リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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閣議①

 七月二九日、皇帝ラインハルトは正式にフェザーンへの遷都を宣言した。すでに軍中枢はフェザーンにあり、政府首脳も閣僚を筆頭にフェザーンへと徐々に移っていたので実態に形式が追いついたというべきであるかもしれないが、これをもってオーディンは数百年にわたる銀河帝国首都としての役割を完全に終えることとなった。

 

 しかし同時に、この段階のフェザーンがはたして銀河帝国の首都であるのか、と、首を傾げる者も少なくなかった。旧フェザーン自治領の官邸は重要部分を除いてほとんどそのままボルテックの代理総督府が受け継いでいる。そして工部尚書シルヴァーベルヒの手による首都建設計画はまだ始まったばかりで実際に建設されているものは少なく、九割以上の帝国政府の主要省庁は買い取った高級ホテル街を仮の本拠としているので、地方政府(代理総督府)のほうが中央政府より立派に見えるという、なんとも珍妙な感じがする構図になっているのである。

 

(いや、これでも前よりよくなったのだが……)

 

 宰相府と名付けられた元高級ホテルの廊下を歩きながら内務尚書であるオスマイヤーはそう思った。ほんの少し前まで帝国の主人たるラインハルトでさえホテル暮らしだったのである。別に皇帝への悪意ゆえというわけではなく、ただたんにラインハルトが新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)のような豪奢な建造物の中で暮らすことに興味関心がなかったのである。くわえていえば、これまで遠征に明け暮れており、フェザーンの住まい環境などどうでもよく、とりあえず暮らせる設備があれば問題あるまいとすら思っていたのであった。

 

 だが、臣下のだれかから皇帝があまりに質素な暮らしをしていては臣下臣民も皇帝に気を使って窮屈な思いをしてしまうと進言されたとかで、旧フェザーン自治領迎賓館へと住まいを移すことにしたという。だれだか知らないが、進言したものによく言ってくれたと言いたい。同盟人やフェザーン人どもはさして気にしないが、オリオン腕に暮らす帝国人たちはそういうことを気にするのだ。古い常識に縛られているといえばそうなのだが、自分だって多少そういう気持ちはあるのだから。

 

 そんなことを思いながら歩いていると廊下の角でブルックドルフ司法尚書とばったり遭遇した。挨拶もそこそこに同じ目的地に向かって歩きながら、ブルックドルフはちょうどいい機会だからと最近の事柄について内務尚書の意見を聞いて見ることにした。

 

「ところで、新内務次官のことについて卿はどう思っているのか」

「ああ、ラングのことか」

 

 オスマイヤーは表情を歪めた。先日、例のルッツ・ワーレン両名に対する歓送迎会を狙った爆破テロの実行犯を捕まえた功績で内国安全保障局長ハイドリッヒ・ラングは新たに内務次官をも兼任することになった。新王朝においてたしかな実績をのこして自信をつけたのか、ラングはオスマイヤーに内務尚書の椅子を狙って挑戦的態度をとるようになり、内務次官の権限を行使して内務省内での影響力強化に熱心になっている。都合の悪いことに例のオーディンでの近衛叛乱事件の後遺症として旧王朝時代の官僚が一部復権しており、彼らがラング派へと流れてもはや無視できない存在となっているのだった。

 

「そうだ。あの小男、見かけによらず油断ならぬ男だぞ。“証拠捏造の達人”などと巷では噂されておるが、どちらかといえば法律をこねくり回す達人だ。法に明文化されていない領域の行為を正当化する方便を構築する名人なのだ。だからこそ、先のロイエンタール元帥の謀反疑惑を公的な問題とすることができたのだ」

 

 嫌悪まじりにそう評するブルックドルフの姿勢は、多少自分がそれに利用された私怨が混ざっているように見受けられたが、それを差し引いても公正な法学博士として見識からすれば法解釈の達人というのは忌むべき存在というものであろう。法学者たちが苦労をかけて作りあげた法的な枠組みを、権力者側の屁理屈によってその精神を骨抜きにされるようなものなのだから。

 

 ブルックドルフに忠告されるまでもなくラングの危険性をオスマイヤーは理解していたが、理解しているからといって、どう対処すれば良いかわかるというわけではない。ラングだけならともかく、そうではないからであった。

 

「だからといってどうせよというのだ。形式上、ラングは内務省に所属する私の部下ということになってはいるが、実質的には軍務尚書の部下なのだ。そもそも内国安全保障局じたい、私が望んだわけではなく、軍務尚書が望んだから設置されたのだからな。こちらからラングを正当な理由なく排除しようとかかれば、自然、その庇護者たる軍務尚書とも対峙することを余儀なくされるだろう。彼を敵にまわして権力闘争を起こして勝てると思うかね」

「そこは私がなんとかしよう。軍務尚書は油断ならない人物ではあるが、同時に道理が通らないことをするような人でもない。ラングと異なり、法的に縛ることは可能ではないかな」

「……どうだかな。法を逸脱することが、かえって王朝のためになると判断すれば、それをやることを躊躇うような人かね? 彼が重視するのは王朝の安泰と繁栄であって、法や道理ではあるまい。ともかく、この件についてはしばらく様子を見るしかない」

 

 彼の考える王朝の安泰と繁栄である、とまではオスマイヤーは言わなかった。事実、彼の主張はたとえ気に入らないものであっても、基本として受け入れざるをえない理屈と正しさを有しているのが常なのだ。そして望む望まざるにかかわらず、それに勝る対案を用意できないので、自分たちは同意せざるをえなくなるのだ。いや、同意を確実に得られると計算した上でオーベルシュタインは不快な意見を初めて周囲にあきらかにしているだけであって、それ以前から独自行動して自分の思惑を優先させているきらいがあるのだが。

 

 ブルックドルフは不満げだった。たしかに軍務尚書の為人を思えば、内務尚書のいうとおり法をそれほど重視していないかもしれない。だが、法律がいかに文明的で安定した国家秩序を形成し、運営していく上で重要なのかわからないはずがなく、ラングが法律を骨抜きにしていく才能が、いかに危険か理解しないことはないだろう。説得できるかどうかはともかく、ラングを庇護することをやめさせることは可能ではないかと思えるのだった。

 

 とはいえ、内務尚書が静観の姿勢をとるというのであれば、これ以上言うべきではない。ブルックドルフはラングを問題視しているが、司法省が内務省の人事に干渉したと周囲に誤解されるようなことがあれば、それはそれで問題であり、個人的な懸念を述べて内務尚書の注意を喚起しておけばひとまずはそれでよいのである。話題を転じ、新帝都の在るべき形について議論しながら歩いていると、目的の部屋の前で待っていた人物が声をかけてきた。

 

「お待ちしておりました。他の皆様はすでに席についておられるので、二人もお早く席に」

「……まだ予定の時刻には余裕があるはずだが」

「久方ぶりの閣議ですので、各省言いたいことがたくさんたまっていて、気を急いているのではありませんかな」

 

 ラインハルトが大本営をフェザーンに移して以来、軍務・工部尚書がフェザーンに移り、閣僚が一堂に会して国政を議論する閣議は開催されておらず、正式に遷都宣言がなされた本日の閣議は、実に約一年ぶりの閣議となる。もちろん、その間も省と省の相互連携をはかる会議は幾度も開催されているが、やはりそれぞれの省の最高責任者が相手でなくば決定権がなくできないことも少なからずあり、ちょっとした行政上の障害となっていたのはたしかであった。

 

「なるほど。ということは書記官長、今回の閣議ではたくさんの議題が提出されたのか。どんなのがあるのかね?」

「ええ、まあ、色々と」

 

 曖昧に笑ってごまかす書記官長に促されて二人は閣議の場に入った。部屋の中央にある大きな円卓には九つの席がおかれていて、そのうち七つの席にはすでに閣僚が座っている。オスマイヤーとブルックドルフは空いている自分の席にそれぞれ座り、内閣書記官長であるマインホフは国務尚書の席の後方にある円卓とは別の長机にある椅子に座った。

 

 すべての席が埋まったのをもう一度確認して、一番上座に座っていた温和な雰囲気をした中年男性が立って発言した。

 

「お集まりの諸君、予定より早いが全員揃ったことだし、閣議をはじめたいと思う。が、その前に先のオーディンでの騒乱の中で亡くなった前民政尚書ブラッケ氏と前学芸尚書ゼーフェルト氏のために、皆で黙祷を捧げたい」

 

 国務尚書マリーンドルフ伯爵の提案に全閣僚が賛成し、全員起立して一分ほどの黙祷を捧げた。

 

「さて、初対面のものもいることだし、私から順番に簡単な自己紹介をしていくとしよう。私は国務尚書のマリーンドルフ伯だ。内閣首席ということになっているが、省庁間の調整も国務省の仕事であるため、諸君には気軽に声をかけてもらいたい」

 

 その言葉を閣僚たちはすんなり受け入れた。閣僚の大半がマリーンドルフ伯爵のことを官僚組織の頂点を担える才気溢れる男などとは思っておらず、伯爵が国務尚書の地位にいるのは皇帝の首席秘書官を勤めている娘のおかげだと考えていたからである。無論、だからといって伯爵自身が無能というわけではなく、誠実に調整役を担う能力があるからこそその地位にあるわけだが、それだけで国務尚書になれるわけがないというのが衆目の一致するところであった。

 

 マリーンドルフ伯爵の次は、内閣の中で唯一文官の服ではなく、帝国軍の軍服を着ている男が起立した。あいも変わらず、青白い不健康そうな顔をしている。

 

「軍務尚書のオーベルシュタイン元帥です」

 

 そういって軽く会釈するとオーベルシュタインは座り直した。名前と役職だけを言ったのみだが、彼の実績と世間に流布している噂の量と質を思えば、それだけで十分だという気がしてくるのが不思議であった。

 

「内務尚書のオスマイヤーだ。新領土を除く人類社会全域の一般治安の責任者だ」

 

 やや不機嫌そうにオスマイヤーはそう自己紹介したが、内容はいささか正確性を欠いている。新領土だけでなく、ユリアン・ミンツ率いる共和主義勢力の勢力圏であるイゼルローン方面にはその力を及ぼしようがないし、それ以外であっても様々な要因のために万全に力を及ぼせているかはおおいに疑問なところであった。あるいは、そういう不満表明も態度で示そうとしているのかもしれなかった。

 

「エルスハイマーです。先任のブラッケ氏が亡くなったため、次官より繰り上げで民政尚書に任命されました」

 

 続いて新しく閣僚となったユリウス・エルスハイマーが挨拶するが、彼のことはほとんどの者がよく知っていた。ラインハルトが帝国宰相の地位に就くと同時に抜擢された優秀な行政官僚の一人で、短期間のうちに内務省と民政省の次官として改革に大きく貢献した人物だからである。また私事ながら帝国軍の重鎮であるルッツ上級大将の妹と先日結婚したことでも話題を呼んでいた。

 

 恋愛結婚であり、祝福されてしかるべきであるはずなのだが、この点に政治的警戒を持つものも一定数いたりするのだ。オーベルシュタインもそのうちのひとりである。軍高官と政府高官が血縁的繋がりを背景に互いに公的な影響力を行使し合うようなことがあってはならないと考えている。幸い、両人ともそのことを弁えており、そのような態度をみせてはないが、まわりがそのように誘導し、そういうふうになってしまう可能性は否定できない。なにせ、中堅以下の官僚の中にはゴールデンバウム王朝期の感覚が少なからずいるし、上層部もゲルラッハをはじめ旧時代の者達が一部復権しているのだ。

 

 ローエングラム王朝がゴールデンバウム王朝と同じような血縁主義的な国家運営に陥るようなことなどあってはならない。そのような可能性の芽はたとえ小さなものであっても潰すよう警戒しておくべきであろうと考えている。その可能性といえば、次の尚書もある意味においてそうだとオーベルシュタインは次に立った肥満男性を見遣った。

 

「新しく学芸尚書に任命されたヘムプフです。微力ながら、皆様のお力になれればと思っています」

 

 丁寧に頭を下げたヘムプフはラインハルトの開明改革に共感して芸術界で権力者に阿るしか脳がなかった芸術屋たちの大粛清を断行し、芸術家たちの活動に枠をもうけようとするあらゆるしがらみを破壊してまわって、帝国の芸術家たちの創作の自由の範囲を限りなく広げた実績がある男であるが、いってしまえばそれだけで、学術分野にかんしてはあまり関心がないのか旧態依然とした見識のままで、しかも部下には諫言より服従を求めるタイプであるため、たいへん前例主義的である、と、学術分野にかかわる者達から評されていると聞く。

 

 彼より学芸尚書にふさわしい人材がいないわけではないのだが、そうした力量がある者がゼーフェルトの横死で学芸尚書の椅子に座る事に及び腰になってしまったようで、いわば消去法でヘムプフが学芸尚書になったわけであった。彼個人はそこまで警戒する必要はないだろうが、彼の学術分野にかんする見識が旧態依然としていることをいいことに、やりたい放題する者が出てくる懸念がある。その辺りが憂慮すべき点であった。

 

「恐れ多くも陛下より宮内尚書という過分な地位を賜っております、ベルンハイム男爵であります」

 

 青白い不健康そうな肌の色をしたベルンハイムは勢い余った感じでそう一気に言い切った。やや異様さを感じたエルスハイマーは小声でかつての自分の上司にそのことについて確認してみることにした。

 

「宮内尚書は体調でもお悪いのですか?」

「……なんでも政治的にはあまり重要ではなかった学芸尚書ゼーフェルト博士が反動派に殺されたことから、自分が標的にされてもおかしくないと不安になり、ここ最近よく眠れていないという噂だ」

 

 オスマイヤーの説明にエルスハイマーはあきれた。

 

「……閣僚である以上、帝国の敵から標的にされる可能性は当然あることは自明でしょうに」

「あくまで噂だ。もっとも、宮内尚書はお飾りだから、と、最近までそのことについて考えていなかったのは疑いない事実だが」

 

 宮内尚書がお飾りというのは、銀河帝国の政体から考えると、いささか奇妙な表現であったかもしれない。ゴールデンバウム王朝に限らず、歴史上の専制国家において宮内省といえば、皇帝とその一族の生活事務に責任を持つ役所であり、最高権力者の側仕えともいうべき役割を有していて、皇帝の意思を代弁する宮廷の管理機関である。いわば、専制国家の心臓部たる皇室の直属的存在であり、当然、その重要性たるや国務省・軍務省に匹敵する。

 

 五世紀にわたる歴史があったゴールデンバウム王朝では、宮内省の官僚として宮中の要職を多数兼務して、内閣はおろか皇帝をも超える権力を掌握して国政を壟断し、“準皇帝陛下”などという臣下にあるまじき異名をとったエックハルトという宮内官僚がいた前例さえ存在するのだ。それくらい宮内省とは本来重要であるべき省庁なのである。そのトップの地位がお飾りであるなど、立憲君主制ならともかく絶対君主制の国家ではありうべかざることであるはずであった。

 

 しかしローエングラム王朝においては――より正確にはその黎明期においては――例外的にそのありうべかざる状態が現実化していたのである。なぜなら今上の皇帝たるラインハルトは、平時は政治改革者として、戦時には軍司令官として、常に自ら指揮と采配を振るわなければ気がすまない性分であり、その双方において多大な成功をもたらす類稀なる才覚の所有者でもあったため、宮中にいることが皆無ではないにせよほぼなかったし、なにより宮中の人間より文武の専門家を頼ることを好んだ。その上、ラインハルトの親族となると彼の姉たるアンネローゼが一人いるだけで、そのアンネローゼもわずかな人員とともにオーディンの山荘で質素に隠棲してしまっているので、仕事がないわけではないのだが、他の省庁に比べると重要度が低い仕事ばかりという有様だったのである。

 

 ベルンハイム男爵が宮内尚書になれたのもそうした事情によるところが大きかった。男爵はゴールデンバウム王朝の時代から宮内省で中堅官僚をしていたが、飛び抜けて優秀だったわけでもなく、良くも悪くも地位相応の能力の持ち主に過ぎなかった。だが、ラインハルトのクーデターによってリヒテンラーデ公が失脚し、公の古巣であった宮内省では“人員の整理”が大規模に行われ、男爵より宮内省での地位があった七割近くがそれで追い出されてしまい、ラインハルトが皇帝に即位すると宮内省高官として「敵対的姿勢を取らず、かといって見え透いた媚びも売ってくることもせず、真面目に仕事に取り組んでいた」ことが評価されて尚書に抜擢されたのである。つまり、能力のほうは平凡な評価しかされていなかった。

 

 また明言されているわけではないが、おそらくは男爵がゴールデンバウム王朝時代の貴族社会の主流にギリギリはいれるような門閥貴族であったことも尚書に抜擢された理由であろうと一般的に考えられていた。つまり特別ラインハルトの味方をしたわけでもない旧時代の平凡な貴族であっても、真面目に働くならば寛大に取り立ててやることもやぶさかではないというローエングラム王朝の姿勢を示す宣伝材料であると解釈されていた。

 

「シルヴァーベルヒ工部尚書だ。首都建設本部長官などを兼任しているほか、遷都までフェザーンの民政責任者もやっていた」

 

 無精髭を生やした不敵な男がそう自己紹介すると、かすかにオスマイヤーは眉を動かした。なぜ遷都まで、と、過去形なのか。いまだフェザーンにおける少なくない民政に関する権限を内務省に引き渡さず、工部省が握り続けている。名目はフェザーンをローエングラム王朝の帝都として再開発するためにまだ必要とのことだが、実際は首都建設計画に出資する親帝国派豪商の利益を守るために必要なだけである。帝国の国内治安に責任を持つオスマイヤーからすると、そんな治安上の穴を作ろうとするおまえはいったいどこの官僚なのだと文句を言いたくなるのだった。

 

 もちろん、シルヴァーベルヒにも言い分がある。首都建設計画を順調に推し進めるためには、フェザーンの有力者たちとの好ましい関係を構築しないことには困難なのだ。ボルテックの代理総督府なぞにそのポジションを渡すわけにはいかない。そのためにも、親帝国派の有力者たちに不利益をもたらさない保障として自分がある程度内政権を有するのは当然の方策ではないか。それを非難してくるのは、自分の政治手腕が信用されていないように感じられるので大変不快であった。

 

「司法尚書のブルックドルフです。司法省としては今回の閣議では法秩序について議論したい」

 

 ブルックドルフはその両者の争いにかんしては比較的内務尚書よりである。あまりに行政において特別な地域があるようでは、法も煩雑にならざるをえず、運用するのが困難となる。フェザーン自治領時代から残っている法律と帝国の法律をどのように統合して整備していくかも司法省の大きな課題であり、可能な限り治安執行機関は効率的に組織化していてもらいたい。代理総督府・内務省・工部省のそれぞれが独自の法律をもって帝都の一般治安を担当するなど悪夢もいいところだ。

 

「財務尚書のリヒターだ。開明政策推進本部にも席をおいている」

 

 次に名乗り出たのはオイゲン・リヒターだ。故カール・ブラッケと共に開明派官僚グループの指導者としてゴールデンバウム王朝時代から官界でよく知られた人物であり、過日の近衛叛乱事件の際、貴族連合残党組織が作成した粛清リストに名があったものの、偶然出張でオーディンを留守にしていたため、盟友とは異なり命脈を保つことができた。

 

 もっともあの一件ではリヒターより危機的状況に陥ったものも少なからずいる。ここにいる中ではブルックドルフ、エルスハイマー、ベルンハイムは一時、クーデター勢力によって身柄を確保されていたが、咄嗟に別人を装うことによってクーデター派による粛清を免れたのである(ベルンハイムはバレて暴行を受けたが、クーデター派の粛清リスト入りしていなかったので生命だけは助かった)。そして次の人物も、そうして難を逃れた一人だ。円卓から少し離れた場所の机にいた男が起立する。

 

「皆様とはすでになんども話しているので今更自己紹介の必要があるのか疑問ですが……内閣書記官長のマインホフです」

 

 内閣書記官長とは、内閣事務全般を担当する内閣書記処の長であり、内閣首席たる帝国宰相もしくは国務尚書の業務を補佐・支援し、政府の重要省庁の連絡・調整を担当している。そうしたことから与えられている権限は広範囲に及び、官僚機構全体の舵取りを担うことも多い重要な役職である。閣議においては書記を務めることになるため、他の閣僚が座る円卓とは別に席が用意されているのだった。

 

 当然、その地位を得ているマインホフもたいへん優秀な男で、マリーンドルフ伯爵の後の国務尚書候補の一人と官界では目されている。伯爵と異なり、旧王朝時代からの官僚で実績も多く、官界からの支持も厚い関係上、「将来はわからないが、いまの内閣の中心にいるのは伯爵じゃなくて書記官長」などと嘯く口の悪い者もいるくらいだ。

 

「遷都が現実となったからには、長期にわたり多くの閣僚がフェザーンを離れるということは少なくなるでしょう。そこで内閣書記処としては、定例閣議を復活させたい、と、考えております。よろしいですか」

 

 マインホフの発言に全閣僚が肯首する。それは今回の閣議の事前連絡の際に前もって書記官長から言われていたことだし、別に反対すべき理由も彼らにはなかった。

 

「では、ただいまから正式に閣議をはじめるとしましょう」

 

 マリーンドルフ伯爵の自然な宣言により、フェザーンにおいてはじめて銀河帝国の閣議が開始された。

 


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