リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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まだプロットが原作5巻くらいまでしか決まってないけど、とりあえずモチベ上げのために話の作成と平行作業で進めることにした。
意見についてはまだまだ受け付けますのでよろしかったら、活動報告覗いてください。


帝国のジャーナリズム

 ゲオルグがシュヴァルツァーの会社支配術に及第点を与え、グリュックスの会社の管理を任せてオデッサから旅立ったのは二月末のことであるが、その頃から実施していたのは草の根運動くらいで、大規模な謀略の糸を張り巡らすことをしなかった。その前に自分の秘密組織の強化の必要性を感じていたからである。

 

 彼の秘密組織は、本拠地となっている会社を除いて警察時代に秘密裏に築き上げた独自の情報網が元になっているのだが、リヒテンラーデ一族粛正とそれに伴う余波で、実に九割以上が役立たずとなっており、はっきり言うと半壊どころの騒ぎではなかった。

 

 情報網がほぼ壊滅してることについて、ゲオルグはそれほど落ち込んでいなかった。不測の事態にあって指導者の力量なしで、組織自体に生命力を求めるには組織の基盤がしっかり固めておく必要があり、そのための時間がわずか数年というのは短すぎたと思っていたからで、むしろ一割弱とはいえ生き残っている部分があることに幸運を感じているほどであった。

 

 そんなことになっていた秘密組織の強化――九割以上がつぶれていることを考慮すると、再建という方が適切かもしれないが――に全力を傾けた。幸いにして新しい情報源及び工作員についてはある程度当てがあったし、諸惑星を巡っている間に改革政策で失業した使える顔見知りと出会うこともあったので、秘密組織の再建は順調に進んだ。

 

 そして組織の再建が一段落つき、ゲオルグが本格的に謀略の糸を伸ばそうとし始めた頃には四月もなかばに突入してしまっていた。

 

「そうだ。その通り。今後重要になって来る物資は間違いなくそれだ。可能な限り仕入れておけ。ヒルデスハイムのエネルギー会社? あそこはもう後がないからな。ひたすら高圧的に接するだけで有利な契約が結べるさ」

 

 ある星系の豊かな惑星ブルヴィッツにある宇宙港の公衆恒星間通信電話で、ゲオルグはシュヴァルツァーに指示を出していた。各地の宇宙港に降り立つ度こうして電話を入れており、本拠地の会社の方針や問題が発生していないかを注意深く確認し、シュヴァルツァーの手に余るようなことがあれば、このように指示を出していた。

 

「……例の人物から返事はきてないか? まだ……か。うん? いや、まだ脅迫を実行に移すのは早計だ。大方、新体制の為の仕事で忙しいのであろう。いま少し彼に時間を与えておいてやるべきだ」

 

 秘密組織は多重階層型の組織であり、上位の者は自分より下の者のことをよく知っているが、よほど上位の者でない限り、自分より上にいる者は連絡の取り方くらいしか知らないという構造をしている。こうした組織構造のおかげで九割以上が役目を放棄した今でも、その首領がゲオルグ・フォン・リヒテンラーデであることを体制側が掴むことは事実上不可能であった。

 

 ただその構造の弊害で、大きな命令は惑星オデッサのある場所からしか飛ばせないことになっている。だからゲオルグは秘密組織の人員に対してさえ、かなり上位の者として偽ることを余儀なくされていた。おまけに自身がオデッサにいない以上、中継役が必要不可欠であり、こうして連絡を取り合う必要があった。

 

「なに? なるほど。悪戯かなにかと判断されている可能性もあるな。よし許可する。なんなら私の名前をだしてもかまわんが、くれぐれも彼以外の手にそれが渡らないように注意するのだぞ。われわれにとってはどうってことないが、彼にとってはまわりに知られたら大問題だからな」

 

 シュヴァルツァーの懸念に一理あると感じたゲオルグはその行動を認め、いくらか実務的な話をした後、受話器を置いた。今のゲオルグの装いはワイシャツからジャケット、ネクタイまでダーググレーで統一したスーツ姿という、どこか陰を感じさせる服装であり、中性的な顔だちもあって、ある種の異様な雰囲気を醸し出しており、少し周囲の注目を集めていた。

 

 素性が官憲に知られれば、ゲオルグは絶体絶命の窮地に立たされるはずであったが、そんなことを気にしてないのではないかというほど緊張しておらず、自然体であった。時には道を尋ねるために、自ら官憲に近づくことすらよくあるという無警戒ぶりである。

 

 ゲオルグとしては完璧に変装をしているし、ゲオルグ・ディレル・カッセルというどこにも問題がない身分証明証も持っている以上、下手に隠れようとすれば逆に怪しまれることになるだけだろうと思っての大胆さなのだが、だからといって、ここまで割り切れるのは普通の人間には不可能ではないにしても凡人には困難なことであろう。

 

 なので官憲を含めた周囲の人間はゲオルグを裕福な富裕層の人間だと思うことはあっても、彼が名門貴族の出であるとは夢にも思わないのである。それどころかゲオルグがリヒテンラーデの孫で、旧体制では警視総監と内務次官を兼任していた高官であるという正体を告げられても、信じずにできの悪い冗談扱いするに違いなかった。官憲たちが持っているリヒテンラーデの孫の情報とゲオルグが重なる要素など、年齢くらいしか見いだせないのであったのだから。

 

 宇宙港からしばらく歩いたところにあるホテルに入った。部屋はすでに会社名義で予約していたので、社員証を見せてチェックインをすませた。部屋に上がり、時計を見て予定までまだ時間があることを確認し、シャワーで汗を流し、鏡を見ながら髪の毛を染めなおし、顎髭と口髭をつけてゲオルグ・ディレル・カッセルとは違う姿に変わった。鏡を見ておかしいところがないか確認したのち、時計のタイマーを合わせて、宇宙港で購入した地方紙新聞「バオンス」を読み始めた。

 

 一面は帝国の現皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世に関する記事であった。要約すると、皇帝陛下にあらせられては、あまり表に出てくることが少ないことに疑問を呈すものであったが、ゴールデンバウム王朝を信じる者ではない限り、七歳の子どもにいったいなにを望んでいるのだと思う読者が大半であろう。

 

 もとよりエルウィン・ヨーゼフ二世は、当時の国務尚書リヒテンラーデ侯が権力を守るために手を組んだローエングラム元帥が保持する武力でブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯といった大貴族どもを牽制し、地位相続は直系男子相続優先という伝統と前例を建前に、官僚組織をフル活用した力業で即位させた傀儡に過ぎない。それは即位した当時から帝国全土で周知の事実であるはずだった。

 

 紙面を捲って他の記事も流し読みする。「忠節団」「戦友会」「アウズ」なる組織の発表や動向、この星系を治めていたブルヴィッツ伯爵家に変わって、オーディンから新たに派遣されてきた総督とそれに仕える官吏たちへの微妙な評価に、景気停滞を取り扱った記事、横暴な官吏への控えめな批判記事、そして帝国宰相として進歩的な改革を主導するラインハルト・フォン・ローエングラム公爵に対する中身のない絶賛記事が続く。

 

 中身のない絶賛記事は、少し前まで国営新聞社発行の新聞に書かれていた先帝フリードリヒ四世への絶賛記事にどことなく似ていた。もしかすると国営新聞社が用いた手法を流用しているのかもしれない。フリードリヒ四世は国政にほとんど関与しなかったので、皇帝崇拝のプロパガンダを使命としている国営新聞社は、その使命を果たすべく、どうでもいいようなことをいかにも凄いことであるかのように見せかける記者の文章構成力の育成に苦慮し、その対策として即位から数年後にその手法をまとめた教本(マニュアル)を生み出した。それが宮廷内ではまことしやかに噂されていたのである……。

 

 このバオンス新聞社が、その教本(マニュアル)を入手して利用しているかどうかはともかく、これはあるひとつの事実を浮き彫りにしている。フリードリヒ四世は趣味である薔薇の世話と漁色を除けば、本当に特筆すべきものがないので空虚な賛辞で絶賛するしかないのは仕方のない部分がある。しかしラインハルトは実に話題性に富んでいる人物である。つまりこの絶賛記事はバオンス新聞社が意図的にやっているのでなければ、この空虚さの説明がつかない。

 

 ゲオルグはなにを意図してのことであるか理解し、前情報通りであることを確認して笑みをこぼした。もとよりここに自分の望む土壌が存在するという情報を確信していたが、それを証明する現物を目にし、次の交渉における自分の成功が確定したのだ。

 

 政治に関係ないスポーツ面や娯楽面も読んで時間をつぶしているうちに、時計のアラームが鳴った。ゲオルグは春に着るには少々厚いコートを羽織り、山高帽子をかぶってホテルを出た。そしてタクシーを拾って運転手にこの惑星では有名なオペラ・ハウスの名を告げた。

 

 タクシーで直接オペラ・ハウスに乗りつけると運転手に代金を払い、オペラ・ハウスの中へと入った。開祖ルドルフの時代からあるオーディンのオペラ・ハウスほどではないが、高級感あふれるが下品ではない内装に軽く感心した後、紳士的な態度で受付の男にボックス席を予約していたと告げ、持っている身分証明書の名前とも違う偽名を告げた。

 

「しばしお待ちください」

 

 そう言って備え付けらえている電子機械を操作して予約があるか確認する。画面上に浮かび上がってきた情報に目を通し、受付の男は軽く目を見張った。

 

「警部補であられるのですか。その、ずいぶんとお若いですね」

 

 疑わしそうにゲオルグの姿を見ながらそう呟く。受付の男には、どれだけ年齢を高く見積もっても三〇歳くらいにしか思えない人物が、警部補というのはどうにも信じがたい。貴族であるならば理解できるが、ゲオルグが告げた名前には貴族であることを示す“VON”の三文字がなかった。

 

「ええ。一般大学を卒業した後、帝国文官試験に合格して警察官として採用されましてね」

 

 苦笑しながら平然と嘘を吐くゲオルグ。受付には目の前の無精ひげを生やした知性をあまり感じさせない容姿をした男が、難関の文官試験に合格しているなど信じがたいことであったが、そうであるなら理解できた。文官試験に合格して警察に採用されたなら、警部補からスタートである。士官学校卒業生が自動的に少尉に任官されるのと同じだ。

 

 特に疑うべき要素もないのでゲオルグの嘘の経歴を信じることにした受付の男は、電子機器の画面に映っている情報を見て次の疑問を口に出した。

 

「予約では二人となっておりますが、お相手は?」

「ああ。彼なら仕事の都合で三〇分ほど遅れてくることになっておりまして」

「わかりました。お相手の方がおいでになられれば、ボックス席に案内させていただきます。オペラ観賞ははじめてですか? もしよろしければ説明役をお付けいたしますが」

「いいです。実は私、かなりのオペラ好きでしてね。ここで観賞するのは初めてですが、他の劇場で何度もオペラ観賞をしているのですよ」

「ほほう。それはそれは……」

 

 これは受付の男も簡単に信じることができた。ゲオルグの両目に期待と歓喜の感情を見出したからであった。実際、ゲオルグはオペラに限らず芸術観賞が好きであった。他にも読書や舞踏や狩猟も好きであり、この点は実に貴族らしい趣味の持ち主と言えた。

 

 受付にボックス席のナンバーを告げられ、その部屋に入った。ボックス席には会場側の壁が一面くりぬきになっており、そこに向いた椅子が二席ある。その椅子のひとつにゲオルグは腰を下ろし、劇がはじまると海上を見下ろし始めた。

 

 今回の演劇は西暦時代からある物語、“ニーベルングの指環”の第一部“ラインの黄金”である。醜く浅ましいアルベリヒが美しい妖精たちに求愛するが、相手にされずに嘲弄される。しかし妖精がその時うっかり、指輪にすれば無限の力を得て世界を自分のものにすることができるラインの黄金の存在を漏らしてしまう。その黄金は愛を拒め、情欲を押し殺すことのみが手に入れることができるという。しかし妖精たちに欲情していたアルべリヒはそれが隠されているというライン川の底から、その黄金を見つけだして妖精たちから盗み出してしまうのだ。

 

 それ以降、ラインの黄金で作られた指輪はこれから起こる騒動の末、アルべリヒの手元から奪われてしまうのだが、世界を支配する力を失って以降も身に着けた政治力を駆使して地下世界の王者たり続けるのが、なんとも面白い。しかも指輪を奪われる寸前に、第二の自分が現れないように指輪にろくでもない呪いをかける徹底ぶりである。この抜け目のなさは現実の政治家にも通じるところがあるとゲオルグは思う。

 

 ちょうどアルべリヒと狡猾な火の神ローゲが、指輪を巡って意地の張り合いと騙しあいを繰り広げているあたりで待ち人がやってきた。きれいに七三分けされているくすんだ栗色の髪と活力に満ち溢れた瞳が特徴的な、四〇歳前後の重役ビジネスマンのような印象を与える姿の男を見て、ゲオルグは頷くと手で席を勧めた。

 

 その男は勧められた椅子に腰を下ろし、訝しげな声で問う。

 

「ずいぶんとお若いですね。ブラント警部の友人というから、もっと高齢の方かと」

「それは嘘だからですよ。シラーさん」

「……なに?」

 

 いきなりとんでもないことを言われ、疑惑の目を向けるシラー。

 

「でもブラント警部があなたに言った通り、私は特ダネを掴んでいます。じつのところ、これを発表したいんだけど、メディア会社に伝手がなくてね。ちょっと仕事で縁があったブラント警部の力を借りたんですよ」

 

 その言葉に全面的ではないが、ある程度は得心がいった。シラーはベテランのジャーナリストであり、この星系規模に放送権を持つ地方立体TV放送会社の放送部長を務めている。また記者としての能力にも優れ、いくつかの雑誌で不定期に記事を寄稿していたりもする。そんな彼にとってブラント警部は素晴らしい情報源であった。ブラントはこのあたりを管轄する警察支部に所属する一線級の警部であり、発生した事件や事故の裏事情をよく教えてくれ、それをネタにシラーが自分の記事や番組を作るといったことで稼いできたのだ。

 

 だから目の前の警部補が面白いネタを持っていると言うのなら、ブラント警部が自分に会わせようとするのはなにもおかしくはない。ただブラントとは長い付き合いである。なぜ友人などと嘘を自分につく必要性があったのだという疑問をシラーは消せなかった。

 

「それでこれがその特ダネなんですが、どうです?」

 

 ゲオルグはスーツケースから、ひとつのファイルを取り出して差し出した。そのファイルを取り、中には数十枚の資料が挟まれている。一枚目の資料を見るとシラーは視線を凍結させた。あまりにも衝撃が深すぎて脳が認識を拒否しているようであった。衝撃が立ち直ると食い入るように資料を読み始める。演劇中なこともあってボックス席は暗かったが、シラーはまったく気にならないほど集中していた。

 

 すべてを読み終え、シラーは深く息を吐き出した。そして疲れたような声を発した。

 

「これをいったいどこで?」

「私が所属する支部が管轄する惑星にて、ある重犯罪が発生しましてね。私が率いた警官隊によって犯人を逮捕したのだが、彼の自宅にあった私物の中にあったのだ。犯人の自供によると彼は元軍務省の官僚で、先の内乱のゴタゴタ中に軍務省の記録の一部を抜き取っていたらしい。むろん、所持していた本物の方は軍務省に送り返してしまいましたが、ネタになると思って私がこっそり複写したのです。どうです?」

「たしかに、特ダネではあるが……」

 

 嘘八百な入手経緯を述べているゲオルグが差し出したのは、軍人ラインハルトに対する評価記録だった。ほとんどが上官によって評価されてたもので、生意気、反抗的、協調性に難あり、自分が恵まれてることに自覚がない、寵姫の弟であることを良いことに傲慢な態度をとる、などといった非好意的評価が乱舞している。特に性格面で非好意的ではない評価の資料は全体の二パーセントあるかないかくらいである。

 

 現帝国宰相にして帝国軍総司令官、時の人であるラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の軍事記録。たしかに、たしかに特ダネである。特ダネではあるのだが……。そうシラーは頭の中で繰り返し唱えた。

 

「私としてはこれをネタにぜひあなたがたの会社で放送してほしいのですが」

「正気か貴様!?」

 

 ゲオルグの言葉に、シラーは反射的に叫んだ。

 

「正気ですとも。でなければこんな資料をあなたに見せる理由がありません」

「権力者を貶す報道をしろと? ジャーナリズムの世界を何も知らないのだな」

 

 あきれかえったような態度で馬鹿にするシラー。権力者を非難することができるのは、その人物が権力を失った時のみ。これは帝国のジャーナリストにとって不変の真理である。同盟やフェザーンの批判精神旺盛なジャーナリストには理解しがたいことかもしれないが、言論の自由がない帝国では、権力者や体制の批判をしたりするだけで比喩ではなく治安当局によって首が飛ばされるかもしれないのだ。いわんや帝国宰相への中傷報道を行うなど、帝国のジャーナリストにとっては“()()()()()”と同義語だ。

 

 しかもこれは体質の問題と化してしまっており、ラインハルトが言論の自由に肯定的でも、すぐ改善されるたぐいのものではなかった。五世紀に渡る言論の不自由によって、記録が残ってしまう発表は須らく体制に追従するものでなくてはならないという法則が、ジャーナリストの精神に築かれてしまっているのだ。ゴールデンバウム王朝中興の祖であり、開明的な名君であった“晴眼帝”マクシミリアン・ヨーゼフ二世の時代でも、即位から五年ほどしてようやく権力者に対する“苦言”――批判というには迂遠すぎる言い回しだったので苦言――を用いた報道がおこなわれるようになった程度に過ぎない。それほど帝国のジャーナリズムの体質問題は根深いのだ。

 

「むろんジャーナリズムの世界は、私も少なからず存じておりますとも。だからこそ不思議でたまらない」

「なにが?」

「あなたが所属する放送会社が、ローエングラム公に対してきわめて形式的な賛美報道をするばかりで、彼の業績をほとんど取り上げないことがですよ。いやあなたの会社に限らず、この星系にあるほとんどのメディアが取り上げていないようですが。すいぶんと奇妙なことですねぇ」

「……」

 

 形式的すぎる賛美放送。それは本当に賛美できる要素が皆無である場合に用いられるが、じつはもうひとつ別の時に使うことがあった。賛美対象のやってることを認めたくないという時である。むろん帝国政府から圧力がかかれば、すみやかに改善(改悪?)しなければ処罰の対象になりかねないことであったのだが、その程度のささやかすぎる報道の自由が、帝国のジャーナリズムの限界であった。

 

「あとこれは確定情報ではないのですが、噂によるとあなたとも関係が深いこの星の有力者が、ブルヴィッツ侯爵の忘れ形見を養っておられるとか」

 

 その指摘に、シラーは目を閉ざし、椅子にもたれかかった。そしてなにかがきしむ音がゲオルグの耳をとらえた。音の発生源はシラーが座っている椅子の肘掛けだった。強い力で握りしめ、きしんでいるのだ。シラーは先ほどとはうって変わった、恐ろしいほど粘着質な怨念を感じる調子で口を開いた。

 

「この星の民が、ローエングラム公を、“金髪の孺子”を心から賞賛するなどありえぬことだ。慈悲深い領主であった侯爵様を殺し、われわれがその領民であることを誇りとしていた栄光ある家門を辱め、傲慢にもわれわれから搾取している。そんなクソガキを称賛するわけがないだろう」

 

 ブルヴィッツ侯爵家は四世紀近い歴史を持つ貴族家であるが。それほど優れた方法で領地を統治していたわけではなかった。しかし先祖代々受け継いできた所有物を大切に守っていこうという精神の持ち主が一族にとても多く、その大切にする所有物の範囲には領民も含まれていたために、領民から過剰な搾取を行うこともなく、理不尽な弾圧を行ったりもしなかった。それどころかやむにやまれぬ事情で貧困に陥ってる領民がいれば、ブルヴィッツ家の財産を使って救済したりすることがままあるという、ゴールデンバウム王朝末期としては、かなり良識的な貴族家だった。

 

 もっとも、これは視野をブルヴィッツ侯爵家が代々納めてきた領地のみに限った場合の話であって、視野を広げるとまた別の見解がある。なぜなら彼らは先祖から受け継いできたものを大切にする精神はあっても、それ以外を大切にする心が欠けていて、領地から一歩出ると他の大貴族と大して変わらない傲慢さを発揮していたからである。たとえば政略結婚や他の貴族との政治抗争によって得た財産などは凄まじい勢いで収奪したし、新しく獲得した領地に住む領民を酷使することはためらわなかった。なので大きい視点で見れば、腐敗した大貴族の誹りをまぬがれないだろう。

 

 だがブルヴィッツ家の領地でずっと暮らしてきた者達からすれば、そんなこと知ったことではない。自分たちを庇護してくれた偉大な領主は自領の自治権を守るため、リップシュタット盟約に参加していた。その咎で領主は処刑され、プルヴィッツ家の財産はすべて没収された。おまけに()()()()()とやらのせいで、いままで領主の温情によって税率がかなり低かった惑星ブルヴィッツの景気は、税率の急上昇によってとても悪くなった。ブルヴィッツ家の莫大な財産を背景に実施されていた貧困の者に対する援助も、そんなに多額の援助を貧困な全帝国臣民に行っていたら、早晩国庫が枯渇するとかいう理屈で縮小された。自分たちの生活は明らかに悪くなっているのに、ラインハルトを帝国の救世主のように思うことなど、プルヴィッツの領民たちにはできるわけがなかった。

 

 これまでとはまったく異なる新しい秩序や価値観を劇的に創造しようとする者たちは、その劇的な変化の対価を莫大な流血行為で贖わなければならなくなることがほとんどだ。それは歴史が証明している。古代地球におけるイギリスの清教徒革命、アメリカの独立革命、フランスの市民革命、ロシアの共産主義革命、ドイツの国家社会主義革命、チャイナの文化大革命。脱地球的世界の構築しようと試みたラグラン・グループの独立革命や銀河連邦の腐敗した民主制を打倒したルドルフ・フォン・ゴールデンバウム率いる国家革新同盟の革命。規模の差はあれど、これらの革命が、旧い価値感を持っている相手というだけで彼らを憎悪して攻撃的姿勢を取り、彼らからも憎悪されたことか。

 

 そしてラインハルトと開明派官僚グループによる劇的な改革も、その前例に沿うものであるということをゲオルグは見抜いていた。だからそうした憎悪を持っている者達を謀略の道具として利用できると考え、そういった環境が整っている場所を脳裏にリストアップしている。当然、若すぎる帝国宰相殿とその臣下たちも警戒していることだろうが、開明的姿勢を大きく示すことによって人気集めに励んでいる連中が、民衆を徹底的に監視したりして民衆の反感を買うようなことをできるわけがなく、監視は旧体制時よりはるかに大雑把なものであるのはほぼ確実である。そうである以上、公式な平民身分を持つゲオルグは、いくらでも自由に動ける自信があった。

 

 もっともそれがいつまで続くかはわからなかった。というのもゲオルグは、ラインハルト・フォン・ローエングラムという若者の覇者を、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの衣鉢を継ぐ人物と考えていたから、いつまでも開明的な政策を実施し続けるとは、まったく考えていなかったのである。だからこそ栄養源を失って枯れた黄金樹を蹴り倒し、ローエングラム王朝を築き上げて十年前後すれば、大量の流血によって国家の基盤を固めようとするにちがいないと推測していた。この推測をラインハルトやその幕僚たちが知れば、全員が目の色を変えて激怒するであろう。しかし客観的に見た場合、ゲオルグの推測が正しいかどうかは未来を知って初めて答えを出せる類のものであったので、一概に間違っているとも断言はできないのだが。

 

「ならばよいではないか。お渡しした資料をもとに、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)にて政務に励んでおられれる、親愛なる宰相閣下の特集を組んで放送すればいい。なにをためらうのか」

「だがそれでは、我が社が権力で潰されて終わるだけではないか」

「たしかにその可能性は否定できません。ならば事前に入念な準備を整えておけばよいのです」

「……詳しく聞こう」

 

 四〇分ほどかけて、ゲオルグはいくつかの対抗策を提案した。策というものは実施するのは大変だが、大まかな立案だけであれば頭脳運動を行うだけでたいしたコストがかからないし、自分は提案するだけで実施者になるつもりは皆無なので、官憲の目など気にして秘匿性を考える必要もない。よってやたらと大胆な対抗策を提案することができた。

 

 示された有効的な提案の数々をシラーは深く理解すると同時に、ある確信を抱かせた。目の前の男は警部補なんてちゃっちな存在では断じてない。もっととんでもない大物であると。ベテランのジャーナリストとして研ぎ澄まされたある種の感性が、目の前の人物が考え出した策であると察知したのである。

 

「あなたは何者だ? なにをしようとしている?」

「なにをわけのわからないことを仰るか。私はたいした人間ではない。ただ古き良き時代が汚されてしまうのを許容できない者達の一人に過ぎぬ」

 

 そう言ってゲオルグが微笑んだちょうどその時、劇場では内乱に陥った愚かな巨人たちの光景が演出されていた。“ラインの黄金”に対する誘惑が巨人たちは、同族同士で相争い、やがて絶滅してしまうのである。それで舞台の幕が降り、ゲオルグは一礼するとボックス席から姿を消した。シラーはこの場で交わした会話を思い返し、現実感のなさにいまさらながら体が震え、しばらく椅子に座り続けた。




プルヴィッツは地球時代の某島国の紳士的手法で獲得した新領地や富を収奪し、他の貴族家(現地の有力者)を介して新領地の民を奴隷のごとく酷使して利益を生み出し、先祖代々受け継いできた領地に住む領民に対して低税率高福祉を実施してたと考えると、理解しやすいかと。

あと、たぶん次話は原作キャラを出せると思います。

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