リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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第二世界大戦の記録とか見てると軍隊同士の激突に民間人を盛大に巻き込み、敵国領土で民衆の自主的な叛乱が続発する事態が発生して初めて、本当の戦争の地獄の蓋が開くのではないかと思う。


ブルヴィッツの虐殺②

 いままでひたすら自重を求める命令が繰り返し下されていたにもかかわらず、百八十度異なる「惑星ブルヴィッツの大気圏内に降下し、地上戦に突入せよ」という司令官命令に疑念を抱いた指揮官は少なくなかったが、その命令が偽命令ではないのかと疑ったものは皆無であった。旧体制時代から辺境叛乱の鎮圧に投入されてきた辺境部隊の感覚としては、いままでの傍観命令のほうがおかしいことであったから、ようやくちゃんとした命令がきたと考えたものが多数であった。

 

 帝国軍はまず大気圏に突入した艦艇によって露払いの無差別爆撃をくわえた。ブルヴィッツ側もこの爆撃があることを想定していたので、各地に地下壕を掘っていたので帝国軍の爆撃はあまり効果があがらなかったが、それでも頑丈ではなかった地下壕を破棄して数万の人間を生き埋めにしたり焼き殺したりすることと引き換えに、降下の安全を確保し、降下地点に総司令部を設置して地上戦に突入した。

 

 いっぽうの帝国軍の降下を受けてブルヴィッツ軍は士気が否応なく上昇していた。いままでなにもできずにひたすら物資を消耗させ、当てどころのない怒りを抱きながら絶望感に身を任せるだけであったが、こんなにもわかりやすい“侵略軍”が目前に現れたのだ。今までの飢えと絶望感のぶつけどころがやってきたわけで、異様な興奮状態にあった。

 

 帝国軍のカムラー中将麾下の兵力は二五〇万。うち純粋な陸戦の専門家は一〇万で、内訳は装甲敵弾兵二個師団、軽装陸戦兵八個師団である。後方要員を除く兵士も駆り出され、地上戦に投入された兵力は約二〇〇万。いっぽうのブルヴィッツ軍は純粋な軍人が一五万ほどしかおらず、民間人とほとんど見分けがつかない武装しかしていない民兵で数を増やしていたが、それを含めても一二〇万程度であり、練度の上でも数の上でも圧倒的な劣勢な状況にあったが、おどろくべきことに圧倒的に優勢なはずの帝国軍と拮抗状態に陥ったのである。

 

 理由はいくつかある。ブルヴィッツ軍の異様に高い士気もさることながら、帝国軍によって惑星内に閉じ込められてから地上戦による決戦を研究し、末端にいたるまでブルヴィッツの地の利を理解していたこと。そして帝国軍側の指揮系統に著しい混乱がみられたことがあげられる。

 

「こちら第七七六軽装陸戦師団長、ホーネッカー准将。総司令部応答を願います!」

 

 混戦の様相を呈している戦場。敵はおろか味方の動きすら万全につかめなくなり、准将は総司令部の指示を乞おうと連絡を試みた。しかし、いっこうに応答がないのでとても苛立っていた。

 

「くそっ、総司令部のやつらはなにをしているんだ!!」

 

 思わず頭部を守るヘルメットを地面に叩きつけて准将は怒った。このままでは大規模な同士討ちすら発生しかねないという状況で、自分の通信に応じないなどなにを考えているのだ。司令官のカムラー中将は決して愚鈍な将校ではなかったはずだというのに。

 

 とりあえず近場の師団司令部と連絡をとりつつ、現状維持に努めた。下手に師団の位置を移動させると本当に師団規模の同志討ちが発生しかねない。通信士官にひたすら総司令部と連絡を繰り返えさせていたが、いっこうに連絡がなかった。

 

 ふと敵部隊が総司令部を直撃したのではないかという疑念を准将は抱いた。総司令部はすでに存在しないからこそ、連絡がとれないのではないのかと。しかしさすがにそれはないだろう。もし総司令部が落とされたというなら、味方の半数がやられているということになるし、後方から敵兵が現れなければ、おかしいではないか。

 

 准将は嫌な予想は、ある意味において正解だった。すでにカムラー中将はこの世にいなくなっていたのだから。そして現実もそこにあわせるべく、幕僚たちが責任回避のためにある事実をでっちあげるのに忙しかった。そしてその作業の一環として、クム参謀が師団司令部を訪れたのである。

 

「総司令部参謀、クム中佐であります! 第七七六軽装陸戦師団長、ホーネッカー准将でありますか!」

「そうだ。それでカムラー中将はなにをしておられるのだ。さきほどから通信が繋がらないのだが」

「それが……連中、弾道ミサイルなんて骨董品を所有していたらしく、それで総司令部が吹き飛ばされてしまいました。中将の安否は不明です」

「な、なんだと……」

 

 准将は顔を青くした。司令官が生死不明になったこともあるが、弾道ミサイルなどというものを敵側が所有している恐ろしさである。人類が宇宙に進出して以来、大気圏内でしか使えない弾道ミサイルなど過去の遺物となっていたが、一惑星内のみに限定すれば遠方の敵を一方的に攻撃できる、非常に有用な兵器だとして一部の貴族領主が叛乱対策用として保有していたのである。事前情報ではブルヴィッツはそのような兵器を保有していなかったはずだが、隠れて保有していたとなるとこちらの戦略が根本から覆されかねない。

 

 実際のところ、幕僚たちが結託して証拠隠滅のために自分たちの総司令部内にゼッフル粒子を充満させ、カムラー中将の死体ごと吹き飛ばしただけで、弾道ミサイルによる攻撃なんて受けていないのだが、公式記録上はそうせねばならなかった。

 

「現在、代理として参謀長閣下が総指揮をとられております。新しい司令部の場所は――」

 

 幕僚たちは自分たちの司令官が戦死しててもおかしくない状況を作り上げることには成功したが、それは帝国軍の指揮系統が混乱する副作用をともなうものであった。だからこうして幕僚たちが走りまわって、各師団に弾道ミサイルで総司令部が吹っ飛ばされたという嘘の報告を行い、指揮系統を再編する必要にかられているのであった。

 

 幕僚たちが上官殺しを糊塗し、保身をはかるために発生した指揮系統の混乱。そのために増大した帝国軍の損害を思えば、彼らの罪はあきらかである。保身の感情が強すぎて決して表には出さないが、少なからぬ幕僚が自己欺瞞の罪悪感を覚えていたのだが、クム中佐はそうした感情とは無縁であった。それどころか、司令官を失いながらも指揮系統を立て直し、叛乱を粉砕して戦闘が終結させれば、褒賞がもらえるかもと夢想しているお気楽さであった。

 

(同盟領になだれ込んで壮大な戦場を楽しんでる連中がたくさんいるんだ。俺だって、ささやかな戦場を望んでなにが悪い)

 

 ルムリッヒ・クムは、士官学校を卒業してから常に前線部隊に所属することを望み、彼はその時々の上官に献身的に仕え、帝国軍の勝利に少なからぬ貢献をしてきた。また自分の失敗を他人に転嫁する能力も高く、書類上における欠点は皆無である。三〇なかばで中佐の階級をえたのも、その貢献と狡猾さによるところが大きかった。

 

 しかし彼の順風満帆な勤務スタイルは、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が宇宙艦隊司令長官に就任すると、うまいこと機能しなくなった。優秀であることにはちがいないが、責任転嫁や部下に対するいじめ行為が問題視されて辺境に左遷されたのである。クムは前線勤務を心底から楽しめる感性の持ち主で、辺境で安穏な軍人人生を終える気はなく、戦場を求めて貴族連合軍に参加した。

 

 だが貴族連合軍は大貴族たちの政治的対立が深刻で、軍事的合理性がほとんど尊重されていない現実に絶望し、早々に貴族連合軍を見切りをつけ、ラインハルト陣営に鞍替えしようと考えはじめた。そしてここでも彼の狡猾さが存分に発揮されたのである。大貴族同士の対立を、ラインハルト陣営が利用しない筈がない。そう考えて味方の将兵にそうした疑念の目で監視し続け、そのようなスパイを見つけ出すことに成功したのである。

 

 スパイを脅す形で潜入している責任者であるヤーコプ・ハウプトマン少佐と接触。彼と直接交渉し、貴族連合の不和を煽る活動に協力することと引き換えに、身の安全を保障させた。こうして素行と経歴に数々の問題があったにもかかわらず、新体制下でも軍人として生き残ることに成功したのである。

 

 だがそれでも辺境勤務から抜け出すことができなかったのが不満であったが、新体制の方針から考えると自分にさまざまな問題があることに自覚があったので、クムは自重することができた。誠心誠意軍務に取り組むことで、改心したことをアピールし、前線勤務への転属願いを人事部に定期的に提出し続ける。そうすることによって焦がれてやまない前線に戻ろうとしたのである。

 

 だが、ここで武勲を立てた上で昇進はいいから前線に戻してほしいと懇願すれば、懐かしい前線に戻れるかもしれない。いや、きっと戻れるはずだ! そんな未来の展望を胸の中で描きつつ、いまのこの戦場をもクムは心底楽しんでいた。

 

 しかしだれもがクムのような異常者になれるわけではない。多くの者は恐怖をかみ殺し、なけなしの勇気を振り絞って戦っているのである。だが、この戦いに勝つための努力をしていない者達が存在した。その男は軍人としてブルヴィッツ軍に所属しているにもかかわらず、十数人の部下と共にある地下壕に潜んでくつろいでいた。この戦闘を発生させたことにより、彼らの目的の半分をすでに達成していたのである。そしてもう半分の目的を達成するために、もういっぽうの陣営にいる仲間を待っているのである。

 

 地下壕の入り口から複数の足音が響いてきたとき、全員がブラスターを引き抜いて身構えた。待ち人でなければ、侵入者たちと戦闘に突入しなければならないからである。足音がかなり大きくなってきた時、地下壕でくつろいでいた側の中心人物が叫んだ。

 

「大神オーディンより偉大な神の名は?」

「グリームニル」

 

 その返答で、地下壕内に充満していた緊張感が霧散した。入ってきたのは帝国軍の少尉で、満面の笑みを浮かべていた。それに対して中心人物の男、クリス・オットーも笑みを浮かべ、握手を交わした。なにも言わなくても、やるべきことを互いは理解していた。

 

 少尉は大量の帝国正規軍の兵卒用軍服を用意していた。地下壕にいた者達はすぐさまその軍服に着替えた。彼らは少尉の部下の兵士たちであるという偽りの身分を得て、ある目的を果たし、戦闘が終結したあと、安全にこの惑星から脱出しようとしているのだった。

 

 軍服を着替え終わり、オットーは部下たちを見渡した。そして恐怖のみならず、罪悪感と後ろめたさから震えている男の姿を発見し、声をかけた。

 

「まだ迷っているのか」

「わかっている。だがしかし、他の者達が命を散らしてブルヴィッツ家のために戦っているのに、私は……」

「いままで散々言ったはずだ。もうブルヴィッツは終わりだ。どうあがこうが滅びる以外の未来はない。ならば、なすべきことはただひとつ。ブルヴィッツがいかに無慈悲に滅ぼされたのかを世に知らしめ、増長きわまる金髪の孺子の鼻っ柱をへし折ること。それこそが真の忠義というものだ。そうではないか」

「あ、ああ……」

「ならば迷うな。それでは良い絵もとれまい。シラー報道官」

 

 それでもまだ苦悩は捨てきれていなかったようだが、それでもやるべきことはやる覚悟はできたようで兵士たちに守られながら歩き出した。地下壕を出て、地上の思うがままに破壊された建物と、道のあちこちに肉塊が散乱し、赤い水たまりが地面に多数できているのを確認し、オットーは呟いた。

 

「故郷もこんなふうに滅んだのだろうか」

 

 秘密組織がブルヴィッツの地にて張り巡らした陰謀の糸はようやく実を結ぼうとしていた。そしてそれは、当初の想定していたものより、はるかにおおきな効果を持って形になろうとしていた。それは秘密組織の努力によるものではなくて、意図していなかった要素によるものだったが、すべてを俯瞰できる視点に立てば必然的な帰結であった。

 

 その要素であり、煮えたぎる憎悪の所有者、クレメント少佐はオットーらが地下壕から出て移動しはじめたとき、参謀の身でありながら大隊を率いていた。参謀は司令官を補佐する存在であって、部隊を指揮するような役職ではなかったから、これはあきらかな越権行為であった。事実、彼はここのその上司である連隊長を脅す形で、先に戦死していた大隊長の部隊の指揮権を強奪したのである。もしこのことが明らかになれば、それだけで軍法会議は避けられないであろう。

 

 クレメントも当初はクムと同じように指揮系統再編のために各師団司令部を往来していたのだが、そのうちに憎きブルヴィッツの民に直接過去の報復をくわえられないことが我慢できなくなってきたのである。クレメントの家族は全員、やつらの過酷な強制労働によってすでにヴァルハラに旅立っており、自分とて軍隊に徴兵されなければ同じ運命を辿っていた。この手で恨みを晴らさずにいられようか。それは正当な権利であるはずであった。

 

「大隊長代理! 白旗です、降伏者です!」

「なにぃ?」

 

 苛立ちも露わに部下の士官が指さした方向を偵察用の双眼鏡で確認した。たしかに白旗を掲げ、両手をあげた者達が三〇人ばかり、こちらにゆっくりと歩いてきている。その光景を見て、クレメントは嗜虐的な笑みを浮かべた。なんというザマか。いままで自分たちを奴隷のようにこき使い、搾取したもので豊かに暮らしていた者とはとても思えない。まさに立場の逆転というべきで、かつてされた理不尽な行為にたいする復讐の権利を行使すべきときが到来したと確信できた。

 

「きさま、あれが白旗に見えるのか?」

「……私には、そう見えますが」

「まぬけが。あの旗は白色ではない。灰色だから、白旗とはいわぬ。――殺せ」

 

 士官は驚愕した。これだけ激しい戦闘がおこっているのである。どんなに真っ白な旗でも埃で汚れてしまうのは当然ではないか。士官は良心から上官に翻意を願ったが、クレメントは一喝した。

 

「きさまは司令官訓示を読まなかったのか! “全武装を放棄し、白旗を掲げて降伏してくるもの以外、すべて敵として処置すべし”! きさまの言うとおり、あの旗が白旗であったとしても、連中が武器を持っていないとなぜ言い切れる! 武器を持っているか疑わしき者も、敵として容赦なく殺すべきだ!」

「し、しかし――」

「黙れ! きさま、司令官命令に背く気か!」

 

 苦悩した末、その士官はクレメントの命令を部下に通達した。抗命は軍人として許されざる行為であり、義務感から士官は自分の良心に蓋をしたのである。その結果、三〇人の無抵抗な投降者たちは兵士たちの銃撃によって歓迎され、糸の切れたあやつれた人形のようにバタバタと倒れた。それがとても滑稽に感じて、クレメントは哄笑した。

 

 いまさら降伏して身の安全をはかるなんて、許せるわけがなかった。ブルヴィッツの連中はその傲慢さを、その命をもって贖うべきであった。奴らがもう少し自分たちを支配している領主の本質に目を向けていれば、このような破局を迎えずにすんだのだ。ローエングラム公の台頭によって不幸になったと叫び叛乱を起こしたのだから、これくらいの報いは当然である。いくら無知だったとはいえ許されることではないのだ。やつらの無知ゆえに苦しみ死んでいった者達からすれば、そんなどうでもいいことが免罪の理由になると思っているのか。

 

 あきらかにクレメントは復讐の快感に酔いしれていた。彼はブルヴィッツの民を一人残らず皆殺しにしてやりたかった。しかしそれは残念ながら、現実的に不可能だとどこかまだ冷静な部分が主張していたが、ならばせめて半分は殺さなくては気がすまなかった。やつらはそれだけのことをしてきたのだ。そのような強い感情によってクレメントは狂ったように虐殺命令をだし続け、ときには直接一歳にもなっていないような幼児を踏みつぶして殺しさえしたのである。

 

 だがそのような命令を下していた指揮官はクレメントのみではなかった。実に多くの部隊の指揮官がそうした似たような命令をしていた。それはさながらクレメントの強烈な憎悪が感染力の強い病原菌のように周囲に伝播し、それに伝染でもしたかのようであったが、決してそうではなく、各指揮官なりの計算の結果にすぎなかった。

 

 というのもブルヴィッツ側の戦力の大半が民兵であり、しかも偏向的なプロパガンダによって煽りに煽られ、醜悪なほど増大した反ローエングラム感情によって、わが身を顧みない攻撃を加えてくる民兵が多数存在したせいである。ときとして自爆攻撃さえ加えてくる過激な民兵の攻撃は、指揮官たちの猜疑心を煽り、結果としてクレメントと同じような内容の命令を連発することとなったのである。

 

 そして命令を実施する側の兵士たちはいうと、なんのためらいもみせずに命令を実行していたのである。「上の清廉さをかつて腐敗していた下の者達はどれほど理解しているのやら」というゲオルグの言葉が正しかったことを、兵士たちは行動によって証明して見せた。辺境の兵士たちにとって、“帝国人民の味方”などと持ち上げられている常勝の英雄は立体TVの向こう側の存在でしかなかった。彼らにとって雲の上の地位にいる人間が変わったことになんの関心もなかった。暮らしやすい世の中になったことを喜びはしたが、それで自分たちの仕事のやり方が変わるなどと思いもしなかった。前と変わらずに命令を実施するのに全力を尽くすのみである。

 

 だから旧体制時代、幾度となく貴族の叛乱を鎮圧したときと同じことをやるのだと思っていたから、兵士たちは容赦がなかった。戦意をなくした敵や無抵抗の民衆を虐殺し、女性に暴行を加え、家屋から金品財宝を略奪しつくして焼き払うといった蛮行は彼らにとっては自然な事だった。人としての羞恥心は、上官からの正式な命令によって活動停止させていた。兵士は上官の命令に絶対服従と軍規に明記されている。自分たちの悪行はそれを命じた上官に帰すべきで、道具にすぎない自分たちが、いったいなんの責任を負う必要があるというのだ。

 

 さらにいえば、あのように過激な司令官訓示がだされるということは、いままでの前例から判断して、略奪・虐殺を黙認するという意味としか受け取れなかったのである。それだけに兵士たちの暴虐はとどまるところを知らなかった。人間の獣性と欲望を存分に開放した兵士たちは、帝国軍の軍服を着ていない人間を片端から銃殺し、家屋に金目のものがあればなんでも奪い取った。高価な指輪をつけている人間がいれば、手首ごと切断するなど序の口である。幼子を親の前で串刺しにし、逃げ惑う女を拘束して陵辱し、火炎放射器で建物ごと大量の人間を焼き殺した。

 

 じつをいうと辺境部隊のこういった面があると承知していたからこそ、統帥本部次長メックリンガー大将は地上戦を行うことを固く禁じていたのである。だから艦隊に残されていた通信将校が念のためにと思い、事の次第を統帥本部に報告していたとき、メックリンガーは事態の深刻さを瞬時に理解した。

 

 なんとしてもカムラーに犠牲を可能な限り抑え、宇宙空間に撤退するよう伝えろと艦隊に残っていた通信将校に厳命したのだが、ひとたび実際に現地で地上戦に突入しており、最高司令官も前線にいるとなると制止のしようがなかった。しかも総司令部が爆発四散し、指揮系統が混乱の極みにあったので、統帥本部の厳命は総司令部にいる総司令官代理の参謀長のもとになかなか届かず、惨状は拡大しつづけた。

 

 この惑星が人間の暗黒面を象徴する地獄と化していくのに、罪悪感が抑えきれないほど増大していく将校がいた。司令官のカムラー中将を射殺し、この戦闘が行われる切っ掛けをつくったウェーバー中尉であった。彼もまた他の幕僚同様に指揮系統の再編のために駆けまわっていたのだが、その最中に幾度と見た自軍兵士の蛮行と敵軍民兵の狂気じみた攻撃は、彼の良心に深刻な傷を負わせた。

 

 ウェーバーがカムラーを殺したのは、家で帰りを待つ妻と子を守るためであった。最愛の家族が現地の憲兵隊によって監視されており、ブルヴィッツで地上戦が行わるように誘導しなければ、二人の命はないとある人物から脅されたからである。しかし、このような地獄を生み出す片棒を担いで家族に顔向けできると思えるほど中尉は厚顔無恥な人間ではなかった。

 

 本当なら次の師団司令部にカムラー中将が戦死したことと新しい総司令部の位置を伝えに行かねばならかったが、唐突にそれがとても馬鹿らしく思えてきてウェーバーは地面に腰をおろした。そして悔恨の涙を流し、愚かすぎる自分をひとしきり大声で嘲笑いながら、ブラスターを口に咥えて引き金を引いた。即死であった。

 

 このように惑星各地でさまざまな悲喜劇が展開されていたが、それでも地上戦自体は山場を越えて終局に向かい始めた。戦闘開始から六時間後、帝国軍の指揮系統の混乱がおさまり、もとより練度と兵力で劣っているブルヴィッツ軍を帝国軍が圧倒しはじめた。ブルヴィッツ軍の抵抗は凄まじかったが、民兵は戦意のみ過剰で、戦理を弁えておらず、冷静な軍人の命令をしばしば無視して暴発したから、帝国軍の統制が回復し、統一した行動がとれるようになりさえすれば、常に優勢に立てて当然なのであった。

 

 指揮系統を立て直したところで統帥本部からの厳命も総司令部に伝達されたのだが、ようやく反攻に転じたこの状況で撤退なんかすれば、軍の秩序が崩壊するということで無視された。クム中佐はせめて民間人の殺戮をやめる命令をだすべきではないかと再三提案したが、戦場の混乱で統帥本部の命令が最後まで通達されなかったのだと体裁を取り繕う姿勢をとるべきだという多数派意見に抗えず、帝国軍の暴虐は継続された。

 

「素晴らしい光景だ! いいぞ、皆殺しにしろ!!」

 

 クレメントは幸福の絶頂にいた。いままで同盟軍を相手に幾度となく殺し合いを演じてきたが、それは安定した生活を確保するための手段、仕事であると割り切っていて、それに喜びを覚えたことなどただの一度もない。だがいまは心の底から湧き上がってくる至福の感情を抑えられなかった。クズどものもの言わぬ死体がゴミのように転がっている光景が、これほど感動的に胸を打つのだと彼は初めて知った。まさに今の彼は復讐鬼だった。

 

 そんな最高の喜びの中で、ひとつだけ不快な要素があった。クズどもが「ブルヴィッツ万歳! グスタフさま万歳!!」とやかましいことである。なにより、ありもしない幻想とはいえ、希望を瞳に宿しながら死んでいくのが時間が経過するにつれて無視できないほどそれが腹立たしくなってきた。そしてふと思ったのである。こいつらの目の前で諸悪の根源である一族の無残な死体を晒してやれば、彼らの目も絶望に染まるのであろうかと。

 

 それは非常に興味深い命題であった。いままでひたすら殺戮のみ命じてきたが、指揮官クラスの敵は捕らえて拷問にかけて情報を聞き出すように指示した。いままでわれわれを散々苦しめてきた一族の人間だ。さぞ、邪悪な存在なのであろうと思い、心が一色に染まるほど強烈な殺意を覚えた。

 

 その強烈な殺意を向けられた邪悪な存在であるグスタフ・フォン・ブルヴィッツは、旧総督府の一室で堂々と執務室の椅子に腰をおろしていた。傍らには数人の文官が控えていた。最後まで供をするという忠義者たちである。残りの文官は、既に逃げ出していた。幾人かの半端な律義者が別れの挨拶をしにきたが、ほとんどはなにも告げずに去っていた。

 

 グスタフの心情は、外の惨状とかけ離れたほど穏やかであった。すでに諦めてしまっていたというべきかもしれない。もとより勝算は薄いと思っていた。帝室の権威を蔑ろにした金髪の孺子を帝国貴族として許せず、怒れる領民と運命をともにすること自ら選んだのだ。だから、すべては承知していたことだ。叛乱の旗手となると決めたあの時より、領民とともに死ぬ覚悟はできていた。ここで敵兵の手にかかって最期を迎える。それこそが、栄光ある帝国貴族の最期の煌き。滅びの美学であるように思えた。

 

 背もたれに体重を預けて目を閉じ、歴史はこの叛乱をどのように記すのであろうかと自分がいない未来を思った。領民たちの切なる願いを自分が見捨てられなかったゆえに起きた叛乱であるとは、たぶん記されないだろう。なにせ、これからは金髪の孺子の時代であり、敵役である自分は徹底的に貶められるはずなのだから。それなら既得権益を取り戻そうとした元貴族の策謀によるものと記されるだろうか。それとも民衆全体が自分たちの一族に洗脳されていたことにでもされるのか。いや、そもそも大したことではないと歴史書に記されることすらなく、この叛乱は忘れ去れる類の些末事なのかもしれない。

 

 四世紀の歴史を誇るブルヴィッツ家が、こうもあっさり潰えてしまう。その現実に、歴史の無常さというものを、グスタフは感じずにはいられなかった。自分たちの一族の歴史もまた、ゴールデンバウム王朝の終焉と時を置かずして終焉を迎えるというわけか。しかしそう考えると、もしかしたら、後世の人たちは自分たちのことを忠臣と評するのかもしれないなと思い、少しだけ苦笑した。

 

 急に階下が騒がしくなった。ついに敵兵がここまできたかと控えている文官たちが顔を見合わせ、ついで自分たちの主君の顔をうかがった。グスタフは何の感情も見せていなかった。扉がノックされたので、敵兵ではないことに文官達が安堵し、そしてすぐにどうせ敵兵がくるのだから安堵しても意味がないだろうと、みんな揃って笑い出した。

 

 入ってきたのはアルトマン中佐だった。中佐は悲痛さと無念さと絶望と怒りの感情で彩られた表情をしていた。そして主君にたいして、敬礼すると現状を報告した。

 

「もう最終防衛線まで、敵部隊が殺到してきました。もう数刻とせぬうちにその防衛線も突破され、この官邸にまでやってくるでしょう……」

「そうか」

 

 その言葉を言わなければならないのがどれだけ苦しいことなのか、声音だけで理解できた。そしてグスタフは今一度、アルトマン中佐の姿をよく確認した。複雑な感情を堪えている表情であったが、体全体から隠しようもない疲労感が漂っていた。

 

「中佐」

「はっ」

「卿の忠節は私にとってどんな財宝よりも価値あるものだった。よく私に仕えてくれた」

「!!!」

 

 あまりにも優しすぎるお言葉に、中佐の複雑な激情が(せき)を切って表に噴出した。子どものように泣き叫び、床に崩れ落ちた。自分に、感謝の言葉などかけてほしくなかった。無能にもまだ勝機はあるのだと主張し続け、今日の事態を招いた責任を叱責してほしかった。でなければ、でなければ! 本当に()()()()()()()()()()()()ではないか!!

 

 アルトマン中佐の軍事部門は決して無為無策であったわけではなくそれなりの戦略構想を持って、帝国軍との対決していたのである。帝国軍に無視しえぬ打撃を与え、それを橋頭保として帝国政府との交渉に臨み、ブルヴィッツ侯爵家を再興させ、その地位を復活させるという構想だった。なのに、その第一段階である帝国軍への打撃を達成できなかった軍事部門の責任者が、自分なのだ。責められて当然だというのに……。

 

 栄光あるブルヴィッツの一族が断絶してしまうのは、間違いなく自分のせいである。そのような責任をアルトマン中佐は感じていた。なのに、その栄光ある一族の終幕を飾ることになる主君は、穏やかに微笑み、自分を労ってくれたのだ。

 

「私は、この敗戦の責任を取り、自決します。先にヴァルハラにてお待ちしております」

 

 数分泣き続けた後、アルトマン中佐は涙声でそう宣言した。

 

「……それは、あまり感心しないな」

 

 しかしそのようなことを言うので、中佐は戸惑った。

 

「私の価値観を押し付けようとは思わないが、自殺というのは、いままで私を守ってきてくれた者たちに対する裏切りではないのかと思うのだ。私の命は私一人のものではない。私に忠誠を誓い、命を捧げた者達の重みを背負っている。だから、自分の手で自分の命に幕を下ろす気にはなれない。最後まで動揺することなくここにあって、敵兵に抵抗し、殺されるつもりだ」

 

 そう言うとグスタフは目を瞑った。先に逝った臣下たちのことを慮る言葉に、中佐の瞳からふたたび涙が溢れてきた。いや、中佐だけではなく、残っている文官達も顔に二筋の水の流れていた。さっきと違って静かに全員が泣いていた。

 

 ふたたび階下が騒がしくなってきた。ようやく意識を現実に戻した。今度こそ敵兵がここまでやってきたのだ。

 

「中佐、これは命令ではないが、最後まで私を守ってくれぬか」

「……ええ、ええ! 力不足ながら、喜んで!」

 

 断るという選択肢は、アルトマン中佐の脳裏に浮かびさえしなかった。この最高の主君を、最後の時までお守りできるなど、臣下にとって最高の栄誉である。いつにもまして誠意ある敬礼を行った。グスタフはありがとうという小さく呟き、席から立ちあがった。

 

 そのとき、中佐はグスタフが貴族としての礼服を身に纏っていることに気づき、腰にブラスターではなく、軍用サーベルをさげていることに驚いた。思わず理由を尋ねると、軍人としてではなく貴族として死にたいと思ってねと答え、その誇り高さに中佐は頭がさがるばかりであった。

 

 やがて敵兵が執務室もやっていた文官達が入り口に向かってブラスターを乱射して、即席に肉壁を築きあげた。そして肉壁を越えてこようとする者たちを次々に光条で貫き、数分間執務室を守り抜いたがそこまでだった。執務室の壁が爆破され、衝撃で中にいた全員が倒れ込んだのである。

 

 壊れた壁から入ってきたのはクレメント少佐以下、八名の軍人であった。クレメントは邪悪な一族の生き残りの姿を探し求め、時代錯誤の恰好をした貴族を発見して目が点になった。まさか敵の親玉は、サーベルなんかでビームライフル銃を持った兵士たちに対抗できるとおもえるほどの阿呆だったのか?

 

 あまりのおかしさに笑いながら、クレメントはその倒れている愚か者を銃撃した。すこしだけ痙攣するとそれはまったく動かなくなった。復讐達成の感動に少佐は狂ったように大声で哄笑し、部下たちをドン引きさせた。その意識の空白を吐いて反対方向からの条光がクレメントの左肩を貫いた。アルトマン中佐の銃撃であった。

 

 爆発の余波で壁に強く後頭部を打ちつけたため、アルトマン中佐の意識は非常に朦朧としていた。それでも主君を守るという約束を守るために敵の指揮官と思わしき敵の少佐を銃撃したのである。それに残りの七人の軍人は即座に反応し、アルトマン中佐の胴体を七本の光条で貫いたが、奇跡的にすべて急所を逸れたせいで即死しなかった。

 

「やってくれたな。旧時代の汚物が」

 

 激怒したクレメントは悪態をつき、自分に傷を負わせたクズも地獄に叩き落してやろうとブラスターを向けたが、そのアルトマンはすでに重傷で口から絶えず血を吐き出していた。もう数分とせぬうちに意識を失い、死ぬのが確実な致命傷であり、とどめを刺すより、このまま放置したほうがよいとクレメントは判断した。

 

「きさまらがなにをしたところですべては無駄よ。すでに、きさまらの時代は終わったのだ。これよりローエングラム元帥が全人類社会の権力を掌握なさり、新たな時代を築くのだ。その過程で旧時代の汚物はすべて一掃される。生まれながらにして特権を持っていた輩はその家門ごと、歴史の掃き溜めに捨てられることになるだろう。いまは政府の中枢で権力の座にあるマリーンドルフ伯爵家も、やがてリヒテンラーデ公爵家に対して行われたように、利用価値がなくなれば一夜にして一族郎党根絶やしにされるのだ。きさまら貴族やその追従者が守ろうとするものなどなにひとつとして残さない。あらゆる手段を尽くして、黄金の獅子の御旗の下、われわれが破壊しつくす。なにひとつの例外も存在しない。だから、きさまが払った膨大な犠牲は、元帥閣下の歩む道の舗装する材料の一部としての価値しかない。そのことをせめてもの慰めに死んでいくといい」

 

 とても優し気な声音で、流血のせいもあって燃えあがってやまない反貴族感情によって解釈した現在の状況を、クレメント少佐は残酷にも懇切丁寧に説明してみせた。アルトマン中佐の瞳の光が徐々に絶望の色に濁っていき、やがてその光さえ消えて絶命した。それがとてもおかしく感じ、少佐は狂ったように笑い叫んだ。

 

 次の瞬間、クレメントは胸部から激痛を感じた。気になって胸の辺りを右手で触ってみると水気を感じ、右手を確認すると真っ赤に染まっていた。自分たちの臨時の上官の目に余る非情さに兵士たちが反感を抱いていたこともあっただろう。兵士たちは本当にグスタフが死んでいるのか確認しなかった。しかもグスタフの近くに、爆破の衝撃で死んだ文官のブラスターが転がっていたので、グスタフはそれを掴んで、なにかアルトマン中佐に語りかけている軍人に狙いを定め、引き金を引いたのである。

 

 クレメントは頭だけふりかえり、部下たちによって射殺されている貴族の姿を確認して状況を理解したが、そこまでだった。急激な眠気が襲ってきて、そのまま倒れ込んでしまい、二度と目が覚めることはなかったからである。ただ今際の際に、諸悪の根源が死んでいる光景を確認できたため狂気じみた笑みを浮かべ、クレメントの死体は恐ろしいほど醜悪な形相をしていたという。

 

 このグスタフの死亡が確認された直後、ブルヴィッツ軍の戦意は急速に萎え始めた。これを好機と見た総司令部がようやく統帥本部の厳命を戦闘開始から九時間後に実施。際限ない無軌道な殺戮に歯止めがかかりはじめた。散発的な局地戦が数度繰り返されたあと、熱狂的に蛮行を働いていた兵士たちのほとんどが理性を取り戻し、惑星ブルヴィッツを規則に従って管理できるようになったとみて、総司令部は勝利宣言をだした。

 

 かくしてブルヴィッツの地上戦は、わずか一一時間の戦闘によって、帝国軍の将兵が約三〇万。ブルヴィッツ側は軍人が約一二万、民兵及び民間人が一五〇万。両軍合計で二〇〇万近い戦死者とほぼ同じ数の負傷者を出して終結した。昨年の貴族連合と同じように、いままで他惑星に行ってきた暴虐を叩き返されたといえたかもしれない。だが、ただこの惑星で生きていた者達にとっては、理不尽としか感じられないであろう……。




自分なりに、それぞれの正義と常識のぶつかりあいを全力で描いてみた。
だれの行動が一番正しいのか、逆に間違っているのか、私にもわかりません。

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