山の翁の暗殺譚(アサシネイド)ーリメイク版ー   作:ザイグ

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第二話 始業式

 

「はーい☆ 新入生のみなさんっ! 入学おめでとーーーーッ!♡」

 

 僕が通う破軍学園一年一組担任の折木有利先生が満面の笑顔を浮かべる。ハイテンション過ぎてウザいけど。

 

 ——そう破軍学園(・・・・)である。伐刀者を育成する専門学校。警察や軍隊に必要不可欠な人材を育て、場合によっては危険な場所に行かなければならない魔導騎士資格を習得させられる僕にとっては地獄のような学園である。

 

 何故、そんな学園に僕が入学しているかというと——簡単に言えば仕事先が見つからなかったのだ。

 よくよく考えれば当然だ。学歴なし、親なし、十年間行方不明だった奴を雇いたいと思う企業があるか? 断言する。あるわけない。僕が採用担当だったら絶対に不合格にする。

 だから、僕に残された道は伐刀者になるしかなかった。伐刀者になることは国が推奨しているので多少……完全に経歴が怪しくても『騎士学校』に入学できる。表社会に復帰するにはもう僕にはここに入学するしか道はなかった。…………はぁ、なんでこう人生はうまく行かないんだろう。

 

「「「ゆ、ユリちゃああああああああん⁉︎⁉︎」」」

 

 おっと、思考にふけってる間に病弱なユリちゃん先生が吐血したらしい。

 そんなユリちゃん先生を介護する為に駆け寄った男子生徒が一人。

 

 お? おおおおおおおお⁉︎ あれは原作主人公の黒鉄一輝君ではないか! そうか今年が原作スタートの時期だったのか。毎日生きるのに必死過ぎて全然知らなかった。

 まぁ、原作知識なんて十五年以上前、それも前世の事なんてうろ覚えだし。それにアニメ版しか見てないから、原作小説の三〜四巻くらいまでしか知らないし。

 だが! イッキがいるということはヒロインもこのクラスにいるはず!

 怪しまれない程度にクラスを見渡せば、居ました。皇女様が。

 

 いや〜やっぱり綺麗な顔してますねぇ。皇族や王族ってなんで美形が多いんだろう。燃えるような赤髪もいいねぇ。正に萌えます!

 だが、何よりも目が行くのがその巨乳! 本当に十五歳とは思えないくらいいいモノをお持ちで、目の保養になります。ありがとうございました!

 

 ——あ、妄想している間にイッキがユリちゃん先生を保健室に連れてちゃった。

 やることもないし、『黄昏の魔眼』小説版でも読んでよ。朝から続きが気になってたんだよな。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「先生が、今日はもう帰っていいってさ」

 

 ふむふむ。そういう展開になるのか。『黄昏の魔眼』はやはり面白い。

 

「私、日下部加々美っていいます。先輩のだ〜〜〜いファンなんですぅ〜!」

 

 ほう。そこでそうくるか。それは予想していなかった。

 

「「「本当ですかっ⁉︎」」」

 

 やっぱり、この決め台詞はいいなぁ。今度言って……はっ、ダメだ! 僕はもう中二病を卒業したんだ!

 

「おいセンパイ、オレたちともお話ししましょうや」

 

 危なかったまた中二病を再発するところだった。本当に『黄昏の魔眼』は恐ろしい。読者を中二病に引き込む魔力がある。

 

「調子ノッてんじゃねェよ! ダブりの分際でッ‼︎ やっちまえテメェらッ‼︎」

 

 だが続きが気になって読むのをやめられない。本当に『黄昏の魔眼』は恐ろしい。——てか、周囲が煩いなぁ。始業式だからってはしゃぎ過ぎだぜ、お子様たち。

 

「雑魚を寄せ付けない圧倒的な強さ。さすがですわ。——お兄様」

 

 あれ、静かになった。まぁいい、読書に集中できる。

 

「お兄様……ずっと、お逢いしたかった……」

「「「ナニゴトーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」」」

 

 と思ったら、やっぱり煩くなった。少しイラっときたが、僕は中身は寛容な大人だ。許してやろう。

 

「うふふ。なにも問題はありませんわ、お兄様。他所は他所、うちはうちですもの。……きっと皆さんの兄妹関係はツンドラのように冷え切っているのでしょう。病んだ時代ですから。でも私とお兄様は違います。むしろ口づけ程度では四年分の愛おしさを表現するのには足りません。今の私たちにはセックスですらただの挨拶でしょう」

 

 なんかいまとんでもない事が聞こえた気がする。兄妹でそういう関係か——アリだな。可愛い妹なら、この『黄昏の魔眼』に出てくるような女の子が妹なら、僕は受け入れる自信がある。何せ寛容な大人ですから。

 

「——イッキは、アタシのご主人様なんだからッッ‼︎‼︎ ご主人様がシスコンで変態の社会不適合になるのは困るのよッッ‼︎‼︎」

 

 だが、大人びた美人の妹も捨てがたい。無邪気に抱き付いて豊満な胸を押し当てて————ご主人様だとぉッッ⁉︎

 男の憧れ、ご主人様呼びに反応した僕は悪くないと思う。

 流石に無視できなかった僕が小説から顔を上げると、

 

「飛沫け——《宵時雨》」

「傅きなさい、《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》」

 

 なんか霊装を顕現させ臨戦態勢に入る女生徒二人がいた。てか、君たち、校則違反だからね。

お、よく見れば片方のロリっ子はイッキの妹の黒鉄珠雫ちゃんではないか。皇女様とは真逆の慎ましいボディだが、それはそれでそそるものがある。

 あ〜、これは原作にあった一人の男を女が取り合うという男にとっては夢のような状況だっけ。

 新入生首席と次席がガチ戦闘やらかすのを見ては羨ましいとは思わないが。

 

「はーい、みんな廊下に出てー。ここにいたらたぶん死ぬよー」

 

 あの避難を促すのはメガネっ子ジャーナリストの加々美ちゃんだ。あの子も同じクラスだったんだ。気付かなかった。

 そんな事より僕も避難しよう。

 

「「殺すッッ‼︎‼︎」」

 

 あ、殺気に反応して勝手に体が動いた。

 キングハサンボディは昔から殺意や悪意に反応すると相手を条件反射で攻撃してしまうんだ。僕は斬首反射(ギロチンカウンター)と呼んでいる。

 今回は二人の殺気に反応したから——ああ、やっぱり皇女様と珠雫ちゃんに手刀を食らわしてしまった。

 二人を気絶させた僕はそのまま廊下に出ていた。

 

 ……いや、さあ、廊下に避難するなら、二人を気絶させる必要なくね? 神聖な学び舎で暴れるのはご法度ってことですか、キングハサン。

 

 こんなとこすれば……ああ、皆の注目が僕に集まってる。

 視線の集中砲火に居心地が悪過ぎる。

 ここはさっさと逃げよ。という訳でイッキく〜ん!

 

「修羅よ、後始末をしておけ」

 

 ……うん。言い訳させて欲しいが、これはワザとじゃない。精神が肉体に引っ張られているのか口調がキングハサンみたいになっているのだ。

 てか、修羅ってなんだ修羅って! イッキくんに失礼だぞ!

 

「えっ、ぼ、僕?」

 

 なに驚いてんの。当たり前でしょ。だって、

 

「汝の下僕と妹であろう」

 

 おいおい。下僕はないだろ、下僕は。確かに皇女様は自分でイッキくんをご主人様って言ってるけど。

 

「あ、はい。——って、だから、ステラは下僕じゃないって⁉︎」

 

 イッキがなんか叫んでるけど、知らん。帰ろ。

 どうでもいいけどステラって聞くと、ステラアァァァァッと叫びたくなるのは僕だけだろうか?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 ……僕は、何が起きたのか理解できなかった。

 

 ステラと珠雫を止められないと確信して廊下に出て時、それは起こった。

 殺し合いを始めようとした二人が倒れた。

 

 そして音もなく廊下に出てきた一人の男子生徒。

 

 褐色の肌に180センチ近い長身、紫色の髪は手入れされていないのか後髪は肩まで、前髪は目が隠れるまで伸び放題だが、顔立ちは整っているように見える。

 でも、ステラと同じ外国人を思わせる容姿だが、僕が驚いたのは彼の成したことだ。

 他のみんなはわからなかったようだけど、僕には辛うじて何をしたか見えた。

 

 彼がステラと珠雫の間をすり抜ける瞬間、二人の首に手刀を入れ気絶させたのを。

 

 信じられない光景だった。腕が消えたようにしか見えない速さや二人に気づかれないでそれを成す技量にも舌を捲くが、何よりステラに素手でダメージを与えたことだ。

 ステラは魔力量は平均の三十倍、垂れ流しにしている魔力だけで僕の渾身の一刀を防いでしまうほどだ。

それを隙を突いたとはいえ、いとも容易く破る威力を手刀で、それも新入生ができるなんて……。

 

(ステラに劣るとしても魔力量が高いのか? いや、それとも防御貫通のような伐刀絶技を持ってるのか?)

 

「修羅よ、後始末をしておけ」

 

 思考する僕に彼が声をかけてきた。

 

「えっ、ぼ、僕?」

 

 彼は真っ直ぐ僕を見てるけど修羅って何⁉︎

 

「汝の下僕と妹であろう」

 

 呼び方に戸惑う僕と彼の目が合った。——息を飲んだ。

 彼の瞳は表現するな《虚無》だ。その瞳は何も映さず、まるで吸い込まれるような錯覚を覚えるほど深く黒かった。

 その瞳に硬直した僕は返事をすることしかできなかった。

 

「あ、はい。——って、だから、ステラは下僕じゃないって⁉︎」

 

 ステラの話を鵜呑みにしないで、真顔だからステラと僕が本当にそういう関係だと思ってる⁉︎

 否定する間も無く、彼は去ってしまった。

 

「ん〜、彼って《末席騎士(ナンバーワースト)》ですよね? あんな目立つ容姿の人、他にいませんし」

 

 隣の加々美さんが呟く。彼女は彼のことを知っているようだ。

 

「加々美さん。彼を知ってるの?」

「はい。私、ジャーナリストですし、彼はステラさんと真逆の意味で入試で目立ってましたから」

「逆の意味?」

「ええ、彼。魔力量が平均値以下しかないんです。能力も気配を消す程度のステルスであまり役に立たない。Eランクで先輩を除けば学園最下位。それで付いた二つ名が《末席騎士》」

「……え?」

 

 加々美さんの言っていることが理解できなかった。僕を除けば学園最下位? 自虐ではないが僕は十年に一度の劣等生と呼べるほどに才能がない。その僕よりマシな程度?

 

「ありえない……そんなはずが無い」

 

 なら、どうやって彼はステラの魔力防御を破った? 魔力量は平均以下、伐刀絶技もステルスだから攻撃力に関係無い。わからない。見当もつかない。

 

「加々美さん。彼の名前はなんて言うの?」

 

 僕は彼が非常に気になった。

 

「——山野翁って言うそうですよ。あの容姿で日本人なんて珍しいですよね」

 

 山野翁。僕はその名前は胸に刻み付けた。

 

 




キングハサンボディ
キングハサンの身体能力、技量、戦闘経験を完全具現化できる体質。基本的に鍛錬しなくても筋肉や技量が衰えず、体型も変化しない。
しかし、表情筋が動かない、キングハサンのような言葉を無意識に口にするなどデメリットもある。

ギロチンカウンター
キングハサンの身体能力を持とうと凡庸な主人公では奇襲などに対応できないために備わった特性。
主人公が気付かない攻撃を受け流し、反撃の一刀を与える自動迎撃能力。
因みに斬首反射という物騒な名前なのは反撃の一刀が必ず首に攻撃が向かうからである。

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