こんなんでいいのかという脱力系の代物ですが。
豪奢な装飾の施された室内に据え置かれた執務机の上に奇妙な仮面が並べられている。
それはほとんどが怒りの様な何かを顕した奇妙な装飾の物だったが、三個ほどだろうか、明らかに他に並べられた怒りの仮面とは違う、笑顔を模した白が主色彩になっている仮面が置かれている。
これらを眺めて感慨に浸っているモモンガの居る部屋に、プレアデスの奉仕である鱗の手入れを受け終わったアヴェが入ってくる。
「あ……モモンガさん、それまだもってたんですね」
「ああ、アヴェさん。はい、これもユグドラシルの想い出の内だと思うとなんとなく残しちゃってるんですよ」
「懐かしいですね。嫉妬マスクと嫉妬を受けるべき者達の仮面」
「ですね。初めて嫉妬を受けるべき者達の仮面を受け取った時は何事かと思いましたけど」
「運営の無駄な繊細さには逆に怒りすら覚えましたよね。ふふふ。結婚システムで婚姻するまではすぐ傍に異性プレイヤーが居ても嫉妬マスクがそれぞれに配布されてたのに。婚姻してからはしっかりこういうアイテムを個別配布するんですから」
「でも今となっては良い思い出ですよね。アヴェさんはさすがに処分しちゃいましたか?」
「嫉妬マスクはさすがに……嫉妬を受けるべき者達の仮面は変なデザインでも大事な思い出だからとってありますけど」
ほら、と言いながらアヴェはモモンガに教えてもらった通りにインベントリを操作して三枚の白いマスクを取り出して見せる。
モモンガとお揃いの白いマスク、よく見るとその額には通し番号が振って在り、その数字がモモンガと同じで末尾のα・βが対になる様に変わっている。
「デザイン的には五十歩百歩なのによく女性のアヴェさんが取ってありましたね」
「それはほら、あれです。運営からの結婚記念品みたいな……そういえばゲーム時代の結婚記念日にはナザリックのBARで飲みましたね」
「ああ、やりましたね。リアルで会えないしせめて雰囲気だけでもって食堂の料理長NPCにケーキの材料渡して作ってもらって、BARで飲みながらケーキを食べる。今はもうできないんだなぁ」
「不思議ですよね。ゲーム時代は骨だけでも食事Bufもらえたのに今は食べられないなんて」
「そして残念です……アヴェさんがたまに部屋に持って来るビスケットとか凄く良い匂いがするんですもん」
「私も残念ですよ。モモンガさんと美味しい食事……一緒に食べたかったです……」
執務机の前で仮面の群れからアヴェに視線を動かしていたモモンガの視界が青白い肌で埋まる。
六連装双丘の下、人間本来なら臍があるであろう位置に顔を埋められて、包み込まれてモモンガを沈静化が襲う。
未だにスキンシップ過多なアヴェのこういった行動は時折モモンガの羞恥心を強く煽る。
「あああ、アヴェさん!はしたないですよ!」
「あ、はい……でも本当に残念なんですよ、一緒にご飯……家族っぽいのに」
珍しく子供っぽい事を言うアヴェ。
そんな彼女の身体を引き下ろして顔と顔が向かい合う高さにしてモモンガは邪念なく正面から抱き締めて背中をぽん、ぽんと叩く。
「アヴェさんって家族らしさに拘りますよね。どうしたんですか?」
「だって、私もモモンガさんも長い事独り暮らしで、やっとささやかにユグドラシル内でささやかに夫婦ごっこができるようになって、今は本当の家族、夫婦として触れ合えるのに……」
「あー。アヴェさん。一緒に食事が取れない以外では俺達結構夫婦してると思うんですけど。それじゃダメですか?」
「うう、下手に他の部分ができる分食事っていう小さな幸福の共有ができないのが悔しいんですよぅ」
「ああ、こうやって触れ合えるから余計見たいな……じゃ、じゃあアヴェさん」
「はい?」
「む……息子に会いにいきますか?」
特大級に歯切れ悪く、言いたくないなーという雰囲気でモモンガが口火を切る。
それに対して一瞬はてな?という顔をしたアヴェだったがすぐに得心したのかモモンガの抱擁から離れて目を合わせて問う。
「あ、もしかしてパンドラズ・アクターですか?」
「そ、そう。その通りです。そういえばあいつにも俺とアヴェさんの婚姻は常識として擦り込まれているのかとか、嫉妬マスクを宝物殿に仕舞い込みにいくのとか、アヴェさんの家族らしさの実感の為に行きませんか?」
「行きます行きます!いやぁ、十の指輪の中の一つが毒無効で良かったです。心置きなく宝物殿にいけますからね」
「そこらへんはアインズ・ウール・ゴウンでは標準装備でしたねぇ……」
「……アヴァターラは観に行きますか?」
「いえ、今回はそこまでは。まだいなくなった皆さんのよすがを偲ぶには早いでしょう」
「では、行きましょうか。あー……とシクススよ。もし我々が不在の間階層守護者などが部屋を訪ねてきたら第十階層の宝物殿に行っていると託けておいてくれ」
「はい。畏まりましたモモンガ様」
モモンガの息子、といって差し支えないモモンガ謹製のNPCに顔を合わせに行くという事実に心を躍らせ、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移する。
モモンガ本人も実はガリガリと内心羞恥心に正気を削られながら、なんとか自分たちが急に自室から居なくなる事態を空気のように部屋になじんでいた一般メイドに託けて後を追ってすぐに転移する。
転移先での視界が開くと蛇の下半身をうにょろうにょろさせつつ六本の腕を突き合わせて指先を遊ばせているアヴェの姿がモモンガの視界に入った。
「そんなに楽しみですか?パンドラズ・アクターと会うの」
若干げっそりした声のモモンガに対してアヴェは楽しみに頬をテカテカさせていそうな明るい声で答える。
「だってモモンガさんの子供ですよ?母親になるからにはきちんと挨拶しないと」
「あー、きちんと挨拶できるかについては俺の方に心配が……うう、ユグドラシル時代にアヴェさんと二人で設定を変更しておくんだった……」
「あの、モモンガさん?なんでそんなにパンドラズ・アクターと会うのが嫌そうなんですか?」
「…病なんですよ」
「え?」
「厨二病なんですよ!俺の黒歴史ノートの体現者!それがパンドラズ・アクターなんです!うっ……ふぅ……なんということだ、アヴェさんに視られると思うと何度も沈静化が発動する……」
「厨二病、ですか。そ、それいったらナザリック自体が割と皆の……」
「やめて!なんでアヴェさんはNPC作ってないんですかぁ!」
「それは拠点のNPC作成上限が……モモンガさんだって知ってますよね!?」
「アヴェさんのー後ろ暗い所みってみったいー……くくく」
「モモンガさん、キャラ崩壊してますから。落ち着いてください。ね?息を吸ってー、吐いてー」
「すー……はー……いや、すみません。ほんと俺にとってはキャラ崩壊するくらい恥ずかしい相手なんですよ。絶対に笑わないでくださいね?」
「それは勿論。笑いませんよ」
「ならいいんです……さて、ここでコントしてても仕方ないので進みましょうか」
「はい。行きましょう」
宝物殿の劇毒の空中を二人はふわりとモモンガの集団化飛行で進んで行く。
その合間にもよくこんなに金銀財宝集めましたよね、とか。
ユグドラシルの自由度ってやっぱりすごかったですよね、なんていう雑談を交わす二人。
そして宝物殿の武器庫などに通じる暗黒の扉の前で降り立つ。
「えーと、確かここのパスは……うーん。ヒントヒント。『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』……ふむふむ。このラテン語はタブラさんだなー。本当に凝り性なんだから」
愚痴のようにも聞こえる言葉を嬉しそうに言いながら、ナザリックのギミックのパスワードの秘密の質問的なリアクションとして現れたラテン語を、モモンガは記憶をたどって日本語(異世界に転移して何語でしゃべっているかという疑問はあるが)で読み下して無事に扉の鍵を開く。
「この武器庫、久しぶりに来ましたけどやっぱり宝物殿は圧巻だわ。ゲーム時代も凄かったけど、リアルになると……ね」
「そうですねぇ、金貨にうずもれた何気ない品物もリアルになると「あ、なんかすごそう」っていうの解りますもん」
「学がない私達でも解る凄さですからね。相当ですよ」
「一応俺達小卒でも世間的にはエリートなんですけどね」
「でも工芸品の知識とか富裕層の物じゃないですか。実際私宝物殿の宝『すごい、きれい、すごい、すごい』くらいしか解りませんよ」
「あはは、俺もそんな感じですねー。ユグドラシル的に言えばそんな価値のあるものじゃないはずなんですけど、リアルは凄いですね」
そんな話をしながら武器庫を抜けると、応接室のような空間にでる。
そしてそこにはそこにいないはずのタブラ・スマラグディナの姿があった。
「パンドラズ・アクター、そういう心臓に悪いジョークはいいから」
「え、あれパンドラズ・アクターなんですか?私が知ってるのと姿が違う……」
「あれ?パンドラズ・アクターそのものは見たことあるんですかアヴェさん」
「あ、それは」
二人が言葉を交わしているとタブラ・スマラグディナの形態をとっていたパンドラズ・アクターが、つるりとした埴輪の様な顔の上に軍帽を乗せてぬらりとした丸みのある異形の手を覗かせる軍服に覆われた体を姿勢よく整えて敬礼する。
「これはこれはモモンガ様、アヴェ様!お二人でご来場とは何かありましたでしょうか?アヴェ様一人ならよくモモンガ様の狩りの様子を良くお話しにきてくださっておりましたが!」
「あ、ああー!言わないでパンドラズ・アクター!」
「おや、なぜですか?我が創造主と!義母にあたる立場の貴方様がわたくしに気を掛けていただいていたのは無上の幸福の記憶であります!」
「……あ、あー。アヴェさん。俺が狩りしてる間はずっとナザリックに缶詰でしたもんね。暇つぶしは必要ですよ……」
「う、うぅー。モモンガさんの優しさが辛い……!」
「はて?なぜお義母様はそのように苦しんでおいでなのか……ああ!何も察せない我が身の不明が心を苛む!!」
オペラの演者のように全身で哀しみ、苦しみを表わすパンドラズ・アクター。
だがその卵の様な顔と演技過剰が笑劇のような様相を呈している。
「パ、パンドラズ・アクター。お前が演技過剰なのは俺の設定だけどその、なんだ、観てると恥ずかしくなるからなるべく抑えて、ね?」
「パンドラズ・アクター私からもお願い。一方的に義理の息子に夫ののろけ話をしていたのは私達だけの秘密にしてね……」
「hum……解りませんが解りました!さて、今日のご用向きはなんでしょうモモンガ様、アヴェ様!」
「う、うん……この嫉妬マスクシリーズと嫉妬されるべきもの仮面を宝物殿の適当なところに収めてもらいたいんだ」
「これは……ただのマスクのようですが?」
「思い出の品なんだ。目立たなくてもいいからいい感じの所に頼むよ」
「は!そういう事でしたらお任せください!この!晴れがましいナザリック地下宝物殿のもっとも!相応しい場所に据えてごらんにいれます!」
「あ、ああ、頼んだよ。アヴェさん。行きましょう」
「ううー。パンドラズ・アクターのバカ……」
「まぁそう気を落とさずに……あいつそのものを作った俺もかなり恥ずかしいんですから」
「じゃ、じゃあ私がどんな話をパンドラズ・アクターにしてたか聞くとか無しですよ?絶対ですよ?」
「あっ、はい……」
「我が創造主とその奥様の仲の良き事美しきかな!また折りをみて不肖の身に顔をお見せください!マジック・アイテムの手入れもいいですが、時折は誰かに語りたいものですから!」
さらりと語られたのはパンドラズ・アクターも孤独であった、という事。
それはそうだ、この第十階層である宝物殿は他の階層から隔絶されていて、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければ出入りすることすらできない場所なのだ。
「……」
「モモンガさん」
「……パンドラズ・アクター」
「は!何事でございましょうかモモンガ様!」
「お前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを与える」
「モモンガ様!よろしいのですか!?」
「お前はマジック・アイテムを愛好するように作成したがその愛を他の者に語りたいこともあるだろ?節度を持って語る分には宝物殿を一時退去して雑談することを許すよ。ただナザリック防衛時には即座に戻ってもらわないとならないけど」
「おお!モモンガ様!わたくしはその寛大なお言葉だけで満足!でございます!」
「そうか。話がなくても偶には俺かアヴェさんに顔を見せる様にな。何せお前は俺の子供、アヴェさんにとっても義息子なんだから」
「そうですね。パンドラズ・アクター。何か面白いマジック・アイテムがあったら話を聞かせてね」
「はぁぁぁい!光栄でございます!アヴェ様!」
「さて、それでは今度こそ行きましょうかアヴェさん。またねパンドラズ・アクター」
「はい。ではまた、楽しいお話の機会、待っていますわ。パンドラズ・アクター」
「は!一時のお別れでございます!モモンガ様!アヴェ様!」
こうして異世界転移後初の宝物殿探訪は終わった。
宝物殿の片隅には、八枚の赤いマスクと六枚の白いマスクがその後飾られたのは知る人ぞ知る事実である。
だがちょっとした恥ずかしい想い出が込められているのは三人の秘密である。