モモンガとアヴェの二人は第一から第四階層をシャルティアに先導されて移動する間、各階層に配置された自動湧きの低レベルNPCが尽くひれ伏すのを見た。
その崇拝の様はどこか二人に据わりの悪い思いをさせ。
第五階層でシャルティアが出した先触れの吸血鬼の花嫁によって二人の階層通過を知って、出迎えたコキュートスの態度によってそれは最高潮に達した。
「オオ!栄エアル、アインズ・ウール・ゴウンヲ象徴スル尊キ御夫婦ノ来訪ヲ受ケテ、コノコキュートス万感ノ想イデゴザイマス!」
元から寒冷耐性を有するモモンガは元より、氷結牢獄の極寒から課金によってスロットを拡張した指輪で耐性を得ていたアヴェも震えが走った。
なに、シャルティアもそうだったけどなんでこのNPC達はこんなに好感度マックスなの?
設定担当のタブラ・スマラグディナ達の基本ラインには一部の例外を除き、アインズ・ウール・ゴウンへの忠誠は書き込まれていたはずだが。
それでもコレは度を越している。
何が、彼ら元NPCを駆り立てるのか。
その未知が二人を我知らず震えさせた。
どうしてそう想うのかといえば鈍く蒼い光を放つ二足歩行の蟻と蟷螂をまぜたような甲虫で、四本腕の武人染みた性格のコキュートスが平伏しているからだ。
これは確実にただの忠誠ではありえない。
「あ、あのなコキュートス。そんなに腰を低くしなくていいぞ?」
「イエ、御方々ノ前ニテ平伏スルノニハ未ダ不足カト。ココは五体投地ヲ持ッテ……」
「コ、コキュートス。そこまでする必要はありません。貴方は仮にも武人なのですから、そう易々と体をなげうつような事はしてはいけません」
「ムゥ……モモンガ様ト、アヴェ様ガソウ仰ルノデアリマスレバ」
「解ってくれたか……さ、立ってコキュートス。武人建御雷さんもお前のそんな姿は望んでいないはずだよ」
「ハッ!勿体無キ御言葉ニゴザイマス!」
そこまで言われてコキュートスはようやく立ち上がった。
しかしその全身から発せられる尊崇の念は衰えない。
「ねぇモモンガさん。私どうにかなりそうです。なんというかその、手厚すぎて」
「あ、実は俺も沈静化が……」
忠誠度マックスのコキュートスを前に二人はこそこそと言葉を交わす。
そんなモモンガとアヴェを他所にシャルティアがコキュートスに声を掛ける。
「それでは確かに至高の御方お二人のナザリック視察の警護、お願いしんした」
「承知。第六階層マデハコノコキュートス、シカトオ送リスル」
「お頼みするでありんすよ。モモンガ様は強大で頼もしい方でありんすが、アヴェ様はすこうし、ね?」
「ソレ以上ハ不敬ダ」
「でも事実でありんしょう?警護、しっかりお願いするでありんすよ」
「ソレモ含メテ承知シテイル。心配無用ダ。デハモモンガ様、アヴェ様。参リマショウ」
「あ、うん。頼むよコキュートス」
「お願いしますねコキュートス。この美しくも厳しい階層を見せてください」
「ハッ!」
ここでシャルティアは下がり、供回りの吸血鬼の花嫁達も本来の守護領域である第一から第三階層に戻って行く。
そしてコキュートス配下の雪女郎が吸血鬼の花嫁達がいた位置につき、コキュートスが先導する。
先導する傍ら、少しでも至高の存在の言葉を戴きたい、というのが本音だろうが。
コキュートスは敢えて夫婦の会話には口を挟まず警護に徹する。
「うーん。もしかしてアウラやマーレ、デミウルゴスもこの調子なのかな?」
「それは……気疲れしてしまいそうですね」
アヴェの言葉にクワッと眼を見開くことは出来ないが、コキュートスは顎をガチリとうちならして氷結した世界で尚周囲を白く染める凍結の吐息を吐く。
「アヴェ様ガ気疲レトハ!コノコキュートス、何カ粗相ヲ!?」
「あ、いや、そうではないんだけれど」
「コキュートス、俺やシャルティアと違ってアヴェさんは精神作用無効のスキルがない。その為傅かれればどうしても疲れが貯まるのだ。それに、アヴェさんはカンストプレイヤーとはいえ種族レベルだけでそれを賄っているため、本来職業を修得する事で得られるステータス的な恩恵も薄い。だからまぁ、その、あまり気を使いすぎるな。彼女にはその方が気が楽だ」
「そうそう!もっとフレンドリーにしてくれた方が私は気楽ですね!」
「ムゥ……至高ノ御方ノ御命令トアラバ……イヤシカシ不敬デハ……」
安全を自負する自己の階層内だからか、コキュートスはモモンガに言われた言葉を丸みを帯びた胸甲の中で反芻する。
至高の御方の統括者であるモモンガの配偶者であるアヴェにも当然礼は尽くすべきである。
だがそれが負担になるといわれれば、納得してしまうほどに彼女はか弱い。
故にどのような節度を持って接するのが最適なのか、彼らNPCは考えずにいられない。
そして第六階層に到着しても尚、その答えはでることはなかった。
「ようこそモモンガ様!アヴェ様!この第六階層へ!」
「え、えと、ようこそいらっしゃいました。お二方にその、最高のおもてなしをさせていただきますぅ」
第六階層円形劇場にて、コキュートスから双子の第六階層守護者スーツを着た少女アウラ・ベラ・フィオーラとブレザーの制服……ただしスカートの……を着た少年マーレ・ベロ・フィオーレが出迎える。
コキュートスが先触れの雪女郎に「あまり過分な配下を引き連れてアヴェ様のご負担にならないように」という伝言によって。
彼女達姉弟が連れている下僕はドラゴン・キン数体に留まっている。
「あ、ああ。出迎えありがとうな。アウラ、マーレ」
「闘技場に来るのも久しぶり……私は基本的にパーティーにいるだけ、戦場では隅っこで死なないようにするのがお仕事だったし、ギルド内での模擬戦にも縁遠かったから」
「アヴェ様は仕方ありませんよ!それに……なんだか急に力が湧いてきたんですけど、それがアヴェ様のお力だってわかるんです!」
「え?」
「今まで至高の御方々のみが受けられた母神の寵愛、ですっけ。レベルを押し上げるスキルの効果を感じるんです」
「あの、だから、創造主であるぶくぶく茶釜様達が感じていた力を僕達も感じているんだと思うと……えへへ。嬉しいんです」
「そう、そうなの……それは私も嬉しいわ」
「ありがとうございます!やっぱりアヴェ様はお優しいですね。我々ナザリックの母で在らせられるお方に相応しいお心の持ち主だと思います!」
「ふむ。母神の寵愛の効果がお前たちにも?」
「はい。なんとなく力がみなぎって、これはアヴェ様のお力だなーっていうのがわかるんです」
「ふむ……」
「なんだか与えている実感は無いのだけれど、私なんかが貴方達に何かを与えられるなら嬉しいですね」
「そんな!私なんかなんて至高の御方にあるまじきお言葉です!」
「そ、そうですよ。アヴェ様はそのお力を誇ってください」
無邪気そうに笑うアウラと、頬を染めて悦ぶマーレ。
ソレを見ながらモモンガは考える。
母神の寵愛とは件の上限を超えてレベル五分のステータス補正を与えるスキルの事だ。
コレは本来ギルドメンバーと異形種にのみ与えられる恩恵だったが。
今この双子の姉弟は異形種ではない亜人種であるのにそれを感じているという。
どうやら、ゲーム時代のスキルは存在するが微妙に効果が変わっている場合もあると心に留めなければならないな、とモモンガは心に刻む。
「それでは参りましょう、御二方。第七階層、溶岩へ!」
「きっとデミウルゴスさんも喜び……」
「モモンガ様!アヴェ様!突然いらっしゃらなくなられて……!とうとう最後のお二人が私どもを捨てたのかと思いました!」
「あれ?アルベド!?」
「あ、あれれ、デミウルゴスさんまで」
「アルベドと並び勝手な判断で持ち場を離れた事、深く陳謝いたします。しかしアルベドが御二方の消失を感じ取り第九階層のメイド達は大混乱。今はメイド長のペストーニャがなんとか抑えていますが……至急、お戻りになられますよう。どうか、どうか」
円形劇場に現れた一対の角と黒い翼を供えた黒髪のお淑やかそうな美女アルベドと、蛇腹のような尻尾がはえた東洋系サラリーマンといった出で立ちの眼鏡の青年デミウルゴスが、跪いて二人に願い出る。
ソレを受けた二人は内心のんびり、というよりどんな状態にあるか解らない守護者達とは個別に、味方であると思えるものを傍に置きながら会いたかったのを外されて不安を覚える。
しかし。
「モモンガ様、アヴェ様。なにとぞ……」
「伏して、お願い申し挙げます」
コレまでの階層守護者のようにひれ伏すアルベドとデミウルゴスを見て思った。
少し軽率だったかもしれない、と。