リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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知らないうちにお気に入り数200件なってた。
(今まで自分が書いてた作品と比べて)早すぎる。
皆さん。本当にありがとうございます。
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数百年に一度の大喜劇

 ブルヴィッツ侯爵家の略奪による恩恵を受けていたため、旧時代への郷愁が強かった惑星ブルヴィッツでは、皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世が拉致された帝国政府の発表と、悪びれもせず権力を握り続ける傲慢な金髪の孺子への反感がたかまり、元領民の怒りの声が暴動へと発展したのである。同じ状況に陥った旧貴族領の惑星は少なからず存在した。

 

 貴族とは自分たちの為に仕事をしている、尊敬し敬愛すべき統治者であり、皇帝はその貴族の最上位に君臨する偉大な人物というのが、自領の民の生活を重んじる貴族の統治の下で生活してきた素朴な領民たちの認識であったので、自分たちの生活を苦しくするばかりか、貴族として皇帝を支えるということすらできていないラインハルトへの怒りが爆発したのであった。

 

 暴動には貴族家の旧臣が多数参加し、場所によっては現地の統治機構そのものが暴動に加担した。暴徒たちによって帝国政府のコントロールを受け付けなくなった惑星が、銀河帝国正統政府の支持を表明し、あるいは叛徒に媚びた正統政府も帝国を統治する資格なしとして帝国政府からの独立を宣言し、帝国政府の敵対姿勢を鮮明にして叛乱へ発展していったのだが、ブルヴィッツの方向性は簡単に定まらなかった。

 

 その最大の原因はブルヴィッツ侯爵の忘れ形見である、グスタフ・フォン・ブルヴィッツが帝国政府との敵対に否定的であったことにある。領民たちの怒りは痛いほど理解できたが、貴族連合軍の敗北と父の無念の戦死によってローエングラム体制の強大さと強固さをよく理解していたし、グスタフも歴史上大多数のブルヴィッツの一族の者達と同じく自領の民にたいして慈愛の心を持っていて、公的には貴族の地位を失っていたが貴族領主の一族としての矜持も失っていなかった。だから領民に大量の犠牲者が出ることが疑いなく、しかも勝算もほぼないとあっては、領民への愛と貴族の矜持からして賛成できるわけがなかったのである。

 

 グスタフは体制側の治安部隊と惑星上の要所を占拠した暴徒たちの間に立ち、交渉の仲介役を務めることでこれ以上の流血を避けようと努力した。治安部隊は平和的手段で暴動を終息させることができるなら文句はなかったし、暴徒側も尊敬するブルヴィッツ家の忘れ形見が仲介役とあっては無視することもできず、険悪な空気ではあったが交渉によって解決しようという気持ちも互いの間にうまれつつあった。

 

 しかし九月二〇日のニュースによって状況は一変した。帝国国営放送がエルウィン・ヨーゼフ二世の廃立とカザリン・ケートヘン一世の即位を発表したのである。その発表を聞いて帝国中のほとんど人間が、カザリン・ケートヘンってだれ? というつぶやきを内心でもらしたにちがいない。それほどまでに無名の人物が皇帝になったのである。

 

 国営放送の発表によると先々帝オトフリート五世の第三皇女の孫、ペクニッツ公爵(今回の即位によって子爵から格上げされたそうで、この人も無名の人物であった)の娘にあたる人物で、現在は生後八ヵ月とのことである。神聖にして不可侵なる銀河帝皇帝の冠を被り、無邪気に微笑む赤子の姿の映像は、エルウィン・ヨーゼフ二世以上に傀儡に過ぎない存在であることを雄弁に物語っていた。

 

 ここにいたり、グスタフは流血を避けるための今までの努力の成果を捨てる決意をした。これほどまでにゴールデンバウム朝銀河帝国の歴史と伝統と権威を侮辱されて、行動を起こさぬというなら、それは帝国貴族ではない……。グスタフは領民たちとともに戦うべきだと判断した。そしておそらくは、領民と共に死ぬ覚悟も、この時にしたのであろう。

 

 そう決断すると領民のためを思い、今までひた隠しにしてきた父を殺されたことと貴族の地位を奪われたことに対するラインハルトへの恨みの感情も爆発し、それがおそろしい原動力となって熱狂的に行動を開始した。グスタフは暴動側に合流すると口汚くラインハルトを非難し、暴徒たちをまとめあげて暴動側の主導権を握ると、自ら治安部隊を撃滅する先陣をきるほどの行動力を発揮し、ブルヴィッツの支配権を力ずくで獲得して叛乱を宣言した。そしてありとあらゆる伝手を使い、同じような反ローエングラムを掲げて帝国政府のコントロールを拒否した惑星との協力関係構築に精をだしたのである。

 

ラインハルトは叛乱を起こした旧貴族領や残存貴族領の動きを無視はしなかったが、かといって重視もしなかったので一挙に軍事力を投じて叛乱を鎮圧することもしなかった。これら一連の動きは、レムシャイド伯らの銀河帝国正統政府とそれを保護する自由惑星同盟の存在によって発生したものであり、正統政府と同盟という幹を潰せば、自然と枝葉も枯れると考えていたからである。メックリンガーとケスラーの両提督にこれらの叛乱がこれ以上拡大しないように、敵対を宣言した惑星の交通を封鎖するよう命じただけであった。

 

 だから叛乱によって帝国のコントロールから外れているブルヴィッツをはじめとする惑星側も、惑星周辺の部隊の動きからそのことを感じ取っており、すくなくともしばらくは軍事的な攻撃を受ける可能性は低いとみていた。また帝国軍に比して自分たちの軍事力は数においても質においても厳しいものである以上、同盟軍と帝国軍の全面衝突がもっと加熱するまで、こちらから動くのも下策と多くは冷静に認識できていた。門閥貴族連合軍という理想的な反面教師がいたので、叛乱した諸惑星は過剰な戦意と短気が悲惨な結果を招くことをわきまえていたのである。

 

 なので叛乱側にとって軍事的課題の優先順位は低かった。最優先の課題は少なくない星間交易路が帝国当局によって封鎖された状況で、どうやって支配領域を安定させるための、食糧をはじめとした物資を確保するかということであった。早急に対策を打たなくては、帝国軍の包囲網の徹底により、日に日に深刻さを増していくのである。

 

 その重要な対策の立案はブルヴィッツの軍事部門に任せられていた。航路の問題は平時であれば軍事関係の者が担う必要などなかったであろうが、民間の宇宙船までかき集めて築きあげられた急造の軍隊であり、惑星ブルヴィッツが保有する宇宙船の一括管理も軍事部門の役目となっており、官舎の一室で軍事部門の最高責任者であるアルトマン中佐は疲れ切った声で部下に告げた。

 

「いましがたライヘンバッハへの航路も封鎖されたという連絡が入った。このままでは二年前の叛乱軍と同じようにわれわれは飢えに苦しむことになる」

「……となると、力ずくで航路を確保するしかありませんか」

「不可能だ。航路の封鎖部隊を一時的に排除することくらいはできるだろうが、確保し続けるには数が足らなさすぎる」

「他の周辺の惑星部隊と協力すればなんとかなるのでは」

「無理だな。ロイエンタール上級大将率いる三個艦隊がイゼルローン要塞攻略に出払っているとはいえ、国内にはまだ正規艦隊が十個以上もある。この状況で帝国軍との全面戦争は避けたいし、他の惑星も同じだろう」

「ならば航路を封鎖している帝国軍部隊をごまかす方法を考えるしかないですな」

「ということは、私の出番、となりますか」

 

 闇色の瞳に不気味な光を宿した、どこか不吉そうな男が発言すると、列席者の全員の視線が男に集中した。その視線がとても非好意的なものであったのは、男がブルヴィッツになんのゆかりもない、よそ者であり新参者であることに起因した。

 

 フェザーンとの接触があってしばらくした後、オットーはゲオルグからある任務を与えられ、六月の暮れ頃から惑星ブルヴィッツで元ブルヴィッツ侯爵家の私設軍に所属していた者たちによって構成される私兵集団“アウズ”に入団し、旧ロッドバルト伯爵家の私設軍に所属していた元少佐という経歴もあって、中堅幹部の地位をたやすく手に入れることができた。

 

 そしてブルヴィッツで暴動が発生すると私兵集団の規模拡大と軍隊化に貢献し、グスタフが叛逆を決意したあとは秘密組織の連絡網を駆使し、他の暴動を起こした惑星との協力体制構築に積極的に寄与し、ブルヴィッツ侯爵家の忘れ形見、グスタフの信頼を得、軍事部門の意思決定を行う部署の末席に名を連ねるほどにまでなっていた。

 

 しかし、それでも、よそ者が軍事武門の最高幹部に名を連ねているというのは、地元に密着している他の者達は悪感情を抱かずにはいられないのであった。

 

「……そうだな。オットー少佐には帝国軍の中に味方がいるのだったな。卿の力を頼らせてもらうことになるか」

 

 オットーを認めるかのような言葉なのだが、アルトマン中佐の声も、どこか棘があった。アルトマンは貧しい靴屋の出身でありながら、中佐の階級を得れたのは、ひとえにブルヴィッツ侯爵家の領民は領主を支える存在なのだから優秀な方が良いという方針によるものだった。中学校で最優秀の成績をおさめたアルトマンに侯爵家は目をつけ、金銭面の支援を惜しまなかったのである。おかげでアルトマンは都会の高校に進学できたし、高校の成績もよかったので士官学校に入学することもできた。そして軍隊に入った後も侯爵家が後ろ盾になってくれたので戦果を上官や貴族に奪われることもなく、一五年の正規軍生活で少佐にまで出世し、正規軍を退いてブルヴィッツ家の私設軍に転属するときに中佐に昇進できたのであった。こうした経緯からアルトマンは侯爵家に絶対の忠誠心を抱いていた。

 

 一年前、貴族派連合と皇帝派枢軸の二勢力に別れての大規模内戦のとき、ブルヴィッツ侯爵家が連合側に属したのでアルトマンも連合側について枢軸軍と対峙したが、初戦のアルテナ星域会戦でミッターマイヤー艦隊に大敗し、ブルヴィッツ軍も半壊。その後、ガイエスブルク要塞に撤退したものの、八月一五日の戦いで枢軸軍の半包囲の挟撃作戦によって、大恩あるブルヴィッツ侯爵と多くの戦友を失い、ガイエスブルクへと帰還する路も奪われ、アルトマンは無念の降伏を余儀なくされたのである。

 

 枢軸軍は捕虜を過酷に扱わなかったが、アルトマンとしてはそれがむしろ不満になった。偉大な領主を殺した連中の軍隊なのだから、もっと悪辣な連中であってほしかったのである。その年の暮れごろには釈放され、複雑な感情のまま故郷へと帰ったが、待っていたのは不景気によって見違えるほど明るさがなくなった街々だった。それはブルヴィッツが他の惑星から収奪していた不正な富がなくなっただけであったのだが、アルトマンには連合側に属したことによる制裁と新体制の制裁と受け取った。そしてかつての栄光を取り戻すことが、生き残った自分のすべきことだと決意したのである。

 

 つまりアルトマンの原動力は、ブルヴィッツ侯爵家への忠誠心と故郷への想いなのである。それは程度の差こそあれ、他の軍事部門の最高幹部と共通するものだった。クリス・オットーただひとりをのぞいては。むろん、彼の能力や人脈の有用性をアルトマンは理解しているし、彼の不幸な経歴も同情に値するのだが、それでも侯爵家への敬意と故郷への想いを共有していない相手には、どこか壁のようなものを感じざるをえないのであった。

 

「……わかりました。しかし今までと比べて得られる物資の量が激減することは疑いありません」

 

 オットーもそれを理解していたが、特に気にしていなかった。昔なら気にしただろうが、今はそんなこと気にしてるほど心の余裕がなかったのだ。たいして重要な事とも思えない瑣事に、いちいち気に病んでなどいられなかった。

 

 確実に確保できる物資の具体的な数字をオットーはあげ、それをどの部門にどのように配分するか議論しあい、合意がなったところで会議は解散となった。オットーは官舎を出て待たせてあった地上車に飛び乗り、放送局に行くよう運転手に命じた。それは軍事部門の一員としてではなく、秘密組織の一員としてゲオルグから与えられた役目を果たすためであった。

 

 それにしてもゲオルグ、ゲオルグ・フォン・リヒテンラーデか。移動中、オットーは椅子の背もたれに身をあずけながら、秘密組織を指導する人物の姿を脳裏に浮かべた。あの男は金髪の孺子と戦える状況をつくってやると条件を出し、自分はそれを受け入れて命令に従っているのだが……これまでの動きを見るに、本人が金髪の孺子ととの完全対決を望んでいるのか怪しいものである。ゲオルグは自分をいつでも切り捨てられる便利な道具と認識しているのだろう。金髪の孺子を地獄にたたきおとせるなら、別に捨て駒にされることはどうでもいい。しかしあくまで金髪の孺子を殺せるなら、だ。捨て駒にされた挙句、自分の人生を破滅させたあの野郎が我が世の春を謳歌し続けるというのであれば、死んでも死にきれん。だからゲオルグの命令に従うだけではなく、自分も独自になんらかの行動をおこすべきだろうか。

 

 そんなことを考えるいっぽうで、ゲオルグはそれすら想定しているのではないかという思いもある。ゲオルグとのつきあいは一年以下であるが、それでも充分にゲオルグの用心深さと危機察知能力、そしてそれを十全に生かす柔軟な思考を見せつけられた。それを思えば、自分の独断に動いた場合の計画も、あの若いが優秀な貴族様の頭のなかにあるのではないかと想像してしまうのである。自分一人の力で金髪の孺子を暗殺できると思えるほど自惚れていないオットーにとって、秘密組織の組織力は非常に魅力的なもので、ゲオルグの真意がどこにあるか謎であっても、ラインハルトを殺す気が皆無と断定できない以上、ゲオルグの不興を買って秘密組織の力を利用できなくなるのは避けるべきという決断は容易にはできないことであった。

 

 放送局に到着すると、受付である人物を呼び出した。受付の人物はオットーを控え室に案内した。控え室にある立体TVで見ながら数分待つと、お目当の人物も部屋の中に入ってきた。

 

「なんのごようでしょうか」

「……軍事部門に所属しているクリス・オットーだ。時間がないからさっそく本題に入らせてもらうが、かまわないなシラー報道官?」

 

 オットーは一五分かけてある計画の説明をし、その計画の邪悪さにシラーは動揺した。

 

「そ、そんなことは……!」

「協力できないか? だが、このまま状況が推移すれば、われわれは金髪の孺子に一矢報いることすらできずにすり潰される。むろん、状況が好転するように全力をあげるが、どうにもならなかったときのために、用意はしておくべきだろう」

「……」

「それともなにか。ここまでやっておきながら、金髪の孺子にとってくだらぬ些末事にすぎぬことと思われてしまってもよいというのか。ブルヴィッツは、なにひとつなしえぬまま、歴史の舞台から消え去ってしまってよいというのか。それをゆるせるというのか」

「それは……」

 

 かなり抵抗を感じる話であったが、否定できないことでもあった。たしかにここまでやっておいて、あの金髪の孺子を傷つけることすらできないのは、ゆるせないことであった。であるならば……。

 

 その時、立体TVのチャンネルが強制的に国営放送のチャンネルに変更され、帝国軍の厳しい顔をした報道官が声明を発表した。帝国軍総司令官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥はイゼルローン回廊侵攻部隊司令官のオスカー・フォン・ロイエンタール上級大将の苦戦に遺憾の意を表明。驕り高ぶる皇帝誘拐犯の門閥貴族残党の共犯者どもに正義の鉄槌をくわえるべく、ロイエンタール上級大将の増派軍要請を受け入れ、新たにウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将率いる三個艦隊を援軍として派遣する。それでもなお兵力が不足しているというのであればローエングラム元帥自らも出陣する覚悟を固められたという報道であった。

 

「できればこのまま苦戦してもらいたいものだ。そうすれば、このようなことを実施せずにすむ」

「……たしかにな」

 

 シラーの発言がもっともだったのでオットーはうなずいたが、ある疑問が湧いた。イゼルローン要塞が難攻不落であるゆえんは、要塞本体の強固さと主砲の強力さもさることながら、要塞が航行不能宙域(サルガッソ・スペース)に囲まれた狭い回廊内に存在することが大きな理由のひとつである。その狭い回廊内で六個艦隊以上の大軍を効率的に運用するのは、想像を絶する困難がつきまとうだろう。金髪の孺子は、そのあたりをどう考えているのだろうか。

 

 オットーの疑問に答えてくれる相手はいなかったが、数日後、ブルヴィッツから遠く離れた惑星オデッサに潜伏しているゲオルグの手元に偶然にもその答えが転がってきたのであった。

 

「なに、間違いないのか?」

 

 ズーレンタール社の一室で、ゲオルグは受話器を強く握りしめながら、通話相手に念押しの確認をした。

 

「ああ、間違いない。自分もなんども確認したが、最低でも一個艦隊はあったと航路警備部隊の奴は言っている。イゼルローン回廊に向かってるはずの帝国軍の艦隊がリンダウを通るのも妙だと思い、一応報告をと」

「……了解した。対策を考える。よい新年を」

「あんたにもよい新年を」

 

 受話器を置き、ゲオルグは自分のノートパソコンを開いて電源を入れ、クラウゼから報告をまとめた資料を確認した。自分の記憶力の正確さを疑ったことなどないが、万一の記憶違いの可能性を思い、確認せずにはいられなかったのである。

 

「食い入るように画面を見て、どうしたの?」

「組織からいくつかの叛乱惑星への航路が完全に封鎖されて孤立状態に陥っており、物資の供与がより困難になり、指示を乞うと」

 

 ベリーニに声をかけられ、なにげない仕草でノートパソコンを閉じ、さっきの報告となにひとつ関係ないことを言った。叛乱惑星への物資供給が困難になっているのは、なにもいまにはじまったことではなかった。そのことをベリーニは充分に承知しているので、疑問を重ねた。

 

「前からいくつも封鎖されてなかったかしら」

「たしかに。だが、それでも帝国軍内部の細胞を利用し、最低限の供給はできていた。だが、さすがにこれ以上ごまかし通すのは難しいようだ」

 

 一度、言葉を切り、いま思いついたという態度でゲオルグはひとつ提案をした。

 

「ああ、そうだ。この解決のため、フェザーンの援護を自治領主閣下に要請してくれないだろうか。フェザーンの工作員が協力してくれるなら、秘密裏の供給網をもっと作りやすくなるのだが」

「フェザーンは非武装の平和の国。表立って帝国の現体制に敵対するような愚策。できるわけがないわ」

「それは承知している。だが、あまりにもローエングラム公と仲良くしているフェザーンの姿を見ていると、いらぬ疑いを抱いてしまうものがいるのだ。工作員のささやかな助力程度なら、フェザーンの黒狐とおそれられるルビンスキー閣下の手腕なら、ごまかせるのではないかな」

「すでにいくつかの情報提供と少なからぬ資金援助をしているはずよ」

「政略上、フェザーンがローエングラム公と妥協せねばならぬは理解できる。だが、もう少し支援を強力にしてほしいのだ。自治領主閣下の手腕をみせてほしいとゲオルグ・フォン・リヒテンラーデが言っていると連絡しておいてくれないか」

 

 社長にも相談せねばならないかとつぶやき、自然な仕草でゲオルグはノートパソコンを脇に挟んで部屋を退室し、社長室には向かわずに警備主任室へと足を運んだ。執務机に座り、会社の警備員配置の改善を考えていたシュヴァルツァーは、主君の姿を確認して立ち上がって背を正した。

 

「いや、座ったままでいい。警備主任の仕事、ほとんどおまえがやってるようなものだからな」

 

 ゲオルグは手振りでシュヴァルツァーに座るよう促し、自分は来客用の椅子を持ってきてシュヴァルツァーの対面に座った。

 

 実際、ズーレンタール社の警備主任はゲオルグということになっているが、シュヴァルツァーがこの会社に住み着くようになってから警備主任としての仕事はほぼ完全に優秀な側近に任せきっていた。ゲオルグが裏のことで忙しいので、表向きの仕事をちゃんとやっている余裕がないからである。ろくでもない警備主任がいたものだとゲオルグは苦笑した。

 

「確認だが、完全に信頼できる警備員はこの会社にいくらほどだ?」

「……オットーの一派が離脱したので、三六名です」

「それだけいれば充分か。四日後の二六日にこの惑星上のフェザーン工作員を一掃する。具体的な計画の立案を頼みたい。ただ秘密組織の活用はできるだけ情報収集のみにとどめ、なるべく警備員に私服でやらせるんだ。いいな」

「……よろしいので? フェザーンと完全に敵対することになりますし、この惑星にもいられなくなりますが」

「かまわぬ。フェザーンは遠からず、こっちにかまっているような余裕はなくなる」

「なぜ?」

「帝国軍の艦隊が惑星リンダウ近辺の宙域を通過したと報告があった」

「リンダウ……?」

 

 聞き覚えのない惑星名にシュヴァルツァーは首を傾げた。その反応はゲオルグの予想していたもので、懐から小型の機械を取り出して机の上に置いて起動した。この小型の機械が市販されている帝国領土の大雑把な位置関係が記録されたものであるとシュヴァルツァーは知っており、無数の星々のホログラムが浮かび上がっても驚かなかったが、ゲオルグが惑星リンダウを指ししめた時、表情は困惑から驚愕に変わった。

 

 帝国軍が通過した場所は、帝都オーディンとイゼルローン要塞の最短航路から、かなり離れた場所にある。というよりむしろ、反対方向のフェザーン回廊に近い位置であった。イゼルローン要塞に向かっているのなら、明らかに遠回りをしていることになり、目的地が別の場所であると考える方が合理的である。そのように思考を進めば、答えはひとつしかなく、その答えに衝撃を受けたシュヴァルツァーの声は震えていた。

 

「帝国軍は、フェザーン占領を企んでいる……」

「そうとしか考えられまい」

 

 増派軍を指揮しているミッターマイヤー上級大将が帝国領内で迷子になるような愚将であると仮定すれば、別の可能性も考えられるのだろうが、ミッターマイヤーは平民出でありながら、貴族に媚びることなく武勲によってその地位を得た軍人であり、一年前の内乱におけるアルテナ星域会戦で名将とはいえぬまでも、優秀な軍人ではあったシュターデン提督率いる艦隊を、ほぼ一方的に撃滅した手腕の持ち主ということを考慮するとありえない仮定でしかない。

 

 出身身分などというものは、個人能力面においてはなんの意味ももたないと信じるゲオルグである。遺伝子や血統を重視する帝国のイデオロギー的には異端な思考であるといえたが、そんなものを本気で信じきっていた者が旧体制下の宮廷にあってさえ、どれほどいたというのか。もしそれが本当なら、爵位すらない下級貴族であったオフレッサーや平民出身であるラングが、擲弾兵総監や社会秩序維持局長官になっているわけがなかろう。

 

 なによりゲオルグは、自らの境遇によるものがあった。帝国政府は事実上運営していた祖父や官僚として地道に出世していた叔父はともかくとして、父のエリックは身体的にも精神的にも健康であったが、簡単で退屈な典礼省仕事すらろくにできない無能者だった。その無能者の種から産まれたのがゲオルグなのである。自身が無能者ではないと自負する以上、そんなイデオロギーを信じられるわけがなかった。

 

 なのでゲオルグはあまり偏見にとらわれることなく、下級貴族出身で平民にすら劣る暮らしをしていたというラインハルトの能力をそれなりに公正に評価していたし、ラインハルトの下に集った“身分いやしき者ども”の能力も客観的に見てもまともに評価していた。帝国のイデオロギーを盲信する貴族であれば、遺伝子的に考えてあんな連中に能力があるわけがなく、ただ幸運に恵まれただけと決めつけるのだろうが、幸運だけでここまでやれるような連中には対抗できる気がしないので能力の問題にしときたいという、現実主義的なのか現実逃避なのか判別しがたい心理的な一面も存在したのだが、情けなさすぎるのでゲオルグはそれをだれにも言わなかった。

 

「閣下が予想されていたように、フェザーンとローエングラム公が手を組んだということですか」

「いやどうもそうではないようなのだ。フェザーン本星の自治領主府は平時と同じ状態のままにあるらしい。今も変わらずにな。さすがに帝国軍を招き入れるとあっては、市民の暴動など抑え込む事前準備が必要だろう。その程度のこともできぬのなら、ローエングラム公がルビンスキーと手を組む必要がないからな」

 

 ゲオルグはノートパソコンにまとめてあるクラウゼの報告を見せた。フェザーンは平時体制のままであり、帝国弁務官事務所にしても特段変わった様子もなく同じような職務を行なっている旨、記されてあった。自治領主府が弁務官事務所を通さずに帝国政府と直接交渉しており、なおかつ自治領主府の民衆管理準備の偽装が巧妙で、クラウゼの目には見抜けなかったという可能性もなくはなかったが、まったく兆候がないとなると帝国軍による突然の奇襲というほうが現実味がある。

 

 この奇襲のため、帝国は軍の行動の偽装及び秘匿を徹底したのであろう。なにせ秘密組織が帝国軍がフェザーン方面に向かっているという情報は本当に偶然の産物だった。情報の秘匿が徹底していたが故に、不規則に航路を巡回している航路警備隊がミッターマイヤー艦隊と接触し、その航路警備隊の一員が秘密組織の構成員だったので、上官から箝口令が敷かれたにもかかわらず、帝国軍の艦隊と接触したことを秘密組織に報告したのである。

 

「だが、まったくフェザーンを味方につけずにこんなことができるとも思えぬ。おそらく帝国駐在弁務官事務所やいくつかの領事館を取り込んでいよう。本国の自治領主府の目と耳をごまかしているのだ」

「……たしかいま帝国駐在高等弁務官を務めているのは黒狐の側近中の側近であったはずですが」

 

 信じがたい、と言外に匂わすシュヴァルツァーの疑問に、ゲオルグは首を振った。たしかに帝国駐在高等弁務官ニコラス・ボルテックという男は、ルビンスキーが自治領主に就任する以前からの側近で、自治領主の補佐官として辣腕を振るった人物である。そんな人物が裏切るとは考えにくいという部下の言葉に、まったく理解できないわけではない。

 

 だがボルテックという男は出世意欲が強く、ライバルを蹴落とす事に熱心なことから次期自治領主の座を狙う野心家であるという情報を、社会秩序維持局の調査部が確度が高いものとして扱っていた覚えがゲオルグにはあった。それを真実と仮定し、現状から推測すると、まるっきりありえない話ではあるとは言えない。ボルテックが帝国駐在高等弁務官になったのは、時期から考えてエルウィン・ヨーゼフ二世の誘拐の監督をするためであろう。そしてその時に見過ごせない失態をおかしたとすれば、どうであろうか。

 

 エルウィン・ヨーゼフ二世の誘拐からはじまる銀河帝国正統政府を自由惑星同盟内に設置し、帝国と同盟の戦争状態を継続させる。その後、帝国と手を組んで宇宙を支配するつもりなのか、フェザーンのみが平和を謳歌するこれまでの状況を継続させるつもりなのかは判別しがたいが、その規模と影響力の大きさから考えて、フェザーンにとっては国運をかけた国家プロジェクトであるはずである。その初歩段階で不手際を起こしたとあっては、これまでどれほどフェザーンに対する貢献したとしても、ボルテックの立場が急激に悪化することはさけられない。

 

 となれば、いっそのこと、ルビンスキーを裏切ってローエングラム公と手を組み、自治領主府の目と耳をごまかすその見返りとして帝国内において相応の地位と権力を要求し、それをもって自分の政治的立場を守る。そうボルテックが考えたとしても不思議ではあるまい。不忠な売国奴以外の何者でもない行為ではあるが、ボルテックに限らず、フェザーン人が忠誠心とか愛国心とかいう概念を重んじているともおもえないので、心理的ハードルは低かろう。なにせ、冗談混じりとはいえ「国でも親でも売りはらえ――ただしできるだけ高く」と公言してる連中が大量にいる国だ。われらが帝国は語るに及ばず、言論の自由を標榜している同盟でもそんなことを言えば、たとえ冗談でも周りから嫌厭されることを思えば、実にありえそうな話ではないか。

 

 ゲオルグの説明に、シュヴァルツァーは納得したとは言い難いものの、現実的にそれが進行している可能性が低くないということは理解できたようで、ベリーニの目を盗んで二六日までに計画を練りましょうと請け負った。警備主任室から退室し、グリュックス社長の部屋に向かいながら、ゲオルグはおもわず皮肉気な笑みを浮かべた。どうも今までの常識が役立たずになる時代が到来しようとしているらしい。それも帝国だけではなく、人類社会全域で。はてさて、後世の人々はこの時代をどのように評するのであろうか。

 

 普段ゲオルグは自分が死んだ後に生を受けた人間が、自分たちの時代をどのように見るのかということを想像したりしないのだが、ルドルフ大帝の御代に匹敵する人類社会の巨大な変革期が到来しつつあるということを思うと、心の中で言葉にしがたい感情が高揚し、柄にもないことを考えずにはいられなかった。

 

「大神オーディンよ、照覧あれ。数百年に一度あるかないかの大喜劇が幕をあげますぞ」 

 

 鼻歌混じりに、ゲオルグはつぶやいた。こういう時代こそ、陰謀というものは陰謀のまま終わらぬ価値を持つのだ。




正直、ブルヴィッツの話とゲオルグが帝国軍が奇襲でフェザーン占領企んでる話を分けるつもりだったのだけど、文字数が少なすぎたので統合。
しかしそのせいで一話にいろいろ詰め込みすぎた感が否めない。

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