………どうしたもんかなぁ。
寮に帰った僕はパソコンを打つ人物を背後から見ていた。
「やっぱり『俺の腕の中でMOGAKE 鬼畜なルームメイトと過ごした皇女の密着72時間に迫る!』かな。でも『その唇は私のもの 兄妹の愛は禁断の領域に!』も捨てがたい。あー、それから『我が道は下剋上 主席と次席を瞬殺した《末席騎士》』もな〜」
僕に気付かず、高速でタイピングをするのはルームメイトの日下部加々美ちゃん。
男女が同室なのはおかしいと思うかもしれないが新任の理事長先生がが徹底的な実力主義だから出席番号も性別も関係なく、実力の近い者同士にしているらしい。
原作のイッキくん・皇女様ペアやアリス・珠雫ちゃんペアみたいに男女が同室なのは結構いるらしく、僕と加々美ちゃんもその一組だ。
まぁ、僕も可愛い女の子と同室になれて嬉しいけど。
……そんな事より、この状況をどうするかだな。
なんで僕が彼女の背後で途方に暮れているか説明すると、僕が寮に帰宅→加々美ちゃんが帰宅→僕が隠れる→加々美ちゃんが僕に気付かない→いまココ。
うん。なんで隠れたとか言わないで。十年も暗殺稼業やってたら、誰か来たら隠れる癖が身に付いちゃったんだ。
まぁ、キングハサンの隠密性を持つ僕が気付かれないのはいいとして。……加々美ちゃんにどう話し掛けよう。
——別に女の子に話しかけるのが苦手な訳じゃないよ。全然余裕だし、初対面の女をナンパするのも、いくらでも……いくらでも……。
すいません。嘘つきました。やっぱり、どう声かければいいかわかりません。女の子をナンパしたことなんてありません。
しょうがないじゃん。僕、前世では彼女いない歴=年齢の灰色の人生歩んでたし、今世だって裏社会にドップリ浸かってそれどころじゃなかったもん。
「やはり注目すべきは主席と次席を一瞬で鎮圧した謎の新入生、山野翁くん。でも、山野くんは全然情報がないんですよねぇ」
おお! 都合よく加々美ちゃんが僕の話題を! じゃあこのタイミングに声をかけよう!
「我を知りたいのか。執筆者よ」
加々美ちゃんはジャーナリストだから執筆者か。合ってはいるかな?
ん? あれ加々美ちゃんどうしたの? 目を見開いて固まって。もしもし〜?
「きゃああああああああああああああああっ‼︎」
叫ばれた! なんで⁉︎ ビックリした僕は再び隠密モードに入ってしまった。
その後、悲鳴を聞きつけた警備員が駆け付けたが、気配を消した僕を見つけられはずもなく、加々美ちゃんが注意されてた。………ごめん。
「……すみません」
「頭を上げよ。汝の肝の矮小さを把握できぬ、我が落ち度だ」
元々は僕がいきなり声を掛けたのがいけなかったし、叫ばれたのはショックだったけど。
「あっ、そうですか? いや、それにしても驚きですよ、あの山野さんと同室なんて! 早速なんですけどインタビューよろしいですか?」
「構わん」
はっ、即答してしまった⁉︎ いや〜、可愛い女の子の頼みは断れないでしょう。
「本当ですか! ありがとうございます! 《末席騎士》のお話を聞けるなんて——あ、ごめんなさい」
なんで謝るの? 《末席騎士》って蔑称だから、申し訳なくなった? 僕は平気だよ? 魔力量が少ないのは本当のことだし。
「——良い」
「え……?」
「好きに呼ぶがよい。我が二つ名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」
おお、キングハサンの名台詞だ。リアルに聞けるのは感動する——真顔で自分が言ってなければ。
いや、本当に中二病だった頃を思い出して恥ずかしい。
「わかりました。それでは山野くん、貴方は何故正体を隠しているんですか?」
ドキッ! か、加々美ちゃん⁉︎ なぜ僕が元暗殺者であることを——いや、ないない。素人ジャーナリストが僕の昔を知るはずない。暗殺者の時は《
《
キングハサンの圧倒的な隠密性を再現しようと僕が編み出した伐刀絶技。
世界と同化するに等しい気配遮断、魔力隠蔽、カメラやモニターに姿が映らないなど暗殺者に相応しい力を発揮してくれる。
え? 一般人主張するのになんでこんな伐刀絶技作ったかって? ……昔はまだ中二病が治ってなかったんだよ。
という訳でバレる筈がない。……バレてないよね? 加々美ちゃんに聞けば分かるか。
「……隠しているとは?」
だがもし暗殺者だったとバレたから、今度こそ僕は指名手配され、犯罪者の仲間入りだ。暗殺者してる時点で犯罪者? バレなきゃセーフです。
でも、バレたとしたら——僕のお先は真っ暗だ。
「——ッ、あ、いえ……何でもないです」
あれ? なんか諦めてくれた。まぁ諦めてくれたならいいや。でも、人には聞かれたくない事もあるから、注意しておこう。
「——何事にも屈せぬ精神はよい。されど世には暴くべきでない事もある。その首を断ち切られたくなければな」
だから、止めてくれ! 普通に知られたくないこともあるって言えばいいじゃんか⁉︎ 中二病全開な台詞を言うな!
それ以後、彼女は何も聞いて来なかった。中二病な事ばっか言うからドン引きされたか?
◆ ◆ ◆
「やっぱり『俺の腕の中でMOGAKE 鬼畜なルームメイトと過ごした皇女の密着72時間に迫る!』かな。でも『その唇は私のもの 兄妹の愛は禁断の領域に!』も捨てがたい。あー、それから『我が道は下剋上 主席と次席を瞬殺した《末席騎士》』もな〜」
私、日下部加々美は上機嫌です。
新聞創刊号を書くために黒鉄先輩に声を掛けたら、次々と特大ネタが飛び込んできた。
どの記事を書くか私は悩みながらパソコンを打ちます。
「やはり注目すべきは主席と次席を一瞬で鎮圧した謎の新入生、山野翁くん。でも、山野くんは全然情報がないんですよねぇ」
「我を知りたいのか。執筆者よ」
「————」
この場にいないはずの人の声に心臓が止まるかと思った。恐る恐る声のした方向に視線を向けると、
「……」
虚無の瞳、能面のような無表情。いま話題にしていた人物、山野翁くんが静かに佇んでいた。
「きゃああああああああああああああああっ‼︎」
その幽霊のように佇む姿に私は悲鳴を上げた。
この後、悲鳴を聞きつけた警備員が突入してきたが、山野くんはまた消えてしまい、何とか誤魔化すことで穏便に済みました。
「……すみません」
「頭を上げよ。汝の肝の矮小さを把握できぬ、我が落ち度だ」
悲鳴を上げた事を謝罪したら山野くんは許してくれた。凄い辛辣な言葉ですけど。——でも、山野くんがルームメイトなんて運がよかったかも。これなら彼の事を色々聞けそう!
「あっ、そうですか? いや、それにしても驚きですよ、あの山野さんと同室なんて! 早速なんですけどインタビューよろしいですか?」
「構わん」
「本当ですか! ありがとうございます! 《末席騎士》のお話を聞けるなんて——あ、ごめんなさい」
《末席騎士》は彼が最下位入学だから付けられた蔑称。それを本人を前に言うのは失礼でしたね。
「——良い」
「え……?」
「好きに呼ぶがよい。我が二つ名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」
山野くんは思った以上に寛大な人みたいです。だからでしょうか? 踏み込み過ぎた質問をしてしまったのは。
「わかりました。それでは山野くん、貴方は何故正体を隠しているんですか?」
「……隠しているとは?」
彼が言葉を発した瞬間、部屋の空気が重くなった。
全身を襲う重圧に私は間違いを犯したと悟った。この重圧は口外な拒絶。知ろうとすれば誰であろうと容赦しないという意思を感じた。
「——ッ、あ、いえ……何でもないです」
すぐに質問を取り止めたのは正解だった。襲い掛かっていた重圧が霧散して、私は胸を撫で下ろした。
でも、私はジャーナリスト。隠された真実があるなら、知りたいと思うのは性だ。密かに山野くんについて調べようと決意すると——
「——何事にも屈せぬ精神はよい。されど世には暴くべきでない事もある。その首を断ち切られたくなければな」
それは死神からの警告。言葉だけなのに首に剣を突き付けられているような重みが含まれていた。山野くんには私の企みなんて簡単に看破できてしまうようです。……身の安全の為にもここは諦めるしかありませんね。
◆ ◆ ◆
その夜。加々美ちゃんは話し掛けてくることもなく、寝てしまった。てか、目も合わせてくれなかったんだけど、何か嫌われるような事したかな? やはり中二病に関わりたくないとか? だったら泣くぞ。
で、いま僕は何をしていると——
——素振りしてますけど何か?
言っておくが真夜中に修行するほど僕はイッキくんみたいにストイックじゃない。なんていうか、暗殺者だった頃の名残で誰かが近くにいると安眠できないんだよね。
だから、暇を持て余した僕は修行しているわけです。
……本音を言うと女の子と同棲なんて緊張感しちゃって眠れないだけなんだけどねぇー。
こんな時はキングハサンはスペックがバカ高いから、一晩中素振りしてたって平気だから便利だよね〜。
よし、折角だから、感謝の正拳突きならぬ感謝の素振りでもしてみよう。一万回する頃には朝になってるだろう。
こうして僕は一晩中、素振りを繰り返した。——見られている事に気付かずに。
「え……あの霊装は、まさか……」
「どうかしたのかい、刀華」
オリジナル伐刀絶技
《瞑想蜃楼》
主人公がキングハサンの、オジマンディアスが首を斬られてから存在に気付く、カルデアのモニターにその姿や存在を捉えられないなどの隠密性を再現した伐刀絶技。
正確には彼の固有能力ではなく魔力隠蔽技術と認識隠蔽体術の複合技なので伐刀絶技ではない。
本人曰く、最高クラスの魔力制御と達人級の技術がある伐方者なら誰でもできるらしい。