リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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新アニメのトリューニヒトは平凡な容姿なのに、9話の閣議シーンで終始「貼り付けた笑み」を浮かべていて非常に不気味ですw


近衛司令部の動揺

 近衛司令部は熱狂の中にあった。ヴァルプルギス作戦は概ね計画通りに進行できたが、それでも主要官庁を制圧した後に発生した膨大な業務掌握の作業は彼らが想定していたよりはるかに困難で制圧部隊からさまざまな請願と案件が届いていた。ワーレン上級大将が療養中の身を押して軍と警察の混合部隊をひきいてこれまたこちらの弱点である旧軍務省を解放せんとしていることへの対処方法についても激論が戦わされていた。

 

 特に首都防衛司令部でケスラーの生死不明を報告していたラフト憲兵少将が部隊を率いてワーレンと合流しているという情報は、ヴァルプルギス作戦を活用する上での肝心要である首都防衛司令官兼憲兵総監ケスラー上級大将の死が達成されていないのではないかという不安を感じさせるに十分すぎた。ノイラート近衛大佐は自分自身も不安を覚えていることをとりつくろうと、近衛将校らを一喝した。

 

 たとえケスラーが生きているとしても、すぐに姿を現して事態の収拾に乗り出してくるというこちらにとって最悪の行動をとらないということは、同志の自爆テロがケスラーに死を与えるまではいかなくても、彼が自由に動けないくらいには自爆テロは成果をあげているとみてまず間違いないのだ。ということは、ひとまずは首都防衛軍を動かす上ですぐに発生する問題はいまのところない。つまり、彼が回復する前に帝都を完全掌握し、ゴールデンバウム王朝の復活を宣言して首都防衛軍をなかば強引に自分たちの共犯に仕立て上げてしまえば、ケスラーの選択肢は限られてくる。対処はそれからでも遅くはない。

 

 しかしそれでも不安を完全に払拭するまではいかず、ケスラーのもうひとつの司令部である憲兵本部に一個近衛大隊を派遣して制圧した。そしてその大隊長が「ケスラーからの命令で憲兵本部が近衛司令部が反逆者である」という内容の命令書を配布しようとしていたという情報を持ち帰ってきたので、“重傷をおったがケスラーがまだ生きている"というのは近衛司令部内の共通認識となった。

 

 そうした共通認識に縛られて、今度は旧軍務省を貴族連合残党と共同で守護しているレルヒェンフェルト近衛中尉のところへの派遣する援軍をどうすればよいかと近衛司令部は頭を悩ませた。首都防衛軍は軍規上の制約から近衛司令部の命令を正しいものと信じて行動しているだけであって、彼らの一部を援軍として向かわせたら、ワーレンに説得されて寝返りかえってレルヒェンフェルトを追い詰めることになりかねない。かといって士官たちを抱き込んでいるから信頼できる近衛部隊はケスラーが首都防衛軍の一部を説き伏せて姿を現した時に即座に対応できるよう、信頼できる戦力は可能なかぎり確保しておきたい。

 

 しかしだからといって援軍をおくらないという選択肢はない。帝都を掌握せぬうちに旧軍務省が解放されて通信妨害が解除されたらクーデターに成功の目はなくなってしまう。通信妨害はケスラーの死とならんでクーデター成功のための絶対条件だ。であれば、いったいどのていどの規模を兵力を援軍として送ればワーレンを撃退できるのか。地上勤務でも優秀な戦績を残しているワーレン相手では、生半可な兵力を送ったところで各個撃破の餌食になるだけである。しかし過剰な兵力を送ってケスラーへの対処兵力を減らしすぎるのも考えものである……。

 

 深刻でありながら早急に結論をださなくてはならない問題であったが、その討議は司令部に駆け込んできた士官の報告で一時中断を余儀なくされた。

 

「予備軍総監閣下が来られました!」

 

 報告の意味を理解しかねて、近衛将校らは一様に不思議そうな表情を浮かべた。正直なところ、今の予備軍総監がだれであるか、だれもが咄嗟に思い出すことができなかったのである。しかし堂々と単身で司令部に入ってきた老人が最高階級を示す肩章をつけた軍服を身に纏っている姿を視認すると、近衛将校全員が条件反射的に姿勢を正して敬礼した。

 

「クラーゼン元帥閣下!」

 

 ノイラートが叫んだ名は、既に過去の人と化したと思い込んでいた人物の名であった。別にそれはローエングラム王朝の時代になったから、というわけではない。フリードリヒ四世が崩御する前から、既にクラーゼンは過去の存在と化していた存在のはずだった。

 

 かつては前線において少なからぬ武勲をたて、後方の事務仕事もテキパキとこなし、宇宙艦隊副司令長官の地位にもついて数個艦隊の統率指揮もした経験もある優秀な軍人であったというが、それは一〇年以上前の話であって、ノイラートが士官学校を卒業して少尉に任官してしばらくした頃には、元帥号と引き換えに軍での出世競争に敗北し、閑職の幕僚総監が彼の為の指定席と化していたのだから。

 

 幕僚総監部は統帥本部の部署のひとつで、幕僚の育成・評価・管理を担当している。ゴールデンバウム王朝時代の帝国軍においては司令官が幕僚を自由に任免することができず、各司令部幕僚の任免権は軍務省人事局にあり、幕僚総監部の評価を参考に人事局が各司令部の幕僚を任命するという形式をとっていた。これだけだと閑職とはとても思えない、軍隊の知能ともいうべき幕僚を牛耳る重要な部署のトップであると受け取れるかもしれない。

 

 しかしながら、帝国軍の歴史上、宇宙艦隊司令長官の地位にある者のほとんどが帝国元帥であり、そして帝国元帥には元帥府を開設して有能な将校を囲い込み、自由に幕僚を任免する特権があるのだ。要するに主流の提督や幕僚は全員元帥府に所属してしまう為、実際のところ、幕僚総監部は元帥府に所属できない無能者や非主流派の幕僚が余計な策謀を企てぬよう管理するのが主な仕事であり、幕僚総監はたいした実権のない名誉職と解釈されるほど伝統的な閑職となってしまっていたわけあるが、これがかえってクラーゼンを救うことになった。

 

 式典での席次だけが高いなかば名誉職の幕僚総監の地位に一〇年以上も甘んじていたために、フリードリヒ四世崩御に伴う貴族連合派と皇帝枢軸派の対立の中で両派から毒にも薬にもならぬと無視されてしまい、またクラーゼン自身も幕僚総監としての職務以外何もしなかったので、フリードリヒ四世崩御時の五元帥の内、一人は勝利者として帝国の支配者となり、一人は保身を図って退役、二人は貴族連合派に属したために粛清されたというのに、クラーゼンだけが内戦前となんら地位が変わることなく現役元帥のまま生き残ってしまったのである。無能な門閥貴族を憎悪していたラインハルトであるが、敵対的行動をなにひとつとしてやっていなかったクラーゼンを粛清するのは正統性に欠けると思ってしまったのである。

 

 しかしながらラインハルトが帝国軍最高司令官として実施した軍制改革で、元帥府に所属していない幕僚を一元的に管理する幕僚総監部が軍の不効率化を招いている部署であると考えて廃止してしまったため、クラーゼンに新しい役職を用意してやらなくてはならず、無能な元帥がトップでもこれといって問題が少ない民間に戻っている予備役将兵の管理・訓練を行う予備軍の総監職の地位にクラーゼンをつけた。そんなわけで予備軍総監職も閑職といって差し支えがない重要な仕事がない役職である。

 

 そんな人物であったので、近衛将校たちはなかば存在を忘れていた元帥が、わざわざ近衛司令部にやってきた意図を理解しかねた。クラーゼンは司令部内の近衛将校の敬礼を一瞥すると返礼した。

 

「楽にしてかまわん。それで叛乱が起こっていると聞いたが、司令官のヴァイトリング中将はどこだ?」

「ヴァイトリング中将閣下でしたら、現在問題が発生した内務省の方に出向いております」

「……なるほど。では、現在帝都はいったいどういう状況にあるか説明せよ」

「クーデターを起こした開明派勢力を拘束し、現在は戒厳体制を敷いており――」

「馬鹿者! 儂が真の叛逆者を見抜けぬと思うか。何の実もない嘘偽りを申すなッ!」

 

 内心で“お飾りの置物元帥”と見下していたノイラートにとって、自分の発言を遮っての叱責とその内容の鋭さに一瞬自失してしまうほどひどく動揺した。他の者達も大同小異であったが、目の前の元帥が自分達の翻意を見抜いていると悟ると彼らの瞳の光が剣呑なものへと変わっていった。司令部内の冷たい不気味な沈黙の中、一切の感情をうつさぬ真顔でレオが口を開いた。

 

「予備軍総監閣下は現状をよく理解しておられるようですが……どこからの情報で?」

「元部下が情報を持ってきてくれおった。つまり卿らは機密保持を怠っておったというわけだ」

 

 クラーゼンの言っていることは嘘ではない。というのも、トリューニヒトがケスラー救出程度では自身の猟官運動を達成させるのは困難ではないかと思ったので、退役させられた元憲兵グループを通じてクーデターの詳細情報をクラーゼンに流したのである。ちなみにクラーゼンを選んだ理由は、たんに現在の帝都で一番階級が高い軍人だったからという実にシンプルな理由である。

 

「栄えある近衛がクーデターを起こすなど、今は“暗赤色の六年間”ではないのだぞ」

 

 暗赤色の六年間とは、ゴールデンバウム朝がもっとも深く腐敗と退嬰と陰謀に沈み、自重によって崩壊しようとしていた最悪の時代のことである。当時、近衛師団も組織ぐるみで陰謀に加担する信頼ならぬ存在であり、北苑竜騎兵旅団と西苑歩兵旅団が宮廷内に設置されて、近衛部隊の役割を分担させて互いに監視させねばならないほどの状態であったという。

 

 近衛をあてこする発言に、レオはほぼ無意識に腰に下げている軍用サーベル――近衛将校は儀礼的要素が濃いために帯剣装備が義務付けられている。他にも近衛将校は馬術や軍楽など実戦に不要な技術の習得などが義務付けられていた――の柄に手をあてた。それはクラーゼンの何気ない態度から、ほぼ直感的に彼が敵側に属していると察したからかもしれなかった。

 

 殺伐とした空気が司令部内を包んだが、クラーゼンは一切態度を変えなかった。それが鈍感さゆえのものであるのか度胸ゆえのものであるのか判断しかね、レオはむしゃくしゃとした苛立ちを隠せなかった。

 

「……それがどうしたので? 近衛の誉れは皇帝陛下の大御心に忠実たること。金髪の孺子にではありません」

「今の皇帝陛下はその金髪の孺子だ愚か者がッ!」

「―――ッ!!?」

「モルト大尉! 卿は控えていろッ!」

 

 その罵倒にレオは我を忘れて激昂し、殺意もあらわに軍用サーベルはなかばまで引き抜いたが、見とがめたノイラートが鋭い怒声をあげて制した。上官であり士官学校で良くしてくれた先輩からの叱責の声に冷静さを取り戻したレオは激情を押し殺すと、ゆっくりと軍用サーベルを鞘に戻し、部屋の隅に控えた。

 

「失礼しました。大尉は、その、父親の件がありまして……気が立ったのでありましょう」

「……なるほど、大尉の父はヴァイトリング中将の前任であったか」

 

 モルトという家名から大尉の父親が誰であるのかを察し、微かに同情する視線を向けたが、クラーゼンはすぐにノイラートに向き直った。哀れまれたとレオは受け取り、屈辱を感じて苛立ったが、必死でその感情が表に出ぬように押し殺した。

 

「それで元帥閣下は……われわれを止めに来たというわけですか」

「当然だ。卿らの行いは卑劣であるし、なにより勝算があるとは思えんからな」

 

 クラーゼンは挑みかかるようにそう凄んだが、その言葉を投げつけられたノイラートは表面上はなんら変化をみせなかった。

 

「……卑劣、ですか。なるほどたしかにその指摘は正しいかもしれません。ですが、しょせんはそれだけのこと。貴族から特権を奪うだけであるならばまだしも、貴族への報復的テロリストの跋扈を赦し、貴族にたいして攻撃的世論を醸成し、貴族から職を奪って飢餓地獄におとし、貴族を絶滅させんと企図する現王朝の卑劣さと大して変わるところがありません。ゆえにわれわれの行動に何も恥じ入るべき点はないと考えます」

「なにを馬鹿なことを! 貴族に対して民草に根付いた偏見が、意図されてのことと思うてか?!」

「金髪の孺子が意図した意図していないは最早問題ではないのです! 何の咎もない貴族が報復的テロの犠牲となり、それを一部の民衆が賞賛している。にもかかわらず現王朝は“言論の自由”なるものを尊重し、言論統制を敷こうともせずそうした犯罪的言論の拡大を許容する。これでどうして金髪の孺子を信じることができましょうか。そうした言論の拡大を放っておけばいずれ手遅れになる。われわれ貴族が自己の生命を守るためには、現王朝を取り除くより他にはないのです!」

 

 独裁体制下において、為政者や政府にとって好ましくない言論は統制されるのは歴史の常である。すくなくとも、ゴールデンバウム王朝の時代においてはそうだった。新聞や立体TVなどの報道機関から流れる情報は現体制の望む内容でなければならない筈であるし、それに反する言論は治安機関によって統制されてなければおかしいのである。

 

 そうした価値観に立脚して今の帝国社会を分析してしまうと、新聞や立体TVで反貴族の主張をするばかりか、報復的テロを“赦されないことだが感情的には理解できる”などと報じているのは帝国政府に貴族階級への確固たる敵意があるのだとごく自然に邪推してしまうのである。言論の自由という概念自体に対する理解が乏しい帝国人が多いため、ローエングラム王朝の世においてもなんとか職を得ている貴族達もそうした報道によって常にいらぬ不安を感じてきたのであった。

 

「……それに元帥閣下、クラーゼン家も長い歴史と伝統を持つ名門貴族家でしょう。現王朝が世論に迎合して積極的に貴族狩りを始めた時、居場所がなくなるという点において、われわれと同じ立ち位置におられるはず。でしたらいっそ、われわれの側につくことを考えてはくださいませんか」

 

 意外な申し出にクラーゼンは目を丸くした。

 

「この状況で儂を取り込もうとは何を考えておる?」

「いえ、先ほど閣下は私たちを止めに来たのは、なによりも勝算があるように思えないからとおっしゃられた。それはつまり、勝算があるとみればこちら側についてくれるという意味かと考えた次第です」

 

 老元帥は表面上になんら感情をみせなかったが、沈黙をたもったまま話を聞く姿勢をとったので、これは脈があるかと近衛司令部の将校らは内心感じた。ノイラートは滔々と帝都制圧後にどう動くつもりなのかを説明した。

 

 帝都制圧後、第三六代皇帝フリードリヒ四世の孫であり、亡きブラウンシュヴァイク公の遺児である、エリザベート皇女殿下を帝都に迎え入れ、女帝エリザベートの即位とゴールデンバウム王朝の復活を全宇宙に向けて宣言する。既に辺境警備部隊の指揮官を取り込んでいるので、これに呼応してゴールデンバウム王朝復活を支持する手はずは整っている。また、そうでなくてもその状況を見てこちらにつくことを選択してくれる者も少なからず出るだろうし、最低限の戦力確保は可能とみている。

 

 またゴールデンバウム王朝の復活宣言をすると同時に、自由惑星同盟と協力関係を構築する。これに関しては銀河帝国正統政府の後継政権であることを自称し、正統政府首相ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵と同盟政府最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトが署名した所謂“ハイネセン平和協力協定”の精神を継承することもあわせて発表してしまえばよいのだとノイラートは考えている。これは帝国が同盟との間に対等な外交関係を成立させ、相互不可侵条約及び通商条約を締結し、帝国内部においては憲法の制定と議会の開設して民主化を行うことを定めたものである。

 

 もとよりノイラート達がクーデターを起こした理由は謂れのない差別に苦しむ貴族階級の救済であって、ゴールデンバウム王朝の復活はあくまで手段に過ぎないという認識である。で、ある以上、かつてのゴールデンバウム王朝における伝統的社会体制まで復活させてやらねばならない義理はどこにもないのである。なにより帝国本土を掌握できても、ラインハルトが健全な状態のままの遠征軍を率いて戻ってくればそれで終わってしまうため、遠征軍に多大な損害を与えるためにも同盟の好意的協力をなんとしても引き出したいという切実な理由がある。

 

 同盟と手を組むためとはいえ、帝国の民主化を容認することはできないという強い反発がゴールデンバウム王朝の復興こそが目的である貴族連合残党側からでているが、ノイラートはなんとしてもこの方針を押し通すつもりである。もしこのクーデターが成功し、ゴールデンバウム王朝が復活すれば、ジーベックの貴族連合残党派と自分達近衛派が国を動かしていく中心となるだろう。女帝は当然ずっと自分に従ってきている残党派に信頼を寄せるだろうが、数の上では自分たちの近衛派のほうが圧倒的におおいのだ。ジーベックも優秀な男である以上、誕生間もない新政権を混乱させては成功の目がないことを承知しているだろうから、専制国家といえども数の論理が通用するはずであった。

 

 それに残党派を説得できる材料も十二分にある。あの協定を結んだ時と違い、現在の帝国と同盟の力関係は大きく変わっていることだし、復活したゴールデンバウム王朝は()()()()()()()()()()のであって、()()()()()()()()()()()()。それなら大昔の民主集中原則なり一党独裁論なりを持ちだして特権階級の存在を民主主義の名において肯定することも可能であるし、憲法に超越する権威として皇帝という地位を維持することも不可能ではない。貴族特権も名と形を変えることにはなろうが復活させることだって、理屈の上では可能だろう。

 

「これに加え、われわれが帝国正統政府の後継者たることを自称するため、カザリン・ケートヘンは簒奪者ラインハルトが権力を握るために強引に帝位に就けたゴールデンバウム王朝の偽帝であるという立場をとります。そうである以上、当然のことながら、カザリン・ケートヘンの名の下に行われたフェザーンの自治権剥奪も無効であるから、復活したゴールデンバウム王朝はフェザーンの自治権をこれまで通り尊重するので、フェザーン人民に対し、不当な統治者を追放して自治権を取り戻せと扇動放送を行います。フェザーンにはあの切れ者のオーベルシュタインがおりますが、帝国がフェザーンを併呑してほんの一年程度しかたっていないのだから、フェザーンの反帝国感情を慰撫している時間的余裕はあまりなかったわけですし、一度火がついてしまえば大変なことになるでしょう。前方には同盟軍、根拠地ではフェザーンの暴動、そして本国ではゴールデンバウム王朝が復活したとなれば、遠征軍は補給を絶たれた上に孤立して動揺し、少なからぬ損害は避けられない。そうなれば、いかに戦争の天才を相手にするといえども、勝算は充分にあると考える次第でありますが……」

 

 つまりゴールデンバウム王朝を復興させんと目論むクーデター派は、この特殊な情勢を最大限活用し、自分達をジョーカーとして、全宇宙の勢力を反ローエングラムに統一させ、銀河情勢に劇的な変化を起こそうというたいそれたことを考えているのだった。もちろんメックリンガー統帥本部次長などを中心に、帝国に居残っているラインハルトに忠誠を誓う勢力が対抗してくるだろうが、これに対しては今のところ、実力で地道に対処していくより他なしという大雑把なことになっているのだが、ノイラートはそのことについては言わなかった。

 

 クラーゼンはクーデター派の戦略構想を聞いてなお、何の反応も見せなかった。これはもう一押し必要かと思い、ノイラートは新体制における要職を約束してみようと思った。いままで大して重要視したこともなかったが、仮にも元帥であるし、皮算用だが取り込んでおけば今後の貴族連合残党派との政争において、なにかと役に立つかと思ったのである。

 

「もちろん容易に実現できる戦略構想ではないと私も思います。協力してくれる人材も、まだ少ないわけですから。軍務尚書をだれにするか、ということすらまだ決まっていないのですよ。そういう点から考えるならば、たしかに元帥閣下が勝算が薄い、と見たのも間違いとは言い切れないのが悔しいところです」

「ひとつ問いたい。現在、同盟領に遠征に赴いている数千万の将兵及びその家族たちへの対応はどう考えておるのだ。彼らの存在は決して無視できぬ不安要素となるだろう」

 

 はじめて前向きな反応をお飾りと見られてきた元帥は示し、疑問を投げた。

 

「逆に利用できると考えます。全宇宙に向けて“故郷に帰りたいなら帝国と協力関係にある同盟に降伏せよ”と放送すればいい。同盟に多大な借りをつくってしまうことになりますが、金髪の孺子率いる遠征軍が規律と秩序をたもったまま本国に戻ってきてしまうとわれわれの負けは確定するので、その可能性を確実に回避できるとなれば、やむを得ぬ仕儀であると考えます」

「……」

 

 クラーゼンはちょっと考えるようなまなざしを上に向けたが、すぐに意を決したように告げた。

 

「儂は常に正しい側に身を置くと決めている。そして帝都に黄金獅子(ゴールデン・ルーヴェ)の旗が翻っている内は、正しい側はローエングラム王朝の側だ。そうである以上、儂としては卿らに愚かなことはやめて早々に撤兵せよという他にないな。日没までには必ず兵を退くのだ。良いな」

 

 貴族らしい示唆に富んだ言葉にノイラートが重々しく頷くと、クラーゼンは身を翻して司令部から去っていった。するとおとなしく隅に控えていたレオが全身から怒気を漲らせたノイラートに食って掛かった。

 

「あんな階級だけ無駄に高い案山子(かかし)を味方につける必要があるのか」

「紛いなりにも元帥なんだ。軍の階級で物事の是非を考える軍人というのは少なからずいるものだから、味方につけられるならつけておくにこしたことはないだろう」

「だが、軍務尚書の地位まで約束してまで味方にする必要があるのか?!」

 

 そう叫んでレオは司令部内の将校を見渡した。将校らはすこしの間をおいて自分の意見を述べ始めた。

 

「そうはいってもだな。半ば名誉職の幕僚総監や予備軍総監より良い地位で、なおかつ現役元帥が就いていてもおかしくないところとなると三長官職くらいしかなかろう。まあ、量産帝の御代のように現役元帥が何十人といるようなのであれば、辺境軍管区の司令官にできるかもしれんが」

「実戦指揮を執る司令長官職は論外だが、後方勤務の軍務尚書や統帥本部総長なら問題ないだろう。軍務尚書であれば次官に、統帥本部総長であれば次長に、全権を集中させてしまえばトップが無能であっても問題ないだろう。実際、そういう前例も幾度かあったはずであるし」

「参謀長の仰る通り、知名度が低いとはいえ、元帥がこちらの味方についているという印象は大きい。取り込んでおいて益にならないことはあっても損になるということは、まずないとみて良いと思う」

「もとより出世競争に敗れてよりは身の程を弁えて十数年間も幕僚総監の地位に安住していた男だ。軍務尚書になったからといって、強権を振るった運営をするとも思えぬ。それに既にしてけっこうな御歳なのだから、あまりに無能だったり、邪魔なことを仕出かすようなのであれば、年齢を理由にして早々に予備役編入してしまえばよい」

 

 総じて薬になることはあっても毒になることはないという肯定的な意見ばかりであった。しかしそれでもレオは納得できていないようで憤懣やるかたないようであり、可愛い後輩を見かねてノイラートは少し気分転換をさせてやらねばなるまいと気をきかした命令をだした。

 

「どうやら戦意がありあまってるようだから、旧軍務省への援軍はおまえのとこの第七中隊に任せよう」

 

 参謀長の発言に、だれにどの程度の兵力を率いて援軍に行かせるか少し前に激しく議論していた将校たちは目を剥いたが、予期せぬクラーゼンの訪問で議論に使える時間を浪費してしまったし、そう悪い判断でもないように思えたので、独断で決められたことに不快感を抱いても、反論しようとするものはいなかった。

 

 レオは素早く自分の中隊に出動を命令して、旧軍務省に籠城しているレルヒェンフェルト近衛中尉を救援すべく行動を開始したが、宮殿の敷地内から出て行こうとした時に、玄関先で警備の近衛兵らと揉めに揉めている将校たちが目についた。無視しようと思ったが、乱闘沙汰の様相を呈していたので、そちらを先に対処しに行くことにした。

 

「いったい何の騒ぎかッ」

 

 レオが一喝すると近衛兵たちはいっせいに姿勢を正した。結果の出ない押問答から解放された二人の将校の内、片方は安堵の表情を浮かべたが、もう片方の第二区警備連隊長のブロンナー大佐は押問答をしていた熱気の冷めぬまま矛先を場を支配する近衛大尉へと向けた。

 

「近衛司令官に確認したいことがある。なので至急ヴァイトリング中将と面会したいので取り次いでくれ」

「近衛司令部への報告は混乱を避けるために首都防衛軍司令部直轄旅団司令部に限定されていたはず。そして卿は旅団司令部の参謀紀章をつけておらぬ以上、お取り次ぎするわけにはいきません」

「それは承知している。だが、旅団司令部に民政省の業務掌握が難航しているから、業務内容に詳しい人材を派遣してほしいと数時間前から要請しているのになんら返答が来ぬ。近衛司令部まで要請が届いているとはとても思わぬから、司令官に直接会って要請したいのだ」

 

 これにはレオも無視するわけにはいかなかった。民政省の業務掌握がうまくいっていないようなのであれば、クーデターを成功するために適切な便宜をはからなくてはならなかった。しかしレオには取り次いでいる時間がなかった。

 

「そこの少尉!」

「はっ」

「大佐殿の要望を近衛司令部に取り次いでやってくれ」

 

 近衛少尉にそれだけ告げてレオは中隊を率いて旧軍務省へむかった。残されたブロンナーは自分の所属と要望を丁寧に近衛少尉に語って司令官のヴァイトリング中将と面会したいのだと告げたのだが、面会できたのは近衛参謀長のノイラート大佐のみであった。

 

 司令官と直接面会できないことについて参謀長は、常なら管轄が別である首都防衛軍も指揮しなくてはならない多忙な状況であるからと説明したが、それでも直接返事だけ貰うだけなら構わないだろうとブロンナーは頑なだった。しかし拘禁中のヴァイトリング中将に会わせ、これが近衛司令部によるクーデターであるとあきらかにしてしまうわけにもいかなかったのでノイラートは司令官も慣れない仕事をしているのでストレスを溜めているのだから、今やっている仕事に集中させてやってくれとごまかした。

 

 最終的にノイラートは民政部門に詳しい人材を三〇分以内に絶対派遣すると確約することでブロンナーを折れさせた。近衛参謀長と第二区警備連隊長の面会はほんの一〇分ほどであったが、自分が隠してくれる物事が相手に看破されないよう互いに必死であったために、体感的にはとても長い時間であったように思え、なんとか隠し通すことに成功したと二人の大佐は別れてからしばらくしてホッとため息をこぼした。

 

 しかし片方は隠し通すことに失敗しており、相手側に看破されてしまっていたのである。




なお、仮にノイラートの構想通りに成功してしまった場合、同盟と帝国との協力協定に調印したミスター・トリューニヒト氏は建前の上では大貢献者になってしまうので、内実を考慮しなければ傷ひとつない完璧な経歴書を掲げて政界に復帰できてしまう模様。

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