PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

試験が終わったと思ったら、次は航空特殊無線技士の試験……頑張ります。

改めて、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、皆さんが楽しめる作品になるように精進していくつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。

抱き合っていた希と悠。その真相とは!?それでは本編をどうぞ!


#41「What you want to do」

♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~

 

 

 

 

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ」

 

 

 

 

 

 美しいピアノのメロディーと聞き慣れたあの老人の声で悠は目を覚ました。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模した空間【ベルベットルーム】。この部屋の主であるイゴールとその従者であるマーガレットがいるいつも通りの光景があった。

 

「また妹のエリザベスがお世話になったそうですね。あの子に振り回されたせいで災難だったようで。本日はあの子は留守にしておりますが、私があの後きつく言っておきました故、ご心配なされないでください」

 

 何の心配だろうか?確かにアレは災難だったが、これまで体験したケースの中でもまだ軽い方に入るので気にしないでくれと、悠はマーガレットにそう伝えた。すると、その様子を見守っていたイゴールが本題に入ると言わんばかりに口を開いた。

 

 

「本日お呼び出し致しましたのは、お客人に伝えておきたいことがございましてな。どうやら、あなた様方の旅路は新たなる試練が待ち構えているようでございます」

 

 

 試練……またP-1Grand Prixみたいなことが起きるのだろうか。こういう時にイゴールたちからそのようなお告げが来るときは必ず何かが起こる。そう思っていると、マーガレットがペルソナ全書を開いてこう言った。

 

「お客様はまた新たな絆を育まれました。それにより呪いから解放されたアルカナは【太陽】と【節制】。しかし、これらの力を含めてもこの先に待ち受ける困難を乗り越えるのは難しいでしょう」

 

 マーガレットの言葉に悠は眉をひそめてしまう。すると、マーガレットに続くようにイゴールが口を挟んできた。

 

「フフフ……しかし、そう悲観することは御座いません。どんな困難だろうとそれを乗り越えるキッカケはいつも些細なこと。お客人には何か心当たりがおありではないでしょうかな?」

 

 ギョロッとした目でこちらを見るイゴール。相変わらず食えない老人だと悠は思った。その心当たりとは、無いわけではない。だが、それとこれから起こることと何か関係あるのだろうか。その様子を見たイゴールは満足げに笑みをこぼした。

 

 

 

「さあて、あなたがあの者たちとどのようにして試練を乗り越えられるのか……楽しみで御座いますなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テスト返却日……

 

 

 テストの結果を見て、まずまずだと思った悠は鞄を持って教室を出る。向かったのはいつもの部室ではなく屋上だ。何故かというと、昼休みにとある人物に2人っきりで話したいことがあるので、放課後に屋上に来てほしいと言われたからだ。階段を上がって屋上に辿り着くと、その人物は既に屋上でそこから見える景色を儚げに眺めていた。その人物とは……

 

 

「東條、待たせたな」

 

 

「お待ちしとったで、鳴上くん。いきなり呼び出してごめんな」

 

 悠が訪れたのに気づいた希はそう言って温和な微笑みを見せる。その笑みに悠は少し違和感を感じた。何だか今の笑みはいつもの希らしくない気がするのだが、気のせいだろうか。

 

「別に気にしてない。それで、何の用で呼び出したんだ?」

 

 悠はそんなことを思いつつも、希に用件を聞く。

 

 

 

「エリチのことや」

 

 

 

「絢瀬のこと?どういうことだ?」

 

 すると、希はどこからか一枚のタロットカードを取り出して悠にこう言った。

 

「今の鳴上くんたちにはエリチの力が必要やとカードが言ってたんや。元々鳴上くんには別のタイミングで話そうと思ってたんやけど、ちょっと事情が変わったんよ」

 

「事情?」

 

「昨日エリチと理事長先生から聞いたんやけどな、この学校は今度のオープンキャンパスの結果次第で廃校になるらしんよ」

 

 突然告げられたことに悠は驚愕する。一体どういうことなのかと問うと、希は全て話してくれた。もしも、オープンキャンパスに訪れた中学生たちにアンケートを取り、その結果が芳しくなければ、即廃校を決定するということらしい。そんな最悪な状況を改善するため、早速生徒会は対策を考えている真っ最中らしい。これは廃校阻止を目的に活動している悠たちにとっても由々しき事態だ。だが、腑に落ちないことがある。

 

 

(何でそのことが絢瀬のことに繋がるんだ?)

 

 

 確かに廃校のことは悠たちにとっても一大事だし、何とか学校が存続できるように協力したが、何故そのことが絵里のことに関係あるんだろうか。そう疑問に思っていると、希がまた口を開いてきた。

 

「その代わり、ウチも鳴上くんに聞きたいことがあってな、それに答えてもらってもええ?」

 

「聞きたいこと?」

 

 すると、希は離れていた距離を詰めてきた。そして、悠の目を見つめてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ウチが聞きたいのはな、P-1Grand Prixについてや」

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、悠の全身に今まで以上の悪寒が走った。それは叔父の堂島にあの連続殺人事件に関わっているのかと追及されたときよりも冷たく感じる。何故希がP-1Grand Prixのことを知っているのか。もしかして、希はあの時にあの予告映像を見たのか。今まで何故追及してこなかったか不明だが、どんなことにしろ、あの事件やペルソナと無関係の希に本当の話をするわけにはいかない。

 

「……どうしてそんなことを俺に聞くんだ?P-1Grand Prixって稲羽で噂になってたやつのことか?アレは俺も陽介から聞いたが、それ以外は何も知らないぞ」

 

 悠は何とか平静を保ってそう返すが無駄だった。希はそんな誤魔化しは通用しないと言わんばかりに顔を近づける。

 

「鳴上くんは知っとるやろ?」

 

 すると、希はポケットから取り出したICレコーダーの再生ボタンを押した。

 

 

 

 

『P-1Grand Prixに巻き込まれた時に悠先輩が……』

『へえ…あの時にお兄ちゃんと何かあったんだね』

『"核弾頭猫娘"………"夢見るナルシストアイドル"』

 

 

 

「!!っ」

 

 

 ICレコーダーに録音されていたのは、何時ぞやの穂乃果たちとの会話だった。その一言一句が間違うことなく再生されている。まさか、あの時に希が近くにいたのか。

 

 

 

「これで言い逃れは出来ないんやない?」

 

 

 いつもの温和な笑顔ではなく、どこか表情を消した顔で迫る希。完全にやられた。まさか叔父の堂島がしてこなかった方法で追及してくるとは。悠はまるで追い詰められる容疑者のような気分を感じた。しかし、一体どうすればいいのか。このまま正直にあの事件のことを告白すべきか、はたまた知らないとシラを切り続けるか。

 

(どうする……)

 

 どちらにしろ、ここまで周到な準備をしてこうしてくるということは、希は絶対に悠を逃がしてくれないだろう。だが、おかしい。何故希はここまでしてP-1Grand Prixのことを知りたがるのか。アレに巻き込まれたのは悠たちであって、()()()()()()はずなのに。すると、

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

 

 

 ある考えに至ったその時、突然また激しい立ち眩みが悠を襲った。この感覚は先日、神田明神で起こったものと同じものだった。不意打ちだったので、悠の表情は苦し気になっていく。

 

 

「な、鳴上くん!どうしたん!?鳴上くん!?

 

 

 希もこんな事態は想定してなかったのか、声色に焦りを感じる。だが、その必死な希の声も段々遠くなっていく。すると、

 

 

 

 

 

 

ー……くんを………いかせ……な…い

 

 

 

 

 

 頭にまたあの声が響いてきた。聞き覚えのあるこの声が聞こえると、立ち眩みに頭痛が加わる。痛い……神田明神で感じた時より痛い。意識は何とか保てそうだが、これ以上続けば倒れてしまう。何とか耐え切ろうと歯を食いしばるが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー……くんを………いかせ……な…い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に声量は上がり、痛みも倍になってきた。あまりの激痛に耐えられなくなり、とうとう意識を手放そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴上く……悠くん!?

 

 

 

 

 

 

 

 身体が何かに受け止められているのを感じた。すると、今まで感じた激しい頭痛が嘘のように消え、何だか暖かい気持ちに包まれる。うっすらと戻ってきた意識を保って見てみると、自分は誰かに抱きしめられていた。その誰かというのは…

 

 

 

「しっかりして!悠くん!ウチがついてるから……しっかりして……」

 

 

 

 それは希だった。抱き着かれているので顔は見えないが、声色からして悠のことを本気で心配して泣きそうな表情をしているのは分かる。希の抱擁は力強くも安心感があり、まるで母親のような心地よさがある。それにどこか懐かしい安らぎを感じさせた。

 

 

 

(この感じ…懐かしいな………あの時みたいだ………あの時?)

 

 

 

 悠は自分がそう思ったことに違和感を覚えた。これが懐かしいとは、どういうことなのだろうか。それに、希は今自分のことを"悠くん"と呼ばなかっただろうか。まさかと思うが……

 

 

 

 

 

 

「鳴上……先輩……副会長?」

 

 

 

 

 

 

 突然第三者の声が聞こえてきたので、悠と希はバッと離れた。立ち眩みの反動か、少しクラッとして倒れそうになるが、それを堪えて第三者の正体を確かめる。そこにいたのは

 

「そ、園田?」

 

 そこには直立不動になっている海未の姿があった。今の希が悠を抱きしめているところを見たのか、海未は目の焦点が合っていないように見える。

 

 

「い、今のは……どういうことですか……先輩」

 

 

 今の光景が余程衝撃的だったのか、海未の声が震えている。何か色々とまずい予感がしたので、悠は一旦落ち着いて状況を説明しようが、それは希によって遮られた。

 

「ごめんな…鳴上くん………さっきの話は忘れて……それと、エリチのこと、よろしく頼むわ」

 

 希は悲し気な表情でそう言うと、手に持った何かを悠に渡してそそくさと屋上を去っていった。去り際に海未にごめんなと呟いて。希が屋上から去った後、悠は希からもらったものを確認するため、手の中を見てみた。

 

「これは……USB?」

 

 手に入っていたのは紫色のUSBだった。おそらく希が悠に渡したかったものだろう。一体、何が入っているのだろうか。とりあえず、一旦部室に戻ったらこの中身を見てみよう。だが、その前に

 

 

「園田に状況を説明するのが先だな」

 

 

 未だに放心状態になっている海未に先ほどまでの状況を説明しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アイドル研究部室>

 

 何とか海未に状況を理解してもらった。海未は勘違いして申し訳ないと謝っていたが、それは仕方のないことだと言うしかなかった。部室に戻ると、待っていた穂乃果たちに遅いと怒られてしまった。皆に事情を説明しようとすると、部室に知らない女子生徒が居るのに気づいた。

 

「あの、君は?」

 

「は、はい……私は生徒会の者なのですが……」

 

 これは驚いた。まさか絵里や希以外の生徒会役員がここを訪ねてくるとは。どうやら海未が悠を探しに行ったのと入れ違いで訪れたらしいので、海未も驚いていた。

 

「何か私たちに話があってきたらしいわよ。オープンキャンパスのことで」

 

「オープンキャンパス?」

 

 にこから話を聞いて、これはまたタイムリーな話だと悠は思った。先ほど希からオープンキャンパスの結果が悪ければ廃校が決定すると聞いたばかりなので、このタイミングの良さに驚いてしまう。どうやら詳しい話をしようとしたところに悠と海未が戻ってきたらしい。詳しい話を聞こうと、悠は女子生徒に話を続けてくれとお願いする。女子生徒は少し戸惑いながらも、その本題の旨を話した。

 

「実は、オープンキャンパスで予定しているイベントでμ‘sの皆さんにライブをお願いしたいって生徒会で話が出てるんです」

 

「え?」

 

 オープンキャンパスでのアンケートの結果次第で音ノ木坂学院が廃校になるか決まる。そんな窮地の事態を脱するため、生徒会は試験が終わって早々にその対策を練るために会議を続けていた。その中で、中学生たちの目を引く楽しいイベントをするということにし、そのイベントの内容は最近注目を集めている音ノ木坂学院のスクールアイドル【μ‘s】のライブが良いのではないかという案が出たらしい。

 

「わ、私は皆さんにやってほしいと思ってます!だって、μ‘sのパフォーマンスを見てると元気が出るというか、楽しいと感じられるんです。これは絶対中学生たちの心にも響きますよ!」

 

 どうやら彼女が発案者のようだ。女子生徒の熱い言葉に穂乃果たちは嬉しくなる。話を聞く限り、これまでのμ‘sの活躍から生徒会役員の大半はオープンキャンパスでライブをやってもらうことは賛成らしい。だが、

 

「でも、依然として会長はこの案に難色を示しているのですが……」

 

「なるほどな」

 

 どうやら絵里はμ‘sのライブには納得が言ってないらしい。そのことに穂乃果とことり、凛を除く一同は一層表情が険しくなる。まだ自分たちの邪魔をするのかと思っているのだろう。しかし、この話は過半数が賛成しているので、μ‘sからOKを貰えれば企画として通せるらしい。出来れば早く返事が欲しいと言って、女子生徒は部室から退室した。

 

「何かとんでもないことになってきたな」

 

「ええ…平たく言えば、私たちのライブに学校の存続がかかっているようなものですからね」

 

 事の大きさに悠と海未はそんな言葉を漏らしてしまう。試験という試練を乗り越えた後にこのような事態になるとは何ともヘビー過ぎる。しかし、

 

「でも、オープンキャンパスでのライブが上手く行けば、廃校にならないんだよね!やってみる価値はあるよ!」

 

 どうやら穂乃果は結構やる気らしい。それにつられて、花陽や凛、にこも前向きな姿勢を見せる。やはりこういう時、穂乃果の元気なところは色んな意味で助かる。穂乃果たちは早速オープンキャンパスに向けて練習と屋上に向かおうとする。

 

「ほら、悠先輩も早く行こうよ!」

 

「先に行っててくれ。ちょっと確認したいことがある」

 

 その前に確認したことが悠にはあった。希からもらったUSBの中身である。早速パソコンを開いて希のUSBの中身を開いた。穂乃果たちもそれが気になったのか、屋上にいくのを止めてパソコンの周りに集まってくる。USBの中には"着火剤"と名の付いたファイルがあって、そこに動画データが一つあった。どういう意味か分からなかったが、その動画を開いてみた。すると、

 

 

 

「これは………」

 

 

 

 映像にはどこかの会場で一人の幼い少女が優雅に踊っている姿があった。流れてくるクラシック音楽やその少女の衣装から見るに、踊っているのはバレエだろう。その優雅さや可憐さ、何よりどこか心を強く打たれる演技力に悠のみならず、その場で一緒にこの動画を見ている穂乃果たちも感動してしまった。何より、この少女が楽しそうに踊っている表情が物語っている。自分はバレエが大好きだと。だからこそ、その楽しさや素晴らしさが受け手の悠たちにも伝わってくる。

 

 

「………絢瀬なのか?」

 

 

 その少女の姿はどこか見たことある。金髪碧眼にスラッとしたスタイル。これは間違いなく幼い頃の絵里だった。

 

「これが……生徒会長?」

「あの人、バレエやってたんだ」

「意外……」

「わあ、すご~い!」

「レベル高………」

 

 穂乃果たちがここまで魅了されているとは。同じクラシック音楽を嗜んでいる真姫からしても相当レベルが高いらしい。思わず幼い絵里の演技に見入っていると、悠はあることに気づいた。

 

「そうか、だからか」

 

 あの時、絵里がスクールアイドルなんて皆ド素人だと堂々と発言した理由が今分かった気がする。自分がそういう世界に居たからこそ、スクールアイドルが素人に見えると言ったのだ。この動画を見れば、そう言い放ったことに説明がつく。

 

 

「東條が言っていた絢瀬が必要になるって、そういうことか……」

 

 

 間違いない。絵里は自分たちに足りないものを持っている。希はそれを伝えたかったのだ。もし先へ進みたいのであれば、絵里の力は必要だということ。すると、絵里のバレエの動画を見た穂乃果がこう呟いた。

 

 

「ねえ、生徒会長にダンス教えてもらうってどうかな?」

 

 

 穂乃果の言葉に一同は驚愕する。一部の者はあり得ないと言いたそうな表情をしていた。それもそうだ。何せ先日自分たちを素人などと貶した人物に教えを乞うということなのだから。穂乃果の言葉に、他のメンバーは猛反発する。

 

「何言ってんのよ!あいつは私たちを嫌ってるのよ!そんなの無理に決まってるじゃない!」

 

「私も反対よ。あの人のことだから、私たちを潰しかかるかもしれないわ」

 

「何というか…あの人、怖いですし。私は楽しくやる方が良いかなって思います」

 

「凛も楽しい方が良いにゃ」

 

 流石に猛反発されるとは思っていなかったのか、穂乃果はにこたちの反論に慄いてしまう。ことりもどうリアクションを取って良いか分からず困惑していた。

 

「でもでも、あの動画見て、会長がダンス上手いってことは分かったでしょ。上手い人に習うっていうのは悪いことじゃないんじゃない?」

 

「それはそうだけど……」

 

 穂乃果の指摘したことは的を得ているが、どうも絵里にダンスを習うこと自体に抵抗があるらしい。

 

「………………」

 

 肝心の海未もずっと黙ったままだった。どうやら海未はあの動画を見て色々思うところがあるのか、そう簡単に決められないようだ。穂乃果がすがるようにこちらを見つめてくる。きっと自分と同じ考えだから悠も賛成してくれると穂乃果は思っているのだろう。確かに、絵里にダンスを教えてもらうことには賛成だが、それでは根本的な解決にはならない。

 この方法はあまり使いたくないが……穂乃果たちのためなら仕方ないだろう。悠はある覚悟を決めて、皆に向けてこう言い放った。

 

 

 

 

「お前たちの気概はそんなものなのか?」

 

 

 

 

 いつもとは違う冷たい声色に一同はビクッと震えてしまう。それは試験期間に罰ゲームを提案したときとは違う、本気で怒っているものだったからだ。

 

「せ、先輩……それはどういう……」

 

「お前たちの気概は絢瀬が怖いからと言って、教わるのを躊躇うようなものだったのかと聞いてるんだ」

 

「ちょっ!悠先輩、そんな言い方は」

 

 穂乃果も悠がこう言うことは予想外だったのか慌てて止めにかかる。今から言おうとしていることは、もしかしたら穂乃果たちの心を折るかもしれない。そうなったら、今後悠は彼女たちに最低な先輩として見られるだろう。だが、それでも前に進むにはこれしかないと、悠は止まることなく言葉を紡いだ。

 

 

「これからスクールアイドルを続けて行く度に、絢瀬のように考える人も出てくるかもしれない。その人たちを感動させる演技をするには、厳しいことを言われても、どんなことをしても負けずに努力し続ける気概が必要だ。今のお前たちの言葉からはそんなものは感じられない。そんなことで、このままスクールアイドルを続ける意味があるのか」

 

 

 悠の言葉がμ‘s全員の心に押しかかる。言い返そうにも言い返せない。今の悠の言葉を今の穂乃果たちにとって的を得ていたからだ。押し黙る穂乃果たちに悠は心の中で罪悪感にさいなまれながらも、トドメの一撃を放った。

 

「全員、一晩考えろ。このままの気概でスクールアイドルを続けるのか、絢瀬に頭を下げてもダンスを教えてもらうのか」

 

 悠はそう言い残すと、鞄を持って部室から出て行った。残された穂乃果たちはそのまま黙り込んだままだった。部室から出て行った悠も後悔で心が押しつぶされそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 家に戻ると、悠はすぐに鞄をソファに放り出して、ブレザーも床に脱ぎ捨てたままベッドで泥のように寝込んでしまった。今までの疲れがドッと出たのか睡魔に負けてしまいそうになるが、穂乃果たちにキツイことを言ってしまったとまた後悔する。

 

 

(何やってるんだ、俺は……今はそれどころじゃないって言うのに……)

 

 

 自分も何が正解なのか分からないくせに偉そうに自分の意見だけ言ってしまって、これでは先輩失格だ。明日どのようにして穂乃果たちに会えばいいのか。自責の念に駆られて油断していると、眠気がドッと押し寄せてきたので、悠は深い眠りについてしまった。出来れば今日はずっとこのままでいたいと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 気が付けば、悠はボロボロの状態で教室の中心に倒れていた。ここはおそらくあの過去夢だろう。一体何が起こってこのような状態になっているのか分からないが、一応起き上がろうと試みる。だが、その時全身に痛みを感じた。見てみると、体中が痛い。まるで殴られたり、蹴られたりしたように。今の自分にはちょうどいい痛みだなと思っていると、

 

 

 

「悠くん!!」

 

 

 

 その瞬間、誰かに正面から抱き着かれた。あまりに突然のことで言葉が出なかったが、この声はおそらくあの少女だ。そして、抱き着いた少女はそのまま嗚咽するように泣き始める。

 

 

「悠くんのバカっ!すごく心配したんだよ!悠くんが殴られて……死んじゃうかもしれないって」

 

 

 殴られて……そう言われて、悠はふっと降りてきたように思いだした。

 

 あの少女が容疑者とされた窃盗事件は蓋を開けると、実は少女を犯人だと証言したと女子が引き起こしたものだった。その目的は悠とその少女の仲を引き裂くこと。その少女は密かに悠に想いを寄せていて、お近づきになりたいと思っていたが、転校初日からいつも悠と仲良くしているあの少女が憎らしく感じ、少女を嵌めようと狡猾に事件を起こしたらしい。

 そして、まんまと自分の証言を信じたクラスメートが少女を犯人と疑い始め、これで2人の仲を引き裂くことに成功した。そう思った矢先、予想外にも悠がその少女を必死に庇ったのだ。これにはとても焦ったものだが、更に悪いことに悠に間違いを指摘されて激昂した男子が悠に暴力を振るい始めた。目論見が失敗した上に、目的の人物を傷つけることとなってしまい、罪悪感に負けて自供したということだ。

 

 なるほど、妙に全身に痛みを感じたのはそのせいらしい。しかし、どんなことにしろ彼女の容疑は晴れたのだ。それは喜ばしいことだろう。悠は少女を心配させまいと、強がりにも優しい言葉をかけた。

 

「放っておけないって、思ったから………でも、無事でよかった」

 

 だが、少女はその言葉を否定するように普段からは想像できない大きな声でこう言った。

 

 

「ダメだよ!悠くんが傷ついたら、私はもっと嫌だよ……何でそんなことが分かんないの………」

 

 

 少女の独白は悠の心に刻みつくのに十分だった。大切ならそれを助けるだけでなく、自分も助からなければならない。それはここでも今でも、悠は全く身に染みていなかったようだ。稲羽ではあれほどのことがあったにも関わらず、昔でも変わらなかったのかと痛感させる。その時、少女は抱き着くのを止めて、悠と向き合うように目を合わせた。そして、

 

 

 

 

「……ありがとう、悠くん。私を助けてくれて…」

 

 

 

 

 その言葉を聞いた途端、意識が遠くなった。ただ、意識を失う直前に目に入ったのは、見覚えのある引き寄せられそうな大きな瞳に、艶のかかった美しい長い髪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 また良いところでと思いながらも悠は目を覚ました。もう少しで何か思い出せそうだったのに。時計を見ると、もう時刻は20:00を過ぎていた。帰宅したのは18:00ぐらいだったので、熟睡にしては短い。また寝こみを決めようと思ったが空腹も感じてきた。そう言えば、昨日冷蔵庫に何もなかったので夕飯はどうしようか。そう思いながら部屋を出てリビングに向かうと、

 

 

 

 

「あっ!悠先輩、起きたー!」

「お邪魔してます、鳴上先輩」

「お邪魔してます……」

「おはようにゃ~!」

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 リビングには悠が起きるのを待っていたかのように、穂乃果と海未、凛と真姫がテーブルに座っていた。更には、

 

 

「ちょっと!アレはもう完成してるの?」

「もう少しです」

「は、早いです~!」

「チンタラしない!料理はスピードが命よ!って、あ……」

 

 

 台所ではことりと花陽、にこが料理をしていた。匂いや具材から察するに作っているのはチャーハンに餃子だろう。って、そう言ってる場合じゃない。

 

 

「何で、みんな俺の家にいるんだ?」

 

 

 ことりが家のカギを持っているのは知っているので、家に入れること自体に疑問はないが、あんなことを言ってしまった悠のところに来たのか。穂乃果たちはしどろもどろになりながらも理由を説明した。

 

 

「いや~……あの後、みんなで下校時間まで話し合ったの。悠先輩が言ってたこと」

 

「みんなで意見をぶつけ合って、鳴上先輩が伝えたかったことを考えました」

 

「鳴上さんに早く伝えようと思って、お邪魔したんだけど……」

 

「先輩が辛そうに寝ていたにゃ」

 

「それで、アンタが起きるまでご飯作っておこうって思ったわけ。どうせ私たちにあんなこと言ったからって、自暴自棄になってご飯食べてないかと思ったら、案の定だったわね」

 

「家もすごく散らかっていたので、お掃除もしておきました。先輩も辛かったんだなって思うと……本当に申し訳なくなって」

 

 悠は穂乃果たちの言葉を聞いて、思わず涙腺が緩みそうになる。そして、自分は浅はかだったということを痛感した。自分にはこう思いやりのある仲間たちがいるのに、どうしてそんな皆を信じてやれなかったのか。

 

 

「とりあえず座りなさいよ。お腹減ってるんでしょ」

 

 

 にこは無理やり悠をテーブルにつかせる。それと同時に、ことりと花陽が手にチャーハンと餃子を持ってきてくれた。

 

 

「はい、お兄ちゃん。ことりとにこ先輩と花陽ちゃんが作ったチャーハンと餃子だよ」

 

「これ食べて元気出してくださいね」

 

 

 悠は手渡されたレンゲを受け取ると、おずおずとチャーハンを掬って口に入れる。

 

「うまい……」

 

 あまりの美味しさに思わずチャーハンを口に掻きこんでしまう。思えば、他人が作った料理を食べるのは随分久しぶりのような気がする。これを悠のためににこたちが作ってくれたのだと思うと自然と心が温かくなる。それを感じたのか、視界が急に濡れたように曇り始めた。そして、

 

 

 

「みんな……ありがとう。俺のために……」

 

 

 

 悠は涙を流しながら穂乃果たちに頭を下げてお礼を言った。悠の姿に、にこたちは慌ててしまう。普段見ない悠の姿に驚いてしまうが、それと同時に悠が心から感謝していることを感じたので、いつもと立場が逆転しているようでこそばゆい。

 

 

「何よ今更……アンタにはあの世界やGWに助けてもらったり、色々世話になってるし………これくらいは当然のことよ」

 

「そうですよ。いつも先輩には美味しいご飯をご馳走してもらってますし、それに……自分たちが作った料理を美味しいって言ってくれて嬉しいです」

 

 

 そっぽを向きながら照れるにこと嬉しそうにはにかむ花陽。そして、ことりのいつもの笑顔を見て、悠は涙を拭いて残りのチャーハンと餃子を平らげる。悠が食べ終わったのを見ると、穂乃果たちは悠の向かい側に座ってこう言った。

 

 

「悠先輩、ありがとう。穂乃果たちのために怒ってくれて。だから、穂乃果たちは決めたよ。これからどうして行きたいのか」

 

 

 彼女たちの目から真剣さを感じる。これはもう覚悟を決めた者たちの目だった。あれから悠に言われたことを一生懸命話し合ったのだろう。それを感じ取った悠はレンゲを置いて、話を聞く態勢に入った。

 

 

 

「聞こうか」

 

 

 

 穂乃果たちが出した答えは、悠の予想通り、そして穂乃果たちとの絆を再確認できた答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

<生徒会室>

 

 放課後、昨日の悠の問いに対する答えを出した穂乃果たちは早速生徒会室へと足を運んだ。

 

「し、失礼します」

 

 意を決した穂乃果たちはドアをノックして生徒会室に入る。そこには何か話し合いをしていたらしい絵里と希の姿があった。穂乃果たちの登場に絵里は怪訝な表情になる。

 

「あなたたち……何の用なの?」

 

 絵里の冷たい声に一瞬ビクッと怯えてしまったが、穂乃果たちは気を取り直して、絵里に告げる。

 

 

 

 

「会長……いえ、絵里先輩!お願いです!私たちにダンスを教えてください!」

 

 

 

「「「「お願いします!!」」」

 

 

 

 穂乃果がそう言って頭を下げると、後ろに控えていた海未たちも頭を下げる。大勢に頭を下げられて流石の絵里も慌ててしまう。それに、人に頭を下げるようなことをしなさそうなにこまで頭を下げているので、これには希も驚いていた。

 

「か、顔を上げなさい!あなたたち、どういうつもり?」

 

 絵里の疑問に穂乃果は頭を下げながらも答えた。

 

 

「私たち、もっと上手くなりたいんです!もっと人に感動してもらえるように。誰かの支えになるような演技をするために。そのためには、会長にダンスを教えてもらいたいんです!お願いします!!」

 

 

 穂乃果たちの本気の言葉に絵里は胸を打ち抜かれたような気分になった。どこで自分がバレエをやっていたかを聞いたのかは分からないが、仮にも自分は先日彼女たちに傷つけるようなことを言ったのだ。それにも関わらず、そんな自分にダンスを教えてほしいとは。

 

 ふと絵里は穂乃果たちの一歩後ろで一緒に頭を下げる悠を盗み見る。きっと彼女たちを焚きつけたのは彼だろう。でも、そうだとしても彼女たちが本気で頼んでいるのは嘘ではない。きっと自らで考えて出した結論なのだ。しばらく彼女たちを見つめた絵里は意を決したように頷いて、返答した。

 

 

 

 

「分かったわ。そこまで言うなら、あなたたちのダンスの指導係を引き受けます」

 

 

 

 

 絵里の返事に穂乃果たちは嬉しそうに歓声を上げた。だが、浮かれるなと言わんばかりに絵里は皆を叱責する。

 

 

「ただし、私は鳴上くんのように手を抜かないわよ。まずは私が納得するようなレベルまで達してもらうわ。オープンキャンパスまで時間もないし、覚悟はいいわね!」

 

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 こうして絵里は穂乃果たちのダンスを指導することになった。その様子を見守っていた希はやっと絵里が素直になってくれて嬉しそうであり、どこか寂しそうな表情になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<屋上>

 

 時間が勿体ないと言って早速μ‘sの練習を見に来た絵里。だが、

 

 

「全然ダメじゃない!こんなのでよくこれまでやってこれたわね」

 

 

 早速ダメ出し。開始から1分も経ってないところで怒られてしまったので、これには穂乃果たちも早々に意気消沈してしまいそうになる。一体何がいけないのだろうか。

 

「あなた達は基礎がなってないわ!鳴上くん、あなたはこの子たちに何を教えていたの!?」

 

「ええっと……ずっとランニングとか、りせから貰った練習メニューでやっていたんだけど」

 

「そのメニューを見せなさい」

 

 絵里は悠から練習メニューが書いてあるひったくると、それを見て険しい表情を浮かべた。そして、悠にそれを突き返すと近くにいた凛を指名して、地面で開脚させる。あれはもしや開脚ストレッチか。

 

「ぐぎゃあ!痛いにゃ~~!!」

 

 凛は身体が固いのか、絵里が押した所から数センチのところで止まってしまった。

 

「こんな身体が固いようじゃ駄目よ!せめてこの状態からお腹が地面につくようになりなさい」

 

「「「えええっ!!」」」

 

「柔軟性は全てのことに繋がるわ。全員ここまでのことをこなしなさい。このままじゃ、本番は一か八かの賭けになるわよ!」

 

「は、はい!」

 

 だが、凛のみならず、皆も開脚ストレッチが絵里の求めるところまで達するのにてこずっていた。その後も絵里による猛特訓は続いていく。

 

 

 

 

「このくらい出来て当たり前!!」

 

「何で出来ないの!!」

 

「あと10分間その状態を保ちなさい!!」

 

「もうワンセット行くわよ!!」

 

 

 

 

 先ほどの開脚ストレッチの次はバランス感覚を鍛える特訓、腹筋・背筋・腕立ての筋トレを10セットなど、今までやったことがないハードな練習を強いられるμ‘sメンバー。あまりのきつさに穂乃果たちは悲鳴を上げそうになる。更には……

 

 

「俺もか……」

 

 

 何故か悠までも練習を強いられていた。絵里曰く例えメンバーでなくても教える立場も教えられるようにできなければならないということ。だが、そう言いつつも悠は穂乃果たちみたいにバテずに淡々と練習をこなしていった。

 

「鳴上くん……こんなメニューをよくこなせるわね」

 

「まあ、バスケ部でこれくらいのことはしてたし、里中の修行に付き合ってたからな」

 

「……………」

 

 忘れていた。この男はバスケ部に所属していたのみならず、あのカンフー少女の特訓にも付き合っていたのだ。千枝が悠はとても良い修行相手だったと言っていたのを思い出す。しかし、悠がそうであっても穂乃果たちにとってハードなことは変わりない。そして、

 

 

「きゃあっ!」

 

「かよちん!」

 

 

 ついにリタイアする者が出てしまった。倒れてしまったのは少し体力が劣る花陽だった。本人は大丈夫だと言い張るが、顔色からしてこのまま続けたらケガに繋がってしまう。その様子を見た絵里はふうと息を吐いてこう言った。

 

「もういい。今日はここまでね」

 

「「ええっ!」」

 

 突然練習を打ち切られて、穂乃果たちは驚愕する。まだ下校時間まで時間があるというのにどういうことなのだろうか。

 

「ちょっとどういうことよ!」

「まだ時間はあるでしょ!」

 

 にこと真姫は納得できないのか絵里に反論する。絵里は2人の反論に眉を顰めるも涼し気な表情で説明する。

 

「闇雲に続けても意味がないわ。私はそう判断したまでよ」

 

 悔しそうに絵里の言葉を受け入れる一同。この場合は絵里の方が正しいと悠は思った。このままの状態で続けても、ケガに繋がるだけだろう。

 

「少しは自分たちの実力が分かったでしょ。次のオープンキャンパスには学校の存続がかかってる。つまり、今まであなたたちがやってきた甘ったれたものと違うってことよ。その自覚はあるのかしら?」

 

 絵里の厳しい言葉に穂乃果たちは俯いてしまう。似たようなことを昨日悠に指摘されたばかりだが、改めて言われると分かっていても辛く感じてしまう。

 

 

「こんなので"人を感動させたい"だなんてお笑い種ね。もし無理って感じたなら早く言って。私も生徒会の仕事があるし、時間の無駄だから」

 

 

 現実を突きつけるように厳しく言い放った絵里はそのまま立ち去ろうとする。これくらい言えば、今の自分たちの立場が分かるだろう。だが、

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

 ドアに手を掛けようとしたところで穂乃果に呼び止められた。まだ文句があるのかと振り返ると、穂乃果たちは立ち上がって一列に並んでいた。そして、

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 何と穂乃果たちは自分に頭を下げてお礼を言った。絵里は穂乃果たちの行動に驚きを感じられなかった。何故ここまで打ちのめされても、そんなことが言えるのだろう。何故こんな嫌われてもおかしくないことを言った自分にありがとうと言えるのだろう。

 

 

「明日もよろしくお願いします、絵里先輩!」

 

 

 顔を上げてそう言った穂乃果たちの目には絵里に対する嫌悪や悪意は感じられない。彼女たちからは尊敬の念しか感じられなかった。それに驚いた絵里は穂乃果たちに返答することなく、その場を去ってしまった。自分の中に渦巻く複雑な感情を抱いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから休憩を取ってから、各自無理のないように柔軟や筋トレなど自分に足りないものを練習していく。体調管理のため下校時間ギリギリまではやらなかったが、それでも有意義な練習ができた。とにかく明日も厳しい練習が待っているが、絵里に認められるように頑張ろうと一致団結して、今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、下校時間。

 

 

 絵里に課せられたメニューがハード過ぎたので、明日は筋肉痛などでもっと辛くなるだろう。そう思って、穂乃果たちのために湿布を買っておこうと近くのドラッグストアに買いに出た悠。昨日はことりにご飯を作ってもらったので、今日は自分が作るとスーパーに買い出しにも行った。さて、今日はアレを作ろうかと思ってスーパーから出ると、

 

 

「絢瀬」

「鳴上くん………」

 

 

 スーパーを出る際、偶然にも絵里に遭遇した。手に持っているエコバッグからして、絵里も買い物に来ていたらしい。少しの沈黙の後、悠はまた明日とその場を去ろうとするが、

 

 

「待って。聞きたいことがあるの」

 

 

 絵里にそう呼び止められて立ち止まる。振り返ると、絵里は何か迷っているような表情をしていた。

 

「あの後、あの子たちはどうしたの?」

 

「休息を取ってから、絢瀬から言われてたことを復習してた。明日はもっと頑張るって意気込んでたな。多分あの調子だと明日は筋肉痛だろうから、湿布を買っておいた」

 

「……………あの子たちは…何であそこまでしてできるの?またあんなことをやるのよ。また私が厳しくするのよ。上手くなるかも保証はないのに、どうして………」

 

 悠の返答に暗い声色でそう問いかける絵里。そんな絵里の様子が悠には昨日の自分と重なって見えた。どうやら絵里も絵里で自分が示したことが正しいのか分からないようだ。絵里が求める答えになるか分からないが、少しでも絵里の助けになればと、悠は絵里に語りだした。

 

「去年、俺が稲羽に居た時、吹奏楽部の松永が言ってたんだ。"誰かの支えになる音楽を奏でたい"って」

 

 悠はそう言って去年出会った【松永綾音】のことを絵里に話し始める。

 八十神高校の吹奏楽部のトロンボーン奏者の松永綾音。出会った当初、彼女の腕はお世辞にも上手とは言えなかった。それは本人も自覚しており、それでも綾音は人知れずに下校時間まで練習を頑張っていた。それはGWで再会したあの時でも続いている。何故そこまでしてやるのか。それは自分が欲しいもの…"誰かの支えになる音楽を奏でたい"という夢をかなえるために。

 

 

「松永の想いと今の穂乃果たちの想いは一緒だ。叶えたいもの、目標があるから頑張れるんだと思う」

 

 

 悠の話を聞いた絵里は呆然としたままでいた。だが、その表情は納得がいかないと言いたげな感じだった。

 

「そんなこと………そんなことで……」

 

「絢瀬だって、本当は穂乃果たちみたいに叶えたいことがあるんじゃないか?」

 

「!!っ」

 

 悠の指摘に絵里を図星を突かれたように黙り込んだ。そう言うと、悠は絵里にいつか誰かに言った言葉を掛けた。

 

「絢瀬、自分の気持ちに嘘をつかない方がいい。じゃないと」

 

 

 

 

 

「あなたに何が分かるのよ!」

 

 

 

 

 突如、絵里は急変したように怒鳴り散らした。あまりの剣幕に悠は慄いてしまう。

 

 

「私の気持ちなんて分かるはずない!あなたも、他の人と一緒……」

 

 

 絵里は悠にそう言い捨てると、走ってその場を去っていった。悠は追いかけようとしたが、既に絵里は見えない場所まで走っていたので追いかけることは不可能だった。一体何が絵里の気に障ったのだろか。周りの人たちは今の様子を見て、喧嘩別れしたカップルだとチラチラこちらを見ているが気のせいだろう。

 だが、問題はそれではない。悠はこの時、嫌な予感を感じていた。不気味なほど似ているのだ。去年の連続殺人事件を追っている際、()()()()()()()()()()()に。

 

 

 

 

 

(まさかな……)

 

 

 

 

 

 とは言え、対策しようにも今の絵里に自分が何を言っても無駄だろう。一応、この前に連絡先を交換した亜里沙に今日は絵里をテレビに近づけないでくれと注意喚起をしておいた。あまりに不自然と思われたが、去年みたいにやらないよりマシだ。亜里沙に連絡し終えた後、ふと背後から視線を感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<鳴上宅>

 

 

 

 その夜……嫌な予感が当たらないようにと祈りながら、久しぶりにマヨナカテレビをチェックする。横には、お兄ちゃんが心配だからと泊まりに来ていることりも一緒だ。きっと杞憂だから大丈夫だとことりは言ってくれているのだが、どうも落ち着かない。そして、時刻が午前0時を過ぎたとき、

 

 

 

 

 

 悠のその予感は的中することとなった。

 

 

 

 

 

 

「なっ!?そんな……」

 

「マヨナカテレビが…………映った」

 

 

 

 

 

 GW以来に映ったマヨナカテレビ。アレはイレギュラーなものだったので、このように1人の人物が映ったのは久しぶりだ。ぼやけているが、画面に映るその人物は予想通りの人物だった。

 

 

 

 

「絢瀬………」

 

 

 

 

 まさか、嫌な予感が的中してしまうとは。悠はおもわぬ事態に更に冷や汗が出てしまう。しかし、まだ映像がぼやけているということは、まだ絵里はテレビの中に入っていない。すぐさま悠は絵里の安否を確認するために、亜里沙に電話を掛ける。電話を掛けて数コールで亜里沙に繋がった。

 

 

「もしもし、亜里沙か」

 

『な、鳴上さん!ど、どうしたの?こんな夜中に……もしかして、私に』

 

「亜里沙、今すぐお姉ちゃんに代わってくれ。話したいことがあるんだ」

 

『は、はい……』

 

 

 悠の言葉にしょんぼりした様子だったので、悠は少し罪悪感を感じるがいまは状況が状況だ。横ではことりが何故絵里の妹の電話番号を知っているのかと言いたげにムスっとしているが、それも後だ。

 

 

『お姉ちゃ~ん、鳴上さんが……て、あれっ?……………あれ?』

 

「どうしたんだ?亜里沙」

 

 

 そして、亜里沙は悠に嫌な予感を的中させることを告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あの……お姉ちゃんが…家に居ないの。どこに行ったのかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「まさか、あの人が……」

「必ず助けるぞ」

「お姉ちゃん、どこに行ったの?」

「俺に用事ってなんですか?」



「あなたが鳴上くんかい?」



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