リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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黄金樹に栄光を

 いったいいつになったら演習が始まるんだ。帝都第一旅団所属第二区警備連隊長マテウス・ブロンナーはいらだちをせわしなく足踏みすることで誤魔化していた。演習開始の予定時刻を過ぎているのにいまだに音沙汰なし。たしかに首都防衛軍の会議が終わり次第と但し書きされていたのはわかっているが、待機命令が下って連隊を所定の位置に整列させてからもう二時間経過している。いったいどれだけ待たせるつもりなのか。

 

 最近、ブロンナーはいつも機嫌が悪かった。彼の両腕は温かみのない義手であり、両目は無機質な義眼であった。ブロンナーの前の所属はレンネンカンプ艦隊であり、今年三月にはじまった同盟征服を目的としたラグナロック作戦に参加しており、ライガール・トリプラ両星域会戦において乗艦が大破した時に両腕が鉄の破片で切断され、高出力ビームを直視してしまって両目を失明してしまったからである。

 

 それからは本国に移送されて治療とリハビリに集中し、軍務復帰できる頃には帝国軍本隊は同盟再侵攻のためにフェザーンに戦力の移動を完了させていたので、帝都勤務の連隊長ポストがあたえられたのである。それがブロンナーには不満なのだった。その所属では、今度こそ同盟を完全征服するはずの第二次ラグナロック作戦に参加できないからであり、事実そうなった。

 

 ブロンナーが不満なのはなにも軍人としての栄誉をえるため、武勲をたてたいという栄達心や虚栄心のみが原因ではなかった。彼はまわりから筋金入りの君主主義者ないしは反共和主義者であるとみられており、本人も同盟への敵意を隠そうともしなかった。それは彼の経歴によるところが大きい。

 

 彼は平民階級出身者であったが、それなりに歴史がある裕福な軍人家庭の出身で、五人兄妹の三番目として生まれた。物心ついたころには父親は同盟との戦争で戦死しており、末の妹を除いた兄弟は全員士官学校を出て職業軍人になったが、最初は次男、次に四男、最後に長男がヴァルハラにいる父親の下へと向かった。すべて同盟軍との戦闘で戦死したのである。

 

 しかしブロンナーは運良く重傷を一度も負うことなく三〇歳の誕生日を迎え、兄弟が先々に死んでいくから自分もそうなるのではないかという不安から遠慮し続けたのをやめ、二〇歳なかばから懇意にしていた酒場の受付嬢に勇気をだして求婚し、翌年には結婚して子も生まれ、母と妹と妻と子の五人で一緒の家に暮らすようになった。ある意味では、それがブロンナーの人生の絶頂期であった。

 

 結婚してから三年後、遠征から戻ると自分の家が跡形もなくなっていたのである。帝政打倒を掲げて活動する共和主義地下組織が起こした暴動に自宅が巻き込まれたのである。警察官に連れられて家族全員の死体――まだ幼かった子もふくめて、無残な傷跡の残る遺体ばかりであった――を確認させられた時、ブロンナーの中で共和主義に対する揺るがぬ基本的認識が築かれた。

 

 邪悪なる共和主義を世界から根絶せねばならないと決意をかたくし、その総本山たる自由惑星同盟を滅亡させるべく、ブロンナーは軍内部において同盟に対する大規模侵攻という強硬論をとなえてやまないようになった。それは建前の上ではともかく本音としては同盟を征服して百億を超える共和主義者――思想犯を国内に抱え込むことを望まない貴族たちにとってはおもしろくないものであったので、圧力をかけられた軍上層部の判断で同盟との勢力境界付近の哨戒部隊に左遷させられ、大規模会戦に参加できなくなったが。

 

 とまあ、そのような経歴の持ち主なので、悪の共和国を殲滅する正義の大事業に参加できないことが心の底から不満でたまらないのであった。それが態度に出続けているので連隊員のほとんどから「新しい上官はおっそろしいなぁ」と思っており、怖さを軽減するためかブロンナーが義眼だからという共通点で“小軍務尚書”などというニックネームをつけられていた。しかし、最近ではあきらかに怖さの方向性が異なるという理由で、義眼要素を無視した新たなニックネームが連隊員の間で定着しつつあった。それは“黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)連隊長”というものである。

 

 首都防衛軍の伝令兵がエアバイクに乗ってやってきた。ブロンナーは近寄ってきた伝令兵の敬礼に答礼すると、ひったくるように伝令兵がさしだした封筒を受け取り、乱暴に封をあけて中の命令書を確認した。副官は上官が命令書をよみすすめるうちにみるみると表情がかたまっていくのを確認し、疑問をいだいて緊張せざるをえなかった。それに気づいたブロンナーは命令書を押し付けるように副官に手渡した。

 

「……こ、これは」

 

 副官はあまりにも信じがたい命令に驚き、上官の顔を伺った。その態度を見てブロンナーは、自分が唐突に帝国語をありえないような誤読してしまう病に感染したわけではないらしいと客観的な分析ができ、事態の深刻さを思い、気を引き締めた。

 

連隊(レギメント)傾注(アハトゥング)!」

 

 整列した連隊員二七九八名がいっせいに踵を鳴らして姿勢をただす。

 

「首都防衛司令部が爆破され、司令部要員が重傷を負って機能停止状態にある。指揮権を引き継いだ近衛司令部は状況証拠から今回の遠征に反対する官僚勢力のクーデターと断定。ヴァルプルギス作戦に従い、われわれに官庁街の閉鎖を命じた。わが連隊の担当は内務省及び民政省である」

 

 連隊員は沈黙し、隣り合った者同士で視線を交わしあった。演習内容は武装憲兵隊を反体制テロ組織と想定しての、対テロ作戦であったはずではないか? 動揺が広がっていく連隊員を見て、ブロンナーは厳として叫んだ。

 

「これは演習にあらず! 現実だ。現実におこったことだ。官僚どもの反戦クーデターだ! 首都防衛司令部が爆破され、指揮は近衛司令部が代行し、ヴァルプルギス作戦が発令された! われわれはクーデターを阻止するために官庁街を制圧する! 我が連隊の担当は内務省及び民政省の制圧である! 繰り返すが、これは演習にあらず!」

 

 驚愕しつつもブロンナーの命令を士官たちは理解したが、兵や下士官は微妙に異なった。ヴァルプルギス作戦という存在自体、彼らは知らなかったのである。それもそのはずであり、首都防衛軍に属する士官以外には機密扱いで知ることができなかった作戦計画だからである。

 

 ゴールデンバウム王朝の体制を支えた三本の柱は官僚機構と軍隊、そして貴族階級である。しかし時の風化作用の中でその三本の柱に歪みが生じ、政略結婚を繰り返して巨大化しすぎた門閥貴族勢力、そして建国以来軍事を重視してきたせいで影響力が際限なく拡大し続けた軍隊によって、官僚機構の職権は両者に食い荒らされるようになった。そのような流れの中で、対政府用オプションとして統帥本部で策定されたのがヴァルプルギス作戦である。

 

 その作戦内容は帝国政府や貴族勢力の政治的都合で軍事に過度の負担がかけられた場合、首都防衛軍を出動させて惑星オーディンのあらゆる通信回線を遮断して影響が拡大するのを防ぎ、五時間以内に帝都全域軍事的に制圧して軍政下に置き、軍事独裁政権を樹立することを目的とした軍のクーデター計画であった。

 

 それは当時の軍部の官僚勢力に対する脅迫材料であり、クーデターを目的とした作戦計画が軍にあることをチラつかせて政府に圧力をかけ、さらに軍の影響力を広めるという目的もあったが、同時に軍を軽視した行動をとれば強硬手段辞さぬという門閥貴族への牽制でもあった。帝国において門閥貴族であることと軍人・官僚という立場は重複するものではあれど、完全に一致するものではない。門閥貴族はとかく自分達の一門の繁栄を追求するが、軍人・官僚は帝国全体を考慮して動かなくてはならないのである。少なくとも建前の上ではそのはずであり、その建前を完全に無視して動くことは国家に対する求心力の低下し、その延長線上に国家の崩壊がある。

 

 ゆえに帝国にあっては絶対の権威者である皇帝陛下を味方につけるなり、皇帝に支配者の資格なしと大衆に信じさせるなりする手順を踏まなくては、国家の形を維持し続けることができない。そして国家の形が保てなくなれば帝国の最高権力を握れたとしても、帝国が複数の独立国家に分裂してしまえば、そんな権力は無意味なのだ。

 

 そういう観点からみれば軍部と政府は貴族(地方勢力)が独立心を持たぬよう牽制しつつ国家の形を守るために協力しあわなければならない関係のはずなのだが、そんなものは同盟との戦争開始以前から帝国内の叛乱鎮圧に軍の力を多用しすぎていたせいで形骸化してひさしかった。同盟の批判精神・愛国精神旺盛なある歴史書の記述を借りれば、「軍隊と貴族と官僚の緊密な連携ができる三位一体の体制は、子々孫々と続く優秀な遺伝子の保有者によって受け継がれるので永続的なものであるという幻想を前提に、ルドルフが帝国を軍国主義的・封建的国家としてデザインした時点で銀河連邦より優れたものとして帝国の体制を設計したにもかかわらず連邦以上の制度的欠陥を有する国家になるのは避けられなかった」のである。だから官僚としてはそういった対立の構図を読み取り、パワーバランスを考慮しつつ慣例や前例を駆使することによって影響力を行使するのが常であったのだ。

 

 しかしラインハルトが帝国の全権を掌握すると貴族階級は力を失い、軍内部において官僚が利用できるような対立要素はなかったので、好む好まざるを問わず官僚は軍部に頭を垂れざるをえなくなった。当然、軍部の権力拡大で自分達の領分に軍人が大きく干渉してくるのに官僚たちは不満を抱いたし、ラインハルト陣営の軍人たちとしてはそれを警戒せざるをえなかった。そこで万一、官僚が団結してサボタージュでもおこして帝国の中央政府が機能不全にでも陥ろうものなら、誕生して間もないローエングラム王朝の基盤に大きな傷がつきかねない。

 

 新帝国成立間もない頃の帝国軍三長官会議の席上で軍務尚書オーベルシュタイン元帥がその必要性を説いた。その背景にはオーベルシュタインの猜疑心の強さもさることながら、ローエングラム王朝が成立すると省庁に対する過度の監視を段階的に解除していく方針に決まった、と、ケスラー憲兵総監から報告されていたこともあったろう。宇宙艦隊司令長官のミッターマイヤー元帥は必要性に疑義をとなえたが、統帥本部総長ロイエンタール元帥は必要性は理解できるとしたが、積極的に賛成はしなかった。

 

 オーベルシュタインの提案を皇帝ラインハルトは即座に返答はせずに保留したが、数日後には条件付きで許可した。現在官界を支配しているのは開明派であるが、彼らはおのれの信じる理念を何より優先する傾向があり、特にブラッケなどの教条主義的な人物は頑なである。無論、それ自体は責められるべきではないが、戦争行為自体に否定的な開明派の存在は、将来同盟の完全なる征服に乗り出す好機がおとずれた時さえ、戦争を阻止しようとなんらかの行動を起こすこともありうるのではないか。よって人類社会の統一が為されれば破棄することを条件として、作戦立案を許可したのである。

 

 皇帝の意向があきらかになり、そういった政治要素の強い作戦計画の策定を行うのは統帥本部の役目であり、ことの重要さから統帥本部総長ロイエンタール元帥、同次長のメックリンガー上級大将自ら作戦の立案にあたった。その際、以前からあったヴァルプルギス作戦を元にして改定する形がとられたので、作戦名もそのまま継承された。

 

 このことが旧王朝残党勢力にとってまさに福音だった。ノイラート大佐からモルト大尉に、モルト大尉からラーセンに。そのルートでヴァルプルギス作戦の詳細を知った事実上の指導者のジーベックは快哉を叫んだものである。想像以上に完璧な作戦内容であり、この作戦を実行していると軍に誤認させた上で帝都を支配することができると確信したのである。すべてが終わった後、「ローエングラム王朝打倒の大義」を超光速通信で帝都から全宇宙に宣言してしまえば、既に大逆的行動に加担した軍を味方に取り込むことすら可能であろうと判断したのである。

 

 しかし近衛部隊のみで自分と思い描く展開を起こすには味方の数が不十分に過ぎた。そのため、ジーベックら六〇〇名ほどの残党勢力はラナビアからひそかに帝都への潜入をはたしており、旧貴族邸に潜んでいた。この邸はある企業が大金はたいて国から買い取ったということになっているが、それはダミーに過ぎなかったのである。彼らは全員帝国軍の軍服を着ていた。ヴァルプルギス作戦は帝都すべての通信回線が遮断される手はずになっているので、軍装と形式が整えられている身分証明書のみで正規の軍人と誤認させることができるだろうと考えられたのである。

 

「どうやら作戦が始まったようですな」

 

 旧貴族邸をおとずれて早速緊張感にかけるようにそう報告したのは表向きは髑髏団(トーテンコップ・ブント)の運営責任者であり、帝都における工作活動の責任者であったワイツであった。ゴールデンバウム王朝時代における彼の身分は帝国騎士(ライヒスリッター)で、しかも三代前までしか歴史がない寒門出である上に際立った才能もないない凡庸な男であったが、どういうわけか帝国の官界を支配していたクラウス・フォン・リヒテンラーデに気に入られ、その補佐官として重用された人物だった。

 

 しかしラインハルトが帝国の全権を掌握するとリヒテンラーデ公爵の側近だったワイツもリヒテンラーデ派の主要人物であるとして官界から追放された。ワイツは同じ寒門出の帝国騎士であったラインハルトに一方的過ぎるシンパシーを感じており、(賄賂を贈られたからでもあるが)あれこれと便宜をはかってやったりしていたのである。なのに、この仕打ちはどういうことだと憤ったのである。ワイツ自身、自分が成り上がる過程で恩人を蹴落として成り上がるようなことはよくしていたのだが、そんな都合の悪いことは完全に無視していた。

 

 余談だが、ゲオルグはこのような人物を何十年と官界に君臨してきた切れ者だった祖父が重用したのは、彼の凡庸だが常識的で直截的で後先考えていない意見を平然と述べることができた点にあったと推測している。くわえて、ワイツには妙な長所があって、多少の無礼には目を瞑っておいてやろうと上位者に思わせる何かがあった。そのことをゲオルグは「ワイツのユーモアは独特で、会話をしているとなぜだか温泉に浸かっているような気分になる」と語っており、一種の清涼剤的な魅力がワイツにあったのかもしれない。

 

 だが、さすがにだれにとってもという境地ではなかったようで、ジーベックはワイツの人を食ったような態度に好感をいだけずにいた。彼はすくなくとも主君や上官にたいしては誠忠の人だったので、自分の利益にのみ関心が強く、問題なく使えるよう資金洗浄に苦労して調達した髑髏団の運営資金を横領しているワイツを内心で軽蔑していた。しかしそれを表に出すわけにはいかなかった。ただでさえ、レーデルのような外道を重用しなかればならないような情勢なのだ。帝都で自由に行動でき、経歴上多少反動的な組織を運営していても治安組織から過度に警戒を持たれないワイツは貴重な駒というべきであった。

 

「モルト大尉がやってくれたわけだな」

 

 ジーベックは近衛部隊と髑髏団の連絡役を担ってくれた真面目で誠実な近衛士官の姿を思い浮かべた。彼と直接対面したのは、ジーベックが追われる身であることもあって、事前に二度しか会っていないが彼に好感をいだいていた。もしもゴールデンバウム王朝復興が成ったならば、彼を相応に重用してやらねばなるまいと思っていた。そこには彼自身がラインハルトを憎むに足る素地があったとはいえ、ラーセンを通じていらぬ情報を吹き込まねば憎悪という形であらわれることがなかったろう。知らずにおれば新帝国でもそれなりの立場に出世していくこともできただろうという罪悪感があるのかもしれなかった。

 

「しかし危険ですな」

「なにがだ」

「ヴァルプルギスが発動しているということは首都防衛司令部を沈黙させることに成功したということでありましょうが、肝心のケスラー司令官が死んだのか判然としません。もし奴が生きておれば、いささか面倒なことになりませんか」

「いささかどころではないわ、たわけが! 近衛司令部の命令に首都防衛軍が服しているのは司令部不在であればこそ! ケスラーが指揮をとれるような状態であれば、首都防衛軍は正規の命令系統に戻ってわれわれの計画はご破算だ!」

「……はっ、もうしわけありません」

 

 恐縮した様子でワイツは呻いた。ジーベックからこれほどの怒気を浴びせられるとは想像していなかったのである。

 

「まあまあ、そう癇癪を起さなくてもよいではないですかジーベック中佐。すでに織り込み済みのことなのですから、仮にしくじっていたところで大した問題ではないでしょう」

 

 幹部の一人がワイツに助け船を出すようなことを言ったが、ニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべている上に嘲弄するような声音だったので、ラーセンの反発を買った。

 

「サダト准尉! ゴールデンバウム王朝のために、皇帝僭称者による人類の暗黒時代を終わらせ、光り輝く黄金樹の下にこそ繁栄する人類の未来のために、身を捧げて義挙を遂行した勇気ある人物に対する侮辱ではないのか」

「そうか、そう解釈されるのか。ククッ、そいつは失敬」

「こ、この元思想犯がぁ!」

 

 あくまで他人を舐めた態度をとるサダトに、ラーセンが殺意もあわらに睨みつけた。ケスラー上級大将以下首都防衛司令部要人暗殺のために、旧王党派残党は会議の警備を任されていた兵士をあらゆる手段を使って取り込み、時限式の高性能プラスチック爆弾を抱えたまま対象に近づいて自爆させる方法をとったのである。

 

 だが、それでもラーセンの殺意はお門違いであった。別にその兵士はゴールデンバウム王朝に対するシンパシーがあったわけではなく、髑髏団という帝都における活動の拠点を得てから長い時間をかけて洗脳した結果である。そのことをラーセンは知っているはずなのだが、万事において狂信的な彼はどうやら異なる解釈をしているようであった。

 

 こんなどうでもいいことで対立するなとサダトの元上司であるレーデル少佐が双方を叱咤して場を治めた。サダトはいかにもどうでもよさそうに切り上げたが、ラーセンの方は忌々しそうに睨み続けたのでサイボーグ風情が命令に背くかと苛立ったレーデルに殴りつけられて、ようやく睨むのをやめた。心底、渋々といった感じであったが。

 

 あまりにもまとまりのない光景を見て、ジーベックは途方に暮れたくなった。いくらゴールデンバウム王朝に対する風当たりが強く、人材を選別する余裕がなかったとはいえ、このバラバラ感は酷い。別に組織内で致命的なほど主張が異なる派閥があるわけでもなく、純粋な幹部同士の純粋な性格的相性の悪さによる軋轢なのだから、ある意味では内戦時の貴族連合より酷い惨状であるのかもしれなかった。

 

 伊達や酔狂で反体制運動やってるんじゃないんだ。好きあう関係になれとは言わぬが、もうちょい自分の感情を抑えてくれ。これから大規模な作戦を始めるのにこの団結感のなさは深刻だ。サダト准尉あたりをあの誠実なモルト大尉とトレードできたらいいのに。それならば今少しまともな組織になるだろう……。ジーベックはそんな泣き言を言いたい気分になった。自分を除くと幹部の中だと純然たる私欲で大量殺戮してた矯正区司令のレーデルが一番まともな感性をしているとは、どういうわけだろうか。

 

 この作戦が終わったら、最低でも絶対にラーセン保安少佐とサダト准尉を中枢から排除してやる。成功するにせよ失敗するにせよ、もうちょい自分好みの人事が行えるような状況になるのは間違いないのだ。もともと連中は組織の中枢にいるべきでもない人間だし、よりふさわしい仕事を与えてやろう……。

 

 一癖も二癖もある面倒な幹部の調整や説得にストレスに悩まされ続けるのもこの作戦が終わるまでだ。そう思うとジーベックは胸中に穏やかな気持ちがひろがり、多少は前向きな気分になることができた。信頼できる部下から書類を受け取った。それは正式な帝国軍近衛司令部の命令書であった。

 

 ヴァルプルギス作戦発動中は通信が軍当局の強力な妨害電波で使えなくなるので、通信ではなく紙面で命令が通達される。なので作戦中ジーベックたちがまわりから不自然を持たれずに動くために近衛参謀長のノイラートが隙を見て近衛司令部の承認印が押されただけの大量の空文命令書を作成してくれたのである。命令内容は当然、ジーベックとレーデルの手によって万事都合よく書かれたものであった。

 

「予定とは異なる命令内容が書かれている者はいないな?」

 

 ジーベックの問いかけに幹部たちは渡された命令内容を確認すると、強く頷いた。

 

「では、われわれも行動を開始するとしよう。諸君らが全員己の任務を完遂した時、卑劣な簒奪者は地獄に落ちるであろう。われらが帝国(ライヒ)を取り戻し、おそれおおくもルドルフ大帝より五〇〇年に渡って綿々と受け継がれてきた伝統ある秩序を回復せしめ、そしてわれらが忠誠を誓う殿下に志尊の冠を捧げよう。大神オーディンの照覧あれ! 帝国ばんざい(ジーク・ライヒ)! 黄金樹に栄光を(グラツェンデ・ゴールデンバウム)!!」

「ジーク・ライヒ! グラツェンデ・ゴールデンバウム!!」

 

 六〇〇人の実働部隊が、ジーベックに続いて唱和した。この唱和がラインハルト統治下における旧特権階級勢力の最後の大規模反動の完全なる始動を告げた。

 




帝国首脳部がマヌケ化してると友人からツッコミが入った。
……納得して頂けるかわからないが、次話でフォロー入れたいのでどうかご勘弁を。

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