リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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今回、かなり賛否両論な話かもしれない。


女聖職者

 ユリアンが帝国軍によって保護され、一緒に来た仲間たちと再会した。ポプランから「どんだけ探してもいないもんだから、流石に焦ったぞ」と肩を組まれ、コーネフは喜びつつも「おまえさんが死んでたら、面倒なヤンとの腐れ縁も終わったんだがなぁ」とひどい皮肉を投げかけてきた。いつもと変わらない皆だ、とユリアンは微笑み、ここにいない人物に気づいた。

 

「オットテールさんは?」

 

 オットテールの名前を出した瞬間、不気味な沈黙が漂い、彼の上司であるコーネフが歪んだ表情を浮かべたので、ユリアンは一瞬最悪の可能性を考えたのだが、それよりはましな現状をマシュンゴから説明された。

 

「実はですね。オットテールさんはかなりの健啖家で、毎日配給されてた食事の量で満足していなかったようで、しかも話し上手でしょう? 食堂の職員らをなんとか説得して、他の信徒と比べていつもおおめにもらっていたようなのです」

 

 そして地球教は巡礼者向けの食事にサイオキシン麻薬を混ぜ込んで洗脳に利用していた。当然、それだけ大量のサイオキシンを摂取していたというわけで、事情を聞いていた帝国軍が念のためにと彼らを健康診断した。他の者達はたいしたことなかったのだが、オットテールだけは“サイオキシン麻薬中毒の可能性極めて高し”という結果が出てしまい、事実、禁断症状も断続的に続いていたので医務室に入れられているのだという。

 

 軍医の診断によると初期的なものだから治療は比較的容易で、適切な環境の下で中和剤を定期的に投与していれば治療は確実にできるらしいが、少なくとも一週間は禁断症状に苦しみ続けることになるだろうとのことである。その説明が終わった直後、コーネフは「あの怪しい連中のとこで、よく食い意地をはれたもんだ」と忌々しげに吐き捨てた。

 

 ユリアンが合流を果たしてから四時間後、艦隊司令官のワーレン上級大将が面会を求めているという帝国軍士官から聞かれた。ユリアンはちらりとコーネフを伺ったが、好きにしろと手振りで示したので、帝国側の要請を快諾した。

 

 ちなみに仲間の代表者としてワーレンと正面から対峙することになったのは、一番年少のユリアンである。なぜかというとユリアン自身が望んだからでもあるが、あろうことか大人たちが全員代表者になることを拒否したのである。ポプランは野郎相手に楽しく談笑する趣味はないとのたまい、マシュンゴは階級が一番下だからと遠慮し、コーネフはお偉いさんと話すなんて面倒くさいと嫌がったのが、その理由である。

 

 もちろん、帝国軍も納得するような言い訳は用意してくれた。(帝国軍に対してはフェザーン人風の偽名を使っているが)ユリアンの父がそろそろ自立させるべきだと自分の息子に独り立ちさせた。しかし一方で息子可愛さが抜けていないので、ユリアンの父と親しかったコーネフらもお目付役的な意味もあってユリアンの部下となったというものである。なんか微妙に現実とリンクしている作り話である。

 

「リンザー中佐の報告によれば、地球教の本拠を攻略するのに少なからず協力してくてたそうだな」

 

 そう言って話を切り出したワーレンの顔色は少し悪かった。事前に帝国軍兵士から聞いた話では、地球教の刺客に暗殺されかかって重傷を負っているためらしい。しかしそれをまったく感じさせないほど表情は穏やかで、言動にもおちつきがあった。

 

「はい、私自身はもっと内奥のほうにとらわれていたので協力しておりませんが、仲間達からは、なかばは自分たちの意趣がえしとして、喜んで協力したと聞いております」

「なにか礼をもって功にむくいたいが、なにか望みはあるか」

「私ども一同が、つつがなくフェザーンにもどれますなら、このうえ、なんの望みもございません」

 

 そこでポプランが微妙な危機感から、ユリアンに小さく耳打ちした。

 

「フェザーン人らしく欲をかいてみせたほうがいいぞ」

 

 ポプランのずうずうしい助言に、一瞬ギョッとしたが、それを見てなにか察した様子のワーレンが柔らかく言った。

 

「どうした? きみたち仲間のことなら今回の礼としてこちらが医療費を負担するし、それに商売上で損害を被ったなら、補償してやってもよい。遠慮せずに申し出ることだ」

 

 どうやら若くて純粋な若い商人長に、経験豊富で狡猾な年長の部下が金銭的な助言をしたと勘違いしたらしい。ユリアンはワーレンの理性的で温和な態度は尊敬にあたいすると思っており、自分の正体を偽っていることに多少の心苦しさを感じていたのだが、怪しまれないためにはどうやら好意からきた勘違いをも利用しなくてはならないらしい。

 

「ありがとうございます。損害額は計算してみませんとしかとはわかりません。後日改めて提出させていただきたいと思いますが」

「さもあろう。あとで計算した明細を後で提出するといい」

「……加えてあつかましいのですが、この艦隊と一緒に私どももオーディンまで同行を御赦しいただけませんでしょうか。私はあいにくとまだ帝都を見たことがありませんので、この際、帝都見物ができればと思います。幸い、帰りは急ぎの荷物もありませんし」

 

 これはとっさに思いついたことで、先にみんなと話しあって決めた事柄ではなかったから、ポプランやコーネフをおどろかせた。

 

「そんなことなどたやすいことだ。部下に手配させよう。帝都に戻るまでに一週間以上はゆうにかかるから、医務室にいる君の部下も一緒に帝都見物ができるだろう」

「かさねがさね、ありがとうございます。つきましては、帝都見物でどこかオススメの場所などありますか」

「ふむ、そうだな……」

 

 会談の内容がきわめて呑気で穏やかなものになったが、わずか数分後に艦隊情報主任参謀のクライバー准将が血相を変えて部屋に駆け込んできて、漂っていた和やかな空気をぶち壊し、続けざまにされた報告が全員を一気に緊張させた。

 

「失礼します! 機体に帝国公用語で“撃つなかれ”と大きく書かれた地球教所属のヘリが艦隊を駐留させているナム・ツォ湖のほとりに降下したと報告が!」

「なに、生き残りか!?」

 

 先ほどとは一八〇度異なる表情に変わったワーレンが内心の驚愕をしずめつつ、そう問うた。

 

「いえ、現地部隊からの報告によると、どうやら本部が崩壊したことを知ってやってきたダージリンという地方都市の者であるようです。ヘリに乗っていたナムゲル司祭という人物がこの艦隊で一番偉い人物と会いたいと言っておるようですが、いかがしますか」

「地方都市か。しかし、話せるような人物なのか」

 

 ずいぶんとひどい言葉だが、ワーレンからすれば当然の懸念である。帝国軍下士官の地位にあった地球教の刺客に毒ナイフで刺されて左腕をうばわれていたし、地球教本部を制圧するときでも狂信的な地球教徒たちが支配的で、帝国軍が捕虜とすることに成功したのは数百人程度のなんの地位もない巡礼者のみである。それほどまでに今までワーレンがかかわってきた地球教徒は狂信的な者たちが多かったから、それを不安に思うのは当然とさえいえた。

 

「現地の者たちの報告を信じるのであれば、信仰心はかなり強いですが、すくなくとも帝国軍兵士と理性的に話しあえる人物であることは間違いないようです」

「……そうか、なら会おう。ここまで連れてくるように現地部隊に伝えろ」

 

 一瞬迷ったが、皇帝から直接地球教本拠の制圧ならびに教団組織の長および幹部たちの捕縛を命じられた身である。地球教の聖職者である以上、下級であるにせよ、幹部であることに違いはない。命令を墨守して下級幹部といえど捕縛するかどうかは別として、地球教本部の情報も多少なりとも有している可能性を考慮すれば、直接確かめるにしかず。

 

 そう決断を下した後、ワーレンはフェザーン商人たちとまだ会談中であったことを思い出して、ユリアンたちに丁寧にこちらから会談を望んでおきながら、数分で打ち切って申し訳ないと詫びた。ユリアンも気にしないでくださいと微笑んでみんなと一緒に与えられている部屋に戻った。

 

 しかし、ワーレン艦隊の旗艦にやってきた地球教司祭は、あくまで自分は使者兼案内役に過ぎず、もっと情報を持っている者は街にいると訴えた。ワーレンはその要請を受諾したが司祭との話し合いである問題が浮上し、副官であるハウフ少佐が心底申し訳なさそうな顔でユリアンたちに尋ねてきたのである。

 

「きみたちの中で同盟語に堪能なものはいるか」

 

 いきなりの質問に、ユリアンは多少警戒しつつも答えた。

 

「同盟人相手とも商いをしていたので、一応は。しかし、なぜそのようなことを?」

「……やってきたナムゲルという司祭から、地球人の大多数は帝国語を理解しないし、話せないと言われてな」

 

 その言葉にユリアンはおどろくと同時に奇妙な納得をおぼえた。地球教本部であまりにも普通に帝国語が通じたから気づかなかったが、よく考えてみれば分裂して二、三世紀しかたっていない同盟と帝国の間にも言語に差ができているのである。その三倍近い年月、人類社会から孤立し続けてきた地球では帝国語ではない言語が一般的なのは、むしろ自然なことではないだろうか。

 

「同盟語に近い言葉を喋っているらしいのだが、士官学校で習った同盟公用語とは違いすぎてとても理解できなくてな。司祭以上の地位にあれば帝国公用語は普通に喋れるそうなんだが、聖職者連中の言葉だけ信じて判断するわけにもいかん。だが、それ以外の者達とは聖職者の通訳を介さないとコミュニケーションをとる方法がないというのが問題になった。それでできればきみたちに通訳をしてもらいたいとワーレン閣下は判断されたのだが、よいだろうか。むろん、相手は地球教徒たちで、きみたちはその被害者だから、それを理由に断りたいというなら、無理強いはしない」

「いえ、かまいません。通訳を引き受けます」

 

 そう即答されたことにハウフ少佐はおどろいたが、通訳を引き受けてくれたことに感謝を述べた。ユリアンが即決したのは、帝国軍にたいして好意的に振る舞った方が良いだろうという打算もあったが、ヴェッセルの言葉が思い出されたのである。

 

 彼はこう言った。地球教の根底にあるものを知りたければ、普通の地球人たちと会ってみよ。そうすれば、孤立し閉鎖された社会を感覚として知ることができるだろうと。帝国軍の通訳として同行するのは、普通の地球人たちと接触する好機であると思えたのである。

 

 通訳ができるかどうか確かめに、やってきたナムゲル司祭とユリアンたちは面会した。ナムゲルはやや赤茶色に焼けた肌と坊主頭が特徴的な中年の人物であり、地球教の聖職者という先入観から多少警戒していたのだが、むしろ彼の方がこちらに怯えているようで、固い声でなんとか警戒をほぐそうと帝国語で毒にも薬にもならない話をまくしたててきた。

 

 ある程度ユリアンたちの人となりを把握してナムゲルが落ち着くと、帝国軍士官の指示に従って地球語を使い始めた。一時間ほど地球語を聞いて帝国語で確認するという作業を繰り返してわかったことは、地球語は同盟公用語と比べると非常に難解で古臭い言い回しが多用されている上、田舎っぽいというよりは泥臭い感じがする雑味が強い発音であり、ゆっくり話してくれなくては聞きとりにくかった。しかし、それでもなんとか喋ってることは理解できるという具合ではあった。

 

 ナムゲルは街の住民たちにいらぬ不安をあたえぬよう、ワーレンの他、自分が乗ってきたヘリに乗れる人員だけ連れていくことを理想としていたが、流石にそんな要求は地球教の狂信者どもに散々手こずらされた帝国軍が飲めるわけがなかった。

 

 しかしナムゲルはあまり大人数で来られたら、住民たちが暴発しかねないと必死で訴え、艦隊司令部は熟考の末、旗艦だけでダージリンに乗りつけることにした。それは艦隊司令官ワーレンの剛毅さの賜物といえたが、軍艦を簡単にどうこうできるような兵器が地球側にあるとは考えにくく、ダージリンという街とナム・ツォ湖は約五〇キロ程度しか離れておらず、連絡を入れて数分で援軍にかけつけることが可能であるという参謀たちの計算結果がでたという保険もあったからである。

 

 だが油断は禁物だとワーレンは思っていた。刺客に対する警戒もあるが、ダージリンはヒマラヤ山脈低部のシワリク丘陵に位置している街で、人口は二〇万人ほどの小都市である。地球教本部があるカンチェンジュンガ山を一望することができ、当然、この街の住民たちはワーレン艦隊が地球教本部を制圧していく過程を眺めていたわけで一時期大パニック状態に陥ったが、都市長のフランシス・シオン主教が中心となって住民たちを宥め、幹部たちの意見をまとめた結果、自分が派遣されてきたというナムゲルの話を聞く限りでは、シオンという人物はそうとうにできる人物なのであろう。こちらが圧倒的強者であるという強みはあるが、それに慢心して下手な言質を与えてはならないと自戒したのだ。

 

 到着したダージリンの光景は見た限りでは帝国辺境部のさびれた田舎というイメージそのままの街並みであるが、青地に円形の地球地図が白色で描いている宗教旗が翻っていることが、ここが地球教の勢力圏下であることを雄弁に物語っていた。だから当然、信仰心旺盛な者が襲いかかってくるのではと兵士らは警戒したのだが、住民の多くは物陰から怯えるようにこちらを伺ってくるだけであり、恐怖はあっても激しい敵意が渦巻いているという感じはしない。

 

 警備を担当していると思わしき帝国の騎兵将校が着るような様式をした藍色が基調の制服を身に包み、白文字で“HEJV”と筆記体で書かれた黒色の腕章をつけている者たちはそれほどでもなかったが、こちらを見てくる瞳の色はやはり敵意より恐怖が強いように思われ、それはラグナロック作戦時に占領下のフェザーン人や同盟人がしていたものとほぼ同じものであったので、すくなくともここの地球教徒たちには状況判断ができる程度の理性があるらしいと帝国兵たちは多少安堵した。

 

 この街で一番大きな建築物である石造の神殿を警備していた青年たちは見慣れない漆黒の服を着た帝国軍人たちに敵意と警戒心をあらわにしていたが、ナムゲルが説明すると、ともかくもそうした感情を表面から押し殺した。そして警備の代表格の人物が早口で反論し、ナムゲルは難しそうな顔をしてワーレンに言った。

 

「この神殿に大人数を入れるのは警備上問題があるから、入るのは二〇人以下にとどめてほしいと言っている。そっちの立場もわかるから銃火器を装備しているのはかまわないし、他の兵士たちが神殿前にたむろしていることもかまわないから、と……」

 

 この要請にハウフ少佐は激昂したが、ワーレンは自らの副官の怒りを制した。ハウフとしては、また司令官暗殺を目論んでいるのかと勘ぐっているのだろうが、仮にそんな意図があったところで護衛が一〇人以上いるならば神殿から脱出するくらいどうにかできるだろう。それに地球教本部を制圧して数時間しかたっていないというのに、それほど混乱に陥っていた様子が見受けられないところを見ると、ここの住民がシオン主教ないしはここの統治者層を信頼しているのだろう。であれば、下手に高圧的にあたるのは悪手であると考えたのである。

 

 結局、神殿に入るのはワーレンを筆頭に、副官のハウフ少佐や参謀長のライブル中将ら司令部幕僚計六名と通訳ユリアン・ミンツ、残りの一三人は全員護衛ということで決まった。ワーレンとしては、民間人のユリアンを連れていくことをためらったのだが、ユリアンがべつにかまわないと強く断言し、幕僚たちも念のために通訳は必要だろうという助言もあり、連れていくことにしたのだった。

 

 案内された神殿内の会議場は、奥の方に黒い僧服を身にまとった四人の聖職者がフードを被っていて、その背後に拳銃を腰に下げている一〇人ほどの護衛――彼らも藍色の制服を着て、黒色の腕章をつけていた――が油断なく入室してきたワーレンらを注視していた。ナムゲルが先に出て、聖職者の一人になにごとか報告すると、その人物がワーレンのほうに歩み寄った。

 

 おどろいたことにその人物は若い女性で、目鼻立ちがくっきりしていて、顔にそばかすが浮かんでいる美女であった。女でこちら油断させようという腹かとワーレンは警戒したが、次の言葉でそれは吹っ飛んだ。

 

「ようこそ、銀河帝国軍の方々。わたくしはヌーヴォ・ダージリンの都市長であるフランシス・シオンと申します。不肖の身ですが主教の地位をたまわっております」

 

 完璧な帝国公用語でそう自己紹介して握手を求めてきたシオンに、ワーレンはらしくもなく唖然とした。いや、ワーレンだけでなく帝国側の全員が唖然としたのである。シオンという人物がダージリンの都市長であるという話はナムゲルから説明されていたのだが、まさかこんな若い女性だとは思わなかったからである。

 

「……失礼した。私は艦隊司令官のアウグスト・ザムエル・ワーレンと申します。皇帝陛下より、上級大将の地位をたまわっております。しかし都市長がこんな若い女性であるとは思いませんでした。たしかに男性とも年配の方であるとも聞いていなかったのですが、お恥ずかしい」

「まあ、ナムゲル司祭はなんと説明したので?」

「フランシス・シオンという主教が都市長をしているというだけで、年齢はおろか性別すら聞いておらず……住民からの信頼厚い温厚な人であると説明はされていたのですが、女性であるとはまったく思わず、」

「なるほど」

 

 シオンは納得したように何度か頷き、

 

「ですが、上級大将閣下がそうお考えになられるのも当然のことであるとわたくしは思います。と言いますのも、わたくしが三六歳の若さで主教の地位をたまわりましたのは、ひとえにこのダージリンが地球教本部の目と鼻の先にある街であったからです。ですから単純にこの街で人気があったわたくしを本部は都市長に任じたのですよ。すべてが自分の実力によるもの、とは言い切れませんから」

 

 そういって優雅にシオンは微笑んでみせたが、頬に冷や汗がつたっていくのをワーレンは感じた。外見からみればシオンは二〇代なかばから後半といったところで、今年三二歳の自分より年上とはまったく思えなかった。女性の年齢を間違えることは大変失礼なことというのは地球ではどうか知らないが、帝国では一般常識であったから、ワーレンは若いという曖昧な表現を使ったことに内心ホッとした気分になったのである。

 

 直接交渉し合う者たちが自己紹介していく、地球側の出席者は多少拙い人物はいてもそれなりに帝国公用語を解しており、帝国側が地球語に堪能であるはずもないので、自然の流れで帝国公用語で話し合う空気がうまれていた。それが終わると。互いの護衛を背後に控えさせて、交渉の席についた。まず最初に発言したのは、シオンである。

 

「まず最初に確認しておきたいのですが、あなたがたがこの地球へやってきた目的はなんでしょうか。また、目的がなんであれ、地球は銀河連邦時代に自治権を与えられており、連邦が帝国に移行した後も、特に自治権を剥奪された記録はなかったはず。にもかかわらず、帝国軍が大挙して現れ、あまつさえ地球の中心を灰燼に帰しめるとはいかなる了見でしょう。あきらかな自治権の侵害であるように思われるのですが」

 

 これに対し、ワーレンははっきりと反論した。

 

「たしかにシオン主教のおっしゃる通り、地球の自治権にかんしての認識に間違いはない。だが、それとこれとは別件だ。先日、地球教徒の一団が皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラム陛下の弑逆をはかった。その実行を担当していたオーディン支部の聖職者たちをとらえて取り調べた結果、皇帝弑逆の計画は本部で立案されたものであることが明らかとなり、教祖の弁明を聞くべく、やってきたのだ。しかし、本部の地球教徒たちは感情的に牙を向いてきたばかりか、最終的に本部ごと自爆する道を選んだのだが……」

 

 これに地球側の出席者が地球語で隣の人物と小声で話し合った。完全に聞き取れたわけではないが、どうやら本部が壊滅していることを彼らは推測はしていても、完全には把握していなかったのだとユリアンは理解した。やがてシオンが片手をあげて他の者たちを黙らせると、形の良い眉をひそめた。

 

「本部壊滅の件にかんしても言いたいことがいくつかありますが、それは後にまわしましょう。地球教徒の一団が皇帝弑逆をはかったなど信じられません。それも本部の指示によるものですって? ……いったいなんの意味があってそんなことをするというのです」

 

 シオンの疑問はキュンメル事件の捜査にかかわった帝国当局の疑問そのものであった。捜査結果は地球教が黒幕であることを雄弁に物語っていたが、その動機についてはオーディン支部員たちは信仰心から本部の命令に従ったということしかわからず、また皇帝ラインハルトが地球と因縁のあるような経歴もなかったから、地球教が何が目的で皇帝の暗殺を狙ったのかは不明のままなのである。

 

 だが、証拠ならはっきりとある。ワーレンは部下にもたせていたキュンメル事件の捜査資料をシオンたちに手渡した。ダージリンの聖職者たちはその資料を読みながら、やはりというか地球語で意見交換を行う。クライバー准将が肘で隣に座っているユリアンを小突いて、もしこの事件をすでに知っているような言葉を聞いたら知らせてくれと言われたが、そのような言葉をユリアンは一度もとらえることなく、約三〇分後にシオンが代表して困惑しきった表情で、口をひらいた。

 

「ワーレン上級大将閣下、この事件を捜査したのは信頼できる人物なのでしょうか」

「ああ」

「……では、とても言いづらいのですけど、その捜査が杜撰と言いますか……間違った結果を導きだしているのでは?」

「何を言う!」

 

 シオンの一言に帝国軍将兵は殺気だち、ライブル中将にいたってはそう怒号すると同時に拳を机に叩きつけた。

 

「その捜査資料を見て、どこに疑問点があるというのだ? 証拠がないからと信じられぬとほざくつもりなのであれば、すぐに帝都に連絡して証拠品の数々を貴様らに見せつけてやることができる。明白な真実をくだらん言い訳でごまかすつもりか」

「またかい。これだから外の連中は」

 

 疲れ切ったような声でそう呟きを耳に捉え、艦隊参謀長はいつもの理性的な態度を投げ捨てて、感情的にその声の主人を睨みつけた。それはかなり年配の大司祭であった。

 

「ご老人、どういう意味だ?」

 

 そう詰問するライブルの声には年長者への敬意というものがまったくなかった。

 

「儂は四〇年ほど前、布教活動を指揮するために外の星々にいたことがある。じゃが、外の連中が儂らに向ける視線は偏見で凝り固まっておっての、憲兵やら警察やらが難癖つけて儂らを迫害してきても、あの胡散臭い連中がどうなろうが知ったこっちゃないと知らんふりを決め込む奴が大多数じゃ。そしてその延長線上といえばよいのか。儂の友人の一人が一部の不良軍人とつるんで物資を横領していたと言いがかりをつけられて処刑されてもうた」

 

 先ほどまでなかば死んだ目をしていた年配の大司祭の瞳の奥にどす黒い炎がかすかに灯っていた。

 

「むろん、抗議しにいったとも。そしたらあの帝国憲兵はなんと言ったと思う? “いいことを教えてやろう。物資を横領したのは本当は俺さ。だが、宇宙の真理は弱肉強食、適者生存、優勝劣敗だ。無価値な弱者を価値ある強者が利用してなにが悪い。それが明白な真実だ“と嘲笑しながら言いおったんじゃよ。他の兵士どももみんな笑っておったわ。儂は怒りのままにそのことを大通りで叫んだが、帝国人どもはだれも信じなかった。それどころか、警察に侮辱罪で逮捕されて拷問されて、自分が被害妄想に陥っていたと自白するはめになった……これだから、信心も道徳もない帝国の野蛮人どもは……」

「ロクゴウ大司祭、落ち着きなさい。ここは恨み言を言う場ではないのですよ」

 

 そう言って大司祭はなだめ、黙り込んだのを確認するとシオンは続けるように言った。

 

「べつに一から百までこの捜査資料が捏造による産物であるとまでは言おうとは思いません。ただ、わたくしたちには経験してきた歴史があるのです。北欧神話を国教と定める帝国が都合よく他の宗教を利用してきたという歴史を知っているのです。そうしたわたくしたちの常識からすると、とてもこの捜査結果は信じられません」

 

 ロクゴウの個人的経験談とシオンの理性的な弁論で、帝国軍将兵が漂わせていた敵意はやや萎えた。

 

「例えばですが、資料にはキュンメル男爵という人物を地球教が利用して皇帝弑逆を目論んだとありますが、主従が逆なのではないですか。帝国内部の権力闘争があり、敗北した側がスケープゴートとして地球教に罪を押し付けられたのではないのですか。それにオーディン支部の聖職者たちが尋問の結果、地球教本部の指示によって実行したという証言があったとありますが、この証言はどのような尋問方法でとったのですか。先ほどのロクゴウ大司祭のように拷問、ないしは自白剤の投与によって無理やり証言させられた。あるいは、苦痛から逃れたいがためだけに心にもないことを言ってしまっただけではないのですか。そうした懸念が払拭されない限り、わたくしたちはこの捜査資料を信じることはとてもできません」

 

 シオンは毅然とそう主張した。その内容はそれなりに筋が通ったものだったので、帝国側は対応したものかと頭を悩ませた。すくなくとも捕まえた地球教徒たちに対して強力な自白剤を投与して尋問したことは、帝国軍高級将校にとっては周知の事実であり、尋問の過程の記録を帝都から取り寄せても、彼女たちの帝国への不信を解くことは困難をきわめる。

 

 ワーレンは地球への派兵を議論する御前会議でラングが地球教のことについてもう少し詳しく調べるべきだと主張していたことがあながち間違いではなかったのかもしれないと思わずにはいられなかった。遠征では地球教にたいする情報不足からくる問題に何度も遭遇している。少なくとも、地球教本部を制圧した後、事実を地球一〇〇〇万の民に公表して軍政下におくという計画は、シオンたちの帝国に対する不信感がこんなに強いことを考慮すると実現困難であろう。もし普通の地球人がそれほどでなければ大丈夫かもしれないが、彼らがシオンらダージリン首脳部を強く信頼しているとなると、望み薄である……。

 

「……われわれとしては、憲兵隊の捜査を信じているし、また、その捜査結果を前提に行動するより他にない。だが、地球人たちがその捜査に強い不信感を抱いているということについては、心にとめておこう」

「ご理解いただけて結構です」

 

 今回の地球教本部の制圧が皇帝の勅命によって行われたことである以上、艦隊司令官といえど一臣下に過ぎないワーレンとしてはそれが最大限の譲歩である。そうした事情をダージリンの聖職者たちが知っていたわけではないが、交渉の中心となっていたシオンは妥協点としては充分だろうと判断し、ワーレンの言葉を受け入れた。

 

 そしてワーレンはというと、地球の今後の統治に関して実際的な議論をシオンたちと続けながら、今回の顛末に帝都にどう報告したらよいのだろうかと頭を悩ませるばかりであった。




シオンさんは弁護士として優秀なスキルをもっているようです。
……というより、原作であの後の地球を帝国はどう処理したんでしょうか?

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