リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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新アニメ見てると同盟側の話も書きたくなってきた。また短編作ろかな……


政治犯収容所

「陛下! 収容施設を新しく建設できる空き地を確保しました。こちらの書類をご覧ください」

「首都星から近くて気候状況も良好な未開発惑星だと? 既に万を超える収容施設を建設したというのに、よくこんな良条件の惑星がまだ存在したものだ」

「それはある問題があったためです。大気がないので惑星上で息をすることができません」

素晴らしいぞ(ヴンダバーツ)! ここに囚人を放り込めば死体処理の手間を省いても伝染病の心配がないわけだなファルストロング! すぐに建設をはじめたまえ!」

了解(ヤヴォール)! 我が皇帝陛下(マイン・カイザー)!」

 

 以上の銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと初代内務尚書兼社会秩序維持局長官エルンスト・フォン・ファルストロングのやりとりは、自由惑星同盟で創作された反帝国のプロパガンダの一作品であり、あからさまに露悪的で誇張され滑稽化されたものではあったが、ルドルフが皇帝に即位して専制を強めていく過程で、いわゆる国家内部に巣くう“武力を持たぬ敵”を隔離ないしは処分するための収容施設が帝国各地に建設され、その劣悪な環境と杜撰な死体処理のせいで伝染病が蔓延し、殺すつもりじゃなかった囚人も大量に死んでいったというのは事実である。

 

 “武力を持たぬ敵”を収容する施設が多数建設されていった原因は、むろん初代皇帝ルドルフの統治手法にある。帝国開闢期においてはまだ連邦時代の民主主義的要素が色濃く残されていて、ルドルフを代表者とした議会における圧倒的多数派が民意に背中をおされて暴走しているといった面があった。銀河連邦末期の腐敗ぶりは民衆が絶望するに充分過ぎた。そこら中で犯罪組織や自警団、政党の私兵団が街頭闘争を繰り広げ、たまたまその場にいただけでの何の関係もない人間が街頭闘争に巻き込まれて死んでゆく混沌の時代であったのだから。

 

 そしてルドルフ率いる国家革新同盟は過激な手法によってその時代を終わらせた人物なのだ。帝国暦二年にルドルフは議会に政治犯罪を規定する法案を提出した。同盟では“最後までルドルフに抵抗した共和主義闘志”として高く評価され、帝国では“最後まで大帝の偉業を妨害し続けてまで既得権益に固執した私欲まみれの下衆”と蔑まれる共和派議員ハッサン・エル・サイドは「政治犯の規定が不明瞭であり、また連邦憲法の政治的自由の規定に背反しており、法的に問題がある」と反対の意思を示したが「法的な問題は皆無であることを最高司法権を持つ皇帝たる余が保証する。故にこれ以上の議論は不要だ」とルドルフに一蹴されて審議にかけられ、九割を超える賛成票で可決された。当時の国家革新同盟の議席は議会全体の七割強であったから別に法案を可決するにあたって他の政党の議員からの賛成票など不要であったのだが、規律ある秩序を欲する世論に他の政党の議員も迎合したのである。

 

 このような法案が成立したことで、政治犯収容所が帝国に設置されることになった。なぜ刑事犯とは異なる収容施設を設置することになったかと言うと、政治犯への対処を担当する内務省警察総局公安部が「刑事犯と一緒の場所に政治犯を収容すると周囲を洗脳しだす」という見解をしたためである。だが、少なくともこの段階においては、政治犯収容所は決して劣悪な環境であるとは言えなかった。というのも、あくまで政治犯を再教育して社会復帰させることが目的とされていて、徹底的な自己批判を行えば収容所から釈放されることが多かった。

 

 しかし帝国暦九年に劣悪遺伝子排除法が発布され、帝国議会の永久解散と同時に警察総局公安部と国家革新同盟規律調査部の人員を中心に社会秩序維持局が設置されると事情が変わってきた。この頃からルドルフの政策が民衆多数の望みから乖離していき、帝国統治の在り方は、“圧倒的多数派の暴走”から“貴族階級を中心とした少数による多数の支配”に変貌していくのである。当然、そうなると民衆に対して絶対的恐怖を与えて抵抗の意欲を奪い、従順な存在にさせる必要が生じるようになるわけで、そのために社会秩序維持局には公安部時代にはなかった主観的判断で政治犯認定を下せる特権が与えられた。そして“疑わしきは罰せよ”の精神で職員が動いたために政治犯の数が爆発的に増加し、比例してそのための収容所が大量に設置されるようになった。

 

 さらに翌年の帝国暦一〇年にルドルフは皇帝特権によって政治犯に加えて新たに思想犯という新たな“武力を持たぬ敵”の種類が設定する“国体護持に関する法令”をだした。内容としては『政治犯は政府の方針に反対しただけなので更生できる可能性があるが、国体そのものを破壊せんとする思想犯は更生の可能性が極めて低いので生命の危機が伴う収容惑星矯正区を設置し、そこで徹底的な再教育が必要である』というものである。

 

 政治犯と思想犯はよく混同されているが、例えば反軍思想など民衆を惑わすような政治的主張をしているだけなら政治犯であるが、ゴールデンバウム王朝による絶対君主制そのものを否定する主張をしたなら思想犯である。つまり、思想犯たる民主主義者は地獄の矯正区に叩き落し、更正可能なはずの政治犯の母数を減らして政治犯に対しては比較的寛大な措置をとって、民主主義を奉じている者には容赦しない姿勢を鮮明にして国民が自ら保身をはかって臣民化するよう仕向けるための法令であったといえる。

 

 その後もゴールデンバウム王朝は五〇〇年にわたって明文化された法律違反したわけでもないのに、政治犯・思想犯の烙印が押されて政治犯収容所や矯正区に収容される犠牲者を生み出し続けてきた。これはゴールデンバウム王朝中興の祖にして最も開明的な君主であった歴史家から評されるマクシミリアン・ヨーゼフ二世の時代とて例外ではない。それほどまでに帝政を支える重要な要素であるとされてきたのである。

 

 ラインハルトが独裁体制を敷くと政治犯・思想犯の大多数が釈放され、すべての矯正区とほとんどの政治犯収容所が閉鎖されたが、それでも完全に消し去ることはできなかった。いくらローエングラム王朝が民衆の強い支持を受けて開明的な統治をしているとはいえ、暴力革命を扇動する活動家やら政治的テロの実行者に行動の自由を赦してやるわけにはいかなかったのである。

 

 というわけで、いくつかの政治犯収容所は憲兵隊に移管された上でローエングラム王朝でも存続した。帝都中枢から車で一時間ほどの地点に存在するマールブルク政治犯収容所もそのひとつである。首都星にあることから、ここに収容される政治犯は基本的に帝国の上流階級であり、帝国中枢の政争次第では釈放される可能性が充分にある政治犯が収容されていた。ローエングラム王朝開闢期の改革で主導権を握っている開明派貴族のほとんどが、一度は政治犯としてここに収容されたことがあるといえば、なんとなく理解できるだろうか。

 

 そういった政治犯しか収容されることがなかったために、マールブルク政治犯収容所の環境は一般刑務所と比べても環境はかなり良いといってよく、特に高位貴族用の独房にいたっては後宮豪邸の一室かと疑いたくなるような調度品と設備が整っているのである。爵位や貴族籍を持つ者が、旧王朝下ではどれほど優遇措置がとられていたのかの例証のひとつであるといえよう。

 

 とはいえ、新王朝になっても首都星に凶悪な人物を入れておくのは如何なものかという問題があって、収容されているのは過激思想を唱える思想家がほとんどで、実際に反帝国組織に所属してテロ活動をしていた者は収容されることがなかったから囚人の数はわずか三十数名であり、囚人の行動も敷地内では自由であったし、前もって申し出れば憲兵の監視付ではあるが外出も認められていた。

 

 そのような収容所であるため、ここに勤務している憲兵たちはいささか緊張感と勤労意欲に欠けていた。そのため、続々と拘束された中央省庁のお偉方が移送されてきても平和ボケしていた憲兵たちはどうすればいいのかさっぱりわからず、所長のバルトハイム憲兵中尉の判断でとりあえず送られてきた人物をそのまま牢屋に収容することにした。あきらかにここの憲兵で管理しきれるような数ではなかったので、そのうち自分より上の将校が命令書を携えてやってくるだろうから、その人物に責任を丸投げしようという心境だったのである。

 

 しばらくして近衛司令部の命令書を携えた長身の将校が約五十名の部下を引き連れてやってきた。その将校を前にしてバルトハイムはこんな季節なのにずいぶんと肌の焼けた人だなと妙な違和感を感じたが、むこうが少佐の階級章をつけていたので先に敬礼をして名乗った。

 

「マールブルク所長のバルトハイム憲兵中尉であります」

「憲兵本部政治作戦二課のアインザッツ少佐だ。近衛司令部の特命により、叛逆者の処刑に来た」

 

 アインザッツ少佐――正体は貴族連合軍残党勢力の幹部の一人で、“ラナビアの絞刑吏”の異名を持つ指名手配犯サルバドール・サダト元准尉――は双眸に鋭い光を滲ませ、威圧感を出しながらそう宣言した。憲兵本部政治作戦課とはその名の通り政治的要素が濃い作戦を担当する部局であり、今回の一件に携わるのが自然だとジーベックが判断したため、サダトはそこに所属していると偽っていた。

 

 いきなり裏事専門の部署に所属している人物がやってきたこと、そして持ち込まれた案件のとんでもなさに対する衝撃で、バルトハイムは先ほど感じた違和感が一気に吹き飛んで、慌てて問い直した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、裁判もなしに処刑ですか? まだなんら証拠がないでしょう?」

「でも近衛司令部からの命令だからなぁ……。ほら、これ」

 

 サダトは近衛司令部の判が押されてある命令書をさしだした。その命令書は叛逆者たちを処刑せよという趣旨の内容が書かれており、処刑すべき叛逆者たちのリスト――という名目で、クーデターが成功して権力を掌握した際に邪魔になるであろう文官たちを貴族連合軍残党が選別して作成された粛清リストが付属していた。

 

 バルトハイムは念には念をいれて五回ほど最初から最後まで命令書の内容を読み間違えていないか確認したが、命令文そのものが偽造ものであることまで想像力が働かなかったようで、懇願する様にサダトを仰ぎ見た。

 

「しかし、本当にこの命令を実施してよいものでしょうか。旧帝国とは違う法治主義を標榜してきた新帝国(ノイエ・ライヒ)ではありませんか。なのに裁判もなしにこのようなこと……。今回の処置が陛下の御心にそうものであるのかと小官は疑問を禁じえません」

「中尉、これは国家の問題であって、法的解釈や規則の問題ではない。証拠があろうがあるまいが、叛乱の現行犯を粛清するのは国家にある当然の権利だ。そしてその権利は、皇帝陛下の信任したもう近衛司令部の者達が行使することを決定したのだ」

「で、ですが……」

「それにだ。陛下の御心にそうかどうか気に病んでいるようだが、陛下とてまだ帝国軍総司令官でしかなかった頃、自身に対する暗殺未遂に対し、その首謀者であるリヒテンラーデ公とその一族を裁判なしでこのマールブルクで処刑するよう命じたではないか。それと同じことをするのが大した問題とは思えんが」

 

 リップシュタット戦役終結直後の式典にて、ブラウンシュヴァイク公の知恵袋と称されていたアンスバッハ准将が主君の仇と称して帝国軍総司令官だったラインハルトの暗殺をはかった。暗殺そのものは失敗に終わったものの、ローエングラム元帥を守るために上級大将一名が身代わりなって死亡した。ローエングラム派はこの惨劇をむしろ奇貨として利用し、暗殺劇はリヒテンラーデ公の策謀によるものだったとして、リヒテンラーデ派の粛清を行い、ローエングラム派による帝国の独裁権を確保したのである。

 

 リヒテンラーデ公やその一族の身柄を確保したのは当時はまだ一艦隊司令官にすぎなかったロイエンタールであり、リヒテンラーデ公の一族をとりあえず最寄りのマールブルク政治犯収容所に収容したのである。その後、ラインハルトが「一〇歳以上の男子は処刑、それ以外は辺境に流刑」する決断したので、ロイエンタールの指揮の下、このマールブルクでリヒテンラーデ公の一族は処刑されていったのであった。

 

「なによりわれわれが帝国軍人である以上、命令には絶対服従というものだ。違うかッ!」

 

 少佐にここまで強く言い切られては、バルトハイムとしては沈黙するしかない。これ以上抗弁しても上官の不興を被るだけであろうし、サダトの言う通り、命令への絶対服従は帝国軍人の精神であり、その一糸乱れぬ忠誠と規律こそがルドルフの時代から今なお続いている帝国軍の誉れであった。すくなくとも、帝国軍の建前としては。

 

「それでリストにある叛逆者を処刑場に集めろ。全員銃殺刑に処す」

「はっ、ですが、送られてきた文官をとりあえず牢にいれるくらいしかしておりませんので、この叛逆者リストに名がある人物が収容されているのか把握できておりません」

「雑な仕事をしやがって。それでも貴官は政治犯収容所の所長か?」

「はっ、申し訳ありません」

 

 続々と送られてくる官僚を逃がさないようにするだけでも手一杯だったんだとバルトハイムは言いたかったが、言えるわけがなかった。場違いではないかと思えるほどのほほんとした空気がほんの数時間前まで政治犯収容所全域を覆っていたにもかかわらず、このような事態に完璧に対応できるほど自分はできた憲兵将校ではないなどといえば、後々無能を糾弾されて降格処分ものである。

 

 一方サダトとしてはマールブルク政治犯収容所の杜撰な運営に憤りを禁じ得ない。彼はかつて勤務していたラナビア矯正区においては完璧な管理体制が敷かれており、どこにだれがいるかわからないなどありえない話であった。労働不可能者や反抗的な思想犯を殺戮してまわるのがサダトの仕事であったが、数だけではなくだれを殺したかもちゃんと矯正区司令部に報告しなければならなかったのである。だから、あまりにも政治犯収容所の対応が雑であると感じたのである。

 

 早急にだれを収容しているか囚人名簿を作成すべきというサダトの言にバルトハイムは同意して新たな命令をくだした。憲兵たちが政治犯収容所内の各牢に白紙とペンを持っておとずれ、「この紙に所属と氏名を書け」と囚人たちに命じた。これをだれかを探しての行為であると察し、咄嗟に嘘の所属と偽名を書いて難を逃れようとした者たちが相当数いる。有名どころではマインホフ内閣書記官長、ベルンハイム宮内尚書、ブルックドルフ司法尚書、ゼーフェルト学芸尚書、エルスハイマー民政次官である。うち、ベルンハイムとゼーフェルトは囚人全員が書きあがった後、憲兵が一人一人確認していく時に同室の囚人が反応してしまい、憲兵から暴行を受けるはめになった。

 

 だが、不幸中の幸いというべきかベルンハイムは貴族連合残党からは取るに足らぬ小者と認識されており、粛清リストに名前がなかったので命脈を保った。しかしゼーフェルトは『ゴールデンバウム王朝全史』をはじめとする、神聖にして不可侵なるゴールデンバウム王朝歴代皇帝を批判する著作をたくさん発表するという“不敬”を犯したと憎悪されていたために、権力奪取に際してはたいした障害になるとは思われていなかったにもかかわらず粛清リスト入りしていたため、暴行後にきた新たな命令で処刑場に連行されることとなった。似たような理由で学芸省の高官数名も尚書と最後の時をともにすることとなる。

 

 カール・ブラッケ民政尚書は皇帝批判等を躊躇わずに行うせいでマスメディアで顔が知られすぎていたため、憲兵から名前を聞くまでもないと思われており、ブラッケ自身もそれを弁えていたのか彼個人の反骨性の現れか堂々と“民政尚書カール・ブラッケ 開明政策推進者”と書いた。そしてその後の処刑場への連行命令でも「自分の足で歩ける」と言い張って、憲兵に両腕を掴まれて連行されるという他の者達のような醜態はみせなかった。

 

 そして処刑場に名前を偽り切ったもの以外で粛清リストに名が載っていた者達が処刑場近くに集められた。最初のほうに処刑場に連行されたブラッケは後からやってきた傷だらけのゼーフェルトの姿を確認して驚き、ついで納得して怒りを覚えた。ブラッケはラインハルトがいつルドルフみたいな抑圧的な専制者になるか知れたものではないと疑っており、今回の事態はその懸念が現実化したためではないかと思いはじめていたのだが、それが否定されたからである。

 

 改革者なのか疑わしく思ってはいても、ラインハルトのゴールデンバウム王朝に対する憎悪は絶対的であるとは理解していた。ラインハルトとは職務上の付き合いしかしておらず、あまり私的にかかわることをブラッケは忌避していたが、それでも彼の言葉の節々からブラッケはそれを感じ取っていたのである。そしてゼーフェルトはゴールデンバウム王朝に対してはともかく、今のラインハルトやローエングラム王朝にたいして批判的なことをしていない。つまり反動的な何者かが、卑怯にもラインハルトの看板を利用して暗躍しているためであると悟ったのである。

 

 反動的であるというだけで原理主義的かつ強硬的な開明派の領袖であるブラッケとしては赦しがたいのだが、卑怯にも自分の名で戦わず、敵対者の名を利用して他者の忠誠心を利用して行動する何者かの卑劣さにはおぞましい嫌悪感をいだかずにはいられなかった。そしてそのことを声をあげて主張した。

 

「これは皇帝(カイザー)の意に非ず! 軍人どもはわれわれがクーデターを起こしたと主張するが、それならなぜここに学芸尚書をはじめとする学芸省の者達がいるのか。学芸省は教育・学術・文化の庇護を主目的とする省であって、政治の分野に直接関与する省ではない! ひどい言い方をすれば、彼らがサボタージュしたところで遠征に悪影響を及ぼすることなどない! にもかかわらず、彼らがここにいるのは何故か。それは今回の一件が旧王朝の悪弊をなおも隠蔽しようともくろむ卑劣な反動主義者による陰謀であるからだ! なぜならゼーフェルト尚書は旧王朝を批判する著作を幾度も発表したからであり、われわれ開明派はそもそもクーデターなど起こしてはいないのだからな!!」

 

 この主張に叛逆者を逃がさないように包囲している憲兵たちが動揺した。あくまで帝国とラインハルトへの忠誠心から帝国軍は行動しているのであり、このような理の通った主張をされると不安を感じずにはいられないのである。このまま喋らせてはまずいと感じたサダトと一緒に来た将校の服をきた工作員がブラッケの口を封じるように命じたが、現場を纏めている憲兵下士官がこのまま言わせっぱなしのまま口を封じたら逆に向こうの言い分を信じかねないので、論戦で論破すべきであると主張した。

 

 工作員は実力行使も考えたが、そうするとこの政治犯収容所でデカい顔をし続けるのも問題がでてくるだろうし、最悪粛清すべき官僚どもを取り逃がす可能性がある。せっかくここに集めたのだから、なんとしても処刑したい。そういう考えでブラッケを論破しようと試みたが、旧王朝から改革を訴えてきた筋金入りの政治家相手に理屈だった論戦で勝利しようなどと無謀もいいところで、逆に論破されまくってしまい、かえって憲兵たちの不信を誘うことになった。

 

 将校に扮した工作員がこれ以上はまずいと思いが強くなってきたところで、騒ぎを聞きつけたサダトが処刑場にやってきた。ブラッケは階級章からサダトが責任者である睨んでくってかかったが、それに対するサダトの返答は言葉ではなく、無言で腹部に撃ち込まれた鉄拳であった。

 

「な、なにをするのですか?!」

 

 突然の暴行に周りで悲鳴もあげ、特に近くにいた憲兵の一人が反感も露わにそう叫ぶと、サダトが殺意をこめて睨み返した。

 

「少佐に向かって兵卒風情が意見するとは耳を疑うが、俺は神経過敏か?」

 

 サダトの放つ不気味な威圧感に圧倒され、睨みつけられた憲兵は数歩下がった。これに抗うようなことをしてはいけないと身の危険を感じたのである。

 

「……いきなり殴りかかってくるとは、もしや、おまえが首謀者の一人か」

「叛逆者どもの首魁が、なにを偉そうにほざく?」

 

 嫌悪と軽蔑を持ってサダトは、地面に蹲りながらもそう主張するブラッケを見下した。べつにサダトはゴールデンバウム王朝にたいする忠誠心があるわけではなかったが、開明派のようななんらかの理想に殉じてる奴は吐き気がするほど嫌いなのである。

 

「なにやら狡猾に自らの罪を否認しようとしていたようだが、他の連中ならいざ知らず、貴様ら開明派がそのようなことをしても見苦しいだけだ。貴様らは常日頃から偉大なる皇帝ラインハルト陛下を批判する愚か者どもだ。いままで陛下が御恩情で見逃してされていたのに増長しやがって。報いを受けろ」

「ゴールデンバウム王朝の頃と、なにひとつとして変わらんな。権威を笠に着て暴力を振るい、真実を覆い隠そうとする。それを壊し、新しき世界を築こうとしているのが皇帝ラインハルトだというのに、それに対する忠誠を理由に彼が否定した行いをするとは、彼に対する二重の侮辱であろう」

「ふん、いまさら神妙に皇帝陛下を持ち上げても遅いわ」

 

 サダトの主張は一部の帝国民衆が開明派に対して抱いている偏見をそのままにしたものであり、この場にいる者のほとんどが軍人であることも相まって、自然に受け入れられるものであった。しかしこれ以上騒がれても面倒だとサダトは思って殺すかと考えたが、尚書ともあろうものを形式に則った処刑という形で殺さないとまた憲兵がうるさくなるかと懸念したために、部下の工作員にブラッケの両手を後ろで縛りさるぐつわをはめて喋れないようにすることで妥協した。

 

 その処理を終えた頃に囚人リストと叛逆者(粛清)リストと合致する全員を牢から出し終えたことを確認してバルトハイムが処刑場へやってきた。バルトハイムは警備の憲兵たちが不安そうな顔を浮かべていたので、気になって事情を聞き、ブラッケによるゼーフェルト以下学芸省の人員も処刑しようとするのは反動主義者が裏で陰謀を巡らしているという証拠と叫んでいたことを知った。

 

 さすがにこれは不審に思ってバルトハイムがサダトに確認した。そんな面倒なこと言ってたのかあの野郎と忌々しい顔をしてサダトは嘘八百を語った。

 

「連中の計画では学芸省の者達はこれが終わった後、この叛逆行為を正当化するための宣伝を主導する役割を果たす予定だったらしい。証拠はないが、近衛司令部の尋問で学芸省の役人の証言が得られているそうだ」

「そうなのですか。では、なぜその役人をこちらにまで連れてこないのでしょうか。であればこんなことにならずにすんだのに」

「さあ、国家機密に抵触するようなことまで証言してしまったから、どう扱ったものか迷ったんじゃねぇの? そんなに気になるんなら近衛司令部に確認の使いでも走らせるか?」

「いえ、アインザッツ少佐のお言葉だけで充分です」

 

 サダトがあまりにも臆せずに自然にそう言ったばかりか、近衛司令部に確認するかとまで言ってきたので、バルトハイムは充分な確証があるのだと誤認した。それから数時間とせぬうちにバルトハイムはこの判断を激しく悔やむことになるのだが、それでも当時と後世の者達から軽率と誹られることになる。

 

「それにしてもマリーンドルフ伯もいなかったのか。奴も開明派と一緒になっていたというし、取り逃がしたとは痛恨だな」

「他の者達はともかく、マリーンドルフ伯にかんしては移送前に近衛司令部の指示で新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)のほうに連行したそうです」

「そうなのか。なにかマリーンドルフ伯が生きていてもらわねば困るような事態でも生じたのかねぇ」

 

 貴族連合残党が作成した粛清リストには国務尚書マリーンドルフ伯の名前もあった。これは近衛司令部側がマリーンドルフ伯を説得して取り込もうと目論んでいたことを、貴族連合残党が知らなかったためである。

 

(政治犯収容所が杜撰な仕事をしていたせいで、予定よりえらく時間が遅れてる……。それに大物含めてリストの六割近い人間を取り逃がしたか。まあ、あと一〇人か二〇人くらいは嘘を申告してまだここに収容されてるって可能性もあるが、こんなにグダグダじゃあ、よしんばこの状況を乗り切ったとしても、最終的な成功の目なんてほぼゼロだな)

 

 ラインハルトの権勢を思えば、貴族連合残党がゴールデンバウム王朝復興という大業をはたすには事前準備の徹底は当然として、ギャンブルで勝利し続けるような幸運が必要不可欠であろう。こんなところでつまずくような運の悪さでは、お先が真っ暗であるとしかサダトには思えなかった。

 

 しかし貴族連合残党の将来などサダトにはどうでもいいことである。サダトにとって重要なことは、彼の個人的な欲求を追求することであり、可能な限り多くの人間を破滅させていくことである。それで心の飢えが癒されることはないが、鬱憤晴らしにはなるのだから。

 

 というわけでサダトはきわめて事務的な姿勢を装って、処刑の実行をバルトハイムに命じた。まず最初に、尚書二名の処刑が執り行われた。憲兵たちは二人一組で処刑場の壁の前の棒に二人を括り付けた。その時に、ブラッケのさるぐつわもはずした。

 

「言い残すことがあれば聞こう」

 

 バルトハイムの問いに先に反応したのはゼーフェルトであった。

 

「私は無実であり、陛下に反逆するなどありえぬことです。そのことを国民に伝えてほしい。そして私の家内と息子に愛していると伝えてほしい。それだけです」

「……善処しよう。撃てッ!」

 

 その号令で八人からなる銃殺隊がビーム・ライフルを構え、ゼーフェルトを銃殺した。数秒間、物言わぬ骸となったゼーフェルトの体をバルトハイムは見つめていたが、切り替えて隣のブラッケを見た。

 

「そっちはなにか言い残すことはあるか」

「……絶対服従の精神かなんだか知らんが、命令でも少しは自分で物事を考えろ軍人(バカ)どもが」

 

 もう死ぬというのに、ブラッケの声は動揺の色がかけらもなく、むしろこちらを哀れんでるような声であってバルトハイムを驚かせたが、すぐに職務を思い出して号令をかけた。

 

「撃てッ!」

 

 こうしてこの場で、帝国は二人の尚書と開明派を中心とする高級官僚六九名がマールブルクにて処刑された。このことが銀河帝国の未来に暗い影をおとすこととなる……。


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