その日はコキュートスとナーベラル・ガンマの定期報告の日だった。
普段は竜王国に出向きビーストマン狩りで外貨を稼いでいるコキュートスの安否確認と、報酬の現物を受け取り労働環境などを聞くための場だ。
玉座の間で並んで座るモモンガとアヴェの目の前で二人は跪いている。
「コキュートス、御方々ノオ呼ビニヨリマカリ越シマシテゴザイマス」
「ナーベラル・ガンマ、御前失礼いたします」
「うん。二人とも楽にしてくれていい」
「ハッ」
「有難き幸せです」
モモンガの声に、足元を崩し膝をつく蹲踞のような姿勢になるコキュートス。
楽にしていいと言われ礼を言いながらもメイドとしての礼の姿を崩さないナーベラル・ガンマ。
モモンガとアヴェは少し堅苦しいな、と思いつつこの二人らしいとも思い微笑む。
モモンガの微笑は顔が骨なため解らないが。
「さて……竜王国では最初は苦労したようだけれど、その後はどうかしら?」
「当初ハ異形種ト言ウ事デ戦線ニ参加スル事スラ危ブマレマシタガ、彼ノ国ハ少シデモ強力ナ味方足リエルナラバ選ンデイラレナイト言ウ状況カラカ今ハスッカリ我々モ重要ナ戦力扱イトシテ女王ノ指名デビーストマンノ国トノ国境巡回ヲ依頼サレルホドノ信頼度ヲ得テオリマス」
「なるほど、そういえばプレイヤーに繋がる情報があるという伝言を昨日送ってきたよね」
「それに関しては実際に相対したコキュートス様からお聞きください」
「うん。話してくれるかなコキュートス」
「ハイ。実ハ、ツアーヲ名乗ル鎧ダケノ戦士ガ私達ニ「君達はプレイヤーなのか?」ト尋ネテ来タノデス」
「ふむ。コキュートスはそれになんと?」
「正直、ソノ様ナ問イカケヲサレル想定ガ無カッタノデ、思ワズ正直ニ「ナザリック地下大墳墓ノ偉大ナル至高ノ御方々ニ仕エル者ダ」ト答エテシマイマシタ」
「なるほど、少なくともナザリックの存在がプレイヤーの存在を知る何者かに伝わった、か」
モモンガの呟くような言葉を正確に拾ったのか、恐縮に身を震わせながらコキュートスが大きく氷の吐息を吐く。
そして跪いていた身体を土下座の様な姿勢に変えて願い出た。
「モモンガ様、プレイヤーニ関ワル者ヘノナザリックノ存在ノ伝達ナドノ不手際ハ私ノ罪デゴザイマス。ナーベラルニハ累ヲ及ボス事無キヨウオ願イ致シマス」
「コキュートス様!?お、お待ちくださいモモンガ様!コキュートス様の対応が不手際ならば同じ場所に居て止めなかった私にも過失があります!なにとぞ私めにも罰を!」
「ナーベラル、良イノダ。オ前ハ変ワル事無キ忠誠ヲ御方々ニ……」
なにやら一気に愁嘆場になってしまったが、モモンガがその空気を打ち払う。
「落ち着くんだコキュートス。俺はまだ我々の存在が伝わったことがいいとも悪いともいっていないぞ」
「ハッ。失礼致シマシタ」
「取り乱しましたこと、申し訳ありません」
「ああ、それは良いよ。二人の仲がいいのは解ったからね。それで、ナザリックの事をプレイヤーに知られた件だけれど。悪い事ばかりではないと思う。コキュートス、対象はナザリックという言葉に嫌悪感を示したりはしたのかな?」
「ソノ様ナ事アレバ我ガ刀ノ錆ニシテイル所デゴザイマス」
それがナザリックの下僕として当然、と言わんばかりに再び氷の吐息をもらすコキュートスに、続けてモモンガは言い聞かせる。
「切り捨て御免という概念は俺のナザリックにはないからね?少なくとも、明確に敵対していない相手には。それにしてもそうか、ナザリックに不快感を持たない者なら交渉の余地はあるね」
「交渉でございますか?モモンガ様、お言葉ではありますが一方的にプレイヤーか聞いてきて、世界を穢すものかどうか聞いてくるような相手と交渉が可能でしょうか?」
「落ち着きなさいナーベラル。逆に言えば相手が性急に確認を取ろうとした世界を穢す……それがどのような行為を示すかは不明だけれど、その点以外では交渉の余地があるということだと思うわ」
「その通り。元々、コキュートスとナーベラルを外に出しているのだって、リ・エスティーゼでプレイヤー級の強さを持つ蒼の薔薇の一人を合法的に招くために現金を求めただけだからね。我々ナザリックは責められない限り世界を浸食しようなどとは思わない。そう知ってくれる存在が増えるのは良い事だ」
「デハモモンガ様。次ニツアーナル者ト相対シタ時ハ……」
「うん。ナザリックは地下にある拠点であり支配するプレイヤーはその中で穏やかに暮らすことを願っている旨を伝えてほしい」
「承知イタシマシタ、至高ノ御方」
「ナーベラルもいいね?」
「はっ。モモンガ様の御言葉とあれば」
揃って跪き直したコキュートスとナーベラルが頭を下げ、了解の意を示したのに満足してモモンガが頷く。
そこで、アヴェが再び差し込むように会話に入る。
「ねえあなた。プレイヤーを知る存在がコキュートスに接触を図ったという事はコキュートスの知名度が高まった、という事。スレイン法国の異形種への見方を考えるとワールドアイテムを持たせて耐性を持たせた方が良いかもしれません」
「む。それは確かに……うん、じゃあコキュートス。後ほど君には幾億の刃を預ける。そのアイテムは奪われないように気を配る事、また、スレイン法国に潜り込ませているハンゾウの内数体を周囲につける。PKを仕掛けてくる存在が居たらそれらや雪女郎を壁にしてでもなんとしてでも情報を持ち帰る様に。それから、ツアーなる者が再び接触を持ってきたらナーベラルに伝言を入れさせるように、間接的にでも話がしたい」
「御下命承リマシタ」
「ナーベラル、ワールドアイテムは十一しかないために君には持たせられないので洗脳に気を付ける事。だが万が一洗脳されたらどんな手段を使ってでも取り戻すつもりなのは知っておいてほしい」
「慈悲深いお言葉ありがとうございます、モモンガ様」
「ああ、ところで……一先ず十分な外貨は稼げたと思う。コキュートス、ナーベラル、竜王国での任務は楽しいかい?」
「正直下等生物に囲まれる状況には辟易していますが……」
「モモンガ様、オ言葉デハゴザイマスガ。私ハ階層守護者ト言ウ護ル者トシテ竜王国ノ戦士達ニ共感ヲ覚エテオリマス。オ許シ頂ケルナラ、引キ続キ彼ノ国デビーストマンカラ竜王国ト言ウ『領域』ヲ護リタク存ジマス」
「……コキュートス……様、貴方のそういう所だけは理解しがたいですね」
「コレハ武人トシテノ思イダ。メイドデアルナーベラルニハ、少シバカリ解ランダロウ」
「はあ……というわけで私も解らないなりにコキュートス様をお助けしたいです」
「ふっ、はっはっは、そうか、そうか。では気が済むまで竜王国で活躍してくることを許可する。だが君達の家はここ、ナザリックだという事を忘れないでおくれよ」
「ハッ、ソレハ勿論デゴザイマス!」
「私共下僕にはナザリック以外に家はなく、他に還る場所はございません。必ず、帰ってまいります」
「うん。よろしい。では竜王国に戻ると良い。シャルティアに命じてゲートを開かせよう。行ってらっしゃい。二人とも」
「二人ともプレイヤーには気を付けていってくるのですよ。ご武運を」
「有難キオ言葉。デハ行ッテ参リマス」
「この身には過分なお言葉でございます。必ずやコキュートス様を助けてまいります」
そう言って、退出の許可が出されるとコキュートスとナーベラルが下がると玉座の間に沈黙が戻った。
だが、その沈黙をアヴェが破る。
「ふふ」
「どうしたんですか?アヴェさん」
「最後の方でちらりとナーベラルがコキュートスを呼び捨てにしそうになって思い出したのですけれど。弐式炎雷さんと武人建御雷さんは仲が良かったですよね」
「あ、あぁー。あれってそういう。もしかしてあの二人プライベートだと結構仲がいいんですかね?謁見の時はある程度一線を引いてるというか、弁えてる態度しか見せてくれませんけど」
「今度聞いてみます?」
「弐式炎雷さんと武人建御雷さんみたいに侍忍者談義してるかどうかとか、ですか?はは、それは面白そうですね」
「ふふ、侍や忍者談義に限らず東洋武器に関するお話も良くしてましたよね、あのお二人は」
「ですねー。でもナーベラルに武器系の知識って設定として入ってるのかなぁ……?あの二人の会話がどんどん気になってきましたよ」
「どうなんでしょうね?私もあの二人のプライベートな会話、気になります」
「でもまぁ……そこまで俺達が踏み込んだら悪いかもしれませんね」
「そうですね……ああ、永久の謎になってしまうんでしょうか」
「偶然に期待、ですね」
その後、再び去って行ったギルメン達の昔話に話を咲かせる二人であった。
ツアーなる謎の存在については、アルベドとデミウルゴスにも相談しておこう、と心の片隅に刻んで。