終わってみればあっさりしたものだった。
不穏な騎士たちはナザリック・オールドガーダーに傷一つつけられず。
なすすべもなく全滅した。
その後現れた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに対して対応を決めるためにモモンガはユリ・アルファに伝言を繋ぎ続けたがナザリックの名前を出さないことと無用な交流を深めることを禁じた上でユリ・アルファに自由にさせたところ、法国なる国の特殊部隊と当たることになったが、それもさした難敵ではなかった。
ガゼフ曰く法国の精鋭であるという部隊もナザリック・オールドガーダーと本気を見せたユリ・アルファの前には木っ端の如くだった。
「警戒は必要だけれど、ひとまずはこの世界で強者と呼ばれる存在でもプレアデス程度で対処可能、みたいですね」
「そのようですね。ユリ・アルファは戦闘後引き揚げさせて直接聞き取りしましたけれど、脅威度は極めて低い、という事ですね」
「レベル上限が低いのか、それともレベリングがしにくい世界なのか……」
「ここはレベリングがしにくい、と思っておいた方がいいのではないかしら。ユグドラシル時代と違ってこの世界の人間に死に戻りはないでしょうから」
「ああ、ゲームじゃないですもんね……」
「それと、私の異形の母でレベル5分のブーストが掛かっていますからね。ユグドラシル基準だとかなりのアドバンテージです」
「確かに、確かに。そういえば俺もなんだかこっちに来てから調子がいいんですよね」
「異形の母の効果範囲が大幅に広がっている、というのは明るい情報ですね。プレアデスでも60台後半となれば相性次第では70台のプレイヤーとも戦えるという事ですから」
「ナザリックの防衛面でも最弱のスケルトンがこの世界の騎士レベル……無限POPのユニットが一戦力になるのは大きいですね」
「ですね、にしても」
「どうしました?」
「アヴェさんの膝?枕がこんなに気持ちいいのも異形の母の効果ですかね」
「ふふ、甘えたさんですか?モモンガさん」
「うぐ、それは……はい」
ここまでの会話は全てアヴェの長大な蛇の下半身がとぐろを巻かなければはみ出してしまうにしても、二人で並んで眠れる超キングサイズのベッドでモモンガがアヴェの蛇部分の上に寝転がって行っている。
モモンガの髪一本無い白骨の頭を愛おし気に撫で、鎖骨をさするアヴェ。
そんな状態にモモンガは無上の安心感を覚えているのだ。
今のモモンガはローブを脱ぎ、体に一体化しているワールドアイテム「ももんが玉」のみの姿だ。
閨を共にしている状態と言っていいだろう。
「それにしても」
瞳を閉じているかのようにモモンガの虚ろな眼窩に灯る炎が消える。
「変な世界ですよね。ただの物として持つ分には剣も持てるのに……」
「モモンガさんも私も振るといつの間にか落としてるんですよねぇ」
アヴェがモモンガのとがったあご骨をさする。
その心地よさにモモンガは思わず頭をアヴェの身体にこすりつける。
「そういえばアヴェさんは飲食できるんですよね」
「ええ、指輪の力があるので趣味程度ですけど」
「じゃあナザリックの食事ってどうですか?俺にはわからない部分なんですけど」
「んー、そうですねー。私もそんなに食事の経験が豊富というわけではないですが……」
「ふむふむ」
「あちらの世界の合成食料にあるような不要な苦みや素っ気なさがなくて、旨味、というんでしょうか。それがあふれていてとても美味しいですよ」
「そっかー。いいなー。俺もスケルトン以外の種族にしておけばよかったかも」
「そういえば同じアンデッドでもシャルティアの様な吸血鬼には味覚があるみたいなんですよね。なんでなのかしら」
「ああ、それは吸血するからじゃないですか?舌自体もありますし」
「うーん。そのあたりの違いなんですかね。確かに舌がないと味は解らないですよねぇ」
「……アヴェさん。俺に遠慮して飲食しないなんてしなくていいですからね」
「ふふ、結構楽しんでますよ私。スパ・ナザリックも気持ちよかったですし」
「え!いつのまに!?」
「モモンガさんが戻ってきたユリ・アルファに声を掛けている間にちょっと……少し臭い始めてた気がしたので」
「あ、あー。アヴェさんは生身ですものね。匂い、匂いかぁ」
「良い匂いでしょう?スパ・ナザリックの柑橘系のフレグランスの石鹸やシャンプーを使いましたから」
「あー……いや嗅ぎませんよ!?」
「嗅いでもいいんですよ?」
「うあ……誘惑しないでくださいよ」
「ふふ」
一度、会話が途切れる。
そしてモモンガの身体を六本の腕がそれぞれ撫でる。
しばらくなすがままになっていたモモンガは口を開く。
「アヴェさん。実は……」
「はい、なんですか?」
「ユリ・アルファでこの世界の強者と渡り合えるなら上位道具創造で鎧兜を作って冒険したいなぁって」
「……?戦士職として行くんですか?」
「実はユグドラシル時代にちょっと戦士職にも憧れはあったんですよね。それ以上に魔法詠唱者ロールしたかっただけで」
「なるほど。ですけどそれは早計ではないですか?」
「というと?」
「もし他にプレイヤーがいて、敵対的な行動をして来た時に戦士ロールしてるのは隙になってしまうのでは、と」
「それは……確かに」
「ですので階層守護者やプレアデスから人型のお供を選出して大魔法詠唱者として冒険してはどうですか?」
「んー……それが安定なんですかね」
「あともう一つ」
「はい、なんでしょう」
「もし階層守護者を連れて行くならワールドアイテム対策にワールドアイテムの持ち出しを許してあげてください」
「え、それはもし盗賊系スキルで盗まれたら……ってそれはないか。問題はPKされた場合、ですね」
「なるべく戦闘系に寄与しないワールドアイテムを装備させるしかないですね。この世界での効果が不明な強欲と無欲とか……」
「でもそこまでする必要あります?」
「強力なNPCを離反させるようなワールドアイテムを他のプレイヤーが持っていたらどうします?プレアデスレベルなら鎮圧は楽ですけど、階層守護者級になるとやっかいですよ」
「それは……確かに。実質プレイヤー戦力は俺とアヴェさんだけだから……」
「そもそも、この世界ではNPCではなくプレイヤーも洗脳できる能力に変わっていたら……」
「な!そんな無茶苦茶あるわけない!」
「そういう無茶苦茶をするのがワールドアイテムでしょう?油断は駄目ですよモモンガさん」
「!!……いや、アヴェさんのいう通りですね。考慮すべき事象です」
がばりと身を起こそうとして不意に冷静さを取り戻したように動きを止めたモモンガの頭蓋骨をアヴェは撫でる。
そして言い聞かせるように囁く。
「ナザリックから出ない私にはワールドアイテムの効果は考えなくていいと思いますよ」
「そう、そうですね。アヴェさん、出しませんよ」
「はい、おとなしくまたモモンガさんのお話を聞かせてもらいます」
「……実をいうとアルベドの報告を聞くたびに思ってたんですよね」
「何をですか?」
「未知の世界に関する話をアヴェさんにするのは、俺がしたい、って」
「あら、まぁ……嬉しい事を言ってくれますね。モモンガさんったら」
そんな二人の元に近郊の都市エ・ランテルにシャドウ・デーモンを送り込んでいたアルベドが死の軍勢の発動を感知した報告を入れてくるのは、後しばらく後の事。