リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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前置きしておきますが、我がパソコンのデータの海に沈んでいた未完成のプロットを話題にしたところ、「とりあえず書いてみろ」と助言されたので、見切り発車です。
なのでもしかしたら導入部だけで続き書かないかもです。


帝国暦四八九年
プロローグ・帝国宰相府にて


帝国歴四八九年一月末。

 

 帝国軍最高司令官にして帝国宰相であるラインハルト・フォン・ローエングラム公爵は不公正で不公平なゴールデンバウム王朝の悪癖を排除し、公平かつ公正で民衆のためになる改革を実行していた。彼が帝国の全権を掌握してからまだ三ヶ月ほどしかたっていないが、その改革は多くが成功し、民衆の人気も上昇する一方だった。

 

 そんな彼の仕事場である宰相府の執務室の扉を開けて入ってきた帝国宰相首席秘書官であるヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは、ラインハルトと敵対していた門閥貴族の出身者であったが、昨年の内乱、通称“リップシュタット戦役”の際に門閥貴族連合ではなくラインハルトの側につき、秘書官としてとりたてられた才女である。彼女の決断によって多くの門閥貴族が滅びていく中でマリーンドルフ伯爵家はそれと反比例するかのように飛翔しているのであった。

 

「お邪魔でしたでしょうか?」

「いや、かまわん。ちょうどひと段落ついたところだ。用件を伺おう。伯爵令嬢(フロイライン)

「憲兵総監のケスラー大将が、至急閣下との面会を望んで宰相府に訪れております」

「ケスラーが? ここに来ているのか?」

 

 ヒルダが頷いたのを見て、ラインハルトは純粋に驚いた。ケスラーとは今日会う予定はなかったし、会ってほしいとの前連絡もなかった。にもかかわらず宰相府に来ているとはよほどの問題でも発生したのだろうか。そう考えたラインハルトはヒルダに通すよう命じた。

 

 かつてウルリッヒ・ケスラーは前途有望な艦隊士官であったが、憲兵隊出向時に息子三人が全員徴兵されて戦死した老婦人が初代皇帝ルドルフと当時の皇帝フリードリヒ四世の肖像画を足蹴にしたのを隣人が密告したという不敬事件を担当した時に、ケスラーは密告者を不敬罪の共犯とみなして逮捕してしまう一方で、老婦人は拘禁と尋問をされただけですませたことが上層部に問題視され、辺境の任地に飛ばされて不遇を託っていた。

 

 しかし艦隊司令官としての評価の高さや上記の不敬罪事件のことを知っていたこともあり、ラインハルトが元帥府を開いた際に自分の部下として中央に呼び戻され、昨年のリップシュタット戦役において活躍した。内乱終結後に帝都防衛司令官の任についていたが、前任の憲兵総監オッペンハイマー大将が贈賄罪の現行犯で監獄行きになったので今年の始まりと共に憲兵総監を兼任することになり、腐敗している憲兵隊の綱紀粛正を行なっている最中である。

 

「ご多忙のところ失礼します」

 

 歴戦の武人らしい精悍な肉体の持ち主であるケスラーであるが、まだ三〇代なかばであるにもかかわらず両耳の頭髪の周りと眉に白いものが混ざっており、実際の年齢よりはるかに老けた印象を他者に与えるものの、声は印象程老けてはいなく、はきはきとしていて明瞭である。

 

「連絡も入れずに来るとは卿らしくないな。そんなことも忘れるほど重大な問題が発生したのか」

「発生したと申してよいのか、リヒテンラーデ公の孫がまだ生きて逃亡していることが発覚しました」

「……たしか昨年の一一月に前任のオッペンハイマーから銃撃戦の末、死んだと報告されたのだが」

 

 リップシュタット戦役終結直後、前帝国宰相クラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵は貴族連合軍盟主の腹心アンスバッハを利用して帝国軍最高司令官暗殺をはかった主犯として逮捕された。それはラインハルト派のかなり強引な奇襲であり、リヒテンラーデとアンスバッハを結ぶ証拠などなにひとつとして存在しないでっちあげであったのだが、リヒテンラーデ公がラインハルトを失脚させようと別の策謀を巡らしていたのは本当だったのでまるっきり無罪というわけでもなかった。

 

 アンスバッハにより親友のジークフリード・キルヒアイスを喪い、その喪失を埋めるために冷酷な覇者となる覚悟を新たにしたラインハルトがリヒテンラーデ一族に下した処分はとても厳しいものであった。女子供は辺境に流刑し、一〇歳以上の男子はすべて処刑するというものであった。リヒテンラーデ公の孫は二三歳であったので処刑の対象となり、それを知っていたため拘束しようとする憲兵隊に死に物狂いで抗い、銃撃を受けて死亡した。そうラインハルトはオッペンハイマーから報告を受けていたのであった。

 

「申し上げにくいのですが、そのオッペンハイマーが偽装報告を行なっていたようなのです。閣下の暗殺を企んだリヒテンラーデ公の直系子孫であり内務次官でもあった者の身柄を拘束できなかったどころか、行方も判然としないとあっては自身の進退問題になりかねないと保身に走ったようです」

 

 少なくない憲兵の証言も得ておりますので間違いありません。そう言い切るケスラーにラインハルトは形の良い眉間を歪めた。

 

「贈賄罪だけでなく偽装報告もか。憲兵総監がこれでは憲兵隊が腐敗するのも当然か」

 

 かなり不快な調子でラインハルトはそう零した。

 

「オッペンハイマーの罪状に虚偽報告が追加した旨を司法省に伝えておけ」

「判明直後に正式な文書で送りました」

 

 贈賄などしなければ監獄に入れらることもなく、リヒテンラーデの孫を取り逃がしたことも素直に報告しておけば憲兵総監の地位を追われることはあっても憲兵隊の重役ポストに降格ですませただろうに、オッペンハイマーは本当に余計なことしかしないなとラインハルトは心中で愚痴った。これでオッペンハイマーが監獄で暮らす期間が延長されたことだけは間違いない。

 

「それでリヒテンラーデ公の孫、たしかゲオルグだったか? そいつがいまどこにいるのか、まったく目星がついていないのか」

「はい。オッペンハイマーは報告を偽装してはいましたが捜査自体は続けていたようで、これがゲオルグに対する現在の捜査記録になります」

 

 ケスラーから手渡された捜査資料に目を通した。長い金髪で整った顔立ちの青年の写真が貼られ、現在の捜査記録が簡潔に纏められてある。

 

 記録に乗ってあるゲオルグの経歴にラインハルトはかるく感心した。いままでリヒテンラーデの孫に関心を抱いたことがなかったので気がつかなかったのだが、考えてみると二三歳の若さで内務次官というのは二〇歳で宇宙艦隊司令長官の地位にあったラインハルトほどでないにせよ、かなり速い出世スピードである。官僚になった当時から国務尚書であった祖父の威光を考慮するとしても、本人の能力無くしてはこのスピードでの出世は不可能であろう。

 

 ゲオルグ・フォン・リヒテンラーデは帝国歴四六五年に生まれ、幼少の頃から英才教育を受けて育ち、一七歳の時に内務省に入省して警察総局に配属されてから凄まじい勢いで頭角を現し、民事事件部通商課長、同部の部長、刑事犯罪部長を歴任し、二〇歳で警察総局のナンバー・スリーの役職である官房長にまで出世している。

 

 そしてナンバー・ツーの役職である次長のベテラン警官ハルテンベルク伯と局長の椅子を競って熾烈に争っていたが、そのライバルが妹に階段から落とされて転落死してしまい、警察総局内のハルテンベルク派警官を左遷して自派色に染め上げ、二一歳という若さで警察総局局長となり、警視総監と呼ばれる身分になった。

 

 翌年にエルウィン・ヨーゼフ二世が皇帝に即位し、祖父が帝国宰相になったのにあわせて内務次官を兼任するようになり、リヒテンラーデ家次期当主の指名を受けた。祖父が失脚するようなことがなければ数年の経験を積んで三〇手前で内務尚書として閣僚入りし、やがては祖父の後継者として国務尚書か帝国宰相として閣僚を率いる立場になっていたかもしれない。少なくともリヒテンラーデ派の者たちからはそれが確実視されていた。それほど官僚貴族には評価される能力の持ち主であったのだ。

 

 ラインハルト軍が真夜中のオーディンに押し寄せ、リヒテンラーデ派を一網打尽にした昨年の九月二六日になぜ軍の追求の手を振り切ったのかについても記録されていた。その時間でもゲオルグは内務省で仕事をしており、艦隊が降下してくるのを見て危険を察知。部下にリヒテンラーデ派や自分の側近に身を隠すよう伝えるように命令すると警視総監の制服を脱ぎ捨てて姿をくらましたというのだ。

 

 なぜそんな時間でも仕事していたのかというと内乱中のゲオルグの行動に問題があった。戦時体制が敷かれた帝都オーディンで憲兵隊が治安維持を行なっているのに対抗して、“戦時下における犯罪を抑制するため”と称して警察にパトロールの大幅強化を指示。そして警官たちが帝都のそこら中で憲兵と衝突したのでその対処をしなくてはならなかったからである。

 

 なぜゲオルグが憲兵隊に対抗意識を燃やしたのかは、彼だけの問題というより組織の体質的な問題であった。憲兵隊と警察は職分が重複しているせいで対立しやすく、また明らかに警察の管轄権にある事件の調査でも現役軍人や退役士官が関わっているとしゃしゃり出てくるため、警察の大多数は憲兵隊を、ひいては軍務省を嫌っているのである。

 

 しかしながらゲオルグの憲兵嫌いは警察の中でもかなり強かったらしく、軍務省に挑発を繰り返す憲兵どもを黙らせろと通告したり、内務次官の権限で社会秩序維持局にも出動要請を出したり、オッペンハイマーに憲兵総監を辞任するよう要求したりしており、現時点でラインハルト派との対立を生じさせたくないリヒテンラーデ公になだめられても、

 

「公共の治安を守護するのは我ら警察総局の使命。軍内警察たる憲兵隊の越権をゆるす理由はどこにもありません」

 

 その一点張りでゲオルグは聞く耳を持たなかった。リヒテンラーデ公は帝都のそこら中で憲兵と警官が衝突をおこしてるせいでむしろ治安が悪化しているのではないかと思ったのだが、孫のまったく悪びれない態度を見て口には出さなかった。こうしてゲオルグは帝都の治安に軽い混乱を巻き起こし、本来発生すらしなかったであろう大量の対立問題を処理する必要性に迫られ、ほとんど寝る間もなく内務省で働くこととなった。そしてそれが皮肉にも彼の生命を救う一因となったのであった。

 

 記録にはゲオルグが引き起こした憲兵隊と警察の対立による影響について述べられた帝都地元新聞数ヶ月分の抄録も記載されていており、ラインハルトは内乱中に帝都で警察と憲兵の衝突があったとは承知していたが、取るに足らない瑣事と思い込んでいたので具体的にどの程度の規模で衝突していたのか調べようとしなかったので、死者こそでていないが警官と憲兵が重軽傷者あわせてが推定二千人前後いたというのを初めて知った。

 

「ケスラー。憲兵隊はここまで警察と仲が悪いのか」

 

 対立が起こると知って警察を出動させたゲオルグの行為は愚かしくて馬鹿馬鹿しいことと思うが、それはそれとして警察と憲兵隊の対立がそこまで深刻であるというなら、帝国宰相として放置しておくべきではない。

 

「憲兵隊だけの問題ではありません。軍務省は軍の武力行使と牽制によって権限を拡大してきた歴史があります。それゆえに他の省庁とは対立を生む要因が多いのです」

 

 銀河帝国の始祖大帝ルドルフが築き上げた国家体制における三本の柱は、軍隊と貴族と官僚である。ルドルフの存命時はこれらの勢力は対立しつつも有機的に連携しあう三位一体をなし、体制転覆をはかる不逞な共和主義者や反乱分子どもにきわめて効率的で有効的な弾圧を実施することができた。

 

 こうした三位一体体制はルドルフ没後もしばらくは続いたのだが、時間の経過とともに組織の腐敗がはじまると最強の暴力機関である軍隊と独自の領地と自治権を有し私軍を編成している貴族が、官僚の権威を蔑ろにするようになり、軍隊と貴族の権限が拡大していくようになり、官僚が両者を憎むというのが常態化した。

 

 貴族の権限拡大についてはリップシュタット戦役で連合軍に属した多数の門閥貴族の破滅とラインハルトが帝国宰相になってから実施した貴族特権を廃止と民衆の権利向上のための改革によって貴族階級そのものが滅びの道についているが、軍隊についてはラインハルトの支持基盤であることもあって、軍部内の腐敗の一掃と制度の改善は行われても権限縮小はまだあまり実施されてはいなかった。

 

 ケスラーが言うには暗殺未遂の主犯とされ、処刑されたリヒテンラーデ公を支持していたのが官僚たちであったこともあり、今や独裁者として君臨している金髪の若者の出身部署である軍部の巨大な権限に対し、官僚たちは不満を感じつつも沈黙しているので対立は沈静化しているというが、それはそれで問題である。

 

 なにか対策をする必要があると感じたラインハルトだったが、まだ権力基盤が充実していない現時点で軍部の大権に制限をつけるわけにはいかなかった。その手の改革を実施するのはまだ先の話になるであろう。

 

「わかった。それで卿もこの資料にある通り、ゲオルグがどこかの警察地方支部に匿われていると思うか」

 

 オッペンハイマーはリヒテンラーデ公の孫が死んだと偽装報告したが、それをラインハルトに知られてはいけないと感じていたので、可能な限り現実を偽装報告に近づけるべくゲオルグの捜査には精力的に取り組んでいた。

 

 ゲオルグは同僚の仲間が地方に飛ばされる際、平民や下級貴族のような暮らしであれば一年は何の問題もなく暮らせるだけの金を渡していたということに着目し、そうした者達によって匿われていると推測。捜査の手を伸ばしていたが足跡をつかめるに至っていないと記録されていた。

 

「その可能性もありますが、唯一捕まったゲオルグの側近ドロホフ警視監が自分の足で現地捜査を行うこともたびたびあったという証言から考えますと、まだオーディン近辺の隠れ家に身を隠しているという可能性もあるかと」

 

「唯一捕まっただと。では他の側近はゲオルグと共に逃亡しているのか?」

 

 ラインハルトの問いにケスラーはゲオルグの側近の資料を鞄から取り出して説明を始めた。

 

「ゲオルグの側近と周囲から認識されていたのは次長のドロホフ警視監、官房長のヴェッセル警視監。刑事犯罪部長ダンネマン警視長。特殊対策部シュヴァルツァー警視長。参事官シュテンネス警視正です。最側近と目されているドロホフ警視監は――」

 

 次長のドロホフ警視監は名門貴族の出であり、出世への執着と容疑者に対してしばしば暴力をともなう高圧的な尋問を行って悦に入るサディストの側面があり、それゆえ同僚から忌避されていたが、三〇年近く仕事をしている優秀な警察官僚であり、ハルテンベルク派との派閥抗争の際にリヒテンラーデの名を出して優位につこうと考え、民事事件部長だった頃のゲオルグに接近した。

 

 つまりはゲオルグの家の力を利用するために近づいたのだが、ゲオルグの個人的な魅力に魅せられたのか彼に忠誠を誓い、忠義の士に変貌。主君のために少なからぬ貢献を行い、主君のゲオルグもまたその忠節に報いて最側近の地位とナンバー・ツーの警察総局次長のポストを与えていた。

 

 ラインハルト軍がオーディンに襲来した日の夜は既に自宅で就寝しており、妻と共に軍に拘束された。ドロホフは憲兵隊の取り調べで主君の人柄についてはよく喋ったが、ゲオルグの潜伏先については「心当たりがないし、知っていても言うとでも?」としか皮肉めいた供述しかしなかった。最側近であるから知らなければおかしいと考えるオッペンハイマーの命令で妻と共に拷問にかけられた。拷問開始から二週間後になにも語ることなくドロホフは死亡した。

 

「……妻はどうした」

「ドロホフ夫人は体中に消えない傷跡ができましたが、釈放されております」

「夫人に対して生活に困らぬだけの年金を支給すること。そして憲兵隊の横暴に対する謝罪をしておくように」

 

 高圧的な尋問を行って悦に入るサディストというドロホフの人柄に嫌悪感を感じたラインハルトだったが、その末路には同情を禁じえず、主君のために拷問をうけて死ぬまで決して自白しなかった姿勢には賞賛の感情すら抱いた。なによりドロホフの妻には何の関係もない話であるはずであり、ドロホフ夫人の為にも憲兵隊の愚を戒める為にも夫人に対してそれなりの対応が必要であった。

 

「わかりました。次にヴェッセル警視監についてですが、彼もドロホフと同じく名門貴族の出です」

 

 ヴェッセルは名門貴族の出でありながら出世欲がほとんどなく、犯罪を憎む強い思いから門閥貴族だろうが退役高級軍人だろうが罪を犯せば追及する姿勢もあって上から煙たがられたせいで、家柄にも本人の能力にも見合わない地位にあった。

 

 だがその捜査能力の高さがゲオルグに見いだされ、ゲオルグ派に組み込まれて出世コースに乗る。誰であろうが容赦ない犯罪追及をゲオルグは若干疎ましく思っていたようだが、ヴェッセルの誠実な人柄が信頼できたことと彼が自分を見出してくれたことに恩を感じていたのでゲオルグに宥められると不満を漏らしながら追及の手を緩めることもあって、警察ナンバー・スリーの官房長となった。

 

 ラインハルト軍がオーディンに襲来した日の動向は謎に包まれている。というのもその日の朝から仕事場に姿がみえず、当日の警官たちの間でも彼を探す動きがあったからであり、なぜヴェッセルがオーディンから姿を消していたのか理由すら不明である。

 

「私もなぜヴェッセル警視監が姿を消したのかわかりません。なんらかの伝手で我々がリヒテンラーデ派を粛清しようとしていた情報を掴んでいたとしたら、なぜゲオルグにそれを伝えなかったのかわかりません。なにか別件によるものとみた方が自然です」

 

 ケスラーの見解にラインハルトは頷いた。そうでなければどのような解釈をしても不自然さが残る。

 

「ダンネマン警視長は一般的な貴族階級出身の人物で、能力も人柄も特記すべきところはありませんが、父が軍の将校であったので軍部とのパイプ役として重用されていたようです」

 

 九月二六日は午後八時頃に直属の部下を含む警官たちが街角で憲兵隊と衝突しているという情報が入り、現場で憲兵士官と言い争いをしている時に軍艦が次々降下してくるののを確認して、憲兵士官とこんなことしてる場合じゃないと合意し、その場の警官と共に内務省警察総局に向かった。

 

 道中でダンネマンは内務省からきた警官と出会い、ゲオルグの「身を隠せ」という命令を知った。ダンネマンはその命令に従って民間人から車を接収すると、とりあえず部下五名と共に郊外に住む妹の友人宅に向かい、そこで一〇月九日まで潜伏し、次に山間にある無人の山小屋へと移動した。

 

 二一日に一緒に山小屋で潜伏してた警官の一人が脱走。自分たちがここに潜伏しているという情報が漏れたと感じた彼らは一か八かの脱出作戦を策定。その作戦内容というのが新しく車を接収し、それで宇宙港に直行、適当な宇宙船を強奪し、帝国軍の軍艦に脅されても逃亡を続行するというもので、作戦というには無謀すぎたが。

 

 脱出作戦という名づけた無謀な暴挙を、彼らは二三日明朝に決行。午前四時三九分に郊外を走っていた車を警察権限を盾に接収したが、車の持ち主は十数日間山に籠っていたせいで制服が薄汚れている警官たちに不信感を感じ、近場の憲兵に通報した。

 

 これに憲兵隊本部は素早く反応して宇宙港を中心に警戒網を敷き、午前五時四九分にダンネマンらは宇宙港からニ〇kmの地点で一〇〇名を超す憲兵によって包囲された。憲兵の指揮官は投降を呼びかけたが、ダンネマンは拒否して光線銃を抜き、憲兵隊と銃撃戦に突入。

 

 むろん、ダンネマン含め警官五名と一〇〇名を超す憲兵の銃撃戦であったから、銃撃戦は二分もしないうちに終わった。ダンネマンは光線銃で胴体を貫かれて意識を失い、憲兵隊によって近場の病院に運び込まれて治療を受けていたが午前六時一七分に死亡が確認された。

 

 ちなみにだが、オッペンハイマーはこれによってゲオルグの潜伏先を探る有力な情報源を失って絶望し、ダンネマンをゲオルグと言い換えてラインハルトに報告したのである。

 

「シュヴァルツァー警視長はゲオルグの側近の中では唯一の平民です」

「平民? 本当か」

「はい。こちらの資料をご覧ください」

 

 手渡された資料をラインハルトは確認した。エドゥアルト・ヘルマン・シュヴァルツァー。たしかに貴族の称号である“フォン”が名前にない。経歴によると軍に徴兵され兵役を満了した後、軍での経験を生かして特殊対策専門の警察官となった。特殊対策専門とは、軍が出動するまでもない暴動鎮圧を主任務とし、文官の警護などを行ったりする武装警官のことである。

 

 あちこちの地方支部を転々とした後、五〇代前半で中央の警察総局に入り、その能力をドロホフに評価された。そして平民出身者に対してある種の偏見を持っていて重用するのを渋るゲオルグをドロホフが説き伏せて特殊対策部の長を任されるようになり、平民で初めて中央の部長職を勤めるようになった。

 

 警視長。軍人でいうなら将官クラスである。旧体制下にあってそれほど出世した平民は数えるほどしかいない。部隊指揮能力も単独での白兵戦能力も高く評価されており、事務仕事も無難以上にこなす。性格については鈍感であることが特筆されており、これは貴族の上官に対して追従したり媚を売ったりせず平然としているということがたびたびあった故であると記されている。

 

 ラインハルトは治安組織の、それも民衆の暴動を鎮圧するという任務に属する部署であるという理由で人材調査を怠っていたことを自覚した。開明派のカール・ブラッケやオイゲン・リヒターほどではないにしてもとても優秀な文官だ。もしそんな人材がいると知っていれば間違いなく勧誘して部下にしたのにと少し悔しく思ったのである。

 

 シュヴァルツァーが助かったのは貴族ではなく平民であり、警察以外ではあまり目立つ存在ではなかったので、軍が作成した拘束すべきリストに名前がのらなかったからである。ラインハルト軍が帝都に到着してから二日後の二八日に憲兵隊の捜査でシュヴァルツァーがゲオルグの側近であったことが判明し、オッペンハイマーの指示で彼の自宅を憲兵隊が改めたがすでに自宅はもぬけの殻であった。

 

 憲兵隊の捜査によると姿をくらましたのはゲオルグからの「身を隠せ」という命令を受け取ったからと推測されており、その後は帝都の暗黒街で何度か目撃情報があがっているが、憲兵隊が捜査によるとシュヴァルツァーが潜伏していた痕跡は見つけられなかったとある。

 

「最後の一人、シュテンネス警視正は同僚の密告を武器としてゲオルグに取り入ったようです。そのため多くの警官から嫌われております」

「ろくでもないやつだな」

 

 若い帝国宰相は眉間を歪めて嫌悪感もあらわに吐き捨てた。ラインハルトは密告というのを裏切りと同じくらい嫌っていた。主君の潔癖さにケスラーはかるく苦笑しながら続ける。

 

 シュテンネス本人も直属の部下以外からは嫌われていることを自覚していたようで、二六日の真夜中も直属の部下とともに酒場で飲んでいた時に艦隊が降下してくるのを目撃すると恐怖感から部下とともに民間船を強奪するとそのままフェザーンに直行して亡命した。これは一二月にフェザーン駐在の弁務官事務所からの報告によって明らかになったことである。

 

 ゲオルグ、シュヴァルツァー、ヴェッセルの亡命情報が入手できない以上、シュテンネスの独断によるものとオッペンハイマーは推測しており、これに関してはケスラーも同意見である。なぜならその報告にはリヒテンラーデ家という後ろ盾を失った失意からフェザーンで派手に豪遊して破産し、日雇いの肉体労働をしているというのも一緒に記されていたからである。

 

 なお、シュテンネスの妻と二人の子が帝都に置き去りにされている。彼は家庭では良い父親であったようで家族から慕われている。そのせいでシュテンネスの密告によって左遷されたりした警官たちの復讐の標的にされており、さすがに不憫に思ったオッペンハイマーの配慮によって憲兵の警備がつけられている。もしかしたらシュテンネスから家族に連絡があって、そこからゲオルグにつながる情報が得られるかもしれないという打算もあったかもしれないが。

 

「行方がつかめていないのはゲオルグ・フォン・リヒテンラーデ警視総監と側近のヴェッセル警視監、シュヴァルツァー警視長の三名が行動をともにしている可能性は否定できません。そこで閣下、警察総局の活動を憲兵隊が監視することを内務尚書に説得していただきたいのですが」

「なぜだ?」

「現在警察総局は元ハルテンベルク派の者たちによって上層部が塗り替えられておりますが、中堅や末端はそうではありません。元警視総監への評判が警官の間では決して悪いものではなかったことを考慮しますと、彼らが閣下や帝国政府に対しなんらかの策謀を企んでいる場合、古巣の警察総局の職員を利用する可能性があるかと」

「……なるほど」

 

 ケスラーの懸念はもっともなものだった。しかしだからといって軍の大きすぎる権限を縮小していく必要があるとラインハルトが認識した直後である。内務省の部局に首を突っ込む軍務省の憲兵隊という構図を認めるのは、さすがに躊躇した。

 

伯爵令嬢(フロイライン)マリーンドルフはどう思うか」

「少し問題があるとは思いますが、ゲオルグ氏が帝国政府に対する策謀を企んでいると仮定し、まだ軍部を除く閣下の権力基盤が充実していないことを考慮しますとやむをえない措置であると考えます」

 

 最悪の場合、もし警察の暗躍によって官僚と軍の対立し激化し、なおかつ同じだけの正しさを持つ主張を軍部と官僚が掲げている場合、ラインハルトは苦しい立場に立たされる。

 

 軍に味方すれば理屈はどうあれ民衆の目には武力で他者の意見を押しつぶしたように見えるだろう。そして官僚の側に立てば潔癖なイメージが守られる代償として軍の地位が低下し、いまのようにラインハルトが独裁権を強力に行使できなくなってしまうだろう。

 

 なので数年の期限付きで認めてはどうかというヒルダの主張はラインハルトの考えとほぼ同じだった。ラインハルトは自分の後ろめたさを誤魔化すためだけに質問したことを自己嫌悪し、少しだけ拗ねた声でケスラーに内務尚書を説得することを確約した。

 

 この時、宰相府の三人の誰もが、権力を失って逃亡の身にあるリヒテンラーデ公の孫が、ラインハルトを一族の仇と見なして悪あがきを企んでいるかもしれないとは思っていたが、まさか銀河の歴史に少なからぬ影響をおよぼすことになろうとは、考えもしなかった。




ハルテンベルク伯やホフマン警視とかでてくるので警察ってあるはずなのに、原作で治安維持してるの憲兵隊しか見当たらない。そんなことからオリ主のゲオルグを元警官にしてみました。

ゲオルグsideの話は、5日に投稿します。

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