リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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地球語を「さ行」がすべて「ス」に変換されることで表現しました。
読みにくいでしょうが、そういうもんだと思ってください。今話限りでもう出ないでしょうし。


ある意味での平和

 ワーレンとシオン主教が神殿で議論を交わしている時、ポプランとコーネフが二人でダージリンの街を歩き回るようになったのは、別に当人らが望んだというわけではなく、そうするしかなかったというだけの理由であった。

 

 というのも、最初は帝国軍人たちが会談に参加しなかったフェザーン人三名を通訳として、直接ダージリンの住民から情報を収集しようとしたのだが、だれもかれも帝国軍人が近寄ると蜘蛛の子を散らすように逃げ、住宅を訪問すると恐怖で縮こまって震えるばかりで話にならない。住民が錯乱して軍人に襲い掛かるということさえあった。会話できた者もいたが、ひたすら帝国軍の機嫌を損ねないよう言葉を選んであたりどころないことしか言わないか、村八分をくらっているはぐれ者で街社会に無知すぎる者のみで、ダージリン全体の実態を知る手がかりにならなかった。

 

 これはいったいぜんたいどういうことか。ワーレンから民間人から情報収集を任されていたカムフーバー少将は、警備を担当している地球の代表者カロンに、マシュンゴの通訳を介して問い詰めると、カロンは義務を果たすべく、覚悟を決めて答えた。

 

「そりゃあ、あんたたちが怖いからでスよ。だれだっていきなり天空から現れて、本部を消ス飛ばスた武装スた連中は怖い。実際、自分だって警備の責任がなかったら逃げている自信がありまス」

 

 カロンがした長々とした説明を翻訳すると、なんの脈略もなく突然現れた軍隊が、皇帝の居城である新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)を破壊していくところを遠目だが直接目撃したオーディン市民が、降下してきた謎の軍隊にたいしてどうされるんだという心境といったところなのである。普通の人間としてはそんな得体の知れない軍勢なんて非現実的なまでの恐怖の対象でしかなかったのだ。

 

 そのことを理解したカムフーバーはなにも言い返せなかった。自分だって、そんなあからさまに危険な連中とはかかわりたくはない。いや、この場合、地球教本部にいた者達のほうが危険な連中であったことは疑いないのだが、少なくともカロンや彼の部下の地球人の反応を見た限りでは、地球教本部に対して特に悪感情も不満も抱いている様子が欠片も感じられないどころか、本部をつぶした帝国軍に強い警戒の念をむけてくるほどなので、地球人からは見た帝国軍に対する認識はそういうものになるのだろう。

 

 カロンは武装を外して軍服を脱ぎ、帝国語で喋るのをやめてコーネフたちみたいに普通の言葉で話せば同じ人間であることをアピールすればいけるのではないだろうかなどとと提案したが、帝国軍士官は標準的な同盟公用語しか理解できないし、武装解除して地球教の警備のみを頼るほどカロンたちを信じているわけでもなかったので、現実的に不可能だった。

 

 だがそういったなりゆきの中で、あることに気づいたポプランが自分たちフェザーン人単独で地球人たちを接触する許可をもとめたのである。カムフーバーは保護している民間人にそこまでさせるわけにはいかないと渋ったが、らしくもない粘り強さを発揮してポプランは発揮して、誓約書を書くことと引き換えにそれを認めたのであった。

 

「自分からこんな面倒なことを買って出るなんて、なんのつもりだ?」

 

 帝国軍の一団とそれなりの距離がでたところで、コーネフが疑念もあらわにそう問いかけた。ちなみにマシュンゴも許可を与えられていたのだが、ユリアンが心配という理由で神殿前で待つことを選んだので、同行はしていない。

 

「いやな、ここにいる地球人たちは本部にいた連中とちがって普通の人間らしいってことは、良い女もいるかもしれんと思ってな」

「……ジョークみたいな思考してるな、おまえ」

 

 やや引きながらのコーネフの発言に、ポプランはやや驚いた。まるで先に戦死した戦友イワン・コーネフを彷彿させる毒舌である。そういえば、目の前のボリス・コーネフとは従兄弟関係であったはずだから、この毒舌は血筋のなせる技なのであろうか。

 

「にしても藍色の制服を着ているのは、ここの警察か軍隊に所属している連中なのかと思ってたが、どうも違うみたいだな」

 

 数人に固まって遠くからこちらを見てくる地球人たちを一瞥して、ポプランはそう評した。警備として神殿近くに侍り、帝国軍と対応していたのは二〇代~三〇代半ばの屈強な男性ばかりであったが、この場だとひ弱そうな男や女も藍色の服を着ているし、あきらかに一〇代と思しき少年たちさえも服を着ている。というより、今まで見たダージリンの住民の七、八割が藍色の服をきていた。

 

「女も野郎と同じ格好をしてるなんて、わけわからん」

 

 それは非常に重要なポイントであり、特筆すべきところだとポプランは思う。探せば、それなりの個性のある服装をしている者もいるのに、何を好きこのんで他人と同じ服装をしているのか。

 

 そうこう考えている内に街の端近くまできてしまい、二人は足を止めた。帝国軍の集団からかなり距離があるこの地点で立ち止まっていれば好意的か非好意的はべつとして、なんらかの接触をはかってくる地球人がでてくるかもしれないと踏んだのである。

 

「それをわけるのは、接触してくるやつが男か女かの違いになるとおれは思うわけだ」

「なんでだ?」

「男ならおれみたいな伊達男は殴りたくてしかたないだろうし、女なら仲良くなりたくなるのが人情ってやつさ。いや、最初は非好意的だった女がおれの博愛精神に感動して好意的になるってのも、可能性としてはあるか」

「地球教の総大主教に美人の娘がいて敵方の勇者と恋におちるだのとうそぶいていたことといい、本当におまえは立体TVドラマの脚本家になれそうだな」

 

 コーネフのあてこすりに、ポプランはやや顔を歪めた。

 

「あれはあまりにもアホらしい予想だった。ちょっと反省している」

「ほう、おまえさんにしては随分と殊勝な態度だな」

「いやなに。あんな人体の構成要素に陰気しかないような爺の嫁になってやろう。なんて奇特な考えを持っている女なんか人類の歴史をひっくりかえしても絶対存在しないからな」

 

 ひどく総大主教を貶めるような発言したためというわけでもあるまいが、おそるおそるといった感じでポプランたちの様子をうかがっていた集団の中から、一人の少年が物陰に隠れながら接近して、ポプランに殴りかかった。しかし歴戦の撃墜王は軽く身をひねっただけでその拳をかわして、反対がわの腕を掴んだ。

 

「人を殴るなら、もっと腰を入れた方がいいぞ」

「ええい、離ス! この野蛮なシリウス人が!」

 

 まったく見当違いの罵倒を浴びせられた気がして、ポプランは思わず「は?」と口から漏らした。その瞬間、わずかに力が緩んだのをみて、少年は力まかせに強引に拘束から自分の腕を解放させ、ポプランとコーネフを睨みつけた。

 

「パーソンズ!」

 

 鋭い叫びが聞こえ、ポプランは声の方向を見ると藍色の服をきた一団があせった顔でこちらに走ってきていた。その一団の中に女性の姿もいくつかあったが、それにポプランが喜んだかどうかは残念ながら不明である。

 

「なにをやっているんだお前は!」

 

 一番年長らしい青年がパーソンズ少年の頭に一発拳骨をくらわすと、ポプランに向き直って厳粛な表情を浮かべると頭をさげた。

 

「私の部下が失礼スた。でスが部下の責任は上司がとるものと考えまスれば、責任は自分、オグム・ヨンウのものであることは明白であるがゆえ、彼を赦スていただきたく」

「た、班長!」

 

 ヨンウの発言に、周りの者たちは慌てた。特に原因となったパーソンズ少年は青い顔をしている。どうやらヨンウの命が危ないと行き過ぎた想像をしているようだったが、そんな気はポプランにはまったくなかったし、部下を助けるために自らの命を投げ出そうとするヨンウの姿勢には好感しかいだけなかった。

 

「悪ガキにからまれるのは慣れてるからかまわんさ。いちいちだれだれの責任なんていいだすつもりはない」

「ほ、本当でスか」

 

 ヨンウがそう言って、二人を訝しむ視線をなげつけてきたので、ポプランとコーネフは力強く頷いた。すると全員がホッとしたため息をついたので、どうやらヨンウは彼らからとても慕われているようであった。

 

「あ、そうだ。詫びがわりにひとつ教えてくれないか。おまえらが着ているのはなんの制服なんだ? 警察かと思ったが、それにしちゃあ、まだシリの赤いやつらもずいぶん着ているし」

「ああ、これは青年団の制服でスよ」

「青年団?」

「正式名称は聖地球青年奉仕団(Holy Earth Jeunes Volontaires)という長ったらしいものでス」

 

 簡単にいえば地球教団傘下の青少年組織である。一応、自由意志による参加が原則とされているが、青年団は一種の教育機関としての側面を有しており、さらにこの組織以外に公的な教育機関が存在しないため、参加しない人物は他の惑星で例えれば小中学校に入学すらしていない人物であるというふうに認識されることになるので、社会的空気に押される形で事実上ほぼ全員の地球人が一度は入団したことがある組織である。

 

 一〇歳から入団を受け付けており、入団するとまずは学習組に配属され、同年代の少年少女と集団生活を営みながら年長の団員や聖職者からさまざまな教えを受け、地球の社会人となるべく成長していくわけである。青年団が主体となって子どもたちの面倒をみてくれるため、家族にとっては子どもの面倒を見る負担が軽減されるし、地球教にとっても若者達に信仰心を植え付ける都合の良い組織として重用されていた。

 

 また地球教にとって都合の良い点のひとつに、労働力の管理という面がある。入団から五年たって学習組を卒業すると、青年団指導部が判断でいくつかの奉仕組として振り分けられる。その奉仕組の種類は多岐にわたり、警備、建設、農業、祭祀……とにかく人手が必要な類の仕事するための労働力として活用されるのである。

 

 この職業組の期間はきわめて長く、個人差はあるが一般的に三〇代なかばあたりまで労働力として青年団指導部に管理されることになる。その期間を終えると青年団指導部に入るなり、青年団から卒業して聖職者の道を歩むなり、逆に青年団を労働力として活用する事業者になったりするなどさまざまな道を選ぶことができるようになる。

 

 ヨンウの説明から青年団の構造をそのように理解したコーネフは、よくできているシステムだと称賛した。奇抜性や発展性にかけ、いささか非効率なように思えるが、人員の欠員補充が簡単にできるため、組織の存続という一点だけでみれば、なかなかの完成度であるといえよう。

 

「しかしどうやって所属の区別をつけているんだ」

 

 すると胸につけているバッジで区別をつけていると返答がきた。指導部の判断によっては、別の奉仕組に変更させられることもあるため、付け替えられるバッジで区別をつけているのだという。また胸につけているバッジで、学習組で優秀な成績を示していたことやどういう奉仕組に所属していた経験があるか。また、いまどういう階級(隊長とか班長とか)を保持しているのかまでバッジでわかるようになっているのだという。

 

 しかし班長という階級名といい、こういった服装の規則といい、自己完結の色が強い組織体系といい、ポプランはある組織との類似性を思い浮かべずにはいられない。

 

「軍隊かよ」

 

 思わずこぼれた言葉に対する反応は激烈だった。

 

「軍隊なんかと一緒にスるな!! シリウス人!」

 

 パーソンズ少年は顔を真っ赤にして怒鳴った。そして他の地球人達も無言とはいえ、パーソンズの発言に内心同意しているような表情をしていたのでポプランはどう反応するのがただしいのかとっさにはわからず呆然としたが、そこはフェザーン商人として海千山千の客を相手にしてきたコーネフが愛想よくフォローした。

 

「いや、すいませんね。私どもはフェザーンという遠い惑星から来た者ですから、地球の常識に疎くて気づかず相方が失礼な発言をしてしまったようで、もうしわけない。しかしどうして私たちのことをシリウス人と? 私どもはフェザーンで生まれた正真正銘のフェザーン人なのですが」

「……いやこちらこスもうスわけありまスんね。パーソンズのやつは不真面目で、歴史の授業スかろくに聞いてなかったもんだから、現代知識に疎くてね」

 

 不真面目で歴史の授業しかろくに聞いてなかったという言葉に、どこぞの魔術師のことをポプランはとっさに思い浮かべた。

 

「だって外の宇宙のやつらはシリウスなんでスょ?」

「パーソンズ、この地球のまわりにある国は、銀河帝国っていう国で、シリウスじゃないわ。シリウスはとっくの昔に滅んでるのよ」

「そうはいうけどイヴォンヌ姉。僕には帝国とシリウスになんの差があるのかわからないよ。地球人だからって理由で大量殺戮スたシリウスと劣悪分子だからって虐殺スてまわる帝国のどこが違うの? どっちも人命軽視のろくでなスどもじゃん。面倒だからどっちもシリウスで問題ないよ」

「問題スかないわよ、バカ」

「どこが? 僕はイヴォンヌ姉が、ふたつを区別スる理由がわからないよ」

 

 小首を傾げるパーソンズの言葉に、イヴォンヌは何を言っても認識を変えないんだろうなと肩をすくめた。しかし、さっきの言葉の意味は彼女も理解している。彼女はきめ細やかな黒い肌が魅力的な女性であり、ゴールデンバウム王朝下の帝国では緩やかに絶滅すべき対象として問答無用で農奴階級にさせられるであろう人種の人間である。地球人を憎悪したシリウスも、劣悪分子を憎悪する帝国も、地球生まれの黒人であるイヴォンヌにはたいして変わりがないではないかという意味なのだ。

 

「……まあ、たスかにスうかもね。外は全部私たちを拒絶スる世界スかないもの」

「ちょっとまってくれ。帝国はそうかもしれないが、フェザーンや同盟は、きみみたいな魅力的な女性を拒絶したりしないぞ」

 

 コーネフはぎょっとしてポプランを視線で非難した。もしこれでフェザーンに行きたいとかいいだしたらどう責任とるつもりなんだ。もうフェザーン自治領は帝国領土に編入されてしまったんだぞと視線が物語っていた。

 

「フェザーンという国は知らないけど、同盟のことは教えてもらったことがあるわ。でも、正直、スこに行きたいとは思わないわね」

「なんで?」

「だって帝国の特権階級を抹殺スろと叫んで帝国と一世紀以上も戦争スている国のことでスょ? 人類は皆スからべく地球の子なのに、兄弟殺スを公然と謳っている時点でねぇ。スれに軍隊っていう大量殺戮を目的とスた組織が存在スている時点で、敬愛なる聖ジャムシード様の偉業以来、母なる地球の加護の下、平和に暮らスている私たちからスたら帝国と五十歩百歩よ。ハッキリ言って異常だわ」

 

 あまりにも予想外な見解に、ポプランとコーネフはそろって顎をはずしかけるほど口を大きくあけた。冗談を言っているのかと疑いたい気分だったが、イヴォンヌはごく当たり前なことを言っただけといった態度であり、驚きを禁じ得ない。

 

「私もスう思いまス。外の宇宙では一世紀半近く、一度の停戦すらスることなく、慢性的に戦争をスていると聞きまス。もちろん、地球でもシリウス戦役終結から聖ジャムシードが誕生スるまでの数百年間、地球はいくつもの国家にわかれて群雄割拠ス、互いの領土と資源を巡って戦争の絶えない日々が続いていたスうですが、それでも束の間の平和、言い方は悪いでスが次の戦争のために力を蓄えるための停戦といったものはあったことを思えば、外の宇宙で起きている戦争は異常とスか言いようがありません。私たちの理解を絶する狂気的な世界が広がっているとスか思えまスん」

 

 そう言って補足するヨンウのセリフを、あきれるべきなのか感心するべきなのか、非地球人である二人にはわからなかった。地球教の語る歴史が概ね真実であるのだと仮定すれば、民衆はなんの政治的権利も与えられることなく、かなり貧しい生活を送っていたにしても、教祖ジャムシードが全地球反戦連合を率いて目的を達成してから数世紀に渡って戦乱とは無縁の生活を送って来たともいえなくもないのである。そうした彼らの視点に立てば、飽きることなく戦争に狂奔していた帝国も同盟も理解不能な戦争狂に映るのかもしれない。

 

 だが、地球教の悪業を知っているポプランたちからすれば、皮肉が強すぎる冗談としか受け取れない。なのにそれを地球人達は真剣な顔で大真面目に主張しているのである。無知は罪なり、とは、こういう時に使うべき諺なのだろうか。

 

「あー、知らないのか? 帝国と同盟の間で和平が結ばれて、戦争は終結したんだぜ。だから、フェザーン人のおれだって安全にここまで来れたわけで……」

 

 言葉に迷った挙句、ユーモアのかけらもないことをポプランは言った。

 

「おお! スれはよかった。 われらが母なる地球に平和を祈り続けた甲斐があったというものでス」

 

 どういう思考回路をしていれば、そういう結論にたどりつくんだ? そうポプランはツッコミたくてたまらなかったが、ここで地球教に対する信仰をバカにするような発言をすれば、確実これ以上の情報収集はできなくなるので堪えるしかなかった。コーネフも同様である。こんな誇大妄想患者が一〇〇〇万人もいる地球を統治しなきゃならないなんて帝国も大変だなと、皮肉屋の彼にしては珍しく帝国の要人たちに心からの同情を禁じ得なかった。

 

 感動に浸っている彼らの中で唯一、パーソンズ少年だけがつまらなさそうな顔をして舌打ちをした。どうやらこの団体の中で彼だけが重度の誇大妄想患者でないようで、こういった馬鹿馬鹿しい理屈に反感を抱いているようである。上品にいえば、地球に対する信仰心に欠けている人物であるらしかった。

 

「フェザーン人だって? シリウス人じゃないっていうなら、あんたはらはなんのために地球にやってきて、帝国軍なんていう殺人者の集団と行動を一緒にスてるんだ」

 

 どうやらパーソンズ少年の頭の中では、シリウス人と軍人と殺人狂という言葉は、同義語であると考えているようである。コーネフはややうんざりしながらも、説明した。

 

「仕事だよ。巡礼者を地球に運ぶ仕事をしてただけなのに、地球教本部の連中になぜかいきなり監禁されてな。そこを帝国軍に救われた。それだけの話だ」

 

 あまりにも投げやりな発言に、信仰心の強い地球人たちの反感を買うのではないかとポプランは内心危惧したが、意外にも穏やかな反応が返ってきた。

 

「ほう、スのようなことが」

 

 特に関心がなさそうにヨンウはそういったので、ポプランは思わず問いかけた。

 

「やっぱり本部って嫌な連中ばっかで、評判悪いの?」

「嫌というわけではないでスが、苦手でス。なにかにつけ高圧的で、頑なスぎると言いまスょうか。本部から来た人のほとんどが内面が伺えない態度の人たちばかりで……。真面目に仕事をスているのは分かるから決スて悪い人たちではないのスょうが、どうも親スくなりにくいというか、スんな評判でス。だから、なにか勘違いをスて、あなたたちを監禁なんてことをスていたとスても、まあ、ありえることなのかなと」

「シオンせんせいほどズゃなくても、もう少ス私たちとかかわってくれたらいいんだけどねぇ」

 

 これはのちの帝国軍の調査でわかったのだが、ダージリンに限らず、地球全体で地球教本部の評判は決して良いものではなかった。というのも、地球教本部が地球を統治しているということはわかっているが、どのような形式で統治しているのかということを住民たちはちゃんと理解しておらず、ほとんど地元だけで社会が完結していると思い込んでいる節すら存在したからである。

 

 彼らが地球教本部の存在を感じる時といえば、配給時や年に一度の物資の徴収の時くらいなもので、教団本部のことはよくわからない連中というふうにしか思っていなかったのである。実際には地方自治体と化している支部と交渉したり命令したりしてそれなりに地域社会に介入しているのだが、そんな情報が民衆に漏れることはほとんどなかったので、政治的知識に疎い民衆には実感がなかった。

 

 つまり、地球教本部に何の感情も抱きようがないというのが本音なのである。ただ基本的に貧しい地球では、地域社会で自給自足していくには厳しいので本部からの配給物資はありがたいものであったし、ごく稀に地域の要望を実現する為に協力してくれることもあったので、よくわからない連中だけどとにかく偉いんだから敬意をしめしておくのが無難である、というのが地球の民衆の最大公約数的見解であった。

 

「シオンせんせいってのは、ここの都市長だっていうシオン主教のことか?」

「ええスうよ。彼女は仕事はほとんど部下たちがやってくれるから、冠婚葬祭の時か大きな揉め事が起こった時に仲介役を務める時以外は時間に有り余っている毎日だと言って、私たちによく声をかけていつも面白い話を聞かスてくだスるの」

「彼女? ってことは女性の主教さまなわけ?」

「ええ、知らなかったの?」

「ああ、知らなかった」

 

 イヴォンヌの言い切りにポプランはおどろいてそう言った。地球教本部で二週間近く過ごしたが、その間に女性の聖職者を見た覚えがなかったので、てっきり地球教は男性しか聖職につけない宗教なのだと思っていたのだ。

 

「念のために言っとくけど、いくら美女だからといって主教だからな。結婚スたいとか変な夢見るなよ」

 

 ポプランのプレイボーイぶりを知っていたわけではないが、その表情に不穏なものを感じたパーソンズ少年がそう言って釘をさした。なかなか勘の鋭い少年である。

 

 むろん結婚する気は毛頭ないポプランは大きく頷いた。ただ住民からこれだけ慕われている女性であり、おまけに美女であるというから、機会があれば主教様にも自己流の博愛精神のなんたるかをご教授したくなっただけで、邪な感情はまったくないのだから。

 

「かなり話がそれたが、今は帝国も差別の誤りを認めたし、戦争も終結して外の宇宙も平和になってる。それでも外の宇宙に出ていこうって気にはならないのか?」

 

 他人が聞けばその考えそのものが邪なものだと弾劾されそうなことを先ほどまで考えていたとは思えないほど真剣な表情で、ポプランは問うた。すると全員が黙り込み、重苦しい沈黙が数分間流れた。やがて、パーソンズ少年が口を開いた。

 

「この街は自分たちが作った街なんだ。たとえここが他の星と比べて貧スいとスても、この街が一番だ」

「どういう意味だ?」

「われわれが開拓スたんですよ」

 

 パーソンズ少年の言葉足らずの説明を、ヨンウが引き継いだ。

 

「聖ジャムシードが平和を齎スた時、シリウス戦役やその後の戦乱によって、地球上には廃墟の闇スかなかったといいまス。そんな廃墟の闇を切り裂き、平和の光に祝福スれた営みができるところまで開拓スなおスた誇りが私たちにはあるのでス。私たちが耕スている茶畑もどんどん広くなっていってまス。たとえ物質的に貧スかったとしても、われわれは先祖が開拓スたこの大地に感謝スながら、その事業を引き継いでよりよき世界を築こうと努力ス続けているという精神的な幸福がありまス。自分の力が間違いなくこの街の役に立っているという幸福が。でスが、おスらく、外の星々には物質的に豊かではあっても、スういった幸福感を感ズることはできズ、精神的には荒廃スきっているのでスょう。でなければ、一世紀以上も破壊スか齎スない戦争を続けられるはズもありまスん。……お二人の言葉信ズるなら、最近ようやく戦争が終わったスうですが、スれでもこの地球に勝る幸福が他の星々で感ズられるとは、とても。スれに信心を忘れることなく建設的に働き続ければ、いつか地球は本当の意味で豊かになれると信ズています」

 

 ある意味、地球人たちの意見は間違ってはいないのかもしれないとコーネフは思った。偏見交じりであるにしても、一世紀半に渡って馬鹿らしい戦争を続けているという評価は、当事者ではなかったフェザーン人だってしていたことである。そして彼らの主観的には、ここで生活していることが幸福であるというのも間違いではないだろう。それが正しいものかどうか、他人からどのように見えるかは別として。

 

 しかし、どちらにしても、こいつらは気に入らないとコーネフは鼻を鳴らした。ポプランの方はそうでもなかったが、巨大な見えない壁の存在を感じずにはいられなかった。彼ら個人はべつに悪人というわけではなく、相性がいい人間だっているかもしれない。ただ、信じている世界観が違いすぎる。




本作の地球は祭政一致体制で地球教本部が全権を握っているのですが、地方自治においては支部は傘下の青年団指導部に面倒であれこれ命令するせいで民衆から嫌われやすい行政面丸投げすることによって、時間を捻出して民衆の味方アピールに全力をそそいでいるでのほとんどの地域では支部の人気が高い。
いっぽう本部は地球統治に(巡礼者にたかるほうが利益があるので)さほど熱心ではなく、支部からの要請も(工作費偏重による慢性的予算不足のせいで)通ることが少なく、万事規則に従ってるからやってるだけの配給と徴税くらいしか民衆と直接かかわらないので、大多数の民衆からは「なんだかなー」と思われてる。


本作における地球教の統治(図解)
本部→(命令・要請)→支部→(揉め事の仲介&冠婚葬祭)→民衆
             →(行政面丸投げ)→青年団指導部→(労働力管理・教育)→団員


さて、今年もあと二四時間です。みなさん、良いお年を。


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