リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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フジリュー版だと原作でちょいしか描写されてなかったブラ公とリッテンの娘に濃いキャラ付けされて驚いた。特にサビーネに女騎士属性付与とか、おいおい……。

追記:グローテヴォールが原作にいると指摘されたので、ややこしいからエーベルハルトに名前を変えました。


復讐鬼として散った軍人の戦友たち

 白亜の帝都に雪が積もるようになりつつあった新帝国暦一二月二日。半月ほど前に帝国はバーラトの和約違反を理由に同盟に宣戦布告、帝国軍は総力をあげて同盟完全征服に乗り出したが、帝国軍人のノルン・フォン・エーベルハルトはその遠征軍に参加できる部署に配置されていなかった。おまけにその日は休暇だったので、前線の兵士たちに申し訳ないなと内心呟き、やることがなかったのでかつて世話になった旧上官の墓参りにいくことにした。

 

 地上車の後部座席に乗り込み、休暇なので電話で呼び寄せた侍従のノイマンに目的地を告げる。侍従と従卒は異なり、軍幼年学校の生徒が実技研修のために高級将校の世話をするというものではなく、家庭的な理由で仕えているのが侍従である。エーベルハルトの実家は小なりとはいえ立派な貴族家だったので、ノイマンは息子の遊び相手として先代当主が、軍務省がいつも扱いに悩んでいる戦災孤児の中から息子と同年代の平民の中でも底辺の子を引き取って専属の侍従としたのである。

 

 それは良くも悪くも実に貴族的な思考による産物で、息子に平民とはいえ生きているんだぞということを教えるためであった。それだけならまだ良いかもしれないが、もし息子が侍従を乱暴に扱い、最悪死んでしまったとしても元からのたれ死んでもおかしくない身の上だったから公になってもあまり問題にならないし、その場合は平民との適切な付き合い方について教えるきっかけになるから、それで良しとする非人道的なものであった。

 

 エーベルハルトが士官学校に入るころ、父親がノイマンを侍従にした理由を教えられたが、そのことをずっとノイマンに秘密にしている。というよりは、べつに話すことでもあるまいという意識なのであった。こんな話、貴族社会を見渡せばゴロゴロと転がっている話なのだから。

 

 そのような帝国の闇を孕んでいる関係ではあったが、ローエングラム体制に移行してからいろいろ事情があって帝国政府に領地を返上し、名ばかり爵位の身になったので、無用になった家臣団に暇をだしたあともノイマンは個人的にエーベルハルトに仕え続けているので、ノイマンの幼馴染に対する忠誠心は強いものであるようだった。ただ名ばかり貴族であることを思えば、侍従というより、世話人とか同居人という表現のほうが正しいかもしれない。

 

 エーベルハルトの元上官の墓は、オーディンの軍人墓地には埋葬されていない。軍当局から戦死はおろか職務死扱いされなかったので、軍人墓地に埋葬することができなかったのである。そのことにエーベルハルトをはじめとする多くの人間が憤りを感じて団結して反発したが軍当局の判定を覆すこと叶わず、それならと変わりゆく帝都を一望できる小高い山に、一般人として墓がつくられたのである。……普通の墓にしては、かなり豪華であったけど。

 

 帝都の中心部から地上車で二時間ほどの小高い山の中腹にその旧上官の墓はあった。帝都を一望できる立地、立派な墓石、そして多くの献花がなされていることが、故人がどれほど慕われていたかを端的にしめしている。車を降りると、先客の存在にエーベルハルトは気づいた。

 

 先客たちもエーベルハルトらの存在に気づいて、慌てた。なぜかというと、旧上官だからという理由で、エーベルハルトは軍服姿で墓参りしにきていたからである。つまり身に着けている階級章や参謀飾緒のせいで雲上人の高級軍人であることがあきらかなのである。一人の男が急いで駆けつけてきて、背筋を正して敬礼した。

 

「ハイデン退役伍長であります! 戦友たちと一緒にクレメント元上官の墓参りにきました!」

 

 そう、ここはブルヴィッツの虐殺に大きくかかわってたクレメント元少佐の墓である。軍当局はこの不名誉な軍人から階級とあまたの武勲でえた大量の勲章のすべてを剥奪した。なので公的にはただ一般人の墓とされているので軍の階級などは墓石に刻まれてはいない。

 

 ハイデンに続いて五人の元軍人が敬礼とともに自己紹介していく。他の者達は元兵卒と名乗ったので、全員ハイデン退役伍長の部下であるのだろうとエーベルハルトは想定しつつ、答礼して名乗った。

 

「帝都防衛第一旅団司令部幕僚のノルン・フォン・エーベルハルトだ。こっちは私の侍従をしているノイマン退役中尉。故クレメント殿には少尉任官間もないころに世話になった」

 

 名前に貴族であることを示す“VON”の響きがあることにハイデンらは複雑そうな表情を浮かべ、エーベルハルトは無理もないと苦笑した。いろいろと苦悩して折りあいはつけたが、やはり貴族としてはクレメントがやったことにたいしてはまだ思うところが多くあるのである。

 

「なに、気にするな。それで卿らはなぜこの時期にクレメント殿の墓参りを?」

「……冬の季節になるとカプチェランカを思い出すので」

「カプチェランカ?」

「はい。叛乱軍――いえ、同盟と帝国の係争地になっていた辺境の惑星です。御存知でしょうか」

 

 しばらく顎に手をあてながら考えてが、なにも思い浮かばかったので首を横に振った。

 

「そうですか……。正確な位置は覚えていませんが、イゼルローン要塞の同盟側にすすんだところにある、六〇〇日以上も冬の季節が続く極寒の惑星です。一七年前、当時准尉だったクレメントさんの指揮下で同盟軍と戦いました」

「ほう、ならば、ある意味では私は卿らの後輩になるな。私が少尉に任官したのは九年前で、当時中尉だったクレメント殿の指揮下で戦ったのだから」

「そ、それは、たしかに、ある意味ではそうなりますかな……」

 

 そういうのを先輩後輩で区別してしまってよいのだろうかという思いから、ハイデンの返答の端切れは非常に悪かった。その引き攣った表情を見て、場を和ます軽いジョークのつもりで言ったのに逆効果だったかと、エーベルハルトはあせった。

 

「ま、まあ、同じ上官を仰いだ戦友同士ではないか。あまり畏まったりせんでよい」

 

 気まずくなった空気の中、エーベルハルトはそう無理やり言ってのけ、故人の墓の前に跪いて献花した。ノイマンは士官学校卒業後、主君とは別の部署に配属されたのでクレメントの部下になったことはなかったが、主君の恩人である故人に感謝の念を心中で呟きながら献花した。

 

 頭をあげて故人の名前しか刻まれていない墓石をエーベルハルトは再確認し、故人との記憶を想起した。武門の家柄の子として武勲に飢え、小隊長として逸った行動をとっていた。それで幾人かの兵を失ったが、当時の傲慢な自分はそれを顧みずに戦死した兵士を無能めがと大声で罵ったものである。するとその話を人伝てで知ったらしいクレメント中尉は、若い貴族少尉を呼びつけて教師のような口調でこのように叱ったものである。

 

「おまえは徴兵にひっかかって、数ヵ月の戦闘訓練を施されて戦地に引っ張り出されただけの民間人どもにいったい何を期待しているんだ。自分の長い軍歴から言わせてもらうが、ごく稀にとんでもなく勇敢で優秀な兵士や信じられないほどド阿呆な兵士がいることもあるが、大多数の普通の兵士というのは基本無能で、なにかと理屈をつけて小器用に死地をまぬがれ、何事もなく兵役を終えて故郷に生きて帰る事ばかり考えてる臆病者どものことだ。とりわけ俺ら士官と比べたらな。あいつらは無能だから兵士なんだ。なのに兵が無能だからといって、なにを憤っている?」

 

 あまりにも兵士を馬鹿にした発言ではないかとエーベルハルトは思ったが、まわりの兵下士官は無言だったがクレメントの主張に反発するどころか、強く支持していることが気配でありありと感じられ、戦場を舐めていたことを大いに思い知らされたものである。

 

 他にもクレメントから教わったことは多くある。そのおかげで自分は順調に功績をあげて出世できたのではないかと思えるほどに。それくらいエーベルハルトはクレメントのことを評価していた。

 

「色々厳しいことも言われました。でもあなたは同時に優しかった。『怯懦な兵士しかいなくても指揮統率できるのが指揮官だ。なのに指揮統率できないなんて泣き言をほざくのは、自分は無能な指揮官ですと声高に喧伝している等しい。職業軍人として、最も恥ずべきことだ。いっぱしの士官なら飴と鞭を柔軟に使い分け、あらゆる手を尽くして兵を思うように動かしてみせろ。できないようなら相談くらいにはのってやる』と。そしてあなたはよく相談にのってくれた。士官学校卒業後の最初の上官があなたでよかったと私は今でも思っています」

 

 思わず声に出てしまった。エーベルハルトは軽く首回して立ち上がると、ハイデン退役伍長がなにか言いたげな顔をしていた。

 

「どうした」

「あのう、クレメントさんは本当にそんな風に言ってたんですか」

「そうだ、私が嘘を言っているとでも言うのか」

 

 剣呑な目つきになったエーベルハルトに対し、ハイデンは必死になって右手を振って否定し、語りだした。

 

「いえ、違います。ただ私たちには着任早々クレメントさんが『いいか。おまえら兵卒どもは上官を選ぶことができん! だからおまえらは軍法会議にかけられるような所業を除き、あらゆる手段でもって生き残る能力を身につけなくてはならない。上官なんぞ信じず、自分の能力を頼れるようになれ。そのためにビシバシ指導していくぞ!』と言われたのが強烈に記憶に残っていまして……」

「……」

 

 エーベルハルトは真顔でハイデンに視線を集中させてかたまった。再度発生した何とも言えない沈黙が一分ほど経過して、ノイマンは呟いた。

 

「ということは、エーベルハルトさまが兵を指揮するのに苦悩したのはクレメント元少佐のせいということなんですか」

「……そういうことになるな。正直に言うと、心当たりがありすぎる」

 

 クレメントの下にいたときは兵下士官はどいつもこいつも狡猾で、簡単には命令に従わない曲者ぞろいだったから、部下をまとめるのに非常に苦労した。だから、士官になってもクレメントは兵士たちにそのような指導をしていたのだろう。そして中尉に昇進して所属が変わったとき、指揮下にいた兵士たちはかつての職場ほど問題児ばかりではなかったから、拍子抜けしたものだ。流石にハイデンが言うように軍務の際にクレメントがそのような訓示を公にしていた覚えはないが、今思えば、兵士にそのようなことを教える機会はおおくあったように思える。

 

 クレメントはよく部下たちとの親睦を深めると称し、部下を大量に引き連れて酒場に突撃することを楽しみとしていた。別に兵士に強制していたというわけではなく、ポケットマネーで全員にビールジョッキ一杯をいつも驕ってくれたので、兵士たちはむしろクレメントが酒場に行くぞと言うと、ただ酒にありつくために自分から付いて行くという形だった。

 

 その際、クレメントはいつのまにやら自分たちの前から消え去って、急にひょっこり元の席に戻ってくるということが多々あった。当時は特に気にしていなかったが、その時に兵下士官と交友してそういう方向の知恵を授けていたのかもしれない。下士官の頃と違って、士官となると兵士を直接指導する機会が少なくなることに加え、職場でそのようなことを教訓するのは流石に体面上憚られたのだろう。

 

 エーベルハルトはなにか釈然としない気持ちに襲われたが、首を振って霧散させた。あの人の下で学んだことは間違いなく自分の力になったのだから、墓の下で眠っている故人に愚痴を言うべきではないだろう。

 

「ま、まあ、よいさ。おかげで私も兵の慈しみ方を知れたんだから。もしクレメント殿がそういう人でなかったら、いまだに自分は兵を道具かなにかのように扱っていたかもしれん」

 

 そんな将校を腐る程みてきたエーベルハルトがそうフォローすると、ハイデン退役伍長はあっけにとられた後、同意するように頷いた。

 

「クレメントさんは……貴族士官であっても部下には公正に扱っていたのですね。私たちにとって貴族士官は理不尽の権化でしたから。いや、別に貴族に限らず、私の上官になったことのあるほとんどの士官はそうでした」

「ああ、だから、最初にブルヴィッツの虐殺の際のクレメント殿の言動を知った時はとても信じられなかった。だが……色々揉めた末の情報公開で知ったブルヴィッツ家の植民星人の境遇を知って、納得せざるをえなかった」

 

 ハッキリ言って、ブルヴィッツ家が行っていた所有する植民星の搾取体制は、領主貴族の末席に名を連ねていたエーベルハルトの視点から見てもえげつないと思えるものであった。旧王朝時代、市民権を持っていなかった農奴でさえもう少しまともな扱いをされているのでは思えるほど、植民星の住民は人間扱いなどまったくされることなく悲惨な環境で馬車馬のようにこき使われ、役に立たなくなるとボロクズのように使い捨てられていたのである。だが、当初帝国当局はこの情報を公開するのをためらった。

 

 直接現地に赴いていた統帥本部次長メックリンガー上級大将の調査により、虐殺の直接的要因は辺境部隊の体質、参謀長の無責任さと戦闘の渦中で戦死したウェーバー中尉とクレメント少佐の暴走によるところが大きいという事実を帝国当局はつかんでいた。そして傍証を固めるために末端の部局が両名の経歴を調べていく上で、クレメントがブルヴィッツ侯爵家の植民星出身であるという事実をつかんでしまったのだ。

 

 もしこの事実を公表してしまえばかなり面倒な事態が発生するのではあるまいかという危惧から、当局の責任者はいったん秘匿して出世欲が動機だったと発表した。だが、クレメントは叩き上げで清廉で有能な軍人であって、彼に好印象を抱いていた元同僚や元部下の数は、三〇年を超える長い軍歴もあって一個旅団を編成できるほどいたし、中にはラインハルト体制の実力主義的な気風にのって将官にまで出世していた元部下すら数名存在したのである。

 

 そしてクレメントがブルヴィッツの虐殺に大きな責任があるという帝国当局の発表に対して、彼らは声を揃えて主張した。良き戦友たる彼は民間人虐殺に狂奔できるほど道徳的に劣弱ではなかった。そしてベテランの彼が血に酔ったとか欲に目が眩んだとかでそんな愚かなことをするはずがない。だからクレメントの潔白を証明するためにもっと徹底的な捜査をしろと当局を弾劾した。

 

 これに対し、実際に現地で捜査を行って自信を持っていたメックリンガーは特に熱心に活動を行っていた将官を呼び出して叱責した。帝国軍の中でも抜きんでた名将の一人に数えられる人物からの怒りにその将官は怯んだが、それでも毅然と言い返した。

 

「統帥本部次長閣下はそうは言われるが、小官にはとても信じられません。彼は良き戦友であり、良き軍人でありました。……こういっては例にあげたら失礼かもしれませんが、かつて彼とともに戦った者達にとっては、我が軍の双璧が出世欲ゆえに民間人を虐殺したなどといわれたようなものです。とても信じるに値しないし、何者かに嵌められたのだとしか思えません。ゆえに彼の名誉のためにも小官らは活動せざるをえないのです」

 

 そこまで信頼されるほどの人物であるということを知って、メックリンガーも疑念を抱かざるを得なかった。たしかに旧カムラー艦隊でクレメント少佐がどういう人物であったかも聞き取りしていた。だがクレメントは元々所属していたケンプ艦隊が第八次イゼルローン要塞攻防戦で壊滅したため、人事部が他の部隊の空き枠を埋める形で赴任してきた士官に過ぎなかった。だが、クレメント一人の経歴や人柄を知るためだけに時間をかけられるほど統帥本部次長職は暇な役職ではなかったので、事件のおおまかな推移と原因の所在があきらかになった時点で、担当当局に残りの捜査を任せたのである。

 

 念のためと思い、メックリンガーは忙しい業務の合間を縫って、再調査を行ったところ末端の判断でクレメントの動機を偽っていた事実があきらかになり、紳士で知られているメックリンガーは静かな怒りを当局責任者に叩きつけて叱責して降格処分するとともに、クレメントの境遇を公表させた。

 

「道理で酒の席で故郷や家族の話題になったとき、あの人はいつも不機嫌な顔をして露骨に話題をそらしていたわけだ。クレメント殿にとっては語るのが辛すぎる話題であったろうからな」

「……私もそのことを知ったとき、そうだったのかとあっさりと受け入れてしまいました。だって、上から無茶な命令がされたときクレメントさんはいつも『どうしようもないから諦めるしかない』と力なく呟くんです。だから……、そういうことだったのかと思えてしまったんです」

「ああ、たしかに。言われてみればそうだな。そう考えると、どんな状況でも達観して落ち着いてたのも、理不尽に扱われることを受け入れて絶望していた裏返しなのかもしれぬ。反発するだけ無駄だから、今ある状況でどうにかするしかない、と、そう思っていただけなのやもしれぬ……」

 

 だからこそ、そのような理不尽や不条理が否定される時代がやってきて、いままでどうにもならないと諦め続けてきた理不尽の象徴を焼きつくせる状況と立場が与えられた時、おのれの中で殺し続けてきた憎悪と憤怒と嘆きをおさえることができなかったのだろう。そのような状況において、ただの人間がいったいどのような理屈をもってすれば、その激情を抑えることがかなうというのだ? 

 

 そのように思うのはなにもエーベルハルトをはじめとする旧部下たちだけではなかった。その悲惨な境遇が公表された後、多くの戦友から慕われていたこともあって、ブルヴィッツの虐殺に大きく加担していたクレメント少佐にたいして、帝国民衆の同情が集まったのである。そして彼らは同情心から、クレメントの名誉剥奪処分を取り消し、戦死扱いするよう軍当局に嘆願した。

 

 旧王朝時代ならいざしらず、開明的な新王朝の軍としてはそのような嘆願を受け入れるようなことは断じてできない。だが、そのある意味では冷酷にも思える判断は、旧王朝の貴族支配に憎悪を燃やしていた者達の少なからぬ反発を招いた。特に過激な反貴族主義者たちは「クレメント少佐のような行いこそ、正義というのではないか。なぜ貴族支配で恩恵を受けていた平民とは名ばかりの準貴族どもを民間人と認識せねばならないのか」と怒り、一部が旧王朝下で恵まれていた層を対象に無差別テロを起こすほどだった。帝国にとっては幸いなことに、そこまで突き抜けてるのは絶対的少数派で民衆の心からの共感と支持をえられるようなものでもなかったので、民間からの情報提供で内国安全保障局や憲兵隊が素早く動いてほとんどが未然に防がれたのだが……。

 

「クレメント殿は、さぞ無念であったろうな……」

「は? あ、いえ、なぜです? 軍人として問題を起こしたのは無念かもしれませんが、人間としてはある意味で痛快な復讐を成し遂げていったので、無念ではないでしょう」

「人間として、か。卿はそう思うのだな。だが、一人の人間としても無念だったろうよ。酒場で人生の目標はなんだという話題になったことがあってな。クレメント殿はなんと言ったと思う? あえていうなら人らしい人生をまっとうすることと言ったのだ。ブルヴィッツの虐殺は復讐鬼としては至福のものであったかもしれぬが、人としてはどうだったのか……」

 

 故人に問いかけるように、エーベルハルトは視線を墓石に向けた。それにつられてハイデン退役伍長らも視線を墓石に向ける。たしかにそういう視点で考えれば、人としてはあまりに凄惨すぎる最期であったかもしれない。

 

「エーベルハルト家は小なりとはいえ、立派な領主貴族だ。領地はたいした特産品もない貧しい星で、戦場で武勲をあげ、その褒賞をも領地運営のために使わざるをえない武門の家柄ではあったが、それでも一族は領民のために全力を尽くしてきた自負がある、いや、あった。だが、ブラウンシュヴァイク公率いる門閥貴族連合が斃れ、皇帝ラインハルト――あの時はまだ公爵だったか――が帝国の全権を握った時、領民たちは新たな時代の風に迎合することを望み、領地を帝国政府に返上するよう声をあげたのだ。我が一族は領地のためにつくしてきたのだが、領民たちにとってははなはだ不足であったのやもしれぬ」

 

 エーベルハルトの声には、認めたくないことを必死に飲み込むような陰りがあった。そんな主君の姿を見て侍従のノイマンが複雑そうな表情を浮かべる。

 

「だからそういう意味で、私はブルヴィッツ家同様、領民に不満を溜め込ませていた無能な貴族の一員だ。だからこそ、思う。クレメント殿はいったいどういう目で私を見ていたのだろう。あなたが憎んでやまない貴族のはずであろうが」

「……そのように思えるだけで充分にあなたは立派な領主だったのだろうと思います。もしあなたが無能であったというのであれば、自省すらせずに叛逆した傲慢なブルヴィッツ家などは無能という言葉すら高評価になってしまうほどの愚かさではありませんか。おとなしく滅んだままでいれば、クレメントさんも怒り狂うこともなかったでしょう」

「……」

 

 ブルヴィッツ家が愚か、か。たしかにそうかもしれぬが、ハイデン退役伍長は自分が言っていることの意味をわかっているのだろうか。それは見る面を変えれば、ブルヴィッツ家はそれだけ領民に慕われていたということなのだ。もしエーベルハルト家がおなじように叛逆を企んだとて、領民はついてこまい。つまりは、彼らの方が貴族として立派だったということ。

 

 クレメントに対する思いと矛盾極まりないが、貴族として物事を考えてしまうエーベルハルトにとってはそういう風に認識してしまうのである。それは今の変わりゆく時代に適応するには、捨てねばならない思考法なのだろう。だが、幼き頃より育み信じてきた価値観とは強固なもので、そこまでわかってなお、釈然としない思いが胸中でわだかまりをつくるのだった。

 

「たしかに、そうかもしれんな」

 

 しかしそんなことは平民の出であるハイデン退役伍長にはわからないだろう。この場で自分の何とも言えない思いをわかってくれそうなのはノイマンくらいだ。ゆえにエーベルハルトは長年の貴族社会で鍛えた表情筋を自分の意思で動かす技術を活用して、相手に不快感を与えぬように表情と声音を取り繕ってそうのべた。

 

 その甲斐あってハイデン退役伍長らは気分を害することなく、先に逝ったクレメントの武勇譚やその下に居た頃の自分の話題でもりあがった。エーベルハルトのことを気に入ったハイデンは今日の夜一緒に酒でも飲みにいかないかと誘ったが、先方の反応はよくなかった。

 

「お誘いはうれしいが、遠慮させてもらおう」

「なんでです? 今日は休暇なんでしょう。クレメントさんと一緒に酒を飲んでたんですから、貴族だから士官だから、下々と一緒に酒は飲めないとかいうわけでもないでしょう?」

「まったくその通りなんだが、明日、首都防衛軍をあげての大規模演習があってな。今夜酒を飲んで明日に響いたらまずいのでね」

「演習? どんな?」

 

 ハイデン退役伍長自身には特に他意はなく、純粋な好奇心からそう問うた。彼はすでに退役していたが、オーディンに在住する帝国臣民であったので、首都防衛軍をあげての大規模演習と聞くとすこし興味がわいたのである。エーベルハルトは少し悩んだ末、その疑問に答えた。

 

「別に軍機でもないからかまわんか。自由化の弊害による不穏分子の跋扈や半年ほど前に旧都テオリアで起きた混狂の夜(カオスズラーズライ・ナハト)のこともあって、内務省を中心とした官僚勢力が、軍の対テロ能力に疑義をていしてきてな。そういう声を受け、もし帝都にそのような勢力が侵入したという想定で、首都防衛軍はどのように行動をとるべきかという軍事演習が行われる運びになってな」

「それが明日に? 知らなかった……」

「知らなかった? 数ヵ月前に正式決定されてから、帝都中の国家施設に演習告知の張り紙がはられているはずだが」

「……最近、役所に顔をだしていなかったもので」

 

 ハイデン元伍長は恥ずかしそうに頭を掻いた。他の元兵卒らも同様に恥ずかしそうな顔である。軍を退役してから町工場で肉体労働に精をだしていた彼らにとって、堅苦しい空気がある役所とは縁遠くなっていたのだ。

 

「……まあ、そういうわけで酒はだめだが、夕食は一緒にとってもかまわんぞ」

 

 そうした事情を察した訳でもなかったが、エーベルハルトはそう言ってハイデンらの誘いを受けて場を和ませた。




自分が書いといてなんだが、クレメントは本当にどうしてああなったのやら。

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