リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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作者「なんか急にお気に入り数や総合評価otとかが倍になってるんだけど。
   週間UAだって今まで2000超えたらいいほうだったのに6000超えてるだと。バグかな?」
友人「おまえの作品、日間ランキング載ってたぞ。30位か35位くらいで」
作者「……は? こんな駄作が? 感想、一話投稿して1件くるかこないかなのに?」


故事に倣う

 惑星ブルヴィッツを軍事的に制圧したという報告が、統帥本部に送られてきたのは、その翌日の六時であった。司令官のカムラー中将自ら前線指揮をとったために、司令官を含む多くの士官が戦死したために少なからぬ混乱が発生し、そのために報告が遅れたというのが司令官代理として現地部隊の指揮をとっている参謀長の説明である。報告によると敵の抵抗が激しく自軍に約三〇万人の戦死者が発生したことと、敵軍の八割以上を壊滅せしめたこと。そして遺憾ながら民間人を多数巻き込んでしまったが、そのほとんどは民兵であって、純粋な非戦闘員の犠牲はおおよそ二〇〜二五万程度であると推測されるということ。投降した兵士は武装解除の上で解放し、士官級のみを拘束しているとのことなどが記されていた。

 

 この報告はあきらかに民間人の犠牲者を過小報告していた。戦う術を持たない民間人の犠牲者は最低でも五〇万はある。しかもその七割くらいは戦闘に巻き込まれて死んだというよりは、流血に酔いしれ、サディスティックな熱狂に突き動かされた帝国軍兵士達によって、残虐に殺戮されたのであったということまで、現地司令部は掴んでいたが、またもや保身の精神からこのような偽装報告を行ったのである。唯一、参謀のクム中佐がありのままを報告すべきだと主張していたが、それも中佐が新体制の気風を敏感に察しており、下手に嘘の報告なんてしたら逆に極刑に処されるのではないかという懸念によるものであって、結局保身しか頭になかった。現地司令部の高級将校たちは、司令官を暗殺した上で勝手に地上戦を行ったことを隠したいあまり、全員保身のことしか考えられなくなっていたのである。

 

 統帥本部次長メックリンガー大将は、現地部隊の報告を完全に信じはしなかった。門閥勢力を一掃して新体制に移行してから、辺境部隊は問題行動が多いが軍規から過度に背いてもいなかったので、軍にとどまっていた兵士たちが、多数左遷されているし、元から辺境にいた兵士たちの方は、中央の軍改革が忙しかったせいで旧体制時代そのままの状態である。艦隊同士の激突である宇宙空間での戦いならまだしも、民間人も居住している惑星での地上戦なぞしたら、高級士官が末端の暴走を抑えきれず、夥しい数の戦争犯罪が行われるのは必定である。旧体制時代での似たような前例からすると、民間人の犠牲者数がその程度ですんでいるとは考えにくく、低く見積もってこれなのだろうと、メックリンガーは失われた数多の命を思って嘆息した。

 

 メックリンガーは少しだけ悩んだ末、この一件を主君に報告することにした。現地司令部からの報告に加えて、自分の見解を書き込み、このような事態を生じさせた責任を詫びるとともに、許されるなら現地に直接赴いて現状を把握した上で、ありのままの事実を帝国人民に公表し、戦争犯罪者に公開処刑を執り行って人民の軍への信頼を守るべきだ、という今後の対処案を述べたものであった。

 

 その報告がフェザーンを経由して前線で指揮をとっているラインハルトのところに届いたのは、三月九日のことである。ゾンバルト少将の補給艦隊が壊滅し、シュタインメッツ、レンネンカンプ、ワーレンの勇将たちの艦隊に無視できぬ損害を受け、しかもそれをなしたのがヤン元帥率いるたった一個艦隊のみという醜態を帝国軍がさらしていたおり、ここ数日ラインハルトは自分の機嫌が悪化する要素に不自由していなかったので、その不快な報告には怒りを隠せなかった。これから宿敵のヤンと決戦を望もうと戦略を練っていたときであるだけになおさらであった。

 

 この件の処理方法に関して側近の二人の意見を聞いた。総参謀長オーベルシュタイン上級大将は一惑星規模のことなので、虐殺を指揮した指揮官全員、上官の命令を超えて残虐行為を働いた兵士にも極刑を加えれば、人民を納得させることが可能で、おおきな問題に発展することはないと主張した。また統帥本部に所属する高官全員にも、なんらかの処分を加え、それをもって下の暴走は上の責任につながるのだということを軍内外に知らしめるべきである。

 

 いっぽう首席秘書官のヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフはメックリンガーの対処案に賛成であった。オーベルシュタインの主張する方法でこの一件を処理しては、後世の為政者が自分たちにとって都合の悪いことは実行者を皆殺しにすればそれでよいと解釈する前例となりかねない。それを防ぐべく、そのような悲劇に至る過程をあきらかにすることこそ、肝要である。ただし上層部の潔白を証明するため統帥本部の高官たちにも処分を加えるべきという点においては賛成である。今後一年の棒給を返上させ、民間人犠牲者やその遺族の救済資金にあてるのが妥当であろう。

 

 首席副官のアルツール・フォン・シュトライト少将は、二、三の懸念を述べた上でヒルダの意見に同意した。そしてラインハルトもヒルダの意見を是としたので、オーベルシュタインは平然と自分の主張をとりさげた。彼としては、多少人民の不信を被ろうとも、またこのような事態が発生しないように厳しい処置を行って見せしめとし、旧体制時代の気風が残っている他の辺境部隊が暴走するのを牽制すべきだと考えて主張したのだが、ラインハルトが決断をくだし、そちらにも同程度の理がある以上、強硬に反対してまで主張する価値がないと判断したのである。

 

 主君の意向を確認したメックリンガーは、同僚のウルリッヒ・ケスラー大将に帝都の守りを任せると、千隻程度の小艦隊を率いて現場を調査し、適正な処罰を加えるべくオーディンを発った。しかしこれらの措置は、結果として遅すぎたのであった。三月一二日、立体TV放送が何者かにジャックされ、“帝国軍によるブルヴィッツの虐殺”と題した番組が放送されたのである。

 

 それはドキュメンタリー風の番組であったが、帝国軍による虐殺行為のみをクローズアップして詳しく解説し、ブルヴィッツ側の非に一切触れていないものだったが、それは衝撃的な内容といえた。皇帝とローエングラム公の名の下に殺戮を使嗾するカムラー中将の訓示の解説からはじまって、現地指揮官が下した虐殺命令の内容とそれに相当する映像の表示というのが何回も繰り返されたのち、結論として帝国軍によって一〇〇万人以上の民間人が大量虐殺されたというテロップが出て終了するものだったのである。

 

 番組の長さ自体は数十分程度であったが、これが帝国社会に与えた衝撃は大きかった。叛乱を起こしている惑星はこの放送によって態度を硬化させた。映像の中に白旗を掲げて降伏してきた者達に容赦なく銃撃の雨を浴びせている描写があり、どっちにしろ死ぬのであれば、最後まで戦ってやると降伏など論外であるという論調が主流になった。それ以外でも、帝国人民のラインハルト人気に多少の悪影響がでた。この放送が流れた直後、ケスラーが独断で「ブルヴィッツにおいて現地指揮官の暴走によって、少なからぬ民間人が犠牲になったという情報が入っている。もしこれが真実ならローエングラム公は決してこのような非道をお許しにはならない。現在この一件を調査中であり、必ずや原因を突き止めて真実を明らかにする」と公表したため、すぐさま民衆の動揺は沈静化にむかったが、「ローエングラム公も大貴族どもと同じように自分の反対者を抹殺するつもりなのでは?」と一部の者達に深刻な疑念を抱かせた。

 

 その翌日、ジャックを逆探知して場所を突き止めた内国安全保障局が犯人を収容した。正確には犯人の遺体を、である。死亡推定時刻から、犯人が死んだのはジャック放送直後の自殺であると推定された。遺書には「故郷を灰燼に帰した帝国軍の罪悪を世に知らしめるため、生き恥を晒した。もはや目的は達成された。大恩ある侯爵家と運命を共にするのみ」と記されているため、どうやらブルヴィッツの叛乱側に属していた人間であるらしいことがあきらかになった。

 

 そしてそれがわかったとき、クリス・オットーがテオリアの土を踏み、ゲオルグたちと合流した日でもあった。

 

「任務ご苦労」

 

 任務を無事完遂させ、孤児院にやってきた部下に対する慰労の言葉にしては、短く端的で、しかも感情がほとんどこもっていなさ過ぎたが、オットーは別に不快には思わなかった。

 

「まさかあれほどの惨劇になるとは思わなかったぞ」

「それは私もだ。帝国軍が民間人の生命を度外視して地上戦に突入させるよう誘導するだけのはずであったのに、まさか積極的に殺戮に狂奔するとはな。あの司令官訓示といい、想像以上にウェーバー中尉は働いてくれたものだ」

 

 ウェーバー中尉の家族が、秘密組織の影響下にあったスルト星系の惑星に在住していたので、もっともらしい理屈をつけて現地の憲兵隊を動員してウェーバーの妻と子を監視下におき、ウェーバーを脅迫して帝国側の部隊を秘密裏に誘導することを計画したのは、ゲオルグであった。そしてその実行にあたったのは組織の末端であるのだが、ここまでウェーバーを積極的に協力させるとは、脅しを行なった構成員はいったいどのような言葉で脅迫したのだろうか。

 

 実際のところ、ウェーバーではなく、幕僚だったクレメント少佐が個人的な復讐心の命ずるがままに行動した結果、あのように過激な司令官訓示がだされて兵士たちの暴走を招くことになったのだが、分艦隊司令部がどのような経緯でそこまで行ったかまでは秘密組織は掴んでいなかった。というか、もし秘密組織の構成員が幕僚にいたならわざわざリスクを冒してまでウェーバーを脅迫する必要がなかった。

 

「ところでちゃんと口は封じてきたのだろうな」

「シラー以下、計画の全貌を知っていた者は始末してきた。ここに戻ってきた者達を除いて、な」

「ならば、よし」

 

 聞くべきことを確認し、ゲオルグはひとつ頷いた。

 

「それにしても、今回の作戦は大成功というべきなのに、あまり嬉しそうでありませんな」

「別に喜ぶべき理由がない。おまえも困難な任務を達成したというに、あまり嬉しそうではないではないか」

「……たしかに。自分の望みはただひとつ。そのこと、忘れてないでしょうな」

 

 ゲオルグの切り返しに、オットーは苦笑した。ついで敵意もあらわに自らの上司を睨みつける。

 

「そう心配するな。おまえの願いを忘れてはおらぬ」

「……本当だろうな」

「無論。だがあの者は今、艦隊を率いて前線におる。近頃、ヤンとかいうえらく小賢しい提督に翻弄されておるようだし、もしやすれば我らが手を下すまでもなく、あの元帥閣下は戦死するかもしれぬが、それはよいのか」

 

 オットーは即座に頷いた。たしかに叶うのならば、この手で殺してやりたいとは思っているが、自分の大切なものをことごとく破壊してくださった“帝国人民の味方”と持て囃されている金髪の孺子が、この世に生きているということ自体が腹立たしいのだ。どのような形でもいいから、一分一秒でも早く地獄へと堕ちていただきたいというのが真情である。

 

 ゲオルグはというと、ラインハルトが前線に立っていることを愚かしいと思ってやまない。いまの新体制はラインハルトを軸としたガラス製のコマが高速回転することよって安定しているようなものだ。しかもそのコマは軍の豪腕によって形になっているというのに、帝国軍自体が一丸とは言い難い――いや、少々語弊がある。いまの帝国軍は間違いなく一丸だが、それはラインハルトという絶対者があってこそ。統一された思想や目標を帝国軍の将帥たちが共有しているわけではないのだ。つまりラインハルトが死ぬということは、新体制というガラス製の綺麗なコマの軸が折れるという意味で、勢いよく地面に叩きつけられて砕け散る。

 

 そうした分析ができたから、ゲオルグはラインハルトを一度ならず暗殺することを考えた。強力に統一された体制下で暗躍するより、いくつかに勢力が分裂して相争う状況下で暗躍したほうが、自分を売り込んで権力の座に返り咲く可能性も高まるからである。しかし主に二つの理由で早期実行はありえないと考えた。

 

 ひとつはラインハルトのフットワークが軽すぎることで、その行動を事前に予測することが非常に困難であるということ。帝国で権力者の行動予定は事前に緻密に決められているのが常である。上下関係が厳しい帝国では、下の者達に事前に歓迎の用意をさせねばらなぬからだ。なのにラインハルトの場合、予定はかなり大雑把なものに過ぎない。しかも随員も十数名しか認めないほどで、しかもしばしば単独行をなすのでラインハルトの行動を読むことが難しい。さすがに民衆に向けて演説したりする式典のときは予定がちゃんと決まってるので行動を予測できるが、当然、そのときの警備はとても厳重である。

 

 もうひとつはリスクを考えてのことである。数百年前に脱地球的な世界を構築しようと試みたシリウスの独裁者ウインスロー・ケネス・タウンゼントが何者かによって暗殺されたときのように、下手人が表に出なければいいが、もし治安当局の手に捕まり、背後関係を聞き出され自分のところまで手が伸びてきたら自分の復権の目は永遠になくなってしまう。たとえ暗殺に成功し、ラインハルトを亡き者にできていたとしても、タウンゼントが自分の前任者たるパルムグレンを持ち上げて自己の立場の正当化をはかったように、後に宇宙を割拠することになろう勢力も同じ形をとる可能性が高い。……となると、そのラインハルト暗殺の首謀者であると自分が周知されていては、その諸勢力から敵視されることはさけられないわけで、いまとさして変わらないことになってしまう。

 

 というわけで。少なくとも今のところはラインハルトを暗殺する気はなかった。しかしラインハルトが自分がまったく関与していないところで殺されてほしいとは消極的に望んでいて、それだけにラインハルトが前線でその身を死地に晒すという愚かしいことをしているのは、ゲオルグにとっては喜ばしいことであった。ミュッケンベルガー退役元帥の、あの孺子も武人である、という評価は正しかったというわけだ。

 

「明後日、このテオリアを掌握する作戦が始動する予定だ。その時、おまえには私の護衛についてもらう。かまわないな」

「ああ」

「作戦の詳細は院長から聞け。以上だ」

 

 オットーは軽く敬礼すると部屋を出て行った。ゲオルグはソファーから立ち上がり、軽く首を回した後、オットーが出て行った扉の反対側にある扉を睨みつけた。

 

「盗み聞きとは、感心せんぞ小娘」

 

 そう声をかけられて観念したのか、不機嫌そうな顔でベリーニが入室してきた。

 

「……あなたより十歳ほど年長なんだけど?」

「多くの女は、実年齢より若く見られると喜ぶものなのだろう? 遠慮せずに喜べ」

 

 たしかにそれはそうかもしれないが、今年二五歳の若者に「小娘」呼ばわりされ喜ぶような女なんていないだろう。それをゲオルグは承知した上で言っているのだから、悪意に満ち溢れた皮肉でしかなかった。

 

「それでなにようだ。あなたの仕事柄、盗み聞きをかねてから趣味としていることを追求しようとは思わぬが、私とオットーの会話が終わってもその場からはなれぬほどうかつではあるまい。なにか聞きたいことがあるのではないか」

 

 完全に見抜かれている悔しさを、ベリーニは奥歯を強く噛んで押し殺し、平然とした調子で質問した。

 

「オットーを放置しておいてよいの? あれは間違いなくローエングラム公の命を狙っている。あなたの目的とは利害が一致するとは思えないのだけど」

 

 ゲオルグが必ずしもラインハルトとの対決を望んでいないことを、これまでの行動から察していた。ならば、ひたすらあの若い覇者の命を奪うことを望むオットーとは利害が一致しないだろう。

 

 だがゲオルグはその質問をくだらないとでも言いたげに肩を竦めただけだった。

 

「いざという時に使える鉄砲弾とはなにかと有用だ。しかも鉄砲弾自体が標的の肉を貫くことにのみ執心しているようなものは特に。危険物故、慎重に扱わねばならぬのは確かだが、手入れをちゃんとしていれば問題にはならぬ。不要になれば捨てればよいだけであるしな」

 

 オットーを使い捨ての駒としか見ていないことを雄弁に物語っていた。なにかに執着している人間というのは、なにに執着しているのかを把握していればとても操りやすいし、行動も読みやすいのである。もちろん、知能で上をいっていればその限りではないだろうが、軍事的にはともかく政治的・謀略的才能でオットーに劣っているとは思えないので、ゲオルグにとっては都合の良い駒であり、だからこそ無理して秘密組織に引き込んだのだ。

 

 自分たち一族に下された汚名を拭い、新体制に参画して再び権力を握るというのがゲオルグの基本方針ではある。しかしいっぽうで、絶対の権力者が自ら裁定したことを覆すのは、ラインハルトの権威低下を招くことでもあるので、かなり難しいのではないかという思いもある。だからオスマイヤーに不安を植えつけたりしていることを筆頭に、政府内に浸透した秘密組織構成員を活用し、新体制内部にラインハルトとの対立軸を生み出そうと工作しているのだ。

 

 ラインハルトの絶大な人気を考えれば気の長いことだが、最悪十年単位で暗躍することすら視野に入れているので、それくらい時間がたてばそういう芽も出てくるだろう。自分はまだまだ若いのだから、待つという選択肢がとれるのだ。そしてラインハルトの対立軸が誕生したとき、その者に取り入って復権するというのも手のひとつである。そのときオットーの存在は大きな意味を持つであろう。ゲオルグはラインハルトに対して和戦両様の構えなのである。

 

「なるほどね。ところで、どうして自分の謀略が成功したのに、うれしくないの? 正直いって、ここまで凄惨な虐殺を帝国軍にさせるよう誘導してのけるなんて予想だにしてなかったわ。大成功だと思うのだけど」

 

 これはベリーニの偽らざる本音である。ブルヴィッツの側はともかくとして、鎮圧側の帝国軍に潜り込んでいた彼の手のものは非常に少なかった。にもかかわらず、このような悲劇を演出してのけたのだから、陰謀家としては胸を張って誇れることだと思う。なのにその陰謀家があまり喜んでいないのだから不思議に思っていたのだ。だからこの機に思い切って直接聞いてみることにした。

 

 だがゲオルグが顔をしかめて考え込んだので、なにか地雷を踏んでしまったのかとベリーニは焦った。彼がなにか考え込んでいる十秒程度の沈黙が非常に長く感じられた。

 

「なぜ、このような謀略が成功した程度で喜ばなくてはならぬ?」

「……どういう意味かしら」

 

 あらゆる意味で想定外の返答に、ベリーニは思わず問い返した。

 

「当初は正統政府を擁した同盟軍が帝国にたいして侵攻してきたときに、後方攪乱を目的とするレジスタンス活動を展開するべく帝国軍にマイナスイメージを与えるために行った謀略だ。だが、現実はどうだ? 正統政府はハリボテでしかなく、それを傀儡としていたフェザーンは真っ先に帝国軍に占領され、しかも同盟は風前の灯火だ。同盟という皿の上にある正統政府も、数ヵ月もせぬうちに完全消滅するだろう。こんな状況で一惑星の地表で虐殺を起こさせたこと自体には、たいした意味がない。現体制にたいするささやかな嫌がらせにしかならん。これでどうやって喜べという?」

 

 その言葉にベリーニは疑問を抱いた。そのささやかな嫌がらせのために、一〇〇万を超える人命が失わせたのかという人道的見地に立つ疑問ではない。もとよりフェザーンの工作員であり、フェザーンの繁栄のために同盟と帝国の戦争が永続するよう工作に従事してきた身だからだ。だから疑問を抱いたのはべつのところにある。

 

「たいした意味がないのなら、どうして実行させたの? 中止させればそれでよかったじゃない」

「嫌がらせにはなると言っただろう。虐殺を起こさせたことで叛乱惑星はより意固持となり、本国に残っている帝国軍部隊はそちらの処理に一層に慎重になる。いわば、陽動としての価値ありと踏んで実行させたのだ」

「なら喜ぶべきでしょう。次の作戦の成功確率があがったのだから」

 

 疲れ切ったように額に手をあて、ゲオルグは肺の中の空気をすべて吐き出すような深いため息をした。

 

「陰謀の成功不成功に一喜一憂などできる感性が理解できぬ。それとも自分からそういう世界に踏み込めば、そんなものを楽しむ余裕があるのか」

「あなたは、自分の謀略の才能を誇ったりはしないの?」

「するものか。私にとって陰謀を巡らせるということは、自分の手足を動かすこととほぼ同義だ。それによって自分をとりまく環境が向上するというのであればともかく、それ自体に喜びを感じる要素などあるまい」

 

 ゲオルグはなにもない虚空へと視線を向けた。なにかに思いを馳せているようであった。そして「ああ」となにかを思い出したように声をあげた。

 

「いや、ひとつ、あったな。陰謀自体に喜びを覚えることが。うっとおしい憲兵を筆頭に邪魔者を破滅に追いやろうと考えていたときはとても楽しかったし、そのような陰謀が成功して本当に邪魔者が無様に死んだり、強制収容所送りになったりして破滅していくのをこの目で確認するとき、私は背筋がぞくぞくするような暗い歓喜で体中が痺れたものだ。あの勝利の快感、圧倒的な衝動は、なにかにたとえられようもない」

「……控えめに言っても、健全な喜びではないわね」

 

 ゾッとするようなおそろしい笑みを浮かべながら、滔々とそう言い切るゲオルグに、ベリーニは圧倒された。幼い頃から謀略人生を歩んできた彼の経歴を知らなかったわけではない。だが、所詮帝国有数の名門貴族に生まれ、物質的には恵まれた環境で育ってきたのだから、結局のところおぼっちゃんであるという偏見があった。並外れた洞察力と才覚とどこか歪んだところを見せつけられても、その偏見はなかなか抜けなかった。ごく稀に恵まれすぎたものが、ある一方面の分野においてのみ異常な才能をみせる。そうした種類の人間だと思っていた。

 

 だがそうではないのだとこの瞬間に確信した。ゲオルグという男の内面は、理解不能だ。狂気と理性。けっして相容れないはずの、対極に位置するふたつの要素が矛盾なく調和している。いや、調和という表現は正しくない。どちらかというと、理性が狂気を喰らい尽くしたというべきか。それもなにかが間違っているような気がするが、おそらくそれが一番近い……ベリーニはそのように分析した。そのような内面を持ちながら、外面が多少顔が整っていることをのぞけば、その辺にいそうな凡庸な雰囲気の人間にみえるというのは、一種の詐欺ではないだろうか。

 

「健全? 知己でもない人を殺したり、地獄に追いおとす企てを実行することに自体に楽しみを見出せるようような輩のほうこそ、健全ではなかろうよ」

 

 当てこするような発言をし、美女を顔をしかめているのを確認すると、ゲオルグは軽く微笑んで、

 

「ところで、仕事のほうに抜かりはないのだろうな」

「え、ええ。例の共和主義者たちと連絡はとれてるわ。でも、いつ暴発してもおかしくない雰囲気よ」

「それはそうだろう。銀河の向こう側に存在する、自由の国! 理想の共和政国家! それがあろうことか、あっさりと踏み潰され、暗黒の専制政治が人類社会全体を支配するという悪夢が一歩手前まできているのだからな。過激な共和主義者どもとしては、さぞ心休まらぬことであろう」

 

 だから思いっきり利用してやるとゲオルグは心中でごちた。革命とやらに殉じ、死んでいけるならやつらも本望であろう。

 

「とはいえ、あまりに早く暴発してはこちらの段取りが狂う。なんとしても、二日待たせろ」

 

 そうゲオルグは言って、部屋からでていけと手振りでしめした。そして部屋で一人になると棚からコニャックの瓶をとりだした。オデッサからテオリアに移住してからも、彼はこの地の住民と交流関係を築くことに余念がなかった。そしてこのコニャックはそれによって生じた戦利品であった。

 

 いまのゲオルグの表向きの立場は、総督府の末端小役人であるが、昨日、その表向きの立場でも休暇が与えられたのである。ローエングラム公の改革の一環で、役人でも一定期間に一回は休暇をとるように定められていたからである。よほどのことがない限り職場に出ないという行為は職を失うのみならず、他の官僚の罠にはめられて生命すら危うくなる帝国の中央官庁で働いていたゲオルグにとっては感覚的には少々理解しがたい制度である。

 

 ともかくも休暇を得たが、秘密組織の運営は順調である以上、わざわざ孤児院に出向いてあれこれと指示を飛ばす必要を感じられなかったので、民間に溶け込むために一日を使うことにしたのだ。そして酒場に突入して、酒を飲みながら、不特定多数の民衆と雑談に興じていたのだ。

 

 そして酒に酔った勢いで酒場でトランプゲームで賭け事に興じ始めた。これもまた旧体制時代では好ましくない娯楽として、処罰の対象にされていた(といっても、違反する者が多すぎたのでほとんど意味がなかった)のだが、新体制では賭け事は健全な娯楽であるとして推奨されないも政府によって公認されるようになり、酒場で酔っ払い達による賭け事が巻き起こるのはよくあることになっていた。

 

 その賭け事でゲオルグはかなり勝ちまくった。負け込んだ客が逆ギレして襲いかかってきたが、なんなくそれを返り討ちにして、客の身ぐるみを剥がし、見物客達から大量の拍手を浴びせられ、しかも店主が「店を盛り上げる良い見世物だったよ」といって四八五年もののコニャックを一瓶くれたのである。

 

「約五〇〇年前、この惑星は偉大な革命の闘争の舞台であった。むろん、その時ほど堂々と、また盛大なものにはならぬが、それでも、我が家の開祖がルドルフ大帝に付き従い、通った道と似た道を私が歩むと思うと……込み上げるものがあるな」

 

 コニャックをグラスに注ぎながら、そう呟く。彼はけっして迷信ぶかくはなかったが、縁起を担ぐこと自体を厭うような性格の所有者ではなかったので、情緒的な思考もできるのであった。はるか大昔の栄光の日を脳裏に描きながら、ゲオルグは一気にコニャックを喉にながしこんだ。尊敬する人物の故事を倣うとは気分を高揚させる要素を持つ。次の作戦が成功すれば、飛躍的に行動の自由度が高まることを思いながら……




本作の方向性的なことを語った活動報告を書いてみました。
気になる人は、「うちの孫の作風について(以下略)」をご覧ください。

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