リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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疑念

 ラインハルトがフェザーンに降り立ったのは昨年一二月三〇日のことであるが、彼は真っ先に帝国宰相の権限としてある布告を出した。

 

「フェザーンの自治領主アドリアン・ルビンスキーは、銀河帝国の自治領を治める身でありながらレムシャイド伯率いる門閥貴族残党勢力を支援していた。これはいうまでもなくフェザーンが標榜する中立勢力としての義務を果たしていないということであり、帝国に対する背信を意味する。このような行為を私は帝国宰相として見過ごしておくことはできず、私は皇帝カザリン・ケートヘン陛下の代理人たる権限を行使してルビンスキーを自治領主から解任し、フェザーンの自治領としての権利を剥奪するものである」

 

 フェザーンは成立してから約一世紀もの間、実質的に銀河帝国の支配が及んでいない独立国であったが、形式的には銀河帝国内に存在する自治領とされていた。それをラインハルトは利用し、フェザーンの自治権の剥奪という形をとってあくまで形式でしかなかったフェザーンを正式に帝国の領土としたのであった。

 

 このことは独立不覊の精神が強いフェザーン人の反感を買ったが、完全に出し抜かれた上で帝国軍に武力占領されている以上、負け惜しみにしかならない。それにフェザーンの有力者は自己の立場を保全するためにボルテックを通じて帝国に迎合するものが大半で、自治領主であったルビンスキーは帝国の虜囚にならず逃亡に成功したものの地下に潜ってしまったため、フェザーン人をまとめあげる人物を欠いていたので、帝国が脅威に思えるほどの抵抗運動は発生しなかった。

 

 フェザーンの地位は自治領ではなく帝国政府直轄領ということになったので、自治領主府を廃止して新たな統治機構を作り上げる必要性に迫られた。といっても、フェザーンを橋頭堡としてこのまま同盟領に侵攻することを企んでいる帝国軍がフェザーンの混乱が長続きすることを望まなかったから、ほとんど自治領主府の看板を総督府に変えただけで、重要な役職にボルテックをはじめとする帝国に忠誠を誓ったフェザーン人を中心に民政を敷かせることになった。

 

 しかしラインハルトは政治的にも経済的にも価値が高いフェザーンを重要視しており、将来的には帝国が完全に支配したいと考えていた。また短期的に見ても総督府がフェザーン民衆に漂っている占領者への反感に迎合し、帝国軍が同盟領に進出してる時に大規模暴動などおこされたらたまったものではなく、総督府の動向を監視して牽制するための帝国の組織が必要であった。

 

 そこで目をつけられたのが、帝国のフェザーン駐在弁務官事務所であった。これはかねてからの計画であったのだが、ラグナロック作戦の秘匿性を重視した結果、フェザーン駐在弁務官事務所の所員は事前に帝国軍の奇襲占領を知っていなかったので、それに伴う占領者としてのフェザーン政府の監視計画などだれも練っておらず、中央の計画と現地のズレを修正するべく、弁務官事務所は夜もぶっ通しで組織改造の議論が行われることになった。

 

 フェザーンと同盟に対する外交と工作の拠点としての組織から、フェザーン総督府への監視へと目的とした組織に改造し終えたのは、一月なかばのことである。弁務官補佐のクラウゼは連日の激務に疲れきっていたが、それを顔に出すことなく帝国軍大本営が設置されたフェザーンの一流ホテルのフロントで受付に自分の立場を述べた後、本国に戻りたいので帝国宰相の許可書が欲しい。

 

 受付は少々お待ちくださいと言ってクラウゼを待合室に通された。そして約二〇分後、軍服を着た二〇代前後の中性的で線の細い容姿の将校が入ってきたので、クラウゼは首を傾げた。こんなことは文官の仕事だと思っていたのである。とはいえここはいま前線一歩手前といっても過言ではないからおかしくはないかと思いながら服の徽章を確認すると、中佐のものだったのでさらに驚いた。

 

「初めまして。ずいぶんとお若い中佐どのですな」

「いいえ、今回の遠征に同行するに際して中佐待遇が与えられただけで、私は帝国宰相秘書官のマリーンドルフです」

「これは失礼した。しかし、それにしては、ずいぶんと軍服が似合っておいでですな」

 

 中佐待遇の文官ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは、どういう意図を持ってそんなことを言っているのかはかりかねた。微妙な反応をするヒルダを見て、クラウゼはまずかったかと思い、慌てて付け加えた。

 

「いえ、ただ、そう思っただけで他意はありません。ですが、しかし、帝国宰相秘書官どのが来られるとは思いませんでした。てっきり、小役人が書類を持ってくるだけだと思っておりましたので」

「たしかにそれだけだとそれでよかったのですが、ひとつ提案がありまして」

「提案?」

 

 雲上人からの提案という状況に、なにか嫌な予感を感じたクラウゼはやや身構えた。

 

「国務省に移動して、このまま弁務官事務所で働くつもりはありませんか」

「……失礼。私は昨年九月に宙ぶらんな状態から、正式に内務省内国安全保障局所属であるという辞令が届いているのですが、それをあなたが勝手に変えてしまってよいのですか」

「宰相閣下の許可はあります。これはオーベルシュタイン総参謀長閣下の希望によるものでもあります」

 

 オーベルシュタインの名が出てきて、クラウゼは鼻白んだ。この半月ほど総督府監視体制構築のための会議で幾度となく義眼の総参謀長と顔をあわせていたのである。機械的な正確さで素早い処理ができる軍官僚であり、政治的見識も高い有能な軍人であるのだが、冷徹な発言を躊躇なく言い、批難を受けても鉄面皮を保ったまま理路整然と反論する姿勢のせいで他人から好まれるような人物ではなく、クラウゼもオーベルシュタインに良い感情を抱いていなかった。

 

 だがいまいっぽうの当事者、オーベルシュタインは感情的にどうだったのかは不明だが、クラウゼの有用性を見出した。数年に渡り社会秩序維持局のフェザーン課長の地位についていただけあって、諜報・政治能力はきわめて高く、現職の高等弁務官を超えるものがあった。弁務官事務所の役割が外交の場から総督府監視にかえた今こそ、クラウゼはフェザーン統治に有用な人材であるように思えたのである。

 

 オーベルシュタインはクラウゼを弁務官事務所のトップにしようとしたのだが、ひとつ問題があった。九月初頭に内国安全保障局長のラングの人材確保によってクラウゼは書類上帝都の内務省勤務になっていたのである。ラグナロック作戦の秘匿に神経質なほど気を使っていた軍官僚たちが、弁務官事務所の高官を帰国させたらルビンスキーの疑念を持つかもしれないと危惧していたためにしばし現地に留められていたのだ。弁務官の任免は国務省の管轄であると帝国の法律によって定義されていたから、内務省のクラウゼを弁務官にすることはできなかった。

 

 だがオーベルシュタインはラインハルトにクラウゼを国務省に移動させた上、フェザーン駐在弁務官を務めさせるべきであると主張した。ラインハルトは法律に則って定められた人事を強権によって変更することに乗り気ではなかったが、オーベルシュタインから渡されたクラウゼの書類を見るとたしかに素晴らしい適性があるのがわかるので、本人が承諾するなら認めるという運びになったのであった。

 

「ということは、断る権利が私にはあるということですか」

「はい」

「では、断らせていただきたい」

 

 ヒルダは意外だったのか、少し言葉につまった。

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

「ラング局長には恩義があるのでね。そちらを優先したいのだ」

 

 恩義があるというのは嘘ではない。クラウゼが平民でありながら保安准将の地位にあったのは、ラングがクラウゼを高く評価してくれたからであった。しかし断る本当の理由はその恩義とは関係なく、秘密組織の事情によるものが大きい。

 

 かねてより帝国の中心部である帝都への浸透が遅々として進んでいないことが課題になっていた秘密組織にとって、クラウゼが内務省内国安全保障局勤務になるという報告はまさに福音であった。クラウゼの能力と実績からして、内国安全保障局内で高い地位を与えられることはほぼ間違いない。ようやく帝都に強力な橋頭堡が築けたというわけだ。

 

 その事情を完璧にではないが、ある程度察しているクラウゼからすると、自由意志で帝都行きをやめるなんてできるわけがなかった。そんなことをすれば秘密組織の上層部が激怒するであろうし、自分の立場もかなり危ういものとなる。この豊かなフェザーンで暮らし続けたいという思いがないではないが、組織内の地位を失ってまで固執するものでもない。

 

 それから二、三の事務的な話をした後、クラウゼは正式な書類をもらい、ホテルから地上車で官舎へ向かう途中、車の後部座席のなかでポツリと呟いた。

 

「マリーンドルフ家の当主は誠実なだけと噂されていたが、御曹司のほうはそうでもないようだな」

 

 クラウゼはラインハルトが元帥位に就く前からフェザーン課長として本国を離れていたので、本国の激変ぶりをいまいち理解できておらず、いままで男尊女卑的だった帝国の思想やヒルダが軍服姿で女っ気のない振る舞いをしていたことなどによる先入観と偏見から、ヒルダが()()()であることに最後まで気づけなかった。この勘違いに気づくのは本国に戻ってからであり、クラウゼはよくボロを出さずに済んだなと安堵しながら、本当に時代が変わったんだなとしみじみと実感することになるのである。

 

 その翌日、クラウゼがフェザーンを発った日の深夜、帝国大本営が設置されたホテルの一室は、オーベルシュタイン総参謀長の私室ということにされていた。しかし私的な趣味などない義眼の総参謀長にとって、私室とは寝るためのベッドのスペースさえあればよいと思っているため、私室のほとんどが仕事の場と化していた。そして私室で行う仕事とは、あまり表沙汰にできない、それでいてオーベルシュタインの本領であるたぐいのことである。

 

 先日、ヒルダからクラウゼがフェザーン駐在弁務官たることを拒否し、帝都オーディンへ向かうこと決意したと聞かされたオーベルシュタインは、ある疑念を抱かざるをえなかった。TV電話で軍務省へとつなぎ、帝都に残してきた優秀な部下との連絡をとった。

 

「フェルナー、ひとつ仕事を頼みたい」

 

 通信画面に出た男は、自信に満ち溢れている少壮の軍人であった。男の名をアントン・フェルナーといい、もともとは二年前の内乱で貴族派連合の盟主であるオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵の幕僚の一人で、主君にラインハルトの暗殺を提案したが政治的理由から却下されたが無断でラインハルトの暗殺計画を実行したが、それを読んでいたラインハルトによって返り討ちにされ、逃亡中に貴族派の未来に見切りをつけて自分から暗殺しようとしたラインハルトに自分を売り込み、ラインハルトの陣営に加わったという異色の経歴の持ち主である。

 

 フェルナーがオーベルシュタインの部下になったのは、もともとブラウンシュヴァイク公爵家の裏方を担当していたのでそちらの適性が高かったからというのもあるが、ここまでふてぶてしい自信家なら超然とした態度で他人を委縮させるオーベルシュタインの下でも充分に働けるだろうというラインハルトの判断によるものだった。

 

「なんでしょうか」

「近いうちにフリッツ・クラウゼという男が内務省内国安全保障局に着任する。秘密裏にその者の行動を監視するのだ」

「……さしつかえなければ監視の理由を聞かせてもらっても?」

「クラウゼはリヒテンラーデ公の孫と繋がっている疑いがある」

「どうしてそんな疑いがでたのか教えてもらえますか」

 

 ラインハルトの期待通り、フェルナーは自分の気になっていることを質問することができた。軍官僚の多くが正確無比な正論を駆使して反論を叩き潰すオーベルシュタインにたいしてどこか畏敬の感情を抱いており、義眼の上級大将の命令に疑問を返すことはほとんどしない。だというのにフェルナーは平然として疑問や意見を述べることができるのだった。

 

 オーベルシュタインはフェルナーの疑問に答えた。クラウゼがゲオルグと繋がっている証拠は現状なにひとつとして存在しないが、ゲオルグの行方を捜索する上で重要な参考人となりうると考えていたクルト・フォン・シュテンネス元警視正が帝国軍のフェザーン進駐の混乱の中でなにものかに射殺されていること、そして帝国軍のフェザーン占領から約三時間、クラウゼの所在があきらかになっていなかったということであった。

 

 クラウゼの自供によると弁務官事務所での勤務を終えると、いつも通り歓楽街に出向いて散財し、そのあと商売女と一緒にホテルに泊まり、知らぬうちに寝てしまっていたとのことである。ミッターマイヤー艦隊に同行していた憲兵隊の調査でその女の証言をとれたため、それを真実として扱っているが、オーベルシュタインはそこに疑念を抱いたのである。

 

 内務省に保管されていた議事録から、ゲオルグが警察総局と社会秩序維持局を統合して、より強力な治安維持組織を編成するという構想を幾度となく提案していたことがあきらかになっている。当時のフレーゲル内務尚書は断固反対したが、社会秩序維持局長のラングが好意的だったので両局の連携は強化されていった。そしてゲオルグが出席した両局の合同会議にクラウゼは一度ならず参加しているのである。会議後、クラウゼを優秀だと持ちあげるような発言をゲオルグはラングにしていたようで、ただの褒め言葉ならよいが、なんらかの個人的つながりがあるのではないかという可能性も否定はしきれない。

 

 さらにフェザーンの銀行での一件がオーベルシュタインの警戒心を高めていた。自分が没落する可能性を考えていたある意味、先を見る目があった貴族達はフェザーンの銀行に隠し口座を設け、民衆から搾取した資金の一部を貯蓄していたのである。帝国は今後のことも考慮してフェザーンの資産を不当に接収することをしていなかったが。内乱後に処罰を恐れて国を捨てた貴族の隠し預金などに帝国が容赦などするわけがなく、本国にあった貴族財産と同じように接収対象となった。

 

 その数多くあった帝国貴族の隠し口座の中にリヒテンラーデ家の隠し口座も存在したのだが、帝国がその存在を突き止めたときには既にリヒテンラーデ家の預金はほぼ空っぽだったのである。隠し口座が存在するのに預金がほぼないということに不審を感じた捜査官が銀行側の記録を精査したところ、昨年の間に数回に分けて帝国内の複数の銀行に億単位の帝国マルクが送金されていることがあきらかになった。

 

 リヒテンラーデ一族のうち、ゲオルグをのぞく一〇歳以上の男性は皆処刑され、生き残った者達もゲオルグただ一人をのぞいて辺境惑星に流刑されている。そしてゲオルグがフェザーンに亡命した形跡が皆無であり、リヒテンラーデ家の隠し預金が帝国領内の銀行に送金されていることを考えると、これがゲオルグの逃走資金になっていたのではないかと推測し、そして送金手続きをしたゲオルグに忠実な人間がフェザーンにいたということだ。

 

 オーベルシュタインはそれがクラウゼだったのではないかと推測していた。ゲオルグの側近だったシュテンネスがそうだったのではないかと考えないではなかったが、帝国駐在弁務官事務所に動向を監視を受けていた者がそんなことができるとは思えないので除外した。そして帝国軍の侵攻の混乱に乗じて、クラウゼが独断でゲオルグのことをよく知るシュテンネスを始末したのではないか。

 

 物的証拠はなにひとつないが、オーベルシュタインはそのような可能性があることを考えざるをえなかった。そこでラインハルトにクラウゼのフェザーン駐在弁務官に任命することを提案してみたのだ。表向きクラウゼにその種の任務に対する適性があるのでと主張したが、万一クラウゼがゲオルグとつながっており、なおかつクラウゼが帝国に対してなんらかの抵抗を試みていると仮定した場合、帝国政府の中枢に食い込ませるのは少々危険だと思ったからであった。

 

 とはいえ、憶測といわれても反論できないような推論でしかないため、オーベルシュタインはクラウゼに対する疑惑をラインハルトに伝えていなかった。これでクラウゼが弁務官就任の人事を受け入れたら、あるいはオーベルシュタインも考えすぎだったかと疑いを捨てたかもしれないが、帝国宰相の要請を拒否して帝都に行くことをクラウゼが固持したことで、むしろ疑いを強める結果となった。

 

「だから秘密裏に監視しろというわけですか。ケスラー上級大将と協議しておきます」

「――いや待て。しばらくはケスラーにも秘密にしておいてもらおう」

 

 フェルナーは驚いた。どうしてそのような条件をだすのか、理解できなかったからである。

 

「なぜでしょう。まさか、ケスラー閣下が元警視総監と通じているとでも?」

 

 そう口には出すが、フェルナーはありえないと思っている。ケスラーは秩序の番人ともいえるほど誠実な人物であり、ラインハルトの信任も厚い。そのような人物が裏で指名手配犯と通じているなどありえないであろう。

 

「ケスラー自身のことは問題にならぬ。この場合、ゲオルグが警視総監であったことに問題があるのだ」

「といいますと」

「ゲオルグは無能者ではない。いかに有力貴族の生まれとはいえ、それだけで警察の頂点を極めることなど不可能だ」

 

 ゲオルグは叔父ハロルドとの暗闘と並行しつつ、警察官としても類い稀な捜査力や指揮力を発揮して多くの犯罪者を逮捕することに貢献した。さらに多くの功績をたてるために警察組織の改革にも力を尽くし、腐敗しきっていた警察組織を、ともかくも多少の不正が横行しつつも上の方針に従い能率的に動く警察組織へと変貌させた。

 

 さらにゲオルグは数え切れないほど憲兵隊といろいろな場面で主張が対立し、かなりの確率で警察の主張を憲兵隊やその上部組織である軍務省に認めさせて勝利している。このことからゲオルグは憲兵の思考回路を深く理解しており、その動きが手に取るにようにわかっているのではないか。

 

 社会秩序維持局との深い関係があったことから推測するに、ゲオルグは治安組織に所属する人間がそのような思考回路で標的を追跡するのか充分すぎるほどに理解しているとみてよいだろう。だからこそ、ケスラーによって綱紀が粛正された憲兵隊の捜査が開始されてからすでに一年以上経過しているにもかかわらず、ゲオルグのしっぽすらつかめていないのだ。

 

「わかりました。憲兵隊ではなく調査局の人員を使いましょう」

 

 情報収集のみを専門とする軍務省の部局の名をフェルナーはあげた。実際に行動することも目的としている警察や憲兵隊に比べて、情報収集だけに専念する調査局の局員ならば、ゲオルグの警戒を回避できるかもしれないと踏んだのである。

 

「くれぐれもクラウゼに気どられぬようにな」

 

 フェルナーは深く頷くと敬礼して通信を切った。オーベルシュタインはしばし真っ黒になったモニターを見つめていたが、ベッドに腰を下ろして両目を閉じた。ゲオルグに対する過大評価がすぎるのではないか、という思いが彼の中にもあったのである。ゲオルグにいったいなにができるというのだ? 彼が有能であることはわかっているが、それは門閥や警察といった組織を支配していればこそのものである。彼個人でなにかできるわけではなく、他の勢力に与してローエングラム公への挑戦を企んでいたとしても、帝国の脅威になりえるほどの組織が新参者をいきなり重用するとも考えがたい。ならこれは無用な心配、杞憂ではないのか。

 

 理性ではそう思っているのだが、暗い陰謀の世界を生き残ってきた者のみが持つことができる、ある種の嗅覚がゲオルグは危険な存在であると訴えるのである。オーベルシュタインは理性的な人間であったが、だからといって自分の嗅覚を否定しきることができなかったのである。

 

 パウル・フォン・オーベルシュタインは先天的障害のため両眼に障害があった。当時のオーベルシュタイン家当主のはからいで“幼児の頃の事故により視力を失ったため、義眼なのである。”と偽装されたものの、まわりからの偏見と差別に苦しみ、障害者を劣悪として排除する法律である劣悪遺伝子排除法を、そんなろくでもない法律を制定したルドルフを、ゴールデンバウム王朝を憎み、ルドルフ的価値観から脱却した新王朝の設立を望んできた。

 

 そしてラインハルトという稀代の天才を見つけ、彼を新皇帝として仰ぎ、ゴールデンバウム王朝打倒と念願が成就しようとしているのである。そのために、あらゆる不安要素を排除しておかねばならなかった。ゴールデンバウム王朝の本当の意味で最後の帝国宰相の孫というカードは、旧貴族階級団結の核となりかねないのである。生死の確認をせねばならないし、生きているのなら処刑するか帝国の監視下に置くかしなければ、このラグナロック作戦後に成立するであろうローエングラム王朝にとって後顧の憂いになるやもしれないと思うと、可能性が低くても対策がとれるならとっておくべきだろう。

 

 オーベルシュタインはそう判断すると、義眼をはずしてベッドに横になった。明日はいよいよフェザーンをたって、ラインハルトとともに同盟領の征服に赴くのである。激務で眠れない日が連続するであろうことが容易に予測できるため、今日はぐっすりと寝ておかねばならないのであった。




ラグナロックでフェルナーの姿が見えないので、本作では帝都でお留守番してたという設定です。

クラウゼがヒルダの性別わからなかったことについて
(YJでフジリュー版の少年にしか見えない男装ヒルダを確認)
作者「……」
(OVA版で軍服姿のヒルダを確認)
作者「……事前知識なかったら、先入観諸々が手伝って意外とわからねぇんじゃね?」

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