モモンガさんと異形の母   作:belgdol

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番外編:星の下で

「アヴェさん。星を観に行きませんか?」

「ナザリックの地表に上がるという事ならワールドアイテムを装備したらすぐにでも」

「いえ、以前俺が守護者達とフロストドラゴン狩りにいったじゃないですか」

「あ、ありましたね。なんだかクアゴアっていう奉仕種族とフロストドラゴンが予想以上に弱くてがっかりしたって」

「確かにあれはがっかりものでした……って、そうじゃなくて。あの時に狩りにいった山がアゼルリシア山脈っていうらしいんですが」

「はい」

 

 玉座のひじ掛けに掛けた手を、開いたり閉じたりしながらモモンガはアヴェを見つめる。

 その熾火の様な炎の瞳はその時の情景を思い出したのかひときわ強く輝き、アヴェに注がれる。

 

「星が、綺麗なんですよ。キラキラと光る天然のイルミネーションみたいな星が今にも空から零れ落ちそうな大きさで見えて。多分ナザリックに詰めてるアヴェさんにはいい気分転換になるんじゃないかなぁって」

「なんだモモンガさん、デートのお誘いじゃないですか。そういう事なら喜んで」

「う、うん。デート。デートですねちょっとしたリスクはあり、守護者にはちょっとした負担をしてもらうことになりますが……行きませんか?」

 

 答えはでているのに、どこか自信なさげに聞くモモンガにアヴェはくすくす微笑みながら並んだ玉座越しにもたれかかる。

 

「喜んでといってるじゃないですか、あなた」

「いや、うん、守護者達に負担が掛かるっていうとアヴェさんは、遠慮しちゃうかなって思ったんですけど」

「私もナザリックに詰めてばかりだと、いくら快適でも気分転換がしたくなりますから。モモンガさん、気を使って頂いてありがとうございます。有難くデート、ご一緒させていただきます」

「あ、いや実際は階層守護者の……アウラとシャルティアあたりかな!それと八肢の暗殺者なんかも同行しますし、俺も現地で集眼の屍とかだして色々おまけがついちゃうというか。二人きりにはなれないんですけど……」

「そういうことならナザリック内でも同じですよ。常に一人は一般メイドかプレアデスを傍に置いてるわけですし」

「……」

「どうしました?モモンガさん」

 

 モモンガが自分にしなだれかかる六本腕の下半身蛇の美女の顔を見ながらなにやら黙り込んでいるのをみて、つん、つんと頬骨をつつくアヴェに。

 ハッと我に返りながらモモンガが正直なところを語る。

 

「いや、女の人ってこういう時二人っきりじゃなきゃいや!とか言う物だと大図書館にある本に……」

「いやですよモモンガさん。さすがにそこまで空気の読めない女にはなれませんって」

「そ、そうですか?」

「だってモモンガさんが階層守護者を付けてくれるのも、スキル消費して集眼の屍を出してくれるのも私の安全を思っての事でしょう?そんな旦那様に文句をつけるなんてできませんよ」

「……アヴェさん、解ってくれますか」

「嫌でもわかりますよ。そもそもナザリックから殆ど私が出ないのもレベル百でも強さは中の下くらいの私の安全の為なんですから」

 

 解っていますよ、という風にローブ越しに頭蓋骨を撫でられるモモンガの胸中をもしアヴェが普通の強ビルドなら、というものが過る。

 単体戦闘力的にユグドラシルで下の下ということはフロストドラゴンの成体くらいとは渡り合えると思うのだが、不安は消せない。

 種族デルピュネー・パイア・キマイラ・スキュラ・ヒュドラーなどの種族レベルを合計八十五以上重ねることで特殊種族エキドナが解放され、それを修得している。

 その能力の一端としてPT内の異形種プレイヤーのステータスをレベル五分強化する異形の母が含まれるわけだが、その他のスキルは取得した種族に準じる再生能力Ⅱや突進などといった弱い物ばかり。

 さすがにLv百分の前衛寄り後衛程度のステータスは持っているが、強力な職業補正のないそれはユグドラシル時代にはなんとも頼りないものだった。

 そのイメージからどうしてもアヴェを表にだせないのだ。

 もし死に戻りがあるとして、ナザリックに戻るならいい。

 死亡後すぐなら蘇生の短杖だって惜しみなく使う。

 だがもし、死に戻りがナザリック外に設定されていて万が一その先でアヴェが成すすべもなく殺され続けるなど、可能性を考えるだけでモモンガの肉のない背筋に怖気と怒りが這いずり回る。

 もし蘇生の短杖での蘇生が上手くいかなかったら。

 もし、もし、もし。

 モモンガの頭蓋の中を悪い予感のもしが埋め尽くす。

 思わず玉座に座ったまま前かがみになり、じんわりとした沈静化されることのない恐怖に包まれるモモンガ。

 その体はカタカタと震えていただろうか、だがそんな身体を包み込む柔らかく優しい感触。

 

「大丈夫……大丈夫ですよ……あなたが、ナザリックの皆が私を守ってくれる……だから私は大丈夫なんです」

「ああ、アヴェさん……そうですよね。大丈夫ですよね」

「はい、大丈夫なんです」

 

 モモンガと顔を合わせて美しく微笑むアヴェの顔に、モモンガの背筋を這っていた怒りと恐怖が消え去る。

 

「ああ、そう。星を見にいく話でしたよね」

「そうです。いつごろにします?」

「アルベドとデミウルゴスに調整を付けてもらって……一週間後くらいですかね」

「ふふ、じゃあアルベドとデミウルゴスの説得はモモンガさんにお任せしましょうか」

「ええ!?手伝ってくださいよアヴェさん」

「そんな難しくないと思いますよ?私とモモンガさんが望んで、それを完璧に行える作戦の立案を頼めば喜んで仕事をしてくれるかと。ちょっと愚図るかもしれませんが、それはあくまでモモンガさんの反応を見るため、ですかね。なんだかんだいって守護者の皆は私達の希望に最大限応えてくれるわけですから」

「そっかぁ……じゃあアルベドとデミウルゴスには悪いけど、ちょっとわがままを聞いてもらおうかなぁ」

「二人とも、モモンガさんに頼られて悪い気はしないと思いますよ。NPCはそういうものっぽいですから」

「じゃあ、ちょっと甘えてきます。アヴェさんは吉報を待ってください」

「はい。いってらっしゃいあなた」

 

 そうと決まれば、という気持ちが先行しているのか、指輪での転移や伝言ではなく自分の足を使おうとするモモンガをアヴェは笑顔で見送る。

 ここで転移すればとか、伝言で呼びつければ、という言葉でモモンガのやる気に水をさすのは野暮という物だろう……。

 

 

 

 

 そして有能なしもべ達の手に拠って、ぽんぽんぽんと予定が決まり深夜のアゼルリシア山脈。

 アヴェだけでなく以前に来ているはずのアウラも、改めて感嘆の声をあげ、悔しいけれど第六階層の星空にも劣らない、とナザリックの者としては最大限の賛辞を星空に奉げる。

 

「うわーやっぱり凄い!ブループラネット様がお造りになった円形劇場の星空も綺麗だけど、ここまで範囲が広いと光の強さや配置の妙ではナザリックに負けるけどなー、雄大さでは匹敵するものがあるよ!」

「こらチビ助。今回私達はオマケなんだから静かにするでありんす」

「ん、そうだね。珍しいじゃん、シャルティアがモモンガ様の近侍をしてる時に大人しいなんて」

「だって……あんなの見せつけられたら大人しくするしかないじゃない……ううー!モモンガ様ー!私にもそのお慈悲の一端をー!」

「はは、諦めるわけじゃないのがシャルティアの凄い所だよね」

「そ、そうでありんすか?まぁ私は大人の女でありんすから」

 

 姦しくシャルティアとアウラがやり合っているのをよそに、珍しくアヴェがモモンガの膝枕でぼんやりと星空を見上げ、宙に手を伸ばす。

 

「すごい……まるで星が降りてきそう……」

「どうですかアヴェさん。ずっとこの光景をアヴェさんにも見せたかったんですよ」

「モモンガさん、初めてこの世界に来た時の星空を覚えてますか?」

「ん?ああ。綺麗でしたね……スモッグに覆われてない空があんなに綺麗だとは思いもしませんでした」

「今見ているこの天然の宝石箱はそれ以上に綺麗で……なんだか泣けてきますね。」

 

 アヴェのその言葉を聞きつけたのか、アウラが提案する。

 

「アヴェ様が欲しがるなら私達で星空も取ってきますよ!是非お命じください!」

 

 命令が与えられることに対して期待があるのか、アウラはその青と緑の瞳をキラキラ輝かせている。

 シャルティアもいつでも命に応えられるように控えている。

 

「それはとても魅力的ね……でもこの星空は私達で独占してはいけないの。この星空は世界の物、ね、モモンガさん」

「そうですね……俺達の手に収まるのはナザリック地下大墳墓くらい。いや、くらいなんていったらいなくなった皆に悪いな。ナザリック地下大墳墓が大きすぎて、俺の手に余るのはそのくらい。世界なんて望まないよ。アウラ」

「そういう事でしたらこれ以上は私からは何もいいませんモモンガ様。御心のままに」

「チビ助と同じく。私はモモンガ様の忠実な下僕でありんす!」

「ははは、心強いな」

「ふふ、そうですね」

 

 モモンガとアヴェ、二人で笑いあい、しばらくするとアヴェはモモンガの大腿骨の上に頭を乗せて瞳を閉じる。

 

「モモンガさん。今晩は星の下で、モモンガさんに甘えて眠っていいですか?」

「いいですよ、アヴェさん。おやすみなさい」

「ふふ……いつも甘えているようなものだけれど、こうやって具体的に甘えているととても気持ちいい……おやすみなさい。モモンガさん」

 

 星の光が降る中で、モモンガの膝でアヴェは眠る。

 その寝顔は普段の慈愛に満ちた異形の母の顔とは違い、非常にあどけないものだった。


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