PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜   作:ぺるクマ!

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閲覧ありがとうございます。ぺるクマ!です。

やるべきことを終えて、先日やっと友人と「Fate/stay night Heaven's Feel」を見に行くことが出来ました。戦闘シーンが見入ってしまうほどクオリティが高かったりして、第二章がとても気になるくらい面白かったです。自分的に驚いたのが、登場人物の"柳洞一成"の声優さんが、ペルソナ4で足立さんを演じた真殿光昭さんだったことに気づいたいうことですかね。正反対のキャラだったから全然気づかなかったです。

さて、ここで今後の予定を申し上げます。次話で8月から開始したこの【THE ULTIMATE IN MAYONAKA WORLD】は完結して、その次からいよいよ、おまちかねの希・絵里編に入ります。次話のあとがきにアルティメット編でも書いた予告編を載せたいと思います。楽しみしてください。

最後に、新たにお気に入り登録して下さった方、感想を書いてくれた方、アドバイスやご意見をくださった方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や意見が自分の励みになってます。

至らない点は多々ありますが、これからも応援よろしくお願いします。

今回はアルティメット編後日談。打ち上げの会場である天城屋旅館での出来事とは!?
それでは、本編をどうぞ!


#36「Party at AMAGIYA Hotel.」

5月5日早朝

 

 天城屋旅館のとある一室で園田海未は目を覚ました。目が覚めて最初に襲ったのは額に手を付けたくなるほどの頭痛だった。何か頭にものをぶつけたような痛みなので、思わず顔をしかめてしまう。それに、自分は何かに覆いかぶさって寝ていたようだ。寝相の良い自分にしては珍しいことだ。なんだろうかと思い、うっすらとした目を見開いて見る。

 

「えっ?」

 

 

 

 そこには己が尊敬する先輩である()()()()()()があった。

 

 

 

「えっ?なるかみ…せんぱい………えっ!?」

 

 

 状況を読み込めず、海未はパニックになって思わず飛び上がってしまう。一体どういうことなのか。よく見れば、ここは海未たちが泊まっている部屋じゃない。更には自分が着ている浴衣は少しはだけており、この部屋には海未と悠の2人しかいない。

 

 

「…思い出しました……私は昨夜……鳴上先輩に………あわわわわわわわっ!!

 

 

 辿り着いた結論に海未は急速に顔を赤らめて頭が沸騰してしまう。いつも人のことを破廉恥だ破廉恥だと言っている自分がまさかこんなことをしてしまうとは。どうしようどうしようとパニックになってしまい、頭がパンクしてしまった。

 

 

 

何故このようなことになったのか。それを知るためにも時を遡ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館>

 

「「「「こんばんはっ!」」」」

 

「いらっしゃいませ」

 

 P-1Grand Prix事件を無事解決した特捜隊&μ‘sは雪子の提案により、事件解決の打ち上げの会場となる天城屋旅館に来ていた。お昼を食べてから穂乃果たちや今回の事件で仲良くなったラビリスや風花、そして途中で合流した雛乃や希、絵里たちに自分たちの住む稲羽市をあちこち案内したので疲れがあるものの、仲間たちとお泊りイベントというのは色んな意味でテンションが上がる訳で、意気揚々と荷物をまとめてここにやってきたわけだ。

 

「すみません。お忙しい中、大勢で押しかけて」

 

「いいえ、鳴上くんたちなら大歓迎よ」

 

「はあ……」

 

 出迎えてくれた仲居の葛西に断りを入れる悠だが、葛西の方は全く気にしてない様子だった。まあ悠は葛西だけでなく天城屋旅館の板前さんや女将さんなどからも気に入られている節があるので、その反応は当然だったりもする。

 

「わあ、お泊り楽しみだね。お兄ちゃん」

 

 それに、今日は菜々子も一緒だ。伯父の堂島がまた本庁に出張ということだったので、菜々子も一緒に泊まるのは都合がよかったし、皆も菜々子が大好きなので一緒なのは大歓迎だった。初めて出会うラビリスや風花にも問題なく仲良くしているので、この調子なら今日は楽しい夜になるなと悠は思う。ただ、一番の心配はそのラビリスだった。

 

「ここが旅館なんやな……雪子ちゃん、ウチも温泉に入れるん?」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 ラビリスが部屋に案内される途中で雪子にそう尋ねる。この光景に事情を知らない雛乃と絵里、希は首を傾げた。

 

「ラビリスちゃん、どうしてそんなこと聞くの?何か問題でもあるの?」

 

「あっ……え~と……」

 

 雛乃の質問に言いよどむラビリス。ラビリスが対シャドウ兵器…つまりロボットであることは絶対にバレないようにとシャドウワーカーの美鶴から釘を刺されているので、おいそれと無関係である雛乃たちに言えるわけがない。一応ラビリスのことは、東京で知り合った風花の遠い親戚という設定で雛乃たちに紹介してはいるが、何度も怪しまれている。

 

「ら、ラビリスちゃんは少し特殊な体質だから、そんな自分でも入れるのかって心配になったんじゃないですか!?あははは」

 

 雛乃の疑問に答えられないラビリスに代わって、陽介がアドリブで答える。一応間違って訳ではないが、どこか微妙な解答である。雛乃たちはそれで納得してくれたが、まだ疑惑がぬぐい切れてない様子。今日だけでもこういう場面は何回もあったので、その度に誤魔化すのに陽介たちは奮闘した。自分から美鶴たちにラビリスと一緒にGWを過ごさせてくれと直談判しておいて何だが、こんなに苦労するとは思わなかった。とにかく皆で協力して何とかボロを出さないようにそうようと、特捜隊&μ‘sは心に決意した。

 

 

 それから各々が自分たちの部屋に荷物を置きに行った後は、楽しい食事の時間だ。相変わらず天城屋旅館の料理は美味で悠ですら唸らせるほど絶品だった。こんな家系で何故必殺料理人が生まれてしまったのかが不思議なほどに。それはともかく、みんな天城屋旅館の料理に舌鼓を打ちつつ、今回の事件解決を祝うかのように過ごした。穂乃果と花陽がご飯のおかわりたくさん要求して海未に怒られたり、クマが調子に乗りすぎて雛乃をナンパしかけたことにより陽介と悠からアイアンクローを食らって悶絶したり、完二が凛から色々話しかけられてドギマギしたりと夕食の時だけでも色々あったが、皆楽しい時を過ごしていた。悠たちが楽しそうにしているその様子を絵里と希が羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<悠たちの部屋>

 

「ハァ~、幸せクマね~」

 

 クマは天城屋旅館の自慢料理を存分に堪能したのか、至福といった表情でゴロゴロしていた。食事前まではまたも女子たちと部屋が遠いことに不満をグチグチと言っていたものだが、やはり美味しいものを食べたお陰かそんなことを忘れるくらい気分が高揚しているようだ。陽介たちも同じなのか少し布団に寝転がったり、テーブルにうつ伏せになったり、緩み切っていた。

 

「さて、今から何します?トランプします?」

 

「女子は少し遊んでから風呂入るって言ってたけど………風呂入るときはなぁ……」

 

 陽介のその一言に、この場にいる男子たちは去年のあの出来事を思い出した。風呂の場所を間違えたのは女子の方だというのに、痴漢の濡れ衣を着せられたあの事件を。あの時のことを思い出すと、頭が痛い。みんな思っているのは同じなのか、陽介も完二もクマも頭を抱えて俯いていた。

 

「今回は穂乃果ちゃんたちもいるし、気を付けないとな」

 

 その言葉に一同は頷いた。風呂は去年の教訓を生かして、女子陣が入ってないであろう遅めに入ることにする。とりあえず、それまでは完二が持ってきたおっとっとを食べながらトランプということになった。

 

 

 

 

「ハァ…先輩も大変っすねぇ」

 

 2,3回目の七並べの最中、手札を見てダイヤのJを場に出した完二がそう漏らした。対決の最中に悠から音ノ木坂での出来事を聞いたので、その感想を呟いているのだ。事件の方も変わらず修羅場をくくり抜けてきているようだが、その上にスクールアイドル活動のこともあって、まだ一ヶ月しか経ってないのに波乱万丈である。今悠たちが話題にしているのはファーストライブの裏側についてだ。

 

「ホノちゃんたちのファーストライブ……お客さんがナオちゃんを含めて3人しかいなかったなんて、センセイのプロジュースなのに世の中分かってないクマね」

 

 クマは納得がいかないと言うように、場にカードを放り出す。そう思ってくれるだけでも悠としてはありがたかった。この場に穂乃果たちもいれば喜んでくれるだろう。

 

「それに、そのライブのためにあの絢瀬さんと喧嘩したって…相変わらず肝が据わってんな……って、パス1」

 

「嗚呼…あの時は東條の仲裁がなかったらやばかった」

 

 講堂使用の許可を絵里に取りにいったときのことを思い出して、悠は思わず苦笑いしてしまった。穂乃果たちのためとは言え、あの時はやりすぎたなと今更ながら反省する。どんなことであれ、絵里の気に障ることを言ってしまったのだから。絵里とは今でも微妙な関係であるものの、少しは会話できる関係が維持できているのはあの時仲裁に入ってくれた希のお陰だろう。

 

「つーかその東條さんだけどよ、おまえあの人に何したんだよ。げっ、パス2」

 

「…身に覚えがない」

 

 悠は今度は希の話題かと溜め息をつきながら、手札からカードを一枚出す。陽介の言わんとしていることは、午後の案内の前に希が悠に色々詰問したあれのことだろう。”ハーレム"だの"彼女"だの悠にとっては希の問いは身に覚えのないことなので理不尽も良いところだ。更に案内の最中、友人の一条や長瀬、松永や海老原に出会った時に"こんな美人の彼女がいたんだ"みたいなことを言われて、仲間たちの雰囲気が凍ったことは思い出すだけで胃が痛い。それに叔母の雛乃まで目が笑っていなかったので、生きている心地がしなかった。

 

「あの東条って人、何であんなに先輩に積極的なんすかね?」

 

 改めて完二が素朴な疑問を口にしてカードを場に出す。確かに悠もそこは引っかかっていた。希とは転校初日に出会うまで何も接点が無いはずなのに、アプローチの仕方はともかく何故そう悠に積極的に関わろうとするのか。すると、クマが何か思いついたかのように声を明るくしてこう言った。

 

「もしかして!2人は10年前に結婚を約束した幼馴染で、センセイは忘れてるとかクマか?」

 

「そんなどこぞの漫画みたいなことねぇよ……やべ、パス3」

 

 クマの思い付きに陽介は呆れながらそれを否定する。悠も陽介に同感だった。希のような人物と今まで会ったことはなかったのでそれはありえないと思った。あり得ないと思ったのだが……

 

 

「俺は昔、東條に会ったことがある気がするんだけど………思い出せなくて…」

 

 

 心当たりがあるとすれば、最近よくみることになった過去夢だろう。希と出会ってから少しして、妙に昔の夢を見ることが多くなった。イゴールはあれが悠の忘れている過去が映し出されたものと言っていたが、もしかして……

 

「思い出せないって、まるで以前のマリーちゃんみたいだな……って、誰だ!ハートの3止めてるやつ!くっそー、破産だーー!」

 

 場に出せるカードがないのか、話が進んで行くたびにどんどん陽介は追い詰められて負けてしまった。相変わらず運がないなと思っていると、手札が厳しい状況で自分の番が回ってきた。どうしたもんかと悩んでいると、

 

「あ、お兄ちゃん、そこカード出せるよ」

 

「本当だ。ありがとうな、ことり……()()()?」

 

 何故か耳元にこの場にいるはずのない人物の声が聞こえてきた。恐る恐るとその方へ振り返ってみると………そこには満悦な笑顔でこちらに微笑む浴衣姿のことりが当然のように座っていた。

 

 

「「うおおっ!ことり(ちゃん)!!」

 

「コトチャン!!」

 

 

 突然のことりの登場に悠たちは驚愕して仰け反ってしまう。

 

 

「てへっ、来ちゃった♡お兄ちゃん!」

 

 

 ことりの方は悠たちのリアクションに驚きもせず、早速流れるように悠の腕にしがみついて甘え始めた。事態について行けず、悠のみならず陽介と完二、クマはフリーズしてしまう。いつの間にこの部屋に忍び込んでいたのだろう。ブラコンもここまで来ると恐ろしい。

 

「ど、どうしてここにいるのかな……ことりちゃん?」

 

 陽介はとりあえず平静を装って恐る恐る事情を尋ねた。すると、ことりはキョトンとした感じでこう返してきた。

 

「えっ?やっぱりことりとお兄ちゃんが同じ部屋じゃないのは不公平かなって思って。だからクマさん、部屋を交換して」

 

 何を言い出すかと思えば、いきなりそんな無茶な要求をしてきた。普通なら絶対ダメと押し通すものだが、この色好きなクマは"女子部屋"という単語に惑わされたのか嬉しそうな顔をする。

 

「えっ?クマが女子部屋に?良いの?」

 

「良いわけあるか!そんなの羨ましすぎるだろ!!」

 

「クマ公だけに良い思いさせてたまるか!ゴラァ!!」

 

 陽介と完二は絶対ダメとクマを止めにかかる。クマの性格からして女子たちに良からぬことを考えているのが目に見えているのもあるが、去年の夏まつりの時といい今回といい、このクマはいつも自分たちを差し置いて美味しいところを持っていく傾向がある。もうそんなことを懲り懲りだとその背中は物語っていた。対してクマの方はこんな美味しいイベントを逃すまいと、陽介たちに反抗する。

 

「クマー!だって、ヨースケとカンジにこんなウフフなイベント勿体ないクマ!!」

 

「「なんだとてめえ!!」」

 

 かくして陽介・完二・クマによる女子部屋行きを賭けたバトルロイヤルが開始された。目の前で繰り広げられる陽介たちの取っ組み合いに、悠は呆れて溜息をついた。ここまで来るともはや醜い争いにしか見えない。それよりも解決しなければならないのは…

 

「えへへ~、今夜は二人っきりだね。お兄ちゃん♡」

 

 自分の身体にしがみついていることりについてだ。もちろん、悠だって出来ることならことりと一緒にこの天城屋旅館を満喫したい。だが、こんなところを穂乃果たち…それも希に見つかったらただでは済まないだろう。それに、万が一そんなことになった場合、菜々子の教育によろしくないし、嫌われてしまう。陽介たちには悪いが、ここはことりに部屋に戻ってもらうしかない。意を決して、ことりに断りをいれようとすると……

 

 

「お兄ちゃん……ことりと一緒に寝るのは………だめ?」

 

 

 上目遣いで悠のそう問いかけることり。こちらの意図を読んだのか、先手を打ってきた。ことりは今浴衣であり、風呂上りではないのに何故か色っぽい雰囲気を醸し出しているので悠はつい見惚れてしまう。それに加えて以前より進化したであろう上目遣いは反則である。頭の中では"菜々子はどうするのか"という警告がなされているものの、ことりの甘言に負けてOKという言いそうになったその時、

 

 

 

ドドドドドドドドドッ!バンッ!!

 

「ことり!見つけましたよ!」

 

「「「うおっ!!」」」

 

 間一髪のところで障子が勢いよく開く音が部屋中に響き、同時に海未を筆頭とした女子陣が悠たちの部屋に殺到した。まるで、強制捜査に来た警官たちのように現れた女子陣に男子は驚愕して腰を抜かしてしまう。

 

「えっ………どうして」

 

「突然姿を晦ましたので、もしや鳴上先輩の部屋に行ったのだろうと思ってきたのですが……案の定でしたね」

 

「まあ…ずっと悠先輩と同じ部屋じゃないと嫌だって言ってたからね」

 

「ともかくそこまでやで、妹ちゃん?」

 

 絶句することりをよそに海未と穂乃果がそう解説を加える。これまでのことりの所業から海未たちは行動パターンはお見通しのようだった。海未たちが来てくれたなら流石のことりも諦めるだろうと、悠は心の中で安堵した。ことりと離れるのは名残惜しい気もするが、ともかく話がややこしくなる前にことりを引き渡そう。"早く離れろ"と言わんばかりに怖い笑顔を向ける希やそれでも居座ろうと悠に必死にしがみつくことりが何らかのアクションを起こさないうちに。すると、

 

 

「ところで……陽介さんたちは何をしてたんですか?」

 

 

 別の方で取っ組み合いになっている陽介と完二、クマの様子を見て疑問に思ったのか、花陽はおずおずとそう尋ねてきた。こういう時に限って話をややこしくするのは、決まってあのクマである。

 

「いや~ね、コトチャンがセンセイと一緒に寝たいからクマと部屋代わってほしいって言ってたの。それでヨースケたちが自分たちと代われってクマに迫ってきて、バトルロイヤルに」

 

「おい!クマ!ちげぇだろ!!」

「元はと言えばテメェが」

 

 陽介はクマが失言を訂正させようとしたが、もう遅かった。クマの失言を耳にした女子陣は自分たちの部屋に侵入するつもりだったのかと思わず身を引いてしまう。そして、

 

 

 

「「ほう……」」

 

 

 その中で、海未とラビリスはクマの失言に青筋を浮かべていた。その冷たい声に皆は慄いてしまう。

 

「つまり、陽介さんたちはことりが来たのを良いことに、女子部屋への潜入を考えたと?」

 

「これは……生徒会長として、見過ごせへんなぁ」

 

 バキバキと指の関節を鳴らしてこちらを見据える海未とラビリス。背後には何故か修羅が現れそうな雰囲気を醸し出している。

 

「って、そうは言ってねぇよ!つーか、何でラビリスちゃんまで!」

 

 そんな2人に陽介は恐怖しながらもツッコミを入れる。どうやら幻想だったとはいえ、ラビリスは生徒会長というキャラを中々捨てきれてはいないようだ。さしずめ"偽の生徒会長"と称するべきか。すると、

 

 

 

「話は聞かせてもらったわ………」

 

 

 

 冷たい響きを持つ声と共に、感情を全て押し殺したような表情の"真の生徒会長"…もとい絵里も入ってきた。彼女が纏っている雰囲気は海未とラビリスよりも迫力があった。

 

「よくもまあ、生徒会長の私がいる前でそんな風紀を乱すようなことを言えたものね」

 

「いや…これは……」

 

 お怒りモードの絵里に委縮してしまう男子陣。無実を訴えようとするが、海未にラビリス、そして絵里と風紀に厳しいもの同士が揃えばもう誰も逆らえない。それは【豪傑】級の勇気を持つ悠でも震えてしまうものであった。

 

「兄妹だからと言って……それを良いことに旅館で同衾だなんて……み、認められないわっ!!」

 

「「「そっち!!」」」

 

 悠とことりが密着している姿に絵里はビシッと指を突きつけてそう言い放つ。この流れでズレたことを指摘する絵里に皆は思わずツッコミを入れてしまった。だが、いずれにしてもこの流れはまずい!

 

「ま、待て!これは誤解だ!」

 

 悠が勇気を振り絞って説得を試みようにも3人はもう止まらなかった。

 

 

「「「問答無用!全員そこに正座しなさい!!」」」

 

 

「「「「ぎゃあああああっ!」」」」

 

 

こうして、風紀の鬼たちによる説教が始まった。端からその様子を見ていた穂乃果たち曰く、見ている自分たちも正座してしまうほど怖かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――1時間後

 

 

「…良いことなんて…一個もない人生…………」

「り、理不尽だ……」

「足が……痺れて………」

「クマ~…………」

 

 絵里とラビリスの説教は約一時間にも及び、全員正座のし過ぎで足がしびれていた。ちなみに悠たちに説教し終えた風紀の鬼たちは満足げな表情で怯える穂乃果たちを連れて帰っていった。それはともかく、説教をされた悠たちは思った。本当は自分たちは何も悪くないのに、全面的にクマが悪いのに、何故正座させられて一時間も説教されなきゃならないのか。去年の理不尽な冤罪を思い出して、悠たちの中にどうしようもない怒りがストレスとなって溜まっていく。

 

「くそっ……このモヤモヤ、()()で何とかしないとな……」

 

 陽介の呟きにぐちぐち文句を言っていた皆の動きが止まった。そうか、このモヤモヤを解消するにはアレしかない。

 

「やるか」

「やるっすか」

「やるクマね」

 

 男4人はよろよろと立ち上がり、足を引きずりながらも部屋を出た。向かうは自分たちのストレスを発散するにうってつけのあの場所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、良いお湯だったわ。流石は秘湯で有名な天城屋旅館ね」

 

 溜まっていた仕事が一段落したので、雛乃は娘たちより先に温泉に入っていた。やはり話に聞いていた通り、ここの温泉は最高である。疲れも取れたし、せっかくだから甥っ子の様子でも見に行こうかと歩みを進めようとすると、

 

 

「うおおおおおおおおっ!!」

「ほわあああああああっ!!」

 

 

 何やらどこかで男二人の雄叫びが聞こえてきたので、雛乃はビクッとなる。この声は悠の友人のものだと思われるが……一体どこからだろう。他のお客さんの迷惑になるし、ここは教育者として注意しようと雛乃は声を頼りにその場所を探してみる。辿り着いたのは"遊戯室"だった。

 

「あら?」

 

 遊戯室の中を覗いてみるとそこには、

 

 

「「うおおおおおっ!!」」

 

 

 2人の少年が雄叫びを上げながら卓球をしていた。一方は甥っ子の悠、もう一方はその友人である陽介だった。その近くでは悠の後輩だと言う完二という厳つい少年と熊田という金髪の美少年がソファに座って、牛乳を一気飲みしながら悠と陽介のラリーを見物している。普段見ない悠の姿を見て、雛乃は唖然としてしまった。ここは保護者として、節度を持てと注意するべきなのだが

 

「ふふふ」

 

 雛乃は悠が友人とはしゃぐ姿を見て、思わず微笑んでしまった。昔は友達を作ろうとはせず、ただ一人であろうとした悠が、こんなに生き生きと友人たちはしゃぐ姿を見られるとは夢にも思わなかった。午後に商店街などを案内してもらった時の様子を思い出すと、悠はこの稲羽でとても仲が良い友達と出会えたのだなと雛乃は改めて感じた。すっかり注意する気がなくなったとき、ラリーを終えたらしい悠たちがラケットを置いて汗を拭いていた。

 

「ふぅ、いい汗かいたな」

 

「じゃ、流しにいくか………って叔母さん?」

 

 どうやら相当卓球に熱中していたようで、雛乃が居ることに今気づいたらしい。そのキョトンとした顔が可愛らしく感じたのか、雛乃はいたずらっぽく微笑んだ。

 

「凄いラリーだったわね、悠くん。オリンピック狙えるんじゃないかしら?」

 

「こ、これは……その………」

 

 雛乃にはしゃいでいた姿を見られたことに恥ずかしく思ったのか、悠はあたふたとしてしまう。雛乃としては、あまり見ることのない悠の子供のような姿を見れただけでも役得だった。

 

「ふふふ、ゆっくり温泉にでも浸かって、その汗を流しに行くと良いわ。今の男湯は露天の方よ。楽しんでらっしゃい」

 

 雛乃は嬉しそうにそう言うと、軽やかな足取りでその場を去っていった。一方、その場に残された悠たちは羞恥の心でいっぱいだった。

 

「雛乃さん、本当に年取ってんのかな……俺には叔母さんというより、お姉さんにしか見えなかったぞ」

 

「…そっとしておこう」

 

 何も言えぬ雰囲気のまま、悠たちは風呂道具を片手に温泉へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天城屋旅館 露天風呂>

 

その頃、その露天風呂では……

 

「ハァ~良いお湯ですねぇ~」

「でしょ?私も初めて入ったときは感激しちゃったな」

「昨日は大浴場だったから……あっ!星が綺麗です~」

 

「ことりお姉ちゃん、おんせん気持ちいいね」

「そうだね。出来れば、お兄ちゃんも一緒に入りたかったなぁ」

「菜々子も!」

「いや、ダメですからね」

 

「見てみて~、バタフライ!」

「凛のバタフライの方が綺麗だにゃー!」

「こらっ!温泉で泳ぐんじゃありません!!菜々子ちゃんが見てるでしょ!!」

 

「大丈夫だよ、海未ちゃん。私も時々泳いでるから」

「旅館の娘がそんなこと言って良いのかよ……」

「真姫ちゃん、こっちおいでよ。広いよ」

「話聞いてないし」

 

「え……いや、私は……」

「そんなこと言ってないで」

「うわっ!ちょっ、雪子さん!」

 

「ハァ…極楽や~」

「本当そうね。ラビリスさんも来ればよかったのに」

「ああ……ラビリスは今調子が悪いから後で入るって」

 

 

 特捜隊&μ‘sの女子陣がゆったりと露天風呂を満喫していた。その中で、にこは少し離れたところで湯に顔半分を隠しながら、他の女子たちを見ていた。特にある一部分を。

 

(うっ……でかい)

 

 そう、この女子陣の面子は揃いもそろって胸が大きい者が多いのだ。例えば、りせと親しげに話している花陽、菜々子と楽しそうに遊んでいることり、そんな2人に付き添っている直斗。極めつけはその様子を微笑ましく眺めている希・絵里・風花の3人だ。希と絵里はただ得さえ服の上からでも凄いのに、風呂場では更に破壊力を増している。風花は服を着ているときは何ら脅威ではないと思っていたが、その認識が甘かった。彼女は着瘦せする体質だったのか、見てみると実際の大きさは花陽クラスだったのだ。着痩せとは心底羨ましい。それに比べて自分は………

 

 

(うがーーー!あのガッカリ王子があんなこと言わなきゃ、こんなに気にしなかったのにーーーー!!)

 

 

 にこが不満爆発といった感じで心の中で悶絶していた。どうやらジュネスで陽介が子供体型と言ったことを気にしてるらしい。それに関してはにこだけでなく、穂乃果たちを注意していた海未も、真姫に絡む雪子を宥めようとしていた千枝もそのことに関して気にしていたらしく、密かに意気消沈していた。

 

 

(((まな板だけの世界になればいいのに…)))

 

 

 

 

 一方、こちらでは件の絵里と風花と希はことりと話し終えた菜々子を囲んで話をしていた。

 

「菜々子ちゃんはこんな年なのに料理や洗濯とか出来るんだね」

 

「うん!最近はね、おさいほうができるようになったの。完二お兄ちゃんが教えてくれたんだ」

 

「へぇ、偉いなぁ」

 

 小学生にしては、大人のようにしっかりしている菜々子に絵里と風花は感心する。育った環境か従兄の悠の影響なのか分からないが、ここまでの家事をこなせる小学生がいるとは驚きだ。

 

「おさいほうかあ……って、完二くん?あの完二くんに教えてもらったの?」

 

「うん!完二お兄ちゃんって、おさいほう上手だよ。いつもあみぐるみ?ってお人形作ってもらってるんだ」

 

「「「えっ?」」」

 

 完二が菜々子に裁縫を教えたということに、3人は驚いてしまった。悠たちから完二は手芸が得意で商品価値がつくほどの腕前だと聞いていたが、まさか本当だったとはとは。信じてなかったわけではないが、あの外見から編みぐるみををせっせと編む姿はあまり想像できなかった。人にはそれぞれ意外な一面があるものだ。

 

 

「菜々子ちゃんは本当にしっかりしてて、ええ子やなあ」

 

 

 すると、希が菜々子のしっかりしている様子を見て、母性が働いたのか菜々子の頭をよしよしと撫でる。撫でられている菜々子も気持ちよさそうだ。

 

「えへへへ~ありがとう、希お姉ちゃん」

 

「菜々子ちゃん、正しくは希お()()()()()や」

 

「??」

 

「菜々子ちゃん!スルーして良いからね!」

 

 希が菜々子に何か良からぬことを吹き込もうとしたので、慌てて絵里がツッコミを入れる。それはともかく、絵里も希と同じで菜々子はとてもいい子だと思った。菜々子にはお母さんがおらず、刑事のお父さんが男手一つで育てているという事情は悠から聞いていたが、そんな家庭事情で育ったとは思えないほどいい子に育っている。

 

「そういえば、菜々子ちゃんの将来の夢は何なのかな?」

 

  何気に風花が聞いたその質問。だが、風花は知らなかった。その答えがこの場に爆弾を落とすことになることを。

 

 

 

「えーとね。菜々子の将来の夢は、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 その瞬間、露天風呂の空気は凍り付いた。菜々子の夢は"お兄ちゃんのお嫁さん"………お兄ちゃんとは、従兄である悠のことのはずなので、つまり……

 

「あれ?お姉ちゃんたち…どうしたの?」

 

「えっ?いや、ごめんな。お姉ちゃんたち、ちょっと驚いてしもうて……な、菜々子ちゃんはそんなにお兄ちゃんのことが大好きなんやね」

 

「うん!菜々子、立派なおにいちゃんのおよめさんになりたいから、毎日おべんきょうや家事をがんばってるんだ」

 

 菜々子の将来の夢を聞いて少し複雑な気持ちになる一同。何というか…菜々子くらいの女の子であれば、誰かのお嫁さんになりたいという夢を持ってもおかしくないが、それがお父さんとかではなく、悠であったとは思わなかった。気まずい空気が露天風呂を支配する。すると、

 

「な、菜々子ちゃん!このにこお姉ちゃんと"にっこにっこ~"をやってみよっか!?」

 

「えっ……にっこにっこ?」

 

「そう!アイドルの決めポーズみたいなものよ。菜々子ちゃんもやってみない?」

 

「うん!やるー!」

 

 にこがこの微妙な雰囲気に耐えられなかったのか、菜々子に自分の決め台詞を教えようと提案してきた。菜々子もにこのそれに興味あったのか、喜んで承諾する。お陰で微妙な雰囲気が少し和らいだので、珍しいにこのファインプレーに皆は感謝した。

 

 

「じゃあ、行くわよ。せ~の………にっこにっこに~♡」

 

 にこが菜々子にも分かるようにとゆっくりとお手本を見せる。菜々子は戸惑いながらも、見様見真似で挑戦する。

 

 

 

 

「えっと……にっこにっこに~♡」

 

 

 

 菜々子が"にっこにっこに~"を披露した瞬間、露天は静寂に包まれた。どうしたのかと菜々子は皆に聞こうとすると……

 

 

 

「「「「可愛い!!」」」」

 

 

 

 女子たちの気持ちが一つになった。何というか、菜々子のにっこにっこに~は何かの才能故なのか、初めてにしては可愛く決まっていた。まだオドオドしているので拙いが、上手く行けば本家を超えるのではなかろうか。そう思わせるほど、菜々子の"にっこにっこに~"は可愛かった。

 

「菜々子ちゃん!すごいじゃない!」

「菜々子ちゃん、可愛い!可愛いよ!」

「にこ先輩よりぐっと来ました」

「菜々子ちゃん、もう一回やって!」

 

 あまりの可愛さに女子たちは興奮してしまう。菜々子も女子たちの反応に若干驚いたものの、褒められて嬉しかったのか照れ臭そうに笑った。

 

「ぐぐぐっ……ま、待ちなさい!さっきのはまだ序の口よ!序の口!これからが本番よ!」

 

 予想外の反応に負けず嫌いが発動したのか、にこが負けじと皆にそう宣言する。自分より10歳下の女の子に負けるのがそんなに嫌なのかと希たちは呆れてしまったが、そんなのはお構いなしに、にこはスタンバイする。

 

 

「見なさい!これが本当の………にっこにっ」

 

 

その時

 

 

 

ザバ~ン!!

 

 

 

 

「ぐはっ!」

 

 

 にこがもう一度お手本を見せようとした瞬間、にこの頭上から何か落ちてきてにこに直撃した。

 

 

「にこ先輩!」

「一体何が……」

 

 

 突然の出来事に動揺する一同。すると、湯気からにこに落下した飛来物がその姿を現した。

 

 

 

 

 

「やあ、ベイビーたち」

 

 

 

 

 

 それは爽やかな笑顔を向けるクマの姿であった。

 

 

「「「「ええええええええええっ」」」」

 

 

 クマの登場に女子たちは素っ頓狂を上げてしまう。ここは女湯であるはずなのに、何故このクマがここにいるのか。すると、

 

「おい、クマ公!何してんだ!?」

「すみません!大丈夫ですか!?」

「ケガとかはないっすか!?」

 

 女子の悲鳴に誰かが大声を上げて露天風呂に突入する。その誰かとは言うまでもなく

 

 

 

「ゆ、悠先輩!!」

「なっ!穂乃果!!」

 

 

 

 悠と陽介と完二、特捜隊男子陣だった。悠たちの登場に女子陣は菜々子以外ぎょっしてしまい、その場にフリーズしてしまった。この状況は……

 

「ああっ!あんたら~~~~!」

 

「な、何でお前らがまたしても!!」

 

 千枝と陽介の大声に全員ハッとなったのか、反射的に女子は身体を湯船に隠す。そして……

 

 

 

「は……は……ハレンチです!!

 

 

 

 海未がそう言い放って近くに置いてあった桶が悠たちにぶん投げる。それが見事にクマの股間にヒットしたのを合図に女子たちは目の前に変態たちに総攻撃を開始した。前回とは違って人数が多いので、悠たちは桶を避けようにも避けれなかった。状況は以前に増して最悪だ。

 

「悠、どうする…ぐほっ!」

「早くしねぇと…ぶっ!」

 

 陽介と完二は悠に指示を仰ぐが、その隙に顔や足などに桶がクリーンヒットする。飛んでくる桶の数が多すぎる上、運動神経抜群の千枝と海未、絵里が的確に当ててくるのでこのままではジリ貧だ。

 

 

「ゆ、悠先輩のヘンタイ!!」

「鳴上さんのチカン!!」

「出てってください!」

「何であなたたちがここにいるのよ!」

「悠くんのエッチっ!」

 

 説得しようにも穂乃果たちはパニックになっているのか、こちらの言葉を届いておらず、ひたすら桶を投げ続けていた。何か最後の誰かが気になることを言っていた気がするが………

 

「お兄ちゃんのバカー!まだ心の準備できてないのに!」

 

 ことりの叫びにはグサッと来たが、何とかしてこの最悪な状況を打開する方法を考える。すると、ふっと頭に【豪傑】級の勇気が下りてきて、悠にヒントを与えてくれた。そして、悠は決断する!

 

 

 

「ここは勇気を振り絞って、この場にとどまる!!

 

 

「「「おうっ!!」」」

 

 

 

 悠がそう言い放った途端、それに応じた男どもの力強い返事で露天風呂は静寂に包まれる。だが、

 

 

「「「「きゃああああああっ!!」」」」

 

 

 それは全く効果がなく一瞬に女子の総攻撃は再開された。先ほどよりも的確に急所を狙ってきている。

 

「って、去年も思ったけど、この勇気にどれほどの意味があるんだ!!」

 

「ぐはっ!確かに」

 

 何故こんな状況でバカなことを考えてしまったのだろう、何か別の力が働いた気がする。今はそれよりも

 

 

「ここはやむ負えん……撤退だ!!

 

「「「サー!イエッサー!!」」」

 

 

 考えを改めて即座に撤退を指示する。こういう時は撤退するに限るので、男たちは懸命に出口に向かってダッシュする。逃げ出す男どもを逃がすまいと、女子たちは攻撃の手を緩めない。

 

 

「お兄ちゃんの………チカン!!

 

 

「ぐふっ!」

 

「お前ら、覚えとけよー!!」

 

 

 最後、ことりが投げた桶と言葉の投げナイフが悠の背中に直撃した後に、男子は出入り口をバタンと閉めて脱出に成功した。

 

「後で…制裁が必要ね」

「お仕置き確定や」

「最低」

 

 残った女子たちはまだ投げていない桶を片手に息が上がっていた。中には恨み言を言っている者もいたが、それは気にしない。

 

 

「すご~い!いっぱい当たってた」

 

 

 菜々子が先ほどの穂乃果たちの攻撃をそう喜んで拍手する。本当は笑えることではないのだが、菜々子から称賛された穂乃果たちは照れ臭そうに微笑んだ。さて、この後あの変態共をどうするべきかと考えようとしたその時、

 

 

「「「きゃああああ!ちかーん!!」」」

「「「何でだーーーー!!」」」

 

 大浴場の方から、女性の悲鳴と男どもの叫びが聞こえてきた。それに何か引っかかりを覚える女子たち。すると、

 

 

「あっ!この時間、ここ()()だった」

 

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 雪子からの衝撃発言に女子陣は思わず硬直してしまう。つまり、この露天風呂は今の時間は"男湯"であり、悠たちが入ってきたのは何ら間違いではなかったということである。何より、大浴場から聞こえてきた悲鳴がなによりの証拠だ。

 

「男湯と女湯の交代の時間…忘れてた。あはははは……」

 

 雪子はそう苦笑いするが、他のメンバーはただ気まずそうに目を伏せるしかなかった。とりあえず、このままここに居る訳にはいかないので大急ぎで露天風呂から撤退する。後で悠たちにちゃんと謝りに行こうと決意して。

 

 

 

「さっき鳴上くんたちが遊戯室で大声上げながら卓球してたんやけど。何故か傷だらけやったし、何があったんやろうか?」

 

「「「……………………」」」

 

 

 部屋に戻った際、ラビリスがそんなことを聞いてきたが、ラビリスのその質問に全員は沈黙したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<悠たちの部屋>

 

「確かめたけど、今の露天風呂の事件は"男湯"だったぞ。葛西さんや雛乃さんにもちゃんと確認とったのに……ひでーよ、ひでーよあいつら………ううう」

 

ことりに痴漢って言われた……ことりに痴漢って言われた………

 

「ハァ…………」

 

 露天風呂で女子の理不尽な襲撃を受け、自分たちの部屋に逃げ込んだ悠たちは死屍累々といった様子でくたばっていた。その姿をどこか哀愁が漂っており、それは卓球をしても晴れることはなかった。特に悠に至ってはことりに変態呼ばりされたことが余程心に来たらしく、窓の景色を見ながら死にそうにそう呟いている。中々シュールな光景だ。

 

 

「なあ、お前たち…………()()()?」

 

 

「いや」

「何も」

「全然」

 

 

「ちくしょう!!良いことなんて一個もない人生!!」

 

 

 二度も酷い目にあったのに、またしてもご褒美がないというこの惨状。何一つ良いこともなく、陽介はこのまま不貞寝を決め込もうとしたその時だった。

 

 

 

 

「ううう………」

 

 

 

 

「「「「!!!っ」」」」

 

 

 布団に潜り込もうとしたその時、部屋のどこかから女性のすすり泣く声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声に一同はビクッとなる。

 

「ううう………」

 

 

「!!っ、今のって…………」

 

「き、聞こえちゃった………まさか……」

 

「ははは……そんな訳ねぇって」

 

 陽介は怯えた声を出す完二とクマにそう言うが、自身も身体が震えている。悠はやはりかと額に手をつけて俯いた。

 

「…やっぱりここは」

 

「何が!?何がやっぱり!?俺は何っにも心当たりありませんよ!?」

 

 陽介は強くそう言うが、それは自分に言い聞かせているようにしか見えない。もう陽介にも分かっているだろう。このあちこちに張られた()()()()()()()()をみれば

 

 

「やっぱり、ここはあの()()()()()()()()()()()()ってことっすか!」

 

 

「ああああ!ゆっちった!そのこと上手いこと見て見ぬふりしてようと思ってたのに、お前ゆっちった!!」

 

「くっ、天城のやつまたしても………」

 

 悠たちは知る由もないが、この部屋はつい昨日までは絵里と希が泊まってたのだが、絵里がこの部屋はやはり女性のすすり泣く声が聞こえるので嫌だと雪子にそう言ってきたので、仕方なく千枝たちの部屋でお世話になっている。これを良いことに雪子はまた悠たちをこの部屋に通したのがあらましである。

 

 

「ちくしょうっ!風呂の仕打ちと言い、この部屋のことと言い、いつまでもやられっぱなしじゃねえか!」

 

 

 陽介の苦言は届くことなく、容赦なしにまた女性のすすり泣く声が少し大きくなって聞こえてくる。このままでは寝るどころではない。

 

 

「こうなったら……ユキチャンたちのところに行く!」

 

 

「「「はっ?」」」

 

 突然立ち上がってそう宣言するクマに悠たちは戸惑ってしまう。この展開はどこか既視感を感じる。

 

「みんなの寝顔見ながらじゃないと安心して眠れませんから」

 

「アホか!お前、去年それでどんな目に遭ったか忘れたのか!?」

 

 陽介の警告にクマはうっとなって黙り込む。去年のあの時、クマの甘言に乗せられて、リベンジと言わんばかりに雪子たちの部屋に忍び込んだ結果、最悪の結末が待っていたのだ。今回はあのバケモノたちはこの旅館に泊まってないようだが、潜入する部屋には雪子たちはおろか穂乃果たちがいるのだ。もし、潜入がバレれば今度こそ死ぬかもしれない。

 

「じゃあ、コトチャンのママさんのところに…」

 

「もっとマズイわ!」

 

「そんなことしたら、どうなるか分かっての発言か?クマ…」

 

「ぎょええええっ!!センセイ、ごめんさいクマ~~!!」

 

すると、

 

 

ジリリリリリリリッ

 

 

「「「うわっ!」」」

 

 突如聞こえる謎の電話音。この部屋のものからかと思っていると、

 

「あ、メールだ」

 

「ややこしい着信音にするんじゃねえよ!」

 

 どうやら悠の携帯の着信音だったようだ。さっきまでの雰囲気は何処へやら、悠は陽介のツッコミを気にせずにメールを開く。メールの相手はことりだった。

 

 

『お兄ちゃん!来て!』

 

 

 メールの内容を確認した悠は携帯を閉じると、不意に立ち上がった。

 

「よし、行こう!」

 

「「決断早っ!」」

 

 高らかに宣言する悠のあまりの決断の速さに一同はツッコまざるをえなかったが、悠はつかつかと部屋を出て行った。陽介たちもクマよりも何をしでかすか分からないので、遅れずについて行く。だが、この時悠たちは知らなかった。今自分たちが向かっている場所では、更なる恐怖が待ち受けていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<女子部屋前>

 

 女子部屋の前までやってきた。改めて女子部屋に潜入となると、やはり緊張感は増す。去年は躊躇なく潜入できたものだが、今年は女子の人数も多い故か中々扉を開けることは出来なかった。

 

「んじゃ、クマがお先に!ヨーソロー!」

 

「おい!このバカぐま!」

 

 躊躇なく扉を開けて、女子部屋に突入したクマ。これには陽介たちも慌てるしかなく、クマの後に続いて、そっと入ろうとすると、

 

 

 

バタンッ

 

 

 

 部屋から人が倒れる大きな音が聞こえてきた。倒れ方からして普通ではなさそうなので、何かあったのかと悠たちは急いで、女子部屋に突入する。

 

 

「「「なっ!!」」」

 

 

 女子部屋に突入すると、そこには白目をむいて倒れているクマがいた。それだけではない。見れば、この部屋に泊まっているμ‘sメンバーとここに遊びに来ていたらしい千枝とりせまでも眠るように倒れていた。悠・陽介・完二は部屋の惨状を見て硬直した。

 

 

「な、なんだ……これは………」

「ここで……何が…」

「ど、どういうことっすか………」

 

 

 確認する限り、外傷は見当たらないが全員意識を失っている。穂乃果やことりに花陽、りせに風花、絵里に希、更には荒事に即座に対応できそうな千枝や凛、にこまでも気絶している。それにその周辺には不自然なことに周囲のあちこちにが散らかっていた。一体誰がこんなことを……

 

 

 

 

 

「ふふふふふふふふふ………まぁ…鳴上先輩じゃありませんか」

 

 

 

 

 空気が一瞬にして寒くなる。奥から聞こえる不気味な女の声。聞くだけで背筋が凍ってしまう。何か良くないモノがここにいる。逃げなくてはと頭が理解しているのに体は動かなかった。震える身体を動かして、気配がする方に目を向けると……

 

 

 

「なっ……あれは………」

「虚数空間……」

「じゃなくて……園田…なのか」

 

 

 

 そこには髪を不気味に下ろした浴衣姿の海未がそこにいた。いつものキリッとした雰囲気はそこにはなく、ただゆらゆらと不気味な雰囲気を醸し出していた。それはまるで影がそのまま直立したような立体感の無さがある。そんな海未に慄いていると、海未はゆらりと獲物を見つけたかのようにその手に持った何かをこちらに向けてくる。

 

 

「ふふふ……こんな夜中に女子の部屋に忍び込むなんて………全く…先輩は破廉恥ですね……」

 

 

 そして、それがビュンと投げられた瞬間、近くにいた完二がバタリと倒れた。

 

「か、完二っ!何でだ?何で完二が……?」

 

「これは……枕?」

 

 見ると、完二の顔に一つに枕が被さっていた。まさか、枕で意識を刈り取ったと言うのか。もしかして、穂乃果たちもこのようにして倒れたということのか。それならこの奇妙な惨状が何故できたのかということに納得できる。だが、今は感心している場合ではない。

 

 

 

「て、撤退だっ!!」

 

 

 

 悠の号令に陽介は目が覚めたかのように飛び上がり、悠と共に出口目指して走り出す。なりふり構わずダッシュする2人。だが、海未()は悠たちを見逃すわけはなく、2人に向かって弾丸(まくら)を放った。

 

「ぐほっ!」

 

「陽介!!」

 

 弾丸(まくら)は陽介の後頭部に綺麗にクリーンヒットした。陽介は弾丸(まくら)の衝撃で気絶して倒れてしまう。この距離で正確に後頭部に当てるとは、"純情ラブアローシューター"の名は伊達じゃない。海未()は手を休めることなく、悠に向けて次弾を放つ。狙いは先ほどと同じ後頭部。これは当たる!……と思ったが、

 

 

ーカッ!ー

(死んでたまるか!)

 

 

 寸でのところで悠は枕を後ろ手で振り払い、回避に成功する。死にたくないという思いが、悠に力を与えたのだ。何とか影の追撃を振り切って脱出に成功した悠は女子部屋の扉をバタンと閉めた。静寂に包まれる女子部屋。

 

 

「ふふふ…逃がしませんよ」

 

 

海未()はまだあきらめてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ………死ぬかと思った」

 

 

 大急ぎで自分の部屋に逃げ込んだ悠は、息を切らしながらも生還できたことに喜びを感じていた。もしかしたら、この喜びはヒノカグツチを倒して稲羽に無事帰ってきたとき以上かもしれない。流石に海未もここまで追いかけてくることはないだろう。しかし、緑茶をすすりながら思い返してみると、ふと疑問が湧く。何があって海未はあのようになったのだろうか。

 

(そういえば、園田は安眠を邪魔されると不機嫌になるって穂乃果が言ってたような……まさかな…)

 

 ふと思い出した情報と枕が奇妙に散らばっていた状況からあらかたの想像はついたが、これ以上触れるのはやめておこう。さて、陽介たちのことは心配だが何とかなるだろう。緑茶を飲んで一服した悠はそろそろ寝ようと思い、布団に入ろうとすると

 

 

「あれ?」

 

 

 布団に入って寝ようとしたとき、部屋の明かりが突然消えた。悠は何事かと思い、身体を起こす。すると、障子が勝手に開き……

 

 

 

「ふふふふ………見つけましたよ」

 

 

 

 海未()が手に獲物を持ってそこに立っていた。その姿を確認した瞬間、悠の意識は一気に覚醒する。まさかここまで追いかけてきたのか。それに先ほどより一層覇気が強くなっている気がする。あまりの恐怖に固まりそうになったが、悠は枕を片手に戦闘態勢を取る。逃げられないのは明らかなので、ここは戦うしかない。

 

「悪いが、眠ってもらうぞ。園田!」

 

 悠はそう宣言して力強く弾丸(まくら)を投げる。だが、あっけなく躱されてしまった。負けじと近くにあった弾丸(まくら)を次々に投げつけるが、どれもこれも全て海未に躱されてしまう。そして、とうとう(まくら)切れになってしまった。これはマズイ!

 

 

ふふふふふ……今度こそ……って、きゃあっ!!

 

 

 海未は悠の意識を刈り取らんと枕を投げようとした瞬間、海未は布団に足を引っかけてしまい、体勢を崩してしまう。

 

 

「えっ!」

 

 

海未の身体は必然的に悠の方に吸い込まれていくように近づいていき……

 

 

 

ゴンッ!

 

 

 

 認識する間もなく、悠と海未は互いに頭をぶつけてしまい、そのまま海未が悠に覆いかぶさるような状態で布団の上に倒れてしまった。頭をぶつけた衝撃か2人とも眠るように気絶してしまったので、その状態のまま朝まで起きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上が冒頭に至るまでの話である。事の発端は悠が察した通り、海未が寝ている傍らで、穂乃果たちが修学旅行みたいなノリで枕投げをしてしまったことにあった。穂乃果たちのみならず、遊びに来た千枝たちもヒートアップしてしまい、その流れ弾が寝ていた海未に被弾してしまったことにより、あの惨状が生み出されたわけである。この騒ぎは後に"天城屋枕投げ事件"として、特捜隊&μ‘sのメモリーに深く残ることとなった。ちなみにこの騒ぎで生き残ったのは、

 

 

「ラビリスちゃん、どう?」

 

「うん!とっても気持ちええ。温泉ってええものやね」

 

「良かった。ラビリスちゃんの身体に問題なくて」

 

「ところで、千枝ちゃんや穂乃果ちゃんたちはどないしたん?」

 

「菜々子ちゃんと直斗くんはもう寝ちゃってる。千枝たちは穂乃果ちゃんたちの部屋で遊びに行くって。そう言えば、海未ちゃんがちょっと眠たそうだったけど…」

 

「変なことになってないとええけどな」

 

 

 遅めの時間帯に温泉を満喫していた雪子とラビリス、そして別の部屋で既に就寝していた菜々子と直斗だけだった。

 

 

 

 

 翌朝、海未と同じく変な頭痛でと共に意識が覚醒した悠も自分の布団の横で蹲る海未を見て事態に気づいてのだが、何か対策を練るには遅すぎた。既にそこには、指の関節をパキパキと鳴らして怖い笑顔でこちらを見ている希とことりの姿があったのだから。その迫力には駆けつけた陽介たちのみならず、絵里(真の生徒会長)ラビリス(偽の生徒会長)も真っ青だったという。その後の展開はお察し願うが、悠はこの件に関して、以下のコメントを述べていた。

 

 

 

"あってはならない経験をしてしまった……とりあえず、互いに気絶していただけであって、間違いは起こらなかったので良かった。そう思っておこう。"

 

 

 

 

ーto be continuded




Next Chapter

「叔父さん、お世話になりました」

「家族として、話を聞いてくれますか?」

「お兄ちゃん…」

「俺からの頼みだが」


「ありがとう、私を忘れないでくれて」


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