PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
すみません、今まで以上に更新が遅れてしまいました。
転勤による引っ越しやそれに伴う環境の変化、新しい仕事に慣れるのに精いっぱいで中々執筆の時間が取れませんでした。
そして、その長い間に高評価などをつけて下さった方・誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございました!
随分ブランクが空いてしまいましたが、これからもこの作品をよろしくお願いいたします。
それでは、本編をどうぞ!
突如として始まった一人の乙女とその他によるデート攻防戦。
序戦は全て希の策略通りだった。
見つからないようにと建物の陰を利用して移動したことりたちだが、どこに移動しても穂乃果たちが配置されていた。おそらく希がタロットで自分たちの位置を把握して、手駒を上手く園内に配置しているからだろう。どうでもいいが、こちらを探している傍らで楽しそうにアトラクションを楽しんでいる彼女たちがムカつく。
「なあ、そろそろ予約したアトラクションの時間だ。これ過ぎたら」
「だ、ダメだって! 今列に並んだら奴らに見つかっちゃうよ!」
「奴らって、誰?」
一方、ターゲットである悠は全然事態を飲み込めないでいた。ただことりに流されては右往左往してしまい、仕方ないので律儀に携帯にインストールしたディスティニーシーのアプリで長時間待ちのアトラクションの予約をしていた。
そんな律儀な兄に感謝しかないが、如何せん状況が悪い。今予約したアトラクションに行こうものなら絶対に捕縛される。
「こ、こうなったら……!」
諦めてたまるか。今日は絶好のチャンスなのに、こんなところで諦めたくない。その想いを胸に、ことりはハンドバッグから携帯を取り出した。
「ん? この番号は」
突如として掛かってきた着信の画面には知っている名前が表示されていた。何か匂うと思いながらも希は通話ボタンを押した。
「もしもし、陽介くん?」
『おお、希ちゃん! ちょっと聞きたいことがあんだけどいいか?』
「……手短にお願いするわ」
電話の相手は稲羽にいる陽介。別段用事もないはずなのに、こんな時に限って何の用だろうかと、耳を傾けてみる。
『クマ公がさ、今度悠が希ちゃん家に遊びに行くって聞いたらしくてよ、それでその時に確実に悠を手籠めにできるアイテムを紹介したいって言ってるんだが』
「早くクマくんと代わってくれへん」
おそらく罠だろうと踏んでいたが、聞き逃せない内容に思わず聞き入ってしまった。まんまと乗せられてしまった希が、お察しの通りこれはことりの作戦である。
~数分前~
「ねえ陽介さん、ちょっとの間でいいから、希ちゃんを騙して時間を稼いでくれないかな?」
『あのな、ことりちゃん……すげえ難題ふっかけてくるところわりいけど、俺は忙しいの。誰かさんがデート代を俺名義でツケにしたせいで俺の懐は火の車なの。それを補うためにバイトバイトで加えて受験。いくらことりちゃんの頼みとはいえ、もう悠を巡る乙女の争いに巻き込まれるのは勘弁というか……』
「ことりが当てた宝くじのお金で今までの負債を返すから」
『任せろ、ことりちゃん。おおい、クマ公っ!』
何という手のひら返しだろうか。正直せっかく当てた大金を陽介如きに使うのは気が引けたが、これまで陽介が特捜隊&μ‘sに負わされた借金はこの大金に半分にも満たないと思われるので、天敵を退ける必要経費だと思えば安いものだ。
兎にも角にも、こうして陽介がクマと希に長電話をしてくれれば、希は皆に連絡を入れられない。これによって、希という司令塔を封じこめたはず。司令塔さえ機能しなければ、追手に指示を送れず立ち行かなくなるはずだ。
「……と、思うやん?」
だが、手を打っていたのは希もであった。
「あれ? 陽介さんに希ちゃんを抑えてもらったのに、全然警戒網が解けてない……!」
陽介に協力を得てから数十分以上経っているのに、全く変わらず警戒網が緩んでいなかった。それどころか、更に強化されている。何故か穂乃果たちだけでなく、見覚えのある水色キャップや初代必殺料理人の姿も見受けられた。
実は希は携帯を2台所持していた。そのことにより、陽介と通話している傍らでもう一台の携帯で準司令塔の絵里にメールを打っていた。これにより、通常通りの作戦が行えるのだ。そして、シャドウワーカーに協力を取り付けた際にちゃっかし労働力として伊織を、索敵役として風花を借りていたのだ。風花はともかく伊織は何で俺がと不満たらたらだったが、ミナリンスキーの写真を数枚忍ばせた結果、鳴上を絶対簀巻きにしてやるとやる気が最大値まで上がった。
(うふふふ……そうこなくちゃ面白ないなあ)
希は片手で陽介とクマと通話、片手でメールを打ちながら不敵に笑った。
「うううう……」
作戦が失敗したことで、ことりのHPは半分を切ってしまった。
「なあことり、大丈夫か? そろそろ」
「こうなったら、最終手段!」
だが、まだ秘策があるのか、ことりは悠の声を無視して苦虫を嚙み潰したような表情で再びどこかに電話をかけた。
~10分後~
「おま~ちど~」
「あいかっ!?」
ことりが電話してから少しして、なんとディスティニーシーのスタッフの格好をしたあいかが岡持ちを持ってやってきた。突然やってきた稲羽の友人に悠は仰天してしまう。
「出前、お届けにきた~」
「ど、どうして……ここに?」
「親戚に期間限定で働かせてもらってるの」
「俺が言えたことじゃないけど……受験とかは?」
「今、家に余裕がないから」
「そ、そうか」
そういえば昨年、あいかの家は都会に進出しようとして物件詐欺に引っかかったことがあった。土地は空売りで業者は逃亡、支払った前金は戻って来ることはなく前よりも出前の仕事を頑張らなくてはと言っていた気がする。だが、あいかはこの出前の仕事が大好きなので、以前より生き生きと勤しんでいたなと今更ながら思い出した。
というか、仮にも夢の国で岡持ちを所持するのは如何なものか。現に道行く人たちが奇妙な目でこちらを見ている気がする。
「それはともかく、南さんに追跡防止セットをお届け」
「わーい! ありがとう」
「……なにそれ?」
「うちの出前、今年から特殊なモノまで出前できるようになったの。この間、東条さんからトバシの携帯を頼まれた」
「…………」
もう何も言うまいと悠はツッコミを入れることを止めた。そんなものをどこで調達するんだとツッコミたくなったが、無粋だろう。
「よし、これを使えば無差別に電波を発するから妨害に」
「ダメだ」
物騒なことを聞いた悠はことりの手から怪しげな電子機器のを取り上げた。
「ああっ! 何するの、お兄ちゃん!」
「ここには俺たちの他にも人がいるんだ。迷惑かけられないだろ?」
「うう……こうなったら知り合いの若月さんを呼んで何か役に立つ魔法を……」
「なあことり、今たのしいか?」
その時、ことりの心の中でグサッと刺さるような音がした。
分かっていた。こんなことをしてら、自分たちとは関係のない人たちに迷惑がかかってしまう。でも、それでも今日という日を楽しみにしていたのだ。そんな自分の楽しみを邪魔する者たちは排除する。そうしなければ、今日という日を楽しめない。
分かっているのに、どうして今の兄の言葉はこんなにも深く突き刺さるのだろう。
「何があったか知らないけど、現に
その言葉に、ついにことりの中で何か切れたような音がした。
「何も……知らないくせに……」
「えっ?」
「お兄ちゃんは何も知らないくせにっ! そんなこと言わないで!!」
ついに我慢の限界に達したことりは人目を憚らず、悠に怒りをぶつけてしまった。突然怒りを露にしたことりに悠は戸惑いを隠せない。
「ことり、何を?」
「お兄ちゃんはことりがどれだけこの日を楽しみにしてたか知らないんだよ!! だから、そうして呑気にしていられるの!」
「そ、それは……」
「お兄ちゃんには分からないよね! ずっと穂乃果ちゃんや絵里ちゃんとデートして、ことりがどんな気持ちだったか知らないよね!! そうだよね、どうせお兄ちゃんにとってことりはどうでもいいってことだもん!」
「そんなこと……」
「……もういい、お兄ちゃんなんて知らない!!」
煮え切らない態度を取る悠に更に機嫌を損ねたことりはついに臨界点を超えて、その場から走り去ってしまった。悠はそれを追おうとしたが、何故か足が動かなかった。
「鳴上くん、ごめん……」
「あいかのせいじゃない」
「でも……ごめん」
残された悠とあいかの間にも気まずい雰囲気が流れてしまった。周囲では傍観してた人たちが修羅場かとひそひそとしている。最も、あいかは何も悪くないわけなので、そんな気を悪くする必要はないわけなのだが。
「良かったら、これ使って」
「これは?」
「このテーマパークの優先チケット。これがあればここのアトラクション全部優先的に乗れる。今回のお詫びに、あの子と一緒に使って」
「……何であいかがこんなものを?」
「うちの親戚、ここのスポンサーだから」
「そうか」
少しあいかの親戚関係が気になる発言だが、今はことりを追うことが優先だ。悠はあいかにお礼を言うと急ぎ足でことりの後を追った。
「そうか……ことりちゃんが」
遠目から先ほどのやり取りを見ていた穂乃果から報告を受けたメンバーたちは一旦希の元に集まっていた。どうやらさっきのことりの叫びを聞いた穂乃果たちは如何に自分たちが自分勝手で愚かだったのかと思い知らされたらしい。
「私たちもやりすぎたんじゃないかしら」
「うん、穂乃果たち自分たちのことばっかりで、ことりちゃんがどんな気持ちだったのか、全然考えてなかった……」
「…………」
「…………」
兎にも角にも、悠とことりのデートを邪魔してしまったのは自分たちのせいだ。責任をとれるかは分からないが、悠と同じくことりの行方を捜すことにした。
「はあ……はあ……はあ……」
ディスティニーシーを駆け回るが、ことりは一向に見つからなかった。これだけ敷地が広い上にプレオープンとは思えない人の多さだ。この中で人ひとり探すのは困難だろうが、探すしかない。もしかしたら、今頃ことりは傷心の最中、頭が悪そうなナンパ男に引っかかってるかもしれない。それだけは絶対に許さない。そんな男など八つ裂きにしてやる。
具体的にはと頭の中でえぐい想像をしている最中、悠の携帯から着信音が鳴った。我に返った悠は誰だろうと思い、着信ボタンを押した。
『お兄ちゃん!』
「菜々子?」
この時に限って、稲羽の菜々子から電話がかかってきた。こんな時にどうしたのだろうと、愛しの菜々子の声に耳を傾ける。
『お兄ちゃん、今日はことりお姉ちゃんとでーとなんだよね?』
「で、デートって……何で、菜々子がそのことを知ってるんだ?」
『菜々子ね、ことりおねえちゃんとおでんわしてるの。ことりお姉ちゃんと話すのはたのしんだ。今日のことも、ことりお姉ちゃんからきいたよ』
「そ、そうか」
いつの間にか妹同士がそんな頻繁に連絡し合っているとは思わなかった。
『それでね、おねえちゃん今日はお兄ちゃんと一緒にお出かけだから、すっごく楽しみだって言ってたよ』
「…………」
『菜々子ね、ことりおねえちゃんはいつもがんばってるから、今日はお兄ちゃんとすっごくたのしんでほしいなって』
そうだったのかと今更ながら思ってしまった。そうだと知らずに自分はと自己嫌悪に陥りそうになったが、次の菜々子の言葉が調子を一変させる。
『頑張ってね、お兄ちゃん。ことりお姉ちゃんをいっぱいたのしませてあげてね☆』
刹那、悠は身体全体に電流が走ったような感覚に襲われた。そして同時に思い出す昨年のナンパ失敗における菜々子の悲しい顔。
そう、あの時自分は失敗した。だから、もう失敗はしたくない。
そして、鳴上悠は覚醒した。
「ああ、任せろっ!」
「………………」
やってしまった。思いの丈を吐き出して逃走したことりは近場のベンチに座って自己嫌悪に苛まれていた。何であそこで怒ってしまったのだろう。これでは何のために家族で来たのか分からない。一体どうすればいいのだろう。私は……
「見つけたぞ。ことり」
「!?っ」
ぱっと見上げるとそこに悠がいた。探しに来てくれたのだろうが、ここからどう接したらいいのか分からない。どう話そうかと悶々としていると……
「ことり、準備はいいか?」
有無を言わさず、悠はいきなりことりの手を握ってきた。
「ふえっ!? お、お兄ちゃんどうしたの? 急に手を繋いできて……しかも、眼鏡なんかして」
「ことり、準備はいいか?」
「何でリピート? い、一体どうしたの?」
「さっきまでの俺はどうかしていた。ことりが今日という日を楽しみにしていたのに、俺は全然気づかなかった」
「え、ええっと……」
楽しみにしていたのは下心があってからこそだということは言えない。しかし、あの鈍感な兄がいきなり自分の気持ちに気づいてこのような行動を取ってくるとはどういうことだろう。
「だが、今から本番だ。俺が、ことりをこのディスティニーシーで思う存分楽しませるぞ。誰の邪魔はさせない!」
「へあっ!?」
だが、そんなことを考える余地など一切与えず、悠はそう言うと繋いだ手を強引に引っ張って移動しようとした。
「ちょちょちょっとまって、お兄ちゃん!」
「ん? この態勢じゃ辛いか。なら」
「きゃっ」
焦って引き留めようとすることりに何を勘違いしたのか、手を放して妹の肩、更には足の膝裏を抱え始めた。所謂お姫様抱っこだ。
「こうすれば、大丈夫だ」
「~~~~~~~」
一体何が大丈夫なのだろうか。ディスティニーシーの公の場で男が女をお姫様抱っこをするカップルなんて、バカップル認定されるに決まっている。現に道行く人々が全員注目していた。
急に行動が積極的かつハチャメチャになった悠にことりは困惑してしまうが、もう頭が処理容量を突破してしまった。
「さあ、行こう」
自分の腕の腕の中でぐったりとしていることりに気づかず、悠は猪突猛進と言わんばかりにその場から駆け出した。
『こ、こちら……だ、がはああっ!?』
『助けて……たすけて……』
『あんなの……見せられたら……』
『ほ、報告っ! 先ほど伊織さんがことりを盗撮しようとしてゴンドラに沈められました! 助け、ひゃあああああああああっ!?』
「な、なにが起きとるん?」
やりすぎたと反省していたその時、突如無線からメンバーたちの阿鼻叫喚が聞こえてきた。いつもは冷静でミステリアスなイメージが強い希でさえも狼狽える。
一体何が起こったというのか。だが、その答えが目の前に現れた。
「希、奇遇だな。こんなところで」
「なななな……」
目の前には悠にお姫様抱っこされていることりの姿があった。傍から見れば超が付くほどのラブラブカップルにしか見えない。その事実に希は言葉が出なくなった。
「なななななな、ゆゆゆゆゆ悠くん……なにを……?」
「ああ、今ことりとデートの最中なんだ。
頭に雷鳴が響くような衝撃が走った。あまりの衝撃に普段ほんわか不思議ちゃんキャラを保っている希から考えられないほどの表情が顔から出てしまっている。
「そ、そそそそそれは……どどどどういう」
「俺は今日ことりをおはようからおやすみまで存分に楽しませるつもりだ。ことり、
更にガーンと大岩が頭に落ちてきたような表情で青ざめる希。圧倒的な敗北感に襲われた希は思わず膝をついてしまった。
お姫様抱っこされ、普段聞かない兄のとろけるような言葉を最大距離で、しかもアゴクイまでされたことにより、最大級に顔が真っ赤になることりも失神寸前だった。
「じゃ、そういうことで」
乙女二人の見ていられない状態を引き起こした当人は何食わぬ顔で颯爽とその場を去っていった。
「ゆ、悠くんが……落ちてもうた」
突き付けられた事実に膝をついたまま、去り行く兄妹を呆然と見るしかなかった。
このとき、希は初めて完全敗北という言葉を知ったような気がした。
「きゅううううう……」
時は過ぎて夕刻、遊び過ぎたということで一度雛乃の待つホテルに戻ってきた二人。だが、つやつやとご満悦な悠とは反対に、ことりは戦闘不能と言わんばかりに目をぐるぐるとさせてぐったりとしていた。心なしか、顔が茹でだこのように真っ赤になりすぎている。
「で、どうしてこうなったの?」
「実は……」
娘の異常事態に顔をしかめる雛乃に悠はバツが悪そうな顔をしながら説明した。
<レストランにて>
「ほらことり、あ~ん」
「あ、あー……ん」
「はは、そう緊張するな。はい」
「はきゅっ……お、美味しい……」
「そうか。あっ、口元にクリームついてる」
「はきゃっ!? (お、お兄ちゃん…クリームをそのまま自分の口にっ!? 今日は大胆過ぎるよ~~~! 一体何があったの!?)」
<アトラクションにて>
「ひ、人が多いね。なんかはぐれちゃうそう」
「そうか? なら」
「きゃっ」
「こうしてると離れないだろ?」
「う、うきゅううううううう……」
<休憩中>
「はあ……はあ……もう、お兄ちゃんったら」
「おっ、あそこの子超かわいい。ねえ、そこの子……むぐっ!?」
「おい、ちょっとこっちに来い下種野郎」
「むぐっ……むぐうううううう……!」
「??」
その後、男はぐったりした様子で順平と共にゴンドラに揺られていたという。
「…………」
一通りの出来事を聞いた雛乃の顔は能面と化した。そして、同時に学生時代の兄が自分にしてきた数々の悪行が思い起こされた。
妹のためだと海釣りではっちゃけて近所のお兄さんと坊ちゃんに喧嘩を売り続けたり、勘違いさせるような甘い行動をしてきたり、学校中の女子生徒、挙句に親友たちにまでフラグを立てたり……思い返せばキリがない。悪行ポイントなどと言われるものがあるなら幹部クラスに相当するに違いない。
本当にあの男は……そして、その息子も……
「悠くん、正座」
「えっ?」
「正座」
「い、いや。何で?」
「せ・い・ざ☆」
「……はい」
とりあえず、この女泣かせ予備軍に更なる教育が必要だ。
「……うう」
「あら、起きたのね」
「お母さん……?」
目が覚めるといつの間にかホテルの部屋で寝ていた。起き上がると、窓際で景色を眺める母、隣のベッドで戦闘不能と目をぐるぐるさせて寝転ぶ兄の姿があった。一体どんな状況だろう?
「うーん……そういえば、さっきまでの記憶が……」
「うふふ、きっといい夢でも見てたのね。ほら、こっちにいらっしゃい。窓から見える景色は最高よ」
何だか天にも昇るような出来事がありすぎて脳がショートしたような感覚だ。思い出したいような思い出したくないような……これ以上触れるのはやめておこうと己の勘が囁いたので、そっとしておこう。
とりあえず、母の言う通り窓の景色を見てみよう。外はもう夜になっているが、ディスティニーのテーマパーク内はまだ明るい。煌びやかなイルミネーションが窓の景色を彩っている。流石は世界に誇るディスティニーというべきか、このアニバーサリーホテルから見える夜景は最高だった。
「ことり、悠くんのこと好き?」
「へあっ!? そ、それは……好きだよ」
「それは家族として? それとも、異性として?」
「…………」
景色を堪能していると不意打ちに母がそんな質問を投げかけてきた。尋ねられた質問に素っ頓狂を上げてしまったが、二つ目の質問には即答できなかった。
確かに悠のことは大好きだ。しかし、それが家族としてなのか、異性としてなのかといえば、明確な答えが出なかったのだ。おそらくごっちゃになっているのだろう。
「いいのよ、今はそれで。ことりは私と違って叶わない恋じゃないんだから」
「えっ?」
「お母さんね、兄さん……悠くんのお父さんに恋してたの」
「えっ? (うん、知ってた)」
何を言い出すと思えばそんなことか。今までネコさんをはじめとしたゆかりのある人物たちからそのような話を聞いてきたし、そんなことを匂わせる発言も度々していたので今更だろう。
心の中でそう思ったが、雰囲気をぶち壊すほど空気を読めないことりではなかった。
「最初は家族としてだったけど、高校生からそれは異性へのものに変わっていったの」
「……キッカケは何だったの?」
「きっかけなんて覚えてないわ。長い間一緒に時を過ごすうちに、って感じかしら?」
「ふ~ん」
「でもね、私たちは血の繋がった兄妹。決して結ばれることはない。そう分かっていても、自分を抑えきれなくなって……大学生のある時、酔った勢いで兄さんを押し倒しちゃったの」
「へえ。えっ? ……えええええええええええっ!?」
衝撃のカミングアウト。まさか、まさか目の前でにこやかに微笑んでいる母親は千葉のどこぞの兄弟のようなことをやってしまったというのか。まるでドラマの続きが気になって待ちきれないとソワソワする娘を見て、雛乃は乾いた笑みを浮かべた。
「当然、未遂に終わったわ。そして、兄さんに怒られた上に頬までぶたれてしまってね。親にもされたことなかったからそれがショックで、逃げるように家出しちゃったの。気づいたらフランスのパリまで渡航してたわ」
「えっ?」
「そこでよくしてもらった神父様の教会に入ってね。失恋の辛さを吹っ切るために、思い切ってシスターになろうって思ったの」
「なんでパリ?」
「…………そこで会ったのは、あなたのお父さんなの」
「……(スルーされた)」
しかし、大好きな兄に拒絶されたのがショックだったのか、教会でシスター見習いとして働いたときは失敗ばかりしていた。看板によく頭をぶつける、草むしりのはずが木まで抜いてしまう、得意だった料理がダークマターに変貌していたなど、自分でも信じられないくらいだった。挙句に懇意してもらった神父様から何もしないでくれと逆に懇願されてしまって、更にショックだった。
落ち込んでいたところで現れたのは、教会で一緒に働いていた日本人の男性“南一郎”、後のことりの父親だったという。元軍人という経歴に見合わない優しさと真っすぐな性格、更に異常な女難があるのか、よく女性に対してハプニングを起こしていた。だが、そんな彼の性格が兄とよく似ていたのか、雛乃の次第に彼に惹かれていった。
「あの人とそれなりに親密になった時に兄さんが私の職場に現れてね。私がパリに行ったって聞いて、借金までして渡航してきたの。そこであの人と殴り合いになって……」
「へえ……(もう驚くのも疲れた……)」
正確には間が悪かったのだ。兄が現れたのは自分と南が抱き合っていた瞬間だったので、妹に手を出したと勘違いした兄が暴走。南も兄を暴漢と勘違いして応戦。勘違いに勘違いを呼んだ乱闘は教会だけでなく警察まで巻き込む事態にまで発展してしまった。
その結果、公園で気が済むまで殴り合った2人は昔の青春ドラマよろしく最後は互いを認め合った。そして、酒を夜が明けるまで飲み交わした兄は南に頭を下げた。
────“妹をよろしく頼む”
それから何年か経って自分はあのまま南と結婚し、ことりが生まれた。そして、兄は"堂島綾子"という自分から見ても素敵な女性と出会って結婚し、悠が生まれた。
「……」
思わず聞き入ってしまうくらい壮大な話だった。何で母親の人生はそこまで波乱万丈なのだろうか。今まで普通とは少し違う母親にしか見えなかったのに、聞く前と後でその印象が変わってしまった。
「私はあの時思ったの。結ばれなくても私とあの人は家族。離れいても、どこかで支え合って繋がっているって。でも、今でも兄さんと兄妹じゃなかったらって、思うことはあるわ」
「お母さん……」
「ことり、もし悠くんが結婚したいほど好きなら覚悟しなさい。貴方は穂乃果ちゃんたちよりハードルが高いんだから」
「うん」
それも百も承知のことだ。いくら従兄妹という関係とはいえ、穂乃果や希たちより距離が近い。恋愛対象として見られるハードルが高いということだ。
だからこそ、焦っていたのだ。誰よりも一番に恋愛対象と見られたいからこそ、今日のデートでジンクスを成功させたかった。そうすれば、悠の一番として近くにいられるから。
でも、母の話を聞いた今は違う。
「少し話過ぎたわね。さっ、もうこんな時間だし、悠くんを起こしてレストランに行きましょう」
「うん。その前に、ちょっとシャワー浴びたいかな」
「そうね。そうしましょ」
母とシャワーを浴びる前に、ことりは未だにうなされている悠の傍にちょこんと座った。
母の話を聞いて覚悟が決まった。
例え結ばれなくても、私は悠のそばにいたい。そのためにも、もっと自分を磨かなくてはならない。そうでなければ、あの大きな背中に届かないだろう
でも、今日は如何に悠が自分のことを大切に思っているのか、身を持って知った。だから、もう大丈夫。
「お兄ちゃん、今日はありがとう。この先どんなことがあっても、ことりはずっとそばにいるね」
暖かな笑みを浮かべると、ことりは顔を悠に近づけた。
「うーん……」
目が覚めると、ズキズキと頭に痛みが走った。
部屋の電子時計を見ると、もう夜の時間だった。ことりと雛乃の姿は見受けられないが下のお土産屋さんに行ったのかもしれない。ひとまず、身体がベタベタするので顔でも洗ってこようか。重い身体を起こしてフラフラと手洗い場へと足を運ぶ。
だが、この時悠は忘れていた。この部屋の手洗い場はバスルームも一緒であるということを。そして、その手洗い場からシャワーの音が聞こえていたことを。
「あっ……」
「「えっ?」」
手洗い場のドアを開けると、悠はフリーズした。
目の前にお手洗いのバスルームで仲睦まじく身体を洗いっこしていることりと雛乃による親子の光景があったからだ。湯気とボディソープの泡で大事な部分は見えていないが、まずい状況に変わりない。証拠に泡のドレスを身に纏っている二人が顔を真っ赤にしながら眼を鋭くしている。
久方ぶりのハプニングイベントだが、ここは慎重に言葉を選ばなくてはならない。張り詰めた一瞬の中、悠は口を開いた。
「泡ドレス、ナイスですね」
「「親子パンチっ!!」」
「ぐはあっ!?」
お約束。
To be continuded.
今話を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?
この長い間で色々なことがありました。
その中でも【月姫リメイク】を全ルートクリアして感動したり、篠原健太先生の【ウィッチウォッチ】で大爆笑したりして、何とか精神のバランスを保ってました。今は【真女神転生Ⅴ】を攻略中です。
決して、遅れた理由にこれらのゲームや漫画は全然関係ないので、そこはあしからず。ちなみに、ウィッチウォッチ3巻のユーチューブの話が一番爆笑しました。
また、最近は【小林さん家のメイドラゴン】にはまってます。忙しい時や精神が壊れそうになった時に見ると、思わずクスっと笑えて、いい気分になるので。ちなみに、私はエルマが好きです。
次回もなるべく早く更新したいと思いますので、それまでお待ちください。
ではでは