭が熱くなってきた。
「私は……あの時のように輝いていたかった。お婆様が喜んでくれたから、私は一生懸命撃ち込めたの。でも、私は…お婆様の気持ちも知らずに、オーディションに落ちたってだけでバレエを止めて……何も続けられないままになってしまった。鳴上くんや高坂さんたちを見て…アイドルをやりたかって思ったのに、あなたたちが羨ましくて…素直になれなくて………それで心のどこかで…憎いって思ってしまったのね…」
絵里は今までのことを振り返るように、そしてそのことを懺悔するように涙を流しながらポツポツと言葉を紡いでいく。
「今ならハッキリ言える……私はアイドルをやりたい。興味本位であるけど、またあの日のように……大切な人に喜んでもらえるようなパフォーマンスがしたい。誰かの支えになれるような、そんな演技がしたい。だから…まだ死にたくない」
そして、絵里は目に涙をためて悠に向かって願うように言葉を発した。
「助けて……助けて!鳴上くん!!」
絵里から本音の言霊が放たれた。それを受け止めた悠はフッと笑みを浮かべて、絵里の頭にポンッと優しく手を置いた。
「その言葉を待っていた」
『ぐああああああっ!うううううっ!こ、この期に及んで…私を受け入れる……だと!ふざけるなあああああ!!』
絵里が悠に助けを求めた時、絵里シャドウの苦痛に悶える声がホール中に響き渡った。それを確認した悠はニヤリと笑う。絵里が己の影を受け入れようとしたため、絵里シャドウはその姿にノイズが走り出していた。これで絵里シャドウの力は弱まるはず。反撃のチャンスだ。
「行くぞ!」
「「「はいっ!」」」」
悠の合図と共に、待機していた海未たちのペルソナは一斉に駆け出した。まず先に仕掛けたのか、にこだった。
「食らいなさい!エラトー!!」
にこの指示でエラトーは思いっきりハンマーを振りかぶって絵里シャドウへ振り落とす。絵里シャドウは今まで通り鎖でガードしようとしたが、力が弱まってる状態なので鎖はクッキーのようにいとも簡単に砕け散ってしまった。絵里シャドウは信じられないという表情をしつつも辛うじてエラトーのハンマーを躱す。だが、エラトーのハンマーの威力に負けてしまい、体勢を崩してしまった。
「よし!今こそ総攻撃よ!!あんたたち!!」
「了解です!行きます!!」
ー!!ー
「「「「いっけぇぇぇぇっ!!」」」」
エラトーが鎖を破壊したのを皮切りに海未たちはありったけの攻撃を絵里シャドウへ向けて同時に放つ。まさに総攻撃。絵里シャドウは次々と来る攻撃に身動きが取れず多大なダメージを受けてしまった。海未たちの猛撃が途切れた時にはもうフラフラで、さっきまで悠たちを嘲笑っていたのが嘘のように虫の息だった。そして、
「鳴上さん!お願い!!」
ーカッ!ー
「最後だ!【イザナギ】!!」
真姫の言葉を合図に、悠はペルソナをイザナギにチェンジして絵里シャドウに向けて高速で近づいていく。絵里シャドウは何とか力を振り絞って鎖を解き放つが、イザナギは迫りくる鎖を一気に斬り落として一気に距離を詰めていく。その姿に絵里シャドウは死神が近づいて来るような恐怖感を感じていた。
『や、やめて…やめて…やめて!!あ、あ、あ、ああああああああっ!』
絵里シャドウの命乞いも虚しく、イザナギは絵里シャドウにトドメの一撃を放った。まさしく一閃。絵里シャドウは急所をイザナギの大剣に突き抜かれ、力尽きたように地面に伏して禍々しいオーラと共に消えていった。
「終わった」
絵里シャドウが戦闘不能になったことを確認した悠たちペルソナ使いは緊張の糸が切れたようにその場に膝をついた。相当キツイ戦いだったのか、皆疲れているように見える。だが、一番辛そうだったのは悠だった。"メギドラオン"を食らったのもあるが、絵里を庇うために多数の鎖を受けたり、無茶な召喚をしたので当然だろう。普通なら倒れてもおかしくないが、意識を保てているのはこれまで潜ってきた修羅場の数のお陰だ。
「悠先輩!みんな!大丈夫!?」
「お兄ちゃん!みんな!」
「鳴上くん!」
悠たちの状態が心配になった非戦闘員だった穂乃果とことり、希が悠たちの元へ駆け寄った。
「ああ…これくらい」
悠はそう言うと、傷を癒すために自身のペルソナの一つの【ハリティー】を召喚する。花陽もそれにならってクレイオーの回復魔法を皆にかけた。すると、
『ううっ………わ…分か………ら……ない』
突然誰かの声がしたので一同はビクッとなる。声がした方を見てみると、元の姿に戻っていた絵里シャドウがフラフラとしながらこちらに向かっていた。
「まだ向かってくるのか」
まだ身体が癒えていないが、何とか戦おうと悠たちは臨戦態勢を取る。しかし、絵里シャドウはそれに気づいてないのか夢遊病者のようにフラフラしながら独り言を呟くようにこう言った。
『分からない……やりたいことって…何なの……相手のためと自分のためにやるのって………どこが違うの………誰か……誰か…教えて……教えてよ、誰か教えてよ………』
余程強く拒絶されているのか、このままでは手を付けられない状態だ。悠はどうしたもんかと思考すると、それを見ていた絵里が一歩前に出て自分のシャドウの元へ歩み寄った。そして、自分の影を臆することなく優しく抱きしめた。これには悠たちも驚いたが、絵里シャドウの方が面を食らった顔をしていた。そして、
「ごめんなさい、ずっとあなたを見て見ぬフリしてきて…本当にごめんなさい。辛かったよね……今まで抑え込まれてて……辛かったよね…………」
『………………』
もう一人の自分を我が子のようにぎゅっと抱きしめ、泣きながらも語り掛ける絵里。絵里シャドウは何も言わず、ただ黙って絵里の言葉を聞いていた。
「あなたの言う通り、"本当にやりたいこと"が何なのか私には分からない。でもね、分かっているのは……私も高坂さんたちのようにアイドルがやってみたいってことだけ。まだ興味本位で………それが"本当にしたかったこと"なのかは分からないけど…これから鳴上くんたちとそれを確かめていくわ。そして、これが私の本当にしたかったことなんだって胸を張れるように、頑張るから……もう大丈夫よ」
絵里はそう言うと、シャドウの顔に優しく手を当ててこう言った。
「
絵里の言葉に、絵里シャドウはコクンと頷いて嬉しそうに…そして、目にうっすらと涙を浮かべて、眩い光に包まれていった。そして、それは姿を変えて、神々しい女神へと姿を変えた。
『我は汝…汝は我……我が名は【テレプシコーラ】。汝…世界を救った者と共に、世界に光を……』
そして女神は再び光をなって二つに分かれ、一方は絵里へ、もう一方は悠の中へと入っていった。
――――絵里は己の闇に打ち勝ち、困難に立ち向かうための人格の鎧ペルソナ【テレプシコーラ】を手に入れた。
「これが……鳴上くんたちが持ってる……ペルソナ?」
「ああ、それが絢瀬のペルソナ。自分と向き合った証だ」
ハッキリと感じる己の中で目覚めたモノに、絵里は胸に手を当てて嬉しそうな顔をした。これが今まで抑え込んでいた自分と向き合った証。見られたくないところを悠たちに見られてしまったが、本当に良かったと心から思う。だって、今まで心につっかえていたものが取れたような晴れやかな気持ちになっているのだから。
「鳴上くん……あなたたち………ありがとう、私のために……」
絵里は改めて自分を救ってくれた悠たちに笑顔で感謝を述べた。思えば初めてだったのかもしれない。こうやって自分に本気で心配してくれたり、死ぬ気で自分のために身体を張ってくれたのは。だから、こうして心から感謝できるのだろう。そして、初めて見たような気がする絵里の心からの笑顔に、悠たちも自然と笑みを浮かべた。やっと絵里が心を開いてくれた。そのことだけでも、悠たちはとても嬉しかった。
「エリチ、良かったね」
絵里のそんな表情に希は安心しきったように、負けずに笑顔でそう言った。
『"良かった"?ウフフフフ……白々しいわね。本当はそんなこと思ってないクセに』
「「「「!!っ」」」」
突如、背後から何者かの声が聞こえてきた。カツンカツンとこちらにゆっくりと近づいて来る者の足音が聞こえる。そして、段々と感じてくる魔王のような気配。穂乃果たちだけでなく、悠までもがその気配に並々ならぬ恐怖を感じてしまった。恐る恐ると振り返ってその正体を確かめてみる。
『"また悠くんに悪い虫がついた"。そんなことを思ってた癖にねえ?』
それは、音ノ木坂学院の制服に身を包んだ金色の目を持つ希…いや、もう一人の希だった。普段の優しく落ち着いた雰囲気とは違って、希シャドウからはそれとは正反対の邪悪で悪意のある表情でこちらを見ていた。それを見た穂乃果たちは絶句してしまう。
そう、悠たちはまだ気づいていなかったのだ。これからが本当の正念場だということを。そして……この場が悠にとって、運命の分かれ道であることを。
ーto be continuded
Next Chapter
『ウフフフフフフ……』
「どういうことだ」
『私は忘れたことなんてなかったのに!』
「あんたなんか…あなたなんか……」
『今から悠くんはあなたたちのことを忘れるってことよ』
Next #45「I'll never forget anything again.」