その日、モモンガの私室にはアルベド、デミウルゴス、ソリュシャン、エントマが集められていた。
皆一様にモモンガとアヴェの前で楚々としているが、ソリュシャンとエントマは呼び出された理由がいまいち解らずそれぞれに考えを巡らせている様子を見せる。
だがアルベドとデミウルゴスは高速で思考を回しながらもそれを表に出すことはない。
このあたりが知略謀略に優れると、そうあれと作られたナザリックの知能班と、純粋な玉座の間の前の遅滞戦闘を行うために作られた戦闘メイドの違いだろう。
そして、四人四色の思考を別に、一般メイドに飾り立てられたゆったりとした衣装を着こんだモモンガが口火を切る。
「実は俺が心配していることがあるんだ。それが何か集まってくれた皆には解るかな?」
「申し訳ありませんモモンガ様。卑小なる下僕の身には御身の崇高なお考えは推察しがたく……」
「御言葉ながら私も戦闘メイドと共に呼ばれて新たな外部へのアクションかと考えて居りましたところ、モモンガ様に心配事があると言われて困惑している所でございます」
「私も思慮が及ばず……申し訳ありませんモモンガ様」
「わ、私もぉ……何がなんだかわかりませぇん……」
モモンガの言葉に改めて困惑を新たにする一堂に、ワンクッション置くようにモモンガの横でとぐろを巻いているアヴェが声を発する。
「実はね、モモンガさんが皆の設定……例えばデミウルゴスは人間の苦しむところが好きよね」
「はっ、僭越ながら自らの愚かさに自滅していく惨めな姿は愉悦を感じる物であります」
「アルベドも形は違えど人間を翻弄するのは好きよね?」
「はい。一応は……と今は付け加えさせていただきますが。この世界には破滅させて楽しそうな人間が少ない……いえ、皆無ですので」
「あー、これはアヴェさんに言われるとソリュシャンが委縮する可能性があるので俺からいうが、無垢な人間……赤子を体内で弄べなくて辛い、ということはないかな?」
「それは……確かに無垢なるものの叫びは悦楽ですが、至高の御方々が止めよと命じられるならば喜んで我欲を封じます」
「そう……これはソリュシャンと似た質問になってしまうのだけれど、エントマはグリーンビスケットとゴキ……恐怖公の眷属だけで食べるものに不満はない?」
「私はぁ、基本的に人肉が一番の好物というだけで雑食ですのでぇ。嗜好品の一つが食べられないだけで至高の御方々を困らせるなんて考えることもできませぇん」
「ふむ。なるほどね。ではもう少し突っ込んだ話を聞くがそれらに関して封じられている現状にストレスはないかな?これは正直に言って欲しい」
「欲求不満、という点では考える所があります。ですけれど私の食指を動かす男が居ないのは至高の御方々ではなく世界が悪いのです」
「私も知的ゲームを楽しみたいという欲求があることは否定致しませんが、それを不満と思う不忠は犯していないと断言できます」
「デミウルゴス様に同じく、不満だとは思いませんわ」
「私もぉ、グリーンクッキー美味しいですぅ」
口々に不満はないと述べる面々の顔を見回してから、モモンガは顎骨に手を添えて問いかける。
「実はこうあるべしと作られた皆が行動を制限されて不自由な気持ちを味わっていないか気になっていたんだ。皆は不満はないと言ってくれるけど、やはり圧力を感じているのはたしかなようだ。だから」
モモンガが言葉を区切ったことで集められた四名の身体が強張る。
まるでその顔色は断罪を告げられるのを待つ囚人のようだ。
もちろん、顔を擬態で覆っているエントマを除いて、だが。
「だからせめてそんな皆の心を安らがせるアイテムを与えるべきかな、と思ったんだよね」
その言葉に今度は別な意味でアルベド、デミウルゴス、ソリュシャン、エントマが身を固くする。
なぜなら至高の御方からの恩寵など身に余る光栄だからだ。
「そ、それはあまりに至高の御方々に対して我々が不敬というものですモモンガ様!」
「そうです、それでは周囲から対価がなければ御方々に忠誠を示せない存在だと喧伝するようなものです!」
「アルベド様とデミウルゴス様の仰る通りです。我々一同至高の御方々に見返りなど求めません」
「お仕えさせていただくことがぁ、最高のご褒美なんですぅ。モモンガ様の御手とおみ足の手入れとアヴェ様の鱗の手入れという光栄な仕事だけでも恐れ多いのにぃ、下賜品なんてとてもいただけませぇん」
四者四様の否定の声……特にデミウルゴスの言葉に、モモンガもアヴェもそういう見られ方がNPC間にもあるのか、と衝撃を受ける。
「困りましたねモモンガさん。これじゃあ無理やりにでもプレゼントを受け取ってもらうのは難しくなりましたよ」
「うーん。同僚からどうみられるかかぁ、これは俺達が気づいてあげなきゃいけない事でしたね」
「では……ブラック企業っぽくてアレなんですけど、集まってくれた皆の気がまぎれる様にさらに仕事を用意するのはどうでしょう?」
「あ、それいいですね。よし、アルベド、デミウルゴス」
「はっ!」
「なんなりとお申し付けください!」
モモンガの呼びかけに跪いて応える二人に、モモンガから命令が下る。
「どのような些事でもいいからソリュシャンとエントマに俺とアヴェさんに関する仕事を話し合って作り出す様に。一般メイドの皆の仕事を奪う事のないように気を付ける事、できるかな?」
「は、モモンガ様のご命令とあれば」
「何もない所に何かを作り出すのは我々の得意とするところであります」
「うん。じゃあ頼むよ。それと、アルベドとデミウルゴスの二人には人間を弄ぶ以外の何らかの業務を増やす権限を与えよう。自分たちがナザリックに貢献していると実感できる仕事を作ってほしい。これなら周囲から仕事をより任される信頼された存在として認知されて、気を紛らわすこともできて一石二鳥だよね」
「有難いお言葉です、モモンガ様」
「はっ。より粉骨砕身の心づもりで仕事にあたらせていただきます」
「私どものような下僕に対してのお心遣い、真にありがとうございます」
「ありがとうございますぅ。えへへ、人間食べられるよりずっとずっと嬉しいですぅ」
「ふふふ、それは良かったわね、エントマ」
「はいぃ」
キチキチ、とエントマが擬態の下の本来の顎を噛み鳴らす音がわずかに漏れる。
だが今それを咎める者はいない。
アルベドだってわずかに腰のあたりに生えた翼をぱたつかせているし、デミウルゴスも今後の仕事の発案に対しての期待感から何度も眼鏡の位置を調整している。
ソリュシャンだって与えられる仕事への期待感に降りては体内に戻るロールヘアの循環速度を上げているのだ。
「うん。それじゃ以上だよ。皆下がってくれて構わない」
「今日は皆の正直な気持ちを聞けて嬉しかったわ。また私たちの方で気付いたことが在ったら下僕の皆に相談しますから、よろしくね」
「「「「は!」」」」
モモンガとアヴェの部屋から下がって歩きながらアルベド、デミウルゴス、ソリュシャン、エントマが少しの雑談をする。
「アルベド様、デミウルゴス様。どうか至高の御方々に関するお仕事の件。よろしくお願いいたしますわ」
「よろしくお願いしますぅ」
「ええ、デミウルゴスと協議の上で最適な仕事を見繕うわ。でも、ねぇデミウルゴス」
「解りました。私から説明しますよ統括殿。モモンガ様とアヴェ様は『君達』に仕事を与える様に仰っていたが実質はプレアデス全員に対する新規業務の発生という事になると思うね。君たちも姉妹と溝ができるのは避けたいだろう?」
「それは当然。仕事の独占ができないのは残念ですけれど、仕事を受けられないのが我が身であると考えれば受け入れざるをえませんわ」
「はいぃ、承知しましたぁ。デミウルゴス様ぁ」
「それでは私とデミウルゴスはさっそく協議にはいるからこれで失礼するわね」
「そういう訳です。失礼しますよ、お二人とも」
「はい。承知しました」
「はぁい。お疲れ様ですぅ」
アルベドとデミウルゴスは二人でアルベドの私室に向けて足を向ける。
ここでソリュシャンとエントマはプレアデスの務めとして玉座の間の前に控えに行く。
「ねえデミウルゴス」
「はい、なんですか?」
「他の守護者達に妬まれない程度の、至高の御方々に関われる仕事の設定はかなり難しいと思うの」
「そうでしょうねぇ。皆、至高の御方々にわずかでも忠誠を捧げる機会を狙っているのですから」
「だからゆっくり、お話ししましょう?ね」
「やれやれ、ほどほどにね、アルベド」
こうしてアルベドとデミウルゴスは第九階層に用意されたアルベドの私室に二人連れで入っていて、ゆっくりと、話をするのであった。