「モモンガさん。モモンガさん」
「はいはい、モモンガです。どうしましたアヴェさん」
「プレアデスの中にも格差があると思いませんか?」
「えーと、そうですか?皆重要な……重要……ルプスレギナとか完全に游兵化してますね」
「でしょう?食人生態で食いしん坊なエントマや、敵に捕獲されるとナザリックのギミックが丸裸になる可能性のあるシズはともかく。ルプスレギナなんてかなり暇してるんじゃないかと」
「うーん。ナーベラルは竜王国で働いてナザリックに貢献してますからねー。そういう意味では忠誠心が行き過ぎてる彼女達には負担がかかっているかもしれません」
「そこで、です」
「はいはい」
「適当な役職を作ろうと思います」
「適当な役職、ですか?」
「ええ、鱗の手入れ係とか、別に任せなくてもいいんだけどひとまず仕事をしているという実感を持ってもらう仕事です」
「ああー、なるほど。NPC達の忠誠心は高いから、俺達に関することなら些細な事でも重要な案件を任されてるとおもってくれるかもしれませんね」
「そこで鱗の手入れ係です」
「なるほど。ナイスアイディアですよアヴェさん」
「何他人事みたいな顔してるんですかモモンガさん。もちろんモモンガさんにも手足の骨のお手入れ係ということでエントマを付けますよ」
「え゛っ、そういう方向に行きます?」
「行きます。満足感を与えてあげることも親の務めでしょう」
「はあ、それもそうか。わかりました。その案飲みましょう。あ、でも」
「なんでしょうか」
「ユリとソリュシャンはどうします?」
「ああ、あの二人には今度は帝国方面に行ってもらいましょう」
「帝国方面ですか?なにをさせるんです?」
「カッツェ平原という場所が古戦場だからか何故か年中霧が掛かっていてアンデッドが湧くみたいなんですよね。死の螺旋が関係しているのかどうか……ナザリックでは検証できませんから。そのあたりの調査をお願いしようかなと」
「ふむ。あの二人なら万が一、人と遭遇しても人間の振りをし切ることができますからね」
「後は、スレイン法国が森でなにやらしていたという話」
「ああー、あれですね。シャドウデーモンが最後の意地で伝言で知らせてくれたあの件……確かにそちらの調査も必要ですね。よし。ちょっとユリとソリュシャンには忙しく立ち回ってもらいましょう」
カチリ、と骨の指を鳴らすとモモンガはさっそくアルベド、デミウルゴス、セバスなどの各方面の責任者に伝言を飛ばし始める。
それが一段落した様子を見せると、アヴェはさらにモモンガに告げる。
「ちなみに、これはあくまでテスト……彼女たちに受けがいいようならナザリック待機中のプレアデスの持ち回りにしようと思います」
「はぁー、娘みたいな子達に骨の手入れをされるっていいのかなー」
「よろしいんじゃないでしょうか?肩を揉んでもらうようなものですわ。スキンシップスキンシップ」
「んー、ですね。じゃあやってみましょうか」
というわけで
【モモンガさんの手足のお手入れ:ルプスレギナ・ベータの場合】
「失礼いたしますモモンガ様。ルプスレギナ・ベータ。御身のお手入れの為に参上いたしました」
「ああ、頼むよルプスレギナ」
楚々とした挙措で入室したルプスレギナ・ベータの前にどっしりと椅子に腰かけ、肘あてに手を投げ出し、グリーブを脱いだ足をさらけ出すモモンガ。
「おっほ……」
「おっほ……?なんだいルプスレギナ」
「な、なんでもないっ……ありませんモモンガ様。早速お手入れを始めさせていただきます」
「うん。お願いね」
こうしてルプスレギナ・ベータのモモンガの手足の骨磨きが始まったのだが、どうも雰囲気がおかしい。
具体的に言うとルプスレギナ・ベータが時々よだれを垂らしそうになる。
奉仕されているモモンガからはそれは見えないのだが、傍に控えるアヴェの眼からは一目瞭然であった。
「ねぇルプスレギナ」
「はい」
「モモンガさんは美味しそう?」
「はっ!いいえその様な事は……」
「いいのよ。ここは正直な感想を聞かせて頂戴」
「で、では……正直取ってこいと投げられたらまっしぐらに駆けだしそうなくらいには……」
「ぷっ、ふふふ、あははは!聴きましたモモンガさん。ルプスレギナにはモモンガさんは美味しく見えるようですよ」
「え?参ったなぁ。さすがに可愛いルプスレギナの頼みでも体の骨はあげられないなー」
「も、申し訳ありません!この不敬は腹を切って……!」
褐色の肌を蒼白に染めて人狼としての爪を伸ばし腹に向けるルプスレギナをモモンガとアヴェは慌てて止める。
「いやいや、良いからね?おいしそうだなーと思っても実行に移さないでくれればいいから!不敬とか考えなくていいから!」
「そうですよ。私も夫が美味しそうだと評価されるのは……正直可笑しくて笑ってしまいますが、そんなに悪い気はしませんからね」
「は、はい!ありがたきおことばです!」
「じゃあ手入れの続きをしてもらおうかな」
「誠心誠意努めさせていただきます!」
その後二十分ほどかけて手入れを終わらせたルプスレギナ・ベータはお淑やかに退出して行ったのだが……。
「エンちゃん!エンちゃん聞くっすよ!モモンガ様とアヴェ様はチョー優しいっす!モモンガ様の骨が美味しそうっていっても笑って許してくれたっすよ!」
「そうなのぉ?良かったわねぇ」
「やっぱりモモンガ様とアヴェ様こそあたしらの支配者っすよー、その貫禄に私蕩けちゃうッス」
……
「ねえ、アヴェさん」
「はい。モモンガさん」
「ルプスレギナには意外とこの部屋の扉は薄いってこと、教えてあげましょうね……」
「そうですね」
苦笑するアヴェ。
モモンガも顎に手を当て瞳の炎をちらつかせて笑っているようだ。
そんなこんなでルプスレギナの場合、は終わりを迎えた。
【モモンガさんの手足のお手入れ:エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの場合】
「モモンガ様、アヴェ様ぁ。失礼いたしますぅ」
「うん、よく来てくれたエントマ。早速だが頼んでもいいかな?」
「はぁい。お任せください。一般メイドも使っていいという事なので色々ご用意させていただきました」
「ふむ。桶とタオルは解るが、あの小瓶は……?」
「香水の類かしら?」
「はぁい。アヴェ様の仰る通り、フレグランスオイルでございますぅ。高貴なる御身を香りで持っても飾るのがよろしいかとおもいましてご用意させていただきました」
「ふーむ。香水かぁ。俺は匂いなら楽しめるしなかなかいいかもね。アヴェさん」
「そうですね。良い香りのモモンガさんも素敵そうです」
「では早速手入れに入らせていただきますねぇ」
「お、おおう……」
エントマの手はその本性(蟲)からはかけ離れた柔らかい繊細なものだった。
ただ、外骨格なのか硬柔らかいという相反する属性を兼ね備えた、人間だった時の感覚でいえば虫に張り付かれているようなおぞましい感覚に陥っただろうが、異形種に変じたためか忌避感は驚くほど少ない。
「うん。エントマはお手入れ上手だね」
「この程度の事はプレアデスとして当然の仕事でございますわぁ。さ、仕上げのフレグランスオイルでございますわ。これは少量、薫る程度に……」
指の先に乗せる程度のオイルを伸ばして擦り込むエントマ。
するとモモンガとアヴェの鼻孔に何とも言えない微かに甘やかな香りが届く。
「エントマは香りのセンスもいいのね。とてもいい香りだわ」
「そういっていただけるとぉ、なによりでございますわぁ。蟲は匂いで情報のやりとりをしますので、これでもちょーっとうるさいのでございますぅ」
「うん。満足のいく結果だったよエントマ。お疲れ様」
「うふふ、恐悦至極にございますわ。モモンガ様ぁ」
このように、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータのお手入れ体験は穏便に終わった。
アヴェなどは自分の鱗の手入れの時にどんな香りを付けてもらえるのか楽しみにしているほどだ。
もちろん、モモンガもアヴェの体臭と混じり合い良い香りになった自分の体臭に非常に満足した。
次にテストケースになったのはシズ・デルタだった。
【モモンガさんの手足のお手入れ:シズ・デルタの場合】
「失礼しますモモンガ様、アヴェ様」
「気を楽に……といっても自動人形にそういう機能はあるのかな?」
「恐れながらそのような機能は搭載されていません」
「そうか、残念だな……表に出ているプレアデスの末妹として普段の他の姉妹とのやり取りとか聞きたかったんだけど」
「そういうことなら話せる。たとえばエントマがおやつの部屋と称して黒棺に出入りしてるのは有名な話」
ここでアヴェの表情が若干強張る。
さすがに異形の母神の種族を持つ彼女にもあの恐怖公の部屋は抵抗があるものらしい。
「それだけならいいけどエントマはおやつと称して少数のGを持ち歩いて……」
「エントマはどこだぁ!」
「お、おおー。モモンガ様どうしたー」
「エントマには衛生観念という物を叩き込まなければならないようですね……」
「……?Gの持ち歩きの話なら恐怖公の無限召喚のGは無菌培養。人間が食用にしても問題ないレベルの清潔さ。慌てる事、ない」
「そ、そうなのか?ほんっとーに問題ないのか!?シズ!」
「本当。私モモンガ様に嘘つかない」
「うう。それなら認めてあげるのが優しさなのか……なんだかパンドラの箱を開けてしまった気分ですよ」
「そうですねモモンガさん……あ、そういえばパンドラと言えば」
「やめてください!」
宝物庫の例のあれを思い出して沈静化するモモンガ。
だがそんなモモンガにシズ・デルタがじっと見上げる視線で見つめながら言う。
「モモンガ様」
「なんだい、シズ」
「そのうちパンドラズ・アクターも宝物庫から出してあげて」
「ぶふぅ……!」
「パンドラズ・アクター。ちょっと変でうざいけどナザリックの仲間。だからそのうち……」
「わ、解った。それについてはアヴェさんと厳重に!検討を重ねて置く!」
「……ありがとうございます」
「まぁ色々あったがそろそろ手入れを頼むぞ、シズ」
「了解。洗浄に取り掛かります」
洗浄なら毎晩アヴェさんにやってもらってるんだけどね、とは口に出さず。
こういう、エントマのような細やかな気配りがないあたりはやはり自動人形の特性なのかな、とモモンガは思いつつ。
恙なくシズ・デルタによるお世話は終わったのだった。
【モモンガさんの手足のお手入れ:ナーベラル・ガンマの場合】
「ナーベラルはコキュートスとの任務があるからそう頻繁に頼む機会はないとおもうけど頼むよ」
「は!一所懸命!一磨きごとに命を込める覚悟で当たらせていただきます!」
「いや、そんなに気合を入れなくても……」
「まあまあ、モモンガさん。ナーベラルがやる気になっているんですから」
言われてみれば普段無表情なナーベラル・ガンマの頬に紅が差し興奮しているようだった。
その姿を見れば竜王国の美姫ナーベラルのファン達は悔し涙を流すことだろう。
なぜ骨なんかにそんな顔を見せるのか、と。
もちろん、そんなことはナザリックの者なら呼吸をするかのように当然ながら持っている至高の御方に対する奉仕に対する高揚感。
それからすれば当然なのだが……。
ナーベラル・ガンマの手入れはさほど波乱もなく終わった。
が、波乱がなかっただけで時間は最長になった。
「な、なあナーベラル。そのくらいでいいんじゃない?」
「まだです。モモンガ様の御指ならもっと磨けば輝きを……ああ、アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ……」
「アヴェさーん……」
「これは気が済むまでやらせてあげるしかありませんね。こんなに夢中になって……ふふふ」
「うう、アヴェさん笑ってるけど鱗の手入れになったらこれはアヴェさんにもいくんですからね」
「……覚悟の上です」
「じゃあ俺の顔見てくださいよ!」
ともあれ、ナーベラル・ガンマの場合、了!
【モモンガさんの手足のお手入れ:ソリュシャン・イプシロンの場合】
「うん?ソリュシャンは何も道具を用意しないんだね」
「はい。僭越ながらモモンガ様の身体を清めるのに最も適しているのはこの身体ですので」
「んー……?ともかく頼むよ」
「はい、お任せください」
とろりと蕩けるような笑顔を見せたソリュシャンがゾブリと自らの腕の中にモモンガの脚を沈める。
「うぉ!?」
「モモンガ様は酸耐性をお持ちですから、このように粘体の特性を持つ私の身体の中に沈めるのが最も手っ取り早いのですわ」
「なるほど……合理的ね」
「さ、足は終わりましたわ。次は手ですわモモンガ様」
「う、うん……あのーアヴェさん」
「はい。なんですか?」
「怒ってません?」
「怒ってませんよ。これくらいで怒っていたら今までのプレアデスの子達のお手入れも叱らなくてはいけなくなるじゃないですか」
「そうですか……」
「む。でもお手つきしたらさすがに怒りますからね、モモンガさん」
「しませんよ!」
「うふふ、お二人とも仲がお宜しいですわね。さ、手も綺麗にさせてくださいませ、モモンガ様」
「あ、ああ。頼むよ」
ソリュシャンの手が指先からモニュモニュとモモンガの腕を飲み込んでいく。
そして驚くほどあっさりと解放される。
「終わりましたわモモンガ様」
「おおー……なんだか一番綺麗になった気がするよ」
「ありがとうございます。でもそれは他の姉妹たちには秘密におねがいしますね?嫉妬されてしまいますので」
「そんな姉妹間で格差をつけるようなことしませんよね、モモンガさんは」
「うん。当然だね。ありがとうソリュシャン。君のそつのない仕事の腕はいつも俺達を満足させてくれる。これからも励んでね」
「はい。御言葉、ありがたく頂戴いたします」
ソリュシャンの手入れは若干モモンガの考え過ぎでアヴェに気を遣わせたが。
概ね問題なく終わった。
【モモンガさんの手足の手入れ:ユリ・アルファの場合】
「随分と気合を入れた準備をしてきたようだが……それより」
「如何いたしましたか?モモンガ様」
「グローブを外したユリというのも新鮮だなぁ」
「僕……失礼いたしました。私は普段グローブを常備していますけれど、さすがに至高の御身の手入れをさせていただくのにグローブ越しというのはありえないことですので」
「いや、悪いっていうんじゃないよ。むしろ綺麗な指だ」
「!!そ、そんなお戯れを……」
「いや、本当に綺麗な指だよ。アヴェさんもそう思うよね?」
「そうですね。綺麗な指です……でもモモンガさん、ふつうそういう話は配偶者に振らないし、目の前でいうことではありませんよ」
「あ?え?あ!そ、そうですよね!あはは、俺何言ってるんだろう!ユリ、手入れの方を頼む」
「か、畏まりました。こほん。それでは始めさせていただきます。
ユリ・アルファの手入れ自体は基本に忠実に骨を水拭きしてから乾いたタオルで拭き、丁寧に艶出しクリームを塗り一度ふき取り、その上から改めて香油を塗るという物だった。
堅実安定、ユリ・アルファらしい堂にいった洗い方だった。
「いやあ、ユリの仕事は丁寧だねえ」
「それだけが取り柄ですので」
「それだけ、とはいうけれどとても重要な美点だわ。なんでも基本を疎かにしないという事は難しい事よ」
「ありがとうございますアヴェ様。プレアデスの副リーダーとしてそこまで仰っていただけて感無量でございます」
「傍で見ていてこれからもプレアデスの皆にはナザリックで時間を持て余すようなら持ち回りでモモンガさんの面倒を見てもらうのが良いと確信を持てました。これからもよろしくね」
「は、命に代えましても」
「はは、そこまで重要ごとじゃないよ。手足を洗ってもらう程度だから」
「至高の御身に触れさせていただけるという栄誉ある仕事、それに恥じない成果をお見せする所存です」
「そ、そう?じゃあ頼むよ」
相変わらず忠誠心凄いなーとぼんやり考えるアインズを置いて、ユリ・アルファは来た時のようにきりりとした様子で下がって行った。
ともあれ、こうしてナザリックで待機している組のプレアデスにも「栄光ある仕事」が用意されたのであった。
【番外・アヴェによるモモンガのお手入れ】
「さあ、モモンガさん両手を開いてください」
「はーい」
「ふふ、良い子ですね。では洗いますよー」
「お願いします」
アヴェの六本の腕がそれぞれにブラシをもってモモンガの複雑な突起を持つ骨格を速やかに洗浄していく。
「はふ……」
その心地よさにモモンガは思わず息をつく。
同時多発的に刺激される研磨の感覚は人間の時には味わえず、ソリュシャンのスライム風呂ともいえる身体の清め方とも異なるほのかな快感を産む。
これが自らの腕でせこせこ磨いているなら嫌になってしまう所だが、アヴェが洗ってくれているという事実と、実際素早い的確な洗浄にあるのは満足感だけだ。
「気持ちいいですか?モモンガさん」
「あー……やっぱりいいですよこれ……特にこう、肋骨を一気に擦られる感覚とかちょっと説明できないくらい爽快ですね」
「それは何よりです。私もさすがに自分の肋骨を洗うわけにはいかないのでその感覚は解りませんが」
「アヴェさんが肋骨洗ったら大惨事でしょう、させませんよ」
「ふふ、ですね。さて、磨き終わったから流しますよ」
「お願いします」
洗い流しもアヴェの手に掛かれば完璧だ。
六本の腕に持たれた六個の桶に満杯になったお湯を浴びれば濡らし損ねなどありえない湯量が一度に浴びせかけられる。
そうしてさっぱりとしたモモンガにアヴェが蛇身を絡みつかせて急かす。
「ではいっしょにお風呂に浸かりましょう。あなた」
「うん……はあー、アヴェさんとのお風呂……さいっこうですよぉ……」
そうして後は心行くまで風呂でもいちゃつくのだ。
バカップルに幸いあれ。