リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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黄昏の衝撃-公爵家元家臣の忠誠

 

 皇帝暗殺を狙ったものと思われるテロが発生したという報告が届き、首都防衛軍司令部の幕僚たちの一部は信じられないと驚いた。手配中の国事犯であるジーベックの姿を見かけた情報が内務省より共有されてから、首都防衛軍は警戒レベルをあげていたが、幾人もの高級幕僚が思わぬ事態であると狼狽したのである。

 

 とりわけ、前司令官であるケスラーに見出されて首都防衛軍司令部入りを果たした者は、前任に代わってやってきた今の司令官と副司令官が、実力や実績よりも彼らの出自を考慮しての政治的な宣伝の意図があっての任用であると感じており、事実とさほど異なることでもなかったので二人の能力を過小評価しており、現在に至るまでその偏見を訂正できる機会も少なく、副司令官トゥルナイゼンの判断と指示を実績欲しさの勇み足からきた過剰判断であると見ていた者が少なくなかったのである。

 

 そんな浮き足立った幕僚たちの動揺を、トゥルナイゼンは苦々しく思った。しかし司令官のクラーゼンが威厳ある態度でそんな幕僚たちを叱り飛ばし、的確な指示を部下に与え始めたことには驚きよりも困惑を覚えた幕僚の方が多かったであろう。

 

 首都防衛司令官に着任してから実務のほとんどを副司令官に任せ、自身は必要最低限の仕事だけして平然とお飾りに徹していたのが幕僚たちの知る首都防衛軍司令官クラーゼンの姿であって、それは旧王朝時代から一〇年以上も惰性で高級軍人を続けている名門貴族の伴食元帥という風評そのままであったから、当然であったかもしれない。正直なところ、トゥルナイゼンも少し意外には思っていた

 

 そんな伴食元帥がこのような非常事態を冷静に受け入れ、状況を判断して指示を出しているという事実は、動揺していた一部の参謀たちに責任感と義務感を思い出させる作用があったらしく、彼らも冷静さを取り戻して事態に対処しはじめた。そして初報から一五分もせぬうちに首都防衛軍は皇帝ラインハルトの安否を確認し、通信連絡をとることができた。

 

 クラーゼンはすぐに陛下と戦没者式典会場にいるはずの帝国軍中枢部の面々の身の安全を確保するために首都防衛軍は動いている旨を報告したが、皇帝ラインハルトは自身の警護には親衛隊がおり、式典会場にはケスラーの憲兵隊があるゆえ無用であると述べた。

 

「それより官庁街の警備の方をこそ強化せよ」

 

 耳に押し当てた受話器から聞こえてきた皇帝の命令に、クラーゼンはやや釈然としない感情を覚えて眉を歪めた。

 

「恐れながら陛下、それは工部省を除く、帝国政府省庁のすべてという意味だと解釈してもよろしいでしょうか」

「違う。工部省を含めた全省庁だ。ついでに代理総督府のほうも守ってやれ。このように混乱している最中に首都治安管轄争いをしたがるような奴には、予の勅命を受けて首都防衛軍は原則論で対処していると言え。よいな?」

「……はっ」

 

 皇帝のお墨付きをうけて、クラーゼンは受話器を置いて息を吐いた。フェザーンの代理総督府に代表される不平派とそれを疎ましく感じている親帝国派、帝都開発を推し進めたい工部省と首都治安の管轄権を拡大したい内務省、その他大小様々な面倒臭い対立に自身が巻き込まれるなど自分は絶対に御免だ。

 

 勅命という大義名分を得て、そうした事後の政治的なあれこれに対処する責任を皇帝に押し付けることに成功したとクラーゼンは既に自身の政治的立場に関する安全をほぼ確信し、司令官らしい泰然自若とした調子で首都防衛軍は官庁街の警備にあたることを部下たちに告げた。

 

 なによりもまず皇帝の警護をこそ最優先で厚くすべきではないのかという一部参謀たちの意見もあったが、すぐに皇帝が官邸に戻られる予定であるとクラーゼンが言い聞かせて黙らせた。副司令官のトゥルナイゼンは思案顔で黙り込んでいたが、意見する参謀たちの声がおさまるとクラーゼンを見据えて言った。

 

「司令官閣下。陛下よりの勅命とあれば、小官としては首都防衛軍がより完璧に陛下のご期待にそうべく、司令部にての指揮は閣下にお任せし、小官は複数人の参謀を伴って現地指導を行いたい。御許可をいただけますでしょうか?」

 

 トゥルナイゼンの発言に、クラーゼンは頭を抱えたくなる衝動を必死に我慢しなければならなかった。

 

 分野を問わず高級将校が現場に出て指導をしたがるというのは、トゥルナイゼンに限らずローエングラム王朝黎明期における有能で若い高級軍人の特徴的通弊であった。現在の皇帝からしてその傾向が強いわけであるし、今の人類社会全体の過渡期ぶりを考慮すれば、そうする必要性もあることはクラーゼンも頭では多少理解していたが、この老軍人としては高級将校ならもう少し落ち着きを持てと反射的に言いたくなるのであった。

 

 クラーゼンはいくつか忠告と懸念を述べた上でそれでも現地指導がしたいと言うならば行かせてしまえば良いかと数秒の内に結論を出したが、それを口に出す前に若い参謀将校がトゥルナイゼンに対し反論した。

 

「お待ちください。副司令官自ら現場に出る必要があるのでしょうか」

「必要があると俺は判断したのだ。いくら勅命に基づく行動であるとはいえ、帝都の治安管轄の争いは熾烈であることを思えば、工部省や代理総督府の連中が激しく抵抗し、現場指揮官が怖気付くなどということもあるやもしれぬ。階級が全てとは言わんが、大将である俺が出張れば兵らが不安に迷うこともあるまい」

「なるほど。しかし、ですが……、その、クラーゼン閣下だと、首都防衛軍の指揮に小官には不安が……」

「……いくらなんでも卿は司令官が帝国元帥である事実を軽く見過ぎだろう」

 

 徐々に声が消えそうになっていく軍人らしくない若い参謀将校の喋り方とその意見の内容に、トゥルナイゼンは呆れはてたように肩をすくめた。まだそんな風にクラーゼンのことを認識してたのかと純粋な驚きさえあった。

 

 クラーゼンに対する低評価について、トゥルナイゼンは一定の理解を示せるが、それほどまでに酷い能力の持ち主を現役元帥のままにし、要職である首都防衛軍司令官に任命するほど帝国軍の人事は狂ってはいない。五世紀近く続いたゴールデンバウム王朝の歴史を全て見返せば、あるいは類似例を発見できるのかもしれないが、今の時代ではありえないことであるはずであった

 

「話を戻しますが、ご許可を頂けますでしょうか。司令官閣下」

「許可する。しかし我々は陛下の意を受けて動いているという事実で押し切るようにせよ。連中との交渉には変に応じようとはするな。そのあたりの政治的な事柄は軍務省や帝国政府の仕事だからな。この事態が収拾された後、改めてお偉方が決めれば良いことで、それは我ら首都防衛軍の仕事ではないし、今は迅速に部隊を展開させることが急務なのだ。それを忘れるな」

「承知しております。ケーニッヒ、エーベルハルト、トーンを連れて行っても?」

「わかった。三人ともトゥルナイゼンを補佐するように」

「「「はっ!!」」」

 

 三人の参謀を伴って司令室から外に出て行った副司令官の姿に、意見していた若い参謀将校は信じられない表情を浮かべたが、それも一瞬のうちにその表情をかき消し、誰にも悟られぬように能面のような表情を貼り付けて司令室での職務に戻った。

 

 一方その頃、フェザーンの地下水路の一画でアドルフ・フォン・ジーベックは途方に暮れていた。情けない話であるが、彼は絶賛迷子中の身であった。

 

「ちくしょう」

 

 ジーベックのその呟きは通路に反響した。確かにフェザーンの地下水路は複雑に入り組んだ構造をしている。それはフェザーンの開拓指導者であるレオポルド・ラープ以来、実に一〇〇年以上に渡ってフェザーンの歴代の自治領主たちによって地下水路の増改築が行われてきたためであった。人間が入植するまで、原生生物を含めてあらゆる生命が一切存在しない砂と岩だけの荒野が延々と続いていたこの惑星を開拓していくにあたり、自然と水源確保への関心をフェザーンの為政者たちに喚起させてきたのかもしれない。

 

 そしてその入り組んだ迷路のような地下水路は、帝国や同盟の工作員や様々な裏社会の者たちが便利に活用していると自治領時代からフェザーン人たちの間でまことしやかに噂や陰謀論として囁かれており、実際にそうした噂や陰謀論の数%ほどは事実無根とは言えないことであり、フェザーン自治領も完全に管理しきれているとは言えない魔境ではあった。

 

 とはいえ、いくら入り組んでいるとはいえ公共事業として地下水路の増改築は行われてきたわけであり、その複雑極まりない地下水路の地図は存在しており、ジーベックもフェザーンとの伝手でそれを入手しているし、本来であれば現在地がわからなくなって迷子になるほど彼は間抜けでもない。

 

 そもそも当初の予定ではジーベックたちは六名の集団で行動していて、市中の様子をさりげなく見て回っていたのだ。それは二つの目的を有していた。ひとつは皇帝襲撃のための最後の下見である。もし何事もなければジーベックらはオットーらと一緒に皇帝襲撃に参加していたことだろう。しかしもう一つの目的は陽動であった。隠密行動をとりつつも、治安組織に付けられている気配を感じれば、気がついていないふりをして彼らを襲撃予定地とは別方向へと誘導し、敵の集中を逸らすというものであった。

 

 気づいていないふりをしながらの逃走劇で一度追っ手を巻けたことに困惑したが、しばらくして別の追っ手がつき、彼らを誘導することには成功した。そして予定では皇帝襲撃の時刻に、連中もこちらへと攻撃をしかけてきて、ジーベックらは応戦した。だが、向こうの方が数が多かったので逃亡を選び、地下水路へと逃げ回った末に、こうして迷子になっているのであった。

 

 地下水路の地図はおおよそ頭に入っており、しばらく歩いているうちに現在地の候補が数カ所に絞れてきて、追っ手と接触せずに逃げるとなると一番安全なルートはとジーベックが考え始めていた時、背後に気配を感じてパッと振り返ってブラスターを構えた先には同じようにこちらに銃口を向けている人影があった。その顔を確認してジーベックは忌々しげに顔を歪めた。

 

「よくも私の前に恥ずかしげもなく姿を現せられるな、フェルナー大佐。いや、裏切りの褒賞として『閣下』と呼ばれる身になったのだったな。いや、あるいはそんな裏切り者など信頼できんと実は軍務省官房長の肩書きがお飾りだから暇なので、こんなところにまでしゃしゃり出てこられるのか?」

「裏切り? お飾り? なんのことだ」

 

 かつての同僚からいきなり心当たりのないことを言われて、フェルナーはブラスターをかまえたまま戸惑ったが、とぼけられたと感じて癪に障ったジーベックの声に硬さが宿った。

 

「とぼけるな。三年前、貴様がブラウンシュヴァイク公の制止を無視して独断専行し、金髪の孺子に反撃の正統性を与え、われわれは内戦が始まる前の段階で大きな打撃を被る羽目になる利敵行為を働いたではないか。しかも自分が調べたところによれば、内戦中からオーベルシュタインの犬としてよく働いていたそうではないか。すなわち、貴様は内戦が始まる前から主君を裏切り、あの金髪の孺子めと誼を通じていたのだろう。平民である貴様を側近として重用してくださったブラウンシュヴァイク公の大恩に対して仇で返す、この不忠の卑劣漢めが」

 

 フェルナーは奇妙な感心を覚えた。なるほど。今なおブラウンシュヴァイク公の側に立った物の見方をする者であれば、当時の自分の行動をそのような曲解もできるかもしれない、と。

 

「不忠者呼ばわりされるのはかまわんが、卑劣漢呼ばわりされる覚えはないな。たしかにグリューネワルト大公妃の邸に襲撃をかけたのは俺の独断専行だが、俺なりにブラウンシュヴァイク公の為を思ってのこと。もっとも、目的を果たせなかった上、公爵が俺の独断専行に大変ご立腹との情報も得たため、ローエングラムの軍門に降り、以降その為に働いているだけのこと。帝国ではよくあった話だろう?」

 

 たしかにフェルナーの言う通り、そうした事例はゴールデンバウム朝の世にあっては主君の不興を買った、もしくは主君への反発から家臣が別の貴族家に走るという事例はそれなりに存在したことではある。しかしジーベックにはそれが白々しい言い訳に聞こえた。

 

「しらばっくれるな。そんな奴をいきなり重用するほどあのオーベルシュタインめが無能なわけもないし、金髪の孺子がそれを黙認するほど愚かでもあるまい。事前に話を通してなければ、貴様のような裏切り者を軍務省の要職につけるなど、ありえぬ厚遇だ」

 

 しかも主君の裁可を得らなかったので独断で敵対者の暗殺を決行して失敗したので不興を買ったなどという、おおよそ他者から評価されるものではない理由での主君替えである。普通そんな無能者をいきなり厚遇するなどジーベックには到底信じられることではない。ましてや、裏切ってすぐにかつての主君にためらいなく敵対するような変節漢ならなおさらだ。

 

 しかし、最初からフェルナーが敵に内通していたというのなら、今のフェルナーの地位には自然と納得できる。まだ政治的な鍔迫り合いを続けていた状況下の帝都にて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことによって、当時のローエングラム侯とリヒテンラーデ公は帝都オーディンは力技で掌握する大義名分を得て、われわれは帝都を脱出するより他になくなった。

 

 そしてブラウンシュヴァイク公を盟主とする貴族連合軍は賊軍と公称されることになり、いきなり不利な立ち位置に置かれることになってしまった。このように考えると、フェルナーの独断専行は、金髪の孺子の利益にしかなっていないのである。最初から誼を通じており、あえて愚行を行い、その褒賞にて今の地位にいるのだと見るのが妥当であろう。少なくとも、ジーベックからしたら疑いの余地がなかった。

 

 フェルナーはそんな元同僚の態度を見て、肩をすくめた。そういう常識でしか考えられないから、リップシュタット戦役でブラウンシュヴァイク公は敗北したのだと内心で思いながら。

 

「やれやれだ。こちらはかつて同じ主君を仰いだ元同僚としての義理でこうして姿を晒してやったのに」

「義理だと? なんだ、私の身の安全でも保障してくれるとでも言うのか大佐殿? いや、准将閣下?」

 

 相手を小馬鹿にするような口調でジーベックは言ったが、フェルナーは気に障った様子もなく首を横に振った。

 

「無理だな。お前の身柄を確保すれば、確実に公開裁判の上で処刑だ。ブラウンシュヴァイク公の暴虐の象徴でもあるヴェスターラントの虐殺の現場指揮官であるお前の身の安全など保障できようはずもない」

「ハッ、暴虐か。たしかに熱核兵器で皆殺しにするのはやりすぎであったかもしれんが私は後悔していないぞ。領民が領主を弑すなどとんでもない大罪、贖わせるには関与した者どもを悉く絞首するなり銃殺するなりせなば、贖わせようもないし、示しもつかん。私は公爵の命に従い、良き友であったシャイド男爵の仇をとってやっただけのことだからな」

「だったら余計に救えんな」

 

 フェルナーの顔に微かな軽蔑が浮かんだのを察し、ジーベックは苛立った。このままブラスターの引き金を引いてしまおうとしたが、堪えた。まだ時間を稼げるなら稼いでおいた方が良い。もっとも、こんなやつを引き止めておいてどれほどの意味があるか怪しいものであるが……。

 

「なら何の義理で、貴様は私の前に姿を現したのだ」

「言っただろう。かつて同じ主君を仰いだ元同僚としての義理だ。おまえさんはもう無理だが、元主君の妻子なら別だ」

 

 その言葉に、ジーベックは目を丸くした。ついで軽くのけぞって笑い出した。あまりにも、あまりにも馬鹿にされていることに、笑わざるを得なかった。そして相手をゾッとさせるような視線でフェルナーを睨みつけた。

 

「冗談も大概にしろ。貴様、私たちが仕えた主君がどのような御方であったか忘れたのか。公爵閣下は死よりも不名誉をおそれた御方であり、それゆえに先の内戦にて武運拙く敗北した際、金髪の孺子の軍門に降ることを潔しとせず、見事な自決をされた御方だぞ。そして奥方も……私が公の死を伝えると、自らの毒の盃を飲み干して殉死なされた」

 

 その発言にフェルナーは軽く目を見開いた。ブラウンシュヴァイク公爵夫人アマーリエの生死は現在に至るまでつかめておらず、消息不明であった。ジーベックが嘘をつく理由もない以上、既にアマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイクは亡くなっているのだろう。

 

「そんな御二方の御息女であるエリザベート殿下はその命尽きるまで戦うことを選ばれている。貴様なんぞに身の安全の保障を提案されるなど侮辱でしかないわ。第一、もはや今更手遅れだ」

「手遅れだと? それはどういう――」

 

 その瞬間、地下水路内に大きな振動が起きた。遠くで何か大きな爆発があったような振動に一瞬気を取られ、その隙を見逃さずにジーベックはブラスターの引き金を引いた。とっさにフェルナーは転がるように位置を移動し、銃撃をかわした。

 

 ジーベックはそんな隙だらけのフェルナーに目もくれずにあらぬ方向にブラスターの銃口を向け、二度ほど引き金を引いた。いや、あらぬ方向でなかった。その位置にはフェルナーが伏せていたビーム・ライフルの照準をジーベックに向けていた兵士が一人いて、彼は振動に気をとられた隙をつかれ、体をブラスターの光条に貫かれて絶命した。

 

「もう二、三人連れてくるべきだったな、大佐」

 

 頑なに自分のことを大佐と呼んでくるジーベックに、ブラスターを向けながら立ち直ったフェルナーはしかめっ面を浮かべながら問うた。

 

「先ほどの振動はなんだ。お前たちはいったい何を企んでいる?」

 

 元同僚として、フェルナーはジーベックの能力や才覚をそれなりに把握している。長期的な視野では自分やシュトライト、アンスバッハには遠く及ばなかったジーベックであるが、軍人としての破壊や殺戮、工作などの実務的な技術力ではその三人が驚くようなところもある男である。

 

 先ほどの発言も含めて考えると、ジーベックがなにか後先を考えずにとんでもない作戦を実行していたのではとフェルナーは勘ぐったのである。そしてそれは当たらずも遠からずであった。とはいえ、それを素直に解説してやるほどジーベックもお人好しではない。

 

「そうだな、例えば堅牢な要塞を正面から攻略するの困難ならば、絡め手を使って内部から打ち崩す方法を使いたくもなるだろう。それに下賎な金髪の孺子のような輩は、公然と暗殺されるよりもその罪故に苦しみのたうちまわった方が似合いだ」

「どういう意味だ」

「いちいち説明してやる必要がない。これから死ぬ者にとってはな」

「撃ち合いで俺に勝てると?」

「さて、そっちに自信がないから手駒を伏せていたと思ったんだが? 先に地獄に堕ちて公爵閣下に造反した罪を謝しに行くがいい……!」

 

 次の瞬間、双方がほぼ同時にブラスターの引き金を引き、白く細い光が交差した。

 

「ぐっ……くそっ……」

 

 脇腹を貫かれて大量の血を流し、ジーベックは自分の肉体を支えきれずに地面に倒れ込み、心底理不尽だというようにフェルナーの方を仰ぎ見た。彼は右頬をブラスターの光条がかすめて血を流していたが、自分と違って生死に関わるような傷ではないことは明らか。ジーベックは憎たらしさのあまりにフェルナーの頭部を狙ってしまったことを後悔した。胴体を狙っていれば、とっさの回避行動をとられても、致命傷を与えることができたかもしれない。

 

 フェルナーは眉ひとつ表情を動かさず、警戒しながら倒れているジーベックを見下ろして銃口を向けた。現実を受け入れたジーベックはヤケクソ気味に唇の端を歪め、嘲るように叫んだ。

 

「フッ、野良犬風情にトドメをささられるようでは、この身が哀れすぎるわッ!」

 

 直後、ジーベックは右手で掴んでいたブラスターを咥えこんだ。

 

(申し訳有りません殿下、先に行きます……公爵閣下、アンスバッハ准将……お叱りは覚悟の上で、今よりそちらに参ります)

 

 そして、迷いなくブラスターの引き金を彼は引き、彼の魂は主君のいる地獄へと馳せ参じに向かったのである。

 




更新頻度が低下しすぎている……

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