PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
今回は閑話回。誰が登場するかは読んでからのお楽しみです。
あらかじめ言っておきますと、次回予告の通り今回の話で悠がちょっとした事件に遭遇しますが、その事件は7月に続編が発売される某ナゾトキゲームのとあるエピソードを参考にしました。そういうのが苦手な方に先に謝っておきます。また、事件パートは初めて書いたので色々拙いところがあるかもしれませんので、ご容赦ください。
そして前回お伝えするのを忘れていたのですが、活動報告の方にてアンケートを行っています。よかったら是非ともそちらもご覧ください。
最後に、新たにお気に入り登録して下さった方・感想を書いてくれた方・評価をつけてくれた方々、ありがとうございます!読者の皆様の感想や評価、そしてご意見が自分の励みになってます。
まだまだ未熟で拙い作品ですが、これからも皆さんが楽しめる作品を目指して精進して行きます。応援よろしくお願いします。
それでは、本編をどうぞ!
目覚ますといつものあの場所に居た。床も壁も、天井に至るまで全て群青色のリムジンの車内を模した不思議な空間、【ベルベットルーム】。
「ようこそ、ベルベットルームへ。本日、我が主は留守にしています」
声がした方を向くと、いつもの定位置にマーガレットが座っていた。彼女の言う通り、イゴールは居ないようだった。毎度思うが、あの奇怪な老人はここを留守にしている間どこに行っているのだろうか?
「先日はご苦労様。先の戦いによってまた新たなアルカナを呪いから解放させたようね。そのアルカナは【月】と【星】。そしてまたあの宝玉も」
マーガレットがそう言うと、ペルソナ全書から色とりどりの宝玉たちが出てきて宙に浮かんだ。それはイゴールがいうところの【女神の加護】。先日の戦いで真姫と花陽のペルソナから得たものも含めて、その数は4つになっている。
「何度見ても美しいものね。これを見ていると、つい何か作りたくなってしまうわ。これらなら何の材料にするのが良いかしら?」
突然何を言っているのだろうか?一応大事なものなのだが
「フフフ…冗談よ。そんなことしたら、主に叱られるもの。つい先日、うっかりシャンパンをこの宝玉にこぼしてしまった時もそれはもう厳しく…………………何でもないわ。忘れて頂戴」
今聞き捨てならないことを聞いた気がする。前は確かペルソナ全書にワインを
「忘れなさい」
…………マーガレットの目が本気になっている。そっとしておこう。
「まぁそれはともかく、貴方が着実に失われた力を順調に取り戻しているようでなによりだわ。他者と絆を築き、育てることは貴方の大きな力となる。それはあの子たちにとっても同じこと。貴方とあの子たちは一体これからどのような物語を紡ぐのかしら…楽しみだわ」
~花陽たちの歓迎会から数日後~
<休日の朝 鳴上宅>
長かった平日が終わり、学生の誰もが楽しみにしている休日。時刻は朝8時を過ぎたころに悠は目を覚ました。
「ふぁあ…まだ眠いな…」
花陽たちの歓迎会から数日、悠は勉強に精を出していた。一応悠も受験生なので、花陽たちの救出に使った分の遅れを取り戻さなくてはならない。ここ最近は穂乃果たちの練習が終わった後は真っすぐに家に帰って勉学に励んでいるのだ。穂乃果は悠と買い食いに行けなくて寂しいと愚痴っていたが…
(さて…今日も頑張るか…)
早速悠は布団から起き、朝食を作ろうと部屋を出た。すると…
トンットンットンッ
台所から包丁で何かを切っている音が聞こえた。誰かが台所で料理しているのだろう。
(母さんか?…あれ?でも、今は父さんと一緒に明日まで出張だったはず…)
一体誰が料理しているのかと思い、台所を覗いてみると…
「ん~これでいいのかな?」
悠が愛用しているエプロンを身に着けて料理に格闘していることりが居た。
「ことり?」
「は!!お、お兄ちゃん……おはよう!」
まだ悠が起きてないと思ってたのか、悠の声に仰天しながらもことりは笑顔で挨拶した。
「おはよう。どうしたんだ?こんな朝から家に来て」
「え、え~と、それは」
ことりが悠に訳を説明しようとすると、何かグツグツと煮えたぎってる音や何か焦げているにおいがしてきた。
「ああ!味噌汁が沸騰してる!!大変大変!…ああ!卵焼きが焦げちゃった!!」
どうやらことりが用意した朝食が台無しになった音だったようだ。その証拠にフライパンから黒い煙が出ているし、鍋から水が溢れだしている。
「うえええん!お兄ちゃんの朝ごはんがー!!」
ことりは何とか失敗を取り繕うとあたふたし始めた。その姿が少し微笑ましいと思ったのは秘密にしていこうと悠は思った。
~数分後~
結果だけ言うとことりの朝ごはんは失敗に終わった。しかし、せっかくことりが作ってくれたものなので、悠はそれを頂くことにした。
「ごめん、お兄ちゃん…失敗しちゃった…」
テーブルの隣に座っていることりは少々浮かない顔をしている。悠のために作ったのに失敗してしまったことを申し訳なく思っているのだろう。しかし、悠はそんなことは気にしなかった。従妹が作ったものであれば、失敗作だろうが何でも食べる。
「気にするな。卵焼きは焦げても美味しいからな」
「うん…」
実際卵焼きは焦げているし味噌汁も沸騰しすぎたせいで熱すぎるので、飛び切り美味しいという訳ではなかったが、食べれないということはなかった。こんなの『物体X』に比べたらなんてことはない。それよりも…
「それで、どうしたんだ?突然家に上がって朝食を作ろうだなんて」
ことりがこの家にお邪魔することは珍しくないが、さっきみたいに朝早くから朝食を作ることは今までなかったので、その理由を聞いてみた。
「……花嫁修業?」
「え?」
「じゃなくて……お兄ちゃん、本当は受験生なのにことり達の世話ばっかりしてるじゃん。だから、ことりが身の回りの世話をしてお兄ちゃんを楽させようって思って……私にできるのは、これくらいしかないって思ったから」
どうやら最近の勉強や【μ’s】の練習で忙しそうにしている悠を見て、何とかならないかと思ってのことのようだ。
「お兄ちゃん、迷惑だった?」
ことりが目を潤わせて悠にそう尋ねた。すると、悠はことりに優しく微笑んでこう返した。
「迷惑な訳ないだろ。俺はことりがそう思ってくれたのはとても嬉しいぞ」
「お兄ちゃん…」
「それに、これからちょっと忙しくなるかもしれないから、ことりが何かしてくれるのは俺としてもありがたい。時々で良いからまたお願いできるか?」
悠がそう聞くと、ことりの表情に笑顔が戻り、満悦な笑顔で言った。
「もちろんだよ!!ありがとう!!お兄ちゃん、だーい好き!!」
そして歓喜余って悠に抱き着いた。ことりがこんなスキンシップを取るのは今に始まったことじゃないが、最近は穂乃果たちが居るところでも普通にやってくるのでいい加減気恥ずかしい。
「わ、分かったから。ほら、こんな姿勢じゃことりのご飯が食べられないから」
「は~い♪」
ことりは悠にこれからもお世話する約束ができて、とても嬉しいのか終始上機嫌で朝食を食べていた。悠はことりのその笑顔を見ただけで癒され、今日も1日頑張れそうな気がした。ただ、『花嫁修業』とは一体どういうことなのか気になったが、触れたら嫌な予感しかしないのでそっとしておいた。
<図書館>
ことりと朝食を取ったあと、悠は近くの図書館の自習スペースで勉強していた。元々今日の休日はこの図書館で勉強しようと思っていたのだ。ちなみに、悠に付いてきそうなことりも何やら用事があるからと言って悠より先に家を出ていった。つまり、今日悠は一人なのである。
(それにしても…勉強のためとは言え、一人で休日を過ごすのは久しぶりかもな)
そんなことを思いながら悠は勉強に没頭した。今日の自習室は静かだったので、いつもより集中して取り組むことができ【生き字引】の知識に磨きがかかった。
~数時間後~
思った以上に勉強がはかどった。ちょうどいい時間だったのでお昼を食べに行こうと自習室を出たとき、思わぬ人物と出会った。
「あれ~?鳴上くんやん♪」
後ろから聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると、そこに私服姿の希がニコニコしながら立っていた。
「と、東條」
「こんにちは、鳴上君♪なんか最近お話してないから会うのが久しぶりな感じがするな」
「そ…そうだな」
まさかこんなところで希と会うとは思ってもいなかった。希の言う通り、最近は花陽たちの一件で色々と忙しかったので、こんな風に話すのも久しぶりな感じがする。
「東條もここで勉強か?」
「そうよ♪最近生徒会も忙しかったから、こういう日に一気にやろうかなと思って。鳴上くんも?」
「嗚呼、俺も最近忙しかったからな」
最も行方不明になった花陽と真姫の救出のためにテレビの世界でペルソナを使って戦うのに忙しかったとは、口が裂けても言えないが…
「ふ~ん、そうなんかぁ~…………あ、そうだ!鳴上くん♪」
希は何か思いついたのか悠の腕に抱きついてきた。ぎゅっとしっかり抱き着いてきたので、悠の腕に希のメロンのような大きさの胸の感覚が伝わってくる。
「なっ!東」
これには流石の悠も驚いたが、すぐに希がこう提案してきた。
「せっかく会えたんやし、これから息抜きにデートせん?」
「え?」
<巌戸台 定食屋【わかつ】>
で、悠は希の提案を承諾し希と昼食を取っている。最初は正直乗り気ではなかったが、希がデートしなかったら、またクラスのみんなや穂乃果たちにあることないこと吹き込むと言われたので仕方なくデートに行くことにした。結局一人で過ごす休日は半日で終わってしまったのだった。
「鳴上君?どうしたん?顔が暗いけど」
悠の暗い表情に気づいたのか希が心配して声をかけた。事の元凶は彼女自身のはずだが、そんなことを本人に言えばどうなるかは知ったもんじゃない。
「そっとしておいてくれ」
「ふ~ん…そういえばこの定食屋さんええなぁ。ウチこういう雰囲気のお店好きやで」
希は悠が連れてきたこの【わかつ】の雰囲気が気にったようだ。先日花陽と一緒に昼食を取ったことを思い出し、お昼を取るならここだろうと思って希を連れてきたのだ。一応デートと言うなら定食屋は邪道だろうと世のカップルは言うかもしれないが、近くにある店がここしか知らなかったのでしょうがない。そんなことを思っていると、注文していた定食がやってきた。
「おお!これは美味しそうやね♪じゃあ、いただきます」
「いただきます」
早速2人は注文した定食に箸をつけた。ちなみに悠は前回花陽と来た時に頼んだDHA盛り沢山の焼き魚定食を注文しており、希も悠と同じものを頼んでいた。
「うん!美味しい!!ウチはどっちかと言えばお肉が好きやけど、このお魚も美味しいわ。鳴上くんと同じもの頼んで正解やったね」
「それは良かった」
どうやら希は焼き魚定食の味が口に合ったようだ。それを聞いて悠は素直に嬉しいと思った。自分が作ったわけではないが、自分と同じものを食べて美味しいと言ってくれるのはどこか嬉しく感じる。
「ウフフ、こうして鳴上くんと食事するのは楽しいな」
「そうか?」
「うん。機会があったら、またこうして一緒に食べに行っても良い?」
「もちろん」
そんな穏やかな感じで2人は昼食を取っていた。しかし、世間というのは本当に狭いもので、そんな2人の姿を目撃している者が居た。
「あれ?あそこに居るのって鳴上先輩じゃないのかにゃ?」
「本当だ。お~い、鳴上せん……え?」
それは偶然にも【わかつ】で食事していた花陽と凛であった。
「かよちん?どう………あー!鳴上先輩が女の人と一緒に居るにゃ!」
「あ、あの人って確か、生徒会副会長の人だったよね。どういうことだろう………」
「う~ん……もしかしてあの人、鳴上先輩の恋人じゃないのかにゃ?」
「こ、恋人…そんな………あふっ」
「か、かよちん!しっかりするにゃー!!」
2人を見て何を想像したのかは知らないが、花陽は気を失いかけた。凛がそれを見て大声を出したので、その声は店中に響き渡った。
「ん?あそこの人どうしたんやろ?何かあったんやろか?」
昼食を終えた後、希が秋葉原をブラブラしたいという要望から電車に乗り込み秋葉原に向かっている。
「はぁ、美味しかったなぁ。流石は鳴上くんやね」
「ありがとう」
休日のせいか電車の座席は全部埋まっていたが、混んでいるというほどではなかったので、少し安堵した。強いて言えば、近くに男性が疲れているのか少し寝息を立てているのが気になったがそっとしておいた。
「そういえば、鳴上くんは進路はどうするん?」
電車に揺られていると希がそんなことを聞いてきた。
「大学には行くと思うが、その先はまだ特に決めてないな」
「そうなん?意外やな~。まぁウチもなんやけど」
「東條こそ意外じゃないか。俺はもう道を決めていると思ってたけど」
「ウフフ、そうなん?」
そんな他愛ない話をしていると…
ガタンッ
「キャッ!」
「うお!」
何かの拍子で電車が少し揺れて2人は体勢を崩してしまう。気づけば希は壁に寄りかかり、悠はそれを覆う体勢になっていたので、所謂壁ドンをしているような状態になっていた。
「「あっ」」
悠はもちろんだが希の顔も少し赤い。顔が近いせいか希の顔がよく見えた。華奢な顔立ちにパッチリした大きな目、綺麗な艶がかかった髪。そんな綺麗な顔の希に悠は見惚れてしまった。
「わ、悪い!東條!」
正気に戻ったのか悠は素早く離れようとすると、希に手を掴まれた。
「東條?」
「な、鳴上くん……あのな」
希が顔を赤くしながら、悠の顔に近づいて行った。顔が触れるか触れないかというところまで来た時だった。
「チドリ~~~~!!」
「「!!」」
と、近くで寝ていた無精髭の水色の野球帽を被っている男性が突然奇声を上げたので2人はびっくりしてしまった。男性のせいで良い雰囲気が台無しである。周りの乗客もその声が煩わしかったのかその男性に冷たい目線を送っていた。
「あ、夢……夢か、ハァ」
男性はそんな冷たい目線に気づかずがっかりした表情で座席に座り直す。その落ち込み具合が相棒の陽介と重なって見えたので、悠は心配になって男性に声をかけた。
「あの…大丈夫ですか?疲れてるように見えますけど」
「ん?おお!少年よ!お前は俺っちのことを心配してくれるのか!」
「え、ええ」
悠に心配されて余程嬉しかったのか、男性は目をキラキラさせて悠に詰め寄ってきた。軽く話しかけただけなのにこんな反応をするとは思わなかった。すると、男性は半泣きになって悠に愚痴をこぼし始めた。
「なぁ、聞いてくれよ。ここ最近仕事がきつくてよ~。先輩は無理難題押し付けてくるし、何かやらかしたら処刑だって言われるし、俺が指導してる野球チームの少年たちはあまり言うこと聞いてくれないし、せっかくいい夢見れたのに途中で覚めちゃうし、もう良いことなんて全くないんだよ~!!」
「はあ」
何故か酔っぱらいを介護しているみたいになっている。どこかのブラック企業にでも勤めているんだろうか愚痴の内容が半端ではない。そもそも『処刑』とはどれだけブラックな企業に勤めているのだろうか。そんな男性に若干引きながらも同情していると、背後に修羅が現れた。
「お兄さん?」
先ほどの良い雰囲気だったのを邪魔されてご立腹なのか、希がドス黒いオーラを出している。
「東…條?」
希は表情は笑顔だが、目が据わっていたので本気で怒っているのは間違いなかった。一度怒っている希に遭遇したことがあるが、この怒りはどこか殺意のようなものを感じる。それほど本気ということだろう。
「え?…うお!何?お嬢さん何か黒いオーラが…」
男性は希の剣幕にビビって仰け反ってしまう。希があまりに怖いので逃げ出そうとしたが、そうする前に男性は希に服の襟を掴まれてしまう。
「ちょっとあっちでお話せん?お兄さんに言いたいことがあるんやけど?」
そして、希はその男性を隣の車両に連れて行こうと掴んだ襟を引っ張った。
「え?ちょっ!!何!?何かホラーになってる!俺が何かしましたか!?っておい!少年!お前その子の彼氏なんだろ?何とかしてくれよ!!」
男は必死にマシンガンのように話しながら悠にそう懇願する。しかし、自分は希の彼氏ではないし、本気で怒っている希の恐ろしさは知っているので悠は手の出しようがない。
「すみません……」
「少年ーーーー!!」
その後、悠に見捨てられた男性は希に引っ張られ隣の車両に連れていかれた。男がどうなったかは悠は知らないし知りたくもない。
(そっとしておこう……)
<秋葉原駅>
「あ~スッキリした♪日頃の鬱憤が晴れた気分やわ~♪」
「そうか…」
電車で男を説教し終えた後の希は先ほどとは打って変わって満悦な笑みを浮かべていた。笑顔は素敵なのだが、さっきしたことを考えると恐怖しか感じない。ちなみに希の鬱憤晴らしの犠牲になった男は逆に廃人寸前になっていた。その男は別の駅で降りたが、悠は男性に見捨てたことを心の中で謝っておいた。そんなことを思っていると、意外な人物に出会った。
「あれ?鳴上先輩じゃないですか」
聞き覚えのある声がしたので振り返ってみると、そこに特捜隊の後輩である直斗が居た。
「直斗?珍しいな。こんなところで会うなんて」
「ええ、ちょうどお爺ちゃんの手伝いが終わったところで、少し買い物をしていたんですよ」
「なるほどな」
まさか秋葉原で直斗と会うとは驚きだ。直斗とそんな話をしていると、悠の隣にいる希が話しかけてきた。
「鳴上くん?この子って、探偵王子の白鐘直斗くんやない?」
どうやら希も直斗のことは知っているらしい。まぁ、元々【探偵王子】という名前で有名だったので当然といえば当然だが。
「嗚呼、俺の後輩だ」
「後輩?」
「はい。改めて探偵の白鐘直斗と申します。鳴上先輩には八十稲羽で色々とお世話になりました」
直斗は初対面である希に帽子を取って挨拶した。直斗の挨拶を聞いて、お世話になったのは自分のほうだろうと悠は思ったが。
「へ~あの有名な探偵さんが鳴上くんの後輩か~。やっぱり鳴上くんは面白いなぁ」
希は直斗の挨拶を聞き終えると、悠を見てそう言った。どこが面白いのか悠には全く分からなかったが、また一層希に興味を持たれたようだ。
「ところで先輩、そちらの女性は?」
「ああ、この人は」
悠が希を紹介しようとしたその時、希が先手を打った。
「初めまして。私、鳴上くんの『彼女』の東條希や。よろしくな♪」
「へ?」
希の発言により一瞬その場が凍った。
「先輩、彼女いたんですか?」
直斗が疑惑に満ちた目で悠にそう聞く。無論そんな事実はないので、悠は弁明することにした。
「待て、直斗。俺と東條はそんな」
「もう~後輩の前やからってそんな照れなくていいんよ、鳴上くん♪」
更に誤解を招くように希が悠の腕に抱き着いてきた。その様子を見て直斗は完全に信じている訳ではなさそうだが、対応に困っているのか苦笑いしている。
「先輩……可愛い彼女さんですね」
「だから…」
悠がそう言った時だった
「違います!」
「じゃあこれはどう説明する気だ!」
どこからか誰かが言い争っている声が聞こえた。声がした方を見てみると、改札口の近くで少女と駅員さんが小学生くらいの男の子を挟んで言い争っている光景が目に入った。
「直斗」
「もちろんです。行きましょう」
雰囲気からしてあまり穏やかではないが、何かあったのであれば見過ごせない。悠は直斗と一緒にその場に向かうことにした。
「すまない東條、ちょっと」
「鳴上くん、ウチも行く。ウチの知り合いが巻き込まれている気がするから」
「え?」
どうしたらそういうことが分かるのかは分からないが、結局そう言う希も言い争いの現場に付いてきた。
「すみません、何かあったんですか?」
直斗が警官にそう話しかけると、警官は機嫌が悪そうに振り返った。
「あん?誰だアンタら?関係のないやつは……って白鐘探偵!失礼しました!」
警官は声を掛けたのが直斗だと気づくと、先ほどの不機嫌な態度とは一変して敬礼した。この様子から改めて白鐘家の警察の信頼度が高いことがよく分かる。
「ご苦労様です。何かあったんですか?」
「ええ…って君たちは何だね?野次馬かい?」
警官は今度は悠と希に視線を移して睨みつけた。まぁ直斗はともかく悠は単なる一般人なので当然といえば当然だが、ここはあの手を使うことにした。
「自分はこの白鐘探偵の助手の者ですが?」
「ええ!し、白鐘探偵の助手!?ほんとうか?」
「ええ、彼は僕の助手ですよ。最も、彼の方が僕より優秀かもしれませんが」
直斗がそうお墨付きを付けると警官は唖然としてしまった。一応八十稲羽で悠は直斗と絆を深めたことで助手と認められているのであながち嘘ではない。とりあえず、これでは話が進まないので直斗は改めて警官に事情を聞いた。
「それで?一体何があったんですか?」
「え、ええ……実はこの女の子たちがいたいけな子供から財布を盗んだということが」
警官が直斗にそう説明したところ、その女の子たちが警官の言うことに猛烈に反論した。
「私はやってません!」
「そうです!亜里沙がそんなことはしません!!何で信じてくれないんですか!!」
一人は少し弱い金髪が特徴のハーフの女の子、もう一人は悠の知っている人物だった。
「雪穂?」
「な…鳴上さん!助けてください!!私たちは何もやってないんです!!」
雪穂は悠が居ることに気づいたのか悠に助けを求めた。
「亜里沙ちゃん?」
「の、希さん?」
どうやら雪穂の隣にいる金髪の少女は希の知り合いらしい。とりあえず犯人扱いされて興奮状態になっている雪穂たちを落ち着かさせて事情を聴くことにした。
話を整理すると事の概要はこうである。
被害者は小学生くらいの少年。少年は休日なので財布を持って秋葉原に出かけにきていたた。そして電車に乗っている最中に少年は財布がないことに気づいたらしい。電車に乗ったとき、隣に座っていた女子中学生が怪しいと思った少年は駅員にそのことを話して、その女子中学生を呼び止めた。駅員が近場の警官を呼び、女子中学生の荷物を確認したところ、その少年の財布が出てきたということ。その女子中学生というのが雪穂の友人である『亜里沙』という少女らしい。
「鳴上さん!信じてください!亜里沙は人の財布を盗るなんてそんなひどいことは絶対にしません!」
もちろん悠は雪穂がそんなことで嘘をつく人物ではないことは知っているので信じてあげたいと思っている。しかし、荷物検査で少年の財布が出てきたという事実があるのでそんなことを言っても誰も信じてくれないだろう。
「この人だ…この人が僕の財布を盗んだ」
被害者の少年は確信があるのかしつこく亜里沙の方を指さしていた。その頑なな少年の様子に悠も違和感を覚えた。少年をよく見ると、何故か少年の方が震えているような感じがするのだ。直斗も悠と同じことを思ったのか警官にあることを頼んだ。
「すみません。その盗まれた財布を見せてもらえますか?」
「え?良いですけど」
直斗にそう言われ、警官は盗まれたという少年の財布を見せた。
「これは……」
悠は直斗とその財布を見ると、ふと件の少年を一瞥した。少年は悠たちの視線に気づきビクッとなった。注目したのは少年の手に持っている袋であった。
「先輩、分かりましたか?」
「嗚呼、何となくな」
正確に言えば、この財布と少年の持っているもの袋から真実が見えてきた。悠も伊達に直斗から探偵の心得を指導してもらっていない。
「分かりましたよ。この事件の真相が」
「え!本当ですか!やはりこの少女が」
警官はまだ雪穂たちを疑っているのか直斗にそう聞くが、直斗はそれに対して首を横に振った。
「いえ、違います。犯人は彼女たちじゃありません」
「え!?…じゃあ、彼女じゃないとすると一体どういうことになるんですか?荷物検査で少年の財布は彼女の鞄から出てきたんですよ」
警官の疑問は最もだが、ある可能性を考えればそんなことは解消する。あることを確認するために悠は少年に質問した。
「まず最初に君に聞くが、これは君の財布じゃないな」
「え?」
「これはデザイン的にも女物の財布だ。つまり、これは君のお母さんの財布だな」
悠の言う通り少年の盗まれたという財布は主婦が愛用してそうな古風のデザインの財布だった。このような財布を小学生の男の子が好きで持ち歩くとは考えにくい。完二は例外かもしれないが。
「あ……それは……」
声が詰まっているところを見れば答えはビンゴのようだ。
「おそらく君が町に出かけたのはお母さんからおつかいを頼まれたからだろ?でも、君は偶然欲しいものが目に入ってしまいそれを買ってしまったんだな」
「えっ?…違うよ。僕、欲しいものなんて」
「じゃあ、その手に持っているものは何かな?」
悠は少年が持っている袋を指差した。少年はビクッと震えて袋を自分の後ろに隠した。
「これは…お兄さんが言ってたでしょ?お母さんに頼まれた…」
しかし、悠はその少年の言葉をバッサリと斬り捨てた。
「違う。それはおそらくバスケットシューズだろ?袋のデザインからして、この近くのスポーツショップのものだ」
「!!」
悠の言う通り、少年が持っている袋の中身はよく見るとバスケットシューズであった。そう指摘された少年は袋を抱えて震えあがった。沈黙は肯定ということだろう。
「待ってください!どういうことなんですか!」
悠の言ったことを呑み込めない警官がそう問いただす。今度は悠の代わりに直斗が質問に答えた。
「つまり、そこの少年はおつかいの最中、魔が差して自分の欲しいものを勝手に買ってしまった。お母さんにそれを知られるのが怖くて、誰かにお金を盗まれたことにするのを画策。そのために、電車でたまたま隣に座っていた彼女の鞄にわざと財布を入れたということです」
直斗がそう言った瞬間、この場にいる全員が絶句した。まさかこんな小さい小学生がそんなことを考えたとは、とても信じがたいようだ。
「ちょっ!何を証拠に」
「証拠はこれです」
と、直斗は警官に貸してもらった少年の財布を突きつけた。
「先ほどこの財布の中を確認しましたが、中身はお札はなく小銭ばかりでした。仮にそのシューズを含めた買い物だとしても、これではおつかいといった買い物ができるはずありません。それに少年が持っている袋のシールが剥がれていないのを見ると、ついさっき買ったばかりだということが推測できます」
「しかし…たったそれだけで」
警官は直斗と悠の説明を聞いても、まだ信じられないのか納得していない様子だった。
「だったら、本人に聞いてみますか?あんまり小学生に詰問するのは好ましくありませんが」
と、直斗はその場に縮こまっている少年に視線を向けた。しかし、少年は震えながらも悠と直斗に反論する。
「違うよ!お兄さんたちが言ってることは全部嘘だよ!」
予想以上に少年は頑なだった。こうなっては簡単には口を割ってはくれないだろう。どうしたもんかと考えていると、今までのやり取りを聞いていた希が縮こまっている少年に近づき、視線を合わせた。
「東條?」
「僕?お兄さんが言ってたことは本当なんやろ?」
「……」
希は優しくそう言ったが、少年は首を横に振るだけで一言も発さない。しかし、希は続けてこう言った。
「嘘はあかんよ?嘘ついたら閻魔様に舌を抜かれるって教わらんかった?」
「………………」
「どんなことがあっても嘘はついたらあかん。嘘ついたら嘘つかれた人も傷つくし、自分も傷つくことになるんやで」
希が我が子を諭す母親のように少年にそう言った。すると、希の言葉を聞いた少年は涙を浮かべて泣き出した。
「うっ…うっ…だって…だって……みんな持ってるんだよ…僕だけ…持ってなくて…」
希の言葉に心を動かされたのか少年はおもむろに自分の思いを吐露した。自分以外の友達はそのシューズを持っているのに自分だけ持っていないという劣等感から今回のことが起こってしまったのだろう。少年の事情を察した悠は希と一緒に少年に視線を合わせてこう言った。
「君の気持ちはよく分かった。でも、君はそのシューズで楽しくバスケができると思うかい?」
「え?」
「大事なのは良いシューズでバスケすることじゃない。誰よりも楽しく、誰にも負けないプレイをすることだろ?」
悠が真っすぐ少年の目を見てそう言うと、少年は観念したのか悠と希の目を見て言った。
「うん……僕が悪かったです。ごめんなさい」
ついに少年は自分のしたことを認めた。警官は信じられないと驚きを隠せていなかった。しかし、少年の言うことに悠は首を横に振った。
「謝るのは俺たちじゃないだろ?」
と、悠は雪穂と亜里沙の方を指差した。少年はコクンと頷くと、雪穂たちの元へ行き、頭を下げた。
「ごめんなさい、お姉ちゃんたち……僕が悪かったです」
少年は震えながらも雪穂たちに謝罪した。おそらく濡れ衣を着せた雪穂たちは怒っているのだろう少年は思っているのだろう。しかし、その予想に反して雪穂と亜里沙は少年を責めることはせず、代わりに雪穂が少年にこう言った。
「ううん、良いよ。でもその代わり、二度とこういうことしちゃだめだからね」
「はい……」
雪穂が少年にそう言い終えると、さっきまで事件の真相に驚いていた警官が雪穂たちに駆け寄って『勝手に犯人扱いしてすまなかった』と謝罪した。おそらく警官は警察であるにも関わらず、真相を掴めず雪穂たちを容疑者扱いしてしまったのを悔いているのだろう。雪穂たちは一瞬戸惑ったが、誰でもそんなことはありますよと警官にそう言った。警官は雪穂たちの対応に驚いたが、それでもと何度も雪穂たちに謝罪し、自分の持ち場へと戻っていった。
「一件落着ですね」
「そうだな」
悠は直斗の言葉にそう返して警官が戻っていくのを見送ると、少年の方を向いてこう言った。
「それじゃあ、行こうか」
「え?」
「そのままじゃ家に帰れないだろ?俺が一緒にお店に行って、そのシューズを返品できるように頼んでやる」
「え?……本当?」
「ああ」
少年は悠が返品するのを手伝ってくれると聞いて嬉しそうだった。すると、
「あ!鳴上くん、ウチも行くよ」
「私も行きます。みんなで行った方がお店の人も分かってくれると思いますから」
「私も!」
どうやら希や雪穂、そして亜里沙も付いて来るようだ。
「直斗は?」
「ええ、僕も今なら時間がありますのでお付き合いしますよ。先輩の彼女さんとも少し話がしたいですし」
「東條は彼女じゃないから………」
どうやら直斗も付いて来るらしい。少年はみんなの気遣いに戸惑ったが、すぐに悠たちにありがとうとお礼を何度も言って、自分がシューズを買ったお店に案内した。
結果をいえば、少年が買ってしまったシューズはなんとか返品してもらった。その後、少年は今度はちゃんとおつかいをしてくると悠たちにそう告げて、改めて悠たちにお礼を言って商店街の方へ去っていった。
「鳴上先輩、白鐘さん、本当にありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました!」
駅に戻る途中、雪穂と亜里沙は悠たちに改めてお礼を言った。
「いえ、僕らは当然のことをしただけですよ」
「そうだな」
「あ…あの、お礼とかは」
「そんなものは要らない。俺たちは雪穂たちが無事だったってことだけで、満足だからな」
と、悠はそう言って雪穂たちに笑顔を向ける。
「わ、分かりました。あ!でも、また家の店に来てくださいね。お母さん、鳴上さんにまた会いたがってましたから」
「そ、そうか…」
悠は穂乃果と雪穂の母親である菊花のことを思い出す。先日のあのバイトで菊花の和菓子のシゴキを思い出したのか少し冷や汗が出ていた。その一方で
「あれ?亜里沙ちゃん、どうしたん?」
「ハ、ハラショー……あの人、カッコいい…」
亜里沙は悠のその笑顔を見たせいか顔を紅潮させていた。亜里沙の反応に何か気づいた希は悠に向けて黒いオーラをむき出しにした。その様子を目撃した直斗は希に恐怖を感じ、いつか悠が刺されるのではないかと思ったという。
「東條、今日はすまなかったな」
「ええよ、謝らんでも。今日は色々あったけど、鳴上くんと過ごせただけでウチは満足や」
「そうか」
雪穂たちと別れた2人はそろそろ帰ろうと夕暮れの道を歩いていた。最初は息抜きのデートですぐ終わるだろうと思っていたが、すっかり太陽が沈むころになっていた。この時間帯で女子を一人で帰らせるのは危ないので、悠は希を家の近くまで送り届けることにしたのだ。しばらく歩きながら他愛ない話をしていると、希がこんなことを言ってきた。
「そういえば、こうやって一緒に帰るのも久しぶりやなぁ」
「え?」
「ううん、気にせんでええよ」
希はそう言うが、悠はそのことが気になった。一緒に帰るのが久しぶりとはどういうことだろうか?そんなことを思っていると、希が住んでいるというマンションが見えてきた。
「それじゃあ鳴上くん、ウチはここで。送ってくれてありがとな♪」
「ああ………なあ、東條」
「ん?」
「今日はありがとう。息抜きに誘ってくれて」
悠は笑顔で希にお礼を言った。何だかんだ言って、悠にとって今日の希とのお出かけは楽しかったのだ。すると、その笑顔を見た希は不意打ちを食らったかのように顔を真っ赤にして下を向いた。何かまずかったのかと悠は慌てたが、それは杞憂だった。
「ズルい…その笑顔は反則や……」
「え?」
どうやら希は悠の笑顔に見惚れていただけのようだ。そんなことを天然ボケ男の悠が気づくわけはないが。
「まあ、鳴上くんはそういう人やったね……ウチこそありがとう♪今日は楽しかったわ」
「そうか」
希はそう言うと、悠に顔を近づけて笑顔を作りこう言った。
「また一緒に遊ぼうな♪鳴上くん♪」
「え?」
「ほな」
希はそう言うと、サッと悠から離れて自分のマンションの中に消えていった。希が去った後も悠は呆然としていた。希の笑顔に少し見惚れていたということもあるが、あの笑顔をみると、どこか懐かしいように感じたからだ。
(もしかして俺と東條はどこかで出会ったことがあるのか……)
そんなことを考えながら悠は自宅に帰っていった。自宅に帰ってからも悠はそのことが気がかりだったが、特に思い当たることはなかった。
その翌日…
「な、鳴上先輩!この間の休日に副会長と一緒に【わかつ】に居ましたよね!?何してたんですか!?」
「「「「は?」」」」
「え?」
練習中の花陽のその一言で屋上が取調室と化し、悠が穂乃果たちに色々と詰問されたことはまた別の話。
ーto be continuded
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「鳴上くん、すごいね」
「悠くんはGWはどうするの?」
「少し休め」
「大丈夫です。問題ありません」
「海未ちゃんが」
「先輩のようになりたいです」
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