PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
更新が再び遅くなって申し訳ございません。今回はマジで大事な回なので、構成や内容が煮詰まってしまいました。来月から就職するのでこれ以上に更新が遅くなってしまいますが、それでもこの作品を愛読して下さったら幸いです。
今回は前回の内容から雛乃の心象風景を表したダンジョンに入りますが、参考にしたのは最近プレイした【ファイアーエムブレム風花雪月】のガルグ=マク大修道院です。プレイした人は分かると思いますが、散策した際のあの風景や内装が今回の話に合うなと思ったので。
改めて、誤字脱字報告をして下さった方・新たにお気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!
これからもこの作品をよろしくお願いいたします。
それでは、本編をどうぞ!
…………………………
♫~♫♩~♩~♫~♫♩~♩~
「ようこそ、我がベルベットルームへ」
…………聞き慣れたメロディーと老人のしゃがれた声が聞こえてくる。
目を開くと、その場所があった。床も天井も全てが群青色に染め上げられている、まるでリムジンの車内を模したような不思議な空間。この場所は【ベルベットルーム】。精神と物質の狭間にある、選ばれた者しか入れない特別な空間。
そして向かいのソファにこの部屋の主である【イゴール】がいつものように目を伏せた状態で座っていた。黒いタキシードに一度見たら忘れそうにない長い鼻とギョロッとした大きな目の謎の老人。そして、その傍らには秘書のような顔立ちでこちらを見やる従者のマーガレットもいる。
何度目かの再会だが、こうして会うと本当に事件が起こったのだと実感させられる。本当は目の前にいる人物たちが事件を引き起こしたのではないかと思うほどに。
「お久しゅうございます、お客人。やけに神妙なお顔をされておりますが、お身内に何か災難が降りかかったのですかな?」
「…………」
やけに核心を突いてきた質問に気が障ってしまい、思わず目の前の老人を睨んでしまった。しかし、イゴールはその睨みの視線を全く気にせず、いつも通りの姿勢を保ったままだ。傍らにいる従者のマーガレットは見たことがない客人の表情が珍しいのか、少し驚きを露わにしていた。
「……ふふふ。貴方もそんな顔をするのね」
「…………」
「失礼しました。主のお客様に対する無神経な発言を私からお詫び申し上げます。ですが、貴方の行く先を再び占ったところ、このような結果が出たものですから」
マーガレットは改めて謝罪の言葉を述べると、膝元に置いてあるペルソナ全書を開いて青い魔方陣を展開した。映し出された魔方陣には一枚のタロットカードが示されており、その配置はこのようになっていた。
【死神】の正位置
示されたカードの配置を見た途端、更なる絶望が襲ってきた気がした。最近希の影響でタロット占いを教えて貰った浅い知識しか持っていないが、この配置は……
「この位置が示すのは【完全な終わり、別れ】。こちらからしても、あまりよろしくない結果に貴方様は心中ではさぞお焦りになっていることでしょう。しかし、占いはあくまでも占い。絶対の未来を示すものでは御座いません」
イゴールはそう言って指を鳴らすと光り輝く9つの宝玉がイゴールの手元に現れた。色とりどりの光を放つその宝玉は【女神の加護】。穂乃果たちがペルソナを覚醒させた時に姿を現した未だ正体不明の宝玉だ。この宝玉が一体なんだったのだろうか。
「どのような未来を歩まれるのか、それは貴方様がどう行動するのかに御座います。先ほどの顔色からして、予想だにしない事態が降りかかることで御座いましょう。果たして、此度の災難、お客人とあの者たちがどのようにして乗り越えるのか…………楽しみでございますなぁ」
マヨナカテレビが再び映ったその日の放課後、理事長が誘拐されたことなど露知らず、音ノ木坂学院の生徒たちはいつも通りの平和な一日を過ごしていた。そんな中、そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに音ノ木坂学院の部室は一変して重々しい雰囲気が支配していた。
「理事長のこと、誰も知らないよね?」
「当たり前よ。真っ当な誘拐事件じゃないんだから、警察に事情を説明するわけにはいかないでしょ。桐条さんたちはまだしも……」
事実、昨日から雛乃と連絡が取れなかったのは携帯を落としてしまったから、そして今日は体調不良のため欠席すると学校側には伝えてある。そして、その傍らでシャドウワーカーは引き続き現実世界での雛乃の捜索を続けてもらっている。
「それはそうと悠くん、その恰好は……」
「ああ、これは俺の勝負服だ」
悠はこの日、八十神高校の学ランを着用していた。悠にとって八高の学ランは去年の苦難を乗り越えてきた際に着続けた思い出の証。今回は絶対失敗できないという懸念から験を担ぐための勝負服としてこの学ランを着てきたのだ。まあ当然、勢い余って学校にそのまま登校してしまったので、先生たちに注意されてしまったが。
「ことりも、八高のセーラー服にしようかなって思ったんだけど。やっぱり、ことりはこの音ノ木坂ブレザー服がしっくりくるなって」
ことりの言葉に悠以外のメンバーはそうだなと思った。悠は稲羽からこのような事件に関わってきたのに対して、自分たちはこの音ノ木坂の神隠しからだ。ならばあの日、悠に助けてもらい共に事件を追ってきた時に着続けたこの音ノ木坂学院の制服が自分たちにとっての勝負服だ。
「鳴上くん・みんな、ありがとうな。うちも参加させてもろおて」
「いいいのよ、ラビリス。ラビリスだって私たちμ‘sの仲間だもの」
「むしろ、ラビリスの戦闘力は悠さん並ですから、心強いです」
そして、新たな戦力としてラビリスも今回の作戦に参加してもらっている。自分を音ノ木坂学院に受け入れてくれた恩を返したいと、美鶴と悠に直談判したのだ。そんな彼女の勝負服は動きやすくかつ皆と出会った思い出が詰まっている八高のセーラー服だ。
「さあ、いくぞ」
準備は整った。雛乃を助ける為に、悠の合図を機に久方振りのテレビの世界へと身を投じた。
「うわっ! 霧が……」
「濃くなってますね」
「以前穂乃果と花陽のダイエットに使った時は全然でしたのに」
「本当だ」
久しぶりに訪れたテレビの世界。先日の海未主導による“ギリギリまで絞るプラン”の最終手段や凛と悠のいざこざで訪れた時はあまり霧が立ち込めていなかったのに、それが嘘のように以前と同じく先が見通せない程に濃くなっていた。
「これは……」
同じようなことは去年のこの時期にも起こっていた。しかし、一体何が原因なのかと思考していると、それを裏付けるような発言が飛び出してきた。
「そう言えばさ、今日学校歩きまわってたら、妙なこと聞いたんだけど」
「妙なこと?」
「何か、音ノ木坂の神隠しがまた始まったんじゃないかって」
穂乃果が徐に口にしたその話にゾッとした。まさに、その発言が今回のことの原因ではないか。
「そ、それは本当なのっ!?」
「そう言えば、私も今日どこかで耳にしたような……」
どうやら穂乃果だけでなく、他のメンバーも同じようなことを耳にしていたらしい。おそらく悠が音ノ木坂の神隠しについてあちこちで聞きまわったのが原因の一つだろう。ここが稲羽のテレビの世界のように、人の噂によって影響を受けるのなら尚更だ。
「それはともかく希、早速ナビを頼む」
「OKや。ペルソナ!」
悠の指示を受けて、希は己のペルソナ【ウーラニア】を召喚した。先日の絆フェス事件での活躍したナビペルソナの力で、どこに雛乃が迷い込んでいるのかを探る。そして、
「見つけた。理事長がおるんはあそこや」
数分もしないうちに、希は目標地点を割り当てた。以前は索敵するのに時間がかかったものだが、夏休みや絆フェスで同じナビペルソナ持ちのりせに指南して貰ったお陰か、ナビ性能が上がっている。
そして、希がはじき出したその場所は……
「ここって、理事長室?」
案の定というべきか、辿り着いたのは理事長室の前だった。今までの事件のパターンからして、テレビに落とされた人物のゆかりのある場所に己の心象風景が投影された世界が展開されていた。この学校の理事長である雛乃であれば、理事長室に迷い込んでいることは明白だろう。
この扉を開ければそこには雛乃の心象風景を表した世界が広がっている。果たして、この先にどのような光景があるのか。少し緊張しつつも、悠は先陣を切ってドアノブに手を掛けた。
「わあああ」
「これが……理事長の」
「お母さんの世界……」
「すごっ……」
理事長室から入ったその世界は圧巻だった。
扉を開けて足を踏み入れたその先には、目を見開くような光景が広がっていた。どんよりとしたテレビの音ノ木坂学院とは打って変わり、青空が広がっている。更には神々しい雰囲気を醸し出す建築物。まるでヨーロッパにあるような大聖堂のようだ。
「何か、ここ高くない?」
「確かにって……って、うわっ! 本当に高っ!?」
「ここは、おそらく展望台に似た場所でしょう。テレビの世界のスタート地点が高所というは今までありませんでしたが……」
少し霧が立ち込めて目では分からないが、自分たちの立っている場所が多少高さがあるように感じられたので、海未の察する通り展望台らしき場所に出たようだ。すると、この世界に足を踏み入れてからナビを開始していた希から詳細な情報が入る。
「試しにリサーチしてみたけど、ここは3階建ての修道院か教会に似た建物の3階。理事長の反応は下から感じるな。更に詳しく調べたら、下に行けば行くほど範囲が広くなっとる」
「ということは、上から下に行くタイプかにゃ?」
「それに、修道院に教会か……なるほど、叔母さんにピッタリかもな」
「えっ?」
修道院はキリスト教において修道士がイエス・キリストの精神に倣って祈りと労働のうちに共同生活をするための施設のことを言う。その中で暮らす修道士たちを教え導くのは聖職者。現代社会で教師を聖職者などと表現されることはあるが、そのことを考えれば雛乃の世界が修道院や教会を模したような世界になることは納得できる。
そう言えば、去年見た菜々子の世界は天国のような楽園だったなとふと思い出した。早く死んでしまった母に対する寂しい想いが現れた心象風景だったが、何となくこの雛乃の世界があの雰囲気が似ているのではないか。
「お母さん、もしかして何かを後悔してるのかな?」
そして、修道院や教会は一般的にはお祈りをしに行くイメージが大きい。希望を求める者、救いを求める者など。ことりのその一言に雛乃と喧嘩したあの日、雛乃は何かを後悔している様子だったことを思い出した。
とは言え、いつまでもこの世界の壮大な景色に見惚れている場合ではない。一刻も早く雛乃を助ける為、悠は穂乃果たちを促して先へ進んだ。
「はあ、どこまで行っても圧巻だね」
「ヨーロッパとかの大聖堂はこんな感じなのでしょうか?」
「一度行ってみたいですね」
展望台から修道院内に入った穂乃果たちはその修道院の内装に思わず感嘆してしまった。雛乃の心象風景を表しているだけあって、古風でありながらもどこか長年の貫録を示すような魅力がある。海未の言う通り、ヨーロッパにあるどこかの大聖堂のようだった。
「……来る」
「えっ?」
刹那、嫌な気配を感じたと思うと、何もないところから複数体のシャドウが出現した。これまでの探索では見たことがない初見のシャドウ。更に、穂乃果たちは久しぶりのシャドウとの戦闘故かより一層手強そうに見える。
「いきなり来たわね」
「でも、負けないにゃ!」
「一気に行くぞ」
「「「は、はいっ!!」」」
いきなりのエンカウントで緊張してしまうが、悠の掛け声に自然と緊張は解けた。目の前の敵に臆せず、穂乃果たちは各々のタロットカードを顕現させた。
久しぶりの戦闘は苛烈を極めた。屋内で比較的狭い場所、更に敵の数という面で苦戦を強いられたが、希の向上したナビと悠・絵里の的確な現場指示によって、上手く立ち回れていた。更には、ラビリスがキングダムに登場する蒙武の如く積極的に多くのシャドウを蹴散らすので、大分戦闘が楽になった。
『ラストや! 穂乃果ちゃん』
「やあああああああああああっ!!」
2階を突破するまでの戦闘は穂乃果のカリオペイアによる袈裟切りで幕を閉じた。戦闘が終了した途端、皆はやっと終わったと言わんばかりにその場に座り込む。
「戦闘終了。皆、お疲れ様」
「ひ、久しぶりの戦闘は……ちょっと堪えたよ」
「体力もそうですが、ペルソナの戦闘は精神も削られますからね……」
「ラビリスは何ともないのかにゃ?」
「うちは別に」
比較的狭い場所での戦闘だったために多少やりづらかったが、リーダーの悠や指揮官の絵里による的確な指示と機転で何とかくぐり抜けることができた。だが、戦闘後の疲労は半端でない。ラビリスはシャドウ兵器なので今のところは何ともないが、穂乃果たちは買い溜めしておいた菓子類や清涼飲料水などで何とか回復している。この先現れるであろうポスシャドウや雛乃誘拐の犯人との戦闘までどれだけ体力を残せるのかが心配だ。
「………………」
「悠さん?」
回復に回復を重ねる穂乃果たちに対して、リーダーの悠はペットボトルのお茶だけを口にして立ったまま瞑想していた。その立ち姿はクールでカッコいいので、彼に恋する彼女たちにはご褒美なのだが、どこか雰囲気が違う気がした。
いつものこういった状況では積極的に自ら話しかけに来るのだが、どこかおかしい。
「お兄ちゃんのことはそっとしておいてくれるかな?」
「ことりちゃん?」
ふと悠のことを不思議そうに観察していた穂乃果の元に、ことりがこそっとそんなことを言ってきた。
「お兄ちゃん、菜々子ちゃんのこともあっていつも以上に気張ってるの。絶対お母さんを助けるんだって意気込んでいるから」
「あっ」
菜々子のことというのは、去年の事件のことだろうと察しはついた。夏休みにその事件の全貌は陽介たちから聞いている。あの話を聞いただけでも胸が痛くなったのに、当時そのままの体験をした悠たちにとっては胸が張り裂けそうなことだったことが想像できた。
つまるところ、悠はまた菜々子のようなことが雛乃にも起こるのではないかと危惧しているのだ。そう言われてみれば、雰囲気が危うく感じるのも間違いではないのかもしれない。
「……みんな、大丈夫か?」
「へあっ!? う、うん、平気だよ」
「そうか」
「それよりも先に進みましょうか。いつまでも休憩してる訳にはいかないし」
「ええ~! 凛はもうちょっと休みた……ふぐっ!」
「アンタは黙ってなさい」
悠に余計な心配をさせないようにと、から元気に先へ進もうと促す穂乃果たち。だが、その雰囲気にナビに気を回して遠目から見守っていた希は少し嫌な予感を感じていた。
その後、数々の戦闘を経て一階に降りると、欧米の大聖堂を彷彿とさせる教会のような場所に出た。古めかしい画家の絵が描かれた天井は見上げてしまうほど高く、その周りの壁の装飾などは目を見張ってしまうほど煌びやかだ。
あまりの壮大さに思わずあんぐりと口を開けてしまったが、そんなμ‘sメンバーたちの耳に天の声が聞こえてきた。
『私は兄さんのことを愛していた。本当はいけないことだと自覚していたが、この気持ちは止まりそうになかった。この気持ちが報われる日が来るのだろうか』
いきなり聞こえた内容に思わずたじろいでしまった。内容が内容なだけに、ふと悠とことりの方を向いてしまった。どうやらここからが、雛乃の世界における根幹と言う場所なのかもしれない。
更に、希のナビによる結果が出たので聞いてみると、先ほどのよりも捜索範囲が広大になっているとのことだった。というのも、このエリアは修道院内だけでなく、池や教室、市場など確認できる限り様々な施設が存在していた。要するに、調べる場所が増えたのである。
「いきなり捜索範囲が広すぎるよ」
「どうしますか?」
膨大な情報量に頭が混乱してしまう。ここからの捜索指針をどうするのか見当がつかないメンバーはリーダーに視線を移すしかなかった。
「……皆で固まって一か所ずつ回るぞ。シャドウも強くなってるし、数で対処した方が良い。行くぞ」
だが、悠から放たれた指示はあまりにも無茶ぶりだった。今まで自分たちに出したことがない指示に穂乃果たちは仰天する。
「えっ!? 悠さん、速いよ! まだどこに向かうか希ちゃんもナビ出来てないし」
「まだこのエリアに来たばかりですし、少し休憩を」
「ナビがなくてもしらみ潰しで探した方が良い。それに、こうしてる間にも叔母さんは苦しんでるんだ。ラビリスもいるし、無理をしてても行くぞ」
おかしい、絶対におかしいと今まで苦楽を共にしてきたメンバーは全員直感する。この男、焦るあまりに正常な判断ができなくなっている。しかも、ラビリスを都合の良いように使おうとしている時点で、いつもの悠ではない。
このまま進んだら絶対に危険だ。一度考え直すべきだと諭そうにも今の悠から発せられる有無を言わせない気迫に声を掛けられない。
「悠、落ち着いてっ!!」
すると、自ら勇気を出して絵里は行き急ぐ悠を諭すように、悠の両肩に勢いよく手を置いた。突然のことに目を見開いた隙を見て、絵里は悠の目を見据える。
「あなたが菜々子ちゃんのこともあって、理事長を助けるのに焦っているのは分かるわ。でも、それは私たちも一緒なの」
「…………」
「お願いだから、いつもの悠に戻って。あなたが機能しなかったら、理事長を助けるどころじゃなくなるわよっ!」
「………………」
絵里の必死の懇願に悠はまずかったと折れたのか、その言葉に深く頷いた。悠が落ち着いたことに、皆はホッと安堵した。証拠に先ほどまで悠から発せられていた気迫が薄らいでいる。これでいつも通りの悠に戻ってくれる。焦る気持ちは自分たちにもないわけではないが、ここは慎重に進んで行った方が良いだろう。
だが、この後絵里は内心もっと良い言葉を選べばよかったと悔やむことになる。こんな事実を突きつけるだけの説得では意味がない。もっと悠の心に寄り添えるような言葉を選べば良かったかもしれないと思ったが、それをひねり出せるほどの余裕はこの時はなかった。
ひと悶着あったものの、何とか活動を再開した。悠の機嫌に気を遣いながらも希のナビを頼りにこの一階周辺を調査する。
まず始めに辿り着いたのは食堂を模したような場所だった。まるで、某魔法映画に出てくる学食のような煌びやかさに思わず感嘆してしまった。すると、食堂の天から声が聞こえてきた。
『兄さんの料理が好きだった。私も兄さんのようになりたくて、料理を始めた。最初は微妙な顔をされたけど、段々嬉しそうに美味しいと言ってくれた。私はそれが嬉しかった』
どうやら、特定のエリアに辿り着くと雛乃の体験に基づいた記憶が聞こえてくるシステムらしい。だが、天の声が終わるとお約束と言わんばかりにシャドウが出現したので、驚きつつも戦闘を開始した。
ハプニング的な戦闘を終えて、次に辿り着いたのは釣り池だった。修道院の中に釣り池とは珍しいが、ここはテレビの世界なので、何でもアリなのかもしれない。すると、またも頭上から天の声が聞こえた。
『兄さんは釣りが好きだった。あまりの熱心さによく近所のお兄さんから煙たがれたけど、兄さんの隣で釣りに熱中する兄さんの横がを眺めるのが好きだった』
更に歩みを進めると、お次は学校の教室らしき場所についた。日本の昔ながらの木造やコンクリートではなく、石造りの教室だった。
『兄さんとは学校は違ったけど、途中まで一緒に登校したり、下校が一緒になったりした。些細なことだったけど、それでも私は兄さんに少しでも近くに居られるので、とても嬉しかった。あの日常はもう戻ってこない』
次はイタリアのコロッセオを思わせる闘技場らしき場所に辿り着いた。それほど大きさはなく、ただ訓練に使用するためのような規模のようだ。
『学生時代、いじめられていた時期がある。その時、私をいじめた人たちに立ち向かったのは兄さんだった。女子相手にはネコさんたちの力を借りないとダメだったけど、男子相手なら殴り合いになるのは当たり前で、酷い時は入院した時もあった。私は無茶する兄さんが心配だったが、それほど私を大切に想ってくれているのだと思うと、心が締め付けられた』
こうして、途中途中でシャドウに遭遇しながらもこのエリア内の一通りの施設を回った。一旦情報を整理するために、安全地帯である教会まで退却した。
「お母さん、本当に叔父さんのこと……好きだったんだね」
「ああ」
改めて、ここまでの流れから雛乃がどれほど家族を大事にしていたかが切実に伝わってきた気がする。雛乃の心象風景を表した世界と言えど、
「しかし、ここまで探しましたが……理事長は見つかりませんね」
「希、本当に見つからないの?」
「う~ん、ウチの捜索範囲内で隈なく探してるんやけど……反応があるのに、どこにいるのか正確な位置が掴めん」
「ええっ!?」
そう、あれから休まず隈なくこのエリアを捜索したが、雛乃はおろか犯人らしき姿も見当たらなかった。反応があるものの遭遇するのはシャドウだけ。
「それに、音ノ木坂の神隠しについての情報もなかったし」
「一体どうなってるんだろう?」
更に、この世界を見回っても今回の事件の手がかりになるものは掴めていない。まだ探しきれていない場所があることは否めないが、仮に雛乃が音ノ木坂の神隠しに関わっているのであれば、手がかり一つもないのはどこかおかしい。
もしかしたら雛乃は音ノ木坂の神隠しについて無関係であるかもしれない。出来ればそうであってほしいと願うばかりだ。
「叔母さんに、一体何があったんだ」
未だに行方が知れない雛乃。そして、その雛乃を攫った犯人。この世界のどこに潜んでいるのだろうか。
「……んんっ?」
「希ちゃん?」
すると、ナビに集中して一時だんまりしていた希が声を上げた。
「……反応があった」
「えっ?」
「多分ウチらが一通り調査したからかもしれへんけど、一か所だけおかしな反応がある所を見つけた」
「本当か!?」
「でも、理事長の反応と一緒に妙な反応もあるんよね。それも二つ」
これはもしやと勘の良いメンバーは察した。先ほどまで明瞭になってなかった反応がいきなりクリアにあるのはおかしい。まるで、こっちにおいでと誘っているようだった。だが、それでも行かなければならない。ここはあえて向こうの誘いに乗る形で、直接対決と行こうではないか。
「ここか……」
希のナビに導かれて辿り着いたのは大聖堂の地下だった。入り口は大聖堂のとある壁に巧妙に隠されていたので、希が捉えた反応がなければ見つけられなかっただろう。細心の注意を払いつつ進んでみると、地上の古風で趣のある雰囲気とは正反対のジメッとした薄暗い道が続いていた。
シャドウに不意を突かれる危険性もあって周囲を警戒しながら慎重に進む。いつまで続くのかという緊張感の中、光が差して辿り着いた先にはこれまた不思議な光景が広がっていた。一階までのヨーロッパの風景とは打って変わり、まるで時間が遡ったような神秘的な光景だった。
「あ、あれっ!」
穂乃果が指さした方向には祭壇があった。まるで神話によく登場するような古びた祭壇を見てると……
「叔母さんっ!!」
祭壇にはいつもの仕事服のままの雛乃が横たわっている姿を発見した。ここに辿り着く前に犯人に痛めつけられたのか、表情が辛そうで所々に傷が見受けられた。それを見るや否や悠は一目散に祭壇へと駆け出した。しかし、
「動くな」
祭壇に辿り着こうとなったその時、気配を感じなかった存在が祭壇に出現した。それは雛乃のこめかみに銀に光る何かを突きつける。
「そこから少しでも動いてみなさい。こいつの命はないわよ」
単純な脅し文句に乗せられた冷たさと殺意を感じ取ったのか、悠は思わず立ち止まる。同じく悠の後に続いていた穂乃果たちはおろか、ラビリスでさえ足を止めてしまった。
シャドウワーカーにて妹のアイギスから立て籠もりやハイジャックなどの対抗策は学んで実践してきた。見れば、祭壇にいるのはテロリストなどではなく、自分たちと同じ高校生くらいの少女2人なので、やろうと思えばこの場から抑え込むことは容易いのだが、この時は出来ないとラビリスの勘は言っていた。
そう思わせるほどの何かがあの少女たちから感じるのだ。だからラビリスと言えど、この状況では下手に動けない。完全な膠着状態だ。
「あ、アンタたちは……」
更に、祭壇にいた少女のたちの顔を目にした途端、にこの表情が動揺に染められていた。まるで、過去のトラウマを思い出したように身体をワナワナと震わせつつも、辛うじて言葉を発した。
「あさっち……みーぽ……」
「久しぶりだね、にこ」
「お前はまだその名前で呼ぶのね……」
対して、あさっち・みーぽと呼ばれた少女たちは震えるにことは対照的に愉快そうに笑った。だが、その瞳は憎しみと恨みが込められているように笑っていなかった。
この反応とやり取りにもしやと思った絵里は当たってほしくないと思いつつも、恐る恐るにこに尋ねた。
「にこ、この人たちはもしかして……」
「そうよ。こいつらは私が一年生の時にスクールアイドルを一緒にやったメンバー……柴田麻美と萩崎未歩よ」
祭壇の少女たちの正体に衝撃が走った。この少女たちがにことスクールアイドルを結成し、音ノ木坂の神隠しに遭ったとされて転校してしまった少女たち。
「どうして……」
「ん……?」
「どうして叔母さんをこの世界に攫ったんだ。お前たちは何がしたいんだ」
だが、悠は思わず祭壇でこちらを見下ろす麻美と未歩を精一杯睨みつけながら問いただした。だが、2人は悠の睨みに臆せず、それどころか余裕を持った不気味な笑みを浮かべた。
「決まってるじゃん。音ノ木坂に復讐するためだよ……」
To be continued.