PERSONA4 THE LOVELIVE 〜番長と歌の女神達〜 作:ぺるクマ!
長らくお待たせしてすみませんでした。本格的に就活が始まったので、ずっとエントリーシートやら面接やらで追われてて、中々執筆する時間が取れなかったです……。就職が決まるまで更新が遅れ気味になると思いますが、読んでくれたら幸いです。
改めて、誤字脱字報告して下さった方・お気に入り登録して下さった方々、本当にありがとうございます!今後ともこの作品を楽しんで頂けたら幸いです。
それでは本編をどうぞ!
<現実サイド>
「…………」
かなみは楽屋の一室でぼうっとしていた。外から大勢のスタッフが慌ただしく走り回っている音が聞こえる。その音は今のかなみには心地よく聞こえた。
「かなみさん、どうしたんですか?」
「へあっ?」
気が付いて見てみると、そこには心配そうにこちらを見るかなみと同じ衣装に身を包んだ雪穂の姿があった。それに続いて同じ格好をしている菜々子と亜里沙も同じ表情で見つめている。
「かなみん、どうしたの?」
「お腹でも痛いの?」
「い、いやいや! ちょっとぼうっとしてただけですよ。あはは……今日は絆フェス本番なんだからしっかりなきゃ」
そう、今日はついに絆フェスの当日なのだ。まだ自分たちの出番ではないし時間を持て余していたので、かなみは菜々子たちと一緒に歌詞や振りの確認をしたり雑談したりして過ごしていたのだが、ここ最近色々あり過ぎたせいかいつの間にか物思いにふけってしまったようだ。
「zzzzz……zzzzz」
一方、楽屋のテーブルではマネージャーの井上が椅子に座ったまま爆睡していた。
「井上さん、ねちゃってる。大丈夫かな?」
「いいんです。井上さんも忙しくて、疲れてるから」
落水がいない穴を埋める為に色々と仕事をこなした反動なのか、遠くから見てもハッキリする隈が出来ていた。色々と修羅場を潜ってきたようなので、今はゆっくり休んでもらおう。
しかし、何故絆フェスの楽屋に菜々子や雪穂たちがいるのか? そのことを知るには時を数日前まで遡る。
~数日前~
「全く……何でこうなってんだ」
絆フェスの取材を受けてから数日……タクラプロの楽屋で井上から雛乃と一緒に呼び出され、ある事情を聞かされた堂島は深いため息をついた。
「すみません、この前の特番とパスパレの番組で菜々子ちゃんたちの反響が大きくて……事務所の方がどうしてもという話になっちゃいまして、お願いしたんですけど」
「そりゃ分かってる。雛乃たちと一緒にご丁寧に説明を受けたからな。しかし、絆フェスとやらにまで出す理由にはならんだろうが」
「はは、申し訳ありません。ご協力頂いて本当に助かりますよ」
「良いんですよ。堂島さんはこう言ってますが、私は菜々子ちゃんたちがかなみちゃんと共演するのは元から賛成ですし」
「雛乃……お前はどの立場から言ってるんだよ」
そう、井上からの話とはなんと、菜々子と雪穂、亜里沙の3人がかなみと共に絆フェスで共演することになったいうことだった。あくまで“かなみんキッチン”としての出番の代わりで、大トリでの新曲発表での共演ではない。
どうやら先日行われたかなみとの取材と、同じ日に偶々受けたかなみと同じ事務所のアイドルグループPastel*Palletの番組【ぱすてる散歩】に3人が出演し、視聴者の意外な反響を得たらしい。しかも、ダンスの先生が予言した通り、その日のトレンドの1位にも入ったので、タクラプロもこれはいけると共演を決断するキッカケにもなった。
「いやっはー! 菜々子さんたちと一緒にステージです! テンション上がりますー!」
「わーい! 亜里沙も嬉しい!」
「菜々子もー!」
「はははは……」
堂島とは反対に共演が決まったことがかなり嬉しかったのか、かなみたちは嬉しさのあまりに“Victory!”と言わんばかりに両腕を上げて喜びを表現していた。
「かなみちゃん、最近色々あって元気がなかったもので。堂島さんや雛乃さん、特に菜々子ちゃんたちが一緒に居てくれたお陰でようやくいい顔をするようになりまして」
「まあ、菜々子も楽しそうだし、雛乃も良いじゃないかって言ってることだしな。別に止めはせんさ。だが、その前にひとつ、ここらでケリを付けなきゃならん話があるな」
その時、和気あいあいとした雰囲気が打って変わって、ブルッと震える冷たいものになった。発生源となっている堂島は鋭く、声色が刑事特有の厳しいものへとなっている。対峙する井上は一瞬たじろいでしまったものの、すぐに落ち着いた態度を戻した。
「……何でしょう?」
「ここじゃなんだ、外で話すか」
堂島は菜々子たちをチラッと見てそう言うと、井上を外へ促そうとする。この異様な空気に雪穂たちは困惑しているが、かなみは察していた。
堂島はここで井上にたまみたちのことを追求するつもりなのだ。未だにたまみたちの捜索願を出さないどころか、探そうともしない井上の態度にはかなみも思うことはあり、堂島が代わりに申し上げてくれそうなこの状況は絶好のチャンスだと言って良いだろう。だが、
「ま、待ってください! 堂島さん! 井上さん!」
それは違うと自分の直感が告げていた。2人が外へ行こうとしたとき、かなみは思わず声を上げた。呆気に取られる井上たちを他所に、かなみは井上に詰め寄って溜まりに溜まっていた感情を爆発させた。
「井上さん! 絆フェスのまで騒ぎになっちゃうのは分かります。分かりますけど……もう、そんなこと言ってる場合じゃないです! もうみんながいなくなって随分経つし、鳴上さんやりせ先輩たちだって……」
「えっ!? な、鳴上くんたちも……!」
井上は悠たちも失踪していることは初耳だったのか、そのことを聞いて初めて戸惑いを見せた。
「だから、急いでともっちたちの捜索願を出しましょう!! 井上さんがダメなら、私が自分で出しに行きますから!!」
その後、かなみの訴えを聞き終えた井上は考え込むように静かになった。数十秒後、井上は何か決心した顔つきでこう告げた。
「分かった、事務所の方には僕から掛け合ってみよう。それでもダメなら君じゃなくて、僕が捜索願を出しにいくよ」
「えっ……? だ、ダメです! 井上さんがそんな事したら……!」
「はは、僕は君のマネージャーだよ。君を守るのが僕の役目だ。今更って思われちゃうかもそれないけど、君は菜々子ちゃんと雪穂ちゃん、亜里沙ちゃんと一緒に絆フェスに集中してくれ」
「俺もこっちの知り合いに声を掛けて、なるべく大事にならんようにはしておくつもりだ。まあ……色々訊かれるかもしれんが、そこはどうしようもねえからな」
「いえ、助かりますよ」
先ほどの険悪な雰囲気が嘘のように穏やかな空気が流れ始める。雪穂と亜里沙は状況が呑み込めずに困惑している状態だったが、菜々子はきょとんしているものの何かを察しているようだった。
ある程度話がまとまったところで、井上は楽屋を出て行った。堂島も雛乃に何か伝えるとすぐに楽屋を出ようとしたが、かなみは慌てて呼び止めて堂島に改めてお礼を言った。
「堂島さん! ありがとうございました!」
「俺は何もしちゃいない。事を動かしたのは真下、お前だよ」
「い、いや~……私、人にあんなこと言ったことなかったですけど……凄い事言っちゃったなあ~」
改めて振り返ると、正直自分でもさっきの行動を取ったことには驚いていた。今まであんな風に必死になったこともないし、そんな自分があんな声を出せたことには本人ながらびっくりしてしまった。
「ま、人にものを伝えるってのは難しいもんだ。伝えることで、逆に向こうを傷つけちまう事だってある。言葉は刃物だっていう格言があるくらいだ。だが、伝えないことには何も始まらん」
「伝えないと……始まらない…………」
「そうよ。かなみちゃんは職業柄わかるかもしれないけど、歌やダンスにしろ、言葉にしろ、人にものを伝えるって難しいことなの。でも、一番大事なのはどんなに難しくても伝えようとする気持ちよ」
「…………」
堂島の言葉にかなみは何を思ったのか、まるで思い詰めるように黙ってしまった。今、確かに何かが脳裏をよぎった気がする。
「そうですよ……伝えるって難しい……だから、有羽子さんも……」
「ん? 何か言ったか?」
「へっ? い、いや……なんでもないですよ」
「そうか。なら真下、ちょっといいか?」
「は、はい! 何でしょうか?」
堂島はまだ話があるようだったので、かなみは堂島の手招きに応じた。
「……一応落水の事を改めて調べた。結論から言うと、アイツはシロだ」
「え……」
「事件を犯すヤツってのは、どんな細かい事でも大体周辺にその兆候がある。ヤツのアリバイ、タクラプロを辞めてからの経緯、交友関係、全て当たったが何も出やがらねえ。それどころか真面目そのものだ。どうやら奴さん、普段の態度とは裏腹に相当マメにお前たちに尽くしてるよ」
「そ、そうだったんですか……」
「もちろん、まだ仕掛けも分からねえのに証拠もへったくれもねえが、俺の見る限り、落水が今回の事件に絡んだ形跡は一切見当たらん」
きっぱりとした堂島のその言葉を聞いてかなみは安堵した。確信がなくても、堂島がそう言うだけでそうなのだろうという説得力があったからだ。
「それとここからが本題だ。落水を洗う過程で長田有羽子についてもう一度洗ってみたんだが……どうやらあの事件にはもう一人、姿を見せてねぇ“目撃者”がいるらしい」
「目撃者っ!?」
「こっちも当時の新聞や何やらを掘り返しただけで確証はねえが……タクラプロが差し出した第一発見者ってヤツの証言が、どうにも状況と一致しやがらねえ。こいつは俺の直感だが、あの事件にはまだ何か隠されている気がしてならん」
“見えない目撃者”・“まだ何か隠されている”。そのワードを聞いただけでもかなみの胸はざわついた。堂島は刑事という肩書が使えない以上あちこちの新聞社などを回ってやっと手に入れた情報だと付け加えたが、かなみはそんなことは変わらず堂島に詰め寄った。
「そ、その目撃者とは誰なのですか!?」
「落ち着け、それと声がデカい……菜々子たちが見てるだろ」
「あっ……すみません」
「今そのところはラビリスに洗ってもらってる。それに、例の虚脱症で入院してたやつらも次々と目を覚ましたという話だしな」
「へっ……?」
それは初耳だった。事件と関係しているであろう集団虚脱症の患者が目を覚まし始めたのなら、何か有益な情報を掴めるかもしれない。自分も同行したいとかなみは思ったが、堂島はそれを先読みしてこう言った。
「お前は目の前の仕事に集中してりゃいい。菜々子たちを頼むよ」
そう言って堂島はそこで雪穂と亜里沙と楽しそうに雑談している菜々子に目を向ける。そうだ、今は事件がどうのと言ってる場合じゃない。せっかく菜々子と雪穂、亜里沙との饗宴が決まったのに年上の自分がしっかりしなければ3人に不安を与えてしまう。
「分かりました! って、あああああああっ! もうレッスンの時間です! 菜々子さん・雪穂さん・亜里沙さん、早く行きましょう!」
決意したは良いもの、すでに時間はレッスン開始ギリギリ。早くもやってしまったかなみは3人の手を引っ張って楽屋を飛び出していった。その様子を見て、堂島はやれやれと溜息を吐いた。
「ったく、やっぱり近頃の若いもんとは合わねえな」
「そんなこと言ってたら、ダメですよ」
あの時のことを思い出して苦笑いしていると、ふと鞄の中にある携帯に目が行ってしまった。あれからまだ堂島からは連絡が来ていない。まだ捜査の途中なのだろう。
それにしてもここまで色々あったなと思う。あの後、レッスン中に倒れてしまい、菜々子や井上たちに多大な心配をかけてしまった。特に雛乃が一番気にかけてくれて、実の親のように心配してくれた時は思わず気恥ずかしくなったものだ。
思えば、ここまでやってこれた一番の影響は菜々子たちもそうだが、雛乃もかもしれない。事件のことで落ち込む自分にとても優しくしてくれたり、気分転換に教え子が経営しているというライブハウスで元気になる音楽を聴かせてもらったり、お世話になりっぱなしだ。
今までのことを思い返していると、寝ていた井上が薄っすらと目を開けた。
「あ……ああ…………ごめん、僕だけ寝ちゃってたみたいだね……ここのところ徹夜続きだったから……ふぁあ……」
「井上さん、おはようございます」
「おはようございます」
「もう少し寝てても良かったんですよ」
「あはは……でも、そう言う訳にはいかないよ。この絆フェスはそれなりにお客さんも集まってるし、失敗する訳にはいかない。まあ、落水さんがいないせいでこっちに書類仕事が回ってきちゃってるから……ふぁあ」
再び睡魔に襲われたのか、井上は思わず口に手を当てて欠伸をした。
井上はそれなりと言っているが、実際のところは絆フェスのチケットは完売御礼、メインステージである最近できた国立競技場は満席となるらしい。かなみにとっては今まで経験してきたステージとは比べ物にならない観客数だ。そんなイベントを取り仕切っていた総合プロデューサーの落水が失踪して、その分の仕事が突然降りかかってきたとなれば、井上といえどかなりの修羅場だったようだ。
「そう言えば4人のコーナー出演、やっぱり前評判良いみたいだよ。【女神と天使たちの共演】とか言われてるみたいだね」
「ふふ、当たり前です! 私は女神じゃないけど、菜々子さんや雪穂さん、亜里沙さんは絶対可愛いです!」
「菜々子かわいいの? うれしいー! ゆきほお姉ちゃんやありさお姉ちゃんとおなじくらい、かなみお姉ちゃんもかわいいよ」
「そんなことないですよ……」
菜々子たちにそんなことはないと言われてもいつになく覇気のない様子でそう言うかなみ。正直今の自分には自信を持てないのだ。もしかしたら、今までにないステージで緊張しているのかもしれない。
「それと、たまみちゃんたちの件、上の了解も取れたから。昨日、僕が警察に言って話をしてきたよ」
「ホントですか!? よくそんな簡単に……」
「簡単じゃなかったけどね。鳴上くんたちの事もあったし、堂島さんの話を立てに取らせてもらったよ。僕だって業界長いからね、色んな戦い方は身に着けてるつもりだよ」
聞く限りとても難しいことをやってのけたというのに平然とした風に宣う井上の笑みにかなみは慄いてしまった。伊達にりせのマネージャーを務めているだけのことはある。
「ただ……それが決まったことで彼女たちの絆フェスの演目はもうどうにもならなくなる。捜索願を出すのに、演目に彼女たちの名前が載ってるのはちょっといただけないからね」
「そう……ですね、そっか……たまみんたち、絆フェス出られなくなるのですね」
スタッフから話を聞くと、今回の絆フェスは前述したとおりの評判だが、お客の最大の目的は“かなみんキッチン”や“A-RISE”、それに芸能界に復帰する久慈川りせだった。故に、彼女らの不参加が発表された時はネットでかなり炎上したらしい。
自分の我儘のせいで井上にも絆フェス全体に迷惑をかけてしまったと思ってしまったが、井上はそんなことは気にしなくていいと付け加えてくれた。
「彼女たちがどれだけ絆フェスに賭けてたかも、僕は知ってるつもりだよ。だから、それだけは避けたいと思って、ここまで粘って見たんだけどね。でも、それは違った。かなみちゃんに言う通り、例え何でもなかったとしても、僕があの子たちに恨まれることになったとしても、最初からあの子たちの安全を優先するべきだったんだ」
「井上さん……」
井上の懺悔するような言葉にかなみは更に申し訳なく思ってしまった。その様子にまた余計なことをいってしまったと井上は慌てて謝罪すると、井上は何か思い出したように席を立った。
「ああ、ちょっと外すね。まだ溜まってた書類仕事が終わってなくて……あれ? しまったな」
「どうしたんですか?」
「いや、ど忘れしちゃったみたいでね。何だっけなあ……落水さんの番号……」
どうやら、書類仕事をする上で必要な暗証番号をど忘れして困っているようだった。その番号が分からないとまた仕事が滞ってしまうので、井上は何とか思いだそうと頭を振り絞る。すると、
「1324」
「えっ?」
「1324ですよね、落水さんの番号。忘れないですよ。ちゃんと意味があるから」
なんと、件の番号をかなみが知っていた。もしやと思って確認してみると、確かに番号はかなみが言った数字で合っていた。
「……あっ、1324だ。助かったよ。でも、かなみちゃん何でその番号を? その番号、
「へあっ?」
「ごめん、変な話しちゃったね。多分僕がかなみちゃんに話したんじゃないかな。それじゃあ、本番までゆっくりしててね」
井上は慌ててそう言うと、そそくさと楽屋を出て行った。しかし、残されたかなみの心情は晴れない。なぜその数字が突然浮かんだのか自分でも分からない。一体自分はどこで……
『フフフフフ……あなたは独りだよ……それが今に分かる…………』
「だ……だれっ!?」
「か、かなみさん……?」
「どうしたの……?」
「え……あ、あは~大丈夫です」
突然聞こえた不気味な声。かなみはびっくりして反応してしまった。しかし、雪穂たちには聞こえなかったのか、かなみの奇声に驚いている。今日は本番なのに、どこかおかしい。ちょっと顔でも洗ってこようと、かなみは菜々子たちに断りを入れてトイレへと向かった。
一方、他の場所では……
「良いか、どんな些細なことでも見逃すな。事態が動くのは今日であることを念頭に入れるんだ」
会場の裏側でスタッフたちが大勢行き来する最中、シャドウワーカーの美鶴は無線でそう各員に通達した。
ラビリスの進言により、美鶴たちシャドウワーカーは事件の方ではなく行方不明者たちの行方を追うことにした。もし黒幕が動くとしたら事の原因となっている絆フェス当日であると推測した美鶴は多数の部下をスタッフに紛れ込ませて会場に配備。特に、この絆フェスの大トリを務める真下かなみの近辺を徹底的にマークしている。
「(今のところ警備は万全だが、シャドウが絡む案件で有効かどうかは分からないな。それに、まさか堂島刑事の娘さんが真下かなみと共演することになるとは……どうにしろ、失敗は許されない)」
「美鶴さん!」
自分を呼ぶ声がしたので振り返ると、風花がこちらに向かってくるのが見えた。
「山岸、どうした?」
「鳴上くんたちの手がかりを掴みました! それに、あの集団虚脱症のことも!」
「えっ?」
トイレに向かっていたかなみは通りすがりの人物がそんな会話をしているのを偶々耳にしてしまった。自分が関わっている事件のことだったので、かなみは思わず足を止めてしまう。
「例の集団虚脱症のことが分かっただと?」
「はい。先ほど西木野さんの病院に言ってたラビリスから連絡があって……」
しかも、それだけでなく自分の知っている人物名まで出てきた。聞き捨てならない、そう思ったかなみはその人達に悪いと思いながらも物陰に隠れて聞き耳を続けた。
「聞き込みによるとこんな証言が出たらしいんです。“絆フェスのサイトで動画を見ていたら、リボンのような物が伸びて引き込まれた”。“真っ暗な場所に大勢でいて、気味の悪い歌に合わせて踊っていたのを覚えている”。“誰かがやってきて、ここにいてはいけないと思ったら病院で目が覚めた”と」
「なるほど。やはりその者たちはタルタロスのような場所に引き込まれたという訳か。それに、その誰かっていうのは鳴上たちの可能性が高いな」
その人物たちの会話はかなみにとってチンプンカンプンだった。この人達は一体何を言っているのだろうと思ったが、かなみは確信した。
この人達は自分が関わった事件を追っている。自分が堂島に語った信じがたい話を前提に話していることから、もしやこの人物たちが堂島の言っていた知り合いではないか。そして、悠たちが今どこで何をしているのかも知っているようだが、一体どういうことだろうか。
「それと、もう一つ。その例の動画なんですけど、専門家に解析してもらった結果、どういう仕組みなのか分からなかったようなんです。でも、先ほどの証言者でその動画に映る人影について気になることを言ってたようで」
「ああ、あの噂にあったものか。それがどうしたんだ?」
「その人たちが言うには、あの人影が真下かなみに見えたって言ってるんです」
「えっ……?」
告げられた証言を聞いたかなみはその瞬間、かなみの胸の中に動揺が広がった。バクバクと高鳴る鼓動に耐え切れなくなったかなみは思わずその場を離れた。気づけばかなみは元の楽屋に戻っていた。
「な、菜々子さんたちは……いない……トイレ……かな……」
楽屋には菜々子たちはいなかった。おそらくトイレに行ったのだろうが、今この場に彼女たちがいなくて正解だったかもしれない。おそらく今のかなみは今までにないくらい動揺しているだろうから。
しかし、今の話は一体全体どういうことだ。噂の動画に映っていた人影が自分……“真下かなみ”に見えた? 自分はただこの噂が関わる事件に巻き込まれただけなのに。
そして、追い打ちを掛けるように携帯の着信音が鳴り響いた。画面を開くと堂島からだった。
「もしもし……」
『真下……重大なことが分かった。そのまま話を聞いてくれ』
携帯から聞こえた堂島の声にかなみは思わず震えてしまった。何故なら、今の堂島の声はどこか取り調べでもするかのような重みのあるものだったからだ。
『例の噂に関する動画だが、ラビリスが聞いた話だと目を覚ました患者たちはその動画に映っていた人影がお前に見えたと言っていたらしい。すまないが、お前と長田有羽子の関係を調べさせてもらったよ』
「ゆ、有羽子さん……? な、何故ですか!? そんなの、あるわけないですよ!」
堂島の言うことにかなみは強く否定する。まるで嘘がバレた子供、もしくは嘘を見抜かれて狼狽する事件関係者のように。
「同じ事務所だし、名前くらいは知ってます! でもっ! 私がデビューしたのは、有羽子さんが亡くなってから何年も後だし……!」
『……事件の捜査記録を読んだ。例の知り合いに頼んでな』
「えっ?」
それは先ほど会ったあの女性たちのことだろうか。それを尋ねるよりも早く堂島は話を続けた。
『あの日、タクラプロでは新人の為のオーディションが行われていたそうだ。当時、第一発見者はその場にいたスタッフとされているが、やはり真っ赤な偽物だ』
「ど、どういうことですか?」
『マスコミ用の目くらましという訳だ。なんせ、本当の第一発見者がそのオーディションを受けに来てた当時10歳の未成年だったもんでな』
「み、未成年……」
『名前は……真下かなみ。お前だ』
瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃がかなみを襲った。突然押し付けられた事実にかなみは心をかき乱された。
「う……嘘よ、そんなの……嘘よ! だって私、有羽子さんなんて知らない!!」
『落ち着け、真下。勝手に調べられて突拍子もないことを言われて混乱するのも当然だ。本当にすまないと思っている。だが、もう少し話を聞いてくれ』
「…………」
『あの日、オーディションを受けに来ていたお前は、偶然憧れの長田を見つけてその後を追った。そして、長田の自殺を目撃し、その第一発見者になったんだ』
「だから……そんなわけないです……私は有羽子さんのことなんて……」
『知らないと言いたそうだが、お前がオーディションを受けたのは間違いなく長田の影響だ。当時孤独に悩んで打ちひしがれた時に長田有羽子の歌に支えてもらったとタクラプロに提出した書類に残っていたよ』
「う……そ……でも、私は何も……」
『ああ、覚えちゃいないだろうさ。お前は長田が自殺した現場を見たショックから、当時の記憶を全て自分の中に封印しちまったんだからな』
「……ッ!」
堂島が読んだ調書によると、事件の翌日にかなみは警察の事情聴取にも応じたらしいが、有羽子の死を目のあたりにして余程ショックだったのか、事情聴取の途中でショック症状を起こし、病院に搬送されたらしい。
かなみ自身、警察の事情聴取など受けたことがないし、あまつさえ病院に入院したことなど記憶はないと反論したが、当時の警察とその入院した病院に記録が残っているという。当時かなみの担当をしたという医師が偶々雛乃の知り合いだったので裏が取れたと堂島は言うが、かなみは再び反論する。
「しょ、証拠はっ!? だって私、有羽子さんと会ったことなんて……! その病院のことだって別のことでかもしれないじゃないですか!」
『……真下、最後に聞かせてくれ。お前がいつも大事そうに持っていた日記。あれは誰の日記だ』
「日記……まさか」
堂島の言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのは鞄の中にしまってあるハートの錠がかかった手帳だった。そのことが脳裏に過った途端、動悸が更に激しくなった。それに並行して冷や汗がポタポタと流れ出て息が苦しい。画面の向こうの堂島はそれに構わず淡々と話を進めた。
『当時、長田の所持品の中で本人が愛用していたにも関わらず、発見されなかったものが一つだけある。警察の現場検証でも見落とされていたらしいが』
「あれは……あれは私の日記です! 有羽子さんのものなんかじゃないっ!!」
これ以上聞きたくないと言わんばかりに、なりふり構わず怒声を上げるかなみ。だが、堂島はあくまで冷静に、まるで言い聞かせるように話を続ける。
『……真下、俺はただ話を聞きたいだけだ。当時の事でお前をどうこうするつもりはない。今会場に着いたから、お前はそこでジッとしていろ』
そう言って一方的に電話を切られたが、かなみはもう何が何だか分からなかった。自分が長田有羽子の事件の目撃者? 自分が有羽子に憧れていた? それに、自分の手帳が有羽子の遺品?
「そ、そんなワケ……ないですよ…………やだな~堂島さんってば……勘違いしてるんです…………そう、雛乃さんが言ってた……職業病だから……」
そうだ、そんな事あり得るはずがない。何も心配することはない。私はいつ通りだ。これから本番だというのに、これくらいで動揺してどうする。
そうだ、今すぐ鞄の手帳を開いて確かめてみればいいじゃないか。そうすれば全て勘違いだと分かって貰えるんだから。
件の日記を鞄から取り出し、ダイヤル式のハート型の鍵をゆっくりと開錠していく。その番号は
1324
「えっ……?」
カチャリと音を立てて開いた鍵にかなみは驚愕する。先ほど井上に言った1324はこの鍵の暗証番号でもあったのだ。しかし、この番号は落水が以前担当した者と決めたプライベートな番号だと言っていた。一体どういうことなのだろうかと考える暇もなく、かなみは鍵の開いた手帳を内容に目が行った。
「こ……これ…………」
日記の内容を目のあたりにしたかなみの鼓動が最高潮に達した。そして、確信した。
そうだ、堂島の言う通りだった。これは自分の手帳じゃない。これは……
『フフフ……ようやく気がついた?』
「へっ……」
再び聞こえる謎の声。その声に反応して鏡を見た途端、かなみは狼狽した。何故ならそこに映っていた自分の瞳は
金色になっていた。
To be continuded Next Scene.