リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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旧アニメといいフジリュー版といい、カストロプ領はなぜ古代ギリシャ風なのだろう。
共和主義発祥の地と似たような文化に染まってるといて、それだけで犯罪者扱いになったりしないのか。


マハトエアグライフング①

 一〇〇〇個以上の恒星系を支配している銀河帝国の領土は大きく分けて皇帝領、貴族領、自治領の三種類に分別される。このうち、皇帝領は星系単位で総督府という地方政府が設置し、各総督府は帝国政府の指導方針に従って領土の統治運営が行われている。なお、首都星オーディンを含むヴァルハラ星系だけは例外として帝国政府が直接統治している。

 

 貴族領は、爵位もちの貴族が持つ所領である。貴族領をどのように運営しているかはその領地の領主の統治方針によるところが大きく、よほどのことがないかぎり帝国政府でさえその内政に関して口出しできない惑星であったのだが、先の内乱によって貴族連合に属した貴族の領地が皇帝領に吸収され、相対的に帝国政府の力が強まり、残された数少ない貴族領は免税をはじめとする貴族階級の特権がなくなったこともあって、運営が困難な状況が多く確認されており、領民の皇帝領編入の声を抑えられずに領地返上を選択した貴族も少なくない。特にブルヴィッツの虐殺の映像が流れてからは、自己保身のために領地返上するものと、意固地になって意地でも領地を守護しようとするもの二極化が発生している。

 

 最後の自治領は、その名称から真っ先にフェザーンのことを連想するだろうが、これは極めて特異な自治領であって、帝国の普遍的な意味での自治領ではない。自治領という制度自体は銀河連邦時代からあった制度ではあるが、銀河帝国になってからは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として実態が変貌している。資源をほぼ食いつぶしたとか、大規模な事故が発生したせいで再開発が困難になった惑星。それなのに現地住民がその惑星を離れたがらないというときに「じゃあ好きにしろ」ということで自治権を与えて放置するのである。この特権によって自治領の民は臣民としての義務から解放されるわけであるが、あらゆる国家の庇護を受けることもできなくなるので、たいていの自治領は衰退し、滅亡していく運命にある。海賊行為や犯罪組織の拠点となることもあるのだが、その場合は事情が判明し次第、帝国軍が出動して物理的に焼き尽くすので旧体制下では大した問題にはならなかった。

 

 アルデバラン星系はこのうち、皇帝領に属する星系で、なかば禿げた頭部にデカい鼻と大きい眼鏡が特徴的な、いかにも小物官僚といったさえない容姿の男が総督を務めている。エルンスト・フライハルト・マティアス・アーブラハム・ジルバーバウアーというなんとも長ったらしく仰々しい名前を持つ総督は、その名前の長さから「名家の生まれかなにかか」とよく聞かれるが、彼の身分は平民であり、しかも決して裕福な家の生まれではない。

 

 しかしながら兵役で軍隊生活を送っていたときに、自己主張が少なく黙々と命令を完璧以上にこなすジルバーバウアーを上官のとある貴族が高く評価し、兵役満了で除隊してからもその貴族がなにかと世話を焼いてくれたおかげで故郷の小さな役所の役人となり、そこから上司の命令を最大限尊重しつつ、現場との軋轢を最小限に抑えるという才能を開花させ、二〇年の官僚生活でアルデバラン系総督府の商務局長官にまで成り上がっていた。

 

 貴族派連合と皇帝派枢軸の間で発生した内乱では、上司の総督がリッテンハイムの一門に属する貴族家出身であったため、それに従う形で貴族派連合に属し、戦時体制下でもアルデバラン星系の経済が破綻しないように調整する仕事に従事した。しかしリッテンハイム侯爵がガルミッシュ要塞で謎の爆死を遂げ、リッテンハイム派貴族はブラウンシュヴァイク公の陣営に鞍替えするか、ローエングラム侯の陣営に下るかの二択を迫られ、ジルバーバウアーの上司であった前総督の貴族は後者を選択した。

 

 だが、その貴族は家柄だけで総督になった無能であり、しかも職権濫用と地位を利用しての問題行為があまりにも多く、覆しようがない証拠が山のように積みあがった時点で憲兵隊が前総督とその仲間を公開銃殺刑に処した。ジルバーバウアーも数件の問題行為に協力していたが、憲兵隊の捜査に協力的であったことと良心的な官僚として民衆からの人気もあったので処罰をまぬがれ、内乱が終結し軍政も終結すると、軍政時に示した協力的態度と有能さからジルバーバウアーに総督の椅子が与えられたのである。

 

 総督としてのジルバーバウアーは可もなく不可もなしというレベルで特筆すべきところはほぼないが、アルデバラン総督府に着任したときから下の声をよく聞くタイプの官僚であったので、歴代総督の中でも民衆からの人望があるという点は、特筆すべきであろう。

 

 三月一四日の夜、ジルバーバウアーはその日の業務の締めに入っていたとき、予定にない人物の訪問を受けた。アルデバラン系憲兵司令官ツァイサー中将である。ツァイサーは貴族階級の出身であったが貴族連合軍に参加しておらず、ケスラー大将による憲兵改革についてこれた生粋の憲兵という珍しい人材であったが、現総督はある理由からこの憲兵司令官を好ましく思っていなかった。

 

「総督閣下。この惑星に旧体制の残党が忍び込んでいる可能性があるため、報告に参りました」

 

 総督職を十全にこなせていることからわかるように、ジルバーバウアーの頭の回転は決して鈍くはなかったが、このとき憲兵司令官の報告を理解するのに十数秒かかった。

 

「旧体制の残党だと? 例の叛徒どもと合流した正統政府やらいう門閥貴族一党の手先か」

「例の門閥貴族一党と関係があるかは不明ですが、新体制が敷かれてから地下に潜っている人物です」

 

 ツァイサーは脇に抱えていた鞄から資料を乱暴に取り出し、総督の執務机で書類を整えてからさしだした。政治にまったく興味がなかったために領地運営を代官に任せきりだったからローエングラム公が君臨すると何の抵抗もなく領地返上をした。ただひたすら遊蕩に耽ることに喜びを感じることができず、芸術的感性も皆無であったために仕事一辺倒になったという貴族の変わり種であったから領地や特権に執着しなかったのである。それでも長年にわたって根付いた貴族意識というか常識というものから完全に抜け出せなかったようで、平民の上司や同僚に対して規則の上ではギリギリ無礼じゃない一線を追求することが最近の憲兵司令官の趣味であり、平民と一緒に仕事をするストレスの発散法となっている。

 

 もちろん、それがツァイサーのストレス発散法にはなってもまわりはそうではないので、ジルバーバウアーは幾度か憲兵総監部宛に司令官を変えるよう要請を出しているのだが、憲兵総監部はなんの反応も返してこない。なぜかというと、総監のケスラーも改革初期にそれを問題視していたのだが、憲兵としての仕事に非の打ちどころがなさすぎるほど完璧すぎたから、規則に違反してるわけでもないので処罰するほうが問題だとツァイサーに注意を喚起する文書を送るだけですました。当然、平民の憲兵総監からそんな注意文書が送られてきてもツァイサーは気にとめるわけがないのでなんの効果もないのだが。

 

 そんな憲兵司令官の態度にジルバーバウアーはいらだちを感じながらも、資料を受け取り、目を走らせた。住人から報告により、新体制に敵対的な行為をとって指名手配されているテオ・ラーセンが都市部のホテルに宿泊しているという情報を入手。即座に当ホテルに憲兵部隊を派遣したが、ラーセンの姿はどこにもなかった。しかしホテル員や宿泊客の証言から、ラーセンが宿泊していたのはほぼ間違いなく、いまもこのテオリアのどこかに潜伏していると考えられる。

 

 次の資料はテオ・ラーセン個人に関するものであった。元社会秩序維持局保安少佐、アイゼンヘルツ星系支部特殊犯罪・叛逆対策課長。年齢は三七歳。エーリューズニル矯正区出身。両親の公式記録はなし。“矯正”完了後、社会秩序維持局に配属。思想犯・政治犯狩りにおいて辣腕を示し、特殊犯罪・叛逆対策の適性を見込まれてアイゼンヘルツ支部に異動。そして見込まれた通り、その部署で目覚ましい功績を立てて保安少佐にまで昇進。リヒテンラーデ公の粛清が公式発表される直前に任務放棄。以後、新体制に敵対的な活動を行っている。

 

 あらゆる意味でブラックすぎる経歴に、ジルバーバウアーは頭を抱えたくなった。なにも知らない市井の人間ならば意味不明な経歴にみえるだろうが、ある程度事情に通じている者が見れば厄介な危険人物であることがあきらかなのだ。

 

 特殊犯罪・叛逆対策というのは、要するに亡命者狩りのことである。帝国歴三三一年に起きたタゴン会戦での大敗以来、自由惑星同盟への人材の流出は、帝国を存続を揺るがす重大な問題として政府に認識されていた。フェザーンが成立したとき、時の皇帝であるコルネリアス一世は、帝政に不満を抱く一部の帝国人がフェザーンに、さらには同盟へと亡命していくことを危惧し、帝政の不満を和らげるために娯楽設備の拡充を重視するいっぽうで、社会秩序維持局に特殊犯罪・叛逆対策を行うことを命じたのである。

 

 なぜ特殊犯罪・叛逆対策などという名称なのかというと、銀河帝国は銀河連邦の後継国家であり、全宇宙を統治する“唯一の”正統政権であると主張していることに由来する。帝国の建前では、フェザーンは国内の自治領で、自由惑星同盟は辺境の叛乱勢力なのである。だからフェザーンに無許可で行くことは国内法に背く犯罪行為であり、自由惑星同盟を僭称する叛乱勢力の領域に逃亡することは、帝国を全宇宙で唯一の国家であることを認めない叛乱勢力の主張に同意しているということに他ならず、国家への叛逆行為であると帝国政府に認識されるのであった。

 

 そんな部署で目覚ましい功績を立てていたということは、つまるところ銀河帝国の圧政から逃れようとした数え切れない人間を捕まえ、犯罪者や反逆者の烙印を押し、死んでもおかしくないほど過酷で劣悪な環境の政治犯収容所や矯正区に送り込むという、ロクでもない任務に従事していたという意味なのである。

 

 そしてエーリューズニル矯正区出身という情報にジルバーバウアーはかすかな憐憫と底知れない恐怖を抱いた。矯正区というのは、“思想・道徳の矯正”を目的とした施設であり、収容された悪質な思想犯を正しい思想を持った臣民へと更生させるための施設なのだが、ルドルフ大帝の時代ならばいざしらず、長い歴史の中で絶望的飢餓や政治的大混乱、常軌を逸した暴君の台頭などにより、総人口が激減したこともあって数百年前から予算や人員不足のせいでほとんどの矯正区がまともに運営されておらず、広大な領域に戦争での捕虜や国内の反体制組織の構成員が野ざらしにされているだけというのが実情であった。

 

 実情なのだが、北欧神話における死者の国を支配する女神の館の名を冠する矯正区は数少ない例外である。しかし徹底された情報統制によってどのような運営がされているのかどころか、どのあたりに存在するのかすら謎に包まれており、帝国の上層部でも一握りの存在しか知らないと噂される。確かなことはこの矯正区で矯正――いや、洗脳された思想犯は皇帝と帝国の権威を絶対視する狂信的な帝政の守護者となり、帝政を揺るがすものには容赦しない非人間的な存在になるという事実であり、そんなエーリューズニル矯正区出身の狂信者たちが標的とするのは、主に帝国の権力構造の中層圏にいる者達であるので、中堅権力者から恐怖される存在であった。

 

 新体制に移行してから、すべての矯正区は閉鎖されたという。しかしエーリューズニル矯正区に関する情報はいまだ公表されずにいるので、さまざまな憶測を生んでいる。その憶測はけっこうな種類があって真実が判然としないが、想像を絶するような非人道的運営がされていたのでとても公表できるようなものではないという噂と体制に忠実な人間に洗脳できるから新体制においても有益だということで秘密裏に運営が継続されているのではないかという噂が政界の中層部では支持されていた。新体制の開明的な方針から推測して、ジルバーバウアーは流行している噂の前者を信じていた。

 

「小官としては、この男がなんらかのテロを起こすつもりではないかと懸念しています」

「なぜだね」

「このテオリアの歴史的要因によるものです。ここが混乱すれば、旧体制を懐かしむ不平分子が共鳴して騒動を起こすかもしれませんので」

 

 ツァイサーの推測は、大いに可能性のあることであった。ここは腐敗して脆弱化した銀河連邦の体制を打倒し、力強さに溢れた銀河帝国を創造するため、まだ帝冠を被っていなかった銀河帝国の始祖である鋼鉄の巨人が革命闘争を指揮した栄光ある地。銀河帝国に生まれた者ならば、だれもが革命闘争の良い部分だけ抽出された輝かしき栄光の歴史を学んでいる。その栄光の歴史を信奉する者ならば、テオリアを聖地のように思っていることだろう。そのテオリアで古き栄光を連想させる事態が発生すれば、ルドルフの血統を盲信する者達のヒロイズムが刺激され、帝国各地で暴動やテロを起こしても不思議ではない。五〇〇年近くにわたって人類社会の上に君臨し、臣民意識を刷り込むことに熱をあげてきたゴールデンバウム王朝の権威は伊達ではないのだ。

 

「それは、ローエングラム体制を揺るがしかねない危険だ。ケスラー憲兵大将にも報告しているのか」

「……いえ。小官の一存から報告しておりません」

「なぜだ?」

「小官の長年の経験からして、報告すべきではないと判断したからです。心配しないでください」

 

 その理屈には多少の違和感を感じたが、長く憲兵として経験を積んでいるツァイサーが胸を張ってそう言うので、ジルバーバウアーは頷いた。嫌な奴ではあるが、優秀な憲兵として能力は信頼していたからである。

 

「ただ小官が懸念するのは、総督閣下の命が狙われているのではないかということです。信頼できる憲兵一個小隊を警備にあてたいのですが、よろしいでしょうか」

「あ、ああ。かまわん。警察と協力して総督府と主要公共施設の警備強化も頼む」

 

 やや惚けた声で、ジルバーバウアーはその要求を認め、追加で命令した。テロの対象となるとしたら総督とはいえ一個人にすぎない自分より、公共施設を破壊して混乱を招くという可能性のほうが充分にありうることであると考えられたからであった。この日、ジルバーバウアーは一個小隊の憲兵隊に護衛されながら官舎へと帰宅した。

 

 そして官舎で家族が狙われるという可能性に思い至ったジルバーバウアーは護衛の半数に自宅の警備を命じた。いささか数に不安があったが、それは明日に改めて憲兵司令官に兵士を出すように要請すればいいだろうと楽観的に考えながら、家族団欒の時を過ごしていた。

 

 しかしそろそろ寝ようかと考えた直後、総督府の下っ端役人が訪ねてきた。へルドルフ警察支部長が至急の用件で面会を要請しているのだという。ジルバーバウアーは眠気を押し殺して警察支部に向かうと告げた。護衛の指揮をとるグレル憲兵少尉は嫌な顔をしたが了承し、反発する部下を抑えて警察支部へと移動した。

 

 しかし警察支部に着くと憲兵と警察官の間でいざこざが発生した。警察官たちが支部長が面会したいのは総督閣下だけだと護衛の憲兵たちを通させまいとしたのである。なんとか互いを諌め、顔を真っ赤にしている憲兵たちに外で待っているように指示すると、まわりに気づかれない程度に軽くため息をついた。

 

 憲兵隊と警察が犬猿の仲であることは今に始まった事ではないが、最近は特にひどい。帝国宰相兼帝国軍総司令官ローエングラム公の信任厚いウルリッヒ・ケスラーが憲兵総監になって以来、憲兵隊は改革の大鉈が振るわれ、腐敗排除と能率化がなされ、帝国臣民と新体制上層部の信頼を獲得したが、警察はゲオルグ派との権力闘争に破れ、中央は地方に飛ばされていた元ハルテンベルク派の人間たち中心の人事に刷新されて改革を実施している。しかし元ハルテンベルク派の幹部たちはケスラーの手法を真似することを嫌い、独自の手法で改革を推し進めているために憲兵隊ほど効果があがっていない。さらに前警視総監ゲオルグ・フォン・リヒテンラーデが地下に潜って反体制活動をしているという噂もあって、警察は新体制上層部の不信を買っている。

 

 その結果、自分たちの存在意義が憲兵隊に奪われていると感じた警察官の多くが憲兵隊にかなり敵対的になっているのである。開き直っているともいえる警察の態度を開明派の文官たちはこれを不快に思い、ケスラーと同じ手法で警察の改革を実施するように求めたのだが、急激な改革派から緩やかな改革派へと身を転じたオスマイヤー内務尚書が軍隊一強体制がこれ以上強化されることは好ましくないと主張し、内務省高官をまとめあげて強硬に反発。新体制の改革に多大な貢献をなした内務尚書が警察を擁護するのでは、開明派も押し切ることができなかった。そのせいで内務省高官・警察と開明派官僚・憲兵隊の間で対立が生じているのである。

 

 帝国官界の中枢部にまで事態が発展している以上、下の者達は上層部に靡きたがる組織人として当然な思惑もあって、互いに掲げている主張から一歩も譲らず、現場レベルにおいて非常に面倒な状況が頻発するようになってすでに半年近くである。だから今回も同じようなことなのだろうとジルバーバウアーは思ったのである。

 

「なに! 憲兵隊に共和主義者どもが紛れ込んでおり、大規模なテロを計画しているだと?!」

 

 だからいきなりへルドルフ警視長から憲兵隊に共和主義者が潜り込んでいて、なんらかの策謀を巡らせているなどと言われたので総督は大いに驚き、そしてそれを疑った。

 

「それは、たしかなのか? 憲兵隊を憎悪する警察の一部による流言ではないのか」

「たしかに私を含め多くのものは憲兵連中を好ましく思ってはおりませんが、今回は事実です」

 

 先ほどある憲兵が警察を訪れ、憲兵隊内に共和主義に強調する不穏な動きがあることを直接伝えに来たのである。全体像が判然としないが、憲兵隊が総督の護衛に人員を出していると情報をすでに得ていたへルドルフはこれを深刻なものと考え、ジルバーバウアーとの至急の面会を望んだのである。

 

「なるほど。それでその話にあがった憲兵はいまどこに?」

「憲兵隊の不穏分子に感づかれては一大事と思い、秘密裏に地下牢でもてなしております。取り調べなさいますか」

「いや、いい」

 

 密告人がいるというのなら、事実なのだろう。

 

「しかし、共和主義者どもはここで騒動を起こそうなどと考えたのか。叛徒討伐の妨害がしたいのならば後方か首都で騒ぎを起こせばよかろうに」

「やはり歴史的な背景によるものでしょう。共和主義者どもにとって、ここは栄光ある旧連邦の首都らしいですからな」

「腐敗し自滅した連邦は共和主義にとっては黒歴史だろう。そんな国の都に憧れを抱くという共和主義者どもの思考は理解不能だ」

 

 銀河連邦は腐敗し衰退していき、民衆は共和主義に絶望し、超新星のように光り輝くルドルフ・フォン・ゴールデンバウムにすべてを委ねた。数世紀にわたる言論統制によって“選挙”という概念すら多くの帝国臣民が忘れてしまった今でも、ルドルフとその血族が君臨する支配体制を正当化するために帝国当局によって広く喧伝され、一般的に認知されている。

 

 だからそんな国家を憧憬する共和主義者というのは、どうも理解し難いものであった。外圧によって滅ぼされたというならまだしも、完全に内部が原因で自己破綻した国家のどこに魅力を感じるというのだろう。

 

「しかしよかったです。ツァイサーも共和主義者どもと結託しているのではないかと疑っていたものですから、この翌朝になっても総督閣下と連絡がとれなければ、非常事態として特殊対策専門の武装警官を動員して閣下の身を確保するつもりでした。早急にツァイサーとも面会して憲兵隊のどのあたりまで共和主義に汚染されているのか確認しなくては――」

「いや、待て。この星でなにやら画策しているのは共和主義者どもなのだな? エーリューズニル矯正区出身者ではなくて」

 

 いきなり突拍子も無いことを聞かれてへルドルフは困惑した。

 

「……エーリューズニル矯正区出身者が共和主義者と握手を交わしているとは考えにくいですな」

「ツァイサーが憲兵の護衛を私につけたのは、そのような者達がテオリアに潜伏しているから、身の安全のためにというものであった。だがそのような反応をするということは、ツァイサーからなにも聞いていないのだな」

「はい。ツァイサーと最後に会ったのは、公共施設の治安管轄権争いで議論した四日前以降、会っておりません。しかしことが政治犯・思想犯といった叛逆者ならば、管轄は社会秩序――いや、内国安全保障局と看板をつけかえていましたな。とにかくそちらがなにか掴んでいるかもしれませんが」

「私がツァイサーに命じたのだ。警察と協力し、警備体制を強化せよと。つまりツァイサーは総督の命令を無視しているということだ!」

 

 だから自分の命令を無視しており、なおかつそれを正当化する理由も見当たらないから、ツァイサーは共和主義に汚染されているのではないかと疑念を抱き、その観点からみると疑わしいところが多々あった。中央の憲兵総監部に増援を要請しなかったこと、警察に警備強化の相談をしていないこと、自分が警察支部に行くといったときに言葉を荒げて止めようとした護衛の憲兵がいたこと、すべて怪しく思えるというものだ。

 

 しかしツァイサーは貴族であり、その感覚が抜けきっていないので平民である自分や他の同僚にも敬意を払うようなやつではない。そんな奴が共和主義者と手を組むだろうか? 嫌な奴ではあるが、職務には忠実であったはずだし、職務に背反するようなことをしてまで……。

 

 ジルバーバウアーは優秀な能吏であったが、基本として上から降りてくる命令と現場の整合性を付ける能力に長けた型の人間であって、ゼロから考えると思考するということに慣れていなかった。彼は平民であり、旧体制下では常に上役の貴族がいるのだから、命令を柔軟に処理する才能の必要性を感じても、それ以外は常識的な対応に終始すればよかったので、非常時に自分自身で判断を下す必要がなかったためである。

 

「外にいる護衛隊長のグレル少尉を呼べ。直接話を聞く」

「き、危険です! ツァイサーの動向がはっきりしない以上――」

「怪しい行動をとるようなら殺せ! 私が責任を取る!」

 

 閉塞した推測を打開すべく、ジルバーバウアーはツァイサーが自分につけた護衛から事情を聞こうとしたのである。そいつが妙な行動をとるのであれば、ツァイサーは黒に違いない。

 

 二人の屈強な警察官になかば連行される形で警察支部長室に入ってきたグレル憲兵少尉に、ジルバーバウアーは睨みつけた。

 

「この惑星の憲兵隊に不穏な動きがあるという報告があったが、なにか心当たりはあるか」

 

 その問いに、グレルは目を見開き、深刻そうな顔を一瞬浮かべた直後、言いづらそうに口をひらいた。

 

「心当たりはありますが、話すことはできません」

「では、口止めされているのだな。ツァイサーかね?」

「……」

 

 沈黙が雄弁にそれが正しいことを物語っていた。ジルバーバウアーはわなわなと震えだし、叫んだ。

 

「私の官舎に特殊対策の武装警官隊を差し向け、私の妻と子の安全を確保してこの支部まで連れてこい! また、憲兵司令部にも警官隊を送り込んでツァイサーを逮捕・拘禁しろ! 他の憲兵どもが邪魔をするようなら射殺してかまわん!」

 

 怪しい要素が満載なのでジルバーバウアーは憲兵を敵と仮定して行動することに決めた。だから憲兵に囲まれている自分の家族の身を案じての命令である。

 

「それから……へルドルフ! 帝都の警察総局に至急連絡をとれ! 憲兵が敵に回った場合、この惑星の警察だけでは対処しきれない!」

 

 テオリアの警察官は内乱前まで二〇万近い人員が配置されていたのだが、門閥貴族勢力の没落及び割り当てられる予算の縮小などが原因で一二万前後にまで落ち込んでいる。いっぽう、憲兵隊はケスラー総監の責任の下に行われた大改革が滞りなく完了したこともあって、一五万程度の数まで回復していた。とても対処しきれる数ではない。

 

 へルドルフはすぐに部屋に備え付けられている通信機で、オーディンに連絡をとろうとしたが、すぐに青い顔をして受話器を置き、ジルバーバウアーに向き直った。

 

「帝都と連絡がとれません……」

「恒星間通信が遮断されたのか?!」

 

 驚愕を隠さずにジルバーバウアーは叫んだ。

 

「おそらくはそうでしょう! 非常事態です。閣下はわれわれ警察がお守りしますゆえ、どうかこの支部から離れぬよう」

 

 そういって支部長は部屋を飛び出した。恒星間通信ができないということは恒星間通信所が何者かに占拠されたか、強力な通信妨害がされているということである。後者のような手がとれるのは軍隊くらいだ。だからおそらくは前者であろうとへルドルフは考え、惑星内の警察署と連絡をとって恒星間通信所を奪還しようと考えた。

 

 支部内の通信室で仮眠していた警察官を叩き起こし、各署と連絡をとろうとした。しかし真夜中である。すでに各地の警察署に残っている高級警察官は帰宅して就寝しており、連絡をとるのも一苦労である。へルドルフ以下、多くの警察官が連絡をとるのに四苦八苦しているうちに日付が変わり、一五日がおとずれた。

 

 直後、巨大な爆発音が外から響いてきた。なにごとかとへルドルフは支部の窓から外を伺うと、遠方が不気味な赤色であたりを照らしていた。その光景から爆弾テロだと、へルドルフは瞬時に判断した。


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