リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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今回のエピソードは警告タグにある残酷な描写が比較的多く含まれております。



ブルヴィッツの虐殺①

 後世、“ブルヴィッツの虐殺”と通称される戦闘は、最初から民衆の虐殺を目的として実施されたというわけではない。叛乱が発生した惑星ブルヴィッツを包囲していた帝国軍部隊が独断で大気圏内に降下して惑星ブルヴィッツになだれ込み、市街戦が展開され、その地上戦で無辜の民衆を巻き込むことになったということであるのだが、民間人の犠牲者がどれほどなのかは、はっきりとしない。

 

 そもそもブルヴィッツの叛乱は、旧体制の時代への郷愁が強い民衆が皇帝誘拐という大失態をおかしたにもかかわらず、帝国宰相として君臨しつづけるラインハルト・フォン・ローエングラムの傲慢さへの怒りによって発生した民衆蜂起であり、旧領主の忘れ形見であるグスタフ・フォン・ブルヴィッツが加わって惑星規模の叛乱へと発展したものなのだ。そうした経緯もあって、すくなからぬ民衆がやってくるであろう帝国軍に死に物狂いで抵抗するために軍服も着ずに武装しており、民兵とそうではないものを区別するのが非常に困難だったからである。

 

 ブルヴィッツに限らず、貴族領や旧貴族領で発生した叛乱も似たような状況だったので、叛乱惑星全体に対する戦略方針を任されていた統帥本部次長エルネスト・メックリンガー大将は、叛乱惑星の航路を遮断し、物資を欠乏させて降伏を促す方針をとり、惑星に降下しての地上戦を行うことは固く禁じる訓示を全部隊に通達していた。

 

 これによって二月末から惑星ブルヴィッツは完全に物資をすり潰すだけの状態になっていた。ラグナロック作戦の発動によってじつに十個艦隊以上の戦力が同盟領に向かってから、周辺の叛乱惑星と連絡をとりあって一時的に航路の確保などもしていたが、帝国軍の慎重な作戦によってブルヴィッツ軍の艦艇の過半を失い、残った艦艇だけではとても戦いにはならないほどの差をつけられてしまっていた。

 

 この状況にブルヴィッツの軍事部門の責任者、アルトマン中佐は激しく苦悩していた。状況を打開する方策がなにひとつ思い浮かばないからであった。あるとすればこの惑星上での地上戦である。そのためには帝国軍が降下してきてもらわねばならず、放送局に帝国軍を挑発する放送をさせ続けているが、いっこうに帝国軍が動く気配がなく、その腰抜けぶりに激しい怒りを抱いた。

 

 中佐は古い型の軍人であり、補給路を遮断して物資を欠乏させ、飢え死にするのを持つという帝国軍の基本方針がとても卑怯なものに思えるのであった。正面から堂々とぶつかり、もって敵軍を撃破してこそ、軍の名誉と威信が保たれるのではないかという思考の持ち主だから、当然である。

 

 なにより中佐を苦悩させるのは、崇敬したブルヴィッツ侯爵の忘れ形見であるグスタフが三月に入ってからハンガーストライキに突入しているという事実であった。グスタフは補給路を遮断され、その奪回も困難であり、あとは物資をヘリ潰すだけだという文官の噂話を聞いて、私の分はいらないから一人でも多くの民に食わせてあげてほしいとおおせあられたのである。

 

 そのことを人づてで知ったアルトマン中佐は信頼できる部下に仕事を一時的に任せ、旧総督府を訪れ、言葉を尽くしてグスタフに翻意をうながした。グスタフさまが亡くなられたら、われわれは団結の核を失い鎮圧され、“金髪の孺子”はなんら痛痒を感じずに暴虐な傲慢さを貫き通すでしょう。ですからどうか、ちゃんと食べてください。しかしそう懇願された相手の反応は、冷めきっていた。

 

「つまり、わたしが死ねば、卿らも諦めて“金髪の孺子”の軍門に降ることができるんだね」

 

 中佐のみならず、文官たちにまで衝撃が走って呆然とした。その様子をグスタフは悲痛な表情で見つめ、水で喉を潤すと続けた。たとえ勝てずとも、やってくる敵にたいして全力で抵抗し、領民達とともに華々しく玉砕する覚悟はできていた。しかしこうもなにもできないまま、生殺しのような状況におかれては見苦しいにもほどがあり、たえがたいものがあったのである。

 

「私は、中途半端な男だ。これ以上、意地を張っても、ただ多くの民が飢えに苦しませ、栄光とは無縁の、見苦しい餓死にいたるだけだというのに、帝国貴族としての矜持が“金髪の孺子”に膝を屈することを認めぬ。もしかしたら情勢が劇的に変化するのではないかというはかない希望を捨てきれぬゆえ、銃で潔く自決する覚悟もできぬのだ。決断できぬ私の未熟さを赦してくれとはいわぬ。ただ、卿らが私を見捨てて去っていたとしても、けっして恨みはせぬとだけははっきりと明言しておく。すべては私のいたらなさゆえのことだからね」

 

 この惑星の民が敬愛してやまないブルヴィッツ一族、その最後の一人の痛ましく慈悲深いお言葉に、部屋にいた全員が涙を流した。なににたいする涙であるのか、だれも説明できなかったが、心の底からこみあげてくるなにかを消化するには泣くしかなかったのである。

 

 アルトマン中佐はなんとしてもグスタフを死なせたくなかった。けっして恨みはせぬとおおせであるが、そもそもこの叛乱はまず自分たちが口火を切り、あまり乗り気ではなかったグスタフを説得して指導者にあおいだものである。それが指導者の餓死などという結末に終わっては、いくらグスタフが自分たちを赦すとおおせでも自分が自分を赦すことはないのだ。その結末を拒否するにはグスタフは現状を打破する方策をなんとしても見つけださなければならないのだ。

 

 そんな精神状態のアルトマン中佐に、軍事部門最高幹部の一人であるクリス・オットーがある作戦を提案したのは三月四日のことである。その作戦はとても卑怯であるとアルトマン中佐は思えたが、ほかにグスタフを救う方策がない上に、帝国軍も卑劣にも地上戦を回避してるからお互いさまであると開き直って認可した。

 

 作戦が認可されたオットーは、部下を集めて、刑務所へと向かい、そこにいる囚人を二十数人を拘束して連れだした。囚人たちは元総督府上層部の文官達で、中央政府から総督と一緒に派遣されてきた文官たちで、叛乱が起こってからは“金髪の孺子の走狗”として糾弾の対象にされていたものたちである。物資が少なくなっていることに加え、惑星全体の嫌われ者でもあったので、満足に食事を与えられておらず、全員ミイラの一歩手前といっていいほど衰弱していた。

 

 そう言った者達を輸送車一台に押し込み、放送局へと輸送した。放送局について囚人たちを降ろすと、三人が栄養不足による衰弱もあって輸送中の衝撃で骨が折れたりしたようで、痛みを訴えながら蹲っていた。兵士たちはそういった囚人を力ずくで引きずりおろした。他の文官たちはこれまでに何度もあったことなので、これからおこる悲惨な事態が予想できてしまい、折れた箇所の激痛をかみ殺して引きずられながらやめてくれと叫ぶ囚人から目を逸らした。

 

 すこし開けた場所まで引きずり、てきとうに傷ついた囚人を放り投げて、士官の一人が「無駄飯食らいの金髪の手先!」と叫んだ。すると通行人たちが目の色を変えて集まってきて、傷ついた囚人たちに容赦なく殴る蹴るの暴行をくわえたのである。叛乱が発生してから、ラインハルトに対するブルヴィッツの民の敵意は高まるいっぽうで、その敵意が膨れあがりすぎて矛先を選ばないものにならないよう、そうした感情のぶつけどころとして、こうして中央から派遣されてきた者を吊し上げ、民衆に私刑(リンチ)させていた。すでに何十人もこうして無残に殺されていた。

 

 傷ついた囚人たちの体が栄養不足で脆弱になっていたこともあって、ものの数分で三人とも絶命したのは、ある意味では幸運であったかもしれない。最初の頃は両手両足の骨が折れるまで暴行を加えられても絶命せずに一時間にわたってこの人生最後の地獄が継続したのだから。民衆は死んだ者達になお暴行を加えていたが、兵士たちは暴行が加えられ始めたところでもう興味を失ったようで、まだ歩くことができる囚人の輸送に戻った。

 

 何人かの囚人が足が地面に縫い付けらたように動かず、「さっさと歩け! それともあっちのお仲間になりたいか!!」と兵士に怒鳴られて、ようやく重すぎる足を動かしはじめた。なんとしても生き残りたい。それはまだ生き残っている囚人たちの総意であり、それ以上に大切なものがあった高潔な者達はとうの昔に彼らに反抗し、民衆による凄惨な私刑(リンチ)を受けて死んでいた。

 

 オットーは囚人を一列に並べさせると、放送局のシラーを呼び寄せた。シラーは一通り囚人たちを一瞥すると、眉をゆがめてオットーに聞いた。

 

「これで全部?」

「ああ」

「……もう少しましなのはいないのか」

「いない。この中でなら、どれを選ぶ?」

 

 シラーは一人の囚人を指さした。指をさされた囚人はビクッと震えたが、オットーは横目で一度見ただけでそれでぼそぼそと小さな声で二人の間で会話していた。そしてオットーが「それでいこう。だが、翌日正午だ」と強く言って、側に控えていた大尉に後を任せて去っていった。

 

 シラーはやや不満げな顔をしていたが、囚人たちの方を向いて、とんでもないことを言った。

 

「食事を用意させるから、そっちの部屋で待っておいてくれ」

 

 囚人たちは驚愕しながらもひとまずその指示に従って、言われた部屋に入って椅子に座った。丼の様に大きくて底の深い椀が渡された。椀の中にはたっぷりとスープと具が注がれている。具は、人参、玉ねぎ、それに肉だ。

 

 いままでの数か月間、数日に一回の割合でジャガイモを数個しか食わせてもらえなかったので、囚人たちにとっては喜ぶべき状況であるといえただろう。しかしいままでがいままでなだけに毒でも入っているのではないかという嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 

 数分の静寂状態のあと、囚人の一人がちゃんとした飯が食えるなら死んでもいいと決心し、スープを口に掻きこんだ。「うまい!」と叫びながらうれし涙を流しているのを見て、ほかの囚人たちも続いて食事をとった。そして同じようにその日の夜もまっとうな食事がとらせてもらえたばかりか、寝る時はちゃんとしてベットで寝させてもらえ、暴行や暴言を加えられることもなかった。

 

 翌日の朝、昼もちゃんとした食事を与えられていくらか前向きな考えをできるようになった囚人たちは、昨日の宣言通りに正午にふたたび放送局にやってきたオットーと対面した。囚人たちはまたあの刑務所に戻らされるのかと不安になって震えあがった。囚人たちの多少血色がよくなっている姿を見て、オットーは深く頷いた。

 

「おまえの言った通りだったな」

「はい。これで少しは絵になるでしょう」

「準備はすんでるだろうな」

「万全です」

「よろしい」

 

 オットーが顎をしゃくると昨日シラーに指をさされていた囚人が兵士に両脇を掴まれて連れだされた。他の囚人たちがなにごとかと顔を見合わせていると答えが与えられた。外から「食料を盗み食いした金髪の手先!」という大声が響いてきたからであり、囚人たちは顔からごっそりと血の気が引いた。この惑星の物資が不足しだしてきていることを彼らも感覚的に察している。そんなときにあんな名目で吊し上げられたら、いままでのとは比べものにならない暴力の嵐にあうにちがいない。

 

 そして自分たちもそうなりかねないということを自覚し、囚人たちはいっそう青い顔をした。そんな彼らにオットーが嗜虐心いっぱいの笑みを浮かべて語りかけてきた。

 

「安心しろ。おまえらは吊し上げられるようなことはない。吊し上げられるようなことは、な」

 

 それはとてもしらじらしく思えたし、ほかの兵士たちがこらえきれないとばかりに大声で笑いだしているのだから、まったく信用できない言葉だった。もはや、これまでと一人の青年の囚人が走って逃げ出そうとしたが、閃光のような速さでオットーはブラスターを腰のホルスターから引き抜いて、彼の右肩を狙って銃撃した。

 

 右肩を光条で貫かれた青年は激痛と衝撃で床に倒れこんだ。オットーはその青年に歩み寄って青年の両方の膝を撃ち抜いた――最初の頃の吊し上げの対象は反抗心が大きい上に健康体だったので、このように両膝を撃ち抜いてから民衆の前に放り出すのが常だったから、また吊し上げだと全員がそう思った。

 

 しかしその予想ははずれた。

 

「言っただろう。おまえらは吊し上げられるようなことはないと。このまま出血死するまで放置しておけ。いいな」

 

 オットーは冷ややかにそう命令した。死ぬまでの長い時間、傷口の痛みに苦しみながら、死への恐怖に怯え続けなければならないというのは、吊し上げとはことなる残虐な殺しかたといえただろう。

 

「屋上まで移動させろ!!」

 

 オットーの命令に従い、兵士たちは怒鳴り散らしながら屋上へ向かうよう催促する。囚人たちは絶望に沈んだ表情で兵士たちに連行されていった。

 

 屋上は撮影セットが準備されていた。囚人達は屋上の端に座らさせられた。そこに光が集中する様にライトが設置されていて、兵士たちのビーム・ライフルの銃口が囚人達に向けられている。もし余計な真似をすれば、即座に射殺されるであろう。

 

 メインカメラの正面に、少尉の階級章をつけているいかつい軍人が躍り出た。ゲル少尉はドラマの俳優になりたいと夢見ていたが、演技力のなさゆえに挫折した経験がある人物である。だからこのような特殊な状況下とはいえ、立体TV番組、それも生放送の主役になれるとあって、気分がとても高揚していた。

 

 シラーが合図をだすと、少尉は昨日上官のオットーから渡された台本の内容を思い出しながら、演説を開始した。

 

「神聖にして不可侵なる皇帝陛下とゴールデンバウム王朝に忠誠を誓った身でありながら、むざむざ主君を誘拐された責任もとらないどころか、幼すぎる乳児に冠をかぶせて自己の権力の保持をはかった恥知らずの金髪の孺子を称賛し続ける愚か者ども!! 金髪の孺子の命令に従い続ける者にたいして、われわれが金髪の反逆者一党をどのように遇するか。先ほどの映像で充分以上に理解しただろう!!」

 

 先ほど吊しあげられた囚人が民衆によって殴り殺される光景も撮影して放送しており、それに続く形からの映像であるので、どのように遇しているか非常にわかりやすい解説である。いままで捕虜を虐殺していることは、叛乱側の当局の判断で完全に秘匿していただけに、帝国軍側の視聴者にあたえた衝撃は大きかった。

 

「われわれブルヴィッツの民は、侯爵様のご子息であらせられるグスタフさまの指導の下、ゴールデンバウム王朝と反ローエングラムの旗を掲げ、一致団結している! 孺子に媚びへつらう輩の、民は叛乱を望んでいないという文句が、いかに事実無根のことであるかが理解できただろう! われわれはローエングラム公の専横を排除するまで、この惑星が焦土と化そうとも、この星の民三〇〇万は勝利のときまで! あるいは滅亡の瞬間まで戦い続ける覚悟がある!! すべてに犠牲にしてでも暴虐な圧政者を打倒する熱意に溢れているのだ!!」

 

 そう主張する少尉の双眸はきらめいていた。幼き頃に抱いた立体TVの番組で主役を張るという夢物語が実現したという感動もさることながら、言ってることが自分の本意そのものでもあったからである。

 

「ゴールデンバウム王朝によって与えられれた数々の恩寵を忘れ、恩を仇で返そうとする蒙昧な卑劣者諸君! 諸君らにすこしでも勇気があるのなら、この地上に降りてくるがいい。この星の民、すべてが相手をしてやろう! それとも、その勇気すらない臆病者の集まりであるのか? それなら追いはせぬから早々に去るがよい」

 

 しばし視線だけで人を殺せそうな殺意を瞳に浮かばせながら、メインカメラを睨みつけていたが、ひとつため息を吐くと、少尉の表情からヒステリックな色が抜けた。そして深く深呼吸をして興奮を沈め、かなり落ち着いた口調で「しかし――」と説き諭すように続けた。

 

「諸君らの立場もわれわれは考えないではない。諸君らは逃げた後、金髪の孺子に処断されるのが恐ろしいのだろう。なにせ、あれだけの権勢を誇っていたブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、リヒテンラーデ公といった大貴族たちをほんの短期間で皆殺しにしてしまったのだからな。金髪の孺子にたいする恐怖をわれわれも理解するところ。その恐怖に屈さず、正道を歩けるものは非常に少ないのだから、それ自体が悪いわけではないとグスタフさまは仰せになられ、そのお言葉に従って、われわれはひとつの譲歩を提案しよう」

 

 惑星から出られないようになっているブルヴィッツ側の窮状を思えば、厚顔無恥でなければこのような発言はできなかったろう。しかし少尉はそんなことをしている自覚はなかった。地上戦を行えば自分たちは絶対に勝てるのだという根拠のない自信があったから、堂々とそんな主張ができたのである。

 

「初期から諸君らは、われわれが捕虜とした金髪の孺子が送り込んできた恥を知らぬ下僕の人間たちを釈放する様に要求してやまない。おそらく諸君らは、われわれから逃げたあと、わが身に降りかかる悲惨な現実を思い、撤退できずにいるのであろう。すでに総督をはじめとする反抗的な捕虜は、怒りに燃える民衆の中に投げ込み、然るべき末路を迎えているが、まだここにいる二四名は無事である。諸君らが軍需物資を放棄したうえで、この星系から撤退すれば、それに敬意を表してここにいる捕虜を全員解放しよう。しかしわれわれは決して無制限に寛大ではない。ちゃんとした回答がなされるまで、一時間に一人づつ捕虜を殺してゆくことを明言しておく。誠意ある回答を期待するやせつである」

 

 紳士ぶっているが、人質を見せびらかしての脅迫以外のなにものでもなかった。この脅迫を受けて惑星ブルヴィッツを包囲していた帝国軍艦隊の司令官カムラー中将は驚愕し、事の次第をそのまま全叛乱惑星の大方針を決定しているメックリンガー上級大将に報告した。

 

 数百光年はなれた地点で統帥本部次長メックリンガーは苦悩した。最初からこのような手段に訴えてきた叛乱惑星がないわけではなかったが、そういう惑星には特殊部隊を送り込んで人質救出作戦を実施させていた。しかし、ブルヴィッツにそんな特殊部隊を派遣していなかった。しかも時間がたつごとに捕虜を殺すと明言しているから、いまから特殊部隊を派遣しても絶対に間に合わない。捕虜を見捨てるか、捕虜を救うために一時撤退するか、人質救出の訓練を受けていない現地部隊に失敗を前提で救出作戦を実施するよう指令すべきか。

 

 あくまで結果論に過ぎないが、メックリンガーの苦悩は無意味であった。現場レベルにおいて問題が発生したのである。脅迫の放送を視聴した分艦隊参謀のクム中佐、クレメント少佐が司令官室にこもってカムラー中将に、現場の独断で地上戦に突入することを主張してやまなかったからである。特にクレメントは強硬であった。

 

「閣下! いますぐ、いますぐ艦隊を地上に降下させ、あの恥知らずどもを一掃すべきです!」

「卿らの言いたいことはよくわかる。いま上の意向を確認しているところだ。しばし待ってほしい」

「待っている時間があるのですか! このままでは人質が皆殺されてしまいます!」

「下手に動けば、逆に人質の生命を危険にさらしかねない。自重するのだ」

「それでも助けようとしたということが周りには残る! 何もせず見殺しにするよりかは遥かにマシだ!」

 

 こんな調子で主張し続けるので、同じ強硬派であるクムもすこしいい加減にしろよと思って閉口してしまうほど、クレメントは異常な熱心さで艦隊降下しての地上戦を主張した。中佐が口を閉ざしてから三十分も少佐が単騎で司令官と情熱的な論戦を続け、カムラーの忍耐が限界を迎えた。

 

「くどい! 貴官の職務精神を疑いたくはないが、個人的な私怨から攻撃を提案しているのではないのか!」

「ッ……!」

 

 カムラーの一喝に、反論できなかった。強硬論を唱えるのは私怨ゆえのことであり、図星だったからである。クレメントはブルヴィッツ侯爵家にたいして深い恨みを抱いていた。

 

 クレメントはブルヴィッツ侯爵家が貴族同士の争いによって獲得した惑星の生まれだった。その惑星は軍事的に利用できる天然ハイドロメタルの豊富な鉱脈を有しており、クレメントはブルヴィッツ侯爵家の私設軍によって強制的に工夫としてその鉱脈で奴隷のようにこき使われた。

 

 その労働の過酷さは筆舌に尽くしがたいものであった。どれほどのものかというと帝国軍務省によって兵士として徴集された時、この地獄のような環境から抜け出せると随喜したといえば、どれくらい過酷であったのかなんとなくは理解できるだろうか。

 

 二等兵として帝国軍に入隊してからの生活も大変ではあったが、どうということはなかった。なるほど、たしかに死の危険は常にあるし、上官が理不尽な命令をしてくるから悲惨な環境ではあるのだろう。しかし兵士として軍が保障している生活は、以前の生活と比較するまでもなくはるかによかった。戦場に出てないときは温かい飯を用意してくれるし、給料もちゃんと支給されるので休暇のときに遊ぶこともできたから、クレメントにとっては夢のような職場だった。

 

 兵役期間を終えた時、民間人の生活にもどるか軍隊にとどまるかの選択肢をクレメントは与えられた。しかしクレメントは皇帝陛下と銀河帝国を守る軍隊に所属していなければ、ブルヴィッツ家が所有する惑星の領民であるという理由で、永遠に工夫としていつ死ぬかもわからない地獄のような労働を死ぬまでし続けなければならないのである。人らしい生活を望むのならば、最初から軍隊にとどまるしか選択はなかった。

 

 こうして職業軍人となったクレメントだが、下士官としての生活に慣れてくるとあるささやかな野望を抱くようになった。もっと出世し、高い給金をもらうようになり、もっと贅沢したいというものである。しかし平民が出世する方法は帝国軍ではふたつしかなかった。即ち、前線にでて上官や貴族に手柄が横取りできないほど派手な武勲を立てるか、貴族や高級将校に媚びへつらって出世させてもらうかである。過去の経験から貴族に媚びへつらうのが嫌だったのでクレメントは前者を選んだ。

 

 それから三〇年の歳月をかけて、クレメントは大尉にまで昇進した。そして二年前の内乱では迷うことなく実力主義的なローエングラム公の陣営に身を投じ、少なからぬ武勲を立て、少佐に昇進したのであった。ここまで武勲と昇進が直結するという事実に、クレメントの出世意欲はますます高まり、ケンプ提督によるイゼルローン要塞攻略作戦の情報を耳ざとく手に入れた彼は、なにかと運動をしてケンプ提督の麾下に潜り込んだ。

 

 だがその遠征は大敗に終わった。クレメントはなんとか生き残ったものの昇進することはなく、辺境の分艦隊に配属させられてしまった。もう昇進できないかもしれないと暗い気持ちになっていたときに、惑星ブルヴィッツで叛乱の反乱鎮圧の命令が下り、直接報復をくれてやる機会が巡ってきたのである。もし運命をあやつる存在がいるのなら、クレメントは泣いて感謝したいほどだった。そしてやる気満々で対ブルヴィッツ対策に精を出してきたので、私怨が混じっていないかどうかと問われると自信がないのであった。

 

 だが言い返せずとも、承服しがたいと眼光を光らせていては、またさっきのように猛主張してくるかわかったものではない。カムラーはひとまず落ち着くまで退室するよう命じた。クレメントは反抗しかけたが、それより先にクムに宥められ、しぶしぶといった体で退室した。それでも少し不安だったのでそばにひかえていた副官のウェーバー中尉にクレメントを見張るように命じた。ウェーバーも独断専行を消極的だが支持しているが、それでも司令官命令に忠実であるところを示している。なんとかクレメントを抑えてくれるだろう。

 

「クレメント少佐の態度は少々礼を失していますが、それでもその言には一定の理があると小官には思えます。このまま傍観を続け、人質に犠牲がでてしまえば、なぜ軍は動かなかったのかと上から叱責されかねません。ましてや帝国人民の味方であるとアピールしてやまないのだから、軍のイメージを守るためだけにこの司令部をスケープ・ゴートとして処断してしまうのではないかと憂慮するのですが」

「クム中佐、ローエングラム元帥はそのような卑劣な真似を赦すお方ではない。口を慎め」

「失礼しました。ですが、傍観はよろしくないと存じます。上の方針はべつとして、司令官個人としてはどう思っているのか、そのあたりの見解を聞きたいのです」

「私個人の見解が問題になるとは思えない。答える必要を認めない」

 

 クム中佐はクレメントと違って落ち着いて論理的に議論をしようとしてくるので、熱狂に突き動かされているクレメントに比べれば話し合うだけの価値をカムラーは認められた。もし説得できることができれば、かなり楽になるからである。

 

 だが、その議論がはじまってから数分もせぬうちにふたたびクレメントが司令官室に現れた。彼の表情は尋常ではない感情を表現していて、止められなかったのかとカムラーは一緒に入ってきた副官を見て、仰天した。ウェーバーもなにかを決意したような表情をしていたからである。しかも他の幕僚もぞろぞろと入室してきて、司令官室は人でいっぱいになった。

 

 なにごとかと困惑するカムラーに、クレメントは必死になにかをこらえるような声で、ある報告をした。

 

「中将閣下、人質の一人が犠牲になりました」

「なに?! 宣告されていた時刻まで、あと二〇分はあったはずだ!!」

「間違いありません! あの放送に映っていた少尉が、ブラスターで人質の一人の額を撃ち抜いてしまいました!」

 

 生放送の主役を張っているゲル少尉は、人質を殺す予定の時間まで、ラインハルトやそれに属する連中を中傷し、帝国軍を挑発する発言をしていたのだが、さすがに何十分も喋っていると疲れがでてきて喋らなくなり、人質の列にブラスターを向けて、あえてはずして乱射し、怖がる人質の反応を愉しんでいたのだが、そのうちそれにも飽きてきたので時間より少し早いがと思いながら、人質の一人を射殺してしまったのである。

 

 その映像を見せられた幕僚たちは、もう時間がないと判断し、司令官の意を仰ごうとしてここに集結しているというわけであった。

 

「閣下、こうなっては一刻の猶予もなりません。ご決断を」

「私も中佐殿と同意見です。もはやいつ何時人質が犠牲になるか」

「降下して地上戦! これあるのみです!!」

 

 クム、ウェーバー、クレメントの決断を促す声にカムラーは反射的に叫んだ。

 

「だから上の命令を待て! 統帥本部の方針は絶対だ!」

 

 その叫びに二人の士官が司令官を殺すのを決意した。ひとりは感情的に、ひとりは理性的に。

 

「貴様、それでも帝国軍人か!!」

 

 そう叫んでクレメント少佐は銃を抜いたが、すぐそばにいたクムや他の幕僚が気づき、引き金を引く前に何人かがとびかかって羽交い絞めにして暴挙を阻止した。ブラスターを向けられた瞬間怯えたが、幕僚たちに拘束されている少佐の姿を見て安堵し、油断したカムラー中将の頭部を、ウェーバー中尉のブラスターの条光が貫いた。絶命し、倒れ込む中将の姿を、他の幕僚たちは理解できずに呆然と見守った。

 

「時間がなかったので……しかたなく……」

 

 悲痛な声をふりしぼって、ウェーバーはそう言ったが、副官が直属の上官を殺すという事態をしばし受け入れられなかった。真っ先に立ち直ったのは、クムである。

 

「こんなことをして、ただですむと……!」

「私はどうなってもかまいません! 早くしないと手遅れになります!!」

 

 ウェーバーの言葉で、早くしないと人質が殺されてしまうという状況を思い出した幕僚たちは、ますますどうしてよいかわからなかった。だれもなにもいえずに数分の静寂状態が続いた後、クレメントがポツリとつぶやいた。

 

「司令官命令」

 

 全員の視線が、ひとりの少佐に集中した。

 

「閣下の命令として、地上戦に突入しよう。このまま混乱を続けていても、敵に利するだけ、だ」

「そうか、それなら、司令官閣下は戦死なされたということにしてしまえば、われわれの責任が問われることも……」

 

 クレメントの考えにだれかがそんな補足をしたことで、全幕僚の意思は統一された。責任回避に保身と人質救出という大義。この二つの要素は幕僚たちの思考を抗いがたいほど蠱惑的に誘惑し、それが唯一の術であると確信させたのである。すぐさま、いざという時のために幕僚たちが起案していたブルヴィッツにおける地上作戦が死体の中将から奪った司令官権限によって承認され、正式な命令となった。しかもこの命令にはある訓示を付属させられいた。

 

「皇帝陛下の恩顧を仇で返し、帝国宰相兼総軍司令官閣下の指導に歯向かうものを、われらが軍と臣民は決して容赦しないということ。そのことを将兵たちは完全に理解すべきである。人道を理解せぬ傲慢な逆賊どもには、慈悲なき破滅的懲罰のみがふさわしい。全武装を放棄し、白旗を掲げて降伏してくるもの以外、すべて敵として処置するのである」

 

 カムラー中将は、猛将と評される提督だったから、これくらい過激な訓示をしても部下たちは疑問には思わないだろう。そう考えてクレメント少佐は司令官訓示を勝手に作成したのである。司令官が暗殺され、幕僚たちが自己保身に走っている異様な状況を、個人的な復讐を果たす好機である。憎悪に燃え滾る少佐はそう見做し、状況を好きなだけ利用してやるつもりだった。

 

 こうしてブルヴィッツ地上戦、後に“ブルヴィッツの虐殺”と広く認知されることになる凄惨な戦いの幕があがる下地が整えられた。




いままで明るい面ばかり目立ってたブルヴィッツ家。
しかしちょっと遠い視点からみるとゴールデンバウム王朝末期の傲慢な貴族家とあまり変わらないことがわかる。

因みにこのエピソードの続きは翌日の14時に更新予定である。

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